ディスパーズイエロー42のラットを用いる28日間反復経口投与毒性試験

Twenty-eight-day Repeat Dose Oral Toxicity Test of Disperse Yellow 42 in Rats

要約

ディスパーズイエロー42の28日間反復経口投与毒性試験(回復14日間)を雌雄のSprague-Dawley系ラットを用いて実施した.雌雄とも4群構成とし,1群には媒体である0.5 %カルボキシメチルセルロースナトリウム水溶液を,他の3群には被験物質を,それぞれ100,300および1000 mg/kgの用量で28日間にわたり強制経口投与した.動物数は,雌雄とも対照群および1000 mg/kg投与群では回復試験に用いる動物を含む各10匹,その他の群は各5匹とした.今回の試験において認められた主な変化を以下に要約する.

投与期間および回復試験期間中に死亡例はなく,一般状態の観察,体重および摂餌量の測定,尿検査,血液学および血液生化学検査においても異常はみられなかった.病理学検査では1000 mg/kg投与群の雌に肝臓相対重量の有意な増加,脾臓の絶対重量および相対重量の有意な増加がみられ,組織学的に1000 mg/kg投与群の雄の肝臓に小葉中心性肝細胞肥大が認められた.これらのことから,本試験条件下におけるディスパーズイエロー42の無影響量は,雌雄とも300 mg/kg/dayであると考えられる.

方法

1. 被験物質

三井BASF染料(株)(大阪)より提供されたディスパーズイエロー42(ロット番号936,純度68 %,不純物,水分:32 %)を用いた.被験物質は使用時まで室温で保管した.使用した被験物質は,三井BASF染料(株)に返却し,再度品質試験を実施した.その結果,固形分は80.2 %であり,乾燥後の純度は99.63 %であった.固形分の値が試験開始時よりも高値を示したのは,被験物質の自然乾燥によるものと思われ,乾燥後の純度が充分に高い値を示していることから,被験物質は試験期間中安定であったと判断された.

ディスパーズイエロー42を0.5 %カルボキシメチルセルロースナトリウム(以下CMC Naと略記)水溶液(日本薬局方カルメロースナトリウム,製造 丸石製薬(株),製造番号6Z09; 日本薬局方注射用水:光製薬(株),製造番号9707SA)に懸濁してディスパーズイエロー42として20 w/v%懸濁液を調製し,同懸濁液から所定濃度となるように0.5% CMC Na水溶液を加えて段階希釈した.なお,供給物質中のディスパーズイエロー42濃度が68 %であったため,供給物質濃度を29.4 w/v%(1000 mg/kg)として調製し,所定含量の投与検体を得た.また,動物試験に先立ち,安定性試験を実施した結果,被験物質の2および20 w/v%懸濁液について,冷蔵,遮光条件下における調製後8日間の安定性が確認されたため,投与検体は1週に1回の割合で調製し,使用時まで冷蔵,遮光下で保管した.

2. 使用動物および飼育方法

試験には,生後4週で購入し,検疫を兼ねて8日間予備飼育した雌雄のSprague-Dawley系ラット[Crj:CD(SD)IGS,SPF,日本チャールス・リバー(株),厚木飼育センター]各30匹を使用した.動物は,基準温度22〜25 ℃,基準湿度50〜65 %,換気回数約15回/時,照明12時間(7時〜19時点灯)に設定した飼育室内で,金属製金網床ケージに1匹ずつ収容し,固型飼料(CE-2,日本クレア(株))および水道水(秦野市水道局給水)を自由摂取させて飼育した.

3. 投与量の設定および投与方法

本試験の投与量は,投与量設定のための予備試験の結果に基づき決定した.すなわち,雌雄ラットにディス パーズイエロー42を0,100,300および1000 mg/kgの用量で7日間反復経口投与することにより,1000 mg/kg投与群で軽度の黄色調の便が観察されたほかには,一般状態に異常は認められなかった.また,体重はほぼ順調に増加し,剖検においても被験物質投与に起因したと思われる肉眼的変化はみられなかった.これらのことから,本試験の用量は,高用量を1000 mg/kgとし,以下公比約3で除して300および100 mg/kgを中用量および低用量とした.また,雌雄とも媒体である0.5% CMC Na水溶液を投与する対照群を設けた.

群分けは,検疫終了時の測定体重をもとに体重別層化無作為抽出法により行った.動物数は,雌雄とも0および1000 mg/kg投与群を各10匹とし,100および300 mg/kg投与群を各5匹とした.

投与方法は1日1回,28日間,ラット用胃管を用いて強制経口投与した.投与容量は5 mL/kgとし,投与液量は雌雄とも各投与時の最近時の体重をもとに個体別に算出した.なお,回復期間は14日間とした.

なお,投与期間中の日数および週の表記法は,投与開始日および投与開始週をそれぞれ投与第1日および投与第1週とし,回復試験期間中の日数および週の表記法もこれに準じて回復第1日および回復第1週とした.

4. 検査項目

1) 一般検査

毎日(投与期間中は投与前および投与後)一般状態の観察を行った.体重は,投与第1週には投与第1日の投与直前と投与第4日,投与第2週以降の投与期間および回復試験期間中は1週に2回の頻度で測定した.その他,投与期間終了日,回復試験期間終了日および剖検日にも測定した.摂餌量は,投与第1週では,投与第1日から2日にかけて1日あたりの摂餌量を測定し,以後回復試験期間終了週まで毎週1回の頻度で測定した.

2) 尿検査

各群とも全例について,投与期間終了週および回復試験期間終了週に動物を代謝ケージに収容し,4時間尿あるいは新鮮尿を採取した.この尿を用いて,pH,潜血,蛋白,糖,ケトン体,ビリルビン,ウロビリノーゲンを試験紙法(クリニテック200+,バイエル・三共)により,また色調および濁度を視診により検査した.

3) 血液学検査

投与期間ないし回復試験期間終了日から翌日の剖検日にかけて,定期解剖例全例を18〜24時間絶食させた.その後,ペントバルビタールナトリウム麻酔下で,腹部後大静脈から,抗凝固剤としてEDTA-3Kを用いて採血し,血液自動分析装置CELL-DYN350SL(ダイナボット)により赤血球数,平均赤血球容積,血小板数(以上,電気抵抗法),白血球数(フローサイトメトリー・レーザー光散乱法/電気抵抗法),白血球分類(フローサイトメトリー・レーザー光散乱法)および血色素量(吸光度法)を測定し,これらをもとにヘマトクリット値,平均赤血球血色素量および平均赤血球血色素濃度を算出した.また,採血時に全例の網状赤血球標本を作製したが,赤血球系の検査項目において被験物質投与に起因する可能性のある変化が認められなかったため,検査は実施しなかった.さらに,クエン酸ナトリウムを抗凝固剤として用いて採取した血液を用いてプロトロンビン時間および活性部分トロンボプラスチン時間(光散乱検出法,CA-1000,東亜医用電子)を測定した.

4) 血液生化学検査

前述の採血に引き続き,同様の麻酔および採血部位の条件下で,全例からヘパリンを抗凝固剤として採取し,血漿を分離して遠心方式生化学自動分析装置COBAS-FARA(ロシュ)により総蛋白濃度(ビウレット法),アルブミン濃度(BCG法),総コレステロール濃度(COD・DAOS法),ブドウ糖濃度(グルコキナーゼG6PDH法),尿素窒素濃度(ウレアーゼGr.DH法),クレアチニン濃度(Jaff法(Rate)),アルカリフォスファターゼ活性(GSCC法),GOT(AST)活性(IFCC法),GPT(ALT)活性(IFCC法),γ-GTP活性(γ-グルタミル-3-カルボキシ-4-ニトロアニリド基質法),トリグリセライド濃度(GPO・DAOS法),無機リン濃度(モリブデン酸直接法),カルシウム濃度(OCPC法)を測定したほか,A/G比を算出した.さらに全自動電解質分析装置(EA05, A&T)によりナトリウム濃度,カリウム濃度,塩素濃度(いずれもイオン電極法)を測定した.

5) 病理学検査

採血後,必要に応じて腋窩動脈を切断して放血屠殺した後,器官および組織を肉眼的に観察し,各動物の脳,心臓,肝臓,腎臓,胸腺,脾臓,副腎,精巣または卵巣,精巣上体の器官重量を測定した.また,各器官重量を剖検日の体重で除して,それぞれの相対重量を算出した.肉眼的観察に引き続き,脳,下垂体,脊髄,眼球,甲状腺,上皮小体,心臓,気管,気管支,肺,肝臓,腎臓,胸腺,脾臓,副腎,胃,十二指腸,空腸,回腸,盲腸,結腸,直腸,前立腺,精嚢,卵巣,子宮,腟,乳腺,膀胱,下顎リンパ節,腸間膜リンパ節,骨格筋(下腿部),坐骨神経,大腿骨骨髄,膵臓,顎下腺,舌下腺,舌,食道,大動脈,ハーダー腺,皮膚,病変部を0.1 molリン酸緩衝10 %ホルマリン溶液(pH 7.2)で固定し,精巣および精巣上体をブアン液で固定した.心臓,肝臓,腎臓,脾臓,副腎,精巣,精巣上体,卵巣および病変部はパラフィン包埋後薄切し,ヘマトキシリン・エオジン染色標本を作製した.その後,光学顕微鏡を用いて,対照群および高用量群の組織学検査を実施した.また,肉眼的異常が認められた器官・組織の標本を作製し,組織学検査を行った.

その結果,投与期間終了時の対照群と高用量群の組織学検査において,雄の肝臓に被験物質投与との関連が疑われる変化が認められたため,雄の他の群でも肝臓の組織学検査を実施した.

5. データ解析法

体重,摂餌量および定期解剖例の血液学検査,血液生化学検査の値ならびに器官重量は,群ごとに平均値および標準偏差を求めた.また,試験群の構成が対照群を含めて3群以上あった場合は,Bartlettの方法により分散の一様性の検定,一元配置型の分散分析ないしKruskal-Wallisの順位検定およびDunnettないしDunnett型の検定法で多重比較を行った.2群の場合には,Studentのt検定ないしAspin-Welchのt検定を行った.さらに,病理組織所見中グレード分けしたデータはMann-WhitneyのU検定(両側検定)を,陽性グレードの合計値についてはFisher直接確率片側検定を行った.なお,いずれも有意水準を5 %とした.

結果

1. 死亡例

投与期間および回復試験期間中に死亡例はなかった.

2. 一般状態

いずれの群にも異常はみられなかった.

3. 体重(Fig. 1, 2)

いずれの群にも有意な変化はみられなかった.

4. 摂餌量(Fig. 3)

いずれの群にも有意な変化はみられなかった.

5. 尿検査所見(Table 1)

投与期間終了週の尿検査では,1000 mg/kg投与群の雌雄で黄色調を呈する例が多くみられた.回復試験期間終了週では,1000 mg/kg投与群の雄1例の尿が黄色調であったが,他の例および雌では対照群と比較して差はなかった.

6. 血液学検査所見(Table 2)

投与期間終了時の雄では有意な差はみられなかった.雌では100および1000 mg/kg投与群でプロトロンビン時間が有意に短縮した.回復試験期間終了時では,雄の赤血球数,血色素量およびヘマトクリット値がいずれも有意な低値を示したが,雌では有意な差はみられなかった.

7. 血液生化学検査所見(Table 3)

投与期間終了時では,100 mg/kg投与群の雄のアルブミン濃度が有意な高値を示した.雌に有意な差はなかった.回復試験期間終了時では雌の無機リン濃度が有意な高値を示したが,雄では有意な差はなかった.

8. 病理学検査所見

1) 器官重量(Table 4)

投与期間終了時の雄に有意な変化はみられなかった.雌では300および1000 mg/kg投与群の脾臓絶対重量が有意な高値を示し,300 mg/kg投与群の脳の相対重量が有意な低値を,1000 mg/kg投与群の肝臓および脾臓の相対重量が有意な高値を示した.

回復試験終了時でも雄に有意な変化はなかった.雌では1000 mg/kg投与群の胸腺の絶対重量が有意な低値を,腎臓の相対重量が有意な高値を示した.

2) 肉眼的所見

(1) 投与期間終了時解剖例

肝臓では,1000 mg/kg投与群の雌1例に腫大がみられ,300 mg/kg投与群の雄1例に淡色域が認められた.また,300 mg/kg投与群の雄1例に下顎リンパ節の腫大がみられたが,この他に変化は観察されなかった.

(2) 回復試験期間終了時解剖例

1000 mg/kg投与群の雄1例の胸腺に小型化が,同群の雌1例の腺胃粘膜に淡赤色域が認められたほか,対照群の雄1例の胸腺に赤色域が,同群の雌1例の卵管に嚢胞がみられた.

3) 病理組織学的所見(Table 5)

(1) 投与期間終了時解剖例

肝臓では,1000 mg/kg投与群の雄3例に小葉中心性の肝細胞肥大が認められた.他の群の雄および1000 mg/kg投与群の雌に,同様の変化は確認できなかった.また,各群の雄,観察した対照群および1000 mg/kg投与群の雌に門脈周囲性の脂肪化や小肉芽腫がみられたが,対照群と各被験物質投与群との間に頻度および程度の明らかな差は認められなかった.その他,1000 mg/kg投与群の雌1例には,小葉中心部肝細胞の細胞質に空胞化がみられた.剖検時に腫大が観察された1000 mg/kg投与群の雌1例には,他の例に比較して多数の小肉芽腫が認められたほか,淡色域が観察された300 mg/kg投与群の雄1例には,被膜下に出血および鉱質沈着を伴う限局性の壊死が認められた.

腎臓では,対照群および1000 mg/kg投与群の雌雄の皮質に好塩基性尿細管が,雄には好酸性小体がみられたが,両群間に頻度および程度の明らかな差は認められなかった.その他,対照群の雌に鉱質沈着がみられた.

脾臓では,対照群および1000 mg/kg投与群の雌雄全例に髄外造血がみられたが,両群間に程度の差は認められなかった.

副腎,心臓,精巣,精巣上体,卵巣および剖検時に腫大が観察された下顎リンパ節に,異常は認められなかった.

(2) 回復試験期間終了時解剖例

雄の肝臓では,1000 mg/kg投与群の1例に小葉中心性の肝細胞肥大がみられた.また,両群に門脈周囲性の脂肪化や小肉芽腫がみられたが,両群間に頻度および程度の差は認められなかった.その他,1000 mg/kg投与群の被膜下に限局性の壊死がみられた.

剖検時に嚢胞が観察された対照群の雌の卵管には,腔の嚢胞状拡張が認められた.一方,剖検時に小型化あるいは赤色域が見られた各雄1例の胸腺および淡赤色域がみられた雌1例の腺胃粘膜に,組織学的な異常はみられなかった.

考察

ディスパーズイエロー42を100,300および1000 mg/kgの用量で雌雄のSprague-Dawley系ラットに28日間にわたって強制経口投与し,その後14日間の回復試験期間を設けた.その結果,死亡例はなく,一般状態の観察でも異常はみられなかった.体重および摂餌量の推移,また尿検査でも明らかな毒性変化はなく,投与期間終了時の血液学検査および血液生化学検査においても対照群と被験物質投与群との間に顕著な差はみられなかった.病理学的検査では,肝臓に被験物質によると考えられる変化が生じた.すなわち,1000 mg/kg投与群では雌の肝臓の相対重量が有意な高値を示し,雄では肝重量に有意な差はなかったが組織学的にごく軽度な小葉中心性の肝細胞肥大がみられた.

尿検査で,黄色調の尿が雌雄の1000 mg/kg投与群の投与期間終了時屠殺例に認められた.同様の色調変化は単回経口投与毒性試験1)でも認められているが,観察第2日には正常に復し,本試験でも回復試験終了週の尿検査では対照群とほぼ同様の結果であったことから,投与検体の色調に由来するもので,毒性によるものではないと判断した.

血液学検査では,回復試験期間終了時に雄で赤血球数,血色素量およびヘマトクリット値が有意な低値を示したが,投与期間終了時に異常はなく,被験物質投与との関連は明らかではなかった.血液生化学検査における有意差も散発的で,被験物質投与との関連は乏しいと考えられた.

病理学検査でみられた肝臓重量の増加および小葉中心性肝細胞肥大は用量依存性があり,被験物質投与によると思われる.しかし,その程度は軽度で,雄では肝細胞肥大がみられたものの重量に有意差はなく,雌では相対重量は有意に増加したが,明らかな肝細胞肥大は認められなかった.回復試験例では,変化はほぼ修復していた.また,雌では脾臓の絶対重量が300および1000 mg/kg投与群で有意な高値を示したが,相対重量は1000 mg/kg投与群にのみ有意な高値がみられた.雌300 mg/kg投与群の脾臓の相対重量に有意差がみられなかったのは,雌300 mg/kg投与群の解剖時体重が他の群より高値であるためと思われた.雄でも有意差はないものの,脾臓重量は増加傾向を示した.しかし,雌雄とも脾臓に組織学的な変化はなかった.器官重量に有意差を示したその他の器官については,被験物質との関連は明らかではなかった.

以上のように,ディスパーズイエロー42を反復投与することにより,肝臓では1000 mg/kg投与群の雄に小葉中心性肝細胞肥大が,雌に相対重量の有意な増加があり,脾臓では1000 mg/kg投与群の雌に絶対重量および相対重量の有意な増加がみられた.これらのことから,本試験条件下におけるディスパーズイエロー42の無影響量は,雌雄とも300 mg/kg/dayであると考えられる.

文献

1)吉村愼介他,化学物質毒性試験報告,9, 325(2002).

連絡先
試験責任者:吉村愼介
試験担当者:田子和美,加藤博康,関 剛幸,新藤智子,古谷真美,丸茂秀樹,堀内伸二,稲田浩子,三枝克彦,加藤初美,安生孝子,大八木豊彦
(財)食品薬品安全センター秦野研究所
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Correspondence
Authors:Shinsuke Yoshimura(Study Director)
Kazumi Tago, Hiroyasu Katoh, Takayuki Seki, Tomoko Shindo, Manami Furuya, Hideki Marumo, Shinji Horiuchi, Hiroko Inada, Katsuhiko Saegusa, Hatsumi Katoh, Takako Anjo, Toyohiko Ohyaghi
Hatano Research Institute, Food and Drug Safety Center
729-5 Ochiai, Hadano-shi, Kanagawa, 257-8523, Japan
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