2,4-ジニトロフェノールのラットを用いる28日間反復経口投与毒性試験

Twenty-eight-day Repeat Dose Oral Toxicity Test of 2,4-Dinitrophenol in Rats

要約

2,4-ジニトロフェノールは,黒色硫化染料の中間体,防腐剤,pH指示薬等に使用されている物質である1).本物質は,酸化的リン酸化の脱共役によりATPを減少させ,ミトコンドリアにおけるエネルギー代謝を抑制する代表的な物質として知られている2)にもかかわらず,その毒性については,ラットを用いた急性経口毒性試験3)および催奇形性試験4)の結果が報告されているのみで,反復投与毒性に関する報告は認められない.

今回,2,4-ジニトロフェノールについて,SD系[Crj:CD(SD)IGS]ラットを用い,0(溶媒),3,10,30および80 mg/kg用量で28日間反復経口投与毒性試験を実施した.動物は1群雌雄各6匹とし,投与期間終了後屠殺群の5群,ならびに14日間回復群として対照,30および80 mg/kgの3群を設定した.

その結果,30および80 mg/kg群で雌雄に自発運動の低下および流涎,80 mg/kg群ではさらに雌雄に腹臥姿勢,浅速呼吸,眼瞼下垂,歩行時の這いずり姿勢,下腹部被毛の尿による汚れおよび死亡が認められた.死亡動物には,死亡直前に強直性痙攣および死亡直後に硬直が認められた.体重は,80 mg/kg群で雌に投与初期の増加抑制が一過性に認められ,雄には投与の後半に増加の抑制傾向が認められた.摂餌量は30および80 mg/kg群で雌雄に有意な増加が認められた.尿検査では,30および80 mg/kg群で雌雄に尿の褐色化傾向,さらに80 mg/kg群で雄に比重の有意な低下およびケトン体の有意な減少が認められた.血液学検査では,80 mg/kg群で雄にヘモグロビン量,ヘマトクリット値および平均赤血球血色素量の有意な増加,血液生化学検査では30および80 mg/kg群で雄に塩素の有意な減少が認められた.器官重量では,80 mg/kg群で雌雄に肝臓の相対重量の有意な増加,さらに雄に腎臓の相対重量の有意な増加が認められた.病理組織学検査では,80 mg/kg群で雌雄に腎臓皮髄境界部の鉱質沈着が,雄に脾臓の髄外造血巣の減少による赤脾髄の萎縮傾向が認められた.

回復群では,80 mg/kg群で雌雄に腎臓皮髄境界部の鉱質沈着が残存していたものの,その他の変化は回復ないし回復傾向を示した.なお,雄に,赤血球数,ヘモグロビン量およびヘマトクリット値の減少ならびに脾臓の髄外造血巣の増加が認められた.30 mg/kg群では,変化は認められなかった.

以上の結果から,2,4-ジニトロフェノールのラットへの28日間反復投与による主な毒性は,一般状態の変化であり,多血症および腎臓や肝臓に対する影響も認められた.無影響量は,雌雄とも10 mg/kg/dayと推定された.

方法

1. 被験物質

2,4-ジニトロフェノールは,融点112 ℃,水に不溶,アルコール,エーテルに可溶な黄色の結晶性物質である.試験には,三井化学(株)(東京)製造のもの(ロット番号8835703,純度85.2 %,水13.9 %のほか不純物として2,6-ジニトロフェノール0.6 %,不明物0.3 %を含む.水を除いた乾燥品の純度は99.0 %)を入手し,冷暗所(4 ℃)で密栓して保管し,使用した.使用した被験物質は投与終了後に分析し,試験期間中安定であったことを確認した.本物質は油溶性で水に溶けにくいが,水の非存在下では自己反応を起こす性質を有する物質であるため,投与液は1 %メチルセルロース水溶液[メチルセルロース100cP:和光純薬工業(株)製;局方精製水:共栄製薬(株)製]に懸濁して調製(純度換算)し,使用時まで冷暗所(4 ℃)で密栓保管し,調製後7日以内に使用した.なお,投与形態での被験物質は均一,かつ,7日間は安定であり,また初回および最終回に調製した投与液について分析し,所定濃度で調製されていたことを確認した.

2. 供試動物および飼育条件

動物は,SD系〔Crj:CD(SD)IGS〕ラットを,日本チャールス・リバー(株)(神奈川)より搬入し,雄は7日,雌は8日間検疫を兼ねて試験環境に馴化させた後,5週齢で試験に供した.投与開始時の体重は雄で158-175g,雌で136-153 gであった.ラットは,温度21-22 ℃,湿度52-60 %,換気回数10回以上/時,照明12時間(6時-18時)に制御した飼育室で,金網ケージに個体別に収容し,固型飼料[ラボMRストック,日本農産工業(株)]および水を自由摂取させて飼育した.

3. 投与量および投与方法

投与量設定試験として,約18時間絶食した1群雌雄各3匹のラットに2,4-ジニトロフェノールを14,20,30,46,69,104,155 mg/kg用量で単回経口投与した結果,104 mg/kg以上の群で雌雄で死亡が認められた.この結果に基づいて,1群雌雄各4匹のラットに,2,4-ジニトロフェノールを0,0.6,2,6,20および60 mg/kgで14日間反復経口投与した.その結果,20 mg/kg以下の用量では,一般状態,体重,摂餌量,尿検査,血液学検査,血液生化学検査,剖検および器官重量において,被験物質の毒性を示唆する変化は認められなかった.60 mg/kg群で,雌雄に歩行時の這いずり姿勢が,雌に腎臓の相対重量の増加傾向が認められた.以上の結果から.本試験における投与量は,致死量に近い80 mg/kgを最高用量とし,以下30,10および3 mg/kgの4用量を設定した.これに溶媒のみ投与の対照を含めて5群を設定した.また,対照群,30および80 mg/kg群については,投与期間終了後14日間の回復試験を行うため,別に回復群を設けた.1群の動物数は雌雄各6匹とし,各群への動物の割り付けは,投与開始日の体重に基づく層化無作為抽出法を用いて行った.投与方法は,投与液量を体重1 kg当たり3 mLとし,テフロン製胃ゾンデを装着した注射筒を用いて1日1回(午前中),28日間にわたって経口投与した.各個体の投与液量は,各投与の直前に測定した体重に基づいて算出した.対照群には,1 %メチルセルロース水溶液を同様に投与した.

4. 観察および検査

1) 一般状態観察

28日間の投与期間およびそれに続く14日間の回復期間を通じて,動物の生死,外観,行動等を毎日観察した.

2) 体重および摂餌量測定

体重は,投与期間中は毎日,回復期間中は3,7,10および14日,ならびに屠殺日に測定した.摂餌量は,毎週1回(雄は投与4,11,18,25日および投与期間終了後4,11日,雌は投与3,10,17,24日および投与期間終了後3,10日),1日(24時間)の飼料消費量を測定した.

3) 尿検査

雄は投与22日および投与期間終了後13日,雌は投与26あるいは27日および投与期間終了後12日に,動物を個体別に代謝ケージに収容して新鮮尿を採取し,pH,潜血,タンパク,糖,ケトン体,ビリルビン,ウロビリノーゲン[以上,試験紙法:マイルス・三共(株),マルティスティックス®]を検査し,さらに約3時間の蓄尿により外観の観察,比重の測定(屈折計:エルマ光学(株))および沈渣(ケンブリッジケミカルプロダクト社,URI-CELL®液で染色して鏡検)を検査した.

4) 血液学検査

採血は,投与期間および回復期間終了翌日にエーテル麻酔下で開腹して腹大動脈より行なった.動物は採血前日の午後5時より除餌し,水のみを給与した.採取した血液は3分割し,その一部は,EDTA-2Kで凝固防止処理し,多項目自動血球計数装置〔東亜医用電子(株),E- 4000〕により,赤血球数(電気抵抗検出方式),血色素量(ラウリル硫酸ナトリウム-ヘモグロビン法),ヘマトクリット値(パルス検出方式),平均赤血球容積(MCV),平均赤血球血色素量(MCH),平均赤血球血色素濃度(MCHC,以上計算値),白血球数および血小板数(以上,電気抵抗検出方式)を,また塗抹標本を作製して網状赤血球数(Brilliant cresyl blueで染色して鏡検)および白血球百分率(May-Grnwald-Giemsaで染色して鏡検)を測定した.また一部は,3.8 %クエン酸ナトリウム液で凝固阻止処理して血漿を分離し,血液凝固自動測定装置(アメルング社:KC-10A)により,プロトロンビン時間(PT, Quick一段法)および活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT,エラジン酸活性化法)を測定した.

5) 血液生化学検査

採取した血液の一部から血清を分離し,生化学自動分析装置〔日本電子(株),JCA-BM8〕により,総タンパク(Biuret法),アルブミン(BCG法),A/G比(計算値),グルコース,トリグリセライド,総コレステロール(以上,酵素法),総ビリルビン(ジアゾ法),尿素窒素(Urease-UV法),クレアチニン(Jaff法),GOT,GPT,γ-GTP,ALP(以上,JSCC法),LDH(SFBC法),コリンエステラーゼ(BTC-DTNB法),カルシウム(OCPC法)および無機リン(酵素法)を,また電解質自動分析装置〔東亜電波工業(株),NAKL-132〕により,ナトリウム,カリウムおよび塩素を測定した.

6) 病理学検査

投与期間あるいは回復期間終了翌日の採血に続いて放血屠殺して剖検した.また,脳,心臓,胸腺,肝臓,腎臓,脾臓,副腎,精巣,精巣上体および卵巣を秤量(絶対重量)し,また対体重比(相対重量)を算出した.病理組織学検査は,採取した器官を10 %中性リン酸緩衝ホルマリン液(精巣および精巣上体のみブアン液で固定)固定後,対照群,30および80 mg/kg群については,脳,下垂体,甲状腺(上皮小体を含む),胸腺,心臓,肺,肝臓,腎臓,脾臓,副腎,胃,膀胱,脊髄,坐骨神経,骨髄,さらに雄では精巣,精巣上体,精嚢,前立腺,雌では卵巣,子宮を検査した.また,80 mg/kg群の検査の結果,雌雄で腎臓に,雄で脾臓にいずれも変化が認められたので,雌雄の腎臓および雄の脾臓については3および10 mg/kg群ならびに回復群も検査した,検査は,常法によりパラフィン切片を作製し,ヘマトキシリン・エオジン染色を施して鏡検した.

5. 統計解析

パラメトリックデータについては,Bartlettの分散検定を行い,分散が一様な場合は一元配置の分散分析を行い,その結果有意差を認めた場合,Dunnett法またはSheff法(群間で標本数が異なる場合)により対照群に対する各群の比較検定を行った.分散が一様でない場合およびノンパラメトリックデータはKruskal-Wallisの順位検定を行い,その結果有意差を認めた場合,Dunnett型またはSheff法(群間で標本数が異なる場合)により対照群に対する各群の比較検定を行った.カテゴリカルデータにはFisherの直接確率法を用いた.有意水準は,いずれの場合も5 %とした.

結果

1. 死亡および一般状態

投与期間中の観察では,死亡は,80 mg/kg群において,雌雄各12匹中雄で投与初日に1匹(投与期間終了時屠殺用)および22日に1匹(投与期間終了時屠殺用)の計2匹,雌で投与初日に3匹(投与期間終了時屠殺用2匹,回復期間終了時屠殺用1匹),2日に3匹(投与期間終了時屠殺用1匹,回復期間終了時屠殺用2匹)の計6匹認められた.一般状態の変化としては,30 mg/kg群で自発運動の低下が雄6匹および雌5匹,流涎が雄2匹および雌1匹に認められた.80 mg/kg群では,自発運動の低下,流涎,腹臥姿勢,浅速呼吸,眼瞼下垂および歩行時の這いずり姿勢が雌雄のほぼ全例に認められた.これらの症状は,30 mg/kg群では多くが投与初日にのみ,80 mg/kg群では投与初日から投与期間中繰り返し認められ,いずれの日も投与後30分頃から発現し,6時間までには回復ないし回復傾向が認められ,翌朝にはすべて消失していた.死亡動物は,当日の投与後上記症状が重度に発現し,多くは投与後3〜6時間に強直性痙攣を呈して死亡した.死亡直後には,硬直が認められた.以上の症状の他に,下腹部被毛の尿による汚れが80 mg/kg群の雄2匹および雌5匹に認められ,汚れた被毛は乾燥すると数日間は黄色を呈した.対照群および10 mg/kg以下の群では一般状態に変化は認められなかった.

回復期間中の観察では,80 mg/kg群で投与期間中の下腹部被毛の汚れが短期間残存していた例を除いて,雌雄のいずれも変化は認められなかった.

2. 体重(Fig. 1)

投与期間において,80 mg/kg群で雌の投与2および3日の体重が対照群と比べて有意な低値を示したが,投与5日には回復し,その後は対照群と同様の体重推移が認められた.80 mg/kg群の雄においては,投与18日以降に体重増加の抑制傾向が認められたが,統計学的に有意な変化ではなく,投与期間中の体重増加量にも有意差は認められなかった.

回復期間においては,投与期間中に増加抑制の傾向が認められた80 mg/kg群の雄の体重は回復傾向を示した.

3. 摂餌量

投与期間において,雄は30および80 mg/kg群で投与2週以降,雌は30 mg/kg群で投与4週,80 mg/kg群で投与2および4週に摂餌量の有意な増加が認められた.

回復期間において,投与期間中に認められた摂餌量の変化は,30および80 mg/kg群の雌雄とも回復した.

4. 尿検査

投与期間中の検査において,30および80 mg/kg群で雌雄に尿の褐色化傾向が認められ,30 mg/kg群の雄および80 mg/kg群の雌雄の変化は統計学的に有意なものであった.また,80 mg/kg群で雄に有意な比重の低下およびケトン体の減少が認められた.

回復期間中の検査において,各検査項目に変化は認められなかった.

5. 血液学検査(Table 1)

投与期間終了時の検査において,80 mg/kg群で雄にヘモグロビン量,ヘマトクリット値および平均赤血球血色素量の有意な増加が認められた.

回復期間終了時の検査において,80 mg/kg群で雄に赤血球数,ヘモグロビン量,ヘマトクリット値の有意な減少,平均赤血球容積および平均赤血球血色素量の有意な増加が認められた.30 mg/kg群では雌に平均赤血球血色素量の有意な増加が認められたが,用量依存性の認められない変化であった.

6. 血液生化学検査(Table 2)

投与期間終了時の検査において,10,30および80 mg/kg群で雌に総ビリルビンの有意な増加,30および80 mg/kg群で雄に塩素の有意な減少が認められた.10 mg/kg群では雄のクレアチニンは有意な高値,30 mg/kg群では雌雄のグルコースは有意な低値を示したが,これらの変化には用量依存性が認められなかった.

回復期間終了時の検査において,投与期間終了時の検査で認められた変化は認められなかった.30 mg/kg群で雌のLDHは有意な高値,BUNおよび無機リンは有意な低値を示したが,いずれも用量依存性の認められない変化であった.

7. 剖検

投与期間および回復期間終了時屠殺動物において,雌雄とも被験物質の投与に起因する変化は認められなかった.投与期間中の死亡動物では,肺の赤色化および肝臓の暗色調化が雌雄の全例に,精巣の軟化が80 mg/kg群の雄1匹に認められた.被験物質の投与との関連性が認められない所見として,投与期間終了時屠殺動物では雄に精巣上体の結節が対照群の1匹,肺の赤色点および肝臓の横隔膜結節が3 mg/kg群の各々1匹,胸腺の赤色斑が30 mg/kg群の1匹に,また回復期間終了時屠殺動物では雌に水腎症が対照群の1匹,子宮腔水腫が30 mg/kg群の1匹に認められた.

8. 器官重量(Table 3)

投与期間終了時屠殺動物において,80 mg/kg群で雄に最終体重の有意な減少が認められた.器官重量では,雌雄に肝臓の相対重量の有意な増加,さらに雄に脳,腎臓および精巣の相対重量の有意な増加が認められた.

回復期間終了時屠殺動物では,80 mg/kg群で雌雄の肝臓の相対重量に有意差が残るものの,投与期間終了時屠殺動物に比べて変化は軽減する傾向が認められた.また,80 mg/kg群で雄に腎臓の絶対重量のみの有意な増加が認められた.なお,30 mg/kg群の雄の脳の絶対重量は対照群と比べて有意な高値を示したが,変化に用量依存性は認められなかった.

9. 病理組織学検査(Tables 4, 5)

被験物質の投与に起因する変化が,腎臓および脾臓に認められた.

投与期間終了時屠殺動物において,腎臓に皮髄境界部の軽度ないし中等度の鉱質沈着が80 mg/kg群で雄の4匹中3匹および雌の3匹中2匹に認められ,雄の発現率には対照群と比べて有意差が認められた.脾臓においては,髄外造血巣は雄で対照群は6匹の全例が中等度に認められたのに対して,80 mg/kg群は2匹が軽度および他の2匹が中等度で,80 mg/kg群の雄では髄外造血巣の減少による赤脾髄の萎縮傾向が認められた.

投与期間中死亡動物において,腎臓に皮髄境界部の軽度ないし中等度の鉱質沈着が80 mg/kg群で雌の6匹中3匹に認められた.また,剖検で認められた赤色化した肺にはうっ血あるいはうっ血水腫,暗色調化した肝臓ではうっ血,軟化した精巣には精細管萎縮が認められた.

回復期間終了時屠殺動物において,腎臓に皮髄境界部の軽度な鉱質沈着が80 mg/kg群で雄の4匹中2匹および雌の3匹中2匹に認められた.また,脾臓に髄外造血巣の有意な増加が80 mg/kg群で雄に認められた.剖検で被験物質投与とは無関係に認められた雄の精巣上体の結節には精子肉芽腫,肺の赤色点には出血を伴った炎症性細胞浸潤巣,肝臓の横隔膜結節には胆管増生巣および巣状壊死,胸腺の赤色斑には出血が,雌の水腎症には腎盂拡張,子宮腔水腫には内腔拡張が認められた.

以上の変化以外にも,投与期間終了時屠殺動物,投与期間中死亡動物および回復期間終了時屠殺動物の検査した各器官に変化が認められたが,散発的なあるいは用量依存性の認められない所見であった.

考察

2,4-ジニトロフェノールのラットへの28日間反復経口投与において認められた主な毒性は一般状態の変化であり,多血症および腎臓や肝臓に対する影響も認められた.

一般状態の変化について,30 mg/kg群で雌雄に自発運動の低下および流涎,80 mg/kg群ではさらに雌雄に歩行時の這いずり姿勢,腹臥姿勢,浅速呼吸,眼瞼下垂,下腹部被毛の尿による汚れ,死亡動物で強直性痙攣および死亡直後の硬直が認められた.

ジニトロフェノ−ルは酸化的リン酸化の脱共役作用を有し,生体内の高エネルギーリン酸化合物の貯蔵量を減少させることが知られており,急性中毒では酸化代謝機構,次いで熱産生が刺激され,酸素消費量の増加,体温上昇,呼吸数および心拍数の増加を呈し,循環性あるいは呼吸性ショックにより死に至ると考えられている5).2,4-ジニトロフェノ−ルの急性中毒症状として,ラットでは腹臥姿勢,浅速呼吸,強直性痙攣,振戦,死亡直前直後の四肢硬直など,イヌではさらに心拍数の増加および体温の上昇が報告3)されている.

2,4-ジニトロフェノ−ルの反復投与による血中濃度の推移について,イヌでは毎日の投与後2〜3時間でピ−クに達した後24時間でほぼ消失し,投与の反復による血中濃度の蓄積的増加は認めらないと報告3)されている.今回のラットへの反復投与試験においても,毎日の投与後一過性の急性中毒症状が繰り返し認められ,反復投与による症状の増強は認められなかった.また,死亡の多くは投与1ないし2日に認められ,痙攣を伴った急性中毒死と推察されるものであった.

体重および摂餌量について,80 mg/kg群で雌は投与初期に体重増加の抑制,雄は投与の後半に同様の抑制傾向が認められた.一方,摂餌量は30 mg/kg以上の群で雌雄に増加傾向が認められた.この飼料効率の低下が伺われる変化については,上述の酸化的リン酸化の脱共役作用による酸化的代謝の亢進と関連しているものと推察される.

多血症について,80 mg/kg群で雄にヘモグロビン量,ヘマトクリット値および平均赤血球血色素量の増加が認められたが,この変化についてもジニトロフェノ−ル類の酸素消費量増加作用と関連した変化と考えられる.また,同群の雄に認められた脾臓における髄外造血の低下傾向は,多血症に対する生体の適応反応と判断される.

腎臓に対する影響について,病理組織学検査で80 mg/kg群の雌雄に皮髄境界部における鉱質沈着の発現率の増加が認められ,雄では腎臓相対重量の増加も認められた.腎臓皮髄境界部における鉱質沈着はラットに自然発生的にも認められる変化で,雌の発生率が高く,ホルモンの影響6, 7)や飼料成分の影響8)によるものと考えられている.本試験で認められた鉱質沈着の発現機序は不明であるが,投与初期の死亡動物にも認められ,投与開始後短期間で沈着するものと考えられる.また,尿検査で80 mg/kg群の雄に認められた比重の低下ならびに血液生化学検査で30および80 mg/kg群の雄に認められた塩素の減少も,腎臓に対する影響を示唆する変化と考えられる.

肝臓に対する影響について,80 mg/kg群で雌雄に肝臓の相対重量の増加が認められた.病理組織学検査では肝臓に被験物質の投与に起因する変化は認められなかったが,2,4-ジニトロフェノ−ルは肝臓に対し毒性を有するとの報告9)があり,相対重量の増加は被験物質の投与による影響と判断された.

なお,血液生化学検査で,10 mg/kg以上の群の雌に背景データ内あるいはこれを僅かに越える総ビリルビンの増加が認められたが,溶血性変化や胆汁のうっ滞等これと関連する変化は認められなかった.2,4-ジニトロフェノ−ルの代謝物の1つとして,2-アミノ-4-ニトロフェノールが知られている10).ビリルビンはジアゾ化法で測定しており,アミノ基を有する物質が存在すると試薬(スルファニル酸,亜硝酸ナトリウム)と反応してジアゾ化し,本来のビリルビンに加算されて測定されることがあり,したがって,本試験で認められた総ビリルビンの増加は,ビリルビンの測定に対して代謝物が影響した可能性が高く,毒性とは無関係な変化であると判断された.

また,尿検査で,30 mg/kg以上の群の雄および80 mg/kg群の雌で認められた尿の褐色化については,尿により汚れた被毛が被験物質の色調と類似した黄色を呈したことから,尿中排泄された被験物質あるいはその代謝物の色調と関連した変化と推察される.80 mg/kg群の雄に認められたケトン体の変化については,減少性の変化で毒性学的意義は小さいものと判断される.

さらに,器官重量で80 mg/kg群の雄に脳および精巣の相対重量のみの増加が認められたが,当該器官に病理組織学変化は認められなかったことから,体重増加抑制に伴う変化と判断された.

一方,回復群においては,投与期間中あるいは投与期間終了時の検査で認められた変化のうち,腎臓の病理組織学変化を除いて,いずれも回復あるいは回復傾向が認められた.

腎臓の鉱質沈着について,雌ラットの自然発生初期に卵巣割去すると発生が抑制されるが,発生後に卵巣割去しても1か月後の発生率は卵巣割去前とほとんど差は認められなかったとの報告11)があり,沈着した鉱質が消失するには長期間を要するものと推察される.

なお,血液学検査で,80 mg/kgの回復群の雄に,投与期間終了時に認められた多血症とは逆に貧血所見が認められ,病理組織学検査では脾臓に髄外造血巣の増加が認められた.この貧血所見については多血症の回復期におけるリバウンド現象と考えられ,脾臓の髄外造血巣の増加については貧血に対する生体の適応反応と解釈される.

以上の結果から,2,4-ジニトロフェノールのラットへの28日間反復経口投与により認められた主な毒性影響は,30 mg/kg以上の群の雌雄の一般状態の変化ならびに雄の血清中塩素濃度の減少,80 mg/kg群の雌雄の死亡,雄の多血症,尿比重の低下,腎臓および肝臓の相対重量増加,脾臓および腎臓の病理組織学変化ならびに雌の肝臓の相対重量増加であった.したがって,無影響量は,雌雄とも10 mg/kg/dayと推定された.

文献

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連絡先
試験責任者:山本 譲
試験担当者:伊藤義彦,伊藤雅也,加藤史子, 赤木 博,山口真樹子
(財)畜産生物科学安全研究所
〒229-1132 神奈川県相模原市橋本台3-7-11
Tel 042-762-2775Fax 042-762-7979

Correspondence
Authors:Yuzuru Yamamoto(Study director)
Yoshihiko Ito, Masaya Ito, Satoko Kato, Hiroshi Akagi, Makiko Yamaguchi
Research Institute for Animal Science in Biochemistry and Toxicology
3-7-11 Hashimotodai Sagamihara-shi, Kanagawa, 229-1132, Japan
Tel +81-42-762-2775Fax +81-42-762-7979