染色体異常試験に用いる用量を決定するため,短時間処理法では300〜2100 μg/mL,連続処理法では31.25〜2000 μg/mLの範囲で細胞増殖抑制試験を行った結果,短時間処理法および連続処理法のいずれにおいても50 %を上回る細胞増殖抑制は認められなかった.したがって,染色体異常試験における用量は,525,1050および2100 μg/mLとした.
試験の結果,短時間処理法S9 mix非存在および存在下ともに染色体異常細胞の増加は認められなかった.そこで,連続処理法24時間処理を行った.その結果,用量依存的な染色体構造異常細胞の増加が認められ,1050 および2100 μg/mLでの増加(出現頻度6.0および10.5 %)は統計学的に有意なものであった.
以上の成績から,(メタクリロイルオキシエチル)トリメチルアンモニウムクロリドは,CHL/IU細胞に対し染色体異常を誘発する(陽性)と結論した.
短時間処理法では,培養開始3日後に被験物質を加えS9 mix非存在および存在下で被験物質を6時間処理し,処理終了後,新鮮培養液でさらに18時間培養した.連続処理法では,培養開始3日後に被験物質を加え24時間処理した.
実験終了後,残余被験物質を分析した結果,安定性に問題はなかった.
その結果(Fig. 1, 2),短時間処理法および連続処理法のいずれにおいても50 %を上回る細胞増殖抑制は認められず,50 %細胞増殖抑制用量は,それぞれ2100および2000 μg/mL以上であると判断された.
陽性対照として,短時間処理法S9 mix存在下では3,4-benzo[a]pyrene(B[a]P, Sigma Chemical Co.)を 10 μg/mL,短時間処理法S9 mix非存在下および連続処理法では1-methyl-3-nitro-1-nitrosoguanidine(MNNG, Aldrich Chemical Co.)を2.5 μg/mLの用量で用いた.陽性対照物質の溶媒には,いずれもDMSO(和光純薬工業(株))を使用した.
染色体構造異常細胞および倍数性細胞の出現頻度について,多試料x2検定を行い有意差(有意水準5 %以下)が認められた場合は,フィッシャーの直接確率法を用いて溶媒対照群と各用量群との間の有意差検定(有意水準は多重性を考慮して,5 %または1 %を処理群の数で割ったものを用いた)を行った.
その結果,溶媒対照群と比較して,被験物質による染色体異常細胞の出現頻度が2用量以上で有意に増加し,かつ用量依存性あるいは再現性が認められた場合,陽性と判定した.
以上の成績から,(メタクリロイルオキシエチル)トリメチルアンモニウムクロリドは,それ自体に染色体構造異常を誘発する作用があると考えられた.したがって,本実験条件下では,(メタクリロイルオキシエチル)トリメチルアンモニウムクロリドのCHL/IU細胞に対する染色体異常誘発性は陽性と判定した.陽性結果が得られたため,D20値2)(分裂中期像の20 %に異常を誘発させる被験物質の推定用量)を算出したところ,本被験物質のD20値は,連続処理法24時間処理において3.89 mg/mLであった.本試験結果は,CHL/IU細胞において染色体異常を有する細胞の出現頻度が10 %以上を陽性とする石館らの判定基準3)からみても,陽性と判断されるものであった.
(メタクリロイルオキシエチル)トリメチルアンモニウムクロリドの類縁化合物である2-(ジメチルアミノ)エチルメタクリラート4),2-(ジエチルアミノ)エチルメタクリラート5)および(ジメチルアミノ)エチルアクリラート6)は,いずれもCHL/IU細胞を用いた染色体異常試験において本試験結果と同様,陽性と報告されている.また,エチルメタクリラートは,L5178Yマウスリンホーマ細胞を用いた染色体異常試験7)および姉妹染色分体交換試験8)で陽性,CHO細胞を用いた染色体異常試験8)では陰性と報告されている.
1) | 日本環境変異原学会・哺乳動物試験分科会編,“化学物質による染色体異常アトラス,”朝倉書店,東京,1988, pp.16-37. |
2) | 厚生省生活衛生局企画課生活化学安全対策室 監修,“化審法毒性試験法の解説 改訂版,”化学工業日報社,東京,1992, pp.51-52. |
3) | 石館 基 監修,“改定増補 染色体異常試験 データ集,”エル・アイ・シー,東京,1987, p.19. |
4) | 野田篤,昆尚美,化学物質毒性試験報告,6, 565(1998). |
5) | 田中憲穂,佐々木澄志,日下部博一,若栗忍,中川ゆずき,井上みゆき,橋本恵子,化学物質毒性試験報告,6, 172(1998). |
6) | 田中憲穂,山影康次,佐々木澄志,若栗忍,日下部博一,中川ゆずき,水谷正寛,古畑紀久子,橋本恵子,化学物質毒性試験報告,5, 601(1997). |
7) | M. M. Moore, A. Amtower, C. L. Doerr, K. H. Brock, K. L. Dearfield, Environ. Mol. Mutagen., 11, 49(1988). |
8) | “The Dictionary of Substances and their Effects,” Vol.4, eds. by M. L. Richardson, S. Gangolli, The Royal Society of Chemistry, Cambridge, 1994, pp. 430-432. |
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