N,N-ジシクロヘキシル-2-ベンゾチアゾールスルフェンアミドのラットを用いる
反復経口投与毒性・生殖発生毒性併合試験

Combined Repeat Dose and Reproductive/Developmental Toxicity Screening Test of
N,N-Dicyclohexyl-2-benzothiazolesulfenamide in Rats

要約

 ゴム製品の加硫促進剤等に用いられている高生産量既存化学物質N,N-ジシクロヘキシル-2-ベンゾチアゾールスルフェンアミドの反復経口投与毒性・生殖発生毒性併合試験を,SD系[Crj:CD(SD)]ラットを用い,0,6,25,100および400 mg/kg/day用量で実施した.動物数は1群雌雄各10匹とし,被験物質は交配開始14日前から,雄は44日間,雌は分娩後哺育3日(40〜51日間)まで投与した.

1. 反復投与毒性

 雄親においては,100 mg/kg以上の群で腎臓の近位尿細管上皮に硝子滴が認められ,400 mg/kg群で投与開始後短期間における摂餌量の減少,投与期間を通じての体重増加抑制,尿中ケトン体および血清無機リンの増加,血清GPTおよび塩素の減少,胸腺の萎縮ならびに盲腸の拡張が認められた.

 一方,雌親においても,100 mg/kg以上の群で腎臓に対する影響が発現したが,雄親とは異なり近位尿細管上皮に脂肪変性が認められた.また,自発運動低下,下腹部被毛の尿による汚染,紅涙などの一般状態の変化ならびに副腎皮質細胞の空胞化および脾臓の萎縮が認められた.さらに400 mg/kg群では,交配前および妊娠期間中の摂餌量減少,妊娠末期での体重増加抑制ならびに胸腺の萎縮が認められ,3匹が分娩予定日あるいはその翌日に死亡した.

2. 生殖発生毒性

 雄親の生殖について,影響は認められなかった.雌親の生殖および児動物の発生については,400 mg/kg群で影響が認められ,黄体数の減少ならびにそれに伴う着床数や総出産児数の減少が認められた.また,分娩中死亡の1例および明らかな分娩遅延の1例が発現した.さらに,出産した各雌親の全児あるいはその約半数は分娩確認時に死亡しており,雌親はその後も哺育行動を取らず,生存した新生児も哺育2日までに全例が死亡した.したがって,出産率,出生率,新生児数および新生児の哺育4日生存率は減少した.交尾や受胎能ならびに新生児の形態に対する影響は認められなかった.

 以上の結果から,N,N-ジシクロヘキシル-2-ベンゾチアゾールスルフェンアミドのラットへの投与により,腎臓,胸腺,副腎および脾臓に対する毒性影響が認められ,一般毒性学的無影響量は,雄親,雌親とも25 mg/kgと推定された.一方,生殖毒性については,雄親の生殖能には影響が認められず,無影響量は400 mg/kg以上と推定された.雌親の生殖能および児動物の発生に関しては,排卵,分娩,哺育および新生児の生存性に対する影響を示唆する変化が発現し,いずれも無影響量は100 mg/kgと推定された.

方法

1. 被験物質

 被験物質N,N-ジシクロヘキシル-2-ベンゾチアゾールスルフェンアミドは,分子量346.59,融点102.7℃の水に難溶,アセトンに易溶な淡灰色の顆粒である.試験には,大内新興化学工業(株)で製造(ロット番号307021)された純度99.2%のものを入手し,冷暗条件下で密封保管し,使用した.投与液は,これを局方ゴマ油(宮澤薬品)に溶解あるいは懸濁(最高用量)して調製し,使用時まで冷暗条件下で密栓保管した.被験物質および投与液中の被験物質を分析し,安定であることを確認した.

2. 使用動物および飼育条件

 日本チャールス・リバー(株)より搬入したSD系[Crj:CD(SD)]ラットを12日間検疫・馴化飼育した後,一般状態に異常が認められなかったものを,雄は9週齢,雌は8週齢で,1群雌雄各10匹として試験に供した.ラットは,温度22±3℃,湿度55±10%,換気回数10回以上/時,照明12時間(6時〜18時)に設定した飼育室で金網ケージに個別に収容し,固型飼料(CE-2,日本クレア(株))および水を自由摂取させた.ただし,交尾成立後の雌は,巣作り材料(ホワイトフレーク,日本チャールス・リバー(株))を入れたポリカーボネート製ケージに収容した.

3. 投与量および投与方法

 投与量設定試験を,雄は9週齢,雌は8週齢のSD系[Crj:CD(SD)]ラットを1群雌雄各4匹とし,0,3,10,30,100および300 mg/kg/day用量の14日間経口投与により実施した.300 mg/kg以上の群で体重増加の抑制および摂餌量の減少傾向が雌雄に,腎臓および副腎重量の増加傾向が雄に認められた.また,100 mg/kg以上の群の雄および300 mg/kg群の雌で,血清GPTの減少が認められた.血液学検査および剖検においては,明らかな変化は認められなかった.そこで,本試験における投与量は,400 mg/kgを最高用量とし,以下100,25および6 mg/kgの4用量,ならびに対照を設定した.

 投与方法は,投与液量を体重100 g当たり0.5 mlとし,胃ゾンデを装着した注射筒を用いて,1日1回(午前中),交配開始14日前から雄は44日間,雌は分娩後哺育3日(40〜51日間)まで,経口投与した.対照群には,局方ゴマ油を同様に投与した.

4. 観察および検査

1)親動物に関する項目

(1)一般状態観察

 投与期間中毎日,動物の生死,外観,行動等について観察した.

(2)体重および摂餌量測定

 体重の測定は,投与開始日(投与開始直前)およびその後は7日間隔で行い,さらに最終投与日および屠殺日あるいは死亡発見日に測定した.ただし,雌の妊娠後は,妊娠0,7,14および20日,ならびに哺育0および4日に測定した.摂餌量は,体重測定日に合わせて,翌日までの24時間の飼料消費量を測定した.雌の哺育4日の摂餌量は,前日からの24時間消費量を測定した.

(3)交配および分娩状態観察

 投与14日の午後に,雄のケージに同一群内の雌を入れて1対1の対を作り,交尾が確認されるまで(14日間で全例の交尾を確認),連続同居させた.交尾の確認は毎朝一定時刻(9:30分頃)に行い,膣栓形成あるいは膣垢中に精子が確認された日を妊娠0日とした.分娩状態の観察も同じ時刻に行い,1腹ごとに全例の出産が確認された日を哺育0日とした.交配および分娩の観察結果から,各群について交尾率[(交尾成立動物数/同居動物数)×100],受胎率[(受胎雌数/交尾成立雌数)×100]および出産率[(生児出産雌数/生存妊娠雌数)×100]ならびに分娩の確認された例について妊娠期間(妊娠0日から分娩が確認された朝の前日までの期間)を算定した.

(4)雄の臨床病理学検査

尿検査:

投与開始42日に,腰背部を刺激して強制排尿させ,pH,潜血,タンパク,糖,ケトン体,ビリルビンおよびウロビリノーゲン(以上,マイルス・三共(株),マルティスティックス)を検査した.

血液学検査:

供試血液の採取は,投与期間終了翌日における屠殺剖検時に行った.動物は採血前日の午後5時より除餌し,水のみを給与した.採血はエーテル麻酔下で開腹して腹大動脈より行った.採取した血液の一部をEDTA-2Kで凝固防止処理し,多項目自動血球計数装置(東亜医用電子(株),E-4000)により,赤血球数(電気抵抗検出方式),血色素量(ラウリル硫酸ナトリウム-ヘモグロビン法),ヘマトクリット値(パルス検出方式),平均赤血球容積,平均赤血球血色素量,平均赤血球血色素濃度(以上,計算値),白血球数および血小板数(以上,電気抵抗検出方式)を測定した.

血液生化学検査:

採取した血液の一部から血清を分離し,生化学自動分析装置(日本電子(株),JCA-VX-1000型クリナライザー)により,総タンパク(Biuret法),アルブミン(BCG法),A/G比(計算値),グルコース,トリグリセライド,総コレステロール(以上,酵素法),総ビリルビン(Jendrassik法),尿素窒素(Urease-UV法),クレアチニン(Jaff法),GOT,GPT,γ-GTP(以上,SSCC法),アルカリフォスファターゼ(GSCC法),カルシウム(OCPC法)および無機リン(酵素法)を,また電解質自動分析装置(東亜電波工業(株),NAKL-1)により,ナトリウム,カリウムおよび塩素を測定した.

(5)病理学検査

 死亡動物は発見後速やかに,雄の計画屠殺動物は採血に続いて,また雌の計画屠殺動物は哺育4日の観察終了後にエーテル麻酔下で,いずれも放血屠殺して剖検し,肝臓,腎臓,胸腺ならびに雄についてはさらに精巣,精巣上体を秤量した.分娩異常あるいは分娩後の異常により出産児の全例が死亡した雌は死亡が確認された日に,分娩予定日を過ぎても分娩が認められない雌については分娩予定の4日後(妊娠25日)にそれぞれ屠殺剖検し,同様に器官重量を測定した.雌については,卵巣の黄体数および子宮の着床数を調べ,着床率[(着床数/黄体数)×100]を算定した.病理組織学検査は,採取した器官を10%中性リン酸緩衝ホルマリン液(精巣,精巣上体のみブアン液)で固定後,対照群および400 mg/kg群では脳,心臓,胸腺,肝臓,腎臓,脾臓,副腎,盲腸,精巣/卵巣および雌の乳腺について,6,25および100 mg/kg群では400 mg/kg群で異常の認められた雌雄の腎臓,胸腺,雌の肝臓,脾臓,副腎について,さらに不妊の対や全児が死亡した雌では対照群および400 mg/kg群で検査した器官に加えて下垂体,精巣上体,精嚢,前立腺,子宮,膣について,常法に従いパラフィン切片を作製し,ヘマトキシリン・エオジン染色を施して鏡検した.また,沈着物を同定するため,一部の例の肝臓および腎臓については脂肪染色(ズダン・),腎臓についてはPAS染色も行った.

2)新生児に関する項目

(1)産児数および性比の観察

 分娩完了の確認後各腹の産児数(生存児と死亡児の合計)を調べ,分娩率[(総出産児数/着床数)×100]を算定した.性別は肛門と生殖突起の距離の長短により判定し,群ごとの性比を算出した.

(2)外表異常および一般状態の観察

 分娩完了後,口腔内を含む外表の異常を観察した.また,毎日一般状態および生死を確認し,出生率[(出産確認時生児数/総出産児数)×100]および新生児生存率[(哺育4日生児数/出産確認時生児数)×100]を求めた.

(3)体重測定

 哺育0日および4日に,雌雄別に各腹ごとの総体重を測定し,1匹当たりの平均体重を算出した.

(4)病理学検査

 死亡例はその都度,生存例は雌親の解剖時(哺育4日)にエーテル・クロロホルムで麻酔死させ,胸腹部における主要器官を肉眼的に観察した.

5.統計処理

 パラメトリックデータはBartlettの分散検定を行い,分散が一様な場合は一元配置の分散分析を行った.分散が一様でない場合およびノンパラメトリックデータはKruskal-Wallisの順位検定を行った.それらの結果有意差を認めた場合,Dunnett法あるいはScheff法(群の大きさが異なる場合)により対照群に対する各群の比較検定を行った.カテゴリカルデータは,χ^2検定を行った.なお,新生児に関するデータは,1腹当たりの平均を1標本とした.

結果

1.反復投与毒性

1)死亡および一般状態

 400 mg/kg群において,雌の3匹が死亡し,死亡率は30%であった.これらの死亡はいずれも分娩予定日(妊娠22日)あるいはその翌日に発現した.なお,雌において,分娩異常あるいは分娩後の異常により,出産児の全例が死亡する例が,100 mg/kg群に1匹,400 mg/kg群に5匹認められたので,これらについては原因を明らかにするため,全児の死亡が確認された時点で屠殺し,病理学検査に供した.

 一般状態については,雄において,投与39日以降に流涎が400 mg/kg群の2匹に認められた.雌においては,いずれも受胎前の投与5〜16日および妊娠末期から哺育期にかけての投与39日以降に,削痩(100 mg/kg群の1匹,400 mg/kg群の2匹),自発運動低下(100 mg/kg群の1匹,400 mg/kg群の5匹),下腹部被毛の尿による汚染(100 mg/kg群の1匹,400 mg/kg群の6匹)および紅涙による口・鼻周囲被毛の赤色汚染(400 mg/kg群の5匹)が認められた.これらの症状を呈した動物は,下腹部被毛の尿による汚染を示した400 mg/kg群の1例が不妊であったことを除いて,いずれも死亡あるいは分娩異常や分娩後の異常により全児が死亡した例であった.また,頚部,胸部あるいは腹部に脱毛が100 mg/kg群の1匹と400 mg/kg群の3匹に認められたが,400 mg/kg群の2匹は投与期間中に回復した.

2)体重(Fig. 1,2)

 400 mg/kg群において,雄は投与期間を通じて有意な体重増加の抑制が認められ,投与の反復につれて対照群との差が拡大する傾向にあった.雌の体重も,投与期間を通じて対照群をやや下回って推移したが,統計学的には妊娠20日の体重にのみ有意差が認められた.なお,400 mg/kg群の雌の哺育4日における体重および摂餌量のデータは,それまでに妊娠した雌の全例が死亡あるいは出産した全児の死亡により屠殺剖検したため,得られなかった.

3)摂餌量(Fig. 3,4)

 400 mg/kg群において,雄は投与1日,雌は交配前,妊娠0および20日の摂餌量が対照群に比べて有意に少なかった.また,統計学的有意差は認められなかったが,雌の妊娠7および14日の摂餌量も減少傾向を示した.

4)雄の尿所見

 ケトン体は,対照群で全ての例が-(negligible)であったのに対し,400 mg/kg群では7匹が±(5 mg/dl)で,有意に増加した.

5)雄の血液学および血液生化学所見(Table 1)

 血液学検査では,各検査項目に被験物質の投与に起因すると考えられる変化は認められなかった.6 mg/kg群の血小板数は対照群に比べて有意な低値を示したが,用量依存的な変化ではなかった.血液生化学検査では,400 mg/kg群において,いずれも有意な無機リンの増加ならびにGPTおよび塩素の減少が認められた.総コレステロールは25および100 mg/kg群で有意な増加を,ナトリウムは6および400 mg/kg群で有意な減少を示したが,総コレステロールおよびナトリウムの変化は軽度,かつ,用量依存的でなかった.

6)器官重量(Table 2)

 雄においては,400 mg/kg群で,絶対および相対重量に共通して腎臓重量は増加傾向を,胸腺重量は減少傾向を示し,統計学的には対照群と比べて胸腺の絶対重量と腎臓の相対重量に有意差が認められた.また,精巣は相対重量のみ有意な増加を示した.25,100および400 mg/kg群の肝臓相対重量は,有意に大きかったが,用量依存的な変化でなかった.雌においては,400 mg/kg群で全児死亡により屠殺剖検した例は,計画屠殺した対照群に比べて胸腺の絶対および相対重量が小さく,絶対重量に有意差が認められた.同例の肝臓は絶対重量がやや小さく,相対重量は有意に大きかった.

7)剖検所見

 雄においては,盲腸の拡張が400 mg/kg群で5匹に認められた.また,胸腺の萎縮は,100 mg/kg以下の群では0〜1匹の発現であったのに対し,400 mg/kg群では4匹に認められた.雌においては,腎臓の腫大・退色が100 mg/kg群の1匹(全児死亡例)と400 mg/kg群の3匹(死亡の2例と全児死亡の1例)に,副腎の肥大・退色が100mg/kg群の1匹(全児死亡例)と400 mg/kg群の7匹(死亡の3例と全児死亡の4例)に認められた.また,胸腺の萎縮が対照群を含む100 mg/kg以下の群では2〜3匹にみられたのに対し,400 mg/kg群では7匹(死亡の3例と全児死亡の4例)と増加し,また脾臓も400 mg/kg群の5匹(死亡の3例と全児死亡の2例)で萎縮していた.さらに,盲腸の拡張が400 mg/kg群の1匹(不妊例)に認められた.

8)病理組織学所見(Table 3,4)

 妊娠を成立させた雄では,腎臓の近位尿細管上皮におけるPAS陽性硝子滴が100 mg/kg以上の群に認められた.また,胸腺の萎縮は,対照群を含む他の群では10匹中0〜1匹の発現であったが,400 mg/kg群では半数に認められた.妊娠を成立させなかった雄においても,腎臓に硝子滴の出現がみられたが,生殖器系器官および下垂体に異常は認められなかった.自然分娩し,哺育も順調であった100 mg/kg以下の群の雌においては,腎臓近位尿細管上皮の脂肪変性が100 mg/kg群の8匹中2匹に認められた以外,被験物質の投与に起因すると考えられる変化は認められなかった.妊娠が成立しなかった100 mg/kg群の1匹および400 mg/kg群の2匹の雌においては,副腎皮質細胞の空胞化が400 mg/kg群の1匹に認められた以外,生殖器系器官および下垂体を含めて変化は認められなかった.死亡した400 mg/kg群の3匹および分娩異常あるいは分娩後の異常により出産した全児が死亡した100 mg/kg群の1匹および400 mg/kg群の5匹においては,腎臓近位尿細管上皮の脂肪変性,副腎皮質細胞の空胞化,胸腺および脾臓の萎縮などの変化が認められた.全児死亡の雌には,乳腺を含む生殖器系器官および下垂体に変化は認められなかった.

2.生殖発生毒性

1)親動物に及ぼす影響(Table 5)

(1)交尾率および受胎率

 交尾は,対照群および被験物質投与各群の全例に成立した.400 mg/kg群で,交尾に7日,11日および14日を要する3対があったが,対照群に比べて交尾に要する平均日数に有意差は認められなかった.受胎率は,対照群ならびに6および25 mg/kg群の100%に対し,100 mg/kg群90%,400 mg/kg群80%と低下傾向を示したが,有意な変化ではなかった.

(2)黄体数,着床数および着床率

 対照群の黄体数19.7,着床数18.8に対し,100 mg/kg以下の群ではそれぞれ17.6-18.5および16.9-17.4の範囲であり,有意差は認められなかった.400 mg/kg群では,黄体数16.3,着床数15.3といずれも有意に減少した.着床率は,対照群の95.9%に対し,被験物質投与各群とも類似した値を示し,有意な変化は認められなかった.

(3)出産率および妊娠期間

 出産率は対照群ならびに100 mg/kg以下の群では100%であった.400 mg/kg群では,生存した5匹の妊娠雌のうち生児出産は3匹で,出産率は60.0%と減少した.妊娠期間は,対照群の21.2日に対し被験物質投与各群は21.2-22.0の範囲にあり,有意な変化は認められなかった.

(4)分娩および哺育状態

 400 mg/kg群において,妊娠した8匹のうち,3匹は分娩予定日(妊娠22日,1匹)あるいはその翌日(2匹)に死後発見された.これらの例では,いずれもほぼ正常に発育した14〜16匹の胎児が確認され,また1匹は児が膣に下降していた.残りの5匹について,1匹は分娩が遅延し妊娠25日,他の1匹は妊娠23日に分娩が確認されたが,いずれも全児が死亡していた.また,残りの3匹は,分娩確認時にいずれも出産児の約半数は死亡しており,その後雌親は哺育行動を取らず,全児が哺育2日までに死亡した.100 mg/kg群においても,1匹は死亡児1匹と14匹の生児出産が確認されたが,その後自発運動が低下し,哺育行動を取らず,哺育3日までに全児が死亡した.

2)新生児所見(Table 6)

(1)生存性

 対照群の1腹当たり総出産児数は17.0匹,哺育0日の新生児数は16.8匹(雄7.8匹,雌9.0匹),哺育4日の新生児数は16.3匹(雄7.7匹,雌8.6匹)で,出生率は98.8%,哺育4日生存率は97.1%であった.100 mg/kg以下の群ではこれらの指標に有意な変化は認められなかった.400 mg/kg群では,対照群に比べて総出産児数は12.0匹と有意に少なく,また死亡児が多かったため哺育0日の新生児数は4.0匹(雄2.2匹,雌1.8匹),出生率は31.4%といずれも有意に減少した.さらに,400 mg/kg群では哺育2日までに全腹の全児が死亡し,哺育4日の生存率は0%となった.分娩率や新生児の性比には有意な変化は認められなかった.また,生存した新生児の一般状態にも異常は認められなかった.

(2)体重

 哺育0日における新生児体重は,対照群の雄6.4 g,雌6.0 gに対し100 mg/kg以下の群では6.5-6.7 gおよび6.2-6.4 gで有意な変化は認められなかった.400 mg/kg群では,雄5.6 g,雌5.3 gとやや体重が小さかった.しかし,対照群と比べて有意差は認められなかった.哺育4日の体重については,100 mg/kg以下の群において対照群と有意差は認められなかった.

(3)形態

 被験物質投与と関連すると考えられる外表および内臓の異常は認められなかった.外表異常については,6 mg/kg群に左後肢の第3,4,5指欠損および短肢の重複異常が1匹(0.7%),100 mg/kg群で短尾が1匹(0.7%)および400 mg/kg群で口蓋裂が5匹(14.3%,1腹)認められた.内臓異常については,一側性の腎臓欠損が6 mg/kg群の1匹(0.7%)に認められた.内臓変異については,胸腺の頚部残留,左臍動脈遺残あるいは腎盂拡張が総計対照群で1匹(0.6%),6 mg/kg群で6匹(3.7%),25 mg/kg群で2匹(1.3%),100 mg/kg群で4匹(2.6%),400 mg/kgで1匹(1.7%)認められた.しかし,これらの発現率には群間に有意差は認められなかった.

考察および結論

1.反復投与毒性

 雄親について,400 mg/kg群で投与開始後短期摂餌量が減少し,体重増加は投与期間を通じて抑制された.しかし,一般状態の変化は,流涎が2匹に認められた以外,特に認められなかった.

 病理組織学検査において,腎臓の近位尿細管上皮にPAS陽性の硝子滴が100 mg/kg以上の群に用量依存的に出現し,400 mg/kg群の腎臓相対重量は増加した.血液生化学検査で認められた400 mg/kg群の血清塩素の減少や無機リンの増加も,腎機能に対する影響を示唆する変化と解せられる.

 尿細管上皮の硝子滴は,無鉛ガソリン1), 1,4-ジクロロベンゼン2),その他の多くの化学物質3)の雄ラットへの投与により出現する事が知られており,α2u-グロブリンの沈着像で,近位尿細管上皮におけるタンパクの再吸収あるいはその代謝過程に対する何らかの障害によるものと考えられている3).

 盲腸の拡張が400 mg/kg群に認められた.盲腸の拡張は抗菌性物質投与時にしばしば認められ,腸内細菌叢の変化によるものと考えられている4).本被験物質による発現機序は不明であるが,拡張の程度は軽度で,盲腸には病理組織学的な異常は認められず,糞便性状の変化も認められなかった.

 以上の変化に加えて,胸腺の萎縮や尿中ケトン体の増加および血清GPTの減少が400 mg/kg群に認められた.尿中ケトン体の増加については,脂質や糖質の代謝異常を示唆する所見は認められておらず,また胸腺およびGPTの変化も軽度なものであった.

 なお,器官重量において,25 mg/kg以上の群の肝臓ならびに400 mg/kg群の精巣は相対重量のみの増加を示した.しかしながら,肝臓では用量の増加に伴って変化が増強する傾向は認められず,また肝臓および精巣とも病理組織学的には異常が認められなかったことから,いずれも毒性影響を示唆する変化ではないと判断された.

 一方,雌親については,400 mg/kg群で,自発運動低下,下腹部被毛の尿による汚染,紅涙などの一般状態の変化が受胎前と妊娠末期から哺育期にかけて認められ,交配前および妊娠期間中の摂餌量は対照群に比べて少なく,特に妊娠末期では体重増加が抑制され,妊娠雌8匹中3匹は分娩予定日あるいはその翌日に死亡した.100 mg/kg群においても,400 mg/kg群と同様の一般状態の変化が1匹に認められた.

 腎臓においては,雄に認められた硝子滴は認められなかったが,近位尿細管上皮の脂肪変性が100 mg/kg以上の群で認められ,腎臓は肉眼的に退色していた.本被験物質投与により生じた雌雄で異なる腎臓の形態的変化と類似した変化は,1,2-ジクロロベンゼンのラットへの投与により発現することが知られている5).

 また,400 mg/kg群で副腎の皮質細胞空胞化や胸腺および脾臓の萎縮が認められ,100 mg/kg群においても一般状態の変化の認められた1匹の副腎や脾臓に同様の所見が認められた.

 以上の結果から,N,N-ジシクロヘキシル-2-ベンゾチアゾールスルフェンアミド投与により,腎臓,胸腺,副腎および脾臓に対する毒性影響が認められ,無影響量は雌雄とも25 mg/kg/dayと推定された.

2.生殖発生毒性

 雌雄の交尾能および雄の受胎能や雌の受胎に対しては,交尾率および受胎率に変化は認められず,影響はないものと判断された.

 黄体数および着床数は,400 mg/kg群で減少し,着床率には変化が認められなかったことから,排卵に対する影響が示唆された.総出産児数の減少も,分娩率に明らかな変化がなかったことから,主に排卵数(黄体数)の減少によるものと推察される.なお,卵巣や下垂体には,病理組織学的に異常は認められなかった.

 分娩については,分娩率や妊娠期間に明らかな変化が認められなかったが,400 mg/kg群で妊娠雌8匹中3匹が分娩予定日あるいはその翌日に死亡し,そのうちの1匹は分娩中の死亡であった.さらに,分娩が明らかに遅延する例も認められ,分娩に対する影響がうかがわれた.さらに,生存した5匹の妊娠雌の全例において,分娩確認時に各腹の全児あるいはその約半数が死亡しており,出産後も哺育行動を取らず,哺育2日までに全ての雌親の全児が死亡した.したがって,出産率,出生率,新生児数および新生児の哺育4日生存率は減少した.

 分娩および哺育の異常については,下垂体および生殖器系器官に異常は認められず,腎臓,胸腺,副腎,脾臓などに病理学的変化が認められたことから,一般毒性学的な影響が大きいものと考えられた.

 新生児の外表や内臓には,被験物質投与の影響が示唆される異常は認められず,新生児の体重も,哺育0日で400 mg/kg群に減少傾向がみられたが有意な変化ではなかった.

 100 mg/kg群においても,400 mg/kg群と同様の各器官における病理学的変化を示す1匹がみられ,この例では分娩後自発運動が低下し,哺育行動を取らず全児が死亡した.しかし,その他の雌親には異常は認められず,生殖発生に関する各指標に有意な変化は認められなかった.

 100 mg/kg群に1対,400 mg/kg群に2対の不妊が認められたが,いずれも生殖器系器官に異常は認められず,発現率も低いことから,偶発的なものと判断された.

 400 mg/kg群の1腹の5匹に口蓋裂が認められた.この母動物は,妊娠期間中の体重増加が著しく抑制され,妊娠末期には自発運動低下,口・鼻周囲被毛の赤色汚染,削痩等の症状を呈し,分娩は遅延して妊娠25日に分娩が確認されたが全児が死亡していた例であった.口蓋裂は,ラットに自然発生的にも認められ6),また,その発現には母動物の栄養状態の影響が大きいことが報告されている7,8).いずれにしても,本試験で認められた口蓋裂の発現は1腹のみで,統計学的に有意な増加ではなく,被験物質の催奇形性を示唆する変化ではないと判断される.

 以上のように,N,N-ジシクロヘキシル-2-ベンゾチアゾールスルフェンアミドの投与において,雄親の生殖能に対しては,400 mg/kg群においても明らかな影響は認められず,無影響量は400 mg/kg以上と推定された.雌親の生殖および児動物の発生に関しては,死亡の発現する400 mg/kg群で,雌親の排卵,分娩,哺育ならびに新生児の生存性に対する影響を示唆する変化が認められ,いずれも無影響量は100 mg/kgと推定された.

文献

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連絡先
試験責任者:伊藤義彦
試験担当者:野田篤,伊藤雅也,赤木博,
長谷川伸治,長沢朋子
(財)畜産生物科学安全研究所
〒229 神奈川県相模原市橋本台3-7-11
Tel 0427-62-2775Fax 0427-62-7979

Correspondence
Authors: Yoshihiko Ito (Study director)
Atushi Noda, Masaya Ito,
Hiroshi Akagi, Shinji Hasegawa,
Tomoko Nagasawa
Research Institute for Animal Science in Biochemistry
and Toxicology
3-7-11 Hashimotodai, Sagamihara-shi, Kanagawa, 229, Japan
Tel +81-427-62-2775Fax +81-427-62-7979