メトキシメタノールのラットを用いた
反復経口投与毒性・生殖発生毒性併合試験

Combined Repeat Dose and Reproductive/Developmental
Toxicity Screening Test of Methoxymethanol by Oral Administration in Rats

要約

メトキシメタノールの12,60および300mg/kgをSD系ラットの雌雄に交配前14日間および交配を経て雄は計44日間,雌は妊娠,分娩を経て哺育3日までの計41〜47日間経口投与し,反復役与毒性および生殖発生毒性について検討した.被験物質には46.73%のメトキシメタノールの他,メタノールが44.93%含まれる.

1)反復投与講性

300mg/kg群において,雌雄ともに胃のびらん,潰瘍あるいは十二指腸の肥厚などの消化管障害および流挺が認められた他,雄では死亡,体重増加抑制および摂餌量減少が認められた.また,雄の血液学的検査で赤血球数,ヘマトクリット値およびヘモグロビン濃度の減少,網状赤血球数および血小板数の増加が,血液生化学的検査で総蛋白,アルブミン,カルシウムの減少およびA/G比の増加が認められた.

60mg/kg群においても,雄で胃の病理組織学的変化が認められた.

2)生殖発生毒性

親動物の交尾率,受胎率,妊娠期問,黄体数,着床率,出産率,分娩率,分娩および哺育行動には被験物質役与に起因する変化は認められなかった.新生児の検査においても,出産児数,生存児数,性比,出生率,新生児生存率,一般状態および体重に被験物質役与の影響は認められなかった.哺育4日の新生児の内臓検査において,300mg/kg群で卵円孔開存の発現率に軽度の増加が認められた.外表および骨格検査では被験物質投与に起因する異常は認められなかった.

以上の結果より,本試験条件下におけるメトキシメタノールの反復役与毒性に関する無影響量は雄が12mg/kg,雌が60mg/kg,生殖発生毒性に関する無影響量は親動物に対して雌雄とも300mg/kg,児動物に対しては60mg/kgと考えられる.

方法

1.被験物質

メトキシメタノール(三井東圧化学(株),ロット番号:9209261,純度:46.7%)は,分子量62.07,水,アルコールに可溶の無色の液休である.被験物哲にはメトキシメタノールの他,メタノールが44.93%含まれる.本ロットについては試験期間中安定であることが確認された.

2.試験動物および飼育条件

日本チャールス・リバー(株)より入手したSD系ラット(Crj:CD,SPF)を6日間検疫・馴化し,試験に使用した.投与開始前日に動物を体重別層化無作為抽出法により群分けした.1群の動物数は雌雄各10匹とした.投与開始時の週齢は雌雄とも8週齢,体重範囲は雄が278〜309g,雌が186〜215gであった.

検疫・馴化期間を含めた全飼育期間中,温度20〜25℃,湿度40〜70%R.H.,換気約12回/時,照明12時間(7:00〜19:00)に自動調節された飼育室を使用した.動物は,実験動物用床敷(ベータチップ:日本チャールス・リバー(株))を敷いたポリカーボネート製ケージに,1ケージ当り投与開始後は1匹,交配期間中は雌雄各1匹,哺育期間は1腹で収容し飼育した.

動物には,オートクレープ滅菌した実験動物用固型飼料(CRF-1:オリユンタル酵母工業(株))および5μmのフィルター濾過後紫外線照射した水道水を,それぞれ自由摂取させた.

3.投与量およぴ投与方法

8週齢のSD系ラットを用いて,0,30,100,300および1000mg/kgの用量で予備試験を行った結果,1000mg/kg群で自発運動量減少,不整呼吸,流涙などの症状および死亡が認められ,剖検では胃あるいは十二指腸のびらん,潰瘍が認められた.また,300mg/kg群でも流挺および胃の変化が観察された.従って,本試験では高用量を300mg/kgとし,以下公比5で中用量を60mg/kg,低用量を12mg/kgとした.さらに,溶媒のみを投与する対照群を設けた.

投与期間は,雌雄とも交配前14日問,交配期問中,および雄は計画殺前日までの計44日間,雌は交尾成立後分娩を経て哺育3日までの計41〜47目間とした.被験物質は,精製水に用時溶解させ,胃ゾンデを用いて毎日1回,午前中に強制経口役与した.投与液量は5ml/kgとし,至近測定日の体重を基に算出した.なお,調製に際し純度換算は行わなかった.

4.反復投与毒性に開する観察・検査

1)一般状態

全例について生死および外観・行動等を毎日観察した.死亡動物は発見後速やかに剖検した.

2)体重

雄については投与開始日(投与0日)および毎週1回測定した.雌については役与開始日,交尾成立までは毎週1回,交尾成立後は妊娠0,7,14,20日および哺育0,4日に測定した.

3)摂餌量

雄については投与開始日から交配期間中を除き毎週1回,雌については交配前は毎週1回,交尾成立後は妊娠0,7,14,20日および哺育0,4日に風袋込み重量を測定し,各期間の摂餌量から1匹当りの1日の平均摂餌量を算出した.

4)血液学的検査

雄の全生存動物について,解剖日の前日より約21時間絶食させ,チオペンタールナトリウムの腹腔内投与による麻酔下で後大静脈より採血し.赤血球数(シースフローDCインピーダンス検出法),白血球数(RF/DCインピーダンス検出法),血小板数(シースフローDCインピーダンス検出法),ヘモグロビン濃度(SLSヘモグロビン法),ヘマトクリット値(赤血球パルス波高値検出法)を多項目自動血球分析装置(NE-4500:東亞医用電子(株)),白血球百分率(Wright染色塗抹標本)を血液細胞自動分析装置(MICROX HEG-70A:立石電気(株)),網状赤血球数(アルゴンレーザーを用いたフローサイトメトリー法)を自動網赤血球測定装置(R-2000:東亞医用電子(株))により測定した.また,検査結果から平均赤血球容積(MCV),平均赤血球血色素量(MCH),平均赤血球血色素濃度(MCHC)を算出した.凝固阻止剤として,EDTA-2Kを用いた.

5)血液成果学的検査

雄の全生存動物について,剖検時に採取した血液を室温で約30分問放置した後,3000r.p.m.,10分間遠心分離し,得られた血清についてGOT(SSCC改良法),CPT(SSCC改良法),ALP(GSCC改良法),γ-GTP(SSCC改良法),尿素窒素(Urease-GLDH法),グルコース(GK-G6PDH法),総コレステロール(CES-CO-POD法),トリグリセライド(LPL-GK-G3PO-POD法),クレアチニン(Jaff法),総ビリルビン(Jendrassik改良法),総蛋白(Biuret法),アルプミン(BCG法),A/G比(総蛋白およびアルブミンより算出),カルシウム(O-CPC法),無機リン(UV法),ナトリウム,カリウム,クロライド(イオン選択電極法)を自動分析装置(日立736-10形:(株)日立製作所)により測定した.

6)病理学的検査

全動物について,最終投与日の翌日に,チオペンタールナトリウムの腹腔内投与による麻酔下で腹大動脈切断により放血致死させ剖検し,胸腺,肝臓,腎臓,精巣および精巣上体の重量を測定した,また,これらの器官に加え,脳,心臓,脾臓,副腎,胃,腸管(十二脂腸,空腸,回腸,盲腸,結腸,直腸),非妊娠雌の卵巣を採取し,10%リン酸緩衝中性ホルマリン液(精巣および精巣上体はブアン液)にて固定後保存した.雌雄とも対照および300mg/kg群の胸腺を除く上記器官について,常法に従いヘマトキシリン・エオジン染色標本を作製し鏡検した.この結果,被験物質役与による変化が雌雄の胃,雄の副腎および十二指腸で認められたため,12および60mg/kg群のこれらの器官についても検査を行った.

5.生殖発生毒性に問する観察・検査

1)生殖機能

交配前14日間の役与終了後,各群内で雄1匹対雌1匹の交配対を設け,7日間昼夜同居させ,毎日午前中に雌の膣垢を採取し,ギムザ染色して鏡検した.膣栓形成あるいは膣垢標本中に精子が認められた場合を交尾成立とし,その日を妊娠0日とした.300mg/kg群の雌1例については,同居予定の雄が死亡したため,同群内の既に交尾が確認された雄と同居させた.交尾した対は雌雄を分離し,以後の検査に供した.また,未交尾の雄については投与を続け,他の雄と同様に検査した.

交配結果ならびに雌の妊娠状況から交尾所要日数(交配後,交尾成立までに要した日数),交尾が成立するまでに逸した発情期の回数,交尾率[(交尾動物数/同居動物数)×100],受胎率[(受胎動物数/交尾動物数)×100]を算出した.

2)分娩・哺育状態

交尾が確認された雌については全例を自然分娩させた.午前9時の時点で分娩が終了している動物を分娩したとみなし,その日を哺育0日とした.分娩状態を観祭した後,新生児を生後4日まで哺育させ,一般状態,授乳,営巣,食殺の有無等の哺育状態を毎日観察した.

哺育4目の解剖時に卵巣,子宮を摘出して黄体数および着床数を検査した.これらの検査結果から妊娠期間(妊娠0日から出産が確認された朝の前日までの期間),出産率[(生存児出産雌数/受胎雌数)×100],着床率[(着床数/黄体数)×100],分娩率[(総出産児数/着床数)×100]を年出した.

3)新生児の検査

(1)新生児の検査

哺育0日に生存児数,死亡児数,性別および外表異常の有無を検査した後,一般状態,死亡の有無を毎日観察した.死亡動物は食殺等で検査に耐えないものを除き,ホルマリン,酢酸混合液により浸漬・固定し,実体顕微鏡下で内臓異常の有無を中心に剖検した.哺育0および4日の生存児数から,出生率[(出産確認時生存児数/総出産児数)×100],新生児生存率[(哺育4日生存児数/出産確認時生存児数)×100]を算出した.

(2)体重

哺育0日および4日に1腹毎に雌雄単位でまとめて測定し,それぞれの平均値を算出した.また,哺育0日の体重を基に4日までの体重増加量を算出した.

(3)形態学的検査

全ての生存児について哺育4日に口腔を含む外表異常の有無を検査した.その後各腹毎に,雌雄それぞれ約半数の生存児についてアリザリンレッドS骨格染色標本1)を作製し,対照群および300mg/kg群について骨格異常の有無を検査した.残りの生存児については,ホルマリン・酢酸混合液で固定後内臓標本とし,対照群および300mg/kg群について頭部をWilson氏法2),胸部および腹部を顕微解剖法3)により内臓異常の有無を検査した.この結果,300mg/kg群の卵円孔開存の発現率がやや高い傾向を示したため,60mg/kg群についても内臓検査を実施した.

6.統計学的解析

計量データについては,Bartlett法による等分散の検定を行い,分散が一様の場合は一元配置分散分析を行った後,Dunnett法またはScheff法により平均値を比較した.分散が一様でない場合はKruskal-Wallisの検定を行い,Dunnett型またはScheff型の順位和検定を行った.ただし,下記*印の項目については,はじめにKruskal-Wallisの検定を行い,有意差が認められた場合に順位和検定を行った.計数データについてはFisherの直接確率法により検定した.有意水準は5%以下とした.新生児に関するデータについては,各母動物毎に算出した平均値を統計単位とした.以下に検定の対象となる項目を示す.

(1)多重比較検定

体重,体重増加量,摂餌量,血液学的検査,血液生化学的検査,器官重量,交尾所要日数*,交尾成立までに逸した発情期の回数*,妊娠期間*,黄体数,着床数,着床率*,分娩率*,新生児数,新生児体重,出生率*,新生児生存率*,生存児の骨格および内臓異常の発現率*

(2)Fisherの直接確率法

交尾率,受胎率,出産率,性比(雄/雌)

結果

1.反複投与毒性

1)死亡動物

300mg/kg群の雄1例が投与14日に死亡した.

2)一般状態

300mg/kg群において,投与後に軽度の流延が雄では投与2日以降,雌では4日以降,ほぽ全例に継続して観察され,一部には投与直前から流挺し始める動物も認められた.また,雄の1例は13日に自発運動量減少およびあえぎを示し,翌日に死亡した.雌の1例に投与12日から妊娠6日までラッセル音が観察された.

60mg/kg群においても流挺が雌雄とも少数例で観察されたが,ほとんどが投与期間を通して1〜2回認められたのみであった.

3)体重(Fig. 1,2)

雄では,300mg/kg群で体重増加抑制が投与7日以降,全投与期間にわたり認められた.雌では,交配前,妊娠期間および分娩後とも対照群と被験物質投与群との問に有意な差は認められなかった.

4)摂餌量(Fig. 3,4)

雄では,300mg/kg群で摂餌量の減少が投与7および14日に認められ,その後の摂餌量もやや低い値で推移した.雌では,交配前,妊娠期間おょび分娩後とも対照群と被験物質投与群との間に有意な差は認められなかった.

5)血液学的検査(Table 1)

300mg/kg群で赤血球数,ヘマトクリット値およびへモグロビン濃度の減少,網状赤血球数および血小板数の増加が認められた.

白血球百分率には対照群と被験物質投与群との間に有意な差は認められなかった.

6)血腋生化学的検査(Table 2)

300mg/kg群で総蛋白,アルブミンおよびカルシウムの減少,A/G比の増加が認められた.なお,300mg/kg群でクロライドの増加が認められたが,軽微な変化であることから,毒性学的意義に乏しい変化と考えられる.

7)器官重量(Table 3)

雌雄ともいずれの器官において対照群と被験物質役与群との間に有意な差は認められなかった.

8)病理解剖検査(Table 4)

計画解剖動物において,被験物質投与に起因する変化が胃,十二指腸および副腎で認められた.

胃では,腺胃および前胃粘膜における潰瘍ないしびらんが300mg/kg群の雄3例および雌2例で,大小様々な結節形成が300mg/kg群の雄5例および雌4例で認められ,そのうち雄の1例では病変部の漿膜面が肝臓と癒着していた.また,腺胃粘膜の全体的な白色化ないし粗造化が300mg/kg群の雄8例および雌7例で認められた.

十二指腸の拡張が300mg/kg群の雄6例で認められた.拡張した十二指腸では,内容物の滞留や粘膜面の変化は認められなかった.

副腎の腫大が300mg/kg群の雄1例で認められた.

300mg/kg群の雄の死亡動物では,心房の拡張,肺のうっ血,胸腺の萎縮,腺胃粘膜における赤色斑および腸管の膨満が認められた.

9)病理組織学的検査(Table 5)

計画解剖動物において,被験物質役与に起因する変化が胃,十二指腸および副腎で認められた.

胃では,腺胃および前胃粘膜の潰瘍が300mg/kg群の雄5例および雌8例で認められ,潰瘍部は滲出した炎症性細胞と肉芽組織によって隆起し,中には大肉茅腫を形成するものや病変が筋層を貫通したものもあった.また,腺胃では粘膜表層だけが剥離したびらんが60mg/kg群の雄2例,300mg/kg群の雄3例および雌2例で,粘膜下織における炎症性細胞浸潤が300mg/kg群の雄9例および雌5例で,腺胃粘膜の腺上皮の限局性再生性変化が60mg/kg群の雄3例,300mg/kg群の雄6例および雌5例で認められた.この限局性の再生部粘膜は,正常の固有腺細胞と異なった好塩基性の腺上皮によって構成されていた.なお,これらの病変はいずれも前胃,腺胃の境界部周囲で好発していた.

十二指腸では,十二指腸粘膜の肥厚が300mg/kg群の雄6例で認められた.肥厚した粘膜は深い陰窩と丈の高い絨毛から構成されており,対照群の雄の十二指腸とは明らかな差が認められた.

副腎では,束状帯および網状帯の肥大が300mg/kg群の雄2例で認められた.この2例では胃における潰瘍が重篤であった.

途中死亡動物では,計画解剖動物とほぼ同様の変化が認められ,腺胃粘膜における腺上皮の再生性変化,十二指腸における粘膜の肥厚,副腎における束状帯および網状帯の肥大が認められた.その他,肺のうっ血および水腫,胸腺の萎縮が認められた.

2.生殖発生毒性

1)生殖機能(Table 6)

交尾が認められなかった交配対は12mg/kg群で1対認められたのみで,交尾した雌はすべて妊娠し,交尾率および受胎率に被験物質役与の影響は認められなかった.また,交尾が確認された交配対のほとんどが初回の発情期に交尾し,交尾所要日数にも有意な差は認められなかった.なお,交尾が認められなかった雌の卵巣に病理組織学的な変化は認められなかった.

2)分娩・保育状態(Table 7)

12mg/kg群の母動物1例は新生児が1例で授乳行動が認められなかった.この新生児は翌日死亡した.その他の母動物については各群いずれも正常な分娩を示し,哺育行動にも異常は認められなかった.妊娠期間,黄体数,着床数,着床率,出産率および分娩率に対照群と被験物質投与群との間に有意な差はなかった.

3)新生児に及ぼす影響

(1)生存率(Table 7)

各群で死産児および出生後の死亡が少数例観察されたが,出産児数,生存児数および性比,また,出生率および新生児生存率ともに対照群と被験物質役与群との間に有意な差は認められなかった.

(2)新生児の観察

いずれの群においても外表異常を示す新生児は認められず,生後の一般状態にも被験物質投与に起因する異常は認められなかった.

(3)体重(Table 7)

雌雄とも哺育0日および4日の体重,ならびにその間の体重増加量に対照群と被験物質投与群との問に有意な差は認められなかった.

4)形態学的検査(Table 8)

(1)骨格検査

対照群および300mg/kg群ともに骨格奇形は認められなかった.変異として過剰舌下神経孔,頸椎椎体横突孔閉鎖,第一頸椎腹結節骨化核分離,過剰胸骨分節,頸肋骨,14本肋骨(痕跡肋骨)および第13肋骨短小が観察されたが,対照群に比べ有意に増加した所見は認められなかった.なお,300mg/kg群の過剰胸骨分節の発現率が有意な低値を示したが,偶発的な変化と考えられる.

(2)内臓検査

300mg/kg群において卵円孔開存の発現率に有意な増加が認められた.本所見は対照群では2腹で2例,60mg/kg群では1腹で1例であったのに対し,300mg/kg群では6腹で10例と発現腹数もやや多かった.

その他,各群で胸腺頸部残留,心臓変形,動脈管開存,過剰冠状動脈口,冠状動脈口高位および腎孟拡張が観察されたが,300mg/kg群で有意な変化を示した所見はなかった.

(3)死亡動物の内臓検査

検査可能であった動物は,対照群より順次,1,3,2および9例であった.分娩確認日の死亡動物では,水頭症が300mg/kg群の1例に認められた.また,哺育1日以降の死亡動物では,動脈管開存が対照群および300mg/kg群でそれぞれ1例,腎孟拡張が12mg/kg群の1例に認められた.いずれも少数例であることから,被験物質役与に起因したものではないと考えられる.その他,分娩確認日の死亡動物で卵円孔開存が12mg/kg群の1例および300mg/kg群の2例,動脈管開存が300mg/kg群の4例で認められたが,これらは出産前後に死亡したため卵円孔あるいは動脈管が完全に閉鎖しなかったものと考えられる.

考察

1)反復投与毒性

反復投与による影響として,300mg/kg群の雄で体重増加抑制,摂餌量減少および死亡が認められた.死亡動物には,死亡前日より一般状態の悪化がみられ,病理学的検査からは消化管障害の他,心房拡張,肺のうっ血および水腫が認められたことから,消化管障害による哀弱の後,循環障害を起こして死亡したものと推察される.また,生存動物の病理学的検査においても胃のびらん,潰瘍および十二指腸の肥厚などの消化管障害が雄で60mg/kg以上の群,雌では300mg/kg群で認められた.経口投与の場合,胃粘膜の障害は様々な物質で惹起され,その刺激の強さや持続時間によって炎症,びらんおよび潰瘍等,病変も様々である4).また胃粘膜の障害部では,しばしば代償性に腺上皮の再生が起こる5).十二指腸粘膜の過形成も,投与物質の直接的な増殖刺激や投与物質による粘膜障害後の修復等の要因で起こり得る6).今回の試験で認められた胃および十二指腸における一連の変化より.被験物質は胃および十二指腸の粘膜に対して刺激性を右することが示唆される.

なお,本試験において認められた消化管の変化はホルムアルデヒドのラットへの経口投与で認められた変化と同様の所見であった7).被験物質はその構造から,酸性条件下では速やかにホルムアルデヒドおよびメタノールに分解すると考えられる.これらのことから,今回認められた消化管障害は,胃内に投与された被験物質から分解生成したホルムアルデヒドの作用によるものである可能性が考えられる.

雄の血液学的検査において300mg/kg群で認められた赤血球数,ヘマトクリット値,ヘモグロンビン濃度の減少および網状赤血球の増加などの貧血性変化については,消化管障害による病変部からの出血に伴う二次的な変化であり,血小板数の増加については貧血に対する代償性の造血機能亢進が反映した結果と推察される.また,血液生化学的検査において300mg/kg群で認められた総蛋白,アルブミン,カルシウムの減少およびA/G比の変動についても,消化管障害およびそれに伴う摂餌量減少に起因した低栄養性変化と考えられる.

その他,副腎の束状帯および網状帯の肥大が300mg/kg群の雄2例で認められたが,これらの動物ではいずれも胃における潰瘍が重篤であったことから,ストレスによる二次的な変化と考えられる.また,一般状態観察で60mg/kg以上の群の雌雄で認められた流挺については,投与直前から流挺し始める動物が散見されたこと,および病理学的検査で被験物質の刺激性が示唆されていることから,局所刺激性に起因した変化と考えられる.

2)生殖発生毒性

生殖機能検査の結果,交尾率,受胎率,妊娠期間,黄体数,着床数,着床率,出産率および分娩率には被験物質投与に起因する変化は認められなかった.また,分娩,哺育行動にも異常は認められなかった.よって,被験物質による親動物の生殖機能,分娩,哺育行動に対する影響はないと考えられる.

新生児の検査において,出産児数,生存児数,出生率,新生児生存率,一般状態および体重には対照群と被験物質投与群間で差は認められなかった.一方,形態学的検査において,外表および骨格異常は認められなかったが,生後4日における卵円孔開存の平均発現頻度が対照群の2.7%(2腹で2例)に対し,300mg/kg群では14.5%(6腹で10例)と有意な増加を示した.しかしながら,同一ロットのSD系ラットを用いた他の試験では対照群の新生児の平均9.1%(3腹で5例)に卵円孔開存がみられ8),300mg/kg群の発現頻度はこれをやや上回る程度であった.ヒトでは軽度の卵円孔開存が障害を現すのはまれであり9),さらに針孔状のものはヒトの約25%に残存がみられるといわれる10).本試験の300mg/kg群の新生児には卵円孔開存の発現率増加以外には特に異常な所見は観察されず,その毒性学的意義は明らかでなかった.

なお,卵円孔開存は心臓の一次あるいは二次心房中隔の形成不全に基づく心臓中隔の異常である.被験物質から分解生成すると考えられるホルムアルデヒドについてはラットでの催奇形性の報告はないが11-13),被験物質に含まれるメタノールについては吸入でラット胎児に心臓中隔の異常である心室中隔欠損を起こすことが報告されている14,15).しかし,メタノールでは心臓の異常とともに種々の骨格変異の増加および周産期死亡の増加を伴っているのに対して,本試験の新生児には同様の変化は認められず,卵円孔開存の発現率増加と被験物質に含まれるメタノールとの関連については明らかでなかった.なお,被験物質と類似の構造を有するメトキシエタノールもラットの胎児に心・血管系の異常を起こすことが報告されているが16-18),メトキシエタノールが毒性を示すにはアルコキシ酢酸型への代謝が必要といわれている19,20).被験物質から分解生成されると考えられるホルムアルデヒドおよびメタノールはともに生体内でギ酸に代謝されることから,被験物質からアルコキシ酢酸が生成し影響を及ぼす可能性は少ないものと考えられる.

以上のように,本試験では雄は60mg/kg以上の群,雌は300mg/kg群で親動物に被験物質の刺激性に起因する消化管障害を主とした毒性変化が認められた.親動物の生殖機能,分娩,哺育行動おょび新生児の一般状態,生存率,体重には被験物質投与の影響は認められなかったが,300mg/kg群で生後4日における新生児の卵円孔開存の発現頻度に軽度の増加が認められた.従って,本試験条件下における反復投与毒性に関する無影響量は雄が12mg/kg,雌が60mg/kg,生殖発生毒性に関する無影響量は親動物に対して雌雄とも300mg/kg,児動物に対しては60mg/kgと考えられる.

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20)N. A. Brown et al., Toxicol Lett., 22, 93 (1984).

連絡先
試験責任者:松浦郁夫
試験担当者:佐藤ゆかり,谷栄之介
土谷稔,松本順子,豊田直人
(株)三菱化学安全科学研究所鹿島研究所
〒3l4-02茨城県鹿島郡波崎町砂山l4
Tel 0479-46-287lFax 0479-46-2874

Correspondence
Authors:Ikuo Matsuura(Study director)
Yukari Satoh, Einosuke Tani, Minoru Tsuchitani,
Junko Matsumoto, Naoto Toyota
Mitsubishi Chemical Safety Institute Ltd., Kashima Laboratory
14 Sunayama, Hasaki-mach, Kashima-gun, Ibaraki, 314-02, Japan
Tel +8l-479-46-287lFax +8l-479-46-2874