二酸化チオ尿素のラットを用いる反復経口投与毒性・生殖発生毒性併合試験

Combined Repeat Dose and Reproductive/Developmental Toxicity Screening
Test of Thiourea dioxide by Oral Administration in Rats

要約

OECD既存化学物質安全性点検に係わる毒性調査の一環として,二酸化チオ尿素の0(媒体対照),4,20および100 mg/kg/dayをCrj:CD(SD系)IGSラットの雌雄(各12匹/群)に交配前14日間,雄ではその後交配期間を含む35日間,雌では交配期間,妊娠期間および哺育3日まで通して経口投与し,親動物に対する反復投与毒性および生殖能力ならびに次世代児の発生・発育に及ぼす影響について検討した.

1. 反復投与毒性

雌雄とも死亡の発生はなかった.一般状態では,100 mg/kg群の雄1例および雌2例で脱毛が認められた.体重では,雌雄の100 mg/kg群で投与期間を通して増加抑制がみられ,同群では摂餌量も減少した.

雄の血液学検査では,100 mg/kg群で赤血球数およびヘマトクリット値の減少および網状赤血球数の増加ならびにプロトロンビン時間および活性化部分トロンボプラスチン時間の短縮が認められた.

雄の骨髄検査では,100 mg/kg群で有核細胞数およびM/E比の減少がみられ,細胞分画では,好中球系細胞,好酸球およびリンパ球の減少ならびに好塩基性赤芽球,多染性および正染性赤芽球の減少が認められた.

雄の血液生化学検査では,20 mg/kg以上の群でアルカリ性フォスファターゼの減少,100 mg/kg群でアルブミン,A/G比,トリグリセライド,リン脂質,総ビリルビン,尿素窒素,クレアチニン,無機リンおよびカルシウムの増加ならびにグルコ-ス,GOT,GPTおよびカリウムの減少が認められた.

器官重量では,100 mg/kg群の雌雄で肝臓および脾臓重量の増加,雄で精巣重量の増加が認められた.

病理組織学検査では,肝臓において100 mg/kg群の雌雄で小葉中心性の肝細胞肥大,胆管内の好塩基性物(胆汁色素染色陰性)および肝細胞の空胞変性(脂肪染色陰性)が認められたほか,クッパー細胞へのヘモジデリン沈着が認められた.腎臓では,100 mg/kg群の雌で尿細管壊死および雌雄で尿細管上皮の好塩基性化がみられ,これらのなかにはリンパ球を主体とした細胞浸潤または尿細管の拡張を伴うものも認められた.胃では,100 mg/kg群雌雄で腺胃のびらんまたは潰瘍が認められた.脾臓では,100 mg/kg群の雌雄で髄外造血の亢進および赤脾随へのヘモジデリン沈着の増強が認められた.大腿骨骨髄では,100 mg/kg群の雄で造血低下が認められた.更に,雄の生殖器では,100 mg/kg群で,精巣において精細管拡張,多核巨細胞の出現を伴う生殖細胞の変性およびセルトリ細胞の空胞変性がみられたほか,精巣上体において管腔内の生殖細胞残屑,浮腫およびリンパ球性細胞浸潤が認められた.

2. 生殖発生毒性

親動物の生殖機能に関しては,100 mg/kg群で発情回数の減少および発情周期の延長,黄体数および着床痕数の減少がみられたほか,妊娠期間の延長および出産率の減少傾向が認められた.交尾率,授(受)胎率および交尾所要日数に被験物質投与の影響は認められなかった.

また,100 mg/kg群では3母動物で全胚吸収がみられたほか,新生児に対する影響として出産児数,新生児数および出生率の減少または減少傾向が認められた.性比,新生児の体重および生存性に被験物質投与の影響はみられず,新生児の外表検査においても異常はなかった.

以上のことから,本試験条件下における反復投与毒性に関する無影響量は雌で20 mg/kg/day,雄で4 mg/kg/day,生殖発生毒性に関する無影響量は親動物に対しては雄で100 mg/kg/day,雌で20 mg/kg/day,児動物に対しては20 mg/kg/dayと推察された.

方法

1. 被験物質および投与液の調製

二酸化チオ尿素(純度99.7 %,Lot No.7034,東海電化工業(株),静岡)は,水にわずかに溶ける白色粉末である.媒体は,カルボキシメチルセルロース・ナトリウム(CMC-Na,ナカライテスク(株),Lot No. M7T4661)の0.5 w/v%水溶液を使用し,これに被験物質を0.16,0.8および4 w/v%濃度になるように懸濁して投与液を調製した.調製した投与液は冷蔵遮光下で保存した.なお,投与開始週に投与液の濃度を測定し設定値の±10 %以内にあることを確認した.また,投与開始前に本調製法による0.1 w/v%および20 w/v%溶液が室温散光下で少なくとも9日間安定であることを確認した.

2. 使用動物および飼育条件

8週齢のCrj:CD(SD系)IGSラット(日本チャールス・リバー(株))を雌雄各55匹購入し,13日間の検疫馴化を行ったのち,雌雄各48匹を選んで10週齢で試験に使用した.投与開始時の体重は雄で329.2〜405.8g,雌で217.6〜254.9 gであった.動物は温度24±2℃,湿度55±10 %,照明12時間(午前7時〜午後7時)および換気回数13〜15回/時に設定したバリアーシステム飼育室でステンレススチール製ハンガーケージに,投与期間中は1匹(雌雄別),交配期間中は2匹(雌雄各1匹),妊娠および哺育期間中は床敷(ホワイトフレーク,日本チャールス・リバー(株))を入れたポリカーボネイト製ケージに1匹ずつ(哺育期間中は哺育児を含む)収容し,飼育した.飼料は,高圧蒸気滅菌した固型飼料(MF,オリエンタル酵母工業(株))を,飲水は次亜塩素酸ナトリウムを添加(約2 ppm)した水をそれぞれ自由に摂取させた.

3. 投与量,投与方法,試験群構成および群分け

投与量は,予備試験の結果より設定した.すなわち,本被験物質の40,200および1000 mg/kgを2週間反復経口投与した結果,1000 mg/kg群では死亡がみられ,200 mg/kg群では体重減少,摂餌量の減少,前胃粘膜面の白色点および腺胃粘膜面の暗赤色点ならびに肝臓重量の増加がみられたが,40 mg/kg群では被験物質投与による明らかな変化はみられなかった.したがって,本試験での投与量は投与期間を考慮して,40 mg/kgと200 mg/kgの間の用量の100 mg/kgを最高用量とし、以下公比5で除した20および4 mg/kgをそれぞれ中間量および低用量に設定した.試験群は,上記3用量に媒体のみを投与する対照を加え計4群とした.1群当たりの動物数は雌雄各12匹とし,群分けは,投与前日の体重を基に層別連続無作為化法で行った.

投与経路は経口とし,雄では交配前14日間およびその後交配期間を含む35日間の合計49日間,雌では交配前14日間,交配期間(最長14日間),妊娠期間および哺育3日までの期間,1日1回,胃管を用いて投与した.投与容量は2.5 mL/kgとし,雄ならびに交配前および交配期間中の雌については最新の体重を基に,交尾成立後の雌については妊娠0日の体重を基にそれぞれ算出した.

4. 反復投与毒性に関する観察・検査

1) 一般状態

雌雄とも,全例について一般状態の観察および生死の確認を1日2回以上行った.

2) 体重および摂餌量

体重については,雄は投与期間を通じて週2回測定した.雌は,交配前の投与期間および交配期間中は週2回,妊娠期間中は妊娠0,4,7,10,14,17および21日,哺育期間中は哺育0(分娩日)および4日に測定した.摂餌量については,雄は交配期間を除く投与期間中,週2回測定した.雌は,交配前の投与期間は週2回,妊娠期間中は妊娠1,4,7,10,14,17および21日,哺育期間中は哺育1および4日に測定した.

3) 血液学検査

雄の全例について,投与期間終了後に,18時間以上絶食させたのち,ペントバルビタール・ナトリウムの腹腔内投与による麻酔下で開腹し,後大静脈腹部から採血を行った.採取した血液はEDTA-2K処理(EDTA-2K加血液)して多項目自動血球計数装置(Sysmex CC-780,東亜医用電子(株))を用いて,白血球数(電気抵抗検出方式),赤血球数(電気抵抗検出方式),ヘモグロビン量(オキシヘモグロビン法),ヘマトクリット値(血球パルス波高値検出方式)および血小板数(電気抵抗検出方式)を測定し,これらを基に平均赤血球容積(MCV)、平均赤血球血色素量(MCH)および平均赤血球血色素濃度 (MCHC)を算出した.

更に,血液の一部は塗抹標本とし,May-Gr殤wald-Giemsa染色を施して白血球百分比を算出するとともに,ニューメチレンブルー超生体染色を施したのち,光学顕微鏡下で網状赤血球率を算出した.また,3.8 %クエン酸ナトリウム加血液を3000回転/分で15分間遠心分離し,得られた血漿を用いて,全自動血液凝固測定装置(Sysmex CA-5000,東亜医用電子(株))によりプロトロンビン時間(散乱光検出方式),活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT,散乱光検出方式)およびフィブリノーゲン量(散乱光検出方式)を測定した.

4) 骨髄検査

雄の全例について,投与期間終了後の剖検時に,右大腿骨より骨髄を採取した.採取した骨髄の一部は多項目自動血球計数装置(Sysmex CC-780,東亜医用電子(株))により有核細胞数を測定した.また,骨髄の一部は塗抹標本(May-Gr殤wald-Giemsa染色)とし,血液学検査において100 mg/kg群について光学顕微鏡下に観察し,細胞分画を行うとともに,M/E比(顆粒球系細胞/赤芽球系細胞比)を算出した.その結果,100 mg/kg群に変化がみられたため20 mg/kg群まで同様な検査を実施した.なお,細胞分画については,有核細胞数に分画百分比を乗じて算出した絶対値(10^4 cells/μL)で評価した.

5) 血液生化学検査

雄の全例について,血液学検査に引き続き採取した血液を室温で約60分間放置後,3000回転/分で10分間遠心分離し,得られた血清を用いて自動分析装置(7170,(株)日立製作所)により,総蛋白質(ビウレット法),アルブミン(BCG法),GOT(UVレート法),GPT(UVレート法),γ-GTP(L-γ-グルタミル-3-ヒドロキシメチル-4-ニトロアニリド基質法),アルカリ性フォスファターゼ(ρ-ニトロフェニルリン酸基質法),総コレステロール(COD・HDAOS法),トリグリセライド(GPO-HDAOS法・グリセリン消去法),リン脂質(コリンオキシダーゼ・DAOS法),総ビリルビン(バナジン酸酸化法),グルコース(ヘキソキナーゼ・G-6-PDH法),尿素窒素(ウレアーゼ・GlDH法),クレアチニン(Jaff法),無機リン(PNP・XOD法/モリブデン酸直接法)およびカルシウム(MXB法)を測定した.また,総蛋白質およびアルブミンからA/G比を算出した.また,電解質分析装置(PVA-a,(株)アナリティカル・インスツルメンツ)によりナトリウム(電極法),カリウム(電極法)およびクロール(電量滴定法)を測定した.

6) 病理学検査

雄では投与期間終了後の採血を行ったのちに,雌では哺育4日にエーテル麻酔下で外側腸骨動脈を切断して放血致死させ,解剖して諸器官および組織の肉眼的観察を行い,雌について黄体数および着床痕数を調べるとともに,着床率[(着床痕数/黄体数)×100]を算出した.剖検後,脳,心臓,肺(気管支を含む),胸腺,肝臓,脾臓,腎臓,副腎,精巣,精巣上体および卵巣を摘出して器官重量(絶対重量)を測定するとともに,剖検日の体重を基に体重比器官重量(相対重量)を算出した.重量測定器官に加え,大腿骨骨髄および肉眼的異常部位を採取して10 %中性緩衝ホルマリン溶液(精巣および精巣上体はブアン液で前固定)で固定した.対照群および300 mg/kg群の脳,心臓,肺(気管支を含む),甲状腺(上皮小体を含む),胸腺,肝臓,脾臓,腎臓,副腎,精巣,精巣上体および卵巣については,常法に従ってパラフィン切片を作製し,ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色を施して光学顕微鏡下で観察した.また,100 mg/kg群で変化がみられた胸腺,肝臓,脾臓,腎臓,副腎,精巣,精巣上体および大腿骨骨髄については20 mg/kg群まで同様に検査を行うとともに,対照群,20および100 mg/kg群の肝臓および脾臓について鉄染色(ベルリン青染色)を施して観察した.更に,100 mg/kg群の肝臓については,雌雄の代表例を用いて脂肪染色(Oil red O染色),胆汁色素染色(ホール法)および消耗性色素染色(シュモール反応)を行って観察した.

5. 生殖発生毒性に関する観察・検査

1) 生殖機能

雌について交配開始日の2週間前(投与開始日)から交尾確認日まで,毎日午前の一定時間に膣垢を採取し,性周期検査を行った.

交配は雌雄(12週齢)1対1で一晩同居させる方法で行い,翌朝膣垢中の精子または膣栓が確認された日を妊娠0日とした.また,交配は同一群内で行い,交配期間は最長2週間とした.交配期間終了後,交尾所要日数,交尾率[(交尾動物数/同居動物数)×100]および授(受)胎率[(受胎動物数/交尾動物数)×100]を算出した.

雌について,投与開始日(投与1日)から15日間,毎日午前の一定時間に膣垢を採取し,性周期検査を行った.性周期検査では,発情回数を算出するとともに,発情期から次の発情期までの間の日数を発情周期日数とし,平均発情周期を算出した.

交配は投与15日の午後4時頃から,雌雄(12週齢)1対1で一晩同居させる方法で行い,翌朝膣垢中の精子または膣栓の存在により交尾を確認し,その日を妊娠0日とした.また,交配は同一群内で行い,交配期間は最長2週間とした.交配期間終了後,交尾所要日数,交尾率[(交尾動物数/同居動物数)×100]および授(受)胎率[(妊娠動物数/交尾動物数)×100]を算出した.

2) 分娩および哺育状態ならびに新生児の観察

交尾が確認された雌は全例を自然分娩させ,分娩徴候を含め分娩状態および授乳,営巣などの哺育状態を観察するとともに,妊娠期間,出産率[(生児出産雌数/妊娠雌数)×100]を算出した.午後0時の時点で分娩が終了している動物を当該日分娩とし,その日を哺育0日とした.出産児については,分娩時に出産児数,新生児数,死産児数,新生児の性別および外表異常を検査した.新生児については,出生日および哺育4日に体重を個体ごとに測定するとともに出生率[(出生児数/着床痕数)×100],死産率[(死産児数/出産児数)×100]および新生児の4日の生存率[(哺育4日の生児数/出生児数)×100]を算出した.哺育4日に新生児の全例をエーテル麻酔下で,器官・組織の肉眼的観察を行った.また,出産児(死産児および死亡児を含む)については,剖検後一腹単位で純エタノールに固定保存した.

6. 統計解析

体重,摂餌量,血液学検査値,骨髄検査値,血液生化学検査値,交尾所要日数,性周期検査値(発情回数,発情周期),器官重量,妊娠期間,黄体数,着床痕数,出産児数,新生児数および新生児体重については,各群ごとに平均値と標準偏差を求め,対照群と被験物質投与群間でまず分散の均一性をBartlett法により検定した.分散が均一な場合はDunnettの多重比較検定を用いて対照群との比較を行い,分散が均一でない場合は,Steelの多重比較検定を用いて対照群との比較を行った.また交尾率,受(授)胎率,出産率および新生児の性比についてはc2検定により,着床率,死産率,出生率および新生児の4日の生存率についてはWilcoxonの順位和検定により,病理組織学検査についてはMann-WhitneyのU検定により対照群と各投与群間の比較を行った.いずれの場合も有意水準を1および5 %とした.なお,新生児に関する測定値については一腹単位で処理した.

結果

1. 反復投与毒性

1) 一般状態

雌雄とも死亡の発生はなかった.

雄では,100 mg/kg群の1例で投与8〜47日に腰部に脱毛が認められた.

雌では,100 mg/kg群の1例で投与8〜17日および妊娠0〜19日,同群の別の1例(未交尾例)で投与21〜37日に腹部あるいは腰部に脱毛が認められた.

2) 体重(Fig. 1)

雌雄とも,100 mg/kg群で投与8日まで減少が認められた.その後,増加に転じたものの,投与期間を通して増加抑制が認められた.

3) 摂餌量

雌雄とも,100 mg/kg群で投与期間を通して減少が認められた.

このほか,4 mg/kg群の雌で投与4および8日に減少がみられたが,一過性の軽微な変動であり,20 mg/kg群に同様な傾向がなかったことから,被験物質投与との関連性はないと判断した.

4) 血液学検査(Table 1)

100 mg/kg群で赤血球数およびヘマトクリット値の減少,MCV,MCH,MCHCおよび網状赤血球率の増加が認められた.また,同群ではプロトロンビン時間および活性化部分トロンボプラスチン時間の短縮も認められた.なお,20 mg/kg群においてもMCHおよびMCHCの増加が認められた.そのほか,白血球百分比において4 mg/kg群で分葉核好中球比の増加およびリンパ球比の減少がみられたが,20 mg/kg以上の群に同様の変化はみられていないことから,偶発的変化と考えられた.

5) 骨髄検査(Table 2)

100 mg/kg群で有核細胞数の減少がみられ,細胞分画では好中球系細胞,好酸球およびリンパ球の減少ならびに好塩基性,多染性および正染性赤芽球に減少が認められた.また,赤芽球系細胞に比較して,顆粒系細胞の減少の程度が強かったため,M/E比も低下した.

6) 血液生化学検査(Table 3)

雄の血液生化学検査から,20 mg/kg以上の群でアルカリ性フォスファターゼの減少,100 mg/kg群でアルブミン,A/G比,トリグリセライド,リン脂質,総ビリルビン,尿素窒素,クレアチニン,無機リンおよびカルシウムの増加,ならびにグルコース,GOT,GPTおよびカリウムの減少が認められた.

7) 器官重量(Table 4)

雄では,20 mg/kg以上の群で副腎の絶対および相対重量の増加または増加傾向,100 mg/kg群で胸腺の絶対および相対重量の減少が認められた.また,100 mg/kg群で心臓,甲状腺,腎臓および精巣上体の絶対重量の減少,脳,肺,肝臓,脾臓および精巣の相対重量の増加が認められた.

雌では,100 mg/kg群で心臓,胸腺および卵巣の絶対重量の減少,脳,肺,肝臓,脾臓および腎臓の相対重量の増加が認められた.このほか,20 mg/kg群では心臓の絶対重量の減少が認められた.

8) 剖検所見

雄では,対照群の1例および100 mg/kg群の3例で腺胃粘膜の黒赤色点がみられ,100 mg/kg群の1例で腎臓表面の粗造化,同群の4例で精巣の肥大が認められた.これらのほか,対照群および100 mg/kg群の各1例で肝臓の横隔膜ヘルニア,100 mg/kg群の1例で肺の灰白色斑がみられ,対照群の1例で精巣の白色点,100 mg/kg群の1例で精巣の灰白色結節,対照群および20 mg/kg群の各1例で精巣上体の灰白色結節が認められた.

哺育4日に剖検した雌では,100 mg/kg群の1例で胸腺の萎縮が認められた.

全児死亡のため剖検した100 mg/kg群の雌1例では,腺胃粘膜の黒赤色点および腎臓の灰白色化が認められた.

妊娠24日になっても分娩を開始しなかったため剖検した100 mg/kg群の雌5例では,いずれの例にも異常はみられなかった.

雄の剖検日に剖検した100 mg/kg群の未交尾の雌1例では,異常はみられなかった.

9) 病理組織学検査(Table 5)

肝臓では,100 mg/kg群の雌雄各2例で小葉中心性の肝細胞肥大,雌1例で肝細胞の空胞変性(脂肪染色陰性),雄9例および雌6例で胆管内の好塩基性物,雌雄各2例でクッパー細胞へのヘモジデリン沈着が認められた.

胃では,対照群の雄1例および100 mg/kg群の雄3例で腺胃のびらん,100 mg/kg群の雌1例で腺胃の潰瘍が認められた.

腎臓では,100 mg/kg群の雌1例で腎臓の尿細管壊死,対照群および20 mg/kg群の雄各2例,100 mg/kg群の雌雄全例で尿細管上皮の好塩基性化がみられ,そのうち100 mg/kg群の雄9例および雌8例がリンパ球を主体とした細胞浸潤,雌1例が好中球を主体とした細胞浸潤を,また,同群の雌雄各1例が尿細管の拡張を伴っていた.

脾臓では,100 mg/kg群の雄3例および雌9例で髄外造血の亢進,100 mg /kg群の雌雄全例で赤脾髄へのヘモジデリン沈着の増強が認められた.

骨髄では,100 mg/kg群の雄11例で大腿骨骨髄の造血低下が認められた.

胸腺では,100 mg/kg群の雄1例および雌4例で萎縮が認められた.

副腎では,100 mg/kg群の雌1例で副腎の皮質全域の壊死が認められた.

精巣では,100 mg/kg群の雄4例で精巣の精細管拡張,雄2例でセルトリ細胞の空胞変性,雄1例で限局性の生殖細胞の変性および多核巨細胞の出現が認められた.

精巣上体では,100 mg/kg群の雄2例で精巣上体のリンパ球性細胞浸潤,雄1例で精巣上体の管腔内の生殖細胞残屑および水腫が認められた.

以上のほか,自然発生の変化として,対照群を含む各群を通して肝細胞の巣状壊死,肺の泡沫細胞集簇および動脈壁への鉱質沈着,胸腺または肺の出血,心臓の心筋変性/線維化,精巣の精細管萎縮,精巣および精巣上体の精子肉芽腫が散見された.

2. 生殖発生毒性

1) 生殖機能(Table 6)

性周期検査では,100 mg/kg群で発情回数の減少および発情周期の延長が認められた.生殖能力検査では,100 mg/kg群の1組で交尾がみられず,交尾がみられたうち100 mg/kg群の2例が不妊であったが,交尾率および授(受)胎率とも対照群と各群との間に差は認められなかった.交尾所要日数においては,4 mg/kg群で短縮が認められたが,20 mg/kg以上の群では同様の変化はみられず,偶発的な変化であると判断した.

2) 分娩および哺育ならびに新生児の観察(Table 7)

分娩時の検査では,100 mg/kg群で妊娠期間の延長,黄体数,着床痕数,出産率,出産児数,新生児数および出生率の減少または減少傾向が認められた.また,100 mg/kg群では,1母動物で分娩直後の児の回集および保温の不良などがみられ,死産児数が増加し,死産率の増加が認められた.着床率,性比および新生児の体重では各群とも対照群との間に差はみられず,新生児の外表検査において各群に異常の発生はなかった.なお,100 mg/kg群の3例で全胚吸収がみられ,これらの例の黄体については不明瞭で算定することができなかった.

哺育期の検査では,前述した100 mg/kg群の1母動物で児の回集,授乳および保温など哺育行動の不良がみられ,分娩後2日には全児が死亡した.新生児の4日の生存率および体重については,各群とも対照群との間に差は認められなかった.

考察

1. 反復投与毒性

各群とも死亡の発生はなかった.一般状態では,100 mg/kg群の雄1例および雌2例で腹部あるいは腰部に脱毛がみられたが,いずれも投与後期には回復しており,脱毛は動物が身づくろいを行うところに認められたことから,動物が被毛を咬むことにより生じた可能性が高いものと考えられた.また,100 mg/kg群では,雌雄とも摂餌量の減少を伴った体重の減少および増加抑制が認められた.

雄の血液学検査では,100 mg/kg群で赤血球数およびヘマトクリット値の減少,MCV,MCHおよびMCHCの増加が認められた.これらの変化は,血清中の総ビリルビンの増加と肝臓および脾臓へのヘモジデリン沈着が認められたことから,赤血球の破壊亢進に起因したものであろうと考えられた.更に,100 mg/kg群では骨髄検査で顆粒球系細胞,リンパ球および赤芽球系細胞の減少による有核細胞数の減少およびM/E比の低下,病理組織学検査で大腿骨骨髄の造血低下がみられたことから,上述した血液学検査パラメータの変動は赤血球の破壊亢進に加え,骨髄での造血抑制が影響していると考えられた.なお,末梢血中の白血球数および白血球百分比には変動はなく,本試験の投与期間においては,骨髄での顆粒系細胞の減少が末梢血中に反映されることはなかった.このほか,赤血球数の減少に伴う反応性の変化として,網状赤血球率の増加ならびに脾臓での髄外造血およびそれに伴う脾臓重量の増加傾向が認められた.20 mg/kg群においてもMCHおよびMCHCの増加が認められた.また,100 mg/kg群ではプロトロンビン時間および活性化部分トロンボプラスチン時間の短縮がみられたが,短縮した場合にみられる血栓等の変化はみられず,毒性学的意義は低いものと考えられた.

雄の血液生化学検査では,100 mg/kg群でアルブミン,A/G比,トリグリセライドおよびリン脂質の増加ならびにグルコースの減少がみられ,本被験物質の肝臓への影響が示唆された.更に,100 mg/kg群では尿素窒素,クレアチニンおよび無機リンの増加ならびにカリウムの減少がみられ,後述する病理組織学検査とともに本被験物質の腎臓への影響が示唆された.このほか,20 mg/kg以上の群でアルカリ性フォスファターゼの減少,100 mg/kg群でGOTおよびGPTの減少が認められた.また,100 mg/kg群でカルシウムの増加がみられたが,血清中のカルシウムの一部はアルブミンと結合している1)ことから,アルブミンの増加に伴った二次的な変化と考えられた.

病理学検査では,上述した造血器系の変化のほか,肝臓では,100 mg/kg群の雌雄で重量の増加がみられ,組織学的に小葉中心性の肝細胞の肥大および胆汁色素染色で陰性を示す起源不明の好塩基性物が胆管内に認められた.また,100 mg/kg群の雌1例では肝細胞の空胞変性が認められた.腎臓では,100 mg/kg群の雌雄で対照群と比較して尿細管上皮の好塩基性化の発生頻度が増加し,これらのなかにはリンパ球を主体とした細胞浸潤および尿細管の拡張を伴うものも認められた.更に,100 mg/kg群の雌1例では尿細管壊死が認められた.なお,20 mg/kg群の雄においても尿細管上皮の好塩基性化がみられたが,その発生頻度および程度も対照群と同等であったことから,被験物質投与との関連性はないものと考えられた.胃では,100 mg/kgの雌雄で腺胃のびらんおよび潰瘍がみられ,本被験物質が胃粘膜に対する刺激性を有するものと考えられた.また,雄では100 mg/kg群で精巣重量の増加傾向がみられ,組織学的には精巣の精細管腔拡張,多核巨細胞の出現を伴う生殖細胞の変性,セルトリ細胞の空胞変性,精巣上体の管腔内の生殖細胞残屑,浮腫およびリンパ球性細胞浸潤が認められ,本被験物質の雄性生殖器への影響が示唆された.これらの変化については,生殖細胞の変性にステージ特異性および細胞特異性がなく,局所的に生殖上皮の全層が変性を起こしており,塩化カドミウム投与による血行障害時の初期の変化2)に類似していること,更に,精巣上体にも浮腫が認められたことから,循環障害に起因した可能性が高いと推察されたが,授胎能に影響を及ぼすほど強い変化ではなかった.雌では,100 mg/kg群の全児死亡の母動物で副腎の皮質全域に及ぶ壊死がみられたが,同群の雄および他の母動物には同様な組織学的変化がなかったこと,本母動物では分娩および哺育行動の不良がみられていることから,妊娠あるいは分娩に起因したストレスに起因したものであり3),被験物質投与との関連はないものと考えられた.なお,20 mg/kg以上の群の雄で副腎重量の増加,100 mg/kg群の雌雄で胸腺重量の減少傾向がみられ,胸腺では組織学的にも萎縮が認められた.これらの変化はストレスが負荷された動物で観察されるものであり,本試験においても同様にストレスに起因したものと考えられた.これらのほか,器官重量では,20 mg/kg以上の群の雌雄で脳,肺,心臓,甲状腺等の重量変動がみられたが,絶対重量のみの減少および相対重量のみの増加であり,対応する組織学的変化もなかったことから,毒性学的な意義はないものと考えられた.

以上のように,100 mg/kg群の雌雄で体重の増加抑制,摂餌量の減少ならびに肝臓および腎臓に及ぼす影響がみられたほか,20 mg/kg以上の群の雄でアルカリ性フォスファターゼの減少が認められたことから,本試験条件下における反復投与毒性に関する無影響量は雄で4 mg/kg,雌で20 mg/kgと推察された.

2. 生殖発生毒性

親動物の生殖機能に関しては,100 mg/kg群で発情回数の減少および発情周期の延長ならびに黄体数の減少がみられ,本被験物質の排卵に及ぼす影響が示唆された.更に,同群では着床痕数の減少もみられたが,着床率に変化は認められなかったことから,黄体数の減少を反映した変化と考えられた.交尾率,授(受)胎能および交尾所要日数に被験物質投与の影響は認められなかった.

分娩時の検査では,100 mg/kg群で母動物において妊娠期間の延長および出産率の減少傾向,出生児において出産児数,新生児数および出生率の減少または減少傾向が認められた.出産率の減少傾向については,全胚吸収が3例みられたことに起因したものであり,これらの例では黄体数の算定も困難であったことから,妊娠の早期に胚致死が誘発されたものと考えられた.妊娠期間の延長については,産児数が少ない場合に妊娠期間が長くなることが知られており4),本試験においてみられた出産児数の減少に起因している可能性が考えられた.出産児数および新生児数の減少については,上述の黄体数の減少ならびに出生率の減少傾向を反映したものと考えられた.このほか,100 mg/kg群では死産率の増加が認められたが,これは全児死亡の母動物1例で分娩直後の児の回集および保温の不良がみられ,死産児数が増加したことに起因したものであり,分娩直後の哺育行動の不良はそのほかの例ではみられていないことから,被験物質投与との関連性はないものと考えられた.性比,新生児の体重および新生児の外表検査ならびに新生児の生存性においては被験物質投与の影響は認められなかった.

以上のように,雄の生殖機能に被験物質投与の影響はみられなかったが,100 mg/kg群の雌で発情回数の減少および発情周期の延長,黄体数および着床痕数の減少ならびに妊娠期間の延長および出産率の減少傾向がみられ,100 mg/kg群では新生児に対する影響として出産児数,新生児数および出生率の減少または減少傾向が認められたことから,本試験条件下における生殖発生毒性に関する無影響量は,親動物に対しては雄で100 mg/kg,雌で20 mg/kg,児動物に対しては20 mg/kgと推察された.

文献

1)谷本義文,"実験動物の臨床化学,"清至書院,東京,1981, pp. 163-164.
2)高橋道人編,"精巣毒性評価のための精細管アトラス ―ラット,マウス,イヌ―,"ソフトサイエンス社,東京,1994, p. 66.
3)笹野公伸,笹野伸昭,"現代病理学体系17(B)巻 副甲状腺 副腎 胃腸膵内分泌系副腎皮質,6.変性・壊死・炎症・ストレスに伴う変化,"飯島宗一ら編,中山書店,東京,1991, pp. 139-154.
4)佐久間勇次監,"ウサギ-生殖生理と実験手技,"近代出版,東京,1988, p. 24.

連絡先
試験責任者:和泉宏幸
試験担当者:木村栄介,幸 邦憲,千々波智子,鍬先恵美子,一鬼 勉
(株)パナファーム・ラボラトリーズ 安全性研究所
〒869-0425 熊本県宇土市栗崎町1285
Tel 0964-23-5111Fax 0964-23-2282

Correspondence
Authors:Hiroyuki Izumi(Study director)
Eisuke Kimura, Kuninori Yuki, Tomoko Chijiwa, Emiko Kuwasaki, Tsutomu Ichiki
Safety Assessment Laboratory, Panapharm Laboratories Co., Ltd.
1285 Kurisaki-machi, Uto-shi, Kumamoto, 869-0425, Japan
Tel +81-964-23-5111Fax +81-964-23-2282