二酸化チオ尿素のラットを用いる単回経口投与毒性試験

Single Dose Oral Toxicity Test of Thiourea dioxide in Rats

要約

OECD既存化学物質安全性点検に係わる毒性調査の一環として,二酸化チオ尿素を1群5匹のCrj:CD(SD系)IGSラットに,0(対照),1024,1280,1600および2000 mg/kgの用量で単回経口投与し,その急性期の毒性徴候およびLD50値について検討した.

死亡は,1600 mg/kg以上の群の雄および1280 mg/kg以上の群の雌で3日目から13日目にみられた.LD50値(95 %信頼限界)は,雄で1565 mg/kg(1406〜1742 mg/kg),雌で1496 mg/kg(1256〜1782 mg/kg)であった.一般状態の観察では,軟便が投与日(1日目)からすべての被験物質投与群の雌雄にみられ,3日目からは自発運動の低下および緩徐呼吸が1600 mg/kg以上の群の雄および1280 mg/kg以上の群の雌にみられた.更に,死亡例では肛門周囲の汚れ,尿による下腹部の汚れ,腹臥位,チアノーゼ,皮膚蒼白,眼球蒼白,体温低下または痩削がみられた.生存例では,軟便は4日目,緩徐呼吸は8日目,自発運動の低下は10日目までに回復した.体重では,すべての被験物質投与群の雌雄で増加抑制または減少がみられたが,6ないし8日目からは順調な増加がみられた.病理学検査において,死亡例では,肺に肉眼的に暗赤色化および収縮不全が,組織学的にはうっ血および肺胞内水腫がみられ,肉眼的には気管内の泡沫状液体の貯留および胸水の貯留もみられた.腎臓では肉眼的に褪色が,組織学的には急性尿細管壊死,尿細管への鉱質沈着および尿細管の好塩基性化がみられた.胃では肉眼的に前胃粘膜の白色点および腺胃粘膜の白色点が,組織学的には前胃粘膜の潰瘍および腺胃粘膜のびらんがみられ,肉眼的には小腸ないし大腸に黒褐色内容物の貯留もみられた.胸腺では肉眼的に萎縮が,組織学的には萎縮および鉱質沈着がみられた.脾臓では肉眼的および組織学的に萎縮がみられた.一方,生存例では,腎臓で肉眼的に皮髄境界部の灰白色化が,組織学的には尿細管の好塩基性化および拡張,間質の線維化ならびに当該部位へのリンパ球性細胞浸潤がみられた.前胃では肉眼的に粘膜の白色点が,組織学的には粘膜に扁平上皮の過形成がみられた.胸腺では肉眼的および組織学的に萎縮がみられた.

方法

1. 被験物質および投与液の調製

二酸化チオ尿素(純度99.7 %,Lot No. 7034,東海電化工業(株),静岡)は,水にわずかに溶ける白色粉末である.媒体は,カルボキシメチルセルロース・ナトリウム(CMC-Na,ナカライテスク(株),Lot No. M7T4661)の0.5 w/v%水溶液を使用し,これに被験物質を10.24,12.8,16および20 w/v%濃度になるように懸濁して投与液を調製した.調製日に各投与液中の被験物質濃度を測定し,被験物質濃度はいずれも設定値の±10 %以内にあることを確認した.

2. 使用動物および飼育条件

5週齢のCrj:CD(SD系)IGSラット(日本チャールス・リバー(株))を雌雄各33匹購入し,7日間の検疫馴化を行ったのち,雌雄各25匹を選んで6週齢で試験に使用した.投与開始時の体重は雄で180.6〜193.0 g,雌で125.8〜145.8 gであった.動物は温度24±2℃,湿度55±10 %,照明12時間(午前7時〜午後7時)および換気回数13〜15回/時に設定したバリアーシステム飼育室で床敷(ホワイトフレーク,日本チャールス・リバー(株))を入れたポリカーボネイト製ケージに1ケージ当たり2〜3匹ずつ収容し,飼育した.飼料は,高圧蒸気滅菌した固型飼料(MF,オリエンタル酵母工業(株))を,飲水は次亜塩素酸ナトリウムを添加(約2 ppm)した水をそれぞれ自由に摂取させた.

3. 投与量,投与方法,試験群構成および群分け

投与量は,予備試験の結果より設定した.すなわち,本被験物質の1000,1250,1500,1750および2000 mg/kgをラットに単回経口投与した結果,死亡が1500 mg/kg群の雌1/3例,1750 mg/kg群の雌雄各2/3例および2000 mg/kg群の雌雄各2/3例にみられた.したがって,本試験では死亡が多発すると予測される2000 mg/kgを高用量とし,以下公比1.25で除した1600,1280および1024 mg/kgの計4用量をそれぞれ中間量2,中間量1および低用量とした.試験群は,上記4用量に媒体のみを投与する対照を加え計5群とした.1群当たりの動物数は雌雄各5匹とし,群分けは,投与前日の体重を基に層別連続無作為化法で行った.

投与経路は経口とし,16〜17時間絶食させた動物に胃管を用いて1回強制投与した.投与容量は10 mL/kgとし,各動物の投与液量は投与日の体重を基に算出した.

4. 観察項目

1) 一般状態観察および体重測定

観察期間は投与後14日間とし,この間に一般状態および死亡の有無を投与日(1日目)は投与後6時間まで経時的に,2日目から14日目は毎日午前および午後の1日2回,15日目は午前中に1回観察し,また体重を1日目の投与前,ならびに2,4,6,8,11および15日目に測定した.

2) 病理学検査

観察期間中に死亡した動物は発見後速やかに,また,観察期間終了後の生存動物はエーテル麻酔下で放血致死させたのち剖検した.肉眼的に異常がみられた器官は摘出し,精巣および精巣上体はブアン液で前固定したのち,そのほかの器官は直接10 %中性緩衝ホルマリン溶液に固定保存するとともに,代表例について病理組織学検査を行った.

5. 統計解析

LD50値を投与後14日間の累積死亡動物数からVan der Waerden法により算出した.体重は,各群ごとに平均値と標準偏差を求めた.

試験成績

1. 死亡の発生状況およびLD50値

死亡の発生状況およびLD50値をTable 1に示した.

1280 mg/kg群の雌2例,1600 mg/kg群の雄3例および雌2例ならびに2000 mg/kg群の雄5例および雌4例が3日目から13日目に死亡した.LD50値(95 %信頼限界)は,雄で1565 mg/kg(1406〜1742 mg/kg),雌で1496 mg/kg(1256〜1782 mg/kg)であった.

2. 一般状態

すべての被験物質投与群の雌雄で軟便が投与日(1日目)から散見され,更に,3日目からは,1600 mg/kg以上の群の雄および1280 mg/kg以上の群の雌で自発運動の低下および緩徐呼吸がみられた.なお,死亡例では肛門周囲の汚れ,尿による下腹部の汚れ,チアノーゼ,皮膚蒼白,眼球蒼白,体温低下,腹臥位または痩削がみられるものもあった.生存例では,軟便は4日目,緩徐呼吸は8日目,自発運動の低下は10日目までに回復した.

3. 体重

すべての被験物質投与群の雌雄で増加抑制または減少がみられたが,6ないし8日目からは順調な増加がみられた.

4. 剖検

死亡例では,肺の暗赤色化が雌雄の全例にみられ,肺の収縮不全,気管内の泡沫状液体の貯留または胸水の貯留を伴うものもあった.腎臓では,褪色が1280 mg/kg群の雌1例,1600 mg/kg群の雄1例および2000 mg/kg群の雌1例にみられ,胃では,前胃粘膜の白色点が1600 mg/kg群の雌1例および2000 mg/kg群の雄1例ならびに腺胃粘膜の白色点が1600および2000 mg/kg群の雌各1例にみられた.胃に変化がみられた例のうち1600 mg/kg群の雌2例および2000 mg/kg群の雄1例には小腸ないし大腸における黒褐色内容物の貯留もみられた.また,胸腺または脾臓の萎縮が雌雄のほぼ全例にみられた.

生存例では,腎臓の皮髄境界部の灰白色化が1280 mg/kgおよび1600 mg/kg群の雌各1例にみられ,前胃粘膜の白色点が1024 mg/kg群の雄1例,1280 mg/kg群の雄2例,1600 mg/kg群の雄1例および2000 mg/kg群の雌1例にみられた.また,1600 mg/kg群の雌1例で胸腺の萎縮,1600 mg/kg群の雄1例で両側性の精巣および精巣上体の萎縮がみられた.

5. 病理組織学検査

死亡例では,肺に剖検での暗赤色化または収縮不全に対応してうっ血および肺胞内水腫がみられた.腎臓では剖検での褪色に対応して皮髄境界部を主体とした急性尿細管壊死およびそれに伴う鉱質沈着ならびに尿細管の好塩基性化がみられた.胃では剖検での前胃または腺胃粘膜の白色点に対応して前胃粘膜の潰瘍または腺胃粘膜のびらんがみられた.また,胸腺または脾臓では肉眼的および組織学的に萎縮がみられ,胸腺では鉱質沈着もみられた.

生存例では,腎臓に剖検での皮髄境界部の灰白色化に対応して皮髄境界部を主体とした尿細管の好塩基性化および拡張,間質の線維化ならびに当該部へのリンパ球性細胞浸潤がみられ,剖検での前胃粘膜の白色点に対応して前胃粘膜の扁平上皮の過形成がみられた.胸腺では肉眼的および組織学的に萎縮がみられた.また,精巣および精巣上体では剖検での萎縮に対応して精巣の萎縮および精巣上体管腔内の生殖上皮細胞の残屑がみられた.

考察

Crj:CD(SD系)IGSラットを用い,二酸化チオ尿素の経口投与による単回投与毒性試験を実施した.投与量は0(対照),1024,1280,1600および2000 mg/kgとした.

死亡は,1600 mg/kg以上の群の雄および1280 mg/kg以上の群の雌で3日目から13日目までにみられた.LD50値(95 %信頼限界)は,雄で1565 mg/kg(1406〜1742 mg/kg),雌で1496 mg/kg(1256〜1782 mg/kg)であった.

死亡例では,症状として軟便,自発運動の低下,緩徐呼吸,チアノーゼ,皮膚蒼白,眼球蒼白,体温低下および痩削などがみられた.また,剖検では肺に暗赤色化および収縮不全,腎臓に褪色ならびに胃に腺胃粘膜の白色点などがみられ,病理組織学検査では肺にうっ血および肺胞内水腫,腎臓に急性尿細管壊死,胃に腺胃粘膜のびらんなどがみられたことから,本被験物質は呼吸器,腎臓および消化管に影響を及ぼすことが考えられた.同様の結果は,Damskeらによって実施された本被験物質のラットにおける単回経口毒性試験1)でもみられている.そのほか,胸腺および脾臓では萎縮がみられたが,これらの所見を示した例では3ないし13日目の死亡に至るまでの間,前述した症状がほぼ継続してみられていることから,衰弱に伴った変化であろうと思われた.

生存例では,症状として軟便がすべての被験物質投与群で,緩徐呼吸および自発運動の低下が1600 mg/kg以上の群でみられたが,これらの症状は10日目までにすべて回復した.体重では,すべての被験物質投与群で増加抑制または減少がみられたが,8日目からは順調な増加がみられた.病理学検査では,1280 mg/kg以上の群で肉眼的に腎臓の皮髄境界部の灰白色化がみられ,組織学的には尿細管の好塩基性化および間質の線維化などがみられた.また,1024 mg/kg以上の群では肉眼的に前胃粘膜の白色点がみられ,組織学的には前胃粘膜の扁平上皮の過形成がみられた.これらの変化は,前述の死亡例にみられた腎臓および消化管に対する障害の修復像と考えられた.また,1600 mg/kg群の1例では胸腺の萎縮がみられたが,死亡例と同様に衰弱に伴った変化と考えられた.そのほか,生存例では1600 mg/kg群の1例で精巣および精巣上体に萎縮がみられた.同様な変化は2000 mg/kg群ではみられておらず,SD系ラットでは時折みられる変化であることから,自然発生性のものと考えられた.

文献

1)D. R. Damske, F. J. Mecler, R. P. Beliles., Litton Bionetics Inc. LBI Project No.21048, 1979.

連絡先
試験責任者:緒方英博
試験担当者:木村栄介,浜村政夫,幸 邦憲,和泉宏幸,鍬先恵美子
(株)パナファーム・ラボラトリーズ 安全性研究所
〒869-0425 熊本県宇土市栗崎町1285
Tel 0964-23-5111Fax 0964-23-2282

Correspondence
Authors:Hidehiro Ogata(Study director)
Eisuke Kimura, Masao Hamamura, Kuninori Yuki, Hiroyuki Izumi, Emiko Kuwasaki
Safety Assessment Laboratory, Panapharm Laboratories Co., Ltd.
1285 Kurisaki-machi, Uto-shi, Kumamoto, 869-0425, Japan
Tel +81-964-23-5111Fax +81-964-23-2282