C.I. フルオレセントブライトナー271の培養細胞に及ぼす細胞遺伝学的影響について,チャイニーズ・ハムスター培養細胞(CHL/IU)を用いて染色体異常試験を実施した.
細胞増殖抑制試験結果をもとに,短時間処理法S9 mix非存在下および存在下とも5000 μg/mLを最高処理濃度とした625〜5000 μg/mLの濃度範囲でそれぞれ4用量を設定した.S9 mix存在下および非存在下で6時間処理(18時間の回復時間)後,標本を作製し,検鏡することにより染色体異常誘発性を検討した.S9 mix非存在下および存在下とも1250,2500,5000 μg/mLのそれぞれ3用量(公比2)について顕微鏡観察を実施した.
その結果,S9 mix非存在下において用量依存性を伴い,統計学的に有意な染色体構造異常の誘発が認められた.S9 mix存在下においては,1用量のみ統計学的に有意な染色体構造異常の誘発が認められたが,用量依存性は認められず,背景データによる基準値内であった.S9 mix非存在下における陽性反応が弱い反応であったことから,連続処理法24時間処理による試験を追加して実施した.5000 μg/mLを最高処理濃度とした78.1〜5000 μg/mLの濃度範囲で7用量を設定した.S9 mix非存在下における24時間連続処理後,標本を作製し,78.1,156,313,625 μg/mLの4用量(公比2)について顕微鏡観察を実施した.その結果,用量依存性を伴い,統計学的に有意な染色体構造異常の誘発が認められたが,その誘発頻度は最高でも3.0 %であり,背景データによる基準値内であった.
以上の結果より,本試験条件下ではC.I. フルオレセントブライトナー271は,非常に弱いながらも染色体異常を誘発する(陽性)と結論した.
哺乳類培養細胞を用いる染色体異常試験に広く使用されていることから,試験細胞株としてチャイニーズ・ハムスターの肺由来の線維芽細胞株(CHL/IU)を選択した.昭和59年11月15日に国立衛生試験所(現:国立医薬品食品衛生研究所)から分与を受け,ジメチルスルホキシド(DMSO,Merck)を10 vol%添加した後,液体窒素中に保存した.試験に際しては凍結細胞を融解し3〜5日ごとに継代したものを使用した.なお,細胞増殖抑制試験では継代数21,染色体異常試験では継代数26,染色体異常試験(連続処理法24時間処理)では継代数21の細胞を用いた.
Eagle-MEM液体培地(旭テクノグラス)に,非働化(56℃,30分)済み仔牛血清(Invitrogen)を最終濃度で10 vol%になるよう加えた後,試験に使用した.調製後の培養液は冷暗所(4℃)に保存した.
CO2インキュベーター(三洋電機バイオメディカ)を用い,CO2濃度5 %,37℃の条件で細胞を培養した.
製造後6ヵ月以内のキッコーマン製S9 mixを試験に使用した.S9 mix中のS9は誘導剤としてフェノバルビタールおよび5,6-ベンゾフラボンを投与したSprague- Dawley系雄ラットの肝臓から調製した.また,S9 mixの組成は松岡らの方法1)に従った.S9 mixの組成を以下に示す.
成分 | S9 mix 1 mL中の量 | |
S9 | 0.3 mL | |
MgCl2 | 5 μmol/0.1 mL | |
KCl | 33 μmol/0.1 mL | |
G-6-P | 5 μmol/0.1 mL | |
NADP | 4 μmol/0.1 mL | |
HEPES緩衝液(pH 7.2) | 4 μmol/0.2 mL | |
蒸留水 | 0.1 mL |
被験物質のC.I. フルオレセントブライトナー271(ロット番号:040303)は純度91.0 %〔不純物としてNaCl:0.32 %,Na2SO4:0.01 %,水:6.3 %(残り2.37 %不明,各成分1 %未満)を含有する〕の淡黄色結晶である.本剤は水に可溶である.日本化薬(東京)から提供された被験物質を使用した.被験物質は,使用時まで室温で保管した.試験終了後,被験物質提供元において残余被験物質を分析した結果,安定性に問題はなかった.
試験の都度,生理食塩液(大塚製薬工場)で被験物質を溶解し,調製原液とした.なお,本被験物質の純度は95 %未満(91.0 %)であるため,最高用量の被験物質秤量の際に純度換算を実施した.調製原液を使用溶媒を用いて順次所定濃度に希釈した後,速やかに処理を行った.
12ウエルの細胞培養用マルチプレートに細胞を播種し,培養3日後に被験物質液を処理した.短時間処理法ではS9 mix非存在下(-S9処理)あるいは存在下(+S9処理)で6時間処理した後,新鮮な培養液に交換してさらに18時間培養を続けた.連続処理法の場合,24時間連続して処理を実施した.
細胞を10 vol%中性緩衝ホルマリン液(和光純薬工業)で固定した後,0.1 w/v%クリスタル・バイオレット(関東化学)水溶液で10分間染色した.色素溶出液(30 vol%エタノール,1 vol%酢酸水溶液)を3 mL加え,5分間放置して色素を溶出した後,分光光度計(105-50型,日立製作所)を用いて580 nmでの吸光度を測定した.各用量群について溶媒対照群での吸光度に対する比,すなわち相対細胞増殖率を算出し,さらにプロビット法を用いて50 %細胞増殖抑制濃度を算出した.
その結果,細胞増殖を50 %抑制する濃度は,短時間処理法+S9処理で4739 μg/mL,連続処理法24時間処理で2150 μg/mLと算出された.短時間処理法-S9処理では,いずれの被験物質処理群においても相対細胞増殖率が溶媒対照群の50 %以上であった(Fig. 1〜2).
被験物質処理開始および処理終了時にいずれの用量においてもpHの変動,被験物質の析出等,特筆すべき変化は観察されなかった.
細胞増殖抑制試験結果をもとに,染色体異常試験では短時間処理法-S9処理および+S9処理ならびに連続処理法24時間処理とも5000 μg/mLを最高処理濃度とし,以下それぞれ公比2で減じた4または7用量ならびに溶媒対照群を設定した.
なお,陽性対照として,短時間処理の場合,-S9処理でマイトマイシンC(MMC,協和醗酵工業)を0.1 μg/mL,+S9処理でシクロホスファミド(CP,塩野義製薬)を12.5 μg/mLの用量で,連続処理の場合MMCを0.05 μg/mLの用量で試験した.
直径60 mmのプレートを用い,細胞増殖抑制試験と同様に被験物質等の処理を行った.培養終了2時間前に,最終濃度で0.2 μg/mLとなるようコルセミド(Invitrogen)を添加した.トリプシン処理で細胞を剥離させ,遠心分離により細胞を回収した.75 mmol/L塩化カリウム水溶液で低張処理を行った後,固定液(メタノール3容:酢酸1容)で細胞を固定した.空気乾燥法で染色体標本を作製した後,1.2 vol%ギムザ染色液で12分間染色した.
各プレートあたり100個,すなわち用量当たり200個の分裂中期像を顕微鏡下で観察し,染色体の形態的変化としてギャップ(gap),染色分体切断(ctb),染色体切断(csb),染色分体交換(cte),染色体交換(cse)およびその他(oth)の構造異常に分類した.同時に,倍数性細胞の出現率を記録した.染色体の分析は日本環境変異原学会・哺乳動物試験分科会による分類法 2)に従って実施した.
短時間処理法および連続処理法の標本を別々にコード化し,染色体分析を実施した.
ギャップを含めない場合(-gap)について染色体構造異常の出現頻度を表示した.
各試験群の構造異常を有する細胞あるいは倍数性細胞の出現頻度を,Fisherの直接確率計算法(有意水準片側2.5 %)を用いて検定した.また用量依存性については,Cochran Armitageの傾向検定(有意水準片側2.5 %)を用いて検定した.溶媒対照群と比較し被験物質処理群において有意差が認められ,かつ,再現性あるいは用量に依存性が認められた場合に陽性と判定した.ただし,最終的な判定は試験条件下での生物的な妥当性も考慮して行った.
また,分裂中期像の20 %にいずれかの異常を誘発するのに必要な被験物質濃度であるD20値を最小二乗法により算出し,一定濃度(mg/mL)あたりの交換型異常(cte)出現数を示す比較値であるTR値を,染色分体交換の出現頻度(%)を被験物質濃度(mg/mL換算)で割ることにより算出した.
染色体標本作製時に各プレートの低張処理した細胞液を一定量採取し,ATP測定用試薬キット(ルシフェール250,キッコーマン)およびATPフォトメーター(ルミテスター C-100LU,キッコーマン)を用いて相対発光量(Relative Light Unit:RLU)を求めATP含量を測定した.陰性対照群におけるRLUに対する比(=相対細胞増殖率)を各用量群について求め,細胞増殖抑制度とした.
短時間処理法での試験結果をTable 1〜2に示した.C.I. フルオレセントブライトナー271処理群の場合,染色体構造異常出現頻度は,-S9処理では1250 μg/mLで2.5 %,2500 μg/mLで4.0 %(p>0.025),5000 μg/mLで9.0 %(p>0.025)を示し,用量依存性(p>0.025)も認められた.+S9処理では1250 μg/mLで0.0 %,2500 μg/mLで3.0 %(p>0.025),5000 μg/mLで1.5 %を示した.倍数性細胞の誘発傾向は,-S9処理および+S9処理ともいずれの用量においても観察されなかった.また,-S9処理ならびに+S9処理とも全ての試験用量で相対細胞増殖率が溶媒対照群の50 %以上であった.一方,S9 mix非存在下における陽性対照物質MMCで処理した細胞,およびS9 mix存在下における陽性対照物質CPで処理した細胞では染色体構造異常の顕著な誘発が認められた.
C.I. フルオレセントブライトナー271における-S9処理の結果は,弱い陽性反応であったことから,連続処理法24時間処理による染色体異常試験を追加して実施し,結果をTable 3に示した.C.I. フルオレセントブライトナー271処理群での染色体構造異常出現頻度は,78.1 μg/mLで0.5 %,156 μg/mLで1.5 %,313 μg/mLで3.0 %(p>0.025),625 μg/mLで2.0 %を示し,用量依存性(p>0.025)も確認された.倍数性細胞の誘発傾向はいずれの用量においても観察されなかった.また,試験用量に依存した相対細胞増殖率の減少が観察され,625 μg/mLでの相対細胞増殖率は46.8 %であった.一方,陽性対照物質MMCで処理した細胞では染色体構造異常の顕著な誘発が認められた.
変異原性の強さに関する相対的比較値であるD20値の最小値は11.6(mg/mL),TR値の最大値は0.300(mg当たり)と算出された.なお,被験物質処理開始および処理終了時に,いずれの用量においてもpHの変動,被験物質の析出等,特筆すべき変化は観察されなかった.
以上の試験結果から,当該試験条件下においてC.I. フルオレセントブライトナー271のチャイニーズ・ハムスター培養細胞に対する染色体異常誘発性に関し,陽性と判定した.ただし,D20値の最小値は11.6 mg/mLであり,染色体異常誘発頻度は最高でも9.0 %であることから,非常に弱い反応であると考えられた.
なお,本被験物質(C.I. フルオレセントブライトナー271)の遺伝毒性ならびに発がん性に関する報告は現在までない.
類縁体であるFluorescent brightener 24,Fluorescent brightener 225およびFluorescent brightener 260についてはCHL細胞を用いた染色体異常試験,Don細胞を用いた染色体異常試験およびDon細胞を用いた姉妹染色分体交換試験で陰性 3, 4)と報告されている.また,Fluorescent brightener 84についてもCHL細胞を用いた染色体異常試験で陰性 3)と報告されている.
1) | Matsuoka A, Hayashi M, Ishidate M Jr: Chromosomal aberration tests on 29 chemicals combined with S9 mix in vitro. Mutation Res, 66:277-290(1979). |
2) | 日本環境変異原学会・哺乳動物試験分科会(編):「化学物質による染色体異常アトラス」朝倉書店,東京(1988)pp. 31-35. |
3) | 賀田恒夫,石館基(監修):「環境変異原性データ集1」サイエンティスト社,東京(1980)pp.199-200. |
4) | 祖父尼俊雄(監修):「染色体異常試験データ集」改訂1998年版,エル・アイ・シー,東京(1999)pp.238-239. |
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試験責任者: | 嶋田佐和子 | ||
試験担当者: | 田中 仁,菊池正憲,上田摩弥, 古屋有佳子,永井美穂,木下裕加, 赤星まゆみ,夏目匡克, 仲村渠奈美子,鈴木ゆみ子, 大野久実,中嶋 圓,鈴木雅也 | ||
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