今回,1-メトキシカルボニルペンタデカンスルホン酸ナトリウムについて,反復経口投与毒性・生殖発生毒性併合試験を,SD系〔Crj:CD(SD)IGS〕ラットを用い,0,5,20,80および300 mg/kg/day用量で実施した.動物は1群雌雄各10匹とし,被験物質は交配開始14日前から雄は47日間,雌は分娩後哺育4日(42〜45日間)まで投与した.
以上の結果から,1-メトキシカルボニルペンタデカンスルホン酸ナトリウムのラットにおける主な反復投与毒性は,前胃に対する影響であった.また,軽度な血液生化学的影響も認められた.無影響量は,雌雄とも,20 mg/kg/dayと判断された.
したがって,雌雄親動物の生殖能および児動物の発生に対する無影響量は,300 mg/kg/dayと判断された.
投与期間中毎日,動物の生死,外観,行動等について観察した.
(2) 体重および摂餌量測定
体重の測定は,投与開始日(投与開始直前)およびその後は7日間隔で行い,さらに最終投与日と屠殺日に測定した.ただし,雌の妊娠後は,妊娠0,7,14および20日と哺育0および4日に測定した.摂餌量は,体重測定日に合わせて翌日までの24時間の飼料消費量を測定した.雌の哺育4日の摂餌量は,前日からの24時間消費量を測定した.
(3) 性周期検査
雌について,馴化・検疫期間に引き続き,交尾が確認されるまで,Giemsa染色による膣垢塗抹標本を作製し,鏡検により性周期段階の判定を行った.
(4) 交配および分娩状態観察
投与15日の午後に,雄のケージに同一群内の雌を入れ(1対1),交尾が確認されるまで14日間を限度として連続同居させた.交尾の確認は毎朝一定時刻(9:30分頃)に行い,膣栓形成あるいは膣垢中に精子が確認された日を妊娠0日とした.分娩状態の観察も同じ時刻に行い,1腹ごとに分娩の終了が確認された日を哺育0日とした.交配および分娩の観察結果から,各群について性周期,交尾率〔(交尾動物数/同居動物数)× 100〕,受胎率〔(受胎雌数/交尾成立雌数)× 100〕および出産率〔(生児出産雌数/生存受胎雌数)× 100〕ならびに分娩の確認された例について妊娠期間(妊娠0日から分娩が確認された日までの日数)を算定した.
(5) 雄の臨床病理学検査
尿検査:投与41日あるいは42日に新鮮尿を採取して,pH,潜血,タンパク,糖,ケトン体,ビリルビンおよびウロビリノーゲン〔以上,マルティスティックス®,バイエル・三共(株),〕を,またラットを代謝ケージに収容(約3時間)して得た蓄尿について,外観の観察,比重の測定〔屈折計,エルマ光学(株)〕ならびに尿沈渣の検査〔(URI-CELL®液,ケンブリッジケミカルプロダクト社)で染色して鏡検〕を行った.
血液学検査:採血は,投与期間終了翌日にエーテル麻酔下で開腹して腹大動脈より行なった.動物は採血前日の午後5時より除餌し,水のみを給与した.採取した血液は3分割し,その一部は,EDTA-2Kで凝固防止処理し,多項目自動血球計数装置〔E-4000,東亜医用電子(株)〕により,赤血球数(電気抵抗検出方式),血色素量(ラウリル硫酸ナトリウム-ヘモグロビン法),ヘマトクリット値(パルス検出方式),平均赤血球容積(MCV),平均赤血球血色素量(MCH),平均赤血球血色素濃度(MCHC,以上計算値),白血球数および血小板数(以上,電気抵抗検出方式)を,また塗抹標本を作製して網状赤血球数(Brilliant cresyl blueで染色して鏡検)および白血球百分率(May-Giemsa染色して鏡検)を測定した.また一部は,3.8 %クエン酸ナトリウム液で凝固阻止処理して血漿を得,血液凝固自動測定装置(KC-10A,アメルング社)により,プロトロンビン時間(PT,Quick一段法)および活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT,エラジン酸活性化法)を測定した.
血液生化学検査:採取した血液の一部から血清を分離し,生化学自動分析装置〔JCA-BM8型クリナライザー,日本電子(株)〕により,総タンパク(Biuret法),アルブミン(BCG法),A/G比(計算値),血糖,トリグリセライド,総コレステロール(以上,酵素法),総ビリルビン(ジアゾ法),尿素窒素(Urease-UV法),クレアチニン(Jaff法),GOT,GPT,γ-GTP,アルカリホスファターゼ(以上,JSCC法),LDH(SFBC法),カルシウム(OCPC法)および無機リン(酵素法)を,また電解質自動分析装置〔NAKL-132,東亜電波工業(株)〕により,ナトリウム,カリウムおよび塩素(以上,イオン電極法)を測定した.
(6) 病理学検査
雄は投与47日の翌日に,雌は計画屠殺動物では哺育5日に,また,対照群で3匹認められた妊娠の成立しなかった雌および5 mg/kg群で2匹認められた分娩予定日を過ぎても分娩が認められなかった雌については,分娩予定日の5日後に,20 mg/kg群で1匹認められた交尾しなかった雌については交配期間終了後24日に,それぞれエーテル麻酔下で放血屠殺して剖検し,脳,心臓,肝臓,腎臓,脾臓,副腎,胸腺ならびに雄の精巣,精巣上体を秤量(絶対重量)し,対体重比(相対重量)を算出した.雌については,卵巣の黄体数および子宮の着床数を調べ,着床率〔(着床痕数/黄体数)× 100〕を算定した.病理組織学検査は,採取した器官を10 %中性リン酸緩衝ホルマリン液(精巣および精巣上体のみブアン液)で固定後,対照群および300 mg/kg群の雌雄各5匹,ならびに20 mg/kg群で認められた死亡例について,脳,脊髄,胃,腸(パイヤー板を含む),肝臓,腎臓,副腎,脾臓,心臓,胸腺,甲状腺(上皮小体を含む),気管,肺,子宮,膀胱,坐骨神経,骨髄およびリンパ節(頸部リンパ節,腸間膜リンパ節)を検査した.5,20および80 mg/kg群の雌雄各5匹については,300 mg/kg群で被験物質の投与による影響の認められた胃について検査した.さらに,対照群および300 mg/kgの全例,妊娠不成立の雌雄および受胎後全胚の死亡が認められた雌については,精巣,精巣上体,前立腺および精嚢,あるいは卵巣を検査した.また,非妊娠雌および受胎後全胚の死亡が認められた雌では,子宮および下垂体,分娩時および哺育期間中に全児が死亡した雌では下垂体および乳腺も検査した.検査は常法に従ってパラフィン切片を作製し,H-E染色を施して鏡検した.また,沈着物を同定するため,一部の例の雌雄の脾臓について鉄(ベルリンブルー)染色,雄の腎臓についてPAS染色も行った.
分娩完了の確認後,各腹の産児数(生産児と死亡児の合計)を調べ,分娩率(%)〔(総出産児数/着床数)× 100〕を,また,肛門と生殖突起の長短により性別を判定し,群ごとの性比を算出した.新生児については,口腔内を含む外表の異常を観察した.
(2) 一般状態観察
毎日一般状態および生死を確認し,出生率〔(出産確認時生児数/総出産児数)× 100〕および新生児の4日の生存率〔(哺育4日生児数/出産確認時生児数)× 100〕を求めた.
(3) 体重測定
新生児について哺育0日および4日に雌雄別に各腹ごとの総体重を測定し,1匹当たりの平均体重を算出した.
(4) 病理学検査
死亡例はその都度,生存例は哺育4日にエーテル麻酔下で放血死させ,胸腹部における主要器官を肉眼的に観察した.
一般状態については,軽度な軟便が,投与11日から15日にかけて,80 mg/kg群で雌雄の各1匹,300 mg/kg群で雌雄の各3匹に認められた.また,被験物質の投与とは無関係に,対照群の雄の1匹に一過性の赤色尿,80 mg/kg群の雄の1匹に右側頸胸部の脱毛,および300 mg/kg群で分娩後全児の死亡が認められた雌の1匹に下腹部被毛の汚れが認められた.
一方,対照群に認められた妊娠不成立の3対においては,3対の雄の全例に精巣の小型化が認められた.20 mg/kg群に認められた交尾不成立の1対では,交配期間の後死亡した雄に前述の投与過誤による肺および気管の変化が認められた以外,変化は認められなかった.受胎後全胚死亡の認められた5 mg/kg群の雌の2匹中1匹には,子宮の緑色液貯留が認められた.分娩後全児が死亡した300 mg/kg群の雌の1匹には,前胃の粘膜肥厚は認められたが,その他の変化は認められなかった.
以上の変化のうち,80および300 mg/kg群の雌雄の前胃粘膜肥厚の発現率は,対照群と比べて有意差が認められた.
被験物質の投与に起因する変化が,前胃に認められた.
各群の雌雄各5匹の検査において,前胃に角化亢進を伴う重層扁平上皮の過形成が,80 mg/kg群で4匹,300 mg/kg群で5匹に認められ,変化の程度も,用量依存的に増強する傾向が認められた.また,これらの多くの例では,上皮の過形成の程度と概ね相関した,粘膜固有層および粘膜下織の軽度から重度な浮腫を伴っていた.さらに,粘膜固有層から粘膜下織にかけての好中球を主とする炎症性細胞浸潤が,80 mg/kg群で雌の1匹,300 mg/kg群で雄の4匹および雌の2匹に認められ,これらの例のうち,300 mg/kg群の雄の3匹および雌の1匹には,びらんが確認された.以上の変化のうち,80および300 mg/kg群の雌雄の重層扁平上皮の過形成,300 mg/kg群の雌雄の粘膜固有層・粘膜下織の浮腫,および雄の粘膜固有層・粘膜下織の炎症性細胞浸潤の発現率には,対照群と比べて有意差が認められた.
被験物質の投与とは無関係な変化として,対照群および300 mg/kg群の雌雄あるいはそのいずれかに,肺の泡沫細胞集簇,類骨異所形成および動脈鉱質沈着,心臓の心筋変性・線維化,肝臓の微小肉芽腫および肝細胞脂肪変性,腎臓の嚢胞形成,硝子円柱,リンパ球浸潤,近位尿細管上皮空胞変性,好塩基性尿細管および線維化,胸腺の出血および皮質萎縮,副腎の皮質出血が認められたが,軽度,かつ,散発的な変化であった.また,脾臓の髄外造血およびヘモジデリン沈着が雌雄の全例,腎臓の近位尿細管上皮硝子滴が雄の全例に認められたが,対照群と比べて変化の程度に差は認められなかった.
(2) 生殖器系器官
被験物質の投与に起因する変化は,認められなかった.被験物質の投与とは無関係な偶発的病変と考えられる変化としては,妊娠を成立させた対照群および300 mg/kg群の雄において,精巣上体の精子肉芽種が300 mg/kg群で10匹中2匹,前立腺の間質リンパ球浸潤が対照群で7匹中2匹,300 mg/kg群で10匹中5匹に認められた.精巣および精嚢には変化は認められなかった.分娩し,哺育も順調であった対照群および300 mg/kg群の雌の卵巣においては,変化は認められなかった.
一方,対照群に認められた妊娠不成立の3対では,雄の3匹に共通して,精巣の間質細胞の軽度な過形成を伴った中等度ないし重度な精細管萎縮,および精巣上体の精巣上体管内精子の中等度ないし重度な減少が認められた.5 mg/kg群で全胚死亡の認められた2匹の雌のうち,1匹には子宮の内膜過形成および内腔拡張が認められ,他の1匹には生殖器系器官および下垂体に変化は認められなかった.20 mg/kg群で認められた交配不成立の1対では,雌雄の生殖器系器官および雌の下垂体に変化は認められなかった.300 mg/kg群で分娩後全児死亡の認められた1匹の雌では,卵巣,下垂体および乳腺に変化は認められなかった.
被験物質投与各群の発情周期は,対照群と比べて有意差は認められなかった.
(2) 交尾率および受胎率
交尾は20 mg/kg群の1対を除いて全例に成立し,成立に要する期間にも有意な差は認められなかった.受胎率も,対照群は精子形成異常の認められた雄3匹の対で受胎しなかったため,受胎率が70 %であったが,被験物質投与の各群では100 %であった.
(3) 黄体数,着床数および着床率
被験物質投与各群の黄体数,着床数および着床率は,対照群と比べて有意差は,認められなかった.
(4) 出産率および妊娠期間
出産率は,対照群の100 %に対して5 mg/kg群では80 %であったが,有意な差ではなかった.また,20,80および300 mg/kg群の出産率は,100 %であった.被験物質投与各群の妊娠期間にも,対照群と比べて有意差は認められなかった.
(5) 分娩および哺育状態
300 mg/kg群の1匹が難産で,分娩予定日の夕方に膣出血が認められたが分娩は認められず,翌朝になって14匹の出産児が確認され,分娩は完了した.この例では,出産児のうち12匹は死亡しており,2匹の新生児に対しても雌親は哺育行動をとらず,1匹は哺育0日に死亡し,他の1匹も哺育2日の朝に存在が確認できず,捕食されたものと判断された.この1例を除いて,分娩および哺育状態に異常は認められなかった.
被験物質投与各群の1腹当たりの総出産児数,分娩率,新生児数,出生率,性比,哺育0日の体重,ならびに哺育4日の生存率および体重には,いずれも対照群と比べて,有意差は認められず,新生児の一般状態にも異常は認められなかった.なお,300 mg/kg群の新生児数および出生率は,前述の出産確認時に出産児のほとんどが死亡していた1匹を含むため,他の群に比べてやや低値を示したが,統計学的に有意な変化ではなかった.
(2) 形態
外表および内臓異常は,いずれの児動物にも認められなかった.内臓変異についても,胸腺の頸部遺残,左臍動脈遺残,および腎盂の拡張が少数例に認められたが,被験物質の投与に起因する変化は認められなかった.
また,アニオン系界面活性剤のラットへの経口投与により,下痢の発現することが知られている4, 5).本試験においても,80および300 mg/kg群の雌雄の一部の例に,軟便が認められたが,一過性の軽度な変化で,腸には病理組織学的変化は認められず,体重にも変化が認められなかった.したがって,本試験で認められた軟便は,有害性の観点からは,ほとんど問題にならない変化と判断される.
以上の変化に加えて,300 mg/kg群で雄に,血清GPTの増加およびトリグルセライドの減少が認められた.
GPTの増加については,軽度な変化であったが本系ラットの背景データにおける正常範囲をやや上回る異常値であり,また投与量設定試験においても同様の変化が認められていることから,被験物質の投与に起因する変化と判断される.しかしながら,肝臓には病理組織学的変化は認められず,他に関連する変化も認められなかった.
一方,トリグリセライドの変化については,本被験物質の界面活性剤としての性質と関連して,脂質の吸収に影響する可能性が考えられるものの,変化は背景データにおける正常範囲内のごく軽度なもので,毒性学的意義は小さいものと考えられる.
アニオン系界面活性剤の反復経口投与毒性について,アルキルベンゼンスルホン酸塩5),ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩6, 7),a-オレフィンスルホン酸塩8),アルキル硫酸エステル塩6, 9),等について多くの報告がみられる.これらの報告を通じて,アニオン系界面活性剤の毒性は一般に弱く,局所刺激性による消化管傷害を除いて,特定の臓器に対する重篤な毒性影響は認められていない.
今回のアルファスルホ脂肪酸エステル塩に属するアニオン系界面活性剤である,1-メトキシカルボニルペンタデカンスルホン酸ナトリウムのラットへの反復投与においても,認められた主な毒性は前胃の変化であった.また,軽度な血液生化学的影響も認められた.無影響量は,雌雄とも20 mg/kg/dayと判断された.
なお,対照群に認められた妊娠不成立の3対については,いずれも雄の精巣における精子形成異常によることが確認された.被験物質投与群で認められた5 mg/kg群の全胚死亡の2匹,20 mg/kg群の交配不成立の1対,300 mg/kg群のおそらく難産による分娩時および分娩後全児死亡の1匹については,散発的な発現で生殖器系器官に被験物質の投与に起因する病理学的変化が認められなかったことから,偶発的なものと判断された.
本被験物質以外のアニオン系界面活性剤の生殖発生毒性に関して,多くの報告10-12)がみられるが,催奇形性を含む問題となる毒性は認められていない.
今回の1-メトキシカルボニルペンタデカンスルホン酸ナトリウムのラットへの投与においても,生殖発生毒性は認められなかった.したがって,雌雄親動物の生殖能および児動物の発生に対する無影響量は,300 mg/kg/dayと判断された.
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12) | A. K. Palmer, M. A. Readshow and A. M. Neuff, Toxicology, 3, 107(1975). |
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