ラットは 1群雌雄各5匹で4試験群,対照群および高用量群には雌雄各5匹の回復群を設け,計60匹を使用した.
1,2,4-ベンゼントリカルボン酸トリス(2-エチルヘキシル)エステルは,コーンオイルに溶解し,0, 100, 300および1000 mg/kgを毎日1回,4週間連続経口投与し,一般状態の観察,体重測定,摂餌量測定,血液学検査,血液凝固検査,血液生化学検査,尿検査,器官重量測定および病理学検査を行った.なお,回復期間は2週間とし,投与終了時と同様な検査を実施した.
その結果は,次のとおりである.
一般状態の観察では,雌雄いずれの群にも異常動物は観察されず,死亡例もなかった.
体重,摂餌量,飼料効率,および血液生化学検査および器官重量には,雌雄とも被験物質投与に起因すると考えられる変化は認められなかった.
血液学検査の結果,雌雄とも被験物質投与に起因すると考えられる変化は認められなかった.
尿検査の結果,雌雄の 1000 mg/kg群で尿量が増加した動物が認められたが,平均尿量および尿比重に有意差は認められなかった.
病理学検査の結果,肉眼および組織学的検索ともに,被験物質投与の影響が示唆される病変は観察されなかった.なお,肉眼所見において肺の有色斑/区域が,組織所見において腎臓の好酸性小体が,対照群に比べ雄の投与群に多く観察されたが,いずれも自然発生性病変が偶発的に増加したものと考えられた.
以上の結果,雌雄とも無影響量は 1000 mg/kg/dayと判断された.
なお,動物の馴化期間を含め,投与および回復期間中,データの信頼性に影響を及ぼしたと思われる環境要因の変化はなかった.
a. 血液学検査
EDTA-3Kを添加した初血を用い,白血球数(WBC:暗視野板法),赤血球数(RBC:暗視野板法),ヘモグロビン量(HGB:シアンメトヘモグロビン法),ヘマトクリット値(HCT:RBC, MCVより算出),平均赤血球容積 (MCV:暗視野板法),平均赤血球血色素量(MCH:HGB, RBCより算出),平均赤血球血色素濃度(MCHC:HGB, HCTより算出),血小板数(PLT:暗視野板法)および白血球百分率(フローサイトケミストリー法)を血液自動分析装置THMS H・1E(米国マイルス社)を用いて測定した.
網赤血球 (RC)率算定用に,血液塗抹標本を作製しメイ・グリュンワルド・ギムザで染色後,鏡検した.
また,クエン酸ソーダ添加血液の血漿について,プロトロンビン時間 (Quick 1段法),活性化部分トロンボプラスチン時間(クロット法)およびフィブリノーゲン量 (トロンビン時間法)を血液凝固自動測定装置KC-40(独国Amelung社)を用いて測定した.
b. 血液生化学検査
血清を用いて,総蛋白
(ビューレット法),アルブミン(B.C.G.法),A/G比(計算値),血糖(グルコースオキシダーゼ法),中性脂肪(酵素法),総コレステロール(酵素法),尿素窒素(BUN:ウレアーゼアンモニア法),総ビリルビン(ジアゾ色素法),カルシウム(アルセナゾ�型Я破�),無機リン(モリブデン酸ブルー法),ナトリウム(電極法),カリウム(電極法)および塩素(電極法)をEKTACHEM 700N(米国コダック社)で,クレアチニン(Jaff
法),グルタミン酸オキザロ酢酸トランスアミナーゼ(GOT:IFCC法),グルタミン酸ピルビン酸トランスアミナーゼ(GPT:IFCC法),γ-グルタミルトランスペプチダーゼ(γ-GTP:Szasz改法)およびアルカリホスファターゼ(ALP:Bessey-Lowry-Brock改良法)をCentrifiChem ENCORE��(米国ベーカー社)で測定した.
c. 尿検査
血液学検査に先立ち,採尿器を用いて 24時間(午前10時から翌日午前10時まで)尿を採取し,尿量,色調および濁度を検査後,尿比重計UR-S((株)アタゴ)を用いて尿比重を測定した.また,尿を遠心分離後Sternheimer変法により沈渣を染色し,鏡検した.pH,潜血,ケトン体,糖,蛋白,ビリルビンおよびウロビリノーゲンについて,N-マルティスティックスSG試験紙(マイルス・三共(株))およびCLINITEK 200(米国マイルス社)を用いて測定した.
病理組織学検査は固定した器官・組織のうち,心臓,肝臓,脾臓,腎臓,副腎および骨髄 (大腿骨)については対照群と高用量群,雄の腎臓についてはすべての群について行った.常法に従って薄切標本を作製し,ヘマトキシリン・エオジン染色し鏡検した.
有意水準は 5および1%の片側検定で実施した.
また,回復期間中,雌雄とも対照群および 1000 mg/kg群で死亡例は認められなかった.
血液凝固検査に関しては,雄では, 1000 mg/kg群で対照群に比較してプロトロンビン時間が僅かに延長を示したが,生理的変動の範囲内の値であった.雌では,対照群と被験物質投与群とで3項目とも差が認められなかった.
血液凝固検査に関しては,すべての検査項目について雌雄の 1000 mg/kg群と対照群とで差がなかった.
その他,肺の出血および細胞浸潤,肝臓の肉芽巣,腎臓の好塩基化,石灰沈着,副腎の空胞化などが観察された.
回復試験終了時の検査結果において,対照群に比較して被験物質投与群で多くみられた所見は観察されなかった.腎臓の好酸性小体は対照群でも軽度の所見が 1例観察された.
その他,肺の出血,腎臓の好塩基化,石灰沈着など,投与終了時計画屠殺動物に観察された所見とほぼ同様の所見が観察された.
体重および摂餌量は,雌雄とも対照群と被験物質投与群で差がなく,被験物質投与の影響は認められなかった.また,体重および摂餌量に変化が認められないことから,飼料効率にも被験物質投与の影響は認められなかった.
血液学検査の結果,雌雄とも被験物質投与に起因すると考えられる変化は認められなかった.また,凝固検査においても被験物質投与の影響を示唆する変化は認められなかった.
血液生化学検査の結果,雄では被験物質投与に起因すると考えられる変化は認められなかった.雌では,対照群に比較して 300および1000 mg/kg群で塩素の低値が認められたが,ナトリウムおよびカリウムに変化は認められず,塩素の変化自体も軽微であることから,毒性学的意義は乏しいと考えられる.
尿検査の結果,雌雄とも 1000 mg/kg群で尿量の増加した動物が認められたが,その他の定性項目,沈渣には被験物質投与の影響を示唆する変化は認められなかった.
器官重量測定の結果,投与終了時の測定では雌雄とも被験物質投与に起因すると考えられる変化は認められなかった.回復期間終了時の測定では, 1000 mg/kg群の雄で腎臓相対重量の低値,雌で副腎の実重量および相対重量の高値が認められたが,いずれも軽微な変化で,被験物質投与とそれに続く投与の休止に関連した変化とは考えられなかった (背景値,雄腎臓相対重量:0.73±0.06%,n=50,雌副腎実重量;66±7 mg,n=50,雌副腎相対重量:0.028±0.004%,n=50).
病理学検査の結果,対照群と比較して投与群に多くみられた所見として,肉眼所見では投与終了時計画屠殺動物において肺の有色斑/区域が,また,組織所見では腎臓に好酸性小体が,ともに雄にそれぞれ観察された.肺の有色斑/区域については,直径 1〜2 mm程度の褐色あるいは黒色調の小さな斑点が,単一あるいは少数個観察された.組織学的には限局性の出血,その周囲間質への炎症細胞浸潤などで説明される変化と考えられた.これらの組織変化は,雄の全群を通じて発生率ならびに程度に差はみられなかったことから,被験物質投与による変化ではなく,自然発生的な変化と考えられた.
また,腎臓の好酸性小体については, hyalin bodyの1種とされており1)d-Limoneneや無鉛ガソリンなどの化学物質の影響で特に雄の近位尿細管での顕著な発生が報告されている2).しかし,本所見は雄に自然発生性にも観察され,過去に当センターで実施した同系統,同週齢の背景値(8試験,雄45匹)によると22.2%(0〜100%)の発生率で観察されていること,雄の1000 mg/kg群に特に多く観察されたものの全例には観察されず,また全投与群を通じて明らかな用量相関もみられないこと,回復試験群の対照群にも観察されたことから,肺の肉眼所見同様,自然発生性病変が偶発的に投与群に多くみられたものと考えられた.また,その他に観察された所見も発生率および程度に用量相関性は認められずすべて自然発生病変と考えられた.
以上のことから,本被験物質は,最大投与可能量の 1000 mg/kg投与でも明確な被験物質投与の影響は示唆されず無影響量は雌雄とも1000 mg/kg/dayと判断された.
| 1) | 渡辺満利,"泌尿器系,毒性病理学," 前川昭彦,林裕造編,,地人書館,東京,1991,p. 229. |
| 2) | Carl L. Alden and Charles H. Frith, "Urinary System, Handbook of toxicologic pathology," ed. by Wanda M. Haschek and Colin G. Rousseauk, Academic Press, Inc., San Diego, 1991, pp.340-342 |
| 連絡先 | |||
| 試験責任者: | 井上博之 | ||
| 試験担当者: | 各務 進,庄子明徳,渡 修明, 小林和雄,山本慎二 | ||
| (財)食品農医薬品安全性評価センター | |||
| 〒437-12静岡県磐田郡福田町塩新田字荒浜582-2 | |||
| Tel 0538-58-1266 | Fax 0538-58-1393 | ||
| Correspondence | |||
| Authors: | Hiroyuki Inoue (Study director), Susumu Kakamu, Akinori Shoji, Nobuaki Watari, Kazuo Kobayashi, Shinji Yamamoto | ||
| Biosafety Research Center, Foods, Drugs and Pesticides(An-Pyo Center) | |||
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