以上の結果から、1,2−ジクロロ−3−ニトロベンゼン投与により、25 mg/kg/day以上の用量で肝臓および腎臓に対する影響や溶血性貧血が発現することが明らかとなり、一般毒性学的影響に関する無影響量は、雄親、雌親とも5 mg/kg/dayであると推定された。一方、親動物の生殖や児動物の発生に関しては、最高用量100 mg/kg/day においても明かな影響は認められなかった。
今回、OECDにおける高生産量既存化学物質の安全性点検プログラムの一環として、1, 2−ジクロロ−3−ニトロベンゼンを雌雄ラットに反復経口投与し、投与期間中に交配、妊娠および分娩させ、本物質の反復投与毒性並びに生殖・発生毒性について検討したので、その結果を報告する。
投与期間中毎日、動物の生死、外観、行動等について観察した。特に、妊娠、出産および哺育の状態については注意深く観察した。分娩の確認は毎朝一定時刻(9:30頃)に行い、1腹ごとに全例の出産が確認された日を哺育1日とした。
(2)体重および摂餌量測定
体重の測定は、個体ごとに投与開始日(投与開始直前)およびその後は7日間隔で行い、さらに最終投与日と屠殺日にも測定した。ただし、雌の妊娠後は、妊娠0、7、14および20日と哺育1および4日に測定した。摂餌量は、体重測定日に合わせて、ケージごとに翌朝までの24時間の飼料消費量を測定した。雌の哺育4日の摂餌量は、前日からの24時間消費量を測定した。
(3)臨床病理学的検査
雄のみについて、以下の検査を実施した。
| a. |
尿検査:投与開始42日に、腰背部を圧迫刺激して新鮮尿を採取し、pH、潜血、タンパク、糖、ケトン体、ビリルビンおよびウロビリノーゲン〔以上、マイルス・三共(株)、マルティスティックス〕、並びに外観を検査した。 |
| b. |
血液学的検査:供試血液の採取は、投与期間終了翌日の解剖直前に行った。動物は採血前日の午後5時より除餌し、水のみを給与した。採血は、エーテル麻酔下で開腹して腹大動脈より行った。採取した血液の一部をEDTA-2Kで凝固阻止処理し、多項目自動血球計数装置〔東亜医用電子(株)、E-4000〕により、赤血球数(電気抵抗検出方式)、血色素量(オキシヘモグロビン法)、ヘマトクリット値(パルス検出方式)、平均赤血球容積、平均赤血球血色素量、平均赤血球血色素濃度(以上、計算値)、白血球数および血小板数(以上、電気抵抗検出方式)を、また、塗抹標本を作製して網状赤血球数(Brilliant cresyl blue染色)を測定した。 |
| c. |
血液生化学的検査:採取した血液の一部から血清を分離し、生化学自動分析装置〔日本電子(株)、JCA-VX-1000型クリナライザー〕により、総タンパク(Biuret法)、アルブミン(BCG法)、A/G比(計算値)、血糖、トリグリセライド、総コレステロール(以上、酵素法)、総ビリルビン(Jendrassik法)、尿素窒素(Urease-UV法)、クレアチニン(Jaff 法)、GOT、GPT、γ-GTP(以上、SSCC法)、アルカリフォスファターゼ(GSCC法)、カルシウム(OCPC法)および無機リン(酵素法)を、また電解質自動分析装置〔東亜電波工業(株)、NAKL-1〕により、ナトリウム、カリウムおよび塩素を測定した。
|
(4)病理学的検査
雄は採血に続いて、また雌は哺育4日にエーテル麻酔下で、いずれも放血屠殺し、次の項目を検査した。分娩予定日を過ぎても分娩が認められない雌については、分娩予定の4日後(妊娠25日)に屠殺し、検査に供した。
| a. |
剖検:全身臓器を肉眼的に観察した。さらに、雌については、卵巣の黄体数および子宮の着床痕の数を調べた。 |
| b. |
臓器重量測定:雌雄の肝臓、腎臓、胸腺並びに雄の精巣、精巣上体を秤量(絶対重量)し、対体重比(相対重量)を算出した。腎臓、精巣および精巣上体は、左右を一括して秤量した。 |
| c. | 病理組織学的検査:10%中性リン酸緩衝ホルマリン液(精巣および精巣上体のみブアン液)で固定後、対照群と最高用量100 mg/kg群では肝臓、腎臓、副腎、脳、心臓、脾臓、胸腺、骨髄並びに精巣あるいは卵巣について、1、5および25 mg/kg群では最高用量群で変化の認められた雌雄の肝臓、腎臓、脾臓並びに雌の胸腺について、さらに、全ての群の不妊のつがいでは対照群および最高用量群で検査した臓器に加えて下垂体並びに精巣上体、精嚢、前立腺あるいは子宮および膣について、常法に従いパラフィン切片を作製し、H-E染色を施して鏡検した。また、一部の例の肝臓および腎臓について脂肪染色(ズダン�契�色)、腎臓についてPAS染色、脾臓について鉄染色(ベルリンブルー染色)を行った。 |
(5)生殖能に関する指標の算出
生殖能に関する指標として、交尾率〔(交尾成立動物数/同居動物数)×100〕、着床率〔(着床痕数/黄体数)×100〕、受胎率〔(受胎動物数/交尾成立動物数)×100〕、妊娠期間(妊娠0日から出産が確認された朝の前日までの期間)、出産率〔(生児出産雌数/妊娠雌数)×100〕を算出した。
分娩完了の確認後、各腹の産児数(生存児と死亡児の合計)を調べ、分娩率〔(総出産児数/着床痕数)×100〕を算出した。また、性は肛門と生殖突起の距離の長短により判定し、群ごとの性比を算出した。
(2)外表異常および一般状態の観察
分娩完了後、口腔内を含む外表の異常を観察した。また、毎日一般状態および生死を確認し、出生率〔(出産生児数/総出産児数)×100〕および新生児生存率〔(哺育4日生児数/出産確認時生児数)×100〕を求めた。
(3)体重測定
新生児について哺育1日および4日に、雌雄別に各腹ごとの総体重を測定し、1匹当たりの平均体重を算出した。
(4)病理学的検査
死亡例はその都度、生存例は親動物の解剖時(哺育4日)にエーテル・クロロホルムで麻酔死させ、胸腹部における主要臓器を肉眼的に観察した。
体重、摂餌量、血液学的および血液生化学的データ、臓器重量、黄体数、着床痕数、妊娠期間、産児数、生存児数、死亡児数などのパラメトリックデータはBartlettの分散検定を行った。分散が一様な場合は一元配置の分散分析を行い、その結果有意差を認めた場合、Dunnett法又はScheff
法(群の大きさが異なる場合)により対照群に対する各群の比較検定を行った。分散が一様でない場合は、ノンパラメトリックデータに用いる検定法に従った。着床率、出生率、分娩率、新生児生存率、尿検査の定性的データなどのノンパラメトリックデータはKruskal-Wallisの順位検定を行い、その結果有意差を認めた場合、Dunnett型又はScheff
型(群の大きさが異なる場合)の検定により対照群に対する各群の比較検定を行った。親動物の生存率、交尾率、受胎率、出産率、出産児の性比、病理学的検査等における異常例の出現率などのカテゴリカルデータはχ^2検定を行った。
被験物質投与の影響と考えられる変化として、肝臓の腫大、腎臓の腫大および黒褐色化、並びに胸腺の萎縮が認められた。腎臓の腫大が5 mg/kg群の雌の1匹にみられたのを除いて、肝臓および腎臓の腫大は、雌雄とも25 mg/kg以上の用量群で用量依存的に認められ、特に100 mg/kg群の雌の肝臓の変化は、雄に比べてやや強い傾向にあった。また、腎臓の色調がやや黒味をおびて黒褐色化する例が、雄の100 mg/kg群と雌の25および100 mg/kg群で認められた。さらに、雌の妊娠例において、胸腺が他に比べてやや小さく、萎縮傾向にある例が各群に散発したが、特に100 mg/kg群における発現率が他の群に比べて高かった。なお、各群に認められた不妊動物においても、生殖器系臓器には特に異常は認められなかった。
(2)臓器重量(Table 3)
1および5 mg/kg群では、雌雄とも測定した各臓器の絶対および相対重量に明らかな変化は認められなかった。25 mg/kg群では、雄の肝臓および腎臓の相対重量並びに雌の肝臓の絶対および相対重量の有意な増加が認められ、雌の腎臓の絶対および相対重量も増加傾向を示した。100 mg/kg群では、雌雄とも肝臓および腎臓の絶対および相対重量の有意な増加が認められた。また、統計学的有意差は認められなかったが、雌の胸腺は絶対および相対重量とも減少傾向を示した。なお、雄において25および100 mg/kg群の精巣並びに100 mg/kg群の精巣上体は、絶対重量では変化は認められなかったが、相対重量では対照群に比べて統計学的に有意な高値を示した。
(3)病理組織学的所見(Table 4)
被験物質投与の影響は、肝臓、腎臓、脾臓および胸腺に認められた。生殖毒性と関連する変化については、不妊例においても生殖器系臓器や内分泌系臓器に異常は認められなかった。
| a. |
肝臓(全群の雌雄を検査):肝細胞の腫大が25および100 mg/kg群の雌雄に多発した。この肝細胞の腫大は小葉中心性に発現し、腫大した細胞の細胞質は好塩基性が低下していた。変化の強い例では胞体は明るくぬけて膨化し、風船細胞様の像を呈した。雌の変化は雄に比べてやや強い傾向にあった。なお、対照群の雄において、肝細胞中の脂肪滴がやや目立つ例が多かった。 |
| b. |
腎臓(全群の雌雄を検査):雄は主に近位尿細管上皮におけるPAS染色陽性硝子滴の出現が、雌は尿細管上皮の空胞化がいずれも25および100 mg/kg群で認められた。空胞化した尿細管上皮は、比較的大型の空胞が充満して膨化していた。また、100 mg/kg群の雄では、やや萎縮し、多核で好塩基性の上皮細胞から成り、障害後の再生像と考えられる尿細管の目立つ例が増加する傾向にあった。硝子滴と同様にエオジンに好染するが、大型でPAS染色陰性の好酸性小体(eosinophilic body)は、対照群を含む各群の雄に認められたが、被験物質投与による発現率の増加はみられなかった。 |
| c. |
脾臓(全群の雌雄を検査):脾臓の赤脾髄には、生理的にもヘモジデリンの沈着や髄外造血巣がみられるが、25 mg/kgおよび100 mg/kg群の雌雄ではこのヘモジデリンの沈着が増加し、また100 mg/kg群の雄では少数ながら髄外造血巣の増加例も認められた。 |
| d. |
胸腺(対照および100 mg/kg群の雌雄並びに1、5、および25 mg/kg群の雌を検査):剖検において、胸腺が小さく、萎縮と記録された例が各群の雌に散発したが、これらの例ではリンパ球が減少し、そのため皮髄の境界が不明瞭となり、組織学的にも萎縮していることが確認された。 |
| e. |
副腎・脳・心臓・骨髄・精巣又は卵巣(対照および100 mg/kg群の雌雄並びに1、5および25 mg/kg群の妊娠しなかったつがいを検査):被験物質投与の影響が考えられる変化は認められなかった。 |
| f. | 下垂体と精巣上体・精嚢・前立腺又は子宮・膣(全群の妊娠しなかったつがいを検査):異常は認められなかった。 |
これらの所見以外にも、各臓器に変化が認められたが、いずれも発現率に用量依存性傾向は認められず、偶発的と考えられる変化であった。
交尾率および出産率は、ともにすべての投与群で100%であった。受胎率は、対照群並びに1、5、25および100 mg/kg/日投与群でそれぞれ10匹中2、3、1、2および2匹の不妊動物がみられたため、それぞれ80、70、90、80および80%であったが、対照群と被験物質投与各群との間に有意差はなかった。妊娠期間は、対照群では平均22日であり、被験物質投与各群においても著差はなかった。
(2)黄体数、着床数および着床率
いずれの指標についても、対照群と被験物質投与各群との間に有意な差は認められなかった。
対照群を含む全ての群において、新生児の哺育4日までの一般状態に異常は認められなかった。
(2)出産児数、生存児数、死亡児数、性比および 新生児体重
いずれの指標についても、対照群と被験物質投与各群との間に有意な差は認められなかった。性比は5および100 mg/kg群では雄に比べ雌が多く、25 mg/kg群では逆に少なかったが、用量に依存した一定の変化傾向でなかった。新生児体重については、各群とも、哺育1日から4日の間において、同程度の順調な増加がみられた。
(3)分娩率、出生率および生存率
いずれの指標についても、90%以上の高値を示し、対照群と被験物質投与各群との間に有意な差は認められなかった。
(4)新生児の外表および内臓異常
外表異常は、1 mg/kg群で無尾および鎖肛を呈する重複異常児が1匹みられた以外、いずれの投与群にも異常例は観察されなかった。内臓異常は、すべての投与群において認められなかった。また、内臓変異についても、変異を有す新生児の平均発現率が対照群の5.0%に対し、被験物質投与群では5.1〜8.6%の範囲にあり、有意な増加は認められなかった。対照群および被験物質投与群でみられた変異例は、胸腺の頚部残留と左臍動脈遺残であった。
肝臓に対する影響としては、肝細胞が小葉中心性に腫大して肉眼的にも肝臓は大きくなり、肝臓重量は増加した。これとの関連性が考えられる変化として、アルブミンを含む血清総タンパク量は増加し、逆に尿素窒素量は減少するなど、肝臓におけるタンパク代謝の異常を示唆する変化が認められた。また、総コレステロール量の増加についても、腎臓等に対する影響によるよりもむしろ肝機能の異常と関連した変化と解せられる。さらに、統計学的には有意な変化でなかったものの、血清GOT、GPTおよびγ-GTP活性はわずかに上昇傾向を示し、肝臓にみられた病理学的変化は、軽度ながらも機能障害を伴う変化であることがうかがわれた。
腎臓に対する影響としては、雄は尿細管上皮に硝子滴が出現し、さらに対照群にも認められ、障害された尿細管の修復像と考えられる変化が増加した。一方、雌では、雄でみられた変化は発現しなかったが、尿細管上皮の空胞化がみられ、雌雄とも腎臓の肉眼的な腫大例や重量の増加傾向が認められた。また、尿タンパクや血清ナトリウム量の増加およびカリウム量の減少傾向も、腎機能に対する影響を示唆する変化と解せられる。
尿細管上皮の硝子滴は雄ラットでは加齢に伴い生理的にも認められ、タンパクの再吸収像と考えられている。1,2−ジクロロ−3−ニトロベンゼン投与によって発現した硝子滴は、おそらく血清タンパクの増加と関連した変化と推察される。なお、被験物質投与動物の腎臓の色調は、通常の褐色に対しやや黒味を帯び、黒褐色化していたが、これは腎臓の形態的変化とは無関係な、おそらく被験物質の代謝物による着色によるものと推察される。
貧血所見として、雄ラットの赤血球数、血色素濃度およびヘマトクリット値は減少ないし減少傾向を示した。この貧血は、造血能低下によるものではなく、血中の網状赤血球数増加や脾臓の髄外造血巣増加例が認められ、しかも脾臓にヘモジデリン沈着の増加が認められたことから、溶血性貧血であると判断される。
胸腺の萎縮例が雌において増加する傾向が認められた。出産した雌の胸腺は雄に比べて萎縮ぎみで、萎縮性変化が発現し易いものと推察されるが、いずれにしても、毒性に伴うストレスを反映した変化と考えられる。
以上の変化を用量との関係でみると、1 mg/kg群ではこのような変化は認められなかった。5 mg/kg群においても、雌で腎臓がやや大きく肉眼的に腫大と記録した1匹があったが、病理組織学的には異常は認められず、その他の変化も特に認められなかった。25 mg/kg群では、肝臓および腎臓の形態的変化並びに血液生化学的変化が発現し、雄は体重増加の抑制傾向を示し、明らかな毒性影響が認められた。100 mg/kg群では、25 mg/kg群でみられた変化がより明らかとなり、さらに貧血所見が加わり、一般状態に著変はなかったものの、投与開始後一過性の摂餌量の減少が雌雄に認められ、雄では投与後半において体重増加は有意に抑制された。
以上の結果から、被験物質投与により肝臓および腎臓に対する毒性影響や溶血性貧血が発現することが明らかとなった。また、親動物の一般毒性学的影響に関する無影響量は、雄、雌とも5 mg/kg/dayと推定された。
1,2−ジクロロ−3−ニトロベンゼンの類縁化合物であるニトロベンゼンには精巣毒性が知られている4,5)。25および100 mg/kg群の精巣並びに100 mg/kg群の精巣上体に、いずれも相対重量のみの増加が認められた。しかし、これらの臓器には病理組織学的な異常は認められず、生殖能の異常も認められなかったことから、雄性生殖器に対する毒性を示唆するものでなく、体重増加抑制に伴う二次的な変化であると判断される。
交尾が確認されたにもかかわらず妊娠しなかったつがいが投与量とは無関係に各群に散発したが、病理学的にはこれらの個体に生殖能の異常を示唆する変化は認められなかった。また、出産児の性比は群間でバラツキがみられたが、一定の変化傾向を示すものではなく、これらはいずれも偶発的な変化と判断された。
以上のように、1,2−ジクロロ−3−ニトロベンゼンは最高用量100 mg/kg/dayの投与においても、親動物の生殖や児動物の発生に対して、明らかな影響は認められなかった。
| 1) | J.W.Deneer, T. L. Sinnige, W. Seinen, J. L.M.Hermens, Aquat. Toxicol., 10, 115 (1987). |
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| 3) | J.S.Yoon, J.M.Mason, R.Valencia, R.C.Woodruff, S. Zimmering, Environ.Mutagen., 7, 349 (1985). |
| 4) | T.E.Cody, S.Witherup, L.Hastings, K.Stemmer, R.T.Christian , J.Toxicol.Environ.Health, 7, 829 (1981). |
| 5) | R.O.Beauchamp,Jr., R.D.Irons, D.E.Rickert, D.B.Couch and T.E.Hamm,Jr. , CRC Crit. Rev.Toxicol., 2, 33 (1983). |
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