1, 2−ジクロロ−3−ニトロベンゼンのラットを用いた経口投与による急性毒性試験

Acute Oral Toxicity Study of 1,2-Dichloro-3-nitrobenzene in Rats

要約

1,2−ジクロロ−3−ニトロベンゼンの急性毒性試験を、SD系〔Crj:CD (SD)〕ラットを1群雌雄各5匹とし、1,2−ジクロロ−3−ニトロベンゼンの190、256、345、466、630および850 mg/kg(公比1.35)用量を単回経口投与して実施した。投与後14日間の死亡率から計算されたLD50値(95%信頼限界)は、雄で381(286−490)mg/kg、雌で512(419−628)mg/kgであった。投与後の一般症状としては、自発運動の低下、眼瞼下垂、よろめき歩行、全身筋肉の弛緩および皮膚の蒼白化が雌雄に、呼吸の深大化が雄に、いずれも用量依存的に認められた。死亡動物は、上記症状が重度化し、呼吸が微弱となって投与後1〜2日に死亡した。生存動物は、投与後6時間から3日の間に回復した。体重は、雌雄とも投与後1日には減少ないし増加抑制がみられたが、症状が回腹した3〜7日以降は順調な増加が認められた。死亡動物の剖検では、雌雄の一部の例で、散在性の黒色点が胃の腺胃部粘膜に認められ、胃および腸内容物は黒色化していた。また、膀胱内に被験物質由来と考えられる潜血反応陰性の褐色尿や黒褐色塊状物が認められた。しかし、死因が推定できるような高率、かつ、重度な臓器の変化は認められなかった。生存動物の剖検では、著変は認められなかった。

緒言

1,2-ジクロロ-3-ニトロベンゼンは、抗菌剤、抗原虫剤、農薬などの製造原料として、広く使用されている化学物質である。本物質の毒性については、グッピーを用いた魚毒性試験1)や変異原性を調べるためのサルモネラ復帰変異試験2)およびショウジョウバエを用いた伴性劣性致死試験3)の結果が報告されている以外、ほとんど知られていない。

今回、OECDにおける高生産量既存化学物質の安全性点検プログラムの一環として、1,2-ジクロロ-3-ニトロベンゼンを雌雄ラットに単回経口投与し、本物質の急性毒性について検討したので、その結果を報告する。

方法

1.被験物質

1,2-ジクロロ-3-ニトロベンゼンは、融点61℃、沸点257℃、蒸気圧0.05kpa(25℃)、分配係数log Pow = 3.2(20℃)のエタノールに可溶、水に難溶な褐色の固体で、試験には日本化薬株式会社(東京)から提供されたもの(ロット番号106001、純度99.15%)を使用した。

2.供試動物および飼育条件

動物は、日本チャールス・リバー(株)より導入した5週齢のSD系〔Crj:CD(SD)〕ラットを1群雌雄各5匹とし、各群には投与直前の体重に基づく層化無作為抽出法により振り分けた。投与時の平均体重(体重の範囲)は、雄144(135〜153)g、雌119(111〜126)gであった。ラットの飼育は、馴化期間および投与後の観察期間とも、温度22±3℃、湿度55±10%、換気回数10回以上/時(オールフレッシュエアー方式)、照明12時間(午前6時点灯、午後6時消灯)に設定されたバリアーシステム動物室で、ステンレス製金網ケージに2〜3匹ずつ雌雄別に収容して行った。飼料〔日本農産工業(株)、固型飼料ラボMRストック〕と水(1μmカートリッジフィルター濾過後紫外線照射した殺菌水道水)は、自由に摂取させた。ただし、投与前日午後5時から投与後3時間までは除餌し、水のみを与えた。

3.投与量および投与方法

投与量は、予備試験結果を参考にして、雌雄とも190、256、345、466、630、850 mg/kg(公比1.35)の6用量を設定した。1,2−ジクロロ−3−ニトロベンゼンは局方オリーブ油〔宮澤薬品(株)〕で、所定の投与用量になるような濃度の溶液に調製し、体重1kgあたり10mlを胃ゾンデにより強制的にラットの胃内に単回経口投与した。投与液は調製後分析し、所定濃度に調製されていることを確認した。

4.観察

観察期間は投与後14日間とし、その間の一般症状の観察と生死の確認は、投与日においては投与後1時間までと投与後約3時間および6時間までにそれぞれ1回ずつ行い、これを投与0日とした。また、翌日(投与後1日)以降は、前日の午後5時から当日の午後5時までを1日とし、実際の観察は午前9時から午後5時までの間に少なくとも1回は行った。体重は投与直前(投与0日)、投与後1、3、7および14日に、また死亡動物については投与日を除く死亡発見日にも測定し、測定日間の体重増加量を算出した。剖検は、死亡動物は発見後速やかに、生存動物は観察期間終了後エーテル麻酔死させて行った。LD50値は、投与後14日間の観察期間終了時における死亡率を基に、probit法を用いて算出した。

結果

1.LD50値(Table 1)

投与後14日間の死亡率は、190、256、345、466、630および850 mg/kg群において、それぞれ雄で0、0、60、80、80および100%、雌で0、0、0、40、80および100%であった。死亡率から計算されたLD50値(95%信頼限界)は、雄で381(286−490)mg/kg、雌で512(419−628)mg/kgであった。

2.一般症状

全用量群の雌雄に共通して、投与後約15分より自発運動の低下および眼瞼下垂が認められた。投与後1時間以降には、466 mg/kg以上の用量群で雌雄ともよろめき歩行が、また雄では呼吸の深大化もみられ、さらに3時間以降に雌雄とも軽度ながら全身筋肉の弛緩および皮膚の蒼白化が、いずれも用量依存的に認められた。また、投与翌日には、立毛、削痩および尿失禁によると思われる下腹部被毛の汚染も散見された。その他に、雄の2例に投与液と同様な油状の下痢便の排泄が、投与後1〜3時間にみられた。死亡動物は、雄は345 mg/kg以上の用量群、雌は466 mg/kg以上の用量群で、いずれも投与後1〜2日に発現した。その多くは、上記症状が重度化し、全身弛緩、皮膚の蒼白化および深大呼吸を呈し、次第に呼吸が微弱化して死亡した。生存動物は、投与後6時間から3日の間に回復した。なお、雌雄とも345mg/kg以上の用量群で、投与後3時間〜1日の間に、吸収された被験物質の色調による変化と考えられる黒褐色ないし褐色の着色が、皮膚や眼球結膜に認められ、また投与翌日の朝には、ケージの糞尿受け皿に褐色尿の排泄痕が認められた。

3.体重

雌雄とも投与後1〜3日の間に、用量依存的な体重の増加抑制ないし減少がみられ、1および2日に発現した死亡動物の多くは体重が減少していた。生存動物は、症状が回腹した3〜7日以降、順調な体重増加が認められた。

4.剖検所見

死亡動物においては、雌雄とも一部の例で、胃の腺胃部粘膜に出血によると考えられる散在性の黒色点が認められ、胃や腸内容物は黒色化していた。また、膀胱内には潜血反応陰性の褐色尿並びに黒褐色塊状物が認められた。さらに、肺や肝臓の暗赤色化、並びに小腸壁の赤色化が極めて低い頻度で認められた。生存動物には、臓器の肉眼的な異常は認められなかった。

考察

1,2-ジクロロ-3-ニトロベンゼンのラットを用いた経口投与による急性毒性試験を実施した。

その結果、死亡率より計算されたLD50値は、雄で381 mg/kg、雌で512 mg/kgであり、雌に比べ雄で若干毒性が強く現れた。

投与後の主な症状としては、雌雄とも自発運動の低下、眼瞼下垂およびよろめき歩行が、また雄には深大呼吸がいずれも投与後比較的短時間からみられ、その後これらの症状が重度化するとともに、全身筋肉の弛緩および皮膚の蒼白化認められた。死亡動物は、症状の重度化とともに多くは体重の減少を伴い、次第に呼吸微弱となって投与後1および2日に集中して死亡した。

死亡動物の剖検では、一部の例の胃の腺胃部に出血性変化と考えられる散在性の黒色点が認められ、胃および腸内容物は黒色化していた。しかし、このような胃の変化は発現率が低く、一般症状の観察でみられた皮膚の蒼白化と関連づけるのは困難であった。また、肺や肝臓の暗赤色化および小腸壁の赤色化例も発現したが、発現率はさらに低く、死因が推定できるような高率、かつ、重度の変化は認められなかった。

生存動物では、上記症状は投与後6時間から3日の間に回復し、投与後1日には減少ないし増加抑制がみられた体重も、症状の回復に伴い3〜7日以降順調な増加が認められ、剖検においても著変は認められなかった。

なお、投与後1〜3時間に雄2例にみられた油状の下痢便の排泄は、油を溶媒にして多量投与した際に一般的にみられるもので、被験物質による特異的な影響とは考え難い。また、投与後3時間から1日までに皮膚や眼球結膜にみられた黒褐色ないし褐色の着色は、糞尿皿に排泄された尿や死亡動物の膀胱内に残留していた尿も同様に着色していたことから、被験物質、おそらく代謝物の色調によるものと考られ、膀胱内黒褐色塊状物は、代謝物と関連性のあるものと推察される。

文献

1)J.W.Deneer, T.L.Sinnige, W. Seinen , J.L.M.Hermens, Aquat. Toxicol., 10, 115 (1987).
2) M. Shimizu, Y.Yasui, N.Matsumoto, Mutation Res., 116, 217 (1983).
3) J.S.Yoon, J.M.Mason, R.Valencia, R.C.Woodruff, S.Zimmering, Environ.Mutagen., 7, 349 (1985).

連絡先:
試験責任者山本譲
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