ジエチルビフェニルのチャイニーズ・ハムスター培養細胞を用いる染色体異常試験

In Vitro Chromosomal Aberration Test of Diethylbiphenyl in Cultured Chinese Hamster Cells

要約

 ジエチルビフェニルのチャイニーズ・ハムスター肺由来細胞(CHL/IU細胞)を用いる染色体異常試験を実施した.

 S9 mix非存在下および存在下の短時間処理(6時間処理後18時間の回復時間)および24時間連続処理(S9 mix非存在下)における50 %の増殖抑制濃度はそれぞれ0.030 mg/mL,0.21 mg/mLおよび0.029 mg/mLと推定された.

 これらの結果に基づき,S9 mix非存在下の短時間処理では,50 %増殖抑制濃度の約1.5倍の濃度を最高処理濃度とし,公比1.5で5段階の濃度群(0.0089〜0.045 mg/mL)を設定し,染色体異常試験を実施した.

 S9 mix存在下の短時間処理では,50 %増殖抑制濃度の約2倍の濃度を最高処理濃度とし,公比2で5段階の濃度群(0.014〜0.45 mg/mL)を設定し,染色体異常試験を実施したが,0.11 mg/mL以外のすべての濃度で50 %以上の増殖率を示したことから,最高濃度を1.8 mg/mLとし,公比2で8段階の濃度群を設定し,染色体異常試験を再度実施した.24時間連続処理(S9 mix非存在下)においては,50 %増殖抑制濃度の約1.5倍の濃度を最高処理濃度とし,公比1.5で5段階の濃度群(0.0089〜0.045 mg/mL)を設定し,染色体異常試験を実施した.

 細胞増殖率および分裂指数より,S9 mix非存在下の短時間処理では,0.013,0.020,0.030 mg/mL,S9 mix存在下の短時間処理では,0.056,0.11,0.23 mg/mLのそれぞれ3濃度について染色体分析を行った.24時間連続処理では,0.013,0.020,0.030 mg/mLの3濃度について染色体分析を行った.

 その結果,S9 mix非存在下および存在下で短時間処理した場合は,どちらの処理群でも染色体の構造異常を有する細胞および倍数性細胞の統計学的な有意差は認められなかった.24時間連続処理においても,構造異常を有する細胞および倍数性細胞の統計学的な有意差は認められなかった.

 以上の結果より,ジエチルビフェニルは,本試験条件下でCHL/IU細胞に染色体異常を誘発しない(陰性)と結論した.

 

方法

1. 細胞

 CHL/IU細胞はチャイニーズ・ハムスター,肺由来で,リサーチ・リソースバンク(JCRB)から入手(1988年2月,入手時:継代4代,現在23代)した.試験には,解凍後継代10代以内で試験に用いた.仔牛血清(CS,Cansera International)を10 vol%添加したイーグルMEM(日水製薬)培養液を用い,CO2インキュベーター(37℃,5 % CO2)内で培養した.

2. S9 mix

 S9(キッコーマン)は,フェノバルビタールと5,6-ベンゾフラボンを投与した雄Sprague-Dawley系ラットの肝臓から調製したものを購入し,S9 mixは使用時に調製した。各成分の最終濃度はS9 5 vol%,グルコース-6-リン酸(Sigma Chemical)0.83 mmol/L,b-ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(オリエンタル酵母工業)0.67 mmol/L,MgCl2 0.83 mmol/L,KCl 5.5 mmol/L,HEPES緩衝液(pH 7.2)0.67 mmol/Lとした.

3. 被験物質

 被験物質であるジエチルビフェニル 〔ロット番号: 7-YYY,新日鐵化学(東京)〕 は純度:97.74 %(GC,3,3'-ジエチルビフェニル46.16 %,3,4'-ジエチルビフェニル37.76 %),淡黄色透明液体であった.被験物質は使用時まで密閉容器に入れ,冷蔵(2〜8℃),遮光下で保管した.また,被験物質は実験期間中安定であったことが,被験物質提供者において確認された.

4. 被験物質の調製

 被験物質は用時調製して試験に用いた.溶媒はジメチルスルフォキシド(DMSO,和光純薬工業)を用いて原液を調製した(細胞増殖抑制試験では420 mg/mL,染色体異常試験では90 mg/mLおよび360 mg/mL).ついで原液を溶媒で順次希釈して所定の濃度の被験物質調製液を作製した.被験物質調製液は,すべての試験において培養液の0.5 vol%になるように加えた.なお,被験物質を溶媒に溶解させた際,発熱,発泡,変色などの変化はなかった.

5. 陽性対照物質

 陽性対照群については,S9 mix非存在下および存在下の短時間処理では,マイトマイシンC(MMC,協和醗酵工業)およびシクロホスファミド(CP,Sigma Chemical)溶液を日局注射用水(大塚製薬工場)で調製し,最終濃度がそれぞれ0.1 μg/mLおよび10 μg/mLとなるように添加した.24時間連続処理では,マイトマイシンCを最終濃度が0.05 μg/mLとなるように添加した.

6. 培養条件

 4×10^3個/mLのCHL/IU細胞懸濁液を,ガラスディッシュ(直径6 cm)あたり5 mL(2×10^4個)加え,CO2インキュベーター内で3日間培養した.その後,短時間処理では,血清入りの培地によりS9 mix非存在下および存在下で6時間処理し,リン酸緩衝塩類溶液で洗浄,新鮮な培養液でさらに18時間培養した.また,連続処理では,新鮮培地と交換後,被験物質を加え,24時間処理した.

7. 細胞増殖抑制試験

 染色体異常試験に用いる被験物質の処理濃度を決定するため,被験物質の細胞増殖におよぼす影響を調べた.

 いずれの処理条件においても,2.1 mg/mL(10 mmol/L)を最高処理濃度とし,0.016〜2.1 mg/mLの濃度範囲(公比2,8濃度)で処理を行い,各用量2枚のディッシュを用いた.なお,処理開始時において,すべての処理条件で,処理開始時に0.066 mg/mL以上の濃度で,処理終了時には0.13 mg/mL以上の濃度で肉眼による沈殿が認められた.

 培養終了後,ディッシュから細胞をはがし,コールターカウンター(Model D,Coulter Electronics)を用いて各群の細胞数を計測した。被験物質処理群の溶媒対照群に対する細胞増殖の比をもって被験物質のCHL/IU細胞に対する増殖抑制作用の指標とした.

 その結果, S9 mix非存在下および存在下で短時間処理した場合,50 %細胞増殖抑制濃度はそれぞれ0.030 mg/mLおよび0.21 mg/mLとなった.また,連続処理における50 %細胞増殖抑制濃度は0.029 mg/mLとなった(Fig. 1).

8. 実験群の設定

 細胞増殖抑制試験の結果より,S9 mix非存在下の短時間処理では,50 %増殖抑制濃度の約1.5倍の濃度を最高処理濃度とし,公比1.5で5段階の濃度群(S9 mix非存在下:0.0089,0.013,0.020,0.030,0.045 mg/mL)を設定した.

 S9 mix存在下の短時間処理の1回目では,50 %増殖抑制濃度の約2倍の濃度を最高処理濃度とし,公比2で5段階の濃度群(0.028,0.056,0.11,0.23,0.45 mg/mL)を設定した.2回目では,1.8 mg/mLを最高処理濃度とし,公比2で8段階の濃度群(0.014,0.028,0.056,0.11,0.23,0.45,0.90,1.8 mg/mL)を設定した.24時間連続処理では,50 %増殖抑制濃度の約1.5倍の濃度を最高処理濃度とし,公比1.5で5段階の濃度群(0.0089,0.013,0.020,0.030,0.045 mg/mL)を設定した.

 染色体異常試験においては,各用量2枚のディッシュを用い,染色体標本を作製し,それぞれの一部を用いてコールターカウンターにより細胞増殖率を測定した.陽性対照群については細胞増殖率測定は行わなかった.処理系列は陰性対照群,陽性対照群および被験物質処理群とした.

9. 染色体標本作製法

 培養終了の2時間前に,コルセミドを最終濃度が0.1 μg/mLになるように培養液に加えた.染色体標本の作製は常法に従って行った.スライド標本は各ディッシュにつき6枚作製した.作製した標本は3 vol%ギムザ溶液で染色した.

10. 染色体分析

 細胞増殖率と分裂指数を細胞毒性の指標として,20 %以上の相対増殖率で,かつ2ディッシュともに0.5 %以上の分裂指数を示した最も高い濃度を観察対象の最高濃度群とし,観察対象の3濃度群を決定した.その結果(Table 1,2),観察可能な最高濃度は,S9 mix非存在下および存在下の短時間処理では,それぞれ0.030 mg/mLおよび0.23 mg/mLであったことから,この濃度を高濃度群として3濃度群を観察対象とした.24時間連続処理では,0.030 mg/mLを高濃度群として3濃度群を観察対象とした.

 作製したスライド標本のうち,1つのディッシュから得られた異なるスライドを,4名の観察者がそれぞれ処理条件が分からないようにコード化した状態で分析した.染色体の分析は,日本環境変異原学会・哺乳動物試験分科会(MMS)1)による分類法に基づいて行い,染色体型あるいは染色分体型のギャップ,切断,交換などの構造異常の有無と倍数性細胞(染色体数が38本以上)の有無について観察した.また構造異常については1群200個,倍数性細胞については1群800個の分裂中期細胞を分析した.

11. 判定

 染色体異常(ギャップを除く)を有する細胞の出現頻度について,陰性対照群と被験物質処理群および陽性対照群間でフィッシャーの直接確率法 2)により,有意差検定を実施した(p<0.01,片側).また,フィッシャーの直接確率法により有意差が認められた群を有する処理条件については,用量依存性に関してコクラン・アーミテッジの傾向性検定 3) (p<0.01,片側)を行った.これらの検定結果を参考とし,生物学的な観点からの判断を加味して染色体異常誘発性の評価を行った.

結果および考察

 ジエチルビフェニルは,細胞増殖率の測定および分裂指数の分析を行った結果,染色体分析が可能な最高濃度(20 %以上の増殖率でかつ0.5 %以上の分裂指数を示した濃度)は,S9 mix 非存在下の短時間処理では0.030 mg/mLとなったことから,その濃度を含め以下3濃度群を観察対象とした(Table 1).一方,S9 mix 存在下の短時間処理では,処理開始時および処理終了時に肉眼観察により沈殿が観察された最低濃度の0.23 mg/mLで最も強い増殖抑制作用(増殖率:33 %)を示し,それ以上の濃度における増殖抑制作用は0.23 mg/mLよりも弱く,一回目の試験と同じ結果が得られた(Table 2).従って,染色体分析に際しては,最も強い増殖抑制作用を示した0.23 mg/mLを含め以下3濃度群を観察対象とした.

 染色体分析の結果,S9 mix非存在下および存在下で短時間処理した場合,いずれの濃度群においても染色体の構造異常を有する細胞および倍数性細胞の統計学的な有意差は認められなかった(Tables 1,2).

 短時間処理法による試験で陰性の結果が得られたことから,24時間連続処理法により,染色体分析を行った.その結果,いずれの処理群においても染色体の構造異常を有する細胞および倍数性細胞の統計学的に有意な増加は認められなかった(Table 3).

 陽性対照物質として用いたMMCは,S9 mix 非存在下で短時間処理および 24時間連続処理した場合において染色体の構造異常を誘発し(Tables 1,3),CPはS9 mix存在下で短時間処理した場合において染色体の構造異常を誘発した(Table 2).これらの陽性対照物質の結果より,本実験系の成立が確認された.

 なお,ジエチルビフェニルについては,当研究所で実施した細菌を用いる復帰変異試験で陰性の結果が得られた4).また,ジエチルビフェニルの基本骨格と考えられるBiphenylについてはマウス由来のS9を用いた場合には染色体異常を誘発することが報告されているが,復帰変異試験および発がん試験は陰性と報告されている5, 6).また,エチル基が一つの4-Ethylbiphenylについては染色体異常試験で陰性の結果が報告されている7).これらのことから,Biphenylを基本骨格とする化合物は代謝活性化能の違いによっては染色体異常誘発作用を示す可能性があるが,今回の試験条件下では染色体異常誘発作用を示さないと考えられる.

 以上の結果より,ジエチルビフェニルは,本試験条件下でCHL/IU細胞に染色体異常を誘発しないと結論した.

参考文献

1) 日本環境変異原学会・哺乳動物試験分科会(編):「化学物質による染色体異常アトラス」朝倉書店,東京(1988)pp.16-37.
2) 吉村功(編):「毒性・薬効データの統計解析,事例研究によるアプローチ」サイエンティスト社,東京(1987)pp.76-78.
3) 吉村功,大橋靖夫(編):「毒性試験講座14,毒性試験データの統計解析」地人書館,東京(1992)pp. 218-223.
4) 須井哉ら:ジエチルビフェニルの細菌を用いる復帰変異試験.化学物質毒性試験報告,13:346-350 (2006).
5) 祖父尼俊雄(監修):「染色体異常試験データ集改訂1998年版」エル・アイ・シー,東京(1999)p.77.
6) 労働安全衛生法有害性調査制度に基づく既存化学物質変異原性試験データ集,社団法人化学物質安全・情報センター,東京(1986)pp.229-230.
7) 太田絵律奈ら:4-エチルビフェニルのチャイニーズ・ハムスター培養細胞を用いる染色体異常試験.化学物質毒性試験報告,7:629-632(1999).

連絡先
試験責任者: 山影康次
試験担当者: 山影康次,田中憲穂,高橋俊孝,
中川ゆづき,橋本恵子,三枝克彦,
加藤初美
(財)食品薬品安全センター秦野研究所
〒257-8523 神奈川県秦野市落合729-5
Tel 0463-82-4751 Fax 0463-82-9627

Correspondence
Authors: Kohji Yamakage (Study director)
Kohji Yamakage, Noriho Tanaka,
Toshitaka Takahashi,
Yuzuki Nakagawa, Keiko Hashimoto,
Katsuhiko Saegusa, Hatsumi Kato
Hatano Research Institute, Food and Drug Safety Center
729-5 Ochiai, Hadano-shi, Kanagawa, 257-8523, Japan
Tel +81-463-82-4751 Fax +81-463-82-9627