リン酸トリス(p-クメニル) のラットを用いる単回経口投与毒性試験

Single Dose Oral Toxicity Test of Tris(p-cumenyl) phosphate in Rats

要約

 既存化学物質の毒性学的性質を評価するために,リン酸トリス(p-クメニル) を雌雄ラットに 1 回経口投与し,その毒性について検討した.投与量は 2000 mg/kgを高用量とし,以下 1000 および 500 mg/kgとした.対照として,媒体のコーンオイル投与群を設けた.

 投与後 14 日間の観察期間中に死亡発現はなかった.一般状態では,500 mg/kg以上の群の雄および 1000 mg/kg以上の群の雌で投与後 2〜6 時間に下痢がみられた.LD50 値は,雌雄ともに 2000 mg/kg以上であった.1000 および 2000 mg/kg群では雌雄とも投与後 1 日には対照群に比して有意な体重増加抑制が認められたが,剖検日には雌雄の各投与群とも対照群との間に有意差は認められなかった.剖検では,いずれの例とも著変は認められなかった.

 以上により,リン酸トリス(p-クメニル) の LD50 値は雌雄ラットともに 2000 mg/kg以上であり,1000 mg/kg以上の投与により投与後 1 日には体重増加抑制が認められるが,その後の回復は良好であることが知られた.

方法

1.被験物質,媒体および投与検体液

 被験物質のリン酸トリス(p-クメニル) は,分子式:C27H33O4P,分子量:452.57,融点:27〜28 ℃,沸点:255 ℃/1 mmHgで,水にきわめて溶けにくい黄色液体である[製造元:味の素(株),Lot No. 920909,純度 99.7 %].投与終了後に製造元に保管されていた被験物質を分析した結果,純度は規格値内であり,使用期間中の安定性が確認された.媒体として,コーンオイルを用いた.

 投与検体液は,被験物質をコーンオイルに用時溶解して調製した.投与日に調製した各投与検体液中の被験物質濃度を測定した結果,被験物質濃度は適正範囲内の値を示した.

2.使用動物および飼育条件

 Sprague-Dawley系の4週齢の雌雄ラット[(SPF),Crj:CD(SD)]を日本チャールス・リバー(株)から購入し,5 日間の検疫期間およびその後 3 日間の馴化期間を設け,一般状態および体重推移に異常の認められない雌雄各 20 匹の動物を群分けして試験に用いた.群分けは,コンピュータを用いて体重を層別に分けた後に,無作為抽出法により各群の平均体重および分散がほぼ等しくなるように投与日に行った.

 動物は,室温 20〜24 ℃,湿度 40〜70 %,明暗各 12 時間,換気回数 12 回/時に設定した飼育室で飼育した.検疫・馴化期間中および絶食期間中はステンレス製懸垂式ケージを用いて 1 ケージあたり 5 匹までの群飼育とし,群分け後はステンレス製五連ケージを用いて個別飼育した.

 飼料は固型飼料[CRF-1,オリエンタル酵母工業(株)]を給餌器に入れ,自由に摂取させた.ただし,投与前日の夕刻から投与までの約 19 時間と,投与後約 6 時間まで絶食させ,その後に飼料を与えた.飲料水は,水道水を給水瓶を用いて自由に摂取させた.ただし,群分け時から投与後約 6 時間までは絶水させ,その後に飲料水を与えた.飼料および飲料水の検査の結果,いずれも試験成績は当試験施設で定めた基準値の範囲内であった.

3.投与経路,投与方法,群構成および投与量

 リン酸トリス(p-クメニル) は,経口的に人に摂取される可能性が考えられたため,投与経路として胃ゾンデを用いた強制経口投与を選択した.投与液量は,投与直前に測定した体重を基準として 10 ml/kgで算出した.投与回数は 1 回とした.投与時の週齢は約 5 週齢,体重範囲は雄が 114〜121 g,雌が 98〜105 gであった.

 群構成は以下の如くとした.一群の動物数は,雌雄各 5 匹とした.

 投与量設定の理由:雄ラットを用いた予備試験の結果,OECD 毒性試験ガイドラインで限界用量とされている最高用量の 2000 mg/kgでも死亡発現はなく,一般状態では 20 mg/kg以上の群で下痢が認められた以外には,異常症状は観察されなかった.また,体重推移に異常はみられず,剖検でも著変はみられなかった.したがって,当試験では 2000 mg/kgを高用量とし,以下公比 2 で 1000 および 500 mg/kg群を設けた.対照として,被験物質と同一容量の媒体(コーンオイル)を投与する群を設けた.

4.観察および検査項目

 観察期間は,投与後 14 日間とした。

 一般状態および死亡の有無を,投与日は投与前および投与後 6 時間まで,投与翌日からの観察期間中は 1 日 1 回観察した.

 体重は,投与日(投与直前)および投与後 1,3,7,10 ならびに 14 日の午前中に測定した.

 各動物とも,観察期間終了時にエーテル麻酔下で腹大動脈から放血致死させた後に剖検した.

5.統計学的方法

 LD50値は,観察期間中の死亡率から概略値を推定した.

 体重は,各群で平均値および標準偏差を算出した.有意差検定は対照群と被験物質投与各群の間で多重比較検定を用いて行い,危険率 5 %未満を有意とした.すなわち,Bartlett 法による等分散性の検定を行い,等分散の場合には一元配置法による分散分析を行い,有意ならば対照群との群間比較を Dunnett 法により行った.一方,等分散と認められなかった場合は順位を利用した一元配置法による分析(Kruskal-Wallis の検定)を行い,有意ならば対照群との群間比較は順位を利用した Dunnett 法を用いて行った.

結果および考察

1.一般状態および死亡状況

 対照群では,雌雄とも一般状態の観察で異常症状はみられなかった.

 一方,被験物質投与群では 500 mg/kg以上の群の雄および 1000 mg/kg以上の群の雌で投与後 2〜6 時間には 1〜4 例で下痢がみられた.下痢の発現頻度には,必ずしも投与用量に関連した変動は認められなかった.なお,投与後 1 日以降には雌雄のいずれの投与群とも異常症状は観察されなかった.

 雌雄とも,高用量の 2000 mg/kg 群でも死亡発現はなかった.リン酸トリス(p-クメニル) の LD50値は,雌雄とも 2000 mg/kg以上であった.

2.体重推移

 投与後 1 日には,1000 mg/kg以上の群の雌雄で対照群に比して有意な増加抑制が認められた.個別的には,1000 および 2000 mg/kg群の雌で投与前の体重に比してわずかの減少を示す例もあった.500 mg/kg群では,雌雄とも対照群との間に有意差は認められなかった.

 投与後 3 日以降は,雌雄の各投与群とも対照群との間に有意差は認められなかった.

3.剖検所見

 雌雄各群とも,剖検で著変はみられなかった.

 以上のように,リン酸トリス(p-クメニル) は OECD 毒性試験ガイドラインで限界用量とされている 2000 mg/kgの投与によって雌雄ともに死亡発現はなく,LD50値は 2000 mg/ kg以上であった.投与当日には下痢がみられたが,翌日には消失していた.また,体重は1000 mg/kg以上で雌雄とも投与後 1 日には増加抑制が認められたが,剖検時には対照群とほぼ同程度であり,回復性は良好と考えられた.

連絡先
試験責任者:和田 浩
試験担当者:藤村高志,内藤一嘉,古橋忠和,山本明義
(株)日本バイオリサーチセンター羽島研究所
〒 501-62 岐阜県羽島市福寿町間島 6-104
Tel 058-392-6222Fax 058-392-1284

Correspondence
Authors:Hiroshi Wada (Study director)
Takashi Fujimura,
Kazuyoshi Naitou,
Tadakazu Furuhashi and Akiyoshi Yamamoto
Nihon Bioresearch Inc. Hashima Laboratory
6-104 Majima, Fukuju-cho, Hashima, Gifu, 501-62, Japan
Tel +81-58-392-6222Fax +81-58-392-1284