トリレンジイソシアナートのチャイニーズ・ハムスター培養細胞を用いる
染色体異常試験

In Vitro Chromosomal Aberration Test of Tolylene diisocyanate
on Cultured Chinese Hamster Cells

要約

トリレンジイソシアナートの培養細胞に及ぼす細胞遺伝学的影響を,チャイニーズ・ハムスター培養細胞(CHL/IU)を用いて染色体異常試験を実施した.

細胞増殖抑制試験の結果をもとに,短時間処理法のS9 mix存在下では5000 μg/mLを最高濃度として,公比2で4濃度,S9 mix非存在下では625 μg/mLを最高濃度として,公比2で4濃度を設定した.

短時間処理法のS9 mix非存在下の313,625 μg/mLで染色体の構造異常細胞の出現頻度はそれぞれ10.0,13.5 %であった.S9 mix存在下では染色体構造異常細胞の誘発は認められなかった.また,倍数性細胞の出現頻度は全ての処理条件で5 %未満であった.

以上の結果より,本試験条件下ではトリレンジイソシアナートは,染色体異常を誘発する(陽性)と結論した.

方法

1. 使用した細胞

大日本製薬(株)から入手(1996年11月,入手時:継代14代,凍結時:17代)したチャイニ−ズ・ハムスター肺由来のCHL/IU細胞を,解凍後継代5代以内で試験に用いた.

2. 培養液の調製

培養には,非働化した仔牛血清(GIBCO BRL,ロット番号:1009120)を10 vol%添加したイーグルMEM(日水製薬(株))培養液を用いた.

3. 培養条件

2 × 104個のCHL/IU細胞を,培養液5 mLを入れたディッシュ(径6 cm, Becton Dickinson and Company)に播き,37 ℃のCO2インキュベーター(5 % CO2)内で培養した.

細胞播種3日目にS9 mix存在下および非存在下で6時間処理し,処理終了後新鮮な培養液でさらに18時間培養した.

4. 被験物質

トリレンジイソシアナート(ロット番号:171,日本ポリウレタン工業(株)(東京)提供)は,純度99.8 %の無色または淡黄色液体である.被験物質は使用時まで室温に保存した.

被験物質原体は,水と反応してCO2を発生する.また紫外線で黄変する.

5. 被験物質懸濁液の調製

被験物質調製液は,用時調製した.溶媒はカルボキシメチルセルロースナトリウム(ナカライテスク(株),ロット番号:M5F8130)を1 %水溶液にして用いた.原体を溶媒に懸濁して原液を調製し,ついで原液を溶媒で順次希釈して所定の濃度の被験物質調製液を作製した.被験物質調製液は,すべての試験において培養液の10 vol%になるように加えた.

6. 細胞増殖抑制試験

染色体異常試験に用いる被験物質の処理濃度を決定するため,被験物質の細胞増殖に及ぼす影響を調べた.被験物質のCHL/IU細胞に対する増殖抑制作用は,血球計算盤を用いて各群の細胞を計数し,陰性対照群に対する割合をもって指標とした.

その結果,トリレンジイソシアナートの約50 %の増殖抑制を示す濃度を,細胞増殖率が50 %を示す濃度を挟む2点を結ぶ直線式より算出したところ,短時間処理法のS9 mix存在下および非存在下ではそれぞれ3037,414 μg/mLであった(Fig. 1).

7. 実験群の設定

細胞増殖抑制試験の結果より,短時間処理法S9 mix存在下では,被験物質の最高濃度を5000 μg/mLとし,公比2で4濃度を設定した.S9 mix非存在下では,被験物質の最高濃度を625 μg/mLとし,公比2で4濃度を設定した.

陽性対照として,短時間処理法のS9 mix存在下では,ベンゾ[a]ピレン(東京化成工業(株),ロット番号:GG01)の濃度を20 μg/mL,S9 mix非存在下では,マイトマイシンC(協和発酵工業(株),ロット番号:226AHE)の濃度を0.1 μg/mLに設定した.

8. 染色体標本作製法

培養終了の2時間前に,コルセミドを最終濃度が約0.1 μg/mLになるように培養液に加えた.染色体標本の作製は常法に従って行った.スライド標本は各ディッシュにつき2枚作製した.作製した標本を,3 %ギムザ溶液で20分間染色した.

9. 染色体分析

作製したスライド標本のうち,1枚のディッシュから得られたスライドを処理条件が分からないようにコード化した状態で分析した.染色体の分析は,日本環境変異原学会・哺乳動物試験分科会(MMS)1)による分類法に基づいて行い,染色体型あるいは染色分体型の切断,交換などの構造異常およびギャップの有無と倍数性細胞(polyploid)の有無について観察した.ギャップは構造異常には含めなかった.また,構造異常および倍数性細胞については1群200個の分裂中期細胞を分析した.

10. 記録と測定

溶媒および陽性対照群と被験物質処理群についての分析結果は,観察した細胞数,構造異常の種類と数,倍数性細胞の数について集計し,各群の値を記録用紙に記入した.被験物質の染色体異常誘発性についての判定は,石館ら2)の判定基準に従い,染色体異常を有する細胞の頻度が5 %未満を陰性,5 %以上10 %未満を疑陽性,10 %以上を陽性とした.

11. 細胞増殖の測定

染色体標本作製と同一のサンプルにおける細胞増殖を測定した.標本作製時に剥離した細胞の一部を採取し,血球計算盤で細胞を計数した.

結果および考察

短時間処理法による染色体分析の結果をTable 1に示した.トリレンジイソシアナートを加えてS9 mix存在下および非存在下で6時間処理した結果,S9 mix非存在下の313,625 μg/mLで染色体の構造異常細胞の出現頻度はそれぞれ10.0,13.5 %であった.

S9 mix存在下では染色体構造異常細胞の誘発は認められなかった.

また,倍数性細胞の出現頻度は全ての処理条件で5 %未満であった.

以上の結果から,トリレンジイソシアナートは本試験条件下において,染色体異常を誘発すると結論した.

なお,類似化合物である2,6-Toluenediamine dihydrochlorideは,短時間処理および連続処理で陽性の結果が報告されている.また,Toluene, 2,4-Dinitrotoluene, 2,4-Bis(ethylcarbamoyl)tolueneは,短時間処理および連続処理で陰性の結果が報告されている2)

文献

1)日本環境変異原学会・哺乳動物試験分科会編,“化学物質による染色体異常アトラス,”朝倉書店,東京,1988, pp.16-37.
2)祖父尼俊雄監修,“染色体異常試験データ集〈改訂1998年版〉,”エル・アイ・シー,東京,1999.

連絡先
試験責任者:中川宗洋
試験担当者:太田絵律奈,石毛裕子,成見香瑞範
(株)三菱化学安全科学研究所 鹿島研究所
〒314-0255 茨城県鹿島郡波崎町砂山14
Tel 0479-46-2871Fax 0479-46-2874

Correspondence
Authors:Munehiro Nakagawa(Study director)
Erina Ota, Yuko Ishige, Kazunori Narumi
Mitsubishi Chemical Safety Institute Ltd., Kashima Laboratory
14 Sunayama, Hasaki-machi, Kashima-gun, Ibaraki, 314-0255 Japan
Tel +81-479-46-2871Fax +81-479-46-2874