リン酸ジフェニルクレジルのラットを用いた
反復経口投与毒性・生殖発生毒性併合試験

Combined Repeat Dose and Reproductive/Developmental Toxicity Screening Test of Diphenyl cresyl phosphate by Oral Administration in Rats

要約

 リン酸ジフェニルクレジルのl2,60および300 mg/kgをSD系ラットの雌雄に交配前14日問および交配を経て雄は計45日間,雌は妊娠,分娩を経て哺育3日までの計41〜45日間経口投与し,反復投与毒性および生殖発生毒性について検討した.被験物質はリン酸ジフェニルクレジル41.9%を含むアリールフォスフェートの混合物である.ただし,トリ-o-クレジルフォスフェートは含まれていない.

1) 反復投与毒性

 300 mg/kg群において,雌雄で流挺,体重増加抑制,飲水量増加が,雄では摂餌量の増加も認められた.病理学的検査では,雌雄で副腎の腫大および皮質細胞の空胞化,肝臓の腫大,腎臓の近位尿細管の脂肪化が認められた他,雄では肝臓の脂肪化の減少,腎臓の近位尿細管の硝子滴の増加および好塩基性変化,腺胃粘膜のびらんおよび壊死,精細管の萎縮が,雌では肝臓のグリコーゲンの増加,胸腺の萎縮,卵巣の間質細胞の肥大および増生が認められた.また,雄の血液学的検査では貧血性変化および白血球数の増加が,血液生化学的検査では脳,血清および赤血球のコリンエステラーゼの低下,GPTおよびγ-GTPの上昇,GOTの低下,アルブミンの減少およびA/G比の低下,総コレステロールおよびカルシウムの増加,トリグリセライドの減少が,尿検査ではpHの低下,尿量の増加および尿比重の低下が認められた.

 60 mg/kg群においても,雌雄で副腎の病理組織学的変化が,雄では摂餌量増加,コリンエステラーゼおよび血清総コレステロールの変化,肝臓の腫大が,雌では体重増加抑制,肝臓,腎臓および胸腺の病理組織学的変化が認められた.

2) 生殖発生毒性

 300 mg/kg群で雄の精子形成障害に起因する受胎率および着床率の低下が認められ,出産率も低い傾向を示した.交尾率,妊娠期間,黄体数,分娩率,分娩および哺育行動には被験物質投与の影響は認められなかった.新生児の検査では,出産児数,生存児数,性比,出生率,新生児生存率,一般状態,体重,外表,内臓および骨格ともに被験物質投与に起因する変化は認められなかった.

以上の結果より,本試験条件下におけるリン酸ジフェニルクレジルの反復投与毒性に関する無影響量は雌雄ともl2 mg/kg,生殖発生毒性に関する無影響量は親動物に対して雄が60 mg/kg,雌が300 mg/kg,児動物に対しては300 mg/kgと考えられる.

方法

1.被験物質

 リン酸ジフェニルクレジル(大八化学工業(株),Lot No. K40702,純度:41.9%)は,分子量340.33,水に不溶,有機溶剤には可溶の無色透明の液体である.被験物質はリン酸ジフェニルクレジルの他,トリフェニルフォスフェートが26.2%,ジ-m-クレジルフェニルフォスフェートが10.9%,m-クレジル,p-クレジルフェニルフォスフェートが10.5%,ジ-p-クレジルフェニルフォスフェートが2.6%,トリクレジルフォスフェートが7.5%含まれるアリールフォスフェートの混合物である.ただし,トリ-o-クレジルフォスフェートは含まれていない.本ロットについては試験期間中安定であることが確認された.

2.試験動物およぴ飼育条件

 日本チャールス・リバー(株)より入手したSD系ラット(Crj:CD,SPF)を6日間検疫・馴化し,試験に使用した.投与開始前日に動物を体重別層化無作為抽出法により群分けした.1群の動物数は雌雄各10匹とした.投与開始時の週齢は雌雄とも8週齢,体重範囲は,雄が290〜316 g,雌が180〜225 gであった.

 検疫・馴化期間を含めた全飼育期間中,温度20〜25℃,湿度40〜70%R.H.,換気約12回/時,照明12時間(7:00〜l9:00)に自動調節された飼育室を使用した.動物は,実験動物用床敷(ベータチップ:日本チャールスリバー(株))を敷いたポリカーボネート製ケージに,1ケージ当り投与開始後は1匹,交配期問中は雌雄各1匹,哺育期間は1腹で収容し飼育した.

 動物には,オートクレーブ滅菌した実験動物用固型飼料(CRF-1:オリエンタル酵母工業(株)および5 mmのフィルター濾過後紫外線照射した水道水を,それぞれ自由摂取させた.

3.投与量およぴ投与方法

 8週齢のSD系ラットを用いて,0,500および1000 mg/kgの用量で予備試験を行った結果,1000 mg/kg群で自発運動量減少,歩行失調,流挺,呼吸緩徐などの症状および死亡が認められ,剖検では胃のびらん,腎臓の腫大および褐色化,副腎腫大,精巣萎縮が認められた.また,500 mg/kg群でも流挺,腎臓の褐色化,肝臓および副腎重量の増加が認められた.さらに,500 mg/kg群の雌雄を2週間投与の後同居させた結果,交尾後の雌には妊娠が認められなかった.この結呆から,親動物に毒性を示し,かつ妊娠を成立し得る用量は500 mg/kg以下と考えられた.従って,本試験では高用量を300 mg/kgとし,以下公比5で中用量を60 mg/kg,低用量を12 mg/kgとした.さらに,溶媒のみを投与する対照群を設けた.

 投与期間は,雌雄とも交配前14日間.交配期間中,および雄は計画殺前日までの計45日間,雌は交尾成立後分娩を経て哺育3日までの計41〜45日間とした.被験物質は,オリーブ油に溶解させ,胃ゾンデを用いて毎日1回,午前中に強制経口役与した.投与液量は5 ml/kgとし,至近測定日の体重を基に算出した.なお,投与液の調製に際し純度換算は行わなかった.

4.反復投与毒性に関する観察・検査

1) 一般状態

 全例について生死および外観・行動等を毎日観察した.死亡動物は発見後速やかに剖検した.

2) 体重

 雄については投与開始日(投与0日)および毎週1回測定した.雌については投与開始日および交尾成立までは毎週1回,交尾成立後は妊娠0,7,14,20日および哺育0,4日に測定した.

3) 摂餌量およぴ飲水量

 雄については役与開始日から交配期間中を除き毎週1回,雌については交配前は毎週1回,交尾成立後は妊娠0,7,14,20日および哺育0,4日に風袋込み重量を測定し,各期間の摂取量から1匹当りの1日の平均摂取量を算出した.

4) 血液学的検査

 雄の全生存動物について,解剖日の前日より約21時問絶食させ,エーテル吸入麻酔下で後大静脈より採血し,赤血球数(シースフローDCインピーダンス検出法),白血球数(RF/DCインピーダンス検出法),血小板数(シースフローDCインピーダンス検出法),ヘモグロビン濃度(SLSヘモグロビン法),ヘマトクリット値(赤血球パルス波高値検出法)を多項目自動血球分析装置(NE-4500:東亞医用電子(株)),白血球百分率(Wright染色塗抹標本)を血液細胞自動分析装置(MICROX HEG-70A:立石電機(株)),網状赤血球数(アルゴンレーザーを用いたフローサイトメトリー法)を自動網赤血球測定装置(R-2000:東亞医用電子(株))により測定した.また,検査結果から平均赤血球容積(MCV),平均赤血球血色素量(MCH),平均赤血球血色素濃度(MCHC)を算出した.凝固阻止剤として,EDTA-2Kを用いた.

5) 血液生化学的検査

 雄の全生存動物について,剖検時に採取した血液を室温で約30分間放置した後,3000 r.p.m.,10分間遠心分離し,得られた血清についてGOT(SSCC改良法),GPT(SSCC改良法),ALP(GSCC改良法),γ-GTP(SSCC改良法),尿素窒素(Urease-GLDH法),グルコース(GK-G6PDH法),総コレステロール(CES-CO-POD法),トリグリセライド(LPL-GK-G3PO-POD法),クレアチニン(Jaff法),総ビリルビン(Jendrassik改良法),総蛋白(Biuret法),アルブミン(BCG法),A/G比(総蛋白およびアルブミンより算出),カルシウム(O-CPC法),無機リン(UV法),ナトリウム,カリウム,クロライド(イオン選択電極法),コリンエステラーゼ(ヨウ化アセチルチオコリン-DTNB法)を自動分析装置(日立736-10形:(株)日立製作所)により測定した.

 この他に,血球および脳のコリンエステラーゼを測定した.血球については,血液の一部をヘパリン(リチウム塩)処理後,3000 r.p.m.,10分間遠心分離し,得られた血球成分を生理食塩水で洗浄し測定に供した.脳については,採血後に腹大動脈切断により放血致死させた後直ちに摘出し,正中線より切断分離した右脳を秤量後,所定量の0.1%トライトンXを加え,超高速ホモジナイザー(ポリトロン:KINEMATIKA社)にて均質化し,2000 r.p.m.,10分間遠心分離し,得られた上清部分を測定に供した.いずれもヨウ化アセチルチオコリン-DTNB法により,血球については分光光度計(目立3200形:(株)日立製作所),脳については自動分析装置(日立736-10形:(株)日立製作所)を用いて測定した.

6) 尿検査

 雄について,解剖日の3日前に生存動物の新鮮尿を採取し,pH,潜血,蛋白,糖,ケトン体,ビリルビン,ウロビリノーゲン(試験紙法,N-マルチィスティックスSC:マイルス・三共(株)〉を尿分析器(クリニテック10:マイルス・三共(株))により測定した.さらに,飲水量の変化から尿量の増加が推察されたため,21.5時間にわたり採取した尿について,尿量とともに,比重(屈折法)を尿比重計(ユリコン-S:(株)アタゴ),ナトリウム,カリウム(炎光光度法)を全自動炎光光皮計(FLAME-30C/AD-3型:(株)日本分光メディカル),クロライド(電量滴定法)をクロライドメーター(Model 925:コーニングメディカル(株)〉により測定した.

7) 病理学的検査

 全動物について,最終投与日の翌日に,雄はエ一テル吸入,雌はチオペンタールナトリウムの腹腔内投与による麻酔下で腹大動脈切断により放血致死させ剖検し,胸腺,肝臓,腎臓,副腎,精巣および精巣上体の重量を測定した.また,これらの器官に加え,脳,心臓,脾臓,胃,腸管(十二指腸,空腸,回腸,盲腸,結腸,直腸),脊髄,坐骨神経,非妊娠および非分娩雌の卵巣を採取し,l0%リン酸緩衝中性ホルマリン液(精巣および精巣上体はブアン液)にて固定後保存した.

 雌雄とも対照および300 mg/kg群の上記器官と非妊娠および非分娩雌の卵巣について,常法に従いヘマトキシリン・エオジン染色標本を作製し鏡検した.この結果,胃,肝臓,腎臓,副腎,精巣おょび胸腺で被験物質投与による変化が認められたため,12および60 mg/kg群のこれらの器官についても検査した.一部の動物の肝臓,腎臓および副腎については,オイルレッドO染色あるいはPAS染色を実施した.

5.生殖発生毒性に関する観察・検査

1) 生殖機能

 交配前14日間の役与終了後,各群内で雄1匹対雌1匹の交配対を設け,昼夜同居させ,毎日午前中に雌の膣垢を採取し,ギムザ染色して鏡検した.膣栓形成あるいは膣垢標本中に精子が認められた場合を交尾成立とし,その日を妊娠0日とした.交尾した対は雌雄を分離し,以後の検査に供した.なお,12 mg/kg群の雄1例については,同居予定の雌が死亡したため交配に供せず投与を続け,他の雄と同様に検査した.また,交配結果ならびに雌の妊娠状況から交尾所要目数(交配後,交尾成立までに要した日数),交尾が成立するまでに逸した発情期の回数,交尾[(交尾動物数/同居動物数)×100],受胎率[(受胎動物数/交尾動物数)×100]を算出した.

2) 分娩・保育状態

 交尾が確認された雌については全例を自然分娩させた.午前9時の時点で分娩が終了している動物を分娩したとみなし,その日を哺育0日とした.分娩状態を観察した後,新生児を生後4日まで哺育させ,一般状態,授乳,営巣,食殺の有無等の哺育状態を毎日観察した.

 哺育4日の解剖時に卵巣,子宮を摘出して黄体数および着床数を検査した.交尾確認後25日を経ても分娩しなかった雌は剖検し,着床の有無を確認するとともに,卵巣,子宮および膣を保存した.これらの検査結果から妊娠期問(妊娠0日から出産が確認された日までの期間),出産率[(生存児出産雌数/受胎雌数)×100],着床率[(着床数/黄体数)×100],分娩率[(総出産児数/着床数)×100]を算出した.

3)新生児の観察・検査

(1) 新生児の検査

 哺育0日に生存児数,死亡児数,性別および外表異常の有無を検査した後,一般状態,死亡の有無を毎日観察した.死亡動物は食殺等で検査に耐えないものを除き,ホルマリン・酢酸混合液により浸漬・固定し,実体顕微鏡下で内臓異常の有無を中心に剖検した.哺育0および4日の生存児数から,出生率[(出産確認時生存児数/総出産児数)×100],新生児生存率[(哺育4日生存児数/出産確認時生存児数)×100]を算出した.

(2) 体重

 哺育0日および4日に1腹毎に雌雄単位でまとめて測定し,それぞれの平均値を算出した.また,哺育0日の体重を基に4日までの体重増加量を算出した.

(3) 形態学的検査

 全ての生存児について哺育4日に口腔を含む外表異常の有無を検査した.その後各腹毎に,雌雄それぞれ約半数の生存児について,アリザリンレッドS骨格染色標本1)を作製し,対照,60および300 mg/kg群について骨格異常の有無を検査した.残りの生存児については,ホルマリン・酢酸混合液で固定後内臓標本とし,対照,60および300 mg/kg群について頭部をWilson氏法2),胸部および腹部を顕微解剖法3)により内臓異常の有無を検査した.

6.統計学的解析

 計量データについては,Bartlett法による等分散の検定を行い,分散が一様の場合は一元配置分散分析を行った後,Dunnett法またはScheff法により平均値を比較した.分散が一様でない場合にはKruskal-Wallisの検定を行い,Dunnett型またはScheff型の順位和検定を行った.ただし,下記の*印の項目については,はじめにKruskal-Wallisの検定を行い,有意差が認められた場合に順位和検定を行った.計数データについてはFisherの直接確率法により検定した.ただし,尿の定性検査データについては,Armitageのx2検定を用いた.

 有意水準は5%以下とした.新生児に関するデータについては,各母動物毎に算出した平均値を統計単位とした.以下に検定の対象となる項目を示す.

(1) 多重比較検定

 体重,体重増加量,摂餌量,飲水量,血液学的検査,血液生化学的検査,尿検査(定量検査),器官重量,交尾所要日数*,交尾成立までに逸した発情期の回数*,妊娠期間*,黄体数,着床数,着床率*,分娩率*,新生児数,出生率*,新生児生存率*,新生児体重,生存児の骨格および内臓異常の発現率*

(2) Fisherの直接確率法

 交尾率,受胎率,出産率,性比(雄/雌)

(3) Armitageのx2枝定

 尿検査(定性検査)

結果

1.反複投与毒性

1) 死亡動物

 被験物質投与に起因した死亡は認められなかった.12 mg/kg群の雌1例が投与4日の投与直後に死亡したが,剖検の結果,食道に胃ゾンデによると思われる穿孔が認められたため,役与過誤による死亡と判断した.

2) 一般状態

 300 mg/kg群において,軽度の流涎が雌雄とも投与2日以降ほぼ全例に継続して観察され,一部には投与直前から流挺し始める動物も認められた.60 mg/kg群においても流挺が散見されたが,ほとんどが投与期間中を通して数回と極低頻度の発現であった.

3) 体重(Fig. 1,2)

 300 mg/kg群において,雌雄とも軽度の体重増加抑制が認められた.60 mg/kg群においても,雌は投与期間を通して対照群に比べて低値で推移し,妊娠14日の体重増加量に有意差が認められた.

4) 摂餌量(Fig. 3,4)

 300 mg/kg群の雄で摂餌量の増加が投与28日まで認められた.また,60 mg/kg群の雄においても投与7日に増加が認められた.

5) 飲水量(Fig. 5,6)

 300 mg/kg群において,飲水量の増加が雄は全観察期間,雌は妊娠20日まで認められた.

6) 血液学的検査(Table 1)

 300 mg/kg群でヘマトクリット値,ヘモグロピン濃度,平均赤血球容積,平均赤血球,ヘモグロビン量の減少,網状赤血球数の増加が認められた.また,白血球数およびリンパ球数の増加が認められた.

なお,白血球百分率で被験物質投与群の単球に低値がみられたが,生理的変動範囲内の値であり,かつ実数では有意差がなかったことから,対照群の値がやや高かったことによる偶発的な有意差と考えられる.

7) 血液生化学的検査(Table 2)

 60 mg/kg以上の群において脳,血清および赤血球のコリンエステラーゼの低下,総コレステロールの増加が,さらに300 mg/kg群ではGPT,γ-GTP,カルシウムの増加,およびGOT,トリグリセライド,アルブミン,A/G比の低下が認められた.

 なお,300 mg/kg群のナトリウムが低値を示したが.生理的変動範囲内の値であったことから偶発的な変化と判断した.

8) 尿検査(Table 3)

 300 mg/kg群で尿pHの低下,尿量の増加および尿比重の低下が認められた.

9) 器官重量(Table 4)

 300 mg/kg群の雄において,肝臓および副腎の実重量,対体重比で増加,腎臓の対体重比で増加,精巣上体の実重量で減少が認められた.雌では副腎の実重量および対体重比で増加,胸腺の実重量で減少,肝臓の対体重比で増加が認められた.60 mg/kg群では,雄の肝臓および副腎の対体重比で増加,雌では副腎の実重量および対体重比で増加が認められた.

10)病理解剖検査(Table 5)

 被験物質投与に起因する変化が副腎,肝臓,胃,精巣および胸腺で認められた.すなわち,副腎では,腫大が60 mg/kg群の雄1例および雌7例,300 mg/kg群の雌雄全例に認められた.腫大はいずれも両側性にみられ,皮質の部分が肥厚し白色を足していた.肝臓では腫大が60および300 mg/kg群の雄でそれぞれ1例および5例に,肝臓の暗褐色化が300 mg/kg群の雄7例に認められた.胃では胃粘膜のびらんが300 mg/kg群の雄7例に認められた.この変化は腺胃粘膜に散発性に認められ,出血を伴う例もあった.また,両側性の精巣萎縮が300 mg/kg群の雄1例,胸腺の萎縮が300 mg/kg群の雌1例に認められた.

11)病理組織学的検査(Table 6)

 被験物質投与に起因する変北が副腎,肝臓,腎臓,胃,精巣,卵巣および胸腺に認められた.

 副腎では,皮質細胞の空胞化が60 mg/kg群の雄9例および雌の全例,300 mg/kg群の雌雄全例に認められた.60 mg/kg群では主として束状帯細胞の顕著な空胞化が,300 mg/kg群では皮質全層の細胞の空胞化が観察された.個々の細胞は腫大しており,その胞体内には微細あるいは粗大な空胞を充満し,核は辺縁部へ押しやられていた.この空胞はオイルレッドO染色により脂肪であるとが確認された.

 肝臓では,肝細胞の脂肪化の減少とグリコーゲンの増加が認められた.肝細胞の脂肪化は対照,12および60 mg/kg群の雄でそれぞれ7,6および5例に認められたが,300 mg/kg群では認められなかった.対照群では小葉中間帯から辺縁部にかけて,微細な脂肪滴を充満している肝細胞あるいは粗大な脂肪滴を有する肝細胞を多数認めたが,300 mg/kg群においては脂肪滴を充満している肝細胞は認められなかった.肝細胞のグリコーゲン増加による明細胞化は60および300 mg/kg群の雌で各2例に認められた.これらの肝臓では小葉中間帯から辺縁部の肝細胞が腫大しており,透明に抜けた細胞質の中心部に核が位置していた.HE染色標本で透明に抜けた細胞質は,PAS染色によりグリコーゲンであることが確認された.

 腎臓では,近位尿細管の脂肪化が300 mg/kg群の雄では全例に認められ,雌では対照,12,60および300 mg/kg群の2,1,6および9例と,60 mg/kg以上の役与群において発現数が増加していた.この変化は近位尿細管上皮基底膜側における微細な空胞として認められるものであり,ネフロン単位に出現していた.オイルレッドO染色を実施したところ,微細空胞は脂肪であることが確認された.また,尿細管上皮における硝子滴の出現が対照,12,60および300 mg/kg群の雄の4,2,4および7例に認められ,300 mg/kg群において発現数がやや増加していた.さらに,尿細管上皮の好塩基性変化が300 mg/kg群の雄3例に認められた.

 胃では,腺胃粘膜における限局性の壊死が300 mg/kg群の雄6例に認められた.被蓋上皮およびその直下の粘膜固有層が壊死に陥っており,出血を伴う例もあった.

 精巣では,精細管の萎縮が雄の対照群の1例および300 mg/kg群の9例に認められた.精上皮細胞の空胞化や精子細胞数の減少からなる萎縮初期の精細管や,ほとんどの精上皮細胞が変性・消失した萎縮後期の精細管等が両側精巣にび漫性にみられた.

 卵巣では,組織学的検査を実施した非妊娠および非分娩雌,すなわち300 mg/kg群の6例全例に間質細胞の肥大および増生が認められた.肥大した間質細胞は微細空胞状を呈し,卵胞間で増殖していた.

 胸腺では,萎縮が雌の60 mg/kg群の2例および300 mg/kg群3例に認められた.萎縮した胸腺の皮質では胸腺細胞が減少・消失しており,皮髄境界が不明瞭になっていた.

2.生殖発生毒性

1) 生殖機能(Table 7)

 各群いずれの動物も初回の発情期に交尾し,交尾率,交尾所要日数ともに被験物質投与の影響は認められなかった.受胎率において,対照,12および60 mg/kg群では交尾確認雌のすべてに妊娠が認められたのに対して,300 mg/kg群の交尾確認雌10例中4例には妊娠が認められなかった.有意差は認められなかったが受胎率は低く,被験物質投与の影響と考えられた.

2) 分娩・哺育状態(Table 8)

 300 mg/kg群において着床率の低下が認められた.また,出産率に有意差はなかったが,妊娠動物6例中2例には分娩が認められず,剖検の結果,いずれも子宮内に着床痕が1個認められたのみであった.妊娠期間,黄体数および分娩率には対照群と被験物質投与群との間に有意な差はなかった.300 mg/kg群の分娩率が低値を示したが,分娩が認められずに着床痕が1個のみであった動物の値が反映した見掛け上の変化であり,その他の動物の分娩率には異常がなかった.また,60 mg/kg群の着床率がやや低い値を示したが,着床数には有意な差はなく,同群の黄体数がやや多かったことが反映した結果と考えられる.

 各群とも分娩した動物の哺育行動には異常は認められなかった.

3) 新生児に及ぼす影響

(1) 生存率(Table 8)

 300 mg/kg群において.有意差は認められなかったが出産生存児数および出生率がやや低い値を示した.4腹中2腹の死産児数がやや多かったことが反映したものであったが,他の2腹では死産児は認められず,被験物質投与に起因したものかは明らかでなかった.出産児数,性比および新生児生存率に対照群との間に有意な差は認められなかった.

(2) 新生児の観察

 いずれの群においても外表異常を示す新生児は認められず,生後の一般状態にも被験物質投与に起因する果常は認められなかった.

(3) 体重(Table 8)

 雌雄とも哺育0日および4日の体重,ならびにその問の体重増加量に対照群と被験物質投与群との間に有意な差は認められなかった.

4)形態学的検査(Table 9)

(1) 骨格検査

 対照,60および300 mg/kg群ともに骨格奇形は認められなかった.骨格変異として過剰舌下神経孔,頸椎椎体横突孔閉鎖,第一頸推腹結節骨化核分離,過剰胸骨分節,14本肋骨(痕跡肋骨),第13肋骨短小および腰椎の仙椎化が観察されたが,いずれの発現率にも対照群との間に有意な差は認められなかった.

(2) 内臓検査

 対照,60および300 mg/kg群で胸腺頸部残留,心臓変形,卵円孔開存,動脈管開存,過剰冠状動脈口および腎孟拡張が認められたが,いずれの発現率にも対照群との間に有意な差は認められなかった.

(3)死亡動物の内臓検査

 検査可能であった動物は,対照群より順次,9,0,1および13例であった.

 分娩日死亡動物では卵円孔開存が対照,60,300 mg/kg群のそれぞれ1,1および7例,動脈管開存が対照,60,300 mg/kg群のそれぞれ1,1および9例に認められた.これらは,出産前後に死亡したため卵円孔あるいは動脈管が完全に閉鎖しなかったものと考えられる.哺育1日以降の死亡動物では対照群の6例に動脈管開存が認められた.

考察

1) 反複投与毒性

 反復投与による影響として,300 mg/kg群において流挺,体重増加抑制,摂餌量および飲水量の増加がみられ,副腎,肝臓,腎臓,胃,精巣,卵巣および胸腺に病理組織学的変化が認められた.また,雄の血液学的検査,血液生化学的検査および尿検査でも被験物質投与による変化が認められた.60 mg/kg群においても,体重,摂餌量,血液生化学的検査および病理学的検査で被験物質投与の影響が認められた.

 投与後に観察された軽度の流挺については,トリクレジルフォスフェート(TCP)でも認められているが4),一部では投与直前から流挺し始める動物も観察されていること,および病理学的検査から胃粘膜のびらん・壊死など被験物質の刺激性を示唆する変化が認められていることから,局所刺激性に起因したものである可能性が考えられる.

 雄の血液学的検査で認められたヘマトクリット値,ヘモグロピン濃度の減少と網状赤血球数の増加などの貧血性変化および白血球数の増加については,TCPや他の有機リン化合物でも起こることが報告されている4-6).発現機序は明らかでないが,被験物質もこれらの有機リン化合物同様,血液性状に影響を及ぼすものと考えられる.

 雄の血液生化学的検査では,種々の変化が60 mg/kg以上の群で認められた.すなわち,脳,血清,赤血球のコリンエステラーゼの低下は,有機リン化合物の主な作用であるコリンエステラーゼ活性阻害によるものと解釈される.アルブミンの減少およびA/G比の低下は,TCPでも同様に観察されている4).血清GPTおよびγ-GTPの上昇は,リン酸ジフェニルクレジルが肝臓の薬物代謝酵素誘導を起こすこと7),また,ある種の有機りン化合物は肝細胞の膜透過性の変化を起こすこと8,9)が示唆されていることから,被験物質の肝臓への影響を示す変化であると考えられる.トリグリセライドの減少および総コレステロールの増加も,他の有機リン化合物と類似した変化5,6,10,11)であり,被験物質もそれらと同様,脂肪酸のb酸化の活性化10),リポプロテインリパーゼ活性阻害12)あるいはレシチンコレステロールアシルトランスフェラーゼ活性阻害13)などにより脂質代謝へ影響を及ぼしている可能性が考えられる.

 病理組織学的検査で認められた副腎皮質細胞の空胞化および卵巣間質細胞の肥大と増生は,TCPあるいは他の有機リン化合物によっても起こることが報告されており4,15,19),いずれもステロイドホルモン合成酵素の抑制14,18)やコレステロール代謝の阻害16,17)により生じる変化であり,被験物質投与による脂質代謝への影響と関連する変化と考えられる.また,肝臓で認められた脂肪化の減少も,血中トリグリセライドの減少と関連した変化であり,被験物質の脂質代謝への影響が反映したものと考えられる.一方,雌でみられたグリコーゲンの増加については,他の有機リン化合物と同様な肝グリコーゲンの合成九進10)によるものである可能性が考えられる.

 精細管の萎縮については,同様の変化がTOCPにより引き起こされることが知られており20),また精巣上体管腔内の精子数に減少がみられていることから,この精巣の変化が受胎率低下の一因と考えられる.

 腎臓で認められた尿細管上皮の脂肪滴の沈着は,腎臓に流れ込む脂質の量が多い時に発現する非特異的な変化であり21),尿細管上皮の硝子滴の出現は蛋白質の再吸収像である22).これらの変化は,対照群でも観察されているように,自然発生的にも発現するものであり,被験物質役与の影響により増強されたものと考えられる.

 その他,胸腺の萎縮はストレス状態の動物でしばしば認められる変化であり23),雌では被験物質投与による影響に加えて,妊娠・分娩を経過することにより過剰なストレス状態にあったものと考えられる.また.尿量の増加および尿比重の低下は,電解質排泄量およびNa/K比に有意な変化がなかったこと,および腎臓には重篤な変化が認められなかったことから,飲水量の増加に伴った変化と考えられる.

2) 生殖発生毒性

 交尾率,妊娠期間,出産率,黄体数,分娩および哺育行動には被験物質投与の影響は認められなかったが,300 mg/kg群で受胎率および着床卒の低下が認められた.また,妊娠動物6例中2例には分娩が認められず,出産率がやや低い値を示した.これらの非分娩動物の子宮には着床痕が1個認められたのみであった.

 この受胎率および着床率の低下が雌雄いずれの要因によるものかは明らかでなかったことから,本試験とは別に補足試験を設け,被験物質を投与した動物と無処置動物を交配することにより,雌雄それぞれについて被験物質の影響を検討するとともに,雄については精子数,精子運動能および精子形態を検査した.その結果,被験物質を役与した雄では,交尾率への影響はなかったが,受胎率および着床率の低下が認められた.また,精巣上体尾部の精子数は顕著な減少を示すとともに,ほとんどの精子は頭部と尾部が分離し,生存する精子は認められなかった.一方,被験物質を投与した雌では交尾率,受胎率および着床率ともに影響は認められなかった.したがって,受胎率および着床率の低下は雄の精子形成障害に起因したものと考えられた.

 本試験と同様な変化はTOCPでも認められており,精巣上体の精子密度の減少,精子頭部と尾部の分離,精子運動能低下を起こすといわれている20,24,25).一部の有機リン系殺虫剤およびアルキルフォスフェートも精巣毒性を示し,それらが精巣のライディッヒ細胞あるいはテストステロンにも影響を及ぼすのに対し,TOCPによる精巣障害は,LH,FSHあるいはテストステロンなどのホルモンに依存するものではないこと,および初期の標的はセルトリ細胞であることが示唆されている24,25).テストステロンはLHの支配下でライディッヒ細胞から分泌されるもので雄の交尾行動発現に重要なホルモンである.本試験においても受胎率の低下は認められたが,交尾率には影響がみられず,ライディッヒ細胞にも病理組織学的変化は認められなかった.これらのことから,被験物質もTOCPと類似の機序で精巣および精子形成に影響を及ぽしている可能性が考えられる.

出生児においては,300 mg/kg群の出生率がやや低い値を示したが,分娩動物数が4例と少なく,被験物質投与の影響であるか否かは明らかでなかった.出産児数,性比および新生児生存率には被験物質投与の影響は認められなかった.また,出生児の体重,外表,内臓および骨格検査でも被験物質投与に起因する変化は認められなかった.

 以上のように,本試験では雌雄とも60 mg/kg以上の群で親動物に被験物質投与に起因した毒性変化が認められ,300 mg/kg群では雄の精子形成障害に起因する受胎率および着床率の低下が認められた.従って,本試験条件下における反復投与毒性に関する無影響量は雌雄とも12 mg/kg,生殖・発生毒性に関する無影響量は親動物に対して雄が60 mg/kg,雌が300 mg/kg,児動物に対しては300 mg/kgと考えられる.

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連絡先
試験責任者:松浦郁夫
試験担当者:岩井真弓,星野信人,土谷稔,涌生ゆみ,豊田直人
(株)三菱化学安全科学研究所 鹿島研究所
〒314-02 茨城県鹿島郡波崎町砂山14
Tel 0479-46-2871Fax 0479-46-2874

Correspondence
Authors:Ikuo Matsuura(Study director)
Mayumi Iwai,
Nobuhito Hoshino,
Minoru Tsuchitani,
Yumi Wako,
Naoto Toyota
Mitsubishi Chemical Safety Institute Ltd., Kashima Laboratory
14 Sunayama, Hasaki-machi, Kashima-gun, Ibaraki, 314-02, Japan
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