3-メチル-4-ニトロフェノールのラットを用いる経口投与簡易生殖毒性試験

Preliminary Reproduction Toxicity Screening Test of
3-Methyl-4-nitrophenol by Oral Administration in Rats

要約

3-メチル-4-ニトロフェノール(CAS No.2581-34-2)の 30,100および300mg/kg/dayを雄ラットの交配前および交配期間を含む46日間,雌ラットの交配前,交配および妊娠期間,哺育3日までの期間に経口反復投与し,雌雄動物への反復投与による影響,雌雄動物の生殖および次世代の発生に及ぼす影響についてスクリーニング試験を実施して,以下の知見を得た.

反復投与毒性では,死亡が300mg/kg群の雄1例で投与1日に認められた.本例では,死亡前に自発運動の減少,腹臥および呼吸緩徐が認められ,病理組織学的検査では腎臓,心臓および肺に血栓形成が認められた.同様の症状は300mg/kg群の雌2例で妊娠20あるいは21日に認められた.また,死亡例を除いた被験物質投与群の雌雄全例で,投与期間中に被験物質の色調に起因した黄色尿が認められた.体重推移,摂餌量および剖検では,被験物質投与による影響は認められなかった.以上のことから,3-メチル-4-ニトロフェノールの反復投与による無影響量(NOEL)は雌雄ともに100mg/kg/dayであることが示唆された.

生殖発生毒性では,生殖能検査,生殖器の重量および病理組織学的検査,分娩および母性行動観察,新生児の生存性,一般状態観察,体重推移および剖検では,被験物質投与による影響は認められなかった.以上のことから,3-メチル-4-ニトロフェノールの雌雄動物の生殖および次世代の発生に対する無影響量は300mg/kg/dayであることが示唆された.

方法

1.動物および飼育条件

生後8週齢のCrj:CD(SD)系SPFラットを日本チャールス・リバーより受け入れ,18日間馴化飼育した後,順調な発育を示し,かつ雌では性周期に異常のみられない動物を試験に用いた.

動物は温度23±3℃,湿度55±10%,換気回数10〜15回/時間,照明時間午前8時〜午後8時に設定された飼育室で,ブラケット式金属製金網床ケージに収容して飼育した.雌については妊娠17日より,実験動物用床敷(ホワイトフレーク,日本チャ−ルス・リバー)を敷いたステンレス製受皿を使用した.飼料は固型飼料(CRF-1,オリエンタル酵母工業),飲料水は水道水をそれぞれ自由摂取させた.飼料および床敷の混入物質,飲料水の水質について検査を実施し,異常のみられないことを確認した。

2.被験物質

3-メチル-4-ニトロフェノール(Lot No.:09307PW,純度:98.5%,製造者:住友化学工業)は,有機リン殺虫剤スミチオンの生体内代謝物であり,特有の臭気を有する水に溶けにくい淡黄褐色の結晶である.被験物質は密閉容器に入れ,直射日光を避け,冷所(2〜8℃)で乾燥した通気性の良い場所で保管した.投与液は,被験物質濃度が0.3,1および3w/v%となるように10%アラビアゴム溶液(日本薬局方アラビアゴム末,山田製薬;局方精製水,ヤクハン製薬)で懸濁して用時調製した.

3.試験群の設定

本被験物質のラットにおける急性経口毒性試験1)において,LD50値が雄で2300mg/kg,雌で1200mg/kgであり,1000mg/kg群では雄の1/5例,雌の2/5例に死亡が認められていること,および500mg/kg群で雌に自発運動の減少が認められていることを参考にし,また,本試験が約1カ月間の反復投与であることを考慮して,本試験では高用量を雌のLD50値の1/4である300mg/kg/dayとし,以下,公比約3で100および30mg/kg/day,さらに10%アラビアゴム溶液投与の対照群を設け,計4群とした.1群の動物数は雌雄各12匹とし,投与開始前日に各群の体重が均一になるように体重別層化無作為抽出法により群分けした.

4.投与方法

投与経路は経口とし,投与は胃ゾンデを用いて強制的に胃内に行った.投与容量は体重1kg当り10mlとして,投与日に最も近い日に測定した体重に基づいて算出した.投与期間は,雄については交配前14日間および交尾成立までの交配期間,さらに交尾成立例は投与開始後46日までの期間,雌については交配前14日間および交尾成立までの交配期間,さらに交尾成立例は妊娠期間および哺育3日までの期間とした.投与は10週齢から開始し,平均体重(体重範囲)は雄で374.4g(331〜407g),雌で226.3g(209〜251g)であった.

5.観察,測定および検査項目

(1)一般状態観察,体重および摂餌量測定

一般状態は,1日1回以上の頻度で観察した.体重は,投与1日(投与前),投与2,5,7,10および14日,その後は雄は7日毎(投与終了日を含む)および剖検日,雌は妊娠0,1,3,5,7,10,14,17および20日,哺育0,1および4日に測定し,体重増加量および増加率を算出した.摂餌量は,雄は交配期間および剖検日を除いて,雌は妊娠0日および哺育0日を除いて体重測定と同じ日に測定した.

(2)剖検および器官重量測定

死亡例は発見後直ちに剖検した.交尾成立例については雄は投与46日の翌日,雌は哺育4日に,交尾不成立例は交配期間終了の翌日に,妊娠26日まで分娩の認められない例(不妊例)は妊娠27日に,エーテル麻酔下で放血致死させた後,剖検した.器官重量は精巣,精巣上体および卵巣について測定し,器官体重重量比を算出した.

(3)病理組織学的検査

全例の精巣および精巣上体,卵巣,300mg/kg群の死亡例の肝臓,腎臓,脾臓,心臓,肺,脳,胸腺,副腎,胃,十二指腸,空腸,回腸,盲腸,結腸および直腸,並びに30および100mg/kg群の異常所見部位(腎臓および乳腺)について,10%中性緩衝ホルマリン液あるいはブアン液(精巣,精巣上体)で固定し,パラフィン包埋後薄切し,ヘマトキシリン・エオジン染色あるいは死亡例の肝臓,腎臓,脾臓,心臓,肺ついて,PTAH染色標本を作製し,検査した.

(4)生殖能検査

雌について,投与前10日から交尾成立までの連日,ギムザ染色による腟垢塗抹標本を作製し,性周期の異常の有無を検査した.

投与14日の雌雄について,同試験群で夕方より1対1で最長14日間同居させた.交尾成立は雌の腟垢中に精子が確認された場合とし,妊娠の成立は雌の子宮に着床痕が確認された場合とした.また,交尾率および受胎率を算出した.

(5)分娩および母性行動観察

交尾した雌全例について,分娩状態,母性行動,総出産児数,生存児数および死亡児数,出産児の性別および外表を観察した.また,着床率,出産率,分娩率,出生率,哺育4日時哺育率,性比および妊娠期間を算出した.なお,哺育日数は分娩終了を確認した日を哺育0日として起算した.

(6)新生児の生存性,一般状態観察および体重測定

新生児は1日1回,生死を確認し,一般状態および外表を観察した.また,新生児生存率を算出した.体重は哺育0,1および4日に測定し,体重増加量および増加率を算出した.死亡例は発見後直ちに,その他の例は哺育4日に二酸化炭素吸入法により安楽致死させた後,剖検した.

6.統計処理

交尾率,受胎率,出産率および哺育率はFisherの正確確率検定法により対照群と被験物質投与群との比較を行った.その他の項目はBartlettの検定法によって分散を検定した.その結果,等分散(P>0.05)を示した項目は一元配置分散分析法によって解析し,有意な場合(P<0.10)には,Dunnettの検定法(各試料の大きさが違う場合は有効反復数を用いた)により対照群と被験物質投与群との比較を行った.不等分散(P<0.05)を示した項目はKruskal-Wallis法により解析し,有意な場合(P<0.10)には,Mann-WhitneyのU-検定法により対照群と被験物質投与群との比較を行った.なお,分娩および母性行動観察結果,新生児の生存性および体重については1腹を単位として検定を行い,対照群との検定は危険率5%以下を統計学的に有意とした.

結果

1.反復投与毒性

(1)死亡例

300mg/kg群の雄1例で死亡が投与1日の投与後約30分に認められた.本例では,死亡前に自発運動の減少,腹臥および呼吸緩徐が認められ,病理組織学的検査では腎臓,心臓および肺に血栓形成が認められた.

(2)一般状態

生存例では,300mg/kg群の雌2例で,自発運動の減少あるいは腹臥,呼吸緩徐が妊娠20あるいは21日の投与後約30分より認められ,そのうち1例では呼吸緩徐および自発運動の減少が投与後約1時間45分まで継続して認められた.また,被験物質投与群の雌雄全例で黄色尿が投与のほぼ全期間に認められ,300mg/kg群の一部の例では陰のう部あるいは外尿道口周囲の被毛汚染が認められた.その他,雌では30mg/kg群の1例で右頚部の皮下腫瘤,100mg/kg群の1例(分娩異常例)で手足および耳介の蒼白などが妊娠末期および哺育期間中に認められた.

(3)体重(Table1,2),摂餌量および器官重量

雌雄ともに,被験物質投与と関連した変化は認められなかった.

(4)剖検および病理組織学的検査

雌雄ともに被験物質投与と関連した所見は認められず,交尾不成立例および不妊例においてその原因を示唆する所見は認められなかった.なお,前述した右頚部皮下腫瘤の病理組織学的検査では乳腺に乳頭腺管癌が認められた.手足および耳介が蒼白していた例では腎臓の褪色が認められ,病理組織学的には糸球体および尿細管の非同調性分化を特徴とする腎臓の形成異常が認められた.

2.生殖発生毒性

(1)生殖能検査,分娩および母性行動観察(Table 3)

性周期について被験物質投与と関連した異常は認められなかった.交尾不成立は100mg/kg群の1例に,受胎不成立は対照群の2例,30および100mg/kg群の各1例に認められたが,発現例数に用量依存性はみられなかった.

分娩および母性行動の観察項目について被験物質投与と関連した変化は認められなかった.なお,分娩異常として,100mg/kg群の1例で遷延分娩および妊娠期間の延長が認められた.本例は,分娩を妊娠21日に開始し,妊娠25日に終了し,14匹の出産児のうち4匹は死亡児であった.その後,哺育3日に1匹の死亡児が確認されたが,残りの9匹は哺育4日まで全例哺育した.

(2)新生児の生存性,一般状態,体重および剖検

雌雄ともに被験物質投与と関連した変化は認められなかった.

考察

被験物質投与による死亡が300mg/kg群の雄1例で投与1日の投与後約30分に認められた.本例では死亡前に自発運動の減少,腹臥および呼吸緩徐が認められ,本被験物質の500〜2500mg/kgを単回投与した場合と類似の症状であった1).病理組織学的検査では腎臓,心臓および肺に血栓形成が認められ,循環障害による急性死亡と考えられた.死亡例でみられた症状は300mg/kg群の雌2例で妊娠20あるいは21日に認められたが,雌では死亡には至らず,また,妊娠維持や分娩に影響を及ぼすものでもなかった.一般状態観察では,他に,黄色尿が死亡例を除き被験物質投与群の雌雄全例で投与期間中に認められたが,これは被験物質の色調(淡黄褐色)を反映したものであると考えられた.その他,体重推移および摂餌量では被験物質投与による影響は認められなかった.

以上より,300mg/kg群で死亡が雄1例に認められ,また,自発運動の減少,腹臥および呼吸緩徐が死亡例および雌2例に認められたことから,本スクリーニング試験における3-メチル-4-ニトロフェノール反復投与による無影響量(NOEL)は雌雄ともに100mg/kg/dayであることが示唆された.

生殖能検査では,雌の性周期,雌雄の交尾および受胎,生殖器(精巣,精巣上体および卵巣)の重量および病理組織学的検査において被験物質投与による影響は認められなかった.分娩および母性行動観察では,100mg/kg群の1例で遷延分娩および妊娠期間の延長が認められた.なお,本例では手足および耳介の蒼白,腎臓に褪色および形成異常も認められたが,分娩異常との関連は明らかではなかった.本試験では同様の分娩異常は高用量群には認められないことから,本例の出現は偶発的であり,被験物質投与との関連はないものと考えられた.なお,同例は全出産児14匹のうちの死亡児を除く9匹を哺育4日まで正常に哺育したことから,哺育行動に異常はないと判断された.その他に30mg/kg群の母動物1例で乳頭腺管癌が認められたが,同所見は試験施設の背景データ(生殖試験の雌の親動物での出現頻度:0.11%)でもみられており,また高用量群には認められないことから,被験物質投与との関連はないものと考えられた.

新生児の観察では,生存性,一般状態,体重推移および剖検において被験物質投与による影響は認められなかった.

以上より,生殖発生について被験物質投与による影響は認められないことから,本スクリーニング試験における3-メチル-4-ニトロフェノールの雌雄動物の生殖および次世代の発生に対する無影響量は300mg/kg/dayであることが示唆された.

文献

1)門田 忠臣ら“p−ニトロメタクレゾールのマウスならびにラットに対する急性毒性試験”厚生省生活化学安全対策室提供資料,1974.

連絡先
試験責任者:釜田 悟
試験担当者:八幡昭子,常見邦順,小林裕幸,
長谷淳一,岡澤平一
(株)化合物安全性研究所
〒004 北海道札幌市豊平区真栄363番24号
Tel 011-885-5031Fax 011-885-5313

Correspondence
Authors:Satoru Kamada (Study director),
Akiko Yahata,Kuninori Tsunemi,Hiroyuki Kobayashi,
Jyun-ichi Nagaya,Heiichi Okazawa
Safety Research Institute for Chemical Compounds Co., Ltd.
363-24 Shin-ei, Toyohira-ku,Sapporo,Hokkaido, 004, Japan
Tel +81-11-885-5031Fax +81-11-885-5313