ジイソプロピルベンゼンのラットを用いる経口投与簡易生殖毒性試験を行い,雌雄親動物の生殖能力および児動物の発生・発育に及ぼす影響について検討した.投与量は,750 mg/kgを最高用量とし,以下150,30および6 mg/kgとした.対照として媒体(コーンオイル)投与群を設けた.なお,各群の使用動物数は雌雄各12例とした.
雌においては,対照群および150 mg/kg群で各1例が死亡したが,投与に起因するものではなかった.750 mg/kg群で散瞳が認められた.体重は,750 mg/kg群で妊娠期に一過性の低値がみられた.摂餌量は,750 mg/kg群で交配前に一過性の低値がみられた.剖検,器官重量および病理組織学検査では,投与による変化はみられなかった.
発情回数,交尾率,交尾所要日数,受胎雌数,妊娠期間,分娩状態,哺育状態,受胎率,妊娠黄体数,着床率および出産率では,投与による変化はみられなかった.
総出産児数,死産児数,哺育0日の新生児数,性比,分娩率,児の産出率,出生率,哺育4日の生存児数,新生児の4日の生存率,新生児の外表,一般状態,体重および剖検所見では,投与による変化はみられなかった.
以上のように,ジイソプロピルベンゼンの一般毒性学的無影響量は,雌雄とも750 mg/kg投与により一般状態および摂餌量に影響が認められたことから150 mg/kg/dayと考えられる.また,生殖発生毒性学的な無影響量は,750 mg/kg投与しても雌雄親動物,児動物とも影響は認められなかったことからいずれも750 mg/kg/dayと考えられる.
被験物質は,コーンオイルで溶解して調製した.被験物質は純度換算を行い,投与量は原体重量で表示した.なお,調製液は,室温・遮光条件下で7日間保存しても安定性に問題のないことが確認されていたため,各濃度の調製液は調製後,室温・遮光条件下で保管し,調製後7日以内に使用した.投与開始日および雄投与終了日に使用した各投与液中の被験物質濃度を測定した結果,被験物質濃度に問題はなかった.
動物は,室温20〜26 ℃,湿度40〜70 %,明暗各12時間(照明:午前6時〜午後6時),換気回数12回/時に維持されている飼育室で飼育した.検疫・馴化期間中はステンレス製ケージを用いて1ケージ当たり5匹までの雌雄別群飼育とし,群分け後はステンレス製ケージを用いて個別飼育した.母動物は,妊娠18日以降オートクレーブ処理した床敷(サンフレーク,日本チャールス・リバー(株))を入れたプラスチック製ケージで個別飼育し,自然分娩および哺育させた.飼料は固型飼料(CRF-1,オリエンタル酵母工業(株))を,飲料水は水道水をいずれも自由に摂取させた.
投与開始日の週齢は雌雄とも10週齢であり,体重範囲は雄が322〜371 g,雌が237〜277 gであった.
投与量は,ジイソプロピルベンゼンのラットを用いる28日間反復経口投与毒性試験1)の結果により決定した.すなわち,死亡はいずれの群にもみられなかったが,150および750 mg/kg群の雌雄において散瞳が認められた.また,750 mg/kg群の雌雄で肝臓重量の増加,同群の雄で腎臓重量の増加が認められた.病理組織学検査では,150 mg/kg群の雄および750 mg/kg群の雌雄で肝臓において小葉中心性肝細胞肥大が認められた.さらに,750 mg/kg群の雄では,腎臓において尿細管上皮の好酸性小体の出現頻度の増加が認められた.しかし,体重および摂餌量には投与に関連する変化は認められなかった.そこで,当試験では,750 mg/kgを最高用量とし,以下公比5により150,30および6 mg/kgとした.また,対照として媒体(コーンオイル)のみを同容量投与する群を設けた.1群の動物数は,雌雄それぞれ12例とした.
投与期間は,雄では交配前14日間とその後36〜38日間(精子検査に3日間必要なため,雄の剖検を3日間に分けて実施)の合計50〜52日間とし,雌では交配前14日間,交配期間中(最長14日間),妊娠期間中および哺育3日までの合計41〜46日間とした.なお,投与開始日を投与1日とした.
精子の活動性は,精子原液を精子培養液で希釈し,約30分間培養(培養条件:37 ℃,5 %炭酸ガス,95 %空気)後にHTM-IVOS(Hamilton Thorne Research)を用いて,活動精子率を算出するとともに,活動精子については基準点移動速度,最短距離移動速度,総移動速度および頭部の横切り回数を算出した.
精子の生存性として,加藤らの方法2)に従い,マイクロウェルプレート内で精子原液を精子培養液にて約2〜3倍希釈した後,Calcein acetoxy methyl esterとEthidium homodimer-1とで約2時間培養・染色(培養条件:37 ℃,5 %炭酸ガス,95 %空気)した後,蛍光顕微鏡下で精子を生存精子,途中死亡精子と死滅精子に分類し,生存精子率と生き残り精子率を求めた.なお,生存,途中死亡および死滅精子の判定は,頭部〜尾部にかけて緑色の蛍光発色が認められるものを生存精子,頭部には赤色の蛍光発色が,尾部には緑色の蛍光発色が認められるものを途中死亡精子,頭部には赤色の蛍光発色が認められるが,尾部には蛍光発色が認められないものを死滅精子とした.
精子の形態は,精子原液をスライドガラスに塗抹し,10 %中性緩衝ホルマリンで固定後,1 %エオジン染色液で染色し,顕微鏡下で観察した.
精子数は,左精巣上体尾部を0.1 % Triton X-100中でホモジナイズ後,HTM-IVOS(Hamilton Thorne Research)を用いて算出した.なお,左精巣上体尾部1 g当たりの精子数も算出した.
死亡例は,発見後速やかに剖検した.
交尾確認は毎朝ほぼ一定時刻に行い,腟垢内に精子または腟栓を確認した雌を交尾成立動物として,その日を妊娠0日として起算した.
体重,摂餌量,器官の絶対重量および相対重量,精子検査,発情回数,交尾所要日数,妊娠期間,妊娠黄体数,着床数,着床率,総出産児数,死産児数,新生児数,分娩率,児の産出率,出生率,哺育4日の生存児数,新生児の4日の生存率,性比および外表異常の出現率は,各群で平均値および標準偏差を算出した.その後,Bartlett法による等分散性の検定を行い,等分散の場合には一元配置法による分散分析を行い,有意ならばDunnett法により行った.一方,等分散と認められなかった場合は,順位を利用した一元配置法による分析(Kruskal-Wallisの検定)を行い,有意ならば順位を利用したDunnett型の検定法により行った.
交尾率,受胎率および出産率は,x2検定により行った.
一般状態観察において,対照群,6,30および150 mg/kg群では異常はみられなかった.
750 mg/kg群では,投与6日以降の投与後に一過性の流涎がみられた.また,750 mg/kg群では,投与9日以降に眼球突出が2例みられた.
各投与群とも,対照群と比べていずれの器官の絶対および相対重量にも有意差はみられなかった.
なお,6 mg/kg群で両側精巣の萎縮および両側精巣上体の萎縮が認められた1例では,活動精子率が0 %であったため,精子の形態,生存精子率,生き残り精子率の算出はできず,精子数および左精巣上体尾部1 g当たりの精子数も少なかった.また,6 mg/kg群で左精巣の軟化および左精巣上体の軟化が認められた1例では,精子数および左精巣上体尾部1 g当たりの精子数は少なかった.しかし,これらの変化は,投与量に依存したものではないことから,偶発的変化と考えられる.
眼球:水晶体線維の空胞化が750 mg/kg群で2例みられた.また,上記の水晶体線維の空胞化が認められた1例では,水晶体上皮の過形成がみられた.
精巣上体(頭部):対照群および750 mg/kg群とも,異常はみられなかった.
死亡例の一般状態観察において,対照群では異常はみられなかった.150 mg/kg群では,哺育3日に体温低下,自発運動の低下およびよろめき歩行がみられた.
生存例の一般状態観察において,対照群,6,30および150 mg/kg群では異常はみられなかった.750 mg/kg群では,投与6日以降の投与後に一過性の流涎がみられた.また,750 mg/kg群では,投与15〜17日に散瞳が1例みられた.
妊娠期間中において,6,30および150 mg/kg群では対照群と比べていずれの測定日の体重にも有意差はみられなかった.750 mg/kg群では,対照群と比べて妊娠14日に体重の有意な低値がみられた.
哺育期間中において,各投与群とも対照群と比べていずれの測定日の体重にも有意差はみられなかった.
妊娠期間中において,6,30および750 mg/kg群では対照群と比べていずれの測定日の摂餌量にも有意差はみられなかった.150 mg/kg群では,対照群と比べて妊娠21日に摂餌量の有意な低値がみられたが,投与量に依存した変化ではなかった.
哺育期間中において,6,30および150 mg/kg群では対照群と比べて摂餌量に有意差はみられなかった.750 mg/kg群では,対照群と比べて哺育4日に摂餌量の有意な高値がみられた.
死亡例においては,対照群で腺胃粘膜暗赤色斑が1例みられた.なお,150 mg/kg群の1例では異常はみられなかった.
また,各投与群とも,対照群と比べて卵巣の絶対および相対重量に有意差はみられなかった.
交尾所要日数は,各投与群とも対照群との間に有意差はみられなかった.
未交尾の組み合わせは,6および30 mg/kg群で各1組みられた.しかし,交尾率には各投与群と対照群との間に有意差はみられなかった.
不受胎雌は,6 mg/kg群で2例みられた.しかし,受胎率には各投与群と対照群との間に有意差はみられなかった.
各投与群とも,対照群と比べて妊娠黄体数,着床数および着床率に有意差はみられなかった.
対照群,30,150および750 mg/kg群では出産率は100 %であった.6 mg/kg群では,1母動物で新生児が得られなかったため出産率は88.9 %であったが,対照群との間に有意差はみられなかった.対照群および各投与群とも,哺育状態に異常はみられなかった.
新生児の外表観察では,各群とも異常はみられなかった.
児動物の一般状態では,各群とも異常はみられなかった.
雄に関しては,死亡および瀕死例はいずれの群にも認められなかった.一般状態では,750 mg/kg群で投与9日以降に眼球突出が2例認められ,眼球の病理組織学検査において水晶体線維の空胞化が2例と水晶体上皮の過形成が1例みられ,発現例数は少ないものの投与との関連性が疑われた.なお,750 mg/kg群で投与後に一過性の流涎がみられたが,被験物質の刺激性に基づく変化と判断され,毒性症状とはみなさなかった.摂餌量において,750 mg/kg群で投与3日に一過性の低値がみられたが,体重推移に異常は認められない軽微な変化と考えられる.剖検,器官重量,精子検査,精巣および精巣上体の病理組織学検査において投与による影響は認められなかった.
雌に関しては,150 mg/kg群で1例が死亡したが,対照群でも1例が死亡していること,投与量に依存したものではないことから,投与に起因するものではないと考えられる.750 mg/kg群で散瞳が認められた.当試験で認められた散瞳は,1例のみであるが,ラットを用いる28日間反復経口投与毒性試験1)でも,150および750 mg/kg群の雌雄において認められていることから,ジイソプロピルベンゼンの投与によるものと考えられる.また,一般状態観察において,雄の場合と同様に750 mg/kg群で認められた流涎は毒性症状とはみなさなかった.体重では,750 mg/kg群で妊娠期に一過性の低値がみられた.摂餌量では,750 mg/kg群で交配前に一過性の低値がみられた.なお,750 mg/kg群で哺育期に摂餌量の高値がみられたが,体重推移に影響は認められないことから毒性とはみなさなかった.また,剖検,器官重量および卵巣の病理組織学検査では,投与に起因すると思われる変化はみられなかった.
親動物の生殖発生に対しては,前述したように750 mg/kg群でも精子検査成績,精巣,精巣上体および卵巣に病理組織学変化は認められなかった.また,発情回数,交尾率,交尾所要日数,受胎率,妊娠黄体数,着床数,着床率,出産率,妊娠期間,分娩状態および哺育状態では,投与に起因すると思われる変化はみられなかった.
児動物に対しては,総出産児数,死産児数,哺育0日の新生児数,性比,分娩率,児の産出率,出生率,哺育4日の生存児数および新生児の4日の生存率に投与に起因すると思われる変化はみられなかった.新生児の外表観察において,いずれの群とも異常はみられなかった.児動物の体重では,各投与群とも対照群との間に差はみられなかった.児動物の剖検では,いずれの群とも異常はみられなかった.
以上のように,ジイソプロピルベンゼンの一般毒性学的無影響量は,雌雄とも750 mg/kg投与により一般状態および摂餌量に影響が認められたことから150 mg/kg/dayと考えられる.また,生殖発生毒性学的な無影響量は,750 mg/kg投与しても雌雄親動物,児動物とも影響は認められなかったことからいずれも750 mg/kg/dayと考えられる.
1) | 末武和己ほか,化学物質毒性試験報告,6, 597(1998). |
2) | M. Kato et al., Congenital Anomalies, 35, 394(1995). |
連絡先 | |||
試験責任者: | 古橋忠和 | ||
試験担当者: | 牧野浩平,内藤一嘉,藤村高志,木村 均 | ||
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Authors: | Tadakazu Furuhashi(Study director) Kohei Makino, Kazuyoshi Naito, Takasi Fuzimura and Hitoshi Kimura | |||
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