ジイソプロピルベンゼンのラットを用いる
28日間反復経口投与毒性試験

Twenty-eight-day Repeat Dose Oral Toxicity Test of Diisopropylbenzene in Rats

要約

OECD既存化学物質安全性点検に係わる毒性試験の一環として,ジイソプロピルベンゼンの0(対照),6,30,150および750 mg/kgを1群雌雄各6匹のCrj:CD(SD系)ラットに28日間反復経口投与する毒性試験を実施し,以下の結果を得た.なお,対照群および750 mg/kg群にはそれぞれ雌雄各6匹の14日間回復群も設けた.

一般状態の観察では,150および750 mg/kg群の雌雄において,散瞳が認められた.本症状は投与後約2時間30分ないし3時間30分から発現し,発現後2時間30分以内には消失する変化であった.

体重,摂餌量,尿検査および血液学検査では,被験物質投与に関連すると考えられる変化は認められなかった.

血液生化学検査では,750 mg/kg群の雌雄でクロールの減少が認められ,同群の雄でカリウムの増加が認められた.さらに,750 mg/kg群の雌で総蛋白質,総コレステロールおよびリン脂質の増加が認められた.

器官重量では,750 mg/kg群の雌雄で肝臓重量の増加が認められ,同群の雄で腎臓重量の増加が認められた.

病理組織学検査では,150 mg/kg群の雄および750 mg/kg群の雌雄で肝臓において小葉中心性の肝細胞肥大が認められ,さらに,750 mg/kg群の雄では腎臓において尿細管上皮の好酸性小体の出現頻度の増加が認められた.

回復試験では,投与期間中にみられた変化に回復性が認められた.

以上のことから,本試験条件下での無影響量は雌雄とも30 mg/kg/dayと考えられた.

方法

1. 被験物質および投与液の調製

ジイソプロピルベンゼン(異性体混合物,純度99.8 %,Lot No. CAF5267,和光純薬工業提供)は無色澄明な液体である.入手後の被験物質は室温,遮光下で保管し,投与期間終了後に供給源にて分析を行って試験期間中安定であったことを確認した.媒体にはコーンオイル(ナカライテスク,Lot No. V5P5831,V6P3899)を使用し,これに被験物質を0.12,0.6,3.0および15.0 w/v%濃度になるように溶解して投与液を調製した.調製は週1回以上の頻度で行い,調製した投与液は褐色容器に入れて室温保管した.なお,初回調製時に投与液の濃度を測定し,設定値の±5 %以内にあることを確認した.また,投与開始前に,本調製法による0.1〜20 w/v%溶液が褐色容器中で室温保存下8日間安定であることを確認した.

2. 使用動物および飼育条件

4週齢のSprague-Dawley系ラット(Crj:CD,日本チャールス・リバー)を雌雄各50匹購入し,10日間の検疫馴化を行ったのち,雌雄各42匹を選んで6週齢で試験に使用した.投与開始時の体重は,雄が195.3〜223.9 g,雌が147.1〜172.4 gであった.動物は,温度24±2℃,湿度55±10 %,照明時間7時〜19時および換気回数13〜15回/時に設定したバリアーシステム飼育室でステンレススチール製ハンガーケージに個別に収容して,高圧蒸気滅菌処理した固型飼料(MF,オリエンタル酵母工業)および次亜塩素酸ナトリウムを添加(約2 ppm)した水を自由に摂取させた.

3. 投与量,投与方法,試験群構成および群分け

投与量は,先に当研究所で実施した2週間反復投与毒性予備試験(投与量:0,20,100および500 mg/kg)の結果およびベンゼン骨格を有する化合物の反復投与毒性試験の結果を基に設定した.すなわち,予備試験においては,500 mg/kg群の雌雄で散瞳,血清トリグリセライドおよびリン脂質の増加,ならびに肝臓重量の増加が認められたことから,本試験では明らかな毒性変化が発現すると考えられる750 mg/kgを高用量とした.一方,ベンゼン骨格を有する化合物の中には腎臓に組織学的変化を起こさせ,28日間反復投与毒性試験における無影響量が10 mg/kg以下に推定されたものも報告1,2)されていることから,本試験の低用量は10 mg/kg以下にすることを考慮し,高用量の750 mg/kgから公比5で除した150,30および6 mg/kgを設定した.

投与経路は経口とし,胃管を用いた強制投与を1日1回,28日間反復して行った.投与容量は5 mL/kgとし,個体ごとに最新の体重を基に算出した.

試験群は,上記4用量に,コーンオイルを投与する対照を加え計5群とした.1群当たりの動物数は,投与期間終了時の剖検例として各群とも雌雄各6匹,さらに,対照群および高用量群については回復期間終了時の剖検例として雌雄各6匹を設けた.群分けは,投与開始前日の体重を基に層別連続無作為化法で行った.

4. 検査項目

1) 一般状態の観察,体重および摂餌量の測定

投与期間中は毎日投与前および投与後約2時間〜5時間に,回復期間中は毎日午前および午後の計2回,一般状態および死亡の有無を観察した.また,体重および摂餌量を投与期間および回復期間を通して週2回の割合で測定した.さらに,体重は投与開始日の投与前および剖検日にも測定した.

2) 尿検査

投与4週目および回復2週目に,代謝ケージにて絶食,給水下で8時から12時までの間に採取した新鮮尿を用いて,比色試験紙(プレテスト8a,和光純薬工業)によりpH,蛋白質,ブドウ糖,ケトン体,ビリルビン,潜血およびウロビリノーゲンを検査した.さらに,新鮮尿を1500回転/分で5分間遠心分離し,得られた尿沈渣について鏡検した.また,新鮮尿採取後に給餌,給水下で採取した24時間蓄積尿を用いて,尿量,色調,浸透圧(氷点降下法;OSMOMETER OM801,VOGEL社)および比重(屈折率法;尿屈折計,アタゴ)を測定した.

3) 血液学検査

投与期間終了後および回復期間終了後に,動物を18時間以上絶食させたのち,ペントバルビタール・ナトリウムの腹腔内投与による麻酔下で開腹し,後大静脈腹部から採血を行った.採取した血液の一部はEDTA-2Kで処理し,多項目自動血球計数装置(Sysmex CC-780,東亜医用電子)により白血球数(電気抵抗検出方式),赤血球数(電気抵抗検出方式),ヘモグロビン量(オキシヘモグロビン法),ヘマトクリット値(血球パルス波高値検出方式)および血小板数(電気抵抗検出方式)を測定し,これらを基に平均赤血球容積(MCV),平均赤血球血色素量(MCH)および平均赤血球血色素濃度(MCHC)を算出した.また,血液の一部は塗抹標本とし,May-Grüwald-Giemsa染色を施して白血球百分比を視算した.さらに,3.8 %クエン酸ナトリウム加血液を3000回転/分で 15分間遠心分離し,得られた血漿を用いて全自動血液凝固測定装置(Sysmex CA-5000,東亜医用電子)により,プロトロンビン時間(散乱光検出方式)および活性化部分トロンボプラスチン時間(散乱光検出方式)を測定した.

4) 血液生化学検査

血液学検査に引き続き採取した血液を室温で約60分間放置後,3000回転/分で10分間遠心分離し,得られた血清を用いて自動分析装置(736-10,日立製作所)により,総蛋白質(ビウレット法),アルブミン(BCG法),A/G比(総蛋白質およびアルブミンより算出),総ビリルビン(アルカリアゾビリルビン法),GOT(Karmen法),GPT(Wrólewski-La Due法),γ -グルタミルトランスペプチダーゼ(L-γ -グルタミル-DBHA基質法),アルカリ性フォスファターゼ(p-ニトロフェニルリン酸基質法),コリンエステラーゼ(ヨウ化ブチリルチオコリン基質法),アセチルコリンエステラーゼ(アセチルコリン基質法),総コレステロール(COD-DAOS法),トリグリセライド(GPO- DAOS法・グリセリン消去法),リン脂質(酵素法・DAOS発色法),グルコース(グルコキナーゼ・G-6-PDH法),尿素窒素(ウレアーゼ・GlDH法),クレアチニン(Jaff法),無機リン(モリブデン酸直接法)およびカルシウム(OCPC法)を測定した.また,電解質分析装置(PVA-αアナリティカル・インスツルメンツ)によりナトリウム(電極法),カリウム(電極法)およびクロール(電量滴定法)を測定した.

5) 器官重量の測定,剖検および病理組織学検査

採血後に,外側腸骨動脈を切断して放血死させ,剖検した.剖検時に脳,心臓,肺(気管支を含む),胸腺,肝臓,脾臓,腎臓,副腎,精巣および卵巣を摘出して器官重量(絶対重量)を測定するとともに,剖検日の体重を基に体重比器官重量(相対重量)を算出した.これらの器官に加え,下垂体,脊髄,眼球,甲状腺(上皮小体を含む),膵臓,胃,膀胱,大腿骨(骨髄を含む)および肉眼的異常部位を採取して10 %中性緩衝ホルマリン溶液(眼球はグルタールアルデヒド溶液,精巣はブアン液で前固定)で固定した.

投与期間終了時の対照群および高用量群の心臓,肝臓,脾臓,腎臓,副腎および肉眼的異常部位については,常法に従ってパラフィン切片を作製し,ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色を施して光学顕微鏡下で観察した.さらに,肝臓および腎臓では,被験物質投与に関連したと考えられる変化が高用量群で認められたため,投与期間終了時には順次低い用量群まで,また,回復期間終了時には対照群および高用量群について同様に観察した.なお腎臓についてはPAS染色も行った.

5. 統計解析

体重,摂餌量,尿検査(定性反応は除く),血液学検査,血液生化学検査,器官重量および体重比器官重量について,各群ごとに平均値と標準偏差を求め,Bartlett法により分散の均一性を検定した.分散が均一な場合はDunnettの多重比較検定を用いて,分散が不均一な場合はSteelの多重比較検定を用いて対照群との比較を行った.また,病理組織学検査においてみられた所見については,Mann-WhitneyのU検定を実施した.なお,いずれの場合も有意水準は1および5 %とした.

結果

1. 一般状態

すべての試験群で死亡例はなく,対照群ならびに6および30 mg/kg群では観察期間を通して一般状態の変化も認められなかった.

150および750 mg/kg群では,散瞳が認められた.散瞳は,150 mg/kg群の雄および750 mg/kg群の雌雄では投与8日以降に,150 mg/kg群の雌では投与14日以降に認められ,総発現例数は,150 mg/kg群の雌雄では各2例,750 mg/kg群の雄では10例,雌では全例であった.また,発現時間は投与後約2時間30分ないし3時間30分からであり,発現後2時間30分以内には消失した.回復期間において,750 mg/kg群の雌雄では変化は認められなかった.

2. 体重(Fig.1)

投与期間又は回復期間を通して,ジイソプロピルベンゼン各群は対照群とほぼ同様な推移を示した.

3. 摂餌量

投与期間又は回復期間を通して,ジイソプロピルベンゼン各群は対照群とほぼ同様な推移を示した.

4. 尿検査(Table 1)

投与4週目の検査では,750 mg/kg群の雌で尿量の増加が認められ,同様の傾向が150 mg/kg群の雌でも認められたが,いずれも生理学的な変動範囲内の変化であった.

回復2週目の検査では,750 mg/kg群の雌雄で変化は認められなかった.

5. 血液学検査(Table 2)

投与期間終了時および回復期間終了時いずれの検査においても,ジイソプロピルベンゼン各群で変化は認められなかった.

6. 血液生化学検査(Table 3)

投与期間終了時の検査では,750 mg/kg群の雄でカリウムの増加およびクロールの減少が認められ,同群の雌で総蛋白質,総コレステロールおよびリン脂質の増加ならびにクロールの減少が認められた.そのほか,6 mg/kg群の雄でクロールの増加,150 mg/kg群の雌でグルコースの増加がみられたが,投与量と変化の程度に一定の傾向が認められないことから,被験物質投与と関連性のない変化と考えられた.

回復期間終了時の検査では,750 mg/kg群の雄でγ-GTPの増加およびアセチルコリンエステラーゼの減少,同群の雌で総ビリルビンの減少がみられたが,いずれも軽度な変化であり,投与期間終了時には認められていないことから,被験物質投与と関連性のない変化と考えられた.

7. 剖検

投与期間終了時の検査では,対照群の雌1例で肺の灰白色斑が認められた.

回復期間終了時の検査では,対照群および750 mg/kg群ともに変化は認められなかった.

8. 器官重量(Table 4)

投与期間終了時の検査では,750 mg/kg群の雌雄で肝臓の絶対および相対重量の増加が認められ,さらに同群の雄では腎臓の絶対および相対重量の増加および脾臓の絶対重量の減少が認められた.

回復期間終了時の検査では,750 mg/kg群の雌で肝臓の相対重量の増加が認められたが,変化の程度は投与期間終了時と比べて軽減した.そのほか,750 mg/kg群の雄で肺の相対重量の増加がみられたが,投与期間終了時には認められていないことから,被験物質投与と関連性のない変化と考えられた.

9. 病理組織学検査(Table 5)

投与期間終了時の剖検例において,肝臓では,小葉中心性の肝細胞肥大が150 mg/kg群の雄1例および750 mg/kg群の雄1例と雌4例に認められ,対照群と750 mg/kg群の雌の発現頻度には有意な差が認められた.腎臓では,近位尿細管上皮の好酸性小体が6,30および150 mg/kg群の雄各1例ならびに750 mg/kg群の雄全例に認められ,対照群と750 mg/kg群の発現頻度には有意な差がみられた.そのほか,対照群の雄1例では肉眼的に肺の灰白色斑がみられた部位で泡沫細胞の集簇が認められた.このほかに検査を行った心臓,脾臓および副腎では変化は認められなかった.

回復期間終了時の剖検例において,投与期間終了時と同様な変化として,腎臓では近位尿細管上皮の好酸性小体が750 mg/kg群の雄1例に認められたが,同様の変化は対照群でも雄1例に認められ,対照群と750 mg/kg群の発現頻度に差は認められなかった.なお,750 mg/kg群では近位尿細管上皮の好酸性小体が認められた雄1例で,近位尿細管の顆粒性円柱および好塩基性変化も認められたが,これらは尿細管の再生に関連した変化であり,投与期間終了時の変化には回復性が認められた.さらに,投与期間終了時に変化がみられた肝臓では変化は認められなかった.

考察

死亡例はいずれの群でも認められなかった.一般状態の観察では,150および750 mg/kg群の雌雄で散瞳が認められ,被験物質投与に関連した変化と考えられた.本症状は150 mg/kg群の雌では投与14日以降に,150 mg/kg群の雄および750 mg/kg群の雌雄では投与8日以降にみられ,発現時間は投与後約2時間30分ないし3時間30分からであり,発現したのち2時間30分以内には消失する変化であった.

体重,摂餌量,尿検査および血液学検査では,被験物質投与に関連すると考えられる変化は認められなかった.

血液生化学検査では,750 mg/kg群の雌雄でクロールの減少,同群の雄でカリウムの増加が認められた.また,750 mg/kg群の雌では,総蛋白質,総コレステロールおよびリン脂質の増加が認められた.これらの変化は後述の病理学検査で述べるような被験物質の腎臓および肝臓に対する影響に関連した変化のように考えられた.

病理学検査では,750 mg/kg群の雌雄で肝臓重量の増加が認められ,組織学的には150 mg/kg群の雄および750 mg/kg群の雌雄で小葉中心性の肝細胞肥大が認められた.小葉中心性の肝細胞肥大は薬物代謝酵素の誘導に起因した変化3)と考えられ,同様な変化は類似化合物でも報告4,5)されている.また,750 mg/kg群の雄では腎臓重量の増加が認められ,組織学的には尿細管上皮の好酸性小体の発現頻度に増加が認められた.尿細管上皮の好酸性小体は,雄ラットでは自然発生的にみられる変化6)であるが,750 mg/kg群の雄では被験物質投与の影響で変化が増強されたと考えられた.なお,150 mg/kg以下の群の雄の少数例にも尿細管上皮の好酸性小体が認められたが,発現頻度が低く,被験物質投与との関連性はないと判断された.上述の本試験でみられた肝臓および腎臓に対する影響について,類似化合物4,5)と比較してみると,影響が現われる投与量に明らかな差はないと考えられた.そのほか,本試験では750 mg/kg群の雄で脾臓の絶対重量に減少が認められたが,相対重量では明らかな差がなく,組織学的な変化も含め他に関連する変化は認められなかったことから,偶発的変化と考えられた.

回復試験では,上記の投与期間中にみられた変化には回復性が認められたことから,被験物質投与で生じた変化は可逆的であると考えられた.

以上のように,本試験では150および750 mg/kg群で散瞳および肝臓に対する影響が認められ,さらに,750 mg/kg群で腎臓に対する影響が認められたことから,無影響量は雌雄とも30 mg/kg/dayと考えられた.

文献

1)伊藤義彦,化学物質毒性試験報告,2,357(1995).
2)末武和己,化学物質毒性試験報告,4,511(1996).
3)J.R. Glaister, "Principles of Toxicological Pathology," Taylar & Francis, London and Philadelphia, 1986, pp. 83-85.
4)萩田孝一,化学物質毒性試験報告,2,37(1995).
5)井上博之,化学物質毒性試験報告,4,459(1996).
6)渡辺満利,"毒性病理学,"前川昭彦,林裕造編,地人書館,東京,1991,p. 279.

連絡先
試験責任者:末武和己
試験担当者:古川浩美,和泉宏幸,幸 邦憲,一村憲児,神谷光一,一鬼 勉,鍬先恵美子
パナファーム・ラボラトリーズ 安全性研究所
〒869-0425 熊本県宇土市栗崎町1285
Tel 0964-23-5111Fax 0964-23-2282

Correspondence
Authors:Kazumi Suetake(Study director)
Hiromi Furukawa,Hiroyuki Izumi,
Kuninori Yuki, Kenji Ichimura,
Koichi Kamiya, Tsutomu Ichiki,
Emiko Kuwasaki
Safety Assessment Laboratory, Panapharm Laboratories Co., Ltd.
1285 Kurisaki-machi, Uto-shi, Kumamoto, 869-0425, Japan
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