アクリル酸 2-(ジメチルアミノ)エチルエステルのラットを用いる
反復経口投与毒性・生殖発生毒性併合試験
Combined Repeat Dose and Reproductive/Developmental Toxicity Screening Test of
2-(Dimethylamino)ethyl acrylate by Oral Administration in Rats
要約
アクリル酸 2-(ジメチルアミノ)エチルエステルは,カチオン系凝集剤,エマルジョン改善剤,繊維処理剤,粘着剤,接着剤などの製造に使用されている.毒性に関する情報としては,眼,皮膚,粘膜に対して刺激性を有し,ラットの経口投与によるLD50値は455 mg/kgとの報告がある1).今回,OECDによる既存化学物質の安全性点検に係わる毒性調査事業の一環として,SDラット(1群雌雄各12匹)に4,20および100 mg/kgの用量を交配前14日から交配を経て雄は計43日間,雌は妊娠,分娩を経て哺育3日まで経口投与し,反復投与毒性および生殖発生毒性について検討した.
1.反復投与毒性
100 mg/kg群において,雄で一過性の体重増加抑制および摂餌量減少,雌で死亡が2例認められた.剖検では雌雄で前胃壁の肥厚および膵十二指腸リンパ節の腫大が観察され,病理組織学検査では前胃粘膜に潰瘍,炎症性細胞の浸潤および粘膜上皮の過形成,膵十二指腸リンパ節に形質細胞の増生が認められた.さらに雌では胸腺の重量減少と萎縮が認められた.また,雄の血液学検査で網状赤血球,血小板および分葉核球数の増加,血液生化学検査でアルブミンの減少が認められた.20 mg/kg群においても雄の前胃に同様な組織変化が認められた.
2.生殖発生毒性
親動物の交尾率,受胎率,黄体数,着床数,着床率,出産率,分娩率,妊娠期間,分娩および哺育行動には被験物質に起因する変化は認められなかった.また,出産児数,出産生児数,性比,出生率,新生児の4日生存率,外表,一般状態,体重および剖検のいずれにおいても被験物質に起因する変化は認められなかった.
以上の結果より,アクリル酸 2-(ジメチルアミノ)エチルエステルの反復投与毒性に関する無影響量は雄が4 mg/kg/day,雌が20 mg/kg/day,生殖発生毒性に関する無影響量は,親動物および児動物ともに100 mg/kg/dayと考えられる.
方法
1.被験物質
アクリル酸 2-(ジメチルアミノ)エチルエステル((株)日本触媒工業,Lot No. 5P07,純度99.9%)は,融点-75℃,沸点170℃,水およびアセトンに溶けやすい無色〜黄色透明の液体である.被験物質は冷蔵・遮光下で保管した.また,試験期間中安定であったことが確認された.
2.試験動物および飼育条件
日本チャールス・リバー(株)より入手した雌雄のSDラット(Crj:CD)を6日間検疫・馴化後,試験に供した.投与開始前日に体重別層化無作為抽出法により,1群につき雌雄各12匹を振り分けた.投与開始時の週齢は雌雄とも9週齢,体重範囲は雄が324〜369 g,雌が212〜244 gであった.
検疫・馴化期間を含めた全飼育期間中,温度20〜25℃,湿度40〜70%,換気約12回/時,照明12時間/日(7:00〜19:00)に自動調節された飼育室を使用した.動物は実験動物用床敷(ベータチップ:日本チャールス・リバー(株))を敷いたポリカーボネート製ケージに,群分け後は1匹,交配期間は雌雄各1匹,哺育期間は1腹で収容し,飼育した.
動物には,オートクレーブ滅菌した実験動物用固型飼料(CRF-1:オリエンタル酵母工業(株))および5μmのフィルターで濾過後,紫外線照射した水道水をそれぞれ自由摂取させた.
3.投与量および投与方法
SDラットの雌雄を用いて,被験物質を50,100および200 mg/kgの用量で7日間経口投与した結果,雌雄とも200 mg/kg群で体重減少あるいは増加抑制,摂餌量減少,削痩が認められた.また剖検では,200 mg/kg群で前胃粘膜の肥厚,白色化,出血,潰瘍,胃の穿孔と周囲組織との癒着,十二指腸粘膜の白色化などの消化管の変化が認められ,100 mg/kg群でも前胃に同様な変化が認められた.以上の結果から,本試験では高用量を100 mg/kgとし,以下公比5で中用量を20 mg/kg,低用量を4 mg/kgとした.また,媒体(コーン油)のみを投与する対照群を設けた.
投与期間は,雌雄とも交配前14日間,交配期間,および雄は剖検前日までの計43日間,雌は交尾成立後,妊娠,分娩を経て哺育3日までとし,コーン油に溶解させた被験物質を胃ゾンデを用いて1日1回,午前中に強制経口投与した.投与液量は5 ml/kgとし,至近測定日の体重を基に算出した.
投与液の調製はイエローランプ照明下で行い,投与液は褐色瓶に入れ,投与に供するまで冷蔵・遮光下で保存した.なお,投与開始前に投与液中の被験物質の安定性および濃度を確認した.
4.反復投与毒性に関する観察・検査
1) 一般状態
全例について生死,外観,行動等を投与前および投与後に毎日観察した.死亡動物は発見後速やかに剖検した.
2) 体重および摂餌量
体重は,雌雄とも投与開始日,投与開始後3,7,14日,およびその後週1回,交尾した雌は妊娠0,7,14,20日および哺育0,4日に測定した(交尾確認日を妊娠0日,分娩確認日を哺育0日とする).また,体重増加量を交配前は投与開始日,妊娠期間は妊娠0日,哺育期間は哺育0日の体重を基準に算出した.摂餌量は,交配期間を除き体重測定日に測定した.
3) 雄の血液学検査
雄の全生存動物について,解剖日の前日より約21時間絶食させ,チオペンタールナトリウム(ラボナール:田辺製薬(株))の腹腔内投与による麻酔下で後大静脈より採取した血液の一部をEDTA-2Kにより凝固阻止し,赤血球数(シースフローDCインピーダンス検出法),白血球数(RF/DCインピーダンス検出法),血小板数(シースフローDCインピーダンス検出法),ヘモグロビン濃度(SLSヘモグロビン法),ヘマトクリット値(赤血球パルス波高値検出法)を多項目自動血球分析装置(NE-4500:東亞医用電子(株)),白血球百分率(Wright染色塗抹標本)を血液細胞自動分析装置(MICROX HEG-70A:立石電機(株)),網状赤血球数(アルゴンレーザーを用いたフローサイトメトリー法)を自動網赤血球測定装置(R-2000:東亞医用電子(株))により測定した.また,検査結果から平均赤血球容積(MCV),平均赤血球血色素量(MCH),平均赤血球血色素濃度(MCHC)を算出した.
4) 雄の血液生化学検査
雄の全生存動物について,解剖日に採取した血液を室温で約30分間放置した後,3000 r.p.m.で10分間遠心分離し,得られた血清について,GOT(SSCC改良法),GPT(SSCC改良法),ALP(GSCC改良法),γ-GTP(SSCC改良法),尿素窒素(Urease-GLDH法),グルコース(GK-G6PDH法),総コレステロール(CES-CO-POD法),トリグリセライド(LPL-GK-G3PO-POD法),クレアチニン(Jaff法),総ビリルビン(Jendrassik改良法),総蛋白(Biuret法),アルブミン(BCG法),A/G比(総蛋白およびアルブミンより算出),カルシウム(O-CPC法),無機リン(UV法),ナトリウム,カリウム,クロール(イオン選択電極法)を自動分析装置(日立736-10形:(株)日立製作所)により測定した.
5) 病理検査
雌雄とも最終投与日の翌日に,全生存動物についてチオペンタールナトリウムの腹腔内投与による麻酔下で腹大動脈の切断・放血により安楽死させて剖検し,胸腺,肝臓,腎臓,副腎,精巣および精巣上体の重量を測定した.また,解剖日の体重を基に相対重量(対体重比)を算出した.さらに,これらの器官に加えて,脳,下垂体,眼球およびハーダー腺,甲状腺および上皮小体,心臓,肺,脾臓,胃,腸管(十二指腸〜直腸),膀胱,卵巣,骨髄(大腿骨),坐骨神経および脊髄を採取し,10%中性リン酸緩衝ホルマリン液で固定後保存した.ただし,死亡例以外の眼球およびハーダー腺はダビッドソン液,精巣および精巣上体はブアン液で固定した.
病理組織検査は雌雄の対照および100 mg/kg群の脳,心臓,肝臓,腎臓,脾臓,胃,十二指腸,副腎,精巣,精巣上体,非妊娠雌の卵巣,全新生児死亡および哺育異常を示した母動物の乳腺,ならびにその他の肉眼的異常部位について,常法に従いヘマトキシリン・エオジン染色標本を作製して鏡検した.また,器官重量測定で減少がみられた雌の胸腺,さらに,雄の血液学検査で網状赤血球および血小板数の増加がみられたことから,雌雄の大腿骨骨髄についても対照および100 mg/kg群を検査した.その結果,雌雄の胃および雌の胸腺に被験物質に起因する変化が認められたので,4および20 mg/kg群のこれらの器官についても検査した.なお,肉眼的に変化がみられた膵十二指腸リンパ節を検査した結果,被験物質に起因する変化が認められたが,胃の変化に伴った二次的変化と判断し,4および20 mg/kg群については検査しなかった.
5.生殖発生毒性に関する観察・検査
1) 生殖機能
交配前の投与期間終了後,各群内で雄1雌1の交配対を設け,最長14日間昼夜同居させ,毎日午前中に雌の膣垢を採取し,ギムザ染色して鏡検した.膣栓形成あるいは膣垢標本中に精子が認められた場合を交尾成立とし,その日を妊娠0日とした.交尾した対は雌雄を分離し,以後の検査に供した.これらの結果から,交尾所要日数(交配後,交尾成立までに要した日数),交尾成立までに逸した発情期の回数,交尾率(〔交尾動物数/同居動物数〕×100),受胎率(〔受胎動物数/交尾動物数〕×100)を算出した.
2) 分娩・哺育状態
交尾が確認された雌は全例を自然分娩させ,分娩状態を観察した.午前9時の時点で分娩が終了している動物を当該日分娩とし,その日を哺育0日とした.その後,新生児を生後4日(哺育4日)まで哺育させ,一般状態,授乳,営巣,食殺の有無等の哺育状態を毎日観察した.
哺育4日の解剖時に卵巣,子宮を摘出して黄体数および着床数を検査した.交尾確認後25日を経ても分娩しない雌は剖検し,肉眼的に着床が認められない動物の子宮は2% KOH水溶液に浸漬し,着床の有無を確認した.また,全ての出産児が死亡した母動物はその時点で剖検し,乳腺を保存した.これらの結果から,妊娠期間(妊娠0日から出産が確認された日までの期間),出産率(〔生児出産雌数/受胎雌数〕×100),着床率(〔着床数/黄体数〕×100),分娩率(〔総出産児数/着床数〕×100)を算出した.
3) 新生児の観察・検査
(1) 新生児の観察
哺育0日に出産児数,出産生児数,死産児数,性別および外表異常の有無を検査した.その後,一般状態,死亡の有無を毎日観察した.死亡動物は食殺等で検査に耐えないものを除き,10%中性リン酸緩衝ホルマリン液に浸漬・固定後,実体顕微鏡下で剖検した.哺育0および4日の生存児数から出生率(〔出産生児数/総出産児数〕×100),新生児の4日生存率(〔哺育4日生児数/出産生児数〕×100)を算出した.
(2) 体重
哺育0および4日に1腹毎に雌雄単位で測定し,それぞれの平均値を算出した.また,哺育0日の体重を基準に体重増加量を算出した.
(3) 剖検
全ての生存児について哺育4日に口腔を含む外表を検査した後,チオペンタールナトリウムの腹腔内投与による麻酔下で腹大動脈を切断・放血し,安楽死させて剖検した.
6.統計解析
計量データについて,パラメトリックデータはBartlett法による等分散性の検定を行い,分散が一様の場合は一元配置分散分析を行った.分散が一様でない場合およびノンパラメトリックデータはKruskal-Wallisの検定を行った.群間に有意な差が認められた場合で各群の例数が一定ならばDunnett法またはDunnett型,不定ならばScheff法またはScheff型により多重比較を行った.計数データについては,組織所見をArmitageのχ^2検定,その他の項目をFisherの直接確率法により検定した.新生児に関するデータは各母動物毎に算出した平均値を統計単位とした.
結果
1.反復投与毒性
1) 死亡動物
100 mg/kg群の雌2例が投与開始後1日および16日に死亡した.後者は投与開始後13日に自発運動の低下,うずくまり,ラッセル音,赤色鼻汁および軟便を示したが,翌日にはこれらの症状が消失し,以後死亡するまで投与後の流涎が観察された以外に変化は認められなかった.前者には死亡に関連する一般状態の変化は認められなかった.病理検査では,共通する所見として肺のうっ血および出血が認められた他,前者には赤色胸水,食道の出血巣と潰瘍,前胃粘膜の出血巣,片側腎臓ののう胞が認められ,後者には肺の水腫,前胃粘膜の潰瘍,炎症性細胞の浸潤および粘膜の過形成,腺胃粘膜の出血巣,胸腺の萎縮および片側副腎皮質の壊死が認められた.
2) 一般状態
投与直後の流涎が100 mg/kg群の雄では投与開始後4日から,雌では8日から観察され,投与終了時までには断続的に発現する例を含めてほぼ全例で認められた.これらの一部には投与直前から反射的に流涎する例も観察された.この他,哺育異常を示した母動物で自発運動の低下,肛門周囲の汚れ,体温低下または紅涙が対照群の1例で哺育1日に,20 mg/kg群の1例で哺育3日以降に認められた.
3) 体重(Fig.1,2)
雄では,100 mg/kg群で投与開始後3日の体重増加量が有意な低値を示したが,以後は有意な変化は認められなかった.雌では,全期間を通して対照群と被験物質投与群との間に有意な差は認められなかった.
4) 摂餌量
雄では,100 mg/kg群で投与開始後3日の摂餌量が有意な低値を示したが,以後は有意な変化は認められなかった.その他,4 mg/kg群で投与開始後42日の摂餌量が有意な高値を示したが,20および100 mg/kg群では有意差が認められなかったことから,偶発的な変化と判断した.雌では,全期間を通して対照群と被験物質投与群との間に有意な差は認められなかった.
5) 雄の血液学検査(Table 1)
網状赤血球および血小板数の有意な増加が100 mg/kg群で認められた.また,同群では,リンパ球比が有意な低値を,分葉核球比が有意な高値を示し,実数換算値では分葉核球数の有意な増加が認められた.
6) 雄の血液生化学検査(Table 2)
アルブミンの有意な減少が100 mg/kg群で認められた.その他,4 mg/kg群の総ビリルビンが有意な高値を示したが,20および100 mg/kg群では有意な変化が認められなかったことから,偶発的なものと判断した.また,100 mg/kg群のクロールが有意な高値を示したが,生理的変動範囲内の値であった.
7) 器官重量(Table 3)
胸腺の絶対重量および相対重量の有意な減少が100 mg/kg群の雌で認められた.その他,4 mg/kg群の雌で副腎の絶対重量が有意な低値を示したが,20および100 mg/kg群では有意な変化が認められなかったことから,偶発的な変化と判断した.雄では,いずれの器官においても,絶対重量および相対重量とも対照群と被験物質投与群との間に有意な差は認められなかった.
8) 剖検所見(Table 4)
投与終了後解剖動物では,前胃壁の肥厚が20 mg/kg群の雄2例,100 mg/kg群の雌雄全例に認められた.肥厚した前胃粘膜の表面は白色化し,粗造を呈していた.少数例では前胃漿膜面の一部と周囲の腹膜,横隔膜や肝臓,横隔膜と肺の癒着が観察された.また,膵十二指腸リンパ節の腫大が100 mg/kg群の雌雄各7例で認められた.
全新生児が死亡した対照群の雌の1例では,胸腺および脾臓の小型化,胃の膨満,両側副腎の腫大,膣の膿貯留,両側ハーダー腺の褐色化が認められた.また,哺育3日以降に授乳行動を示さなかった20 mg/kg群の雌の1例では,胸腺の小型化,腺胃粘膜の出血巣,両側副腎の腫大が認められた.その他に,被験物質投与群で種々の変化が認められたが,発現状況から偶発病変と判断した.
9) 組織所見(Table 5)
投与終了後解剖動物では,被験物質に起因する変化が雌雄の前胃,膵十二指腸リンパ節および雌の胸腺に認められた.すなわち,前胃粘膜の潰瘍とそれに伴い生じた炎症性細胞の浸潤および粘膜上皮の過形成が20 mg/kg群で雄2例,100 mg/kg群の雌雄全例に認められ,100 mg/kg群では発現頻度に有意差が認められた.潰瘍が漿膜面にまで及び,周囲の組織と癒着する例が認められる一方,粘膜の過形成あるいは炎症性細胞の浸潤のみがみられる例もあった.肉眼的に腫大していた膵十二指腸リンパ節では,髄索における形質細胞の増生が認められた.雌の胸腺では,軽度あるいは中等度の萎縮が対照,20および100 mg/kg群のそれぞれ1,1,3例で認められ,100 mg/kg群でわずかに増加する傾向がみられた.
非妊娠雌の卵巣,全新生児死亡および哺育異常を示した母動物の乳腺ならびに雌雄の大腿骨骨髄には,特記すべき異常所見は認められなかった.
その他に,被験物質投与群で種々の変化が認められたが,いずれも自然発生的に観察される変化であり,発現状況に一定の傾向がないことから偶発病変と判断した.
2.生殖発生毒性
1) 生殖機能(Table 6)
ほとんどの雌が交配開始後5日以内に発情期を示して交尾し,交尾率,交尾所要日数および交尾成立までに逸した発情期の回数ともに有意な差は認められなかった.100 mg/kg群の雌2例は交配開始日から発情休止期が継続したが,これらのうち1例は交配開始後14日に発情期を示して交尾し,他の1例も膣垢検査では交尾確認できなかったものの,後の観察で受胎していたことが判明した.また,非妊娠動物は各群とも1例のみであり,受胎率にも対照群と被験物質投与群との間に有意な差は認められなかった.
2) 分娩・哺育状態(Table 7)
各群とも母動物全例が正常な分娩を示した.また,妊娠期間,黄体数,着床数,着床率,出産率および分娩率には,対照群と被験物質投与群との間に有意な差は認められなかった.
哺育期間の観察において,哺育異常が対照および100 mg/kg群の母動物各1例で観察され,哺育2日までに全新生児が死亡した.いずれも分娩日から新生児の回集,授乳などの哺育行動を示さず,さらに100 mg/kg群の1例は全新生児を食殺した.また,20 mg/kg群の母動物1例は哺育3日以降,新生児の回集および授乳行動を示さなかった.しかし,これらの哺育異常については,各群1例のみの発現であったことから,偶発的な変化と判断した.
3) 新生児に及ぼす影響
(1) 生存率(Table 7)
同腹内全新生児死亡が対照および100 mg/kg群の各1腹で認められた他は,死亡児は4,20および100 mg/kg群でそれぞれ1,3,1腹で1〜2例観察されただけであり,出産児数,出産生児数,性比,出生率および新生児の4日生存率ともに対照群と被験物質投与群との間に有意な差は認められなかった.
(2) 出生児の観察
各群いずれの新生児にも外表異常は認められなかった.また,出生日に未受乳の新生児が各群で観察されたが,母動物が授乳行動を示さなかった腹以外のほとんどは翌日に受乳し,一般状態にも異常は認められなかった.
(3) 体重(Table 7)
各被験物質投与群の雌雄ともに対照群とほぼ同様な体重および体重増加量を示し,有意差は認められなかった.
(4) 剖検
腎盂拡張が,生存動物では20 mg/kg群の1腹で1例および100 mg/kg群の1腹で6例,死亡動物では対照群の1腹で10例に観察された.その他には,生存動物および死亡動物ともに異常は認められなかった.
考察
1.反復投与毒性
反復投与による影響として,100 mg/kg群の雄で投与初期の一過性の体重増加抑制と摂餌量減少,雌で死亡が2例認められた.死亡例には共通する所見として肺のうっ血,出血,水腫が認められた.被験物質が属するアクリル酸エステル類により急性中毒死した動物の特徴的所見は,肺の充血および出血であることが知られていることから2),同様な原因により死亡した可能性が考えられる.
病理検査において,前胃の肥厚が雄では20 mg/kg 以上の群,雌では100 mg/kg群で認められ,組織学的には前胃の潰瘍およびそれに伴う炎症性細胞の浸潤と粘膜上皮の過形成が観察された.被験物質と類似の化合物であるアクリル酸エチルエステルは,ラットの前胃に対し刺激性を有し,潰瘍や炎症性変化および上皮の過形成を起こすことが報告されている2-5).したがって,被験物質もこのアクリル酸エステルと同様に前胃に対して刺激性を有するものと考えられる.
膵十二指腸リンパ節における形質細胞の増生が100 mg/kg群の雌雄で肉眼的な腫大を伴って認められた.本変化はリンパ節近辺にある炎症性変化に対する生理的反応として生じるものであり6),前胃の潰瘍による炎症性変化に反応した二次的な変化と考えられる.また,胸腺の重量減少と萎縮の増加傾向が100 mg/kg群の雌で認められたが,本変化はストレス状態の動物で観察されるものであり7),被験物質に特異的な変化というよりも,妊娠,分娩および哺育の負荷に被験物質の影響が加わったことにより生じた非特異的な変化と考えられる.
雄の血液学検査において,100 mg/kg群で認められた網状赤血球および血小板数の増加については,前胃の病変部からの出血に対する代償性の造血機能亢進像であり,分葉核球数の増加についても前胃の炎症に伴った変化と推察される.また,血液生化学検査におけるアルブミンの減少は,その他に肝臓あるいは腎臓への影響を示唆する変化が認められなかったことから,前胃の病変に伴った喪失性の二次的変化である可能性が考えられる.
投与直後の流涎が100 mg/kg群の雌雄で観察されたが,一部には投与直前から反射的に発現する例もみられたことから,被験物質の局所刺激性に起因したもので,反復投与毒性を示す変化ではないと判断した.
2.生殖発生毒性
親動物の検査において,交尾率,受胎率,黄体数,着床数,着床率,出産率,分娩率,妊娠期間,分娩および哺育行動ともに被験物質の影響を示唆する変化は認められなかった.また,出産児数,出産生児数,性比,出生率,新生児の生存率,外表,一般状態,体重および剖検のいずれにおいても被験物質に起因する変化は認められなかった.したがって,被験物質による親動物の生殖機能,分娩・哺育機能および次世代の発育への影響はないと考えられる.
以上のように,本試験では反復投与による一般毒性学的影響として,親動物には前胃の潰瘍,粘膜上皮の増生など,主に被験物質の刺激性に起因する変化が雄では20 mg/kg 以上の群,雌では100 mg/kg群で認められ,2例が死亡した.しかし,親動物の生殖機能および分娩・哺育機能ならびに次世代の発育への影響は認められなかった.したがって,本試験条件下における反復投与毒性に関する無影響量は雄が4 mg/kg/day,雌が20 mg/kg/day,生殖発生毒性に関する無影響量は親動物および児動物ともに100 mg/kg/dayと考えられる.
文献
1) | EPA/OTS, Doc #89-910000064, 1991. |
2) | 後藤 稠,池田正之,原 一郎編,"産業中毒便覧(増補版),"医歯薬出版株式会社,東京,1984,pp.893-993. |
3) | B. I. Ghanayem et al., Toxicol. Appl. Phermacol., 80, 323(1985). |
4) | B. I. Ghanayem et al., Toxicol. Appl. Pharmacol., 80, 336(1985). |
5) | B. I. Ghanayem et al., Toxicol. Appl. Pharmacol., 83,576(1986). |
6) | J. M. Ward, "Monographs on Pathology of Laboratory Animals:Hemopoietic System," eds. by T. C. Jones, J. M. Ward, U. Mohr and R. D. Hunt, Springer-Verlag, Berlin, 1990, pp.155-161. |
7) | P. Greaves, "Histopathology of Preclinical Toxicity Studies," Elsevier, Amsterdam, 1990, pp.112-114. |
連絡先 |
| 試験責任者: | 松浦郁夫 |
| 試験担当者: | 田谷ゆかり,土谷 稔,涌生ゆみ,豊田直人,高野克代 |
| (株)三菱化学安全科学研究所鹿島研究所 |
| 〒314-02 茨城県鹿島郡波崎町砂山14 |
| Tel 0479-46-2871 | Fax 0479-46-2874 | |
Correspondence |
| Authors: | Ikuo Matsuura(Study director) Yukari Taya,Minoru Tsuchitani,Yumi Wako,Naoto Toyota, Katsuyo Takano |
| Mitsubishi Chemical Safety Institute Ltd.,Kashima Laboratory |
| 14 Sunayama, Hasaki-machi, Kashima-gun, Ibaraki, 314-02, Japan |
| Tel +81-479-46-2871 | Fax +81-479-46-2874 | |