2,3,6-トリメチルフェノールのラットを用いる28日間反復経口投与毒性試験

Twenty-eight-day Repeat Dose Oral Toxicity Test of 2,3,6-Trimethylphenol in Rats

要約

2,3,6-トリメチルフェノールの28日間反復経口投与毒性試験(回復14日間) を雌雄のSprague-Dawley系(Crj:CD)ラットを用いて実施した.投与量は,雌雄とも0(対照群),100,300および1000 mg/kgを設定し,0および1000 mg/kg投与群は回復試験の動物5匹を含む1群10匹,100および300 mg/kg投与群は1群5匹を使用して毒性試験を行った.その結果,以下の成績を得た.

投与期間中に,1000 mg/kg投与群の雌2例が投与過誤により死亡した.

被験物質投与との関連を示唆する変化として,1000 mg/kg投与群では以下の所見が認められた.投与直後には,一過性変化の腹臥ないし歩行失調のほか,流涎が繰り返し散見された.これらの変化は,いずれも所見を認めた翌日の投与前までには消失し,流涎については,投与刺激による反射的反応であり,毒性変化ではないと判断した.投与期間中は,体重増加抑制および摂餌量の減少を示した.尿検査では,雄で尿量の有意な増加および尿比重の有意な減少ならびに黄色尿が認められ,雌で黄色尿のほか尿中の蛋白,ビリルビンおよびウロビリノーゲンの増加傾向が認められた.血液学検査では,雌で赤血球数,血色素量およびヘマトクリット値が有意に減少し,血液生化学検査では,雄で無機リン濃度が有意に増加,アルブミン濃度が有意に減少した.器官重量測定では,雄で副腎の絶対重量が有意に減少し,雌で脾臓の絶対重量および相対重量ならびに肝臓の相対重量が有意に増加した.病理学検査では,雌雄の肝臓でくもり硝子状変化を伴った小葉中心性の肝細胞肥大が散見され,その発現頻度は雄で有意に増加した.雌雄の脾臓では,静脈洞拡張およびヘモジデリン沈着が著しく,雌では髄外造血の亢進が認められた.また,前胃の扁平上皮にびまん性過形成が認められた.2週間の休薬により,これらの変化は概ね消失したが,回復期間終了時,雄で平均赤血球容積および平均赤血球血色素量が有意に減少し,雌の脾臓では投与期間終了時と同様に相対重量の有意な増加がみられた.病理組織学検査では,上記の肝臓および胃に認められた変化ならびに雌の髄外造血の亢進は,消失ないし軽減した.脾臓のヘモジデリン沈着は,雌雄とも対照群より著明であった.300 mg/kg投与群では,1000 mg/kg投与群に認められた上記の変化の内,雌雄で一過性の流涎,雌で体重増加抑制および摂餌量減少が認められたほか,雄では尿比重低下,血中無機リン濃度の増加および副腎の絶対重量減少が認められた.100 mg/kg投与群では,雌雄とも被験物質投与との関連を示唆する変化は認められなかった.

以上のことから,本試験条件下における2,3,6-トリメチルフェノールの無影響量は,雌雄とも100 mg/kg/day であると判断される.

方法

1. 被験物質および投与検体の調製法

被験物質には,本州化学工業(株)(和歌山)より提供された2,3,6-トリメチルフェノール(ロット番号:971209,白色固体,純度99.67 wt%)を使用し,入手後,試験開始までは密栓,室温,遮光下にて保管した.被験物質を20,6,2 w/v%の各濃度になるように,コーンオイル〔ロット番号:V7R2020,ナカライテスク(株)〕に溶解して投与検体とした.なお,調製検体中の被験物質の安定性および含量を測定した結果,0.2および20 w/v%コーンオイル溶液中の被験物質は,室温・遮光の条件で8日間は安定であり,含量は所定濃度の99.5〜103 w/v%であることが確認された.

2. 動物および飼育方法

試験には,生後4週で購入し,検疫を兼ねて6日間予備飼育した雌雄のSprague-Dawley系ラット(Crj:CD;SPF,日本チャールス・リバー(株),各30匹を試験に供した.動物は,温度23〜26℃,湿度46〜63 %,換気回数約15回/時,照明12時間(7〜19時)の飼育室内で,金属製金網床ケージに1匹ずつ収容し,固型飼料(CE-2,日本クレア(株))および水道水(秦野市水道局給水)を自由に摂取させて飼育した.

3. 投与用量および群分け

本試験に先立って実施した予備試験では,雌雄のラットに被験物質を40,200あるいは1000 mg/kgの用量で7 日間反復経口投与した.その結果,1000 mg/kg投与群の雄では,初回投与後,一過性に全身性の衰弱が観察された.また,同群の雌雄では体重の増加抑制傾向が認められた他,投与期間終了時の剖検所見として,前胃の潰瘍もしくはその修復像を示唆する変化が散見された.40および200 mg/kg投与群では,雌雄共に明らかな毒性は認められなかった.よって,本試験では雌雄とも確実中毒量である1000 mg/kgを最高用量とし,以下を公比約3で除して300 mg/kgおよび100 mg/kg投与群を設定した.

群分けは,投与開始前日の体重に基づいて,体重別層化無作為抽出法により行った.動物数は,各性毎に,対照群および1000 mg/kg投与群は各10匹,100 mg/kgおよび300 mg/kg投与群は各5匹とし,そのうち,雌雄の対照群および雄の1000 mg/kg投与群の各5匹ならびに雌の1000 mg/kg投与群の4匹は,回復試験に用いた.

4. 投与方法

本試験の投与経路は,強制経口投与とし,1日1回,28日間,ラット用胃管を用いて投与し,投与容量は,雌雄とも5 mL/kgとして,各投与時の最近時の体重を基に投与液量を個別に算出した.なお,回復期間は14日間とした.

5. 検査項目

1) 一般検査

投与期間および回復期間を通じて,死亡例の有無を調べたほか,全例の一般状態を投与期間中は毎日投与前および投与後の2回(回復期間中は1回),観察した.体重は,投与開始週では,投与開始直前と投与第4日,第2週以降の投与期間および回復期間中は,全例について1週に2回の頻度で測定し,投与期間あるいは回復期間終了日,剖検日および死亡時にも測定を行った.また,投与開始週では,投与開始日に,第2週以降の投与期間および回復期間中は,全例について1週に1回の頻度で1日当たりの摂餌量の測定を行った.

2) 尿検査

各群とも動物番号の若い方から5 匹を選択して(生存例数が5匹以下の群は全例),投与第1,4週および回復期間終了週に代謝ケージに収容し,約4および24時間の時点で採尿した.この4時間尿を用いて,pH,潜血,蛋白,糖,ケトン体,ビリルビン,ウロビリノーゲンおよび沈渣を試験紙法(クリニテック200+,バイエル・三共(株))および光学顕微鏡によりそれぞれ検査し,24時間尿を用いて,尿量(天秤で重量を計測し,比重で除す),色調および濁度(視診),比重(単位体積あたりの重量を測定)を検査した.

3) 血液学検査

投与期間ないし回復期間終了日から翌日の剖検日にかけて定期解剖例全例を18から24時間絶食させ,ペントバルビタールナトリウム麻酔下で腹部後大静脈よりEDTA 2Kを抗凝固剤として採血し,Coulter Counter Model S-PLUS(コールターエレクトロニクス(株))により赤血球数(電気抵抗法),白血球数(電気抵抗法),血色素量(吸光度法)平均赤血球容積(電気抵抗法)および血小板数(電気抵抗法)を測定し,これらを基にヘマトクリット値,平均赤血球血色素量および平均赤血球血色素濃度を算出した.血液の一部は塗抹標本とし,白血球分類(Wright-Giemsa染色)および網状赤血球比率(Brecher法)を求めた.また,クエン酸ナトリウムを抗凝固剤として採取した血液を用いてプロトロンビン時間および活性部分トロンボプラスチン時間(光散乱検出法,CA-1000,東亜医用電子(株))を測定した.

4) 血液生化学検査

血液学検査用の採血に引き続き,ヘパリンを抗凝固剤として死亡例を除く全例から採血し,血漿を分離して遠心方式生化学自動分析装置(COBAS-FARA,ロシュ・ダイアグノスティックス(株))により,総蛋白濃度(ビウレット法),アルブミン濃度(BCG法),総コレステロール濃度(COD・DAOS法),ブドウ糖濃度(グルコキナーゼ・G6PDH法),尿素窒素濃度(ウレアーゼ・Gl.DH法),クレアチニン濃度(Jaff法),アルカリフォスファターゼ活性(GSCC法),GOT活性(IFCC法),GPT 活性(IFCC法),LDH活性(Wrblewski-La Due法),カルシウム濃度(OCPC法),無機リン濃度(モリブデン酸直接法),トリグリセライド濃度(GPO・DAOS法),γ-GTP活性(γ-グルタミル-3-カルボキシ-4-ニトロアニリド基質法)を測定し,A/G比を算出した.また,全自動電解質分析装置(EA05,(株)A&T)により,ナトリウム濃度,カリウム濃度および塩素濃度(イオン電極法)を測定した.

5) 病理学検査

上記の採血に引き続き,必要に応じて腋窩動脈を切断して放血屠殺したのち,器官および組織の肉眼的観察を行った.また,各動物の脳,胸腺,心臓,肝臓,腎臓,脾臓,副腎,卵巣または精巣,精巣上体の重量測定を行い,各器官重量を剖検日の体重で除して,それぞれの相対重量を算出した.さらに,脳,脊髄,下垂体,眼球,ハーダー腺,甲状腺(上皮小体を含む),顎下腺(舌下腺を含む),胸腺,心臓,肺,肝臓,腎臓,脾臓,膵臓,副腎,胃,十二指腸,空腸,回腸,結腸,直腸,卵巣または精巣,精嚢,精巣上体,膀胱,前立腺,大腿骨骨髄,坐骨神経および下腿部骨格筋を0.1 Mリン酸緩衝10 %ホルマリン液(pH 7.2)に固定した.脳,胸腺,心臓,肝臓,腎臓,脾臓,副腎,胃,精巣,精巣上体,卵巣,骨髄(大腿骨)のほか,病変部(肺,皮膚)について組織学検査を実施した.次いで,被験物質投与による影響が疑われた胸腺,肝臓,腎臓,脾臓および胃について,全例の検査を行った.また,脾臓では組織学検査で褐色色素沈着がみられたため,全例のベルリンブルー染色標本を作製した.死亡例は器官重量を測定せず,それ以外は屠殺例と同様の病理学検査を行った.回復期間終了時の剖検例については,肝臓,脾臓,胃および病変部(肺)の組織学検査を実施した.

6. 統計解析

体重,摂餌量,摂水量, 半定量検査を除く尿検査および定期解剖例の血液学検査,血液生化学検査ならびに器官重量について,群ごとに平均値および標準偏差を求めた.また,試験群の構成が対照群を含め3群以上ある場合は,Bartlettの方法による分散の一様性の検定,一元配置型の分散分析ないしKruskal-Wallisの順位検定およびDunnettないしDunnett型の検定法で多重比較を行った.また,2群となる場合には,Studentのt検定ないしAspin-Welchのt検定を行った.さらに,病理組織学検査所見は,グレード分けしたデータについてMann-Whitney U検定(両側検定)を,陽性グレードを示した例数の合計値についてFisher直接確率の片側検定を行った.なお,これら対照群および被験物質投与群との間の有意差検定はいずれの場合も有意水準を5 %とした.

結果

1. 死亡例および一般状態

1000 mg/kg投与群の雌2 例が,投与第3および9日に死亡した.剖検の結果,これらは共に胸腔内に投与検体と思われる油状液体が認められた.従って,死因は投与過誤であると判断された.

一般状態の変化として,雌雄の1000 mg/kg投与群には,投与期間中に腹臥位または歩行失調を示す例が観察された.この変化は,いずれも投与後の観察において散見され,死亡例を除き変化を認めた翌日の投与前には消失する一過性のものであった.この変化は,しばしば繰り返し観察され,その例数は,雄では6例,雌では9例であった.

また,雌雄の300および1000 mg/kg投与群には,投与直後の一過性流涎が認められた.この変化は,雌雄とも1000 mg/kg投与群の方がより早期且つ高頻度に認められ,同群では,雌1例(投与第3日死亡)を除いて全例に観察された.また,投与直前の保定時から流涎を生じた例も散見された.

その他には,投与第3 週から投与期間終了時屠殺まで,対照群および300 mg/kgの雌各1例に,体表の脱毛が認められた.

回復期間中の観察では,全例において変化はみられなかった.

2. 体重(Fig. 1)

投与期間中は,1000 mg/kg投与群では雌雄ともに,対照群と比較して体重増加抑制の傾向がみられ,雄では第25および28日に,雌では第4および8日に各々有意な低値が認められた.また,300 mg/kg投与群の雌では,投与第4および8日に体重増加の抑制傾向がみられた.回復期間中には,1000 mg/kg投与群の雌では全測定値が有意な低値を示したが,同群の雄では,差は認められなかった.

3. 摂餌量(Fig. 2)

雌雄の1000 mg/kg投与群において,投与第1日に有意な減少が認められたほか,雌の300 mg/kg投与群では,投与第8日に有意な減少が認められた.

4. 尿検査(Table 1)

投与期間終了週の検査では,1000 mg/kg投与群の雄3例および雌全例において尿の黄色化がみられた.また,同群の雄では,尿量の有意な増加および尿比重の有意な減少が認められた.尿比重の有意な減少は,雄の300 mg/kg投与群においても認められた.1000 mg/kg投与群の雌では,尿中蛋白,ビリルビンおよびウロビリノーゲンの増加傾向が認められた.

回復期間終了週の検査では,雌の1000 mg/kg投与群の尿中蛋白の増加は軽減され,その他も概ね消失した.

5. 血液学検査(Table 2)

投与期間終了時の検査では,1000 mg/kg投与群の雌に赤血球数,血色素量およびヘマトクリット値の有意な減少が認められた.また,同群の雌雄各2例ずつに,多染性赤血球の増加が観察されたほか,雌では網状赤血球比率が増加する傾向があった.

回復期間終了時の検査では,1000 mg/kg投与群の雄で,平均赤血球血色素量および平均赤血球容積の有意な減少が認められた.

6. 血液生化学検査(Table 3)

投与期間終了時の検査では,雄の300および1000 mg/kg投与群において無機リン濃度が有意に増加し,1000 mg/kg投与群においてアルブミン濃度が有意に減少した.その他にも有意差を示した項目があったが,被験物質の用量に依存した変化ではなかった.

回復期間終了時の検査では,上記変化はいずれも消失した.また,投与期間終了時に変化を示さなかった項目において,有意差を生じた項目が散見された.

7. 病理学検査

1) 器官重量(Table 4)

投与期間終了時屠殺例では,雄の 300および1000 mg/kg投与群において副腎の絶対重量が有意に減少し,雌の1000 mg/kg投与群において脾臓の絶対重量および相対重量ならびに肝臓の相対重量が有意に増加した.また,体重が低値を示した雄の1000 mg/kg投与群において,脳および精巣の相対重量が有意に増加した.

回復期間終了時屠殺例では,雌の1000 mg/kg投与群の脾臓の相対重量の有意な増加は認められたが,その他の変化は,概ね消失していた.また,その他にも統計学的に有意差を生じた項目が散見されたが,いずれも投与期間終了時に認められた変化ではなかった.

2) 剖検所見

投与期間終了時屠殺例では,1000 mg/kg投与群の雄1 例の前胃粘膜に水腫がみられた.また,300 mg/kg投与群の雄1例の胸腔内に,投与検体と思われる白色の物質が認められた.その他,被験物質投与群では,肺・気管支に暗色点,暗赤色点や白色領域,肝臓に淡色点,副腎に暗色点,卵巣嚢の拡張,皮膚に貧毛および痂皮形成がみられたが,被験物質投与との関連は明らかではなかった.

回復期間終了時屠殺例では,対照群および1000 mg/kg投与群の雄の肺に暗色点がみられた他に異常はなかった.

3) 病理組織学所見(Table 5)

i) 投与期間終了時屠殺例

(心臓)

対照群の雄2例,雌1例に心筋変性がみられたが,1000 mg/kg投与群には異常は観察されなかった.

(肝臓)

1000 mg/kg投与群の雄4例,雌1例に小葉中心性肝細胞肥大がみられ,細胞質はややくもり硝子状を示した.1000 mg/kg投与群の雄では肝細胞肥大の発現頻度に有意な増加が認められた.その他,門脈周囲性の脂肪化がみられたが,対照群と被験物質投与群との間に発現頻度および程度の差はなく,100 mg/kg投与群の雌1 例に限局性の脂肪化がみられたが,他の群には認められなかった.

(脾臓)

1000 mg/kg投与群の雌雄では,対照群よりヘモジデリン沈着が増加し,静脈洞の拡張がみられた.統計学的には,同群の雌雄においてヘモジデリン沈着の程度および静脈洞拡張の発現頻度ならびに程度が,同群の雌において髄外造血の程度が各々対照群より有意に増加した.

(腎臓)

対照群および1000 mg/kg投与群の雌雄では,皮質に好塩基性尿細管がみられ,雄ではeosinophilic bodyがみられたが,両群間に発現頻度および程度の差はなかった.その他,対照群の雄1例に嚢胞がみられ,同群の雌1例の皮髄境界部に鉱質沈着が認められた.

(胃)

1000 mg/kg投与群の雌雄全例の前胃に扁平上皮のびまん性過形成がみられ,程度および発現頻度が有意差を示した.その他,同群の雄1例の腺胃にびらんがみられた.

(肉眼的病変部)

肺の暗色点では,いずれの例にも出血がみられたが,軽度ないしごく軽度な変化であった.肺の淡色領域では,泡沫細胞の集簇がみられた.胸腔内白色物質を有した例の肺では,胸膜に異物肉芽腫が認められた.また,皮膚の脱毛,貧毛,または痂皮部位には,潰瘍と痂皮および再生に伴うと思われる上皮細胞の過形成がみられた.

脳,脊髄,胸腺,膀胱,副腎,回腸,坐骨神経および大腿骨骨髄には,1000 mg/kg投与群の雌雄に異常は認められなかった.

ii) 回復期間終了時屠殺例

(肝臓)

投与期間終了時屠殺例にみられた肝細胞肥大は認められなかった.その他,門脈周囲性の脂肪化がみられたが,対照群と1000 mg/kg投与群との間に程度および頻度の差はなかった.

(脾臓)

1000 mg/kg投与群の雌雄ではヘモジデリン沈着が増強しており,雄ではその程度が有意な増加を示した.また,同群の雄1例に静脈洞の拡張がみられた.全例に髄外造血がみられたが,雌雄とも対照群との間に程度の差はなかった.

(胃)

1000 mg/kg投与群の雌1例の前胃に扁平上皮のびまん性過形成がみられた他には,異常はみられなかった.

(肺)

1000 mg/kg投与群の雄2例および対照群の雄1例に軽度の出血がみられた.

考察

1000 mg/kg投与群の雌雄には,投与第1〜4週の間に,投与後に一過性の歩行失調が頻発した.この変化は,同被験物質の急性毒性試験における一般状態でも認められた変化と同様であり,被験物質投与に惹起された毒性症状であると考えられる.しかしながら,この変化との関連を示唆する他の変化は全検査項目において認められず,本所見の発現機序は明らかではない.

全身性の毒性として,1000 mg/kg投与群の雌雄では,投与期間中に体重増加抑制が認められた.同群では,投与初期に摂餌量が減少している.摂餌量の減少は,300 mg/kg投与群の雌でも認められ,その日の体重は,有意差はなかったものの低値を示しており,両変化の連動性が窺える.1000 mg/kg投与群の雌では,回復期間中は一貫して体重が有意な低値を示したが,加齢とともに増加しており,投与期間中の発育遅延により対照群との差を有したまま推移したと考えられる.

1000 mg/kg投与群の雌では,赤血球数,血色素量およびヘマトクリット値の減少,尿中ウロビリノーゲンの増加傾向,脾臓の重量増加および髄外造血亢進,静脈洞拡張およびヘモジデリン沈着などがあり,さらに,網状赤血球比率や多染性赤血球の増加傾向が認められたことから,溶血が示唆された.同群の雄では,貧血傾向および髄外造血の亢進は認められなかったものの,ヘモジデリン沈着の程度が増加傾向を示したことから,雌と同様に被験物質投与により溶血を生じた可能性が高い.

1000 mg/kg投与群の雌雄では,全例で前胃の扁平上皮のびまん性過形成がみられた.また,同群の雄1例では腺胃のびらんがみられ,雌1例(死亡例)の前胃には潰瘍の修復像と考えられる限局性の過形成が観察された.これらの変化が生じた機序は明らかではないが,被験物質の胃粘膜刺激性に由来すると推察される.

肝臓では,1000 mg/kg投与群の雄において,くもり硝子状を呈し肥大した肝細胞が小葉中心性に観察された.同群の雌では,この組織変化は軽度であったが,肝臓の相対重量の有意な増加が認められた.これらの変化は,被験物質投与により肝臓の薬物代謝酵素が誘導された可能性を示唆する.

上記の毒性変化は,2週間の回復期間を経て,概ね消失した.溶血を示唆した変化についても,雌雄とも脾臓のヘモジデリン沈着は認められたものの,赤血球数や髄外造血の程度に差はみられなかったことから,休薬によりこの変化の進行も停止するものと思われた.

投与直後の一過性の流涎は,用量依存的かつ高頻度に認められたが,毒性発現とはみなさなかった.この流涎は,強制経口投与された検体に対する忌避感(苦味や刺激等)から,反射的に生じたものである可能性が高い.投与直前の保定時から流涎を発した例については,反復投与により条件反射が成立したためであると考えられる.

以上のように,本試験では一過性の歩行失調,体重増加抑制,摂餌量の減少,前胃上皮のびまん性過形成が認められたほか,溶血および肝臓の薬物代謝酵素誘導を示唆する変化がみられた.100 mg/kg投与群の雌雄では,これらの所見はいずれも認められなかった.したがって,本試験条件下における2,3,6-トリメチルフェノールの無影響量は,雌雄とも100 mg/kg/dayであると判断される.

連絡先
試験責任者:大原直樹
試験担当者:関  誠,加藤博康,関 剛幸,笠間菊子,吉村慎介
(財)食品薬品安全センター 秦野研究所
〒257-8523 神奈川県秦野市落合729-5
Tel 0463-82-4751Fax 0463-82-9627

Correspondence
Authors:Naoki Ohara(Study Director)
Makoto Seki, Hiroyasu Katoh, Takayuki Seki, Kikuko Kasama, Shinsuke Yoshimura
Hatano Research Institute, Food and Drug Safety Center
729-5 Ochiai, Hadano-shi, Kanagawa, 257-8523, Japan
Tel +81-463-82-4751Fax +81-463-82-9627