2,2,6,6-テトラメチル-4-ヒドロキシピペリジンの
チャイニーズ・ハムスター培養細胞を用いる染色体異常試験

In Vitro Chromosomal Aberration Test of
2,2,6,6-Tetramethyl-4-hydroxypiperidine on Cultured Chinese Hamster Cells

要約

2,2,6,6-テトラメチル-4-ヒドロキシピペリジンの培養細胞に及ぼす細胞遺伝学的影響について,チャイニーズ・ハムスター培養細胞(CHL/IU)を用いて染色体異常試験を実施した.

細胞増殖抑制試験の結果をもとに,連続処理法および短時間処理法のいずれにおいても800 μg/mLを最高濃度とし,それぞれ公比2で4用量を設定した.

CHL/IU細胞を24時間および48時間連続処理した結果,いずれの処理群においても,染色体の構造異常や倍数性細胞の誘発作用は認められなかった.

また,短時間処理法のS9 mix存在下および非存在下のいずれの処理群においても,染色体の構造異常や倍数性細胞の誘発作用は認められなかった.しかしながら,短時間処理法のS9 mix非存在下の最高濃度(800 μg/mL)の分裂指数が6.6であることから,さらに高濃度において分裂中期細胞の観察が可能と推測されたため,1200 μg/mLを最高濃度とし,1000,800 μg/mLの3用量で追加試験1を実施した.その結果,いずれの濃度においても,染色体構造異常や倍数性細胞の誘発作用は認められず,また,1200 μg/mLの分裂指数が6.3であったことから,さらに同条件下において2000,1500,1000 μg/mLの3用量で追加試験2を実施した.その結果,2000 μg/mLで染色体構造異常および数的異常細胞の出現頻度はそれぞれ6.0,7.0 %となった.そこで,さらに再現性確認のため追加試験2と同条件で追加試験3を実施したところ,2000 μg/mLで染色体構造異常細胞の出現頻度は17.5 %となり,再現性が認められた.なお,追加試験2および3における2000 μg/mLの分裂指数はそれぞれ1.6,3.3であった.

以上の結果より,2,2,6,6-テトラメチル-4-ヒドロキシピペリジンは,染色体異常を誘発する(陽性)と結論した.

方法

1. 使用した細胞

大日本製薬から入手(1996年11月,入手時:継代14代,凍結時:17代)したチャイニーズ・ハムスター由来のCHL/IU細胞を,解凍後継代5代以内で試験に用いた.

2. 培養液の調製

培養には,非働化した仔牛血清(CS:GIBCO BRL,ロット番号:35K7844,39K0464)を10 %添加したイーグルMEM(日水製薬)培養液を用いた.

3. 培養条件

2×10^4個のCHL/IU細胞を,培養液5 mLを入れたディッシュ(径6 cm, Becton Dickinson and Company)に播き,37℃のCO2インキュベーター(5 % CO2)内で培養した.

連続処理法では,細胞播種3日目に被験物質を加え,24時間および48時間処理した.また,短時間処理法では,細胞播種3日目にS9 mixの存在下および非存在下で6時間処理し,処理終了後新鮮な培養液でさらに18時間培養した.

4. 被験物質

2,2,6,6-テトラメチル-4-ヒドロキシピペリジン(ロット番号:6509051,三井石油化学工業−現三井化学−提供)は,分子式C9H19NO,分子量157.26,純度99.8 %(不純物として,トリアセトンアミン0.1 %以下,2,2,6,6-テトラメチル-4-アミノピペリジン0.02 %,2,2,6,6-テトラメチルテトラヒドロピラン-4-オール0.04 %を含む)の白色顆粒である.通常の取り扱い条件では安定である.なお,本ロットの安定性は,実験開始前および実験終了後に被験物質供給者が分析し,確認した.

5. 被験物質溶液の調製

被験物質調製液は,用時調製した.溶媒は局方生理食塩液(生食,大塚製薬工場,ロット番号:K6F82,K7F75, K8B74)を用いた.原体を溶媒に溶解して原液を調製し,ついで原液を溶媒で順次希釈して所定の濃度の被験物質調製液を作製した.被験物質調製液は,すべての試験において培養液の10(v/v)%になるように加えた.なお,純度換算は行わなかった.

6. 細胞増殖抑制試験による処理濃度の決定

染色体異常試験に用いる被験物質の処理濃度を決定するため,被験物質の細胞増殖に及ぼす影響を調べた(Fig.1, 2).被験物質のCHL/IU細胞に対する増殖抑制作用は,単層培養細胞密度計(Monocellator TM,オリンパス光学工業)を用いて各群の増殖度を測定し,被験物質処理群の陰性対照群に対する細胞増殖の比をもって指標とした.なお,連続処理法は,500〜1000 μg/mLで細胞生存率に急激な変化が認められたため,1000 μg/mLを最高濃度として追加試験を実施した(Fig.2).

その結果,約50 %の増殖抑制を示す濃度を,プロビット法により算出したところ,連続処理法の24時間および48時間処理ではそれぞれ572,683 μg/mLであった.また,短時間処理法のS9 mix存在下および非存在下における約50 %の増殖抑制を示す濃度は,それぞれ726,565 μg/mLであった(Fig.1, 2).

7. 実験群の設定

細胞増殖抑制試験の結果を基に,染色体異常試験は連続処理法および短時間処理法のいずれの処理条件においても800 μg/mLを最高濃度とし,それぞれ公比2で4用量を設定した.

追加試験は,分裂指数を基に追加試験1では1200,1000,800 μg/mLを設定し,追加試験2,3では2000,1500,1000 μg/mLを設定した.

陽性対照として,連続処理法は,マイトマイシンC(MMC,協和発酵工業,ロット番号:119AFG)を0.03 μg/mL,短時間処理法は,ベンゾ〔a〕ピレン(BP,東京化成工業,ロット番号:AX01)を20 μg/mL設定した.

8. 染色体標本作製法

培養終了の2時間前に,コルセミドを最終濃度が約0.1 μg/mLになるように培養液に加えた.染色体標本の作製は常法に従って行った.スライド標本は各ディッシュにつき2枚作製した.作製した標本を,3 %ギムザ溶液で20分間染色した.

9. 染色体分析

作製したスライド標本のうち,1枚のディッシュから得られたスライドを処理条件が分からないようにコード化した状態で分析した.染色体の分析は,日本環境変異原学会・哺乳動物試験分科会(MMS)1)による分類法に基づいて行い,染色体型あるいは染色分体型のギャップ,切断,交換などの構造異常の有無と倍数性細胞(polyploid)の有無について観察した.また,構造異常および倍数性細胞については1群200個の分裂中期細胞を分析した.

10. 記録と測定

溶媒および陽性対照群と被験物質処理群についての分析結果は,観察した細胞数,構造異常の種類と数,倍数性細胞の数について集計し,各群の値を記録用紙に記入した.構造異常は,ギャップを持つ細胞を含めた場合(+gap)と含めない場合(-gap)とに区別して集計した.被験物質の染色体異常誘発性についての判定は,石館ら2)の判定基準に従い,染色体異常を有する細胞の頻度が5 %未満を陰性(-),5 %以上10 %未満を疑陽性(±),10 %以上を陽性(+)とした.

結果および考察

連続処理法による染色体分析の結果をTable 1に示した.2,2,6,6-テトラメチル-4-ヒドロキシピペリジンを加えて24時間および48時間連続処理したいずれの処理群においても,染色体の構造異常および倍数性細胞の出現頻度は5 %未満であった.一方,陽性対照物質のMMCで処理した細胞は,染色体構造異常の顕著な誘発が認められた.

短時間処理法による染色体分析の結果をTable 2-5に示した.細胞増殖抑制試験の結果を基に,2,2,6,6-テトラメチル-4-ヒドロキシピペリジンを加えてS9 mix存在下および非存在下で6時間処理した結果,いずれの処理群においても,染色体の構造異常および倍数性細胞の出現頻度は5 %未満であった.しかしながら,S9 mix非存在下の800 μg/mLの分裂指数が6.6であり,さらに高濃度においても分裂中期細胞の観察が可能と判断して1200 μg/mLを最高濃度とし,1000,800 μg/mLの3用量で追加試験1を実施した.その結果,いずれの濃度においても,染色体の構造異常や倍数性細胞の誘発作用は認められなかった.また,この時の1200 μg/mLの分裂指数が6.3であったことから,さらに同条件下において2000,1500,1000 μg/mLの3用量で追加試験2を実施した.その結果,2000 μg/mLの染色体構造異常および数的異常細胞の出現頻度はそれぞれ6.0,7.0 %となった.そこで,さらに再現性確認のため同条件,同濃度で追加試験3を実施したところ,2000 μg/mLで染色体構造異常細胞の出現頻度は17.5 %となり,再現性が認められた.

なお,追加試験2および3の2000 μg/mLの分裂指数はそれぞれ1.6および3.3であった.

一方,陽性対照物質のBPで処理した細胞は,S9 mix存在下でのみ染色体構造異常の顕著な誘発が認められた.

従って,上記の試験条件下で,2,2,6,6-テトラメチル-4-ヒドロキシピペリジンは,染色体異常を誘発すると結論した.

なお,2,2,6,6-テトラメチル-4-ヒドロキシピペリジンおよび類似化合物における染色体異常に関する他の情報は得られなかった.

文献

1)日本環境変異原学会・哺乳動物試験分科会編,"化学物質による染色体異常アトラス,"朝倉書店, 1988.
2)石館 基 監修,"〈改訂〉染色体異常試験データ集,"エル・アイ・シー社,1987.

連絡先
試験責任者:太田絵律奈
試験担当者:中川宗洋,石毛裕子,穴澤由美子
三菱化学安全科学研究所 鹿島研究所
〒314-0255 茨城県鹿島郡波崎町砂山14
Tel 0479-46-2871Fax 0479-46-2874

Correspondence
Authors:Erina Ohta(Study director)
Munehiro Nakagawa, Yuko Ishige,
Yumiko Anazawa
Mitsubishi Chemical Safety Institute Ltd., Kashima Laboratory
14 Sunayama, Hasaki-machi, Kashima-gun, Ibaraki, 314-0255, Japan
Tel +81-479-46-2871Fax +81-479-46-2874