2,2,6,6-テトラメチル-4-ヒドロキシピペリジンのラットを用いる
単回経口投与毒性試験

Single Dose Oral Toxicity Test of 2,2,6,6-Tetramethyl-4-hydroxypiperidine in Rats

要約

既存化学物質の安全性を評価するため,2,2,6,6-テトラメチル-4-ヒドロキシピペリジンを雌雄のCrj:CD(SD)系ラットに単回経口投与し,急性毒性を検討した.

投与量は雌雄ともに592,769,1000,1300,1690 および 2197 mg/kgの6用量とした.

死亡動物は,雌雄とも 1300 mg/kg以上の用量群で投与後3時間以降13日までみられ,その多くが投与翌日に認められた.LD50値(95%信頼限界)は雄が1482(1239〜1774)mg/kg,雌が1564(1326〜1842)mg/kgであった.

一般状態の観察では 雌雄ともすべての用量群で自発運動低下,散瞳および眼瞼下垂がみられ,1300 mg/kg以上の用量群で腹臥位,体温低下,振戦が認められた.さらに雄の 1300 mg/kg群で削痩,腹部膨満および耳介等の蒼白,1690 mg/kg群で立毛,雌の 1690 mg/kg群で腹部膨満,耳介等の蒼白および脱毛が観察された.すべての用量群でみられた自発運動低下,散瞳および眼瞼下垂の多くは投与当日にみられ投与翌日には回復していた.また,2197 mg/kg群の雌雄でみられた散瞳の程度は重度で他の用量群に比較して強いものであった.

生存動物の体重は,1690 mg/kg群の雌雄では投与後7日の測定値が投与前の値に比較して減少したが,その他の用量群においては雌雄とも投与後7および14日の測定で前回の測定値に比較して増加していた.

剖検では,雌雄の死亡動物において腺胃のび漫性出血,十二指腸の赤色斑点が多数認められた.死亡動物の雌雄各1例および観察終了時解剖動物の雌1例について病理組織学検査を行った結果,腺胃に出血,壊死および空胞変性,十二指腸に浮腫,出血,壊死および空胞変性が観察されたことから消化管出血が死因と考えられた.

方法

1. 被験物質

2,2,6,6-テトラメチル-4-ヒドロキシピペリジン(三井石油化学工業)は,白色の顆粒で水に15〜16 %可溶,アセトンに易溶,分子量157.26の物質である.本試験に用いたロット番号6509051の純度は99.8 wt%であった.

2. 供試動物

5週齢の Crj:CD(SD)系ラット(SPF)雌雄各35匹を日本チャールス・リバーから購入した.動物は検収後,試験環境に馴化し,7週齢で投与した.

投与時の体重は,雄が 177〜195 g,雌が 139〜153 gであった.

3. 飼育

動物は,温度23±2℃,湿度55±10%,換気回数20回/時間,照度150〜300 lux,照明時間12時間(午前7時点灯,午後7時消灯)に設定された飼育室で,東京技研サービスの自動水洗式飼育機を使用し,ステンレス製網目飼育ケージに5匹ずつ収容して飼育した.飼育ケージおよび給餌器は週1回取り換えた.動物には,オリエンタル酵母工業製造の固型飼料MFを自由に摂取させ,飲料水としては,水道水を自由に摂取させた.なお,動物飼育期間中の温湿度の実測値は22.4〜23.2℃,51〜61%であり,動物の馴化期間を含め,観察期間中データの信頼性に影響を及ぼしたと思われる環境要因の変化はなかった.

4. 用量設定理由

本試験に先立ち,雌雄各3匹のラットに 500,1000 および 2000 mg/kgの被験物質を投与した予備試験の結果,2000 mg/kg群で雌雄全例,1000 mg/kg群の雌で3例中1例が死亡し,1000 mg/kg群の雄および 500 mg/kg群の雌雄には死亡例が認められなかった.また,中毒症状として自発運動低下,眼瞼下垂,散瞳,体温低下が雌雄とも全投与群で観察された.

以上の結果を参考として,本試験では雌雄とも 1000 mg/kgを中心に公比約 1.3で592,769,1000,1300 および 1690 mg/kgの5用量を設定したが,1690 mg/kgの雌雄で生存動物が認められたため,雌雄とも 2197 mg/kgを追加投与し6用量とした.

5. 群分け

動物はあらかじめ体重によって層別化し,無作為抽出法により各試験群を構成するように群分けした.

6. 投与液の調製および投与方法

所定量の被験物質を注射用蒸留水(大塚製薬工場,ロット番号6B77N)に溶解した.溶液の濃度は,592,769,1000,1300,1690 および 2197 mg/kg群で,それぞれ3.0, 3.8, 5.0, 6.5, 8.5および11.0 w/v%であった.すべての投与群について投与液の濃度分析を帝人バイオ・ラボラトリーズで実施した結果,設定濃度の99.6〜104 %の範囲であり,適切に調製されていた.

投与経路は経口とし,16時間絶食させた動物に上述の被験物質溶液を注射ポンプおよび胃ゾンデを用い,投与した.投与容量は体重100 gあたり2 mLとし,個体別に測定した体重に基づいて投与容量を算出し,投与した.給餌は被験物質投与3時間後に行った.

7. 一般状態の観察

中毒症状および生死の観察は,投与6時間までは1時間毎に,以後1日2回午前と午後(休日は午前のみ)14日間にわたって実施した.

8. 体重

体重は投与直前,投与後7および14日に測定した.また,死亡例については死亡発見時に測定した.

9. 50 %致死量(LD50)の算出

Litchfield-Wilcoxon(1949)の方法により,投与14日の死亡率からLD50値およびその95 %信頼限界を算出した.

10. 病理学検査

観察期間中の死亡例については死亡発見時に,また生存例については観察期間終了時にエーテル麻酔後放血安楽死させ解剖した.肉眼的に異常の認められた器官,組織について記録するとともに,10 %中性緩衝ホルマリン液に保存し,その一部を病理組織学検査に供した.

結果

1. 死亡率およびLD50値

死亡動物は,雌雄とも1300 mg/kg以上の用量群で投与後3時間以降13日までみられ,その多くが投与翌日に認められた.592,769,1000,1300,1690 および 2197 mg/kg群の死亡率は雄がそれぞれ0,0,0,20,80および100%,雌がそれぞれ0,0,0,20,60および100%であった.LD50値は雄が1482 mg/kg(95%信頼限界1239〜1774 mg/kg),雌が1564 mg/kg(95%信頼限界1326〜1842 mg/kg)であった.

2. 一般状態

雌雄とも全ての用量群で自発運動低下および散瞳が投与後1時間から,眼瞼下垂が投与後1〜3時間からみられた.また,1300 mg/kg群の雄では投与後13日に死亡した1例で削痩と耳介等の蒼白が投与後8日から,体温低下および腹部膨満が投与後10日から死亡するまで観察された.雌の 1300 mg/kg群では腹臥位および振戦が投与後6時間に観察された.1690 mg/kg群の雌雄では,腹臥位,振戦および体温低下,さらに雄では立毛が投与後7日のみに1例,雌では腹部膨満,耳介等の蒼白および脱毛が投与後7日から観察終了日まで2例にみられた.2197 mg/kg群の雌雄では体温低下が投与後2〜6時間に認められた.

全ての用量群でみられた自発運動低下,散瞳および眼瞼下垂の多くは投与日にみられ投与翌日には回復していた.また,2197 mg/kg群の雌雄でみられた散瞳の程度は重度で他の試験群に比較して強いものであった.

3. 体重

投与後7日の測定で 1690 mg/kg群の生存動物は雌雄とも前回の測定値に比較して減少したが,投与後14日の測定ではすべての動物が前回の測定値と比較して増加していた.

その他の用量群においては雌雄とも投与後7および14日の測定で前回の測定値に比較して増加していた.

4. 病理所見

剖検では,雌雄とも 592,769 および 1000 mg/kg群には異常所見が認められなかった.1300 mg/kg群では雌雄とも生存動物に異常所見はなかったが,死亡動物の雌雄各1例には胃の内腔拡大がみられた.1690 mg/kg群の死亡動物では雌雄とも腺胃のび漫性出血,十二指腸の赤色斑点が多数みられ,さらに雌の1例には十二指腸の局所的な出血が認められた.また,雄の生存動物および投与後7日の死亡例には胃と肝臓の局所的な癒着,胃の内腔拡大がみられ,雌の生存動物には胃と脾臓の局所的な癒着, 胃の内腔拡大および腺胃の赤色斑点がみられた.2197 mg/kg群の死亡動物には雌雄とも腺胃のび漫性出血および小腸の赤色化が認められた.

病理組織学検査は1690 mg/kg群の死亡動物で比較的死後変化の進んでいない雌雄各1例および観察終了時解剖動物の雌1例について胃および十二指腸を対象に行った.その結果,死亡動物の雄では腺胃に出血,壊死および空胞変性,前胃に空胞変性,十二指腸に浮腫,出血および空胞変性が,雌では腺胃に壊死,十二指腸に出血,壊死および空胞変性が観察された.観察終了時解剖動物の雌では腺胃に局所的なびらんが観察され出血および再生像を伴っていた.また,前胃は角化亢進が顕著であったが,十二指腸には異常病変はなかった.

考察

2,2,6,6-テトラメチル-4-ヒドロキシピペリジンについてラットを用いる急性経口毒性試験を実施した.

その結果,死亡動物は投与後3時間以降13日までみられ,その多くが投与翌日に認められた.中毒症状として,雌雄とも自発運動低下,散瞳,眼瞼下垂,腹臥位,体温低下,振戦,腹部膨満および耳介等の蒼白,さらに雄で立毛および削痩,雌で脱毛がみられた.これらのうち,自発運動低下,散瞳,眼瞼下垂および振戦は被験物質の直接的な作用,腹臥位および体温低下は死に至る過程でみられた所見と考えられた.

剖検では雌雄の 1690 mg/kg以上の用量群の死亡動物において腺胃のび漫性出血,十二指腸の赤色斑点が多数認められた.1690 mg/kg群の死亡動物の雌雄各1例について病理組織学検査を行った結果,腺胃に出血,壊死および空胞変性,前胃に空胞変性および十二指腸に浮腫,出血,壊死および空胞変性が観察されたことからいずれの動物も消化管出血が死因と考えられた.また,消化管出血を引き起こした原因は本被験物質が強アルカリ性物質(原液;pH 約14,投与液;pH 11.8)であることによるものと考えられた.

連絡先
試験責任者:山本利男
試験担当者:藤島 敦
(財)食品農医薬品安全性評価センター
〒437-1213 静岡県磐田郡福田町塩新田582-2
Tel 0538-58-1266Fax 0538-58-1393

Correspondence
Authors:Toshio Yamamoto(Study director)
Atsushi Fujishima
Biosafety Research Center, Foods, Drugs and Pesticides(An-Pyo Center)
582-2 Shioshinden, Fukude-cho, Iwata-gun, Shizuoka, 437-1213, Japan
Tel +81-538-58-1266Fax +81-538-58-1393