2-ヒドロキシ-4-(オクチルオキシ)ベンゾフェノンの
ラットを用いる28日間反復経口投与毒性試験

Twenty-eight-day Repeat Dose Oral Toxicity Test of
2-Hydroxy-4-(octyloxy)benzophenone in Rats

要約

2-ヒドロキシ-4-(オクチルオキシ)ベンゾフェノンは,プラスチックスや合成繊維の耐候性改良,食品や医療品などの容器・包装材に使用して内容物の紫外線からの保護,日焼け防止,シャンプーの分離防止,UVカットフィルムに用いる紫外線吸収材の目的で利用されているベンゾフェノン系紫外線吸収材である.毒性情報として,経口投与のLD50値はマウスで10985 mg/kg以上と報告されている1).

今回, 2-ヒドロキシ-4-(オクチルオキシ)ベンゾフェノンの20,140および1000 mg/kg/dayをSD系ラットの雌雄に28日間反復投与し,その毒性について検討した.対照および1000 mg/kg/day群については14日間回復群を設けた.

全試験期間を通して死亡はみられず,一般状態,体重,摂餌量に変化はなく,血液学検査,血液生化学検査,尿検査および病理検査結果に,被験物質投与に起因した毒性変化は認められなかった.

以上の結果より,本試験条件下における 2-ヒドロキシ-4-(オクチルオキシ)ベンゾフェノンの無影響量は,雌雄ともに1000 mg/kg/dayと考えられる.

方法

1. 被験物質

2-ヒドロキシ-4-(オクチルオキシ)ベンゾフェノン(住友化学工業(株),ロット番号: 40650,純度: 99%以上)は,融点45〜50℃,水,熱,光等に安定,n-ヘキサンおよびベンゼンに可溶で,水には不溶の淡黄(白)色粉末である.本ロットについては試験期間中安定であることが確認された.投与液は被験物質を0.1% Tween80添加0.5%カルボキシメチルセルロース・ナトリウム水溶液に懸濁させ調製し,冷蔵保存した.投与液中の被験物質は冷蔵保存条件下で少なくとも8日間安定であり,また使用した投与液にはほぼ所定量の被験物質が均一に含有されていることを確認した.

2. 試験動物および飼育条件

日本チャールス・リバー (株)より入手したSD系ラット(Crj:CD, SPF)の雌雄を8日間検疫・馴化し,試験に使用した.投与開始前に動物を体重別層化無作為抽出法により群分けした.1群の動物数は雌雄各6匹とし,対照および高用量群についてはこの他に雌雄各6匹の14日間回復群を設けた.投与開始時の週齢は雌雄とも5週齢,体重範囲は雄が165〜190 g,雌が129〜153 gであった.

検疫・馴化期間を含めた全飼育期間中,温度 20〜25℃,湿度40〜70%,換気約12回/時,照明12時間(7:00〜19:00)に自動調節された飼育室を使用した.動物は,実験動物用床敷(ベータチップ:日本チャールス・リバー(株))を敷いたポリカーボネート製ケージに1ケージ当り2匹で収容し飼育した.

動物には,実験動物用固型飼料 (MF:オリエンタル酵母工業(株))および5 μmのフィルター濾過後,紫外線照射した水道水を,それぞれ自由摂取させた.

3. 投与量および投与方法

被験物質を 500および1000 mg/kgの各用量でSD系ラットに7日間反復経口投与した結果,1000 mg/kg群でも毒性変化は認められなかった.従って,本試験では高用量をガイドラインの上限である1000 mg/kgとし,以下公比約7で中用量を140 mg/kg,低用量を20 mg/kgとした.

被験物質は 28日間毎日1回,午前中に胃ゾンデを用いて強制経口投与した.投与液量は10 ml/kgとし,至近測定日の体重を基に算出した.対照群には同様に溶媒を投与した.

4. 観察および検査方法

1) 一般状態,体重および摂餌量

全例について一般状態を毎日観察した.体重は投与開始日およびその後週 1回測定した.また,摂餌量については,投与開始日およびその後週1回測定し,各期間毎の1匹当りの1日の平均摂餌量を算出した.

2) 血液学検査

各計画剖検時の全動物について,チオペンタールナトリウムの腹腔内投与による麻酔下で後大静脈より採血し,赤血球数 (シースフローDCインピーダンス検出法),白血球数(RF/DCインピーダンス検出法),血小板数(シースフローDCインピーダンス検出法),ヘモグロビン濃度(SLSヘモグロビン法),ヘマトクリット値(赤血球パルス波高値検出法)を多項目自動血球分析装置(NE-4500:東亞医用電子(株)),白血球百分率(Wright染色塗抹標本)を血液細胞自動分析装置(MICROX HEG-70A:(株)立石電機),網状赤血球数(アルゴンレーザーを用いたフローサイトメトリー法)を自動網赤血球測定装置(R-2000:東亞医用電子(株)),プロトロンビン時間(PT: Quick一段法),活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT:活性化セファロプラスチン法)を血液凝固自動測定装置(KC 10A:アメルング社)により測定した.また,検査の結果から平均赤血球容積(MCV),平均赤血球血色素量(MCH),平均赤血球血色素濃度(MCHC)を算出した.凝固阻止剤として,プロトロンビン時間および活性化部分トロンボプラスチン時間測定には3.13%クエン酸ナトリウム水溶液を,それ以外の項目の測定にはEDTA-2Kを用いた.

3) 血液生化学検査

採取した血液を室温で約 30分間放置した後,3000 r.p.m.,10分間遠心分離し,得られた血清を用いて総蛋白(Biuret法),アルブミン(BCG法),A/G比(総蛋白およびアルブミンから算出),グルコース(GK-G6PDH法),トリグリセライド(LPL-GK-G3PO-POD法),総コレステロール(CES-CO-POD法),尿素窒素(Urease-GLDH法),クレアチニン(Jaff法),カルシウム(O-CPC法),無機リン(UV法),GOT (SSCC改良法),GPT (SSCC改良法),γ -GTP (SSCC改良法),ALP (GSCC改良法),ナトリウム,カリウム,クロール(イオン選択電極法)を自動分析装置(日立736-10形:(株)日立製作所)により測定した.

4) 尿検査

投与終了時の解剖の 2日前に全生存動物の新鮮尿を採取し,pH,潜血,蛋白,糖,ケトン体,ビリルビン,ウロビリノーゲン(試験紙法,マルティスティックス:マイルス・三共(株))を尿分析器(クリニテック100:マイルス・三共(株))で検査した.その結果,1000 mg/kg群の雌で変化がみられたので,雌のみ更に21時間蓄積尿を採取し,尿量をメスシリンダーで,比重(屈折法)を尿比重計(ユリコン-S:(株)アタゴ)で,ナトリウムおよびカリウム(炎光光度法)を全自動炎光光度計(FLAME-30C/AD-3:日本分光メディカル(株))で,クロール(電量滴定法)をクロライドメーター(Model 925:コーニングメディカル(株))により測定した.

投与期間に変化のみられた雌については,回復期間終了時の解剖の 2日前にも同様の検査を実施した.

5) 病理検査

各計画殺時,全動物について採血後に腹大動脈を切断して放血致死させ剖検し,脳,肝臓,腎臓,副腎,胸腺,脾臓,精巣および卵巣の重量を測定した.また,これらの器官に加え,下垂体,眼球 (付属腺を含む),肺,胃,甲状腺(上皮小体を含む),心臓,膀胱,骨髄(大腿骨)を採取し,10%中性リン酸緩衝ホルマリン液(眼球およびハーダー腺はDavidson液)にて固定後保存した.

投与終了時解剖動物の対照および 1000 mg/kg群の雌雄の心臓,肝臓,脾臓,腎臓,副腎を対象に,常法に従いヘマトキシリン・エオジン染色標本を作製し,鏡検した.また,肉眼的に変化のみられた投与期間終了時の20 mg/kg群の雄1例および140 mg/kg群の雄2例の腎臓,1000 mg/kg群の雄1例の精巣と回復期間終了時の対照群の雄1例の肺,1000 mg/kg群の雄1例の胸腺についても同様に検査した.

6) 統計解析

計量データについては, Bartlett法による等分散の検定を行い,分散が一様の場合は一元配置分散分析を行った後,Dunnett法またはScheff法により平均値の比較検定を行った.分散が一様でない場合にはKruskal-Wallisの検定を行い,Dunnett型またはScheff型の順位和検定を行った.尿検査で得られた計数データについては,Armitageのχ^2検定を用いた.有意水準は5%以下とした.

結果

1. 一般状態,体重および摂餌量

全試験期間を通して,死亡および異常所見は認められなかった.体重および摂餌量は全ての被験物質投与群で対照群と同様な推移を示した.

2. 血液学検査(Table 1)

投与期間終了時の検査において, 20 mg/kg群の雄でMCHCの低値がみられたが,140および1000 mg/kg群では認められないことから,被験物質投与とは関連のない変化と判断した.また,回復期間終了時の検査において,1000 mg/kg群の雌で単球比の高値がみられたが,投与期間終了時にはみられなかったことから,被験物質投与とは関連のない変化と判断した.

3. 血液生化学検査(Table 2)

投与期間終了時の検査において,変化の認められた項目はなかった.なお,回復期間終了時の検査において, 1000 mg/kg群の雌で尿素窒素の低値がみられたが,投与期間終了時にはみられなかったことから,被験物質投与とは関連のない変化と判断した.

4. 尿検査(Table 3)

投与期間の検査において, 1000 mg/kg群の雌でpHのアルカリ側への変動がみられた.なお,20 mg/kg群の雄でビリルビンの上昇がみられたが,140および1000 mg/kg群では認められなかったことから,被験物質投与とは関連のない変化と判断した.

雌のみについて実施した回復期間の検査においては, pHの変化は認められなかった.なお,1000 mg/kg群でカリウムの低値が認められたが,投与期間にはみられなかったことから,被験物質投与とは関連のない変化と判断した.

5. 器官重量(Table 4)

投与期間終了時の検査において, 140 mg/kg群の雌で副腎の相対重量の低値がみられたが,1000 mg/kg群では認められなかったことから,被験物質投与とは関連のない変化と判断した.なお,回復期間終了時の検査において,1000 mg/kg群の雌で卵巣の相対重量の低値がみられたが,投与期間終了時にはみられなかったことから,被験物質投与とは関連のない変化と判断した.

6. 剖検所見

被験物質投与に起因する変化は認められなかった.偶発性変化として腎臓の軽度の褪色,腎臓ののう胞,副腎の腫大,精巣の小型化,肺の出血斑,胸腺の出血が認められた.

7. 組織所見

被験物質投与に起因する変化は認められなかった.偶発性変化として肝臓の微小肉芽腫,腎臓の尿細管上皮の好塩基性変化,腎臓の尿細管ののう胞状拡張,腎臓の単核細胞浸潤,精細管の低形成,肺の出血,胸腺の出血が認められた.

考察

2-ヒドロキシ-4-(オクチルオキシ)ベンゾフェノンの20,140および1000 mg/kg/dayをSD系ラットの雌雄に28日間反復経口投与し,その毒性について検討した.

その結果, 1000 mg/kg/dayを投与した群でも,死亡は認められず,一般状態,体重および摂餌量に変化はなく,血液学検査,血液生化学検査および病理検査においても被験物質投与に起因した毒性変化は認められなかった.

尿検査において,投与期間中に 1000 mg/kg/day群の雌でpHのアルカリ側への変動がみられた.アルカリ尿は一般的には代謝性および呼吸性アルカローシス,腎不全や腎盂腎炎による腎臓のH+排泄障害でみられることが知られている2).しかし,今回の変動は,当研究所の背景データの範囲内にあり,かつ,腎障害を示唆する病理変化は認められていないことから,偶発的な偏りによるものと判断した.

以上の結果から,本試験条件下における 2-ヒドロキシ-4-(オクチルオキシ)ベンゾフェノンの無影響量は雌雄ともに1000 mg/kg/dayと考えられる.

文献

1)化学工業日報社編, "12093の化学商品," 化学工業日報社, 東京, 1993, pp. 938-941.
2)谷本 義文, "実験動物の血液・尿生化学,動物尿の性状とその検査意義," ソフトサイエンス社, 東京, 1988, pp. 119-134.

連絡先
試験責任者:高橋 要
試験担当者:山下弘太郎,三上由紀子,松本 忍,
土谷 稔,横山光恵,豊田直人,
高野克代,鈴木美江
(株)三菱化学安全科学研究所鹿島研究所
〒3l4-02茨城県鹿島郡波崎町砂山l4
Tel 0479-46-287lFax 0479-46-2874

Correspondence
Authors:Kaname Takahashi (Study director)
Koutarou Yamashita, Yukiko Mikami, Shinobu Matsumoto,
Minoru Tsuchitani, Mitsue Yokoyama, Naoto Toyota,
Katsuyo Takano, Yoshie Suzuki
Mitsubishi Chemical Safety Institute Ltd., Kashima Laboratory
14 Sunayama, Hasaki-mach, Kashima-gun, Ibaraki, 314-02, Japan
Tel +8l-479-46-287lFax +8l-479-46-2874