5-エチリデン-2-ノルボルネンの0(トウモロコシ油),4,20および100 mg/kgを1群あたり雌雄各7あるいは14匹のCrj:CD(SD)IGSラットに28日間反復経口投与して毒性を検討し,さらに0および100 mg/kg群の雌雄各7匹を用いて14日間の回復性も併せて検討した.その結果,以下の成績を得た.
100 mg/kg群の雄1例を投与9日に衰弱のため屠殺し,盲腸の炎症などが認められたが,5-エチリデン-2-ノルボルネン投与との関連は明らかにならなかった.また,同群の雄1例が投与25日の投与前に死亡し,5-エチリデン-2-ノルボルネン投与による死亡が疑われた.体重推移では,雌雄の100 mg/kg群で体重増加量および増加率の低値が認められた.尿検査では,雄の100 mg/kg群で蛋白陽性例の増加および尿検査時の飲水量の低値が,雌の100 mg/kg群で蛋白陽性例の増加傾向が認められた.血液生化学検査では,雄の20および100 mg/kg群ならびに雌の100 mg/kg群でα1-グロブリン分画比の低値傾向が認められた.剖検では,雄の100 mg/kg群で腎臓の褪色が認められ,雌雄の100 mg/kg群で腎臓の相対重量の高値あるいは高値傾向が認められた.病理組織学検査では,雄の4,20および100 mg/kg群で腎臓に近位尿細管上皮の硝子滴が,甲状腺にろ胞細胞の肥大,コロイドの減少あるいはろ胞の不整形化が認められた.雌では100 mg/kg群で甲状腺にろ胞細胞の肥大およびコロイドの減少が認められた.
以上のことから,本試験における5-エチリデン-2-ノルボルネン投与による無影響量(NOEL)は,雄で4 mg/kg/day未満,雌で20 mg/kg/dayであると考えられた.
以上のことから,高用量群には100 mg/kgを設定し,以下公比5で除して,中用量群には20 mg/kgを,低用量群には4 mg/kgを,さらに,媒体のみを投与する対照群も加え,雌雄各4群を設定した.1群の動物数は雌雄とも7匹とし,対照群および100 mg/kg群には2群を割り付け,投与前々日の体重に基づいて層化無作為抽出法により群分けを行った.
各個体の投与液量は投与日に最も近い測定日の体重に基づいて5 mL/kgの容量でラット用胃ゾンデを用いて,1日1回連続28日間,強制的に胃内に投与した.
尿比重および尿検査の定性的項目の結果については,Kruskal-Wallisの検定法で解析し,有意差が認められた場合は,Mann-WhitneyのU-検定法を用いて解析した.
これら対照群と被験物質投与群との間の検定においては,いずれも有意水準を5 %とした.
生存例では,投与期間中に雌雄の100 mg/kg群の各1例に流涎が認められたが,回復期間には5-エチリデン-2-ノルボルネン投与と関連する変化は認められなかった.
回復期間中の体重推移には,雌雄ともに対照群との間に差は認められなかった.
その他に,雄の4 mg/kg群で蛋白陽性例およびケトン体陽性例の増加,カリウムおよびクロール排泄量の低値が認められたが,20 mg/kg群ではこれらの変化は認められないことから,5-エチリデン-2-ノルボルネン投与との関連はないものと考えられた.
回復期間最終週には,雄の100 mg/kg群で無機リン排泄量の高値が認められた.雌では対照群との間に差は認められなかった.
回復期間終了時には,雄の100 mg/kg群で網赤血球率の高値が,雌の100 mg/kg群でヘモグロビン量の高値が認められた.
回復期間終了時には,雄の100 mg/kg群でクロールの低値が認められ,雌の100 mg/kg群では総蛋白の低値,アルブミンの低値,β-グロブリン分画比の高値およびカルシウムの低値が認められた.
回復期間終了時には雄の100 mg/kg群で肝臓の相対重量ならびに心臓の絶対重量および相対重量の高値が認められた.雌では,100 mg/kg群で肝臓の相対重量の高値が認められた.
投与期間終了時には,雄の100 mg/kg群で腎臓の褪色が3例に認められた.雌では5-エチリデン-2-ノルボルネン投与と関連する異常所見は認められなかった. 回復期間終了時には,雌雄ともに5-エチリデン-2-ノルボルネン投与と関連する異常所見は認められなかった.
投与期間終了時剖検例では,雄の腎臓で4および20 mg/kg群のそれぞれ5および7例に軽度の近位尿細管上皮の硝子滴が,100 mg/kg群の6例に中等度の近位尿細管上皮の硝子滴が,20および100 mg/kg群のそれぞれ2および3例に軽度の近位尿細管上皮の好酸性小体が,20および100 mg/kg群の各1例に中等度の近位尿細管上皮の好酸性小体が認められた.雄の甲状腺では,4,20および100 mg/kg群のそれぞれ1,1および6例にろ胞細胞の軽度の肥大およびコロイドの軽度の減少が,4および100 mg/kg群の各1例にろ胞の軽度の不整形化が認められた.雌の甲状腺では,100 mg/kg群の1例にろ胞細胞の軽度の肥大およびコロイドの軽度の減少が認められた.その他の所見は,発生例数が少なく,5-エチリデン-2-ノルボルネン投与と関連のない変化と考えられた.
回復期間終了時剖検例では,雄の腎臓で100 mg/kg群の4例に近位尿細管上皮の軽度の硝子滴が,100 mg/kg群の2例に近位尿細管上皮の軽度の好酸性小体が認められた.その他の所見は,発生例数が少なく,5-エチリデン-2-ノルボルネン投与と関連のない変化と考えられた.
100 mg/kg群の雄1例に腹腔内腫瘤,自発運動の減少,呼吸不整,下痢および肛門周囲の被毛汚染が認められ,衰弱したため投与9日に屠殺した.この例では剖検で盲腸と腹腔内脂肪織との癒着,盲腸の内腔拡張および粘膜灰白色化が認められ,病理組織学検査では盲腸の壊死,炎症などが認められた.しかし,同群の他の例には盲腸への影響は認められておらず,本屠殺例の衰弱の原因と考えられる盲腸の変化と5-エチリデン-2-ノルボルネン投与との関連は明らかにはならなかった.また,100 mg/kg群の雄1例が投与25日の投与前に死亡し,5-エチリデン-2-ノルボルネン投与による死亡が疑われたが,死因と考えられる変化は認められなかった.
生存例では,投与期間中に雌雄の100 mg/kg群の各1例に流涎が認められたが,5-エチリデン-2-ノルボルネンの粘膜に対する刺激性1)あるいは不快臭によるものと考えられ,毒性を示唆する変化ではないと考えられた.
体重推移では,雌雄の100 mg/kg群で投与期間中の体重増加量および増加率の低値が認められたが,回復期間には対照群との差は認められず,可逆的な変化と考えられた.
尿検査では,投与期間最終週に雄の100 mg/kg群で蛋白陽性例の増加および採尿中の飲水量の低値が,雌の100 mg/kg群で蛋白陽性例の増加傾向が認められた.しかし,回復期間にはこれらの変化は認められず,可逆的な変化と考えられた.
血液生化学検査では投与期間終了時に,雄の20および雌雄の100 mg/kg群でアルブミン分画比およびA/G比の高値ならびにα1-グロブリン分画比の低値あるいは低値傾向が認められた.これらの群では総蛋白およびアルブミン量に変化は認められないことから,アルブミン分画比の高値はα1-グロブリン分画比の低値による相対的増加と考えられ,5-エチリデン-2-ノルボルネン投与により,α1-グロブリン量の低値をもたらしたと考えられた.しかし,これらの変化は回復期間終了時には認められず,可逆的な変化と考えられた.
器官重量では,投与期間終了時に雌雄の100 mg/kg群で腎臓の相対重量の高値が認められ,雄の100 mg/kg群では剖検で腎臓の褪色が認められた.
病理組織学検査では,雄の4,20および100 mg/kg群で近位尿細管上皮の硝子滴が認められ,20および100 mg/kg群では近位尿細管上皮の好酸性小体も認められた.炭化水素化合物をラットに経口投与した場合,特に雄では腎臓の近位尿細管に硝子滴として沈着し,硝子滴の沈着の程度が強い場合には尿細管上皮の障害を引き起こすことが知られ2),好酸性小体については硝子滴と同一物質との報告もある3).したがって,本試験の雄の4 mg/kg以上の群で認められた近位尿細管上皮の硝子滴ならびに20 mg/kg以上の群で認められた好酸性小体は5-エチリデン-2-ノルボルネン投与による影響と推察された.回復期間終了時には雄の100 mg/kg群で近位尿細管上皮の硝子滴が認められたが,発生頻度は減少しており,器官重量および剖検で腎臓に異常は認められなかったことから,回復性のある変化と考えられた.
また,投与期間終了時には雄の4 mg/kg以上の群で甲状腺にろ胞細胞の肥大,コロイドの減少あるいはろ胞の不整形化が認められ,雌の100 mg/kg群でもろ胞細胞の肥大およびコロイドの減少が認められた.この甲状腺の重量増加を伴わない変化は,下垂体などの上位の内分泌系への影響を介した甲状腺機能の低下によると報告されている4).しかし,本試験では下垂体の重量測定および病理組織学検査において異常は認められず,血中のTSHあるいはT3,T4濃度等の測定を行っていないため,甲状腺でみられた変化の機序は明らかとはならなかった.また,回復期間終了時には甲状腺に異常は認められず,可逆的な変化と考えられた.
以上のほかに,尿検査では,回復期間最終週に,雄の100 mg/kg群で無機リン排泄量の高値が認められた.また,血液生化学検査では,投与期間終了時に雌の100 mg/kg群でグルコースの低値が認められ,回復期間終了時には,雄の100 mg/kg群でクロールの低値,雌の100 mg/kg群で総蛋白の低値,アルブミン量の低値,β-グロブリン分画比の高値およびカルシウムの低値が認められた.しかし,いずれも軽微な変化であり5-エチリデン-2-ノルボルネン投与との関連はないと考えられた.
血液学検査では,投与期間終了時に雄の100 mg/kg群で白血球数の高値が認められたが,生存例では炎症性の変化は認められず,造血系の器官にも異常は認められなかった.また,白血球百分比でも異常は認められていないことから5-エチリデン-2-ノルボルネン投与との関連は明らかにならなかった.回復期間終了時には,雄の100 mg/kg群で網赤血球率の高値が,雌の100 mg/kg群でヘモグロビン量の高値が認められた.しかし,他の赤血球パラメーターに異常は認められなかったことから,5-エチリデン-2-ノルボルネン投与とは関連のない変化と考えられた.
器官重量では,投与期間終了時に雄の20 mg/kg以上の群で脳の相対重量の高値,100 mg/kg群で心臓および肺の絶対重量の低値が認められ,雌の100 mg/kg群で胸腺の相対重量の高値が認められたが,いずれも体重の低値に伴う変化であった.また,回復期間終了時には雌雄の100 mg/kg群で肝臓の相対重量の高値が認められ,雄の100 mg/kg群では心臓の絶対重量および相対重量の高値が認められたが,病理組織学検査では特記すべき所見は認められず,5-エチリデン-2-ノルボルネン投与とは関連のない変化と考えられた.
以上のように,雄の4 mg/kg以上の群で腎臓の近位尿細管上皮の硝子滴,甲状腺のろ胞細胞の肥大,ろ胞の不整形化およびコロイドの減少が認められ,雌の100 mg/kg群で尿蛋白陽性例の増加傾向,α1-グロブリンの低値傾向ならびに腎臓の相対重量の高値,甲状腺のろ胞細胞の肥大およびコロイドの減少が認められたことから,本試験における5-エチリデン-2-ノルボルネン投与による無影響量(NOEL)は,雄で4 mg/kg/day未満,雌で20 mg/kg/dayであると考えられた.
1) | B. Ballantyne,et al., J. Appl. Toxicol., 17, 211(1997). |
2) | P. Greaves, “Histopathology of Preclinical Toxicity Studies:Interpretation and Relevance in Drug Safety Evaluation,” Elsevier Science Publishers B.V., Amsterdam, Netherlands, 1990, pp.532-538. |
3) | S. Uwagasa, J. Toxicol. Pathol., 5, 195(1992). |
4) | 長瀬すみら,“実験動物の臨床生化学データ−病理組織像との関連−,”ソフトサイエンス社,東京,1976, p.339. |
連絡先 | |||
試験責任者: | 吉村浩幸 | ||
試験担当者: | 茂野 均,長谷淳一,古川正敏,河村公太郎,武田みよ子,引地のゆみ | ||
(株)化合物安全性研究所 | |||
〒004-0839 札幌市清田区真栄363番24 | |||
Tel 011-885-5031 | Fax 011-885-5313 |
Correspondence | ||||
Authors: | Hiroyuki Yoshimura(Study director) Hitoshi Shigeno, Junichi Nagaya, Masatoshi Furukawa, Kotaro Kawamura, Miyoko Takeda, Noyumi Hikichi | |||
Safety Research Institute for Chemical Compounds Co., Ltd. | ||||
363-24 Shin-ei, Kiyota-ku, Sapporo, Hokkaido, 004-0839, Japan | ||||
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