病理学検査では,被験物質投与の直接作用によると考えられる胃の前胃潰瘍,角化亢進を伴った扁平上皮増生等,胃に対する諸変化が450 mg/kg群の雌雄に認められた.なお,雌雄とも生殖器系に被験物質投与に起因すると考えられる所見は観察されなかった.
以上の結果から,本試験条件下における1,3-ビス(アミノメチル)ベンゼンの親動物に対する無影響量(NOEL)は雄では50 mg/kg/day,雌では150 mg/kg/dayと判断された.生殖能および次世代児に対する影響はともに450 mg/kg/day投与によっても認められず,無影響量は450 mg/kg/dayと判断された.
被験物質は,局方精製水(共栄製薬(株)製造)に溶解し,5,15および45 mg/mLの濃度になるよう各群の投与液を調製した.調製後は,使用時まで遮光・室温条件下で保管した.投与液中の被験物質は,1および60 mg/mLの濃度の場合,調製後室温保存で8日間安定であることを確認した.
投与液の濃度および均一性の分析は,調製開始時に調製した各群のバッチから無作為にサンプルを抽出し実施した.その結果,表示濃度に対する誤差が-0.8から+ 6.9 %の範囲であり,基準範囲内(± 10 %以内)であった.したがって,使用した投与液にははぼ所定量の1,3-ビス(アミノメチル)ベンゼンが含有されていたことが確認された.
動物は,温度24 ± 2 ℃,湿度55 ± 10 %,換気回数15回/時間,照度150〜300 lux,照明時間12時間(午前7時点灯,午後7時消灯)に設定されたバリアシステムの飼育室でアルミ製前面・床ステンレス網目飼育ケージに1匹ずつ収容し飼育した.妊娠18日以降の母動物は哺育4日までアルミ製前面・床ステンレス網目飼育ケージに哺育トレーおよび巣作り材料(CareFRESHTM, Absorption corporation製造)を入れて飼育した.
飼料は,オリエンタル酵母工業(株)製造のNMF固型飼料(放射線滅菌飼料)を使用し,飼育期間中自由に摂取させた.飲水は,水道水を自由に摂取させた.
従って,本試験においては600 mg/kg/dayでは雌雄に死亡動物が認められたこと,加えて投与期間が予備試験の3倍以上に延長されることを考慮して高用量を450 mg/kg/dayに設定し,以下公比3で除し,150および50 mg/kg/dayとした.
投与液量は,体重100 g当り1 mLとし,交配前および交配期間中の雌雄では,個体別に測定した最新体重に基づいて算出を行った.また,妊娠期間および哺育期間中の雌は,妊娠0,7,14,21および哺育0日に測定した個体別体重に基づいて算出を行った.胃ゾンデを用いて毎日1回(7日/週)強制経口投与した.対照群には局方精製水のみを同様に投与した.
雄の投与期間は,交配前14日間と交配期間14日間および交配期間終了後20日間の連続48日間とした.雌の投与期間は,交配前14日間と交配期間中(最長5日間)ならびに交尾成立雌の妊娠期間を通じて分娩後の哺育3日まで(41〜45日間)とした.なお,交尾成立後分娩しなかった雌は妊娠25日の解剖前日までの40日間とした.
新生児は哺育0日に出産児数(生存児+死亡児)を調べ,性別を判定するとともに外表異常の有無を調べた.また,哺育0および4日に雌雄個体別の体重を測定し,1腹の雌雄別平均体重を算出した.
哺育4日の児重量を測定後に新生児全例をエーテル麻酔により安楽死させ,主要器官の肉眼観察を行った.なお,哺育期間中の死亡児についてはブアン氏液に固定し,主要器官の肉眼観察を行った.また,新生児の4日の生存率[(哺育4日生児数/出産生児数)×100]を求めた.
死亡動物
死亡動物は発見後直ちに解剖した.主要器官の肉眼的観察を行った後,胸腺,胃,副腎,卵巣,子宮および腟を10 vol%中性緩衝ホルマリン液に,精巣および精巣上体はブアン氏液に1日固定した後,10 vol%中性緩衝ホルマリン液に固定した.また,一部の動物で変化が認められた器官・組織として鼻腔,肺,肝臓,脾臓,小腸,大腸および精嚢を10 vol%中性緩衝ホルマリン液に固定した.
雄動物
48日間投与した翌日,エーテル麻酔下で放血安楽死させた.主要器官の肉眼的観察を行った後,胸腺,副腎,精巣および精巣上体重量を測定し器官重量・体重比(相対重量)を算出した.また,全動物の胸腺,胃,副腎,精嚢,前立腺および一部の動物で肉眼所見の変化が認められた器官・組織として肺,腎臓および皮膚を10 vol%中性緩衝ホルマリン液で固定した.なお,精巣および精巣上体はブアン氏液で1日固定した後,10 vol%中性緩衝ホルマリン液で固定した.
自然分娩した雌
哺育4日にエーテル麻酔下で放血安楽死させた.主要器官の肉眼的観察を行った後,胸腺および副腎重量を測定し,相対重量を算出した.卵巣,子宮,腟および肉眼所見で変化が認められた器官・組織として肺,脾臓,肝臓,腎臓および皮膚を10 vol%中性緩衝ホルマリン液で固定した.また,剖検時に黄体数および着床痕数を調べた.
自然分娩の認められない雌
妊娠25日に,エーテル麻酔下で放血安楽死させた.器官・組織の肉眼的観察を行った後,胸腺,胃,副腎,卵巣,子宮および腟を10 vol%中性緩衝ホルマリン液で固定した.
死亡動物
150 mg/kg群の雄1例,450 mg/kg群の雄3例および雌1例の胸腺,胃,副腎,卵巣,子宮,腟,精巣および精巣上体について実施した.加えて,異常病変部組織が認められた動物の脾臓,鼻腔,小腸,大腸,精嚢,肝臓および肺についても実施した.
妊娠を成立させた雄
対照群および450 mg/kg群のそれぞれ12および9例で胸腺,胃,副腎,精巣および精巣上体について実施した.胸腺,胃および副腎については,被験物質投与の影響が疑われたため50および150 mg/kg群の全例(12および11例)でも実施した.
加えて,異常病変部組織が認められた動物の腎臓,肺および皮膚についても実施した.
自然分娩した雌
対照群および450 mg/kg群の各11例で胸腺,胃,副腎および卵巣について実施した.胸腺,胃および副腎については,被験物質投与の影響が疑われたため50および150 mg/kg群の全例(各12例)についても実施した.加えて,異常病変部組織が認められた動物の肝臓,肺,腎臓,皮膚および脾臓についても実施した.
妊娠を成立させなかった雄
450 mg/kg群の1例で胸腺,胃,副腎,精巣,精巣上体,精嚢および前立腺について実施した.
出産率,交尾率および受胎率についてはx2検定5, 6)を用いた.異常性周期発現率および病理学検査の所見の発生率については,Fisherの直接確率検定法6)を用いて検定した.なお,哺育期間中の新生児に関する成績は1母体当りの平均を1標本とした.有意水準は5および1 %の両側検定で実施した.
被験物質投与後の主な一般状態の変化として,流涎が雌雄の150および450 mg/kg群で用量に依存して認められた.すなわち,雄の150 mg/kg群で観察された流涎は,投与5〜6週には少数例,投与7週には約半数例で,投与直後から発現し投与後30分には消失する一過性の変化であった.雄の450 mg/kg群では投与1週に約半数例,投与2週以降にはほぼ全例で認められ,投与1週では投与直後から発現し投与後30分には消失したものの,投与回数が増すとともに流涎の消失までの時間は延長し,投与期間後半には投与後90〜180分でも継続して認められていた.雌の150 mg/kg群では妊娠2日に1例のみに認められ,同群の雄と同様に一過性の変化であった.雌の450 mg/kg群では交配前,交配期間および妊娠前期には複数例,妊娠中期から後期へと移行するにつれて発現匹数は少数例に減少し,分娩後の哺育期間では1例のみに認められた.なお,雌の450 mg/kg群で観察された流涎は,妊娠期間では投与直後から発現し投与後60分でも継続している動物が少数例で認められた.一方,他の期間では,いずれの動物も投与直後から発現し投与後30分には消失する一過性の変化であった.
さらに,被験物質投与に関連した変化と考えられる所見として,鼻音,不整呼吸,腹部膨満および鼻分泌物が150および450 mg/kg群の雌雄で観察された.また,主に死亡動物で眼瞼下垂,削痩,腹臥位,被毛の汚れ,蒼白,立毛および体温低下が観察された.これらは全身状態の悪化に起因した変化と考えられ,被験物質投与の影響とは判断しなかった.
その他,自然発生性と考えられる所見として眼分泌物が対照群の雄で1例,脱毛が150 mg/kg群の雌および450 mg/kg群の雌雄でそれぞれ1例に認められた.
雌では,450 mg/kg群で妊娠14および21日の体重が対照群に比べ有意な低値を示し,妊娠期間中の体重増加量も有意な低値を示した.
雌では,450 mg/kg群で交配前の投与1から8日の平均1日摂餌量が対照群に比べ有意な低値を示し,投与1から15日の累積摂餌量も有意な低値を示した.
雌では,対照群に比べ450 mg/kg群で胸腺の実重量が有意な低値,副腎の相対重量が有意な高値を示した.また,同群で統計学的な有意差は認められていないが,胸腺の相対重量が低値,副腎の実重量が高値を示した.
雄では,死亡動物を除く対照群,50,150および450 mg/kg群の12,12,11および9例について剖検を行った.その結果,450 mg/kg群で胃の前胃潰瘍が9例に認められ,対照群に比べ有意に発生数が増加した.なお,前胃潰瘍の9例中6例では,周囲組織との癒着も認められた.その他,自然発生と考えられる肺の褐色斑点,副腎の褐色斑点,被毛の菲薄化および腎臓の嚢胞が対照群および450 mg/kg群で少数例に認められた.
自然分娩した雌では,対照群,50,150および450 mg/kg群の11,12,12および11例について剖検を行った.その結果,450 mg/kg群で胃の前胃潰瘍が9例,胸腺の萎縮が6例に認められ,いずれの所見も対照群に比べ有意に発生数が増加した.なお,前胃潰瘍は9例中3例で周囲組織との癒着も認められた.また,同群で胃の前胃粘膜肥厚が3例,脾臓の肥大が1例に認められた.その他,自然発生と考えられる肺の褐色斑点,腎臓の瘢痕,被毛の菲薄化,肝臓の白色斑点および卵巣の嚢胞が対照群,150および450 mg/kg群で少数例に散見された.
妊娠25日までに分娩が認められなかった対照群の1例では,所見として子宮の黒色斑点および内腔拡張が観察された.なお,この動物の子宮内に死亡胎児が1例認められた.
雄では,対照群および450 mg/kg群の精巣および精巣上体,被験物質投与の影響が疑われた器官組織である胸腺,胃および副腎,さらに,肉眼所見で認められた異常病変部組織全てについて病理組織学検査を行った.その結果,450 mg/kg群で胃の前胃潰瘍および角化亢進を伴った前胃扁平上皮増生が全例(9例),副腎皮質の瀰漫性増生が7例に認められ,いずれの所見も対照群に比べて有意に発生率が増加した.観察された胃の前胃潰瘍を程度分けして評価したところ,軽度1例,中等度2例および高度6例で対照群に比べ高度の所見が有意に増加した.また,副腎皮質の空胞変性が対照群,50,150および450 mg/kg群でそれぞれ6,6,2および1例,過剰分泌化を伴った肺の細気管支上皮杯細胞化生が450 mg/kg群で1例,肺の局所的気管支肺炎が対照群および450 mg/kg群で各1例および腎臓の嚢胞が対照群で2例に認められた.
自然分娩した雌では,対照群および450 mg/kg群の卵巣,被験物質投与の影響が疑われた器官組織である胸腺,胃および副腎,さらに,肉眼所見で認められた異常病変部組織全てについて病理組織学検査を行った.その結果,450 mg/kg群で胃の前胃潰瘍が9例,角化亢進を伴った前胃扁平上皮増生が10例および副腎皮質の瀰漫性増生が8例に認められ,いずれの所見も対照群に比べて統計学的に有意に発生率が増加した.雄同様,胃の前胃潰瘍を程度分けして評価したところ,中等度4例および高度5例で対照群に比べ高度の所見が有意に増加した.また,胃の前胃粘膜下織線維化が450 mg/kg群で2例,胃の前胃粘膜下織浮腫が450 mg/kg群で1例,脾臓の白脾髄増生が450 mg/kg群で1例,胸腺皮質の萎縮が対照群,50および450 mg/kg群でそれぞれ2,1および6例,肺の局所的気管支肺炎および局所的泡沫細胞集簇が450 mg/kg群で各1例,マクロファージ集簇を伴った肝臓の局所的皮膜肥厚が対照群で1例,卵巣の嚢胞が対照群で2例に認められた.
妊娠25日剖検の雌(自然分娩の認められなかった雌)では,子宮について病理学的検査を行った.その結果,子宮内腔内に局所的出血が認められた.
性周期観察では,平均性周期に対照群と被験物質投与群との間に差は認められなかった.異常性周期を示す動物が対照群,150および450 mg/kg群でそれぞれ2例,50 mg/kg群で1例認められたが,異常性周期発現率に対照群と被験物質投与群との間に差は認められなかった.
哺育0および4日の体重では,雌雄ともに対照群と被験物質投与群との間に差は認められなかった.
哺育期間中の死亡児の剖検では,被験物質投与の影響と考えられる所見は認められず,胸腺頸部残留が対照群の雄1例および450 mg/kg群の雌1例に観察されたのみであった.
哺育4日の剖検では,被験物質投与の影響と考えられる所見は認められず,胸腺頸部残留が雄の対照群,50,450 mg/kg群および雌の50 mg/kg群でそれぞれ5,3,2および1例に観察された.その他,肝臓の白色斑点,黒色斑点,横隔膜との癒着,黄色化および奇形結節,腎臓の腎盂拡大,腎臓位置異常,眼球の赤色化および皮膚の外傷が各群で散発的に認められた.
体重では,450 mg/kg群の雌雄で投与開始以降低値を示し,被験物質投与による体重増加抑制が認められた.また,摂餌量でも,450 mg/kg群の雄で投与開始以降,雌で投与期間の前半に低値を示し,被験物質投与の影響が認められた.
一般状態,体重および摂餌量の変化から,被験物質の作用には雌雄差があり,雌に比べ雄に強く影響が発現していると考えられた.
病理学検査では,生殖器系に対して被験物質投与に起因すると考えられる変化は認められなかった.なお,450 mg/kg群の雄で認められた精巣の相対重量の高値は,実重量,剖検および組織所見で異常は認められないことから,低体重に起因した変化と判断した.450 mg/kg群の雌雄に認められた前胃の潰瘍,角化亢進を伴った扁平上皮増生,粘膜下織の線維化等の諸所見は,被験物質が強い刺激性の性状を有することから,前胃粘膜への直接的刺激作用による腐食性ならびに反応性変化と考えられ,中でも粘膜の刺激が強く認められた例では,前胃の潰瘍による炎症反応が漿膜にまで拡大した結果,周囲組織との癒着が生じたものと思われた.450 mg/kg群の雌の1例に観察された脾臓白脾髄の増生は,前胃の炎症に対する反応と考えられ,被験物質投与による二次的な影響と判断された.また,同群の雌雄で胸腺重量が低値,副腎重量が高値を示し,これらの重量変化に対応すると考えられる組織所見として,胸腺については皮質の萎縮が主に雌に,副腎については皮質の瀰漫性増生が雌雄に認められたが,被験物質投与の直接作用による影響であるかは明確でなかった.しかしながら,胸腺あるいは副腎に所見の認められた動物には共通して胃にも病変が認められることから,胃の病変に起因した生体負荷による変化とも考えられた.
以上のことから,本試験条件下における1,3-ビス(アミノメチル)ベンゼンの親動物に対する無影響量は,雄では50 mg/kg/day,雌では150 mg/kg/dayと判断された.
以上のことから,1,3-ビス(アミノメチル)ベンゼンの生殖能および次世代児に対する影響はともに450 mg/kg/day投与によっても認められず,無影響量は450 mg/kg/dayと判断された.
| 1) | 伊藤義彦,化学物質毒性試験報告,3, 387(1996). |
| 2) | S. Gad and C. S. Weil, “Statistics and Experimental Design For Toxicologists,” Telford Press, New Jersy, 1986, pp.43-45. |
| 3) | 佐野正樹,医薬安全性研究会会報,32, 21(1990). |
| 4) | M. Yoshida, J. Japanese Soc. Comp. Statist., 1, 111(1988). |
| 5) | 佐久間昭,“薬効評価��-計画と解析-,”東京大学出版会,東京,1977, pp.109-117. |
| 6) | 石居進,“生物統計学入門,”培風館,東京,1975, pp.78-107. |
| 連絡先 | |||
| 試験責任者: | 伊藤圭一 | ||
| 試験担当者: | 森山知通,伊賀達也,木原 亨 | ||
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| Authors: | Keiichi Ito(Study director) Tomomichi Moriyama, Tatsuya Iga, Tohru Kihara | |||
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