2-ナフトール-3,6-ジスルホン酸ナトリウムの
ラットを用いる28日間反復経口投与毒性試験

Twenty-eight-day Repeat Dose Oral Toxicity Test of
Sodium 2-naphthol-3,6-disulfonate in Rats

要約

2-ナフトール-3,6-ジスルホン酸ナトリウムの安全性に関する毒性試験の一環として,本被験物質を0(対照),100,300および1000 mg/kgの用量で1群雌雄各6匹のCrj:CD(SD系)ラットに28日間反復経口投与する毒性試験を実施した.なお,対照群および1000 mg/kg群にはそれぞれ雌雄各6匹の14日間回復群も設けた.

死亡はいずれの群にもみられなかった.一般状態の観察では,1000 mg/kg群の雌雄において,投与期間の初期に散瞳が認められた.本症状は投与後約30分に観察され,4時間後には消失する変化であった.

体重,摂餌量,尿検査,血液学検査,血液生化学検査および病理学検査では,被験物質投与に関連すると考えられる変化は認められなかった.

回復試験では,いずれの検査においても変化は認められなかった.

以上のことから,本試験条件下での無影響量は雌雄とも300 mg/kg/dayと考えられた.

方法

1. 被験物質および投与液の調製

2-ナフトール3,6-ジスルホン酸ナトリウム(純度96.4 %,Lot No. D-11001,スガイ化学工業提供)は,灰白色の粉末でにおいはない.入手後の被験物質は室温遮光下で保管し,投与期間終了後に供給源にて分析を行い,試験期間中安定であったことを確認した.媒体には日本薬局方 注射用水(大塚製薬工場,Lot No. 6B70)を使用し,これに被験物質を1.0,3.0および10.0 w/v%になるように溶解して投与液を調製した.調製は週1又は2回の頻度で行い,調製した投与液は室温保管した.なお,初回調製時に投与液の濃度を測定し,設定値の±5 %以内にあることを確認した.また,本調製法による0.1〜20 w/v%溶液が室温,遮光下で調製後8日間安定であることを確認した.

2. 使用動物および飼育条件

4週齢のSprague-Dawley系ラット(Crj:CD,日本チャールス・リバー)を雌雄各42匹購入し,10日間の検疫馴化を行ったのち,雌雄各36匹を選んで6週齢で試験に使用した.投与開始時の体重は,雄が189.3〜220.2 g,雌が144.7〜170.8 gであった.動物は,温度24±2℃,湿度55±10 %,照明時間7時〜19時および換気回数13〜15回/時に設定したバリアーシステム飼育室でステンレススチール製ハンガーケージに個別に収容して,高圧蒸気滅菌処理した固型飼料(MF,オリエンタル酵母工業)および次亜塩素酸ナトリウムを添加(約2 ppm)した水を自由に摂取させた.

3. 投与量,投与方法,試験群構成および群分け

投与量は,先に当研究所で実施した2週間反復投与毒性予備試験(投与量:0,100,300および1000 mg/kg)の結果から設定した.すなわち,予備試験では,1000 mg/kg群の雌雄で散瞳が認められた.したがって,本試験では,予備試験と同様に1000 mg/kgを高用量とし,以下公比約3で除した300および100 mg/kgを設定した.

投与経路は経口とし,胃管を用いた強制投与を1日1回,28日間反復して行った.投与容量は10 mL/kgとし,個体ごとに最新の体重を基に算出した.

回復試験に供した動物は,投与期間終了後に14日間無処置で飼育した.

試験群は,上記3用量に,注射用水を投与する対照を加え,計4群とした.1群当たりの動物数は,投与期間終了時の剖検例として各群とも雌雄各6匹,さらに,対照群および高用量群については回復期間終了時の剖検例として雌雄各6匹を設けた.

群分けは,投与開始前日の体重を基に層別連続無作為化法で行った.

4. 検査項目

1) 一般状態の観察,体重および摂餌量の測定

投与期間中は毎日投与前,投与後約30分までおよび投与後約4時間に,回復期間中は毎日午前および午後に一般状態および死亡の有無を観察した.また,体重および摂餌量を投与期間および回復期間を通して週2回の頻度で測定し,さらに,体重は投与開始日の投与前および剖検日にも測定した.

2) 尿検査

投与4週目および回復2週目に,代謝ケージにて,絶食,給水下で8時から12時までの間に採取した新鮮尿を用いて,比色試験紙(プレテスト8a,和光純薬工業)により,pH,蛋白質,ブドウ糖,ケトン体,ビリルビン,潜血およびウロビリノーゲンを検査した.さらに,新鮮尿を1500回転/分で5分間遠心分離し,得られた尿沈渣について鏡検した.また,新鮮尿採取後に給餌,給水下で採取した24時間蓄積尿を用いて,尿量,色調,浸透圧(氷点降下法;OSMOMETER OM801,VOGEL社)および比重(屈折率法;尿屈折計,アタゴ)を測定した.

3) 血液学検査

投与期間終了後および回復期間終了後に,すべての動物を18時間以上絶食させたのち,ペントバルビタール・ナトリウムを腹腔内投与して麻酔し,開腹後,後大静脈腹部から採血を行った.採取した血液の一部はEDTA-2K処理(EDTA-2K加血液)して多項目自動血球計数装置(Sysmex CC-780,東亜医用電子)を用いて,白血球数(電気抵抗検出方式),赤血球数(電気抵抗検出方式),ヘモグロビン量(オキシヘモグロビン法),ヘマトクリット値(血球パルス波高値検出方式)および血小板数(電気抵抗検出方式)を測定し,赤血球数,ヘモグロビン量およびヘマトクリット値の測定結果を基にWintrobeの赤血球恒数[平均赤血球容積(MCV),平均赤血球血色素量(MCH)および平均赤血球血色素濃度(MCHC)]を算出した.さらに,血液の一部は塗抹標本とし,May-Grüwald-Giemsa染色を施して白血球百分比を算出するとともに,網状赤血球率検査用のニューメチレンブルー超生体染色標本を作製して保管した.また,3.8 %クエン酸ナトリウム加血液を3000回転/分で15分間遠心分離し,得られた血漿を用いて全自動血液凝固測定装置(Sysmex CA-5000,東亜医用電子)により,プロトロンビン時間(散乱光検出方式)および活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT,散乱光検出方式)を測定した.

4) 血液生化学検査

血液学検査に引き続き採取した血液を室温で約60分間放置後,3000回転/分で10分間遠心分離し,得られた血清を用いて自動分析装置(736-10,日立製作所)により,総蛋白質(ビウレット法),アルブミン(BCG法),A/G比(総蛋白質およびアルブミンより算出),総ビリルビン(アルカリアゾビリルビン法),GOT(Karmen法),GPT(Wrólewski-La Due法),γ -グルタミルトランスペプチダーゼ(L-γ -グルタミル-DBHA基質法),アルカリ性フォスファターゼ(p-ニトロフェニルリン酸基質法),コリンエステラーゼ(ヨウ化ブチリルチオコリン基質法),アセチルコリンエステラーゼ(アセチルコリン基質法),総コレステロール(COD-DAOS法),トリグリセライド(GPO-DAOS法・グリセリン消去法),リン脂質(酵素法・DAOS発色法),グルコース(グルコキナーゼ・G-6-PDH法),尿素窒素(ウレアーゼ・GlDH法),クレアチニン(Jaff法),無機リン(モリブデン酸直接法)およびカルシウム(OCPC法)を測定した.また,電解質分析装置(PVA-αアナリティカル・インスツルメンツ)によりナトリウム(電極法),カリウム(電極法)およびクロール(電量滴定法)を測定した.

5) 器官重量の測定,剖検および病理組織学検査

採血後に,外側腸骨動脈を切断して放血死させ,剖検した.剖検時に,脳,心臓,肺(気管支を含む),胸腺,肝臓,脾臓,腎臓,副腎,精巣および卵巣を摘出して器官重量(絶対重量)を測定するとともに,剖検日の体重を基に体重比器官重量(相対重量)を算出した.これらの器官に加え,下垂体,脊髄,眼球,甲状腺(上皮小体を含む),膵臓,胃,膀胱,大腿骨(骨髄を含む)および肉眼的異常部位を採取して10 %中性緩衝ホルマリン溶液(眼球は2.5 %グルタールアルデヒド溶液,精巣はブアン液で前固定)で固定した.

投与期間終了時の対照群および高用量群の心臓,肝臓,脾臓,腎臓,副腎および肉眼的異常組織については,常法に従ってパラフィン切片を作製し,ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色を施して光学顕微鏡で観察した.

5. 統計解析

体重,摂餌量,尿検査(定性反応は除く),血液学検査,血液生化学検査,器官重量および体重比器官重量について,各群ごとに平均値と標準偏差を求め,Bartlett法により分散の均一性を検定した.分散が均一な場合はDunnettの多重比較検定を用いて,異なる場合はSteelの多重比較検定を用いて対照群との比較を行った.なお,いずれの場合も有意水準は1および5 %とした.ただし,病理学検査については,偶発的変化が散見された程度であったため,統計解析は行わなかった.

結果

1. 一般状態

すべての群で死亡例はみられなかった.

1000 mg/kg群では,投与後約30分の観察で散瞳が認められた.散瞳は,雄で投与初日から投与15日まで,雌で投与初日から投与8日まで連日あるいは散発的にみられた.発現例数の総数は雄で3例,雌で4例であった.しかし,いずれも投与後約4時間の観察時には消失していた.このほか,100 mg/kg群の雄1例で投与27日から左耳介付近の頸部皮膚に外傷が,対照群の雌1例で投与12日から右眼に眼内出血がいずれも投与期間終了時までみられたが,他の群にはみられておらず,偶発的変化と考えられた.

回復期間においては,1000 mg/kg群の雌雄では変化は認められなかった.

2. 体重(Fig.1)

投与期間又は回復期間を通して,各被験物質投与群は対照群とほぼ同様な推移を示した.

3. 摂餌量

300 mg/kg群の雄で,投与24日にごく軽度の増加がみられたが,一過性であることおよび1000 mg/kg群には変化は見られていないことから,毒性学的意義のない変化と考えられた.

回復期間では,1000 mg/kg群は対照群とほぼ同様な推移を示した.

4. 尿検査(Table 1)

投与4週目の検査では,300 mg/kg群の雄で尿量の増加が認められ,浸透圧および比重の減少も認められた.また,浸透圧の減少は100 mg/kg群の雄にもみられたが,同群の雌および1000 mg/kg群では変化はみられなかったことから,上記の変化には毒性学的意義はないと考えられた.

回復2週目の検査では,1000 mg/kg群の雌雄で変化は認められなかった.

5. 血液学検査(Table 2)

投与期間終了時の検査では,100 mg/kg以上の群の雄でMCVの増加および1000 mg/kg群の雄でMCHCの減少が認められたが,いずれも生理学的な変動範囲内の変化であり,赤血球数,ヘモグロビン量およびヘマトクリット値には変化は認められなかったことから,毒性学的に意義のない変化と考えられた.

回復期間終了時の検査では,1000 mg/kg群の雌雄で変化は認められなかった.

6. 血液生化学検査(Table 3)

投与期間終了時の検査では,100 mg/kg群の雌でリン脂質の減少が,100 mg/kg群の雄でカルシウムの減少が認められたが,300および1000 mg/kg群にはみられなかったことから,毒性学的に意義のない変化と判断した.また,100 mg/kg以上の群の雄でナトリウムの減少が認められたが,いずれも生理学的な変動範囲内の変化であった.

回復期間終了時の検査では,1000 mg/kg群の雌でA/G比およびトリグリセライドの増加が認められたが,投与期間終了時には認められておらず,またいずれも生理学的な変動範囲内の変化であった.

7. 器官重量(Table 4)

投与期間終了時の検査では,300 mg/kg群の雄で胸腺の絶対および相対重量の増加が認められたが,同群の雌および1000 mg/kg群では変化はみられていないことから毒性学的意義はないと思われた.

回復期間終了時の検査では,1000 mg/kg群の雌で副腎の相対重量の減少が認められた.

8. 剖検

投与期間終了時の検査では,1000 mg/kg群の雄1例で肺の暗赤色点が,100 mg/kg群の雄1例で左耳介付近の頸部皮膚に外傷が認められた.また,対照群の雌1例で両眼球に暗赤色点(右側でやや強い)が認められた.

回復期間終了時の検査では,対照群および1000 mg/kg群ともに変化は認められなかった.

9. 病理組織学検査(Table 5)

投与期間終了時の剖検例において,組織学的変化は肉眼的変化に一致して認められた.すなわち,肺では,限局性の出血および細胞浸潤が1000 mg/kg群の雄1例に,眼球では,両側性の硝子体内出血が対照群の雌1例に認められた.また,頸部皮膚のびらんが100 mg/kg群の雄1例に認められた.

考察

死亡例はいずれの群でも認められなかった.一般状態の観察では,1000 mg/kg群の雌雄で散瞳が認められ,被験物質投与に関連した変化と考えられた.本症状は,雄で投与初日から投与15日まで,雌で投与初日から投与8日まで連日あるいは散発的にみられたが,投与後4時間には消失する変化であった.

体重,摂餌量,尿検査,血液学検査および血液生化学検査では,被験物質投与に関連すると考えられる変化は認められなかった.

病理学検査では,剖検で投与期間終了時にごく少数例の肺,眼球あるいは耳介付近の頸部皮膚に肉眼的変化がみられ,組織学的にも相応する変化がみられたが,これら以外には器官重量を含む病理学検査でまったく変化はみられなかった.

回復試験では,1000 mg/kg群の雌で副腎相対重量の減少が認められたが,投与期間終了時の検査では重量変化および組織学的変化はみられなかったことから,毒性学的意義はないと思われた.また,その他の諸検査あるいは測定においては,雌雄のいずれにも変化はみられなかった.

以上のように,本試験では1000 mg/kg群で散瞳が認められたことから,無影響量は雌雄とも300 mg/kg/dayと考えられた.

連絡先
試験責任者:一鬼 勉
試験担当者:古川浩美,和泉宏幸,幸 邦憲,村田英治,
神谷光一,浜村政夫,鍬先恵美子
パナファーム・ラボラトリーズ 安全性研究所
〒869-0425 熊本県宇土市栗崎町1285
Tel 0964-23-5111Fax 0964-23-2282

Correspondence
Authors:Tsutomu Ichiki(Study director)
Hiromi Furukawa, Hiroyuki Izumi,Kuninori Yuki, Eiji Murata,
Koichi Kamiya, Masao Hamamura,
Emiko Kuwasaki
Safety Assessment Laboratory, Panapharm Laboratories Co., Ltd.
1285 Kurisaki-machi, Uto-shi, Kumamoto, 869-0425, Japan
Tel +81-964-23-5111Fax +81-964-23-2282