N,N-ジエチル-m-トルアミドのチャイニーズ・ハムスター培養細胞を用いる
染色体異常試験

In Vitro Chromosomal Aberration Test of N,N-Diethyl-m-toluamide
in Cultured Chinese Hamster Cells

要約

N,N-ジエチル-m-トルアミドの染色体異常誘発性の有無を検討するため,チャイニーズ・ハムスター肺由来の線維芽細胞株(CHL/IU)を用いてin vitro における染色体異常試験を実施した.

染色体異常試験に用いる用量を決定するため,短時間処理法および連続処理法ともに 31.25〜2000 μg/mLの範囲で細胞増殖抑制試験を行った結果,短時間処理法S9 mix非存在下では1000 μg/mL 以上,S9 mix存在下では2000 μg/mL,また,連続処理法では1000 μg/mL 以上で50 %を上回る細胞増殖抑制が認められた.したがって,染色体異常試験における用量は,短時間処理法の場合はS9 mix非存在下では,125,250,500,750および1000 μg/mL,S9 mix存在下では,250,500,1000,1500および2000 μg/mL,連続処理法の場合は62.5,125,250,500,750および1000 μg/mL とした.

試験の結果,短時間処理法S9 mix 非存在および存在下並びに連続処理法のいずれの場合においても,染色体異常を有する細胞の増加は認められなかった.

以上の成績から,N,N-ジエチル-m-トルアミドのCHL/IU細胞に対する染色体異常誘発性は陰性と判定した.

方法

1.試験細胞株

国立医薬品食品衛生研究所変異遺伝部(元:国立衛生試験所変異原性部)から昭和60年1月13日に分与(入手時継代:11代)を受けたチャイニーズ・ハムスター肺由来の線維芽細胞株(CHL/IU)を使用した.供試細胞は,浮遊細胞液に10 vol%の割合でジメチルスルホキシド(DMSO,和光純薬工業)を添加し,液体窒素条件下で保存したものを培養液に戻し,解凍後の継代数が3回までのものを使用した.

2.培養液

Eagle-MEM粉末培地(Gibco Laboratories)を常法に従い調製し,これに非働化仔牛血清(Gibco Laboratories)を10 vol%の割合で添加したものを用いた.

3.培養条件

4×103個/mLの細胞を含む培養液5 mLをディッシュ(径 6 cm,Becton Dickinson Co.)に加え,37℃のCO2インキュベーター(5 %CO2)内で培養した.

短時間処理法では,培養開始3日後に被験物質を加えS9 mix非存在および存在下で6時間処理し,処理終了後,新鮮培養液でさらに18時間培養した.連続処理法では,培養開始3日後に被験物質を加え24時間処理した.

4.S9 mix

染色体異常試験用凍結S9 mix(キッコーマン)を購入し,製造後6ヶ月以内に使用した.S9は,誘導剤としてフェノバルビタールおよび5,6-ベンゾフラボンを投与したSprague-Dawley系雄ラットの肝臓から調製されたものである.

5.被験物質

N,N-ジエチル-m-トルアミド(ロット番号TNB-085,日本精化(兵庫)提供)は,無色ないし微黄色の澄明なやや粘性のある液体で,水およびアセトンに不溶,エタノール,エーテル,クロロホルムおよびアセトンに混和する,純度99.4 %の物質である.被験物質は,冷暗所(4℃)で密栓保管した.

実験終了後,残余被験物質を分析した結果,安定性に問題はなかった.

6.被験物質供試液の調製

被験物質は水に不溶であり,予備的検討の結果,DMSOに可溶であったことから,溶媒にはDMSOを用い,被験物質を溶解して最高用量の供試液(原液)を調製した.この原液の一部を溶媒で順次希釈して所定用量の供試液を調製した.供試液は用時調製し,そのディッシュ内への添加量は,培養液量の0.5 vol%とした.

7.細胞増殖抑制試験

染色体異常試験に用いる被験物質の用量を決定するため,被験物質の細胞増殖に及ぼす影響を調べた.0.1 w/v%クリスタルバイオレット水溶液で染色した細胞の密度を単層培養細胞密度計(モノセレーター,MI-60,オリンパス光学工業)を用いて測定し,溶媒対照群の細胞増殖率を100 %とした時の各用量群の細胞増殖率を求めた.

その結果(Fig. 1),短時間処理法の場合,S9 mix非存在下では1000 μg/mL以上,S9 mix存在下では2000 μg/mLで50 %を上回る細胞増殖抑制が認められ,50 %細胞増殖抑制用量はそれぞれ500〜1000 μg/mLおよび1000〜2000 μg/mLの用量域にあると判断した.連続24時間処理では1000 μg/mL以上で50 %を上回る細胞増殖抑制が認められ,500 μg/mL でほぼ50 %細胞増殖抑制が認められた.

8.実験群の設定

細胞増殖抑制試験の結果から,染色体異常試験における用量は,短時間処理法の場合,S9 mix非存在下では1000 μg/mLを最高用量とし,以下公比2で500,250および125 μg/mLの4用量,並びに500 μg/mLと1000 μg/mL間で細胞増殖率に急激な変化が認められたことを考慮して,その中間量の750 μg/mLを加えた計5用量とした.また,S9 mix存在下では2000 μg/mLを最高用量とし,以下公比2で1000,500および250 μg/mLの4用量,並びに1000 μg/mLと2000 μg/mL間で細胞増殖率に急激な変化が認められたことを考慮して,その中間量の1500 μg/mLを加えた計5用量とした.連続処理法24時間処理の場合は1000 μg/mLを最高用量とし,以下公比2で500,250,125および62.5 μg/mLの計5用量,並びに短時間処理法S9 mix非存在下の場合と同様,750 μg/mLを加えた計6用量とした.対照として,溶媒対照群と陽性対照群を設けた.

陽性対照として,短時間処理法S9 mix存在下では3,4-benzo[a]pyrene(B[a]P, Sigma Chemical)を10 μg/mL,短時間処理法S9 mix非存在下および連続処理法では1-methyl-3-nitro-1-nitrosoguanidine(MNNG,Aldrich Chemical)を2.5 μg/mLの用量で用いた.陽性対照物質の溶媒には,いずれもDMSO使用した.

染色体異常試験では,1用量あたり4枚のディッシュを用いた.このうち2枚で染色体標本を作製し,残りの2枚について単層培養細胞密度計により細胞増殖率を測定した.陽性対照群については細胞増殖率の測定は行わなかった.

9.染色体標本の作製

培養終了2時間前にコルセミド(Gibco Laboratories)を最終濃度として0.2 μg/mLとなるように添加した.トリプシン処理で細胞を剥離し,遠心分離により細胞を回収した.75 mM塩化カリウム水溶液で低張処理後,用時調製した冷却メタノール・酢酸(3:1)混合液で細胞を固定した.空気乾燥法で染色体標本を作製した後,1.4 vol%ギムザ液で約15分間染色した.

10.染色体の観察

各ディッシュあたり100個,すなわち,1用量当たり2ディッシュ,200個の分裂中期像を,総合倍率600倍の顕微鏡下で観察した.標本は全てコード化し,盲検法で観察を行った.染色体の分析は,日本環境変異原学会・哺乳動物試験分科会(MMS)による分類法1)に基づいて行い,染色体型あるいは染色分体型の切断,交換などの構造異常と倍数性細胞の有無について観察した.

11.記録と判定

観察した細胞数,構造異常の種類と数および倍数性細胞の数について集計し,記録した.

染色体構造異常細胞および倍数性細胞の出現頻度について,多試料χ2検定を行い有意差(有意水準5 %以下)が認められた場合は,フィッシャーの直接確率法を用いて溶媒対照群と各用量群との間の有意差検定(有意水準は多重性を考慮して,5 %または1 %を処理群の数で割ったものを用いた)を行った.

その結果,溶媒対照群と比較して,被験物質による染色体異常細胞の出現頻度が2用量以上で有意に増加し,かつ用量依存性あるいは再現性が認められた場合,陽性と判定した.

結果および考察

短時間処理法による結果をTable 1に示す.N,N-ジエチル-m-トルアミドを加えてS9 mix非存在および存在下で6時間処理したいずれの用量群においても,染色体の構造異常および培数性細胞の誘発作用は認められなかった.

連続処理法による結果をTable 2に示す.被験物質を加えて24時間処理したいずれの用量群においても,染色体の構造異常および培数性細胞の誘発作用は認められなかった.

なお,短時間処理法S9 mix非存在下の1000 μg/mL,S9 mix存在下の1500 μg/mL以上,連続処理法の750μg/mL以上の用量においては,細胞毒性のため,観察可能な分裂中期像は認められなかった.

したがって,N,N-ジエチル-m-トルアミドの CHL/IU 細胞に対する染色体異常誘発性は陰性と判定した.本試験結果は,CHL/IU 細胞において,染色体異常を有する細胞の出現頻度が5 %未満を陰性とする石館らの判定基準2)からみても,明らかに陰性と判断されるものであった.

N,N-ジエチル-m-トルアミドの変異原性については,S. typhimuriumを用いた復帰突然変異試験で陰性3)と報告されている.発ガン性については,マウス,ラットおよびイヌを用いたがん原性試験でいずれも陰性4)と報告されている.

文献

1)日本環境変異原学会・哺乳動物試験分科会(編):「化学物質による染色体異常アトラス」朝倉書店,東京(1988)pp.16-37.
2)石館 基(監修):「改定増補 染色体異常試験データ集」エル・アイ・シー,東京(1987)p.19.
3)Zeiger E, Anderson B, Howorth S, Lawlor T, Mortelmans K: Salmonella Mutagenicity Tests, V. Results from the testing of 311 chemicals. Environmental and Molecular Mutagenesis, 19:2-141(1992).
4)Schoenig GP, Osimitz TG, Gabriel KL, Hartragel R, Gill MW, Goldenthal EL:Evaluation of the chronic toxicity and oncogenicity of N, N-diethyl-m-toluamide(DEET), Toxicological Science, 47:99-109(1999).

連絡先
試験責任者:野田 篤
試験担当者:野田 篤,昆 尚美
(財)畜産生物科学安全研究所
〒229-1132 神奈川県相模原市橋本台3-7-11
Tel 042-762-2775Fax 042-762-7979

Correspondence
Authors:Atsushi Noda(Study director)
Naomi Kon
Research Institute for Animal Science in Biochemistry and Toxicology
3-7-11 Hashimotodai, Sagamihara-shi, kanagawa, 229-1132 Japan
Tel +81-42-762-2775Fax +81-42-762-7979