連続処理(24時間)および短時間処理(6時間)における50 %細胞増殖抑制濃度は,連続処理では0.057 mg/mL,S9 mix非存在下およびS9 mix存在下における短時間処理ではそれぞれ0.091 mg/mLおよび0.0094 mg/mLであった.従って,各系列での処理濃度は,50 %細胞増殖抑制濃度の約2倍濃度を最高処理濃度とし,公比2で5濃度設定した.連続処理では,24時間処理後,短時間処理ではS9 mix非存在下および存在下で6時間処理し,新鮮培地で更に18時間培養後,標本を作製し,検鏡することにより染色体異常誘発性を検討した.染色体分析が可能な最高濃度は,24時間連続処理では0.060 mg/mL,S9 mix非存在下および存在下での短時間処理では0.090 mg/mLおよび0.0090 mg/mLであったことから,これらの濃度を高濃度群として3濃度群を観察対象とした.
CHL/IU細胞を24時間連続処理した群では,いずれの処理群においても,染色体の構造異常および倍数性細胞の誘発作用は認められなかった.S9 mix非存在下および存在下の短時間処理では,どちらの系列でも高濃度群 (S9 mix非存在下:0.090 mg/mL,S9 mix存在下:0.0090 mg/mL)において染色体の構造異常が誘発され,その頻度はそれぞれ14.0 %および19.5 %(gapを除く)であった.S9 mix非存在下では,いずれの処理群においても倍数性細胞の誘発作用は認められなかった.S9 mix存在下の短時間処理では倍数性細胞の誘発に関して有意差(p<0.01)が認められたが,その出現頻度が低いことから,陰性と判定した.
以上の結果より,本試験条件下でメチレンジフェノールは,染色体異常を誘発する(陽性)と結論した.
その結果,連続処理における50 %細胞増殖抑制濃度は0.057 mg/mL,S9 mix非存在下および存在下における短時間処理では,それぞれ0.091 mg/mLおよび0.0094 mg/mLであった(Fig. 1, 2).
染色体異常試験においては1濃度あたり4枚のディッシュを用い,そのうちの2枚は染色体標本を作製し,別の2枚については単層培養細胞密度計により細胞増殖率を測定した.
作製したスライド標本のうち,1つのディッシュから得られた異なるスライドを,4名の観察者がそれぞれ処理条件が分からないようにコード化した状態で分析した.染色体の分析は,日本環境変異原学会・哺乳動物試験研究会(MMS)1)による分類法に基づいて行い,染色体型あるいは染色分体型のギャップ,切断,交換などの構造異常の有無と倍数性細胞(polyploid)の有無について観察した.また構造異常については1群200個,倍数性細胞については1群800個の分裂中期細胞を分析した.
染色体異常を有する細胞の出現頻度について,溶媒対照群と被験物質処理群および陽性対照群間でフィッシャーの直接確率法2)により,有意差検定を実施した (p<0.01).また,用量依存性に関してコクラン・アーミテッジの傾向性検定3) (p<0.01)を行った.これらの検定結果を参考とし,生物学的な観点からの判断を加味して染色体異常誘発性の評価を行った.
短時間処理による染色体分析の結果をTable 2に示した.メチレンジフェノールを加え,S9 mix非存在下で6時間処理した群では,高濃度群(0.090 mg/mL)において染色体の構造異常が誘発され,その頻度は14.0 %(gapを除く)であった.一方,いずれの処理群においても有意な倍数性細胞の増加は認められなかった.S9 mix存在下で6時間処理した場合は,高濃度群(0.0090 mg/mL)で有意な染色体の構造異常の増加が認められ,その頻度は19.5 %(gapを除く)であった.また,高濃度群(0.0090 mg/mL)で倍数性細胞の出現頻度に有意差が認められ,傾向性検定(p<0.01)でも有意差が認められたが,その出現頻度が1.50 %と低いことから,陰性と判定した.
従って,メチレンジフェノールは,上記の試験条件下で,試験管内のCHL/IU細胞に染色体異常を誘発すると結論した.
メチレンジフェノールの関連物質としては,様々なビスフェノール類があげられる.ビスフェノールAについては,復帰変異試験で陰性の結果が報告されている4)が,分裂装置である紡錘糸の形成を阻害し,異数性細胞(染色体の数的異常)を誘発することが,CREST染色法(キネトコア抗体を用いる動原体の蛍光抗体染色法)を用いた小核の分析結果から示唆されている5).本試験で使用した被験物質中には,異性体としてビス(p-ヒドロキシフェニル)メタン(異性体の混合比率:30.2 %)を含んでおり,この物質については異数性細胞を誘発しないことが報告されている5).本試験では異数性細胞誘発の指標となる倍数細胞の誘発は認められなかったが,構造異常が増加したことから,他の2種類の異性体によって構造異常が誘発された可能性が考えられる.また,ホルマリン(37 %ホルムアルデヒド溶液)は,0.015 mg/mL以上の濃度でCHL/IU細胞に染色体異常を誘発することが報告されている6).しかしながら,被験物質におけるホルムアルデヒド含有量は1 %未満であり,今回誘発された染色体異常は被験物質中のホルムアルデヒドに起因しないものと考えられる.
1) | 日本環境変異原学会・哺乳動物試験分科会編,“化学物質による染色体異常アトラス,”朝倉書店,東京,1988, pp. 16-37. |
2) | 吉村功編,“毒性・薬効データの統計解析,事例研究によるアプローチ,”サイエンティスト社,東京,1987, pp. 76-78. |
3) | 吉村功,大橋靖夫編,“毒性試験講座14,毒性試験データの統計解析,”地人書館,東京,1992, pp. 218-223. |
4) | 労働省労働基準局安全衛生部化学物質調査課監修,“労働安全衛生法有害性調査制度に基づく既存化学物質変異原性試験データ集,”日本化学物質安全・情報センター編集・発行,東京,1996. |
5) | E. Pfeiffer et al., Mutat. Res., 390, 21(1997). |
6) | 石舘基監修,“改訂増補染色体異常試験データ集,”エル・アイ・シー,東京,1987, p.197. |
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