メチレンジフェノールのラットを用いる単回経口投与毒性試験

Single Dose Oral Toxicity Test of Methylenediphenol in Rats

要約

既存化学物質の安全性点検調査事業の一環として,メチレンジフェノールについて雌雄のSD系ラットに単回経口投与した時の毒性を検討した.投与用量は0および2000 mg/kgの2用量を設定した.

投与の結果,2000 mg/kg群の雌1例が第10日に死亡した.この個体は死亡まで不整呼吸およびラッセル音が認められ,剖検の結果,鼻腔閉鎖による,口での呼吸により嚥下された空気と思われるガスにより消化管が膨満していた.

その他の個体については,一般状態,体重および剖検所見に異常はみられなかった.

メチレンジフェノールを雌雄のラットに0および2000 mg/kgの用量で1回経口投与した結果,1例の死亡の他,異常は認められなかった.本被験物質の半数致死量(LD50値)は雌雄とも2000 mg/kgより大と結論した.

方法

1. 被験物質

メチレンジフェノール(三井化学(株),愛知,ロット番号S980013,純度99.0 %)は,融点100 ℃,沸点360〜370 ℃(760 mmHg),蒸気圧3 mmHg(200 ℃),比重1.18(25 ℃),常温で微赤色の10φストランド状固体で,塗料,フィルム,成形用樹脂,ポリエステル,アルキド樹脂の原料1),特殊エポキシ,ポリカーボネート,エポキシ樹脂,ポリエステル樹脂の原料2)として用いられている.

被験物質原体は冷蔵暗所に保存し,試験に供した.被験物質は試験期間中安定であったことを確認した.

2. 試験動物および飼育条件

日本チャールス・リバー(株)から入手した雌雄のSD系ラット(Crj:CD(SD)IGS, SPF)を,6日間検疫・馴化後,試験に供した.投与前日に体重層別化無作為抽出法により,1群につき雌雄各5匹に振り分けた.投与日の週齢は5週齢,体重範囲は雄が126〜135 g,雌が106〜113 gであった.

検疫・馴化期間を含めた全飼育期間を通して,温度22 ± 2 ℃,相対湿度55 ± 15 %,換気約12回/時,照明12時間/日(7:00-19:00)に自動調節した飼育室を使用した.

動物は,実験動物用床敷(ベータチップ:日本チャールス・リバー(株))を敷いたポリカーボネート製ケージに1ケージあたり同性5匹収容し,飼育した.動物には,実験動物用固型飼料(MF:オリエンタル酵母工業(株))と,5 μmのフィルター濾過後,紫外線照射した水道水を,それぞれ自由に摂取させた.

3. 投与量および投与方法

投与経路は経口,投与回数は1回とした.投与前日から約17時間絶食させたラットにゾンデを用いて強制経口投与した.投与後約3時間は飼料を与えなかった.

予備検討(100,500,1000および2000 mg/kg)の結果,2000 mg/kgの雄で一般状態の変化が認められたのみで,死亡は認められなかった.これらの結果から,本試験における投与用量は,雌雄ともに2000 mg/kgの1用量とし,この他に溶媒(0.1 % Tween 80添加0.5 % CMC-Na水溶液)のみを投与する対照群を設けた.投与液量は10 mL/kgとし,投与直前の体重に基づいて算出した.被験物質は溶媒(0.1 % Tween 80[東京化成工業(株)]添加0.5 % CMC-Na[関東化学(株)]水溶液)に懸濁調製した.投与前に投与液中の被験物質の均一性および0.4 mg/mLと200 mg/mLの8日間の安定性について確認した.また,2000 mg/kg群の投与液(濃度:200 mg/mL)を分析し,被験物質の濃度が設定通りであることを確認した.

4. 観察および検査項目

1) 一般状態

投与日(第1日)は15,30分,1,3および6時間の5回,以後は1日1回,14日間にわたって生死および一般状態を観察した.

2) 体重

体重は投与直前,第4,8および15日に測定した.死亡動物については発見時に測定した.

3) 病理学検査

2000 mg/kg群の雌1例が投与後の観察期間中(第10日)に死亡した.剖検で胃および腸管内のガス貯留による膨満のほか,鼻腔内に帯黄色粘液様物の貯留が認められたため,本例の鼻腔について病理組織学的検査を行った.

生存例については観察終了後にチオペンタール・ナトリウム麻酔下で放血し,安楽死させた後,剖検した.

4) LD50値の算出

LD50値の算出は実施しなかった.

結果

1. 死亡動物

2000 mg/kg群の雌1例が投与後の観察期間中(第10日)に死亡した.

2. 一般状態

2000 mg/kg群の雄が投与後15および30分に自発運動の低下,歩行異常,腹臥位および呼吸不整を示し,自発運動の低下および呼吸不整は投与後1時間まで観察された.2000 mg/kg群の雌ではこれらの症状に加えて流涎が投与後30分および1時間に認められた.雌雄ともに投与後3時間から症状は回復したが,雌2例が第2日にも呼吸不整およびラッセル音を示した.このうち1例は第4日に回復したが,もう1例は第9日まで呼吸不整とラッセル音を示し,第10日に死亡した.

3. 体重

死亡動物以外の2000 mg/kg群の雌雄ともに,対照群と同様の体重推移を示した.

4. 剖検所見

死亡動物の剖検で,脾臓および胸腺の小型化,心臓の心房拡張,胃の腺胃粘膜の出血,胃および腸管内のガス貯留による膨満,腹腔内脂肪貧のほか,鼻腔内に帯黄色粘液様物の貯留がみられた.

観察終了後(第15日)の剖検時には,全例に異常は認められなかった.

5. 病理組織所見

死亡動物の鼻腔について病理組織学的検査を実施した.

呼吸粘膜上皮および嗅粘膜上皮は死後変化の進行により比較的広い範囲で脱落,消失していたが,粘膜上皮内の炎症性細胞浸潤を伴う壊死および剥離が散発的に認められた.呼吸粘膜の一部では杯細胞数が増し,鼻道内には脱落上皮細胞および炎症性細胞を混じた多量の滲出物ないしは分泌物の貯留がみられた.また,鼻中隔を被う呼吸粘膜上皮の一部には限局性で軽度の再生性過形成と扁平上皮化生がみられた.同部位の粘膜直下には異物巨細胞の出現を伴う小型の肉芽腫様病変が認められた.しかし,この反応の原因となる明らかな異物は確認できなかった.一方,副鼻腔内には飼料由来と考えられる異物が滲出物および炎症性細胞とともに観察された.

考察

メチレンジフェノールをラットに0および2000 mg/kgの用量で1回経口投与した.

その結果,2000 mg/kg群の雌の1例が第10日に死亡した.本例は投与日に自発運動の低下を示し,翌日からはラッセル音を伴う呼吸不整が死亡日まで継続して観察された.

第15日まで生存した2000 mg/kg群の雄は,投与後15および30分に自発運動の低下,歩行異常,腹臥位および呼吸不整を示し,投与後1時間までは自発運動の低下および呼吸不整が観察された.同群の雌では,これらの症状に加えて流涎が投与後30分および1時間に認められた.これらの変化は投与後3時間から回復した.なお死亡動物以外にも雌1例が第2日以降引き続き呼吸不整およびラッセル音を示したが,第4日に回復した.

本被験物質は,皮膚,粘膜に対する刺激性を有する1)こと,投与日に流涎が認められていることから,何らかの原因によって被験物質を含んだ粘液等が鼻腔内に流入した結果,鼻腔が閉鎖された状態が継続し,衰弱・呼吸不全から死亡したものと考えられた.

以上の結果から,本被験物質の半数致死量(LD50値)は,雌雄とも2000 mg/kgより大と結論した.

文献

1)“有機化合物辞典,”講談社,東京,1985, pp.741-742.
2)“新化学インデックス,”化学工業日報社,東京,1993, p.499.

連絡先
試験責任者:須藤雅人
試験担当者:伊藤重美,泉孔美子,鈴木美江,増田久美子
(株)三菱化学安全科学研究所鹿島研究所
〒314-0255 茨城県鹿島郡波崎町砂山14
Tel 0479-46-2871 Fax 0479-46-2874

Correspondence
Authors:Masato Sudo(Study director) Shigemi Itoh, Kumiko Izumi, Yoshie Suzuki, Kumiko Masuda
Mitsubishi Chemical Safety Institute Ltd., Kashima Laboratory
14 Sunayama, Hasaki-machi, Kashima-gun, Ibaraki, 314-0255 Japan.
Tel +81-479-46-2871 Fax +81-479-46-2874