メタクリロニトリルのチャイニーズ・ハムスター培養細胞を用いる染色体異常試験

In Vitro Chromosomal Aberration Test of Methacrylonitrile
on Cultured Chinese Hamster Cells

要約

メタクリロニトリルの培養細胞に及ぼす細胞遺伝学的影響について,チャイニーズ・ハムスター培養細胞(CHL/IU)を用いて染色体異常試験を実施した.

連続処理(24時間)およびS9 mix非存在下の短時間処理(6時間)では,0.67 mg/mL(10 mM)の濃度においても50 %を越える細胞増殖抑制は認められなかった.S9 mix存在下の短時間処理における50 %細胞増殖抑制濃度は,0.27 mg/mLであった.従って,連続処理およびS9 mix非存在下での短時間処理では,0.67 mg/mL(10 mM)を最高濃度とし,公比2で3濃度設定した.S9 mix存在下での短時間処理では,50 %細胞増殖抑制濃度の約2倍濃度を最高処理濃度とし,公比2で5濃度設定した.連続処理では,24時間処理後,短時間処理ではS9 mix非存在下および存在下で6時間処理し,新鮮培地で更に18時間培養後,標本を作製し,検鏡することにより染色体異常誘発性を検討した.染色体分析が可能な最高濃度は,24時間連続処理およびS9 mix非存在下の短時間処理では0.67 mg/mL(10 mM),S9 mix存在下での短時間処理では0.27 mg/mLであったことから,これらの濃度を高濃度群として3濃度群を観察対象とした.

CHL/IU細胞を24時間連続処理およびS9 mix非存在下で短時間処理したいずれの処理群においても,染色体の構造異常および倍数性細胞の誘発作用は認められなかった.S9 mix存在下の短時間処理では,すべての処理群(0.068-0.27 mg/mL)で染色体異常の誘発作用が認められ,その誘発頻度は7.5-62.0 %(gapを除く)であった.倍数性細胞の誘発作用は低濃度群(0.068 mg/mL)および中濃度(0.14 mg/mL)で観察され,出現頻度はそれぞれ3.13 %および1.88 %であった.傾向性検定では有意差(p<0.01)が認められなかったが,それは分裂遅延による可能性が考えられた.

以上の結果より,本試験条件下でメタクリロニトリルは,染色体異常を誘発する(陽性)と結論した.

方法

1. 使用した細胞

リサーチ・リソースバンク(JCRB)から入手(1988年2月,入手時:継代4代,現在21代)したチャイニーズ・ハムスター由来のCHL/IU細胞を,解凍後継代10代以内で試験に用いた.

2. 培養液の調製

培養には,仔牛血清(CS, Cansera International)を10 vol%添加したイーグルMEM(日水製薬(株))培養液を用いた.

3. 培養条件

メタクリロニトリルはプラスチック底面を溶解し,揮発性があることから,培養にはガラスフラスコ(25 cm2,ハリオ)を用いた.2 × 104個のCHL/IU細胞を,培養液5 mLを入れたフラスコに播き,37 ℃のCO2インキュベーター(5 % CO2)内で培養した.連続処理では,細胞播種3日目に被験物質を加え,24時間処理した.また,短時間処理では,細胞播種3日目にS9 mix非存在下および存在下で6時間処理し,処理終了後新鮮な培養液でさらに18時間培養した.

4. S9

S9(キッコーマン(株))は,フェノバルビタールと5,6-ベンゾフラボンを投与した雄Sprague-Dawley系ラットの肝臓から調製したものを購入した.添加量は培地に対して5 vol%とした.

5. 被験物質

メタクリロニトリル(ロット番号:P-30A,旭化成工業 (株)(岡山))は,無色透明液体で,水に対しては100 mmol/L以上50 mg/mL未満,DMSOでは50 mg/mL以上,アセトンでは50 mg/mL以上で溶解し,凝固点-35.8 ℃,沸点90.3 ℃,蒸気圧8.7 kPaで,純度99 %(不純物としてパラメトキシフェノール51 ppm,アセトン19 ppm,アクリロニトリル59 ppm,プロピオニトリル55 ppm,メタクロレイン72 ppm,イソブチロニトリル48 ppm,青酸35 ppm,アセトニトリルとシスクロトニトリルは痕跡程度を含む)の物質で,冷蔵,遮光で保存した.被験物質原体は,冷蔵,遮光下で安定であった.

6. 被験物質の調製

被験物質は用時調製して試験に使用した.溶媒は局方注射用水(ロット番号:K8H73,(株)大塚製薬工場)を用いた.原体を溶媒に溶解して原液を調製し,ついで原液を溶媒で順次希釈して所定の濃度の被験物質調製液を作製した.被験物質調製液は,すべての試験において培養液の10 vol%になるように加えた.

7. 細胞増殖抑制試験

染色体異常試験に用いる被験物質の処理濃度を決定するため,被験物質の細胞増殖に及ぼす影響を調べた.被験物質のCHL/IU細胞に対する増殖抑制作用は,コールターカウンター(Coulter Electronics Ltd.)を用いて各群の細胞数を計測し,被験物質処理群の溶媒対照群に対する細胞増殖の比をもって指標とした.

その結果,連続処理およびS9 mix非存在下での短時間処理では,最高処理濃度の0.67 mg/mL (10 mM)においても50 %を越える細胞増殖抑制作用は認められなかった.S9 mix存在下の短時間処理における50 %細胞増殖抑制濃度は0.27 mg/mLであった(Fig. 1).

8. 実験群の設定

細胞増殖抑制試験の結果より,連続処理およびS9 mix非存在下の短時間処理では,0.67 mg/mL (10 mM) を最高濃度とし,公比2で3濃度を設定した(0.17,0.34,0.67 mg/mL).S9 mix存在下の短時間処理では,50 %細胞増殖抑制濃度の約2倍濃度を最高処理濃度とし,公比2で5濃度を設定した(0.034,0.068,0.14,0.27,0.54 mg/mL).陽性対照物質として用いたマイトマイシンC (MC,協和醗酵工業(株))およびシクロホスファミド(CPA, Sigma Chemical Co.)は,局方注射用水((株)大塚製薬工場)に溶解して調製した.それぞれ染色体異常を誘発することが知られている濃度を適用した.

染色体異常試験において,溶媒対照群と処理群では1濃度あたり2フラスコを用い,染色体標本の作製およびコールターカウンターによる細胞増殖率測定を行った.無処理対照群および陽性対照群についてはコールターカウンターによる細胞増殖率測定は行わなかった.

9. 染色体標本作製法

培養終了の2時間前に,コルセミドを最終濃度が約 0.1 μg/mLになるように培養液に加えた.染色体標本の作製は常法に従って行った.スライド標本は各フラスコにつき6枚作製した.作製した標本を3 vol%ギムザ溶液で染色した.

10. 染色体分析

細胞増殖率測定の結果と分裂指数により,20 %以上の相対増殖率で,かつ2フラスコともに0.5 %以上の分裂指数を示した最も高い濃度を観察対象の最高濃度群とし,観察対象の3濃度群を決定した.その結果(Table 1, 2),連続処理およびS9 mix非存在下での短時間処理では0.67 mg/mL(10 mM)が,S9 mix存在下の短時間処理では0.27 mg/mLが染色体分析の可能な最高濃度であったことから,これらの濃度を含む3濃度群を観察対象とした.

作製したスライド標本のうち,1つのフラスコから得られた異なるスライドを,4名の観察者がそれぞれ処理条件が分からないようにコード化した状態で分析した.染色体の分析は,日本環境変異原学会・哺乳動物試験研究会(MMS)1)による分類法に基づいて行い,染色体型あるいは染色分体型のギャップ,切断,交換などの構造異常の有無と倍数性細胞(polyploid)の有無について観察した.また構造異常については1群200個,倍数性細胞については1群800個の分裂中期細胞を分析した.

11. 記録と判定

無処理対照,溶媒および陽性対照群と被験物質処理群についての分析結果は,観察した細胞数,構造異常の種類と数,倍数性細胞の数について集計し,各群の値を記録用紙に記入した.

染色体異常を有する細胞の出現頻度について,溶媒対照群と被験物質処理群および陽性対照群間でフィッシャーの直接確率法2)により,有意差検定を実施した (p<0.01).また,用量依存性に関してコクラン・アーミテッジの傾向性検定3) (p<0.01)を行った.これらの検定結果を参考とし,生物学的な観点からの判断を加味して染色体異常誘発性の評価を行った.

結果および考察

連続処理による染色体分析の結果をTable 1に示した.メタクリロニトリルを加えて24時間連続処理したいずれの処理群においても,染色体異常および倍数性細胞の誘発作用は認められなかった.

短時間処理による染色体分析の結果をTable 2に示した.メタクリロニトリルを加え,S9 mix非存在下で処理したいずれの処理群においても,染色体の構造異常および倍数性細胞の誘発作用は認められなかった.一方,S9 mix存在下で短時間処理したすべての処理群(0.068〜0.27 mg/mL)において,染色体の構造異常の誘発が見られ,その出現頻度は7.5〜62.0 %(gapを除く)であった.また,低濃度群(0.068 mg/mL)および中濃度群(0.14 mg/mL)で倍数性細胞の有意な(p<0.01)増加が認められ,その出現頻度は3.13 %および1.88 %であったが,傾向性検定の結果,濃度依存性は認められなかった(p<0.01).これは,高濃度群(0.27 mg/mL)では細胞増殖率が57.5 %と高い値であったにもかかわらず,分裂指数が低下していることや毒性のため800細胞観察できなかった(観察細胞数:733細胞)ことから,分裂遅延により倍数性細胞の頻度が濃度依存的に減少した可能性が考えられた.

メタクリロニトリルのメチル基が水素に置換しているアクリロニトリルは,代謝活性化の有無に関係なく染色体の構造異常を誘発するが,倍数性細胞を誘発しないことが報告されている4).また,メタクリロニトリルのニトリル基がメチルエステルに置換しているメチルメタクリラートは染色体の構造異常を誘発するが,その作用は弱い5).これらのことから,化学構造が類似したこれらの3物質は,ともに染色体の構造異常を誘発するがその作用機序が異なる可能性が示唆された.

なお.メタクリロニトリルやメチルメタクリラートについては,復帰変異試験およびショウジョウバエを用いた伴性劣性致死試験において陰性の結果が報告されている6-9)が,アクリロニトリルは,復帰変異試験で陽性の結果が得られている4)

文献

1)日本環境変異原学会・哺乳動物試験分科会編,“化学物質による染色体異常アトラス,”朝倉書店,東京,1988, pp.16-37.
2)吉村功編,“毒性・薬効データの統計解析,事例研究によるアプローチ,”サイエンティスト社,東京,1987, pp. 76-78.
3)吉村功,大橋靖夫編,“毒性試験講座14,毒性試験データの統計解析,”地人書館,東京,1992, pp. 218-223.
4)石舘基監修,“改訂増補 染色体異常試験データ集,”株式会社エル・アイ・シー,東京,1987,p. 9.
5)C. L. Doerr et al., Mutat. Res., 222, 191(1989).
6)E. Zeiger et al., Environ. Mutagen., 9, 1(1987).
7)S. Zimmering et al., Environ. Mol. Mutagen., 14, 245 (1989)
8)T. H. J. M. Waegemaekers and M. P. M. Bensink, Mutat. Res., 137, 95(1984)
9)H. Schweikl et al., Mutat. Res., 415, 119(1998)

連絡先
試験責任者:田中憲穂
試験担当者:山影康次,日下部博一,佐々木澄志,高橋俊孝,若栗 忍,橋本恵子
(財)食品薬品安全センター 秦野研究所
〒257-8523 神奈川県秦野市落合729-5
Tel 0463-82-4751Fax 0463-82-9627

Correspondence
Authors:Noriho Tanaka(Study director)
Kohji Yamakage, Hirokazu Kusakabe, Kiyoshi Sasaki, Toshitaka Takahashi, Shinobu Wakuri, Keiko Hashimoto
Hatano Research Institute, Food and Drug Safety Center
729-5 Ochiai, Hadano, Kanagawa, 257-8523, Japan
Tel +81-463-82-4751Fax +81-463-82-9627