メタクリロニトリル のラットを用いる反復経口投与毒性・生殖発生毒性併合試験

Combined Repeat Dose and Reproductive/Developmental Toxicity Screening Test
of Methacrylonitrile by Oral Administration in Rats

要約

プラスチック,エラストマー,単重合体,共重合体,被覆剤等の合成に使用され,酸,アミド,アミン,エステル,ニトリル等の合成時には化学反応中間体として,また特殊な用途としては炭酸飲料容器の製造時にアクリロニトリルの置換剤としても使用されているメタクリロニトリルをオリブ油に溶解し,1群あたり雌雄各12匹のCrj:CD(SD)IGSラットに0,7.5,15および30 mg/kgの投与量で雄ラットに対しては交配前,交配期間および交配後を含む計46日間,雌ラットに対しては交配前,交配および妊娠期間,ならびに哺育4日までの期間,反復経口投与し,雌雄動物への反復投与による影響,雌雄動物の生殖および新生児の発生に及ぼす影響について検討し,以下の成績を得た.

1. 反復投与毒性

血液学検査では,30 mg/kg群の雄に赤血球数,ヘマトクリット値およびヘモグロビン量の低値が認められた.血液生化学検査では,15および30 mg/kg群の雄にカリウムの低値,30 mg/kg群の雄にクレアチニンの高値,雌に総ビリルビンおよびグルコースの高値が認められた.剖検では,7.5および15 mg/kg群の雌各1例,30 mg/kg群の雄1例および雌2例に腺胃粘膜の暗赤色斑がみられ,病理組織学検査でびらんが確認された.器官重量では,肝臓について30 mg/kg群の雄および各投与群の雌に相対重量,雌に絶対重量の高値が認められた.雌では,脾臓の絶対重量および相対重量の高値が30 mg/kg群で,心臓の絶対重量の高値が各投与群で,また,心臓の相対重量の高値が15および30 mg/kg群で認められた.病理組織学検査では,雌の脾臓に髄外造血が15 mg/kg群で3例,30 mg/kg群で7例に認められた.

以上のことから,雄の15 mg/kg以上の群においてカリウムの低値,雌の7.5 mg/kg以上の群において心臓の絶対重量の高値および腺胃粘膜のびらんがそれぞれ認められた.したがって,本試験条件下におけるメタクリロニトリルの無影響量(NOEL)は雄で7.5 mg/kg/dayであり,雌では7.5 mg/kg/day未満と考えられた.

2. 生殖発生毒性

生殖能検査では,各投与群の雌雄ともに異常は認められず,新生児にも変化は認められなかった.

したがって,本試験条件下におけるメタクリロニトリル の反復投与による親動物の生殖ならびに新生児の発生に対する無影響量(NOEL)はいずれも30 mg/kg/day以上と考えられた.

方法

1. 被験物質および投与液の調製

メタクリロニトリル(純度:99 %,Lot No. P-30A,旭化成工業(株),東京)は,常温において刺激臭のある無色透明の液体である.入手後の被験物質は遮光気密容器に入れ,4〜10 ℃の冷暗所で保存し,残余被験物質を製造業者が分析し,投与期間中の被験物質の安定性を確認した.溶媒は日本薬局方オリブ油(ヤクハン製薬(株))を用い,これに被験物質を所定の濃度となるように溶解させた.調製液は,冷暗所保存条件下で8日間安定であることから,調製後直ちに遮光気密容器に入れて冷所保存し,室温に戻して使用した.また,これらの調製液について濃度を確認し,設定値の± 5 %以内にあることを確認した.

2. 試験動物および飼育条件

日本チャールス・リバー(株)より受け入れた8週齢のSprague-Dawley系ラット(Crj:CD(SD)IGS)の雌雄を14日間の検疫および馴化を行い,雌については10日間の性周期検査も併せて行った後,雌雄各48匹を選択して10週齢で試験に供した.投与開始日の体重は雄が354〜434 g,雌が210〜259 gであった.動物は,温度21〜24 ℃,湿度37〜62 %,換気回数10〜15回/時間および照明時間12時間(8時から20時まで点灯)に制御されたバリアシステムの飼育室で,ブラケット式金属製金網床ケージに群分け前は1ケージあたり雌雄別に3匹以内を収容し,群分け後は1匹,交配中は雌雄各1匹,妊娠期間中は1母動物を収容した.雌は,妊娠17日から金網床のかわりに実験動物用床敷(ホワイトフレーク,日本チャールス・リバー(株))を敷いたステンレス製受皿を使用して1腹を収容した.飼料は,g線照射固型飼料(CRF-1,オリエンタル酵母工業(株))を金属製給餌器を用いて,飲料水は札幌市水道水を自動給水装置を用いてそれぞれ自由に摂取させた.

3. 投与量および投与方法

投与量設定試験では雌雄のラットに5,15および30 mg/kgの3用量を1群5匹に1日1回14日間投与し,30 mg/kg群の雄で体重増加量の低値,雌で投与14日に摂餌量の低値が認められ,その他の検査項目には異常は認められなかった.このことから,本試験の投与量は高用量を死亡あるいは衰弱例がみられず,体重推移に影響が予測される用量として30 mg/kg/dayを設定し,以下,公比2で15および7.5 mg/kg/dayを雌雄ともに設定し,これに日本薬局方オリブ油を投与する対照群を含めた雌雄各4群を設定した.1群の動物数は雌雄とも12匹とし,投与前々日の体重に基づいて層化無作為抽出法により群分けを行った.

各個体の投与液量は投与日に最も近い測定日の体重に基づいて算出し,5 mL/kgの容量でラット用胃ゾンデを用いて1日1回強制的に胃内に投与した.投与期間は,雄については交配前14日間および交配期間を含む46日間,雌については交配前14日間および交尾成立までの交配期間,さらに交尾成立例は妊娠期間および哺育4日までの期間,交尾不成立例は交配期間終了後23日までの期間とした.

4. 検査項目

1) 一般状態観察

雌雄全例について,試験期間中1日1回の頻度で,視診および触診により行動,外観などを観察した.

2) 体重測定

全例について,投与1,2,5,7,10および14日の投与前,その後は雄については7日毎(投与終了日を含む)および剖検日に,雌については妊娠0,1,3,5,7,10,14,17および20日,哺育0,1および4日の投与前ならびに哺育4日の翌日(剖検日)に,交尾不成立例については投与28,35,42および49日の投与前および51日の翌日(剖検日)に,また交配期間中(雄と同居中)は相手雄の測定日と同じ日に測定した.体重増加量および体重増加率を,雄については投与1から46日,雌については投与1から14日,妊娠0から20日および哺育0から4日について算出した.

3) 摂餌量測定

雄については交配期間を除き,雌については妊娠0日および哺育0日を除き体重測定と同じ日に,測定前日の給与量から翌日の残量を減じて個々の動物の1日分の摂餌量を算出した.

4) 尿検査

雄の各群6例について投与期間の最終週(投与43〜44日)に,代謝ケージに収容して非絶食下で採尿を行い,同時に採尿中の飲水量(重量)も測定した.約3時間の蓄尿についてpH,蛋白,糖,ケトン体,ウロビリノーゲン,ビリルビン,潜血反応(以上,マルティスティックス,バイエル・三共)および色調(肉眼観察)ならびに沈渣(鏡検)を検査し,21時間蓄尿について尿量(容量)および比重(屈折計法,アタゴ)を測定した.

5) 血液学検査

雄の全例について投与46日の翌日の剖検時に,雌の哺育母動物各群6例について分娩後5日(哺育4日の翌日)に,16〜22時間絶食させた後,エーテル麻酔下で腹部大動脈より採血し,EDTA・2Kで処理した血液を用いて赤血球数,ヘマトクリット値,血小板数,白血球数(以上,電気抵抗法),ヘモグロビン量(シアンメトヘモグロビン法),平均赤血球容積(赤血球数,ヘマトクリット値より算出),平均赤血球ヘモグロビン量(赤血球数,ヘモグロビン量より算出),平均赤血球ヘモグロビン濃度(ヘマトクリット値,ヘモグロビン量より算出)(以上,自動血球計数装置F-820,シスメックス),網赤血球数(Brecher法)および白血球百分比(May-Grnwald-Giemsa染色)を測定した.また,3.8 %クエン酸ナトリウムで処理した後,3000回転/分で10分間遠心分離して得られた血漿を用いて,プロトロンビン時間(トロンボプラスチン法)および活性化部分トロンボプラスチン時間(エラジン酸法)(以上,血液凝固自動測定装置アメルングKC-10A,バクスター)を測定した.

6) 血液生化学検査

雄の全例について投与46日の翌日の剖検時に,雌の哺育母動物各群6例について分娩後5日(哺育4日の翌日)に,16〜22時間絶食させた後,血液学検査と同時に,腹部大動脈より採血し,ヘパリン処理した後,3000回転/分で10分間遠心分離して得られた血漿を用いてGOT(IFCC法)およびグルコース(ヘキソキナーゼ法)を測定し,無処理血液を3000回転/分で10分間遠心分離して得られた血清を用いてGPT(IFCC法),アルカリホスファターゼ(Bessey-Lowry法),γ-GTP(包接L-γ-グルタミル-ρ-ニトロアニリド基質法),コリンエステラーゼ(ヨウ化ブチリルチオコリン基質法),総コレステロール,リン脂質(以上,酵素法),トリグリセリド(遊離グリセロール消去法),総ビリルビン(アゾビリルビン法),尿素窒素(ウレアーゼ・インドフェノール法),クレアチニン(Jaff法),カルシウム(OCPC法),無機リン(Fiske-SubbaRow法),総蛋白(ビウレット法)(以上,自動分析装置7150形,日立製作所),ナトリウム,カリウム(以上,炎光光度法,自動炎光光度計480型,コーニング),クロール(電量滴定法,クロライドカウンターCL-6M,平沼産業),蛋白分画およびA/G比(以上,セルロースアセテート膜電気泳動法,全自動電気泳動装置CTE-150,常光)を測定した.

7) 剖検および器官重量測定

雄の全例について投与46日の翌日に,体外表を観察し,エーテル麻酔下で採血後放血致死させ剖検した.雌の分娩例は分娩後5日(哺育4日の翌日)に,交尾不成立例は交配期間終了後24日(投与51日の翌日)に,妊娠25日まで分娩が認められない交尾成立例は妊娠26日に剖検した.また,脳,心臓,肝臓,腎臓,脾臓,副腎, 胸腺,精巣,精巣上体および卵巣の重量を測定するとともに,絶対重量を剖検当日の体重で除し100を乗じて相対重量を算出した.

8) 病理組織学検査

雌雄の全例について脳(大脳・小脳),下垂体,胸腺,甲状腺(左右),上皮小体(左右),副腎(左右),脾臓,心臓,胸部大動脈,舌,食道,胃(前胃および腺胃),肝臓,膵臓,十二指腸,空腸,回腸(パイエル板を含む),盲腸,結腸,直腸,喉頭,気管,肺(気管支含む),腎臓(左右),膀胱,精巣(左右),精巣上体(左右),前立腺,精嚢(凝固腺含む,左右),卵巣(左右),子宮(角部および頸部),膣,眼球(左右),ハーダー腺(左右),乳腺(右腹部,雌のみ),皮膚(右腹部),胸骨(骨髄含む),大腿骨(骨髄含む,右),脊髄(頸部),骨格筋(右大腿部),腸間膜リンパ節,下顎リンパ節(左右),顎下腺(左右),舌下腺(左右),耳下腺(左右),坐骨神経(右)を常法に従ってパラフィン包埋後,薄切してヘマトキシリン・エオジン染色標本,脾臓のベルリン青染色標本を作製して鏡検した.

9) 生殖能検査

雌全例について,投与開始日の 10日前から交尾までの連日,ギムザ染色による膣垢塗抹標本を作製し,光学顕微鏡下で性周期段階(発情前期,発情期前期,発情期後期,発情後期および発情休止期)の判定を行い,性周期の各段階を4日から6日の間隔で2回以上繰り返すものを正常と判定した.発情休止期あるいは発情期が7日以上継続してみられる場合に性周期の異常と判定した.投与14日の雌雄について,同試験群内で夕方から1対1(無作為組合わせ)で14日間を限度として同居させた.交尾の成立は雌の膣内の膣栓あるいは膣垢スメア標本中に精子が確認された場合とし,交尾日を妊娠0日とした.妊娠の成立は雌の子宮に着床痕が確認された場合とし,交尾率[(交尾雌動物数/同居雌動物数)×100]および受胎率[(受胎動物数/交尾雌動物数)×100]を算出した.

10) 分娩および哺育状態観察

交尾した雌全例について,妊娠21日から分娩終了日まで,分娩段階,哺育状態,生存児数および死亡児数,出産児の性別および外表を観察した.朝9時に分娩終了を確認した場合,その日を哺育0日とした.その結果から,妊娠期間[妊娠0日から哺育0日(分娩終了日)までの日数],出産率[(生児出産雌数/妊娠雌数)×100],分娩率[(総出産児数/着床痕数)×100],出生率[(出産確認時生存児数/総出産児数)×100],哺育4日時哺育率[(哺育4日時に哺育児の認められる雌動物数/正常に分娩した雌動物数)×100]および性比[雄生児数/雌生児数]を算出した.

11) 新生児の一般状態観察および生存率

全例について,哺育0日から哺育4日まで1日1回,生存および死亡を確認し,一般状態および外表について観察した.なお,哺育日数は分娩終了日を哺育0日とした.

観察結果から新生児の4日の生存率[(哺育4日生存児数/出産確認時生存児数)×100]を1腹を単位として算出し,喰殺あるいは不明例となった新生児は死亡例として扱った.

12) 新生児の体重測定

全例について,哺育0,1および4日に個体毎に測定し,体重値は1腹あたりの生児全例の体重の合計ならびに1腹毎の雌雄別平均体重として取扱った.

13) 新生児の剖検

死亡例は直ちに剖検した.その他の例については,哺育4日に体外表(口腔内を含む)を観察し,二酸化炭素吸入法により安楽死させ,全身の器官・組織を肉眼的に観察した.

5. 統計解析

性周期の異常の有無,交尾率,受胎率,出産率および哺育4日時哺育率ならびに病理組織学検査結果のうち1段階の陽性グレードがみられた所見については多試料x2-検定を行い,その結果,有意差がみられた場合は2試料x2-検定で解析した.ただし,これらの検定に不適合の場合は Fisherの直接確率検定法を用いた.

尿検査の定性的項目ならびに病理組織学検査結果のうち2段階以上の陽性グレードがみられた所見についてはKruskal-Wallisの検定法で解析し,有意差がみられた場合は,Mann-WhitneyのU-検定法を用いて解析した.

その他の項目について,Bartlettの検定法によって等分散性を解析し,等分散の場合は,一元配置分散分析法で解析し,有意差がみられた場合は,Dunnettの検定法により解析した.不等分散の場合は,Kruskal-Wallis法で解析し,有意差がみられた場合は,Mann-WhitneyのU-検定法を用いて解析した.なお,新生児の観察および測定において,出生率,性比,新生児生存率および雌雄別体重ならびに雌雄合計体重について,1腹を標本単位として統計処理を行った.

これら対照群と被験物質投与群との間の検定においては,いずれも有意水準を5 %とした.

結果

1. 反復投与毒性

(1) 一般状態

雄では,いずれの群にも異常は認められなかった.

雌では,15 mg/kg群の1例で妊娠21日以降に,30 mg/kg群の1例で妊娠17日以降に,剖検日(分娩後5日)まで皮下腫瘤が認められた以外に異常は認められなかった.この皮下腫瘤は病理組織学検査で乳腺の腺癌と判定されたが,妊娠を契機に自然発生的にしばしば発現することが知られていること1-3)から,自然発生腫瘍と判断した.

(2) 体重(Fig. 1)

雌雄とも対照群と比較して有意な差は認められなかった.

(3) 摂餌量(Fig. 2)

雄では15 mg/kg群で投与14日に低値が認められた.

雌では,15および30 mg/kg群で妊娠前投与期間の投与2日に,15 mg/kg群で妊娠5日に,対照群と比較して低値が認められたが,哺育期間には,各投与群とも有意な差は認められなかった.投与2日には対照群でも前日と比較して摂餌量の低下がみられていること,いずれも一過性の変化であることから,被験物質による毒性的な変化ではないと考えられた.

(4) 尿検査

雄の各投与群とも対照群と比較して有意な変化は認められなかった.

(5) 血液学検査(Table 1, 2)

雄では30 mg/kg群で赤血球数,ヘマトクリット値およびヘモグロビン量に対照群と比較して低値,ならびにプロトロンビン時間に短縮が認められた.プロトロンビン時間の短縮については,軽度な短縮であり,血小板数に変化がみられていないことから,毒性学的意義はないものと考えられた.他に7.5 mg/kg群では分葉核好中球の高値,リンパ球の低値,15 mg/kg群で平均赤血球ヘモグロビン量の低値が認められたが,用量依存的でない変化であり,被験物質との関連性はないものと考えられた.

雌では30 mg/kg群で平均赤血球ヘモグロビン濃度の低値,7.5および15 mg/kg群で桿状核好中球の低値が認められたが,関連する他の項目に変化がみられないことから,被験物質との関連性はないものと考えられた.

(6) 血液生化学検査(Table 3,4)

雄では15および30 mg/kg群でアルカリホスファターゼおよびカリウムの低値,30 mg/kg群でクレアチニンの高値が認められた.アルカリホスファターゼの低値については,毒性学的意義がないと考えられた.

雌では30 mg/kg群で総ビリルビンおよびグルコースの高値が認められた.他に7.5 mg/kg群で尿素窒素の高値が認められたが,低用量群のみの変化であり,被験物質との関連性はないものと考えられた.

(7) 剖検

雄では,30 mg/kg群の1例に腺胃粘膜の暗赤色斑が認められた.

雌では,7.5および15 mg/kg群の各1例,ならびに30 mg/kg群の2例に腺胃粘膜の暗赤色斑が認められた.

(8) 器官重量(Table 5, 6)

雄では,30 mg/kg群で対照群と比較して肝臓の相対重量に高値が認められた.

雌では,7.5 mg/kg以上の投与群で心臓の絶対重量,肝臓の相対重量に高値がみられ,15 mg/kg以上の投与群で心臓の相対重量,30 mg/kg群で肝臓の絶対重量に高値が認められた.30 mg/kg群では,脾臓の絶対重量および相対重量にも高値が認められた.

(9) 病理組織学検査(Table 7)

雌雄とも剖検時に腺胃の暗赤色斑がみられた例には,軽度のびらんが認められた.

雌で,重量増加のみられた脾臓では,軽度の髄外造血が対照群の1例,15 mg/kg群の3例,30 mg/kg群の7例にみられ,有意な発現率増加が認められた.

2. 生殖発生毒性

(1) 生殖能検査(Table 8)

交尾までの日数,交尾率および受胎率に各投与群とも対照群と比較して有意な差は認められなかった.交尾不成立が30 mg/kg群で1組にみられたが,雌の性周期検査,雌雄の剖検および病理組織学検査で生殖器に異常は認められなかった.不妊例は対照群および7.5 mg/kg群で各1例,15 mg/kg群で2例に認められた.

性周期検査では交配中に発情休止期の連続が30 mg/kg群で1例にみられたが,この例は交尾および妊娠が成立した.

(2) 分娩および哺育状態観察(Table 9)

妊娠期間,哺育率,出産率,着床数,出産児数,分娩率,出産確認時生存児数および出生率に,各投与群とも対照群と比較して有意な差は認められなかった.

なお,分娩終了確認時の死亡児が7.5 mg/kg群で雌1例,30 mg/kg群で雄3例および雌7例に認められた.30 mg/kg群の死亡児のうち雄3例および雌6例は1腹の児であったが,この母動物は雌雄各1例の新生児を哺育し,哺育行動に異常はみられなかった.

(3) 新生児の生存率(Table 9)

各投与群とも対照群と比較して有意な差は認められなかった.

(4) 新生児の一般状態

死亡あるいは不明例が対照群で雌1例,7.5 mg/kg群で雌2例,15 mg/kg群で雄3例にみられたが,30 mg/kg群では死亡あるいは不明例はみられず,被験物質による影響はないものと考えられた.

生存例では30 mg/kg群の雌1例に外傷が認められたのみであった.

(5) 新生児の体重推移(Table 9)

各投与群とも対照群と比較して有意な差は認められなかった.

(6) 新生児の剖検

死亡例には異常は認められなかった.

哺育4日剖検例には,7.5 mg/kg群の雄1例に肝臓の黄白色斑が,30 mg/kg群の雌1例に外傷がみられたが,他に異常はみられなかった.

考察

1. 反復投与毒性

血液学検査では,30 mg/kg群の雄に赤血球数,ヘマトクリット値およびヘモグロビン量の低値が認められた.この変化は,メタクリロニトリル 投与により赤血球およびヘモグロビンの減少などの溶血性貧血が報告されていること4)から,被験物質による影響と考えられた.

血液生化学検査では,雄について15および30 mg/kg群にカリウムの低値,30 mg/kg群にクレアチニンの高値が認められた.被験物質の影響と推察されたが,病理組織学検査で腎臓に異常が認められないことから,その機序については明らかでなかった.雌について30 mg/kg群に総ビリルビンおよびグルコースの高値が認められた.肝臓については,30 mg/kg群の雄に相対重量,雌に絶対重量,また各投与群の雌に相対重量の高値が認められていることから,病理組織学的に肝臓の異常は認められなかったが,この変化は肝臓の機能亢進によるものと推察された.

剖検では,7.5および15 mg/kg群の雌各1例,30 mg/kg群の雄1例および雌2例に腺胃粘膜の暗赤色斑がみられ,病理組織学的にはびらんが確認された.この変化は,メタクリロニトリルに皮膚腐食性があることが報告されていること5),また,メタクリロニトリルの急性経口投与毒性試験6)でも腺胃粘膜の暗赤色斑がみられたことから,被験物質による影響と考えられた.

器官重量では雌の30 mg/kg群に前述の肝臓の他,脾臓の絶対重量および相対重量の高値がみられ,病理組織学検査では15 mg/kg群で雌3例,30 mg/kg群で雌7例に髄外造血が認められた.この変化は,メタクリロニトリルによる溶血性貧血が報告されていること4)から,メタクリロニトリル投与による貧血に対する代償性の変化と考えられた.雌では,各投与群に心臓の絶対重量の高値がみられ,15および30 mg/kg群には相対重量の高値も認められた.心臓に病理組織学検査で異常はみられなかったが,げっ歯類では心肥大が心臓重量増加として認められ,組織学的変化は顕著でないと報告されており7),心肥大の原因の一つに貧血が挙げられている7).一方,メタクリロニトリル の急性経口投与毒性試験6)の死亡例では右心房の拡張および肺の明橙色化がみられ,メタクリロニトリル による溶血との関連が考えられる.したがって,本試験でみられた心臓の絶対重量および相対重量の変化も被験物質による溶血性貧血の影響と推察された.

以上のことから,雄の15 mg/kg以上の投与群においてカリウムの低値,雌の7.5 mg/kg以上の投与群において心臓の相対重量の高値および腺胃粘膜のびらんがそれぞれ認められた.したがって,本試験条件下におけるメタクリロニトリルの無影響量(NOEL)は雄で7.5 mg/kg/dayであり,雌では7.5 mg/kg/day未満と考えられた.

2. 生殖発生毒性

生殖能検査では,各投与群とも雌雄の交尾率,雌の性周期および受胎率,また,生殖器(精巣,精巣上体および卵巣)および内分泌器官(副腎)の重量ならびに剖検に変化はみられず,30 mg/kg群の生殖器の病理組織学検査においても異常は認められなかった.

母動物の剖検,妊娠期間,着床数,出産率,分娩率,出産児数,出産確認時生存児数および出生率に,メタクリロニトリル投与による影響は認められなかった.なお,30 mg/kg群の母動物1例で分娩終了確認時に雄3例および雌6例の死亡児みられたが,この母動物の一般状態および剖検で異常はみられず,同例は雌雄各1例の新生児を哺育し,新生児の発育にも異常はみられなかったことから,死亡児と被験物質との関連性については明らかではなかった.

新生児の一般状態,新生児生存率,体重および剖検では,各投与群とも影響は認められなかった.

以上のことから,雌雄の生殖および新生児の発生に各投与群とも被験物質の影響は認められなかった.したがって,本試験条件下におけるメタクリロニトリル の反復投与による親動物の生殖ならびに新生児の発生に対する無影響量(NOEL)はいずれも30 mg/kg/day以上と考えられた.

文献

1)村岡義博他,Exp. Anim., 26, 13(1977).
2)森井外吉他,Exp. Anim., 33, 47(1984).
3)今井清,吉村愼介,J. Toxicol. Pathol., 1, 7(1988).
4)T. Samikkannu, V. Vasanthakumari, and S. N. Devaraj, Toxicol. Letters, 92, 15(1997).
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7)伊東信行編著,“最新 毒性病理学,”中山書店,東京,1994, pp. 179-187.

連絡先
試験責任者:須永昌男
試験担当者:堀川裕尚,咲間正志,山本美代子,平田真理子,古川正敏,吉村浩幸
(株)化合物安全性研究所
〒004-0839 札幌市清田区真栄363番24
Tel 011-885-5031Fax 011-885-5313

Correspondence
Authors:Masao Sunaga(Study director)
Hironao Horikawa, Masashi Sakuma, Miyoko Yamamoto, Mariko Hirata, Masatoshi Furukawa, Hiroyuki Yoshimura
Safety Research Institute for Chemical Compounds Co., Ltd.
363-24 Shin-ei, Kiyota-ku, Sapporo, Hokkaido, 004-0839, Japan
Tel +81-11-885-5031Fax +81-11-885-5313