テトラヒドロチオフェン-1,1-ジオキシドのラットを用いる
単回経口投与毒性試験

Single Dose Oral Toxicity Test of Tetrahydrothiophene 1,1-dioxide in Rats

要約

水および芳香族炭化水素との親和性が高いことから,工業的に溶媒として広く用いられている既存化学物質テトラヒドロチオフェン -1,1-ジオキシドの単回経口投与毒性試験を,SD系[Crj:CD(SD)]ラットを1群雌雄各5匹とし,0(対照),892,1204,1626,2195,2963および4000mg/kg(公比1.35)用量で投与した.死亡は,投与後1〜6時間に認められた.中毒症状として,自発運動の低下,痙攣,眼瞼下垂,流涎,立毛,紅涙,下腹部の尿による汚染が認められた.死亡動物の多くは,痙攣を呈した後,呼吸が微弱となって死亡した.生存動物の症状は,投与翌日〜2日には回復した.体重は,投与翌日に増加抑制あるいは減少したが,症状が回復した3日には回復ないし回復傾向が認められた.剖検においては,死亡動物で,腺胃粘膜に黒色点散在が認められた.LD50値(95%信頼限界)は,雄で2006(1783〜2256)mg/kg,雌で2130(1844〜2460)mg/kgであった.

方法

1. 被験物質

テトラヒドロチオフェン -1,1-ジオキシドは,分子量120.16,融点27.4-27.8℃,沸点287℃,蒸気圧14.53 mmHg(150℃),比重1.265(30/20℃)の無色透明の液体で,水や芳香族炭化水素に溶けやすい.試験には,新日本理化株式会社(大阪)製造のもの(Lot No.0007,純度95%,不純物として水5%を含む)を入手し,これを投与直前に純度換算で所定の投与用量になるような濃度に局方精製水(共栄製薬)に溶解して投与液とした.

2. 使用動物および飼育条件

日本チャールス・リバー (株)より購入したSD系[Crj:CD(SD)]雌雄ラットを5日間馴化・検疫飼育し,5週齢(雄122〜138 g,雌107〜120 g)で,1群雌雄各5匹として用いた.ラットは,温度22±3℃,湿度55±10%,換気回数10回以上/時,照明12時間(6〜18時)に設定された飼育室で,金網ケージに2〜3匹ずつ雌雄別に収容し,固型飼料〔日本農産工業(株)製,ラボMRストック〕と水は自由摂取させた.ただし,投与前日午後5時から投与後3時間まで除餌し,水のみを与えた.

3. 投与量および投与方法

投与量設定試験として,雌雄ラットに 744,1041,1458,2041,2857および4000 mg/kg用量を単回経口投与した結果,死亡率(死亡動物数/供試動物数)は,各々雄が0/3,0/3,1/3,1/3,2/3および3/3,雌が0/3,0/3,0/3,1/3,3/3および3/3であった.そこで,本試験の用量は,雌雄とも0,892,1204,1626,2195,2963および4000 mg/kg(公比1.35)に設定した.投与方法は,投与液量を体重1kg当たり10 mlとし,テフロン製胃ゾンデを装着した注射筒を用いて強制的に動物の胃内に単回経口投与した.対照群には溶媒として用いた精製水を同様に投与した.

4. 観察事項

観察期間は投与後 14日間とし,その間に一般状態の観察と生死の確認を投与日は頻回に,その後は,少なくとも1日1回行った.体重は,投与直前(投与0日),投与後1,3,7および14日に,また死亡動物については発見日にも測定した.剖検は,死亡動物は発見後速やかに,生存動物は観察期間終了後エーテル麻酔死させて行った.LD50値は,投与後14日間の観察期間終了時における死亡率を基に,Van der Waerden法を用いて算出した.

結果

1. 死亡率およびLD50値(Table 1)

死亡は,雌雄とも 2195 mg/kg以上の用量群で,投与後1〜6時間に認められた.LD50値(95%信頼限界)は,雄で2006(1783〜2256)mg/kg,雌で2130(1844〜2460)mg/kgであった.

2. 中毒症状および体重

中毒症状としては,雌雄とも 1204 mg/kg以上の用量群で,自発運動の低下が投与後15〜30分から全例に認められ,1626 mg/kg以上の用量群で,痙攣が30分〜6時間に用量依存的に認められた.さらに,眼瞼下垂,流涎,立毛,紅涙が雌雄に,下腹部の尿による汚染が雌に,いずれも散発的に認められた.死亡の多くは,痙攣を呈した後,呼吸が次第に微弱となって死亡した.生存動物の症状は,投与後1時間から回復傾向が認められ,2日には回復した.体重は,投与翌日(1日)に対照群に比べ増加抑制が雌雄とも892および1204 mg/kg群でみられ,1626 mg/kg以上の用量群で投与前に比べ減少した.しかし,3日には体重は増加に転じ,以後順調な増加が認められた.

3. 剖検

死亡動物の腺胃粘膜に,黒色点の散在が雄では用量依存的に,雌では少数例に認められた.生存動物の器官には,異常は認められなかった.

考察

テトラヒドロチオフェン -1,1-ジオキシドの急性毒性について,Brownら1)は,ラットにおける経口LD50値が2100 mg/kgで,中毒症状として痙攣が認められ,死亡は投与後24時間以内,多くは3時間までに認められたと報告している.本試験においても,LD50値は雄で2006 mg/kg,雌で2130 mg/kg,特徴的な中毒症状は痙攣で,死亡は投与後6時間までに認められた.これらは,Brownらの報告と類似する結果であった.急性中毒症状としての痙攣は,本被験物質の類縁化合物2)あるいはチオフェン3)にも認められており,これらに共通した症状と考えられる.

文献

1)V. K. H. Brown, L. W. Ferrigan, D. E. Stevenson, Brit. J. Industr. Med., 23, 302(1966).
2)W. M. Alexander, B. E. Abreu, L. C. Weaver, H. E. Faith, J. W. Newberne, Arch. Int. Pharmacodyn., CXIX, No.3-4, 423(1959).
3)M. M. Smith, S. T. Reid, J. Med. Pharmaceut. Chem., 6, 507(1959).

連絡先
試験責任者:山本譲
試験担当者:伊藤雅也,藩栗緒
(財)畜産生物科学安全研究所
〒229-11 神奈川県相模原市橋本台3-7-11
Tel 0427-62-2775Fax 0427-62-7979

Correspondence
Authors:Yuzuru Yamamoto(Study director)
Masaya Ito, Cleo Pan
Research Institute for Animal Science in Biochemistry and Toxicology
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