1,1'-アゾビスホルムアミドのラットを用いる一世代生殖毒性試験

One-Generation Reproduction Toxicity Test of 1,1'-Azobisformamide in Rats

要約

1,1'-アゾビスホルムアミドの一世代生殖毒性試験を行い,同化合物の雌雄動物の生殖ならびに出生児に対する毒性について検討した.すなわち,0 (媒体対照,コーン油),100,300および1000 mg/kgをSprague-Dawley系(Crj:CD)ラットの雌雄(各25匹/群)に,雄は5週齢から10週間,また,雌は10週齢から2週間経口投与し,3週間を限度として交配させた.雄は,3週間の交配期間終了後1週間を経過した後に剖検した.雌は,交配後,自然分娩させ,哺育21日に出生児とともに剖検した.雌雄ともに剖検の前日まで投与を継続し,この間,親動物の一般状態,体重増加,摂餌量の変化などを観察するとともに,親動物の分娩および泌乳を含む繁殖能力,ならびに出生児の離乳までの発育を観察した.

1. 雄動物所見

被験物質投与に起因した死亡あるいは瀕死動物は認められず,一般状態の変化,体重増加抑制および摂餌量の抑制も認められなかった.剖検においても被験物質投与に関連した変化は認められず,下垂体,甲状腺,精巣,精巣上体,精嚢,凝固腺,前立腺および腎臓の病理組織学検査においても被験物質投与に関連した変化は認められなかった.

2. 雌動物所見

分娩するまでは,雌動物には死亡および瀕死動物は認められず,被験物質投与に関連した一般状態の変化,体重増加抑制および摂餌量の抑制も認められなかった.

分娩後に,被験物質各投与群で自発運動減少,眼瞼下垂,立毛,削痩など全身状態の不良が少数例に認められ,300 mg/kg投与群では1例が哺育4日に瀕死状態に至り,また,1000 mg/kg投与群では3例が哺育4,14あるいは16日に死亡した.これらのうち,1000 mg/kg投与群については,腎臓の病理組織学検査において,腎盂の拡張および腎盂移行上皮の過形成,管腔および間質における好中球の顕著な浸潤が認められ,腎盂腎炎と類似した病変が観察されたことから,被験物質投与による影響が疑われた.これに対し,300 mg/kg投与群の瀕死例に認められた所見は,腎臓の近位尿細管の変性,壊死および空胞変性であり,1000 mg/kg投与群にみられた所見とは異なるものであったことから,被験物質投与による影響である可能性は乏しいものと判断された.これらの動物を含めてその他の動物については,一般状態に異常は認められず,体重増加および摂餌量には被験物質投与の影響は認められなかった.また,下垂体,甲状腺,卵巣,子宮,頸部,腟および腎臓の病理組織学所見にも被験物質投与の影響は認められなかった.

3. 生殖関連所見

性周期には被験物質投与に関連した異常は観察されず,全例が交尾し,同居期間およびその間に回帰した発情の回数にも被験物質投与の影響は認められなかった.不妊例が各群に少数例認められたが,受胎率に,被験物質投与の影響は認められなかった.また,分娩に関連した異常は認められず,出産率および妊娠期間にも被験物質投与の影響は認められなかった.哺育状態については,全身状態の不良を示し,母性行動を示さない動物が少数認められ,そのために同腹の多数あるいは全例が死亡した腹が各群に少数例ずつ認められた.しかし,その他の腹の出生児については行動を含む一般状態に被験物質投与の影響は認められず,生存率を示す各種指標ならびに発育に被験物質の用量に依存した変化は認められなかった.出生児の形態についても被験物質の用量に依存した変化は認められなかった.

4. 無作用量

以上の試験結果から,本試験条件下では,1,1'-アゾビスホルムアミドの無作用量は,生殖に関しては,雄ならびに雌および出生児ともに1000 mg/kg/dayと推定される.生殖以外の一般項目については,雄では1000 mg/kg/dayであり,雌では300 mg/kg/dayと推定される.

方法

1. 被験物質

本試験に使用した1,1'-アゾビスホルムアミド(ロット番号:8J85A,純度:99.5 %,橙黄色粉末)は,大塚化学(株)(徳島)から提供を受けたもので,入手後は室温保管した.被験物質の試験期間中の安定性は,残余被験物質を提供元で再分析することにより確認した.

投与検体は,各濃度毎に秤量した被験物質に,媒体としたコーン油(ナカライテスク(株),製造番号:V8N6540およびV9F1299)を加えて攪拌することにより懸濁して調製し,冷蔵保管して使用した.投与検体中に含まれる被験物質の含量および均一性は,秦野研究所において確認した.

2. 使用動物および飼育条件

試験には,日本チャールス・リバー(株)筑波飼育センター生産のSprague-Dawley(SD)系(Crj:CD(SD)IGS, SPF)ラットを使用した.雄は3週齢で,また,雌は6週齢で購入し,入荷後6日間,検疫と馴化を兼ねて飼育した後,雄は投与開始前日の,雌は性周期観察開始前日の体重を基に体重別層化無作為抽出法に準じて群分けし,各群に雌雄各25匹を配した.

動物は,基準温湿度各24 ± 1 ℃,および50-65 %,換気回数約15回/時間,照明12時間(7-19時点灯)に制御された飼育室で,金属製金網床ケージに個別に収容して飼育し,固型飼料(CE-2,日本クレア(株)および飲料水(水道水,秦野市水道局給水)を自由に摂取させた.妊娠14日(腟栓あるいは精子発見日=妊娠0日)以後の母動物は,プラスチック製ラット用繁殖ケージに収容し,床敷として紙パルプ製チップ(ALPHA-dri,加商(株)を適宜供給した.

3. 投与量の設定および投与方法

本試験の投与量は,本試験と同系統のラットを用いた予備試験の成績に基づき設定した.すなわち,各群雌雄各5匹に,東京化成工業(株)から購入した1,1'-アゾビスホルムアミド(ロット番号:GF01)をコーン油に懸濁して0,250,500あるいは1000 mg/kgを交配前2週間から反復投与して交配させ,雌は妊娠14日に剖検し,雄は28日反復投与翌日に剖検した予備試験のにおいて,雌雄いずれの投与群にも毒性徴候は認められず,繁殖性にも変化は認められなかったこと,ならびにラットにおける1,1'-アゾビスホルムアミドの経口投与によるLD50値は6400 mg/kg 1)と高く,毒性は低いものと考えられたことから,高用量には,1000 mg/kgを設定し,以下公比約3で減じて,中用量には300 mg/kgを,低用量には100 mg/kgを設定した.

各用量の投与検体は,各群の動物に対して剖検の前日まで毎日1回,調製検体をマグネティックスターラーで攪拌しながらラット用胃管を用いて経口投与した.すなわち,雄に対しては交配前10週間から最長3週間の交配期間を経て剖検前日に至るまでの連続98日間,また,雌に対しては交配前2週間,交尾までの交配期間,妊娠期間,哺育20日(分娩日=哺育0日)まで投与した.毎日の投与は,一定時刻の間(9-13時)に行い,各動物の投与液量(5 mL/kg)は,雄および交配前,交配期間中の雌では週1回測定される体重を基準とし,交尾後の雌では妊娠0,7,14,20日の体重を,分娩後の雌では哺育0,4,7,14日の体重を基準にそれぞれ算出した.

4. 観察および検査

1) 親動物

A. 一般状態の観察

雌雄とも,全例について飼育期間中毎日1回以上観察した.死亡例については発見後直ちに剖検した.また,翌日まで生存の可能性が乏しいと判断された瀕死動物は,致死量のペントバルビタールナトリウム麻酔下で放血・致死させ,後述の剖検の項に記載した方法と同様にして剖検した.

B. 体重測定

雄は全例について,週1回(投与1,8,15,22,29,36,43,50,57,64,71,78,85,92日)および剖検日に測定した.

雌は全例について,交尾を確認するまでは週1回(投与1,8,15,22日),交尾確認後は,妊娠0,7,14,20日に,分娩後は哺育0,4,7,14,21日に測定した.これらのうち,投与22日については,交尾が確認されていない動物についてのみ測定したので評価の対象から除外した.

C. 摂餌量測定

雄は全例について,投与2-3,9-10,16-17,23-24,30-31,37-38,44-45,51-52,58-59,65-66,71-72,79-80,86-87日に測定した.これらのうち,投与79-80日および86-87日については,交配期間中に当たり,飼育条件が動物により異なったため,評価の対象から除外した.

雌は全例について,交配前期間は投与2-3および9-10日,交尾確認後は,妊娠0-7,7-14,14-20日に,分娩後は哺育0-4,4-7,7-14,14-21日に測定した.

D. 性周期

全例について投与開始2週間前から交配開始後,交尾確認日まで,腟スメア標本を作製して観察し,細胞構成から,発情期,発情前期および発情休止期に分類した.さらに,投与開始前2週間および投与開始後2週間の各時期において,発情期を1回しか示さなかった動物を単発情に分類した.それ以外の動物については,発情期(発情期像が連続した場合は,最終日)から次回発情期を回帰するまでの日数を各動物について数え,平均発情回帰日数を算出するとともに,4日で発情を回帰した動物の性周期は,4日周期に,5日で発情を回帰した動物の性周期は,5日周期に,4および5日の間隔が混在して認められたものは,4および5日周期に,それ以外は不正性周期に分類した.

E. 交配

交配は,雄は10週間投与後(投与71日)から,雌は2週間投与後(投与15日)から,交尾を確認するまで,3週間を限度として同群内の雌雄1:1で連日同居させることによって行った.交尾の確認は,腟スメア中の精子の存在および腟栓を毎朝確認することにより行い,いずれかが確認された日を妊娠0日と起算して雄から分離し,個別に飼育した.

交配結果から,各群について交尾率[(交尾動物数/同居動物数)×100],受胎率[(受胎動物数/交尾動物数)×100],同居開始日から交尾確認日までの日数およびその間に回帰した発情期の回数を求めた.なお,交配前期間中の死亡および瀕死剖検により,交配開始時に対照群および1000 mg/kg投与群の,それぞれ,1および5例の雄動物が不足したため,これらの動物との交配を予定していた雌動物については,交配開始日を投与17日に延期して,同群内の既に交尾が確認されている雄動物と交配させた.

F. 分娩および哺育状態の観察

各群とも,交尾した雌は,全例を自然分娩させて哺育させた.

分娩の確認は,妊娠20日から妊娠25日までの9-11時に行い,腟からの出血あるいは受胎産物の娩出といった分娩徴候の有無を観察した.分娩の直接観察が可能な例については分娩状態を観察した.直接観察ができなかった例については,分娩完了後の一般状態から分娩困難の有無を判断して記録した.

分娩完了を確認した日を分娩日とし,それを哺育0日と規定して,分娩を確認した全例について,妊娠期間(妊娠0日-分娩日の日数)を算定し,出産率[(生児出産雌数/妊娠動物数)×100]を各群について求めた.また,哺育1日から毎日,哺育状態を観察した.

G. 剖検

(1) 雄動物

死亡動物は,胸腹部主要器官について異常の有無を肉眼的に確認し,下垂体,甲状腺,精巣,精巣上体,凝固腺,精嚢,前立腺を含む胸腹部主要器官を摘出した.摘出した器官・組織のうち,精巣および精巣上体はブアン液で固定し(長期保存は0.1 Mリン酸緩衝10 vol%ホルマリン溶液),その他は0.1 Mリン酸緩衝10 vol%ホルマリン溶液に固定して保存した.異常の認められた器官・組織,ならびに下垂体,甲状腺,精巣,精巣上体,凝固腺,精嚢および前立腺腹葉については,常法に従ってパラフィン切片とし,ヘマトキシリン-エオジン染色を行って,病理組織標本を作製し,全例について検査した.

投与98日まで生存した動物は,その翌日に全例をペントバルビタールナトリウム麻酔下で放血・致死させて剖検した(定期解剖).剖検では,胸腹部主要器官の異常の有無を肉眼的に確認し,異常が観察された組織は,0.1 Mリン酸緩衝10 vol%ホルマリン溶液で固定して保存した.また,下垂体,甲状腺,精巣,精巣上体,凝固腺,精嚢および前立腺,ならびに,雄の剖検日以前に瀕死屠殺した雌において異常の認められた腎臓,胃,脾臓,胸腺および副腎を摘出し,異常の有無を肉眼的に確認した後,精巣および精巣上体はブアン液で固定し(長期保存は0.1 Mリン酸緩衝10 vol%ホルマリン溶液),その他は0.1 Mリン酸緩衝10 vol%ホルマリン溶液で固定して保存した.これらのうち,異常の認められた組織については常法に従ってパラフィン切片とし,ヘマトキシリン-エオジン染色を行って病理組織標本を作製し,検査した.また,全例について下垂体,甲状腺,精巣,精巣上体,精嚢,前立腺腹葉および凝固腺の病理組織標本を作製し,対照群および高用量群の全例,ならびに中および低用量群において交尾した雌が妊娠しなかった例について検査した.また,剖検において高用量群の動物に腫大が認められた腎臓についても病理組織標本を作製し,対照群および高用量群の全例について検査した.

(2) 雌動物

死亡・瀕死動物は,胸腹部主要器官について異常の有無を肉眼的に確認し,下垂体,甲状腺,卵巣,子宮,頸部および腟を含む胸腹部主要器官を摘出した.摘出した器官・組織のうち,卵巣はブアン液で固定し(長期保存は0.1 Mリン酸緩衝10 vol%ホルマリン溶液),子宮については,着床痕数を数え,その他の組織とともに0.1 Mリン酸緩衝10 vol%ホルマリン溶液に固定して保存した.異常の認められた器官・組織,および下垂体,甲状腺,卵巣,子宮,頸部および腟は,常法に従ってパラフィン切片とし,ヘマトキシリン-エオジン染色を行って,病理組織標本を作製し,全例について検査した.

生存例のうち,分娩した例は哺育21日に,交尾したが分娩しなかった例は妊娠25日相当日に,致死量のペントバルビタールナトリウム麻酔下で,放血により致死させ,剖検し,胸腹部主要器官の異常の有無を肉眼的に確認した.その際,異常が観察された組織は0.1 Mリン酸緩衝10 vol%ホルマリン溶液で固定して保存した.また,子宮を摘出し,着床痕数を肉眼的に数えた後,0.1 Mリン酸緩衝10 vol%ホルマリン溶液で固定して保存した.これらの他,下垂体,甲状腺,卵巣,頸部および腟,ならびに死亡および瀕死動物の剖検時に異常の認められた腎臓,心臓,胃,脾臓,胸腺および副腎についても摘出し,異常の有無を肉眼的に確認した後,卵巣はブアン液で固定し(長期保存は0.1 Mリン酸緩衝10 vol%ホルマリン溶液),その他の器官・組織は0.1 Mリン酸緩衝10 vol%ホルマリン溶液で固定して保存した.異常が観察された組織は常法に従ってパラフィン切片とし,ヘマトキシリン-エオジン染色を行って病理組織標本を作製し検査した.また,下垂体,甲状腺,卵巣,子宮,頸部および腟は対照群および高用量群の全例,ならびにその他の投与群において不妊であった例について病理組織標本を作製して検査した.さらに,腎臓については,中用量群の瀕死屠殺例の剖検においても異常が観察されたので,全例について病理組織標本を作製して検査した.

2) 出生児

A. 産児数の算定

母動物の分娩完了を確認した日を生後0日とし,直ちに,雌雄別に産児数(生存児+死亡児)を調べ,生存児について外表奇形の有無を観察した.

B. 一般状態および死亡児数の算定

毎日,死亡児数を数え,死亡児は直ちに剖検した.生存児については,生後1日から行動および身体的異常の有無を含む一般状態を毎日観察した.

C. 同腹生児数の調整

生後4日に同腹生児数を8匹(原則として雌雄各4匹)に調整した.同腹生児数が8匹に満たない場合は調整しなかった.

D. 体重測定

生後0,4,7,14および21日に個体別に測定し,各腹ごとに雌雄別の平均値を算出した.

E. 性比および生存率の算定

母動物の剖検時に数えられた着床痕数ならびに分娩観察において数えられた産児数および生存児数(出産生児数)に基づき,分娩率[(産児数/着床痕数)×100],生児出産率[(出産生児数/着床痕数)×100]および出生率[(出産生児数/産児数)×100]を算定した.また,生後0日における性比[(雄の生児数/生児数)×100]を求めた.生後4日の同腹出生児数の調整に際しては,調整前の生児数を基に,新生児の4日の生存率[(生後4日同腹生児数調整前の生児数/生後0日の生児数)×100]を算出し,生後4日における性比[(雄の生児数/生児数)×100]を求めた.さらに,同腹出生児数の調整後の生児数および生後21日における生児数を基に,離乳率[(生後21日の生児数/生後4日同腹生児数調整後の生児数)×100]を算定した.

F. 剖検

死亡児は,外表異常の有無を観察して剖検し,10 vol%ホルマリン溶液に固定して保存した.生後0日の死亡児については肺を摘出して生理食塩液に浮遊させ,浮遊しなかった例を死産と判定した.大きな損傷あるいは,浸軟化が認められた死亡児については,固定および保存のみを行った.

同腹生児数の調整により生じた余剰児は,エーテルを吸入させて致死させた後,剖検し,10 vol%ホルマリン溶液に固定して保存した.

生存児は,全例を生後21日にエーテル吸入により致死させて剖検した.その際,異常が認められた器官は0.1 Mリン酸緩衝10 vol%ホルマリン溶液に固定して保存した.

5. 統計解析

性周期の型別頻度,交尾率,受胎率,出生児の形態異常出現頻度についてはFisherの直接確率検定2)を行った.病理組織学検査所見では,グレード分けしたデータは,Mann-WhitneyのU検定3)により,陽性グレードの合計値はFisherの直接確率片側検定4)により対照群と被験物質各投与群との間の有意差検定を行った.その他のデータは,個体ごとに得られた値,あるいはlitterごとの平均値を1標本として,先ずBartlett法5)により各群の分散の一様性について検定を行った.分散が一様である場合には,一元配置型の分散分析5)を行い,群間に有意性が認められる場合は,Dunnett法6)により多重比較を行った.一方,いずれかの群で分散が0となる場合および分散が一様でない場合には,Kruskal-Wallis7)の順位検定を行い,群間に有意性が認められる場合には,Dunnett型6)の検定法により多重比較を行った.

結果

1. 親動物

1) 死亡例,瀕死屠殺例,一般状態

雄では,対照群の1例および1000 mg/kg投与群の5例が死亡したが,剖検において,食道穿孔あるいは気管内腔に被験物質と同じ色調の黄色沈着物が認められたことから,これらの動物は,投与操作の誤りにより死亡したものと判断された.その他の動物については,脱毛,被毛汚染,痂皮形成あるいは皮膚部の潰瘍形成などが対照群を含む各群に散見されたが,被験物質の用量に依存した変化は認められなかった.

雌では,分娩するまでは,被験物質の用量とは無関係に脱毛あるいは痂皮形成が対照群を含む各群に散見されたのみであった.しかし,分娩後に一般状態の異常を示す動物が100 mg/kgに2例,300 mg/kgに1例,1000 mg/kgに3例認められた.これらのうち,100 mg/kgの1例は,哺育1日から翌日に全出生児が死亡するまでの間,外陰部/下腹部の被毛汚染および立毛が観察された.他の1例は,哺育3日に半眼状態が観察された.また,この日から,自発運動の減少,耳介の蒼白および削痩が観察され,翌日には顔面の被毛汚染および体表温低下も認められた.これらのうち,削痩は,全出生児が死亡した日の前日である哺育7日まで観察された.300 mg/kgの1例は哺育1日から3日に至るまで赤色尿の排泄および立毛が観察され,哺育2日には,全出生児が死亡した.さらに,哺育4日には,削痩,自発運動の減少,外陰部/下腹部の被毛汚染および体表温低下が認められたため,瀕死状態と判断して剖検した.1000 mg/kg投与群では,哺育9日までは脱毛以外に一般状態の変化は観察されなかった1例が,哺育10日から削痩して哺育14日に死亡した.また,1例は,哺育3日に立毛が認められ,翌日死亡した.別の1例には,哺育4日に削痩および自発運動の減少が観察された.本例の自発運動減少は翌日には一旦回復したが,削痩は,哺育16日に死亡するまで,継続して認められた.この間,哺育12日からは自発運動減少が再び観察され,哺育15日には,全出生児が死亡した.これらの他に,対照群の1例の哺育1日に全出生児死亡が認められた.

2) 体重および摂餌量(Fig. 1-4)

雄では,体重増加および摂餌量ともに被験物質投与の影響は認められなかった.

雌においても交配前,妊娠期および哺育期のいずれの時期についても,体重増加および摂餌量に被験物質投与の影響は認められなかった.

3) 性周期(Table 1)

投与開始後に性周期が変化した動物の頻度は対照群と被験物質各投与群との間で差は認められなかった.平均発情回帰日数については,いずれの投与群も平均値は変動しなかったが,1000 mg/kg投与群では投与開始前から5日周期を示した動物が多く含まれていたため、対照群と比べて有意(p<0.05)に延長した.

4) 交配成績(Table 1)

全例が交尾したが,雌が妊娠しなかったため妊孕性の確認されなかった雌雄が,対照群を含む各群に散見された.しかし,受胎率,同居開始から交尾までに要した日数およびその間に回帰した発情期の回数には対照群と被験物質各投与群との間で有意差は認められなかった.

5) 分娩および哺育所見(Table 2)

対照群の1例が,妊娠25日に至っても分娩しなかったため剖検したところ,片側の子宮角に死亡胎児が着床しているのが認められた.また,生存産児の形態観察(後述)から,100 mg/kgおよび1000 mg/kg投与群の各1例は,産児に外傷を与えたものと考えられるが,分娩状態の異常は観察されなかった.これらの他に分娩に関連した異常は観察されなかった.また,出産率および妊娠期間にも対照群と被験物質各投与群の間で有意差は認められなかった.哺育状態については,哺育期間中に一般状態の異常が観察された被験物質各投与群の動物に,児を集めて抱くといった哺育行動の喪失が認められたが,これら以外の動物に異常は観察されなかった.

6) 病理検査

A. 雄

(1) 剖検

投与中の誤操作により死亡した動物のうち,1000 mg/kg投与群の1例に精巣の小型化および軟化,ならびに精巣上体の小型化が観察された.また,精嚢,前立腺および凝固腺の小型化が1例に,精巣,精巣上体,精嚢,前立腺および凝固腺の小型化が1例に観察された.生殖器官以外では,1例の腎臓に腫大が認められた.

生存例の定期解剖では,精巣および精巣上体の小型化が対照群および1000 mg/kg投与群に各1例,精巣の小型化が1000 mg/kg投与群に1例観察された.生殖器官以外では,対照群の3例に脱毛が認められ,100 mg/kg投与群の1例に痂皮が観察された.100 mg/kg投与群では,腎盂の拡張が1例に認められ,100 mg/kgおよび300 mg/kg投与群では肺の黒色点が1例ずつ認められた.また,1000 mg/kg投与群では腎臓の腫大,淡色化,表面の粗造化および腎盂の拡張が1例に,腫大あるいは淡色化が1例に認められた.

(2) 病理組織学検査(Table 3)

死亡動物では,1000 mg/kg投与群の1例の片側精巣にライディッヒ細胞の瀰漫性過形成を伴う精細管の萎縮が認められ,精細管に精子肉芽腫および多核巨細胞も認められた.異常が観察された側の精巣上体の管腔には精子がほとんど観察されず,細胞残屑が認められた.これらの他に,前立腺腹葉の間質にはリンパ球浸潤が認められ,上皮および管腔には好中球の浸潤が認められた.投与初期の性成熟前に死亡した3例の生殖器官については,週齢(5-6週齢)に応じた所見が認められ,異常は観察されなかった.これらの例は,生殖器官に関する病理組織学所見の評価の対象から除外した.生存例の定期解剖において採取された各器官および組織に認められた所見を以下に示す.

(下垂体)

いずれの動物にも異常は観察されなかった.

(精巣および精巣上体)

妊孕性が確認されなかった例については,対照群および300 mg/kg投与群に異常は認められなかった.100 mg/kg投与群では2例中1例の片側に精細管の萎縮が認められたが,他の例に異常は認められなかった.1000 mg/kg投与群の例では,両側精巣にライディッヒ細胞の瀰漫性過形成を伴う精細管の萎縮が認められた.本例の精巣上体の管腔には精子がほとんど観察されず,細胞残屑が認められた.

妊孕性が確認された例については,対照群および1000 mg/kg投与群の各1例の精巣に精母細胞の変性が観察された.精巣上体については,1000 mg/kg投与群の1例の管腔内に細胞残屑が認められた.これらの異常の程度および頻度については対照群と1000 mg/kg投与群との間で有意差は認められなかった.

(精嚢)

いずれの例にも異常は観察されなかった.

(前立腺腹葉)

妊孕性が確認されなかった例については,300 mg/kg投与群に異常は認められなかった.対照群の例,100 mg/kg投与群の2例中1例および1000 mg/kg投与群の例の間質にはリンパ球浸潤が観察された.同様の所見は,対照群および1000 mg/kg投与群の授胎能が確認された例についても認められた.また,これらの投与群には,上皮あるいは管腔内に好中球の浸潤も観察されたが,いずれの所見についても,対照群と1000 mg/kg投与群との間で有意差は認められなかった.

(凝固腺)

いずれの例にも異常は観察されなかった.

(甲状腺)

妊孕性が確認されなかった対照群の例および300 mg/kg投与群の3例中1例に異所性の胸腺組織が観察された他に異常は認められなかった.

(腎臓)

対照群および1000 mg/kg投与群のいずれにも,eosinophilic body,鉱質沈着および皮質における好塩基性尿細管が認められたが,両群間に有意差は認められなかった.また,1000 mg/kg投与群の2例には腎盂の拡張が観察され,それらのうち,剖検時に表面の粗造化を伴う腫大が認められた例には,遠位尿細管の拡張が認められ,皮質の好塩基性尿細管が他の例と比較して多く観察された.

(剖検時異常器官)

異常が観察された100 mg/kgおよび300 mg/kg投与群の各1例の肺については,100 mg/kg投与群の例に限局性の出血,リンパ球および好中球の浸潤,ならびに泡沫細胞の集簇が観察されたが,300 mg/kg投与群の例に異常は認められなかった.また,脱毛が観察された対照群の皮膚のうち,2例に限局性の毛胞の減少が認められたが,他の1例に異常は観察されなかった.痂皮の観察された100 mg/kg投与群の皮膚には痂皮が認められ,真皮および皮下織にリンパ球およびマクロファージの著しい浸潤が観察された.

B. 雌

(1) 剖検

300 mg/kg投与群の瀕死屠殺例では,被毛が汚染し,腎臓に淡色化および表面の粗造化が認められた.また,前胃粘膜の陥凹域,脾臓および胸腺の小型化ならびに副腎の腫大が観察された.1000 mg/kg投与群の死亡例にも腎臓に腫大および淡色化あるいは皮質の淡色点が認められ,これらのうち1例には結石を伴う腎盂の拡張が,他の1例には水腫を伴う表面の粗造化がそれぞれ観察された.また,全例の脾臓に小型化が認められ,2例には淡色化が認められた.これらの所見の他に,2例の胸腺に小型化が,1例には胃粘膜の黒色点および菲薄化ならびに副腎の腫大が,他の1例の胸腔には胸水が認められ,別の1例には肺の退縮不全および心臓における淡色域が観察された.

生存例では,対照群において1例の肺の右葉に水腫が認められた.100 mg/kg投与群では,2例の肝臓に横隔膜結節が認められた.300 mg/kg投与群の腎臓には,1例には右側の欠損を伴う左側の腫大が,別の1例には淡色化が認められた.1000 mg/kg投与群では,1例の右側腎臓の皮質に嚢胞が認められた.不妊例については,対照群の例に子宮角および頸部に水様性の内容物の貯留を伴う腫大が観察された他に異常は認められなかった.

(2) 病理組織学所見(Table 3)

300 mg/kg投与群の瀕死屠殺例の腎臓では,皮質の近位尿細管には壊死および空胞変性が認められ,遠位尿細管および集合管には瀰漫性拡張が認められて,管腔内には細胞残屑が認められた.1000 mg/kg投与群においても同様の所見が散見されたが,1000 mg/kg投与群では,拡張した管腔および間質に好中球が著しく浸潤し,皮質および髄質に好塩基性尿細管が認められ,腎盂の拡張,あるいは腎盂移行上皮の過形成といった腎盂腎炎と診断される変化が認められた.さらに,1000 mg/kg投与群では動脈に鉱質沈着の認められる例もあった.これらの他に,定期解剖例の各群に観察されている皮質あるいは髄質における鉱質沈着が1000 mg/kg投与群の死亡および瀕死屠殺例にも認められた.また,皮質の好塩基性尿細管も300 mg/kgおよび1000 mg/kg投与群の死亡および瀕死屠殺例に観察されたが,これらの例では増強して認められた.1000 mg/kg投与群の死亡例のうち,剖検時に心臓の異常および肺の退縮不全が観察された例では,心筋の瀰漫性の変性および線維化が認められた他,動脈および心筋,ならびに気管支平滑筋に鉱質沈着が認められた.300 mg/kgおよび1000 mg/kg投与群の瀕死屠殺例では,剖検時に胃の異常が観察されたが,300 mg/kg投与群には前胃粘膜に糜爛および扁平上皮の過形成が認められ,1000 mg/kg投与群には,筋層および漿膜,腺胃粘膜および動脈に鉱質沈着が認められた.これらの例の副腎には皮質細胞の肥大も認められた.以上の他に,小型化などが認められた脾臓は萎縮を呈しており,褐色色素の沈着は認められるものの,髄外造血の認められない例もあった.また,小型化の認められた胸腺は萎縮していた.

生存例の各器官および組織に認められた所見を以下に示す.

(下垂体)

いずれの動物にも異常は観察されなかった.

(甲状腺)

いずれの動物にも異常は観察されなかった.

(卵巣)

いずれの動物にも異常は観察されなかった.

(子宮角および頸部)

いずれの動物にも異常は観察されなかった.

(腟)

いずれの動物にも異常は観察されなかった.

(腎臓)

皮質の好塩基性尿細管ならびに皮質および髄質の鉱質沈着が各群に認められた他,腎盂の拡張が100 mg/kg投与群を除く各群に認められた.また,100 mg/kg投与群では,皮質遠位尿細管の限局性の拡張が1例に認められた.これらの他に,間質のリンパ球浸潤が100 mg/kg投与群に1例および1000 mg/kg投与群に4例認められ,1000 mg/kg投与群では対照群との間に有意差(p<0.05)が認められた.これらのうち1000 mg/kg投与群の1例では,乳頭部の集合管が限局性に嚢胞状に拡張し,腎盂には泡沫細胞が,皮質および髄質には明らかな嚢胞が認められ,皮質には限局性の線維化も認められており,間質のリンパ球浸潤はこれらの病変に随伴した変化であった.一方,その他の例については,リンパ球浸潤を随伴する病変は認められず,また,変化の程度も100 mg/kg投与群と同等の軽度なものであった.

(剖検時異常器官)

剖検時に水腫が観察された対照群の肺には,泡沫細胞の集簇と異物巨細胞が認められた.また,横隔膜結節の観察された100 mg/kg投与群の2例の肝臓には,被膜に限局性の線維化が認められた.

(3) 着床数(Table 2)

着床数に対照群と被験物質各投与群の間で有意差は認められなかった.

2. 出生児

1) 一般状態および生存性(Table 2)

対照群では,出生日の全産児に体表温の低下が認められ,ミルクスポットが認められなかった1腹が,生後1日に全例死亡した.被験物質各投与群では,母動物の一般状態の悪化に伴う哺育状態の不良により,出生児に異常が観察された.すなわち,100 mg/kg投与群では,1腹の生後1日に,全例のミルクスポットが認められなくなり,体表温が低下して翌日死亡した.他の1腹では,生後3日に胃内に乳汁が認められなくなり,翌日には体表温も低下し,ミルクスポットも認められなくなった.これらの児は,その後削痩して生後7日までに全例が死亡した.300 mg/kg投与群では,1腹の生後1日に,ミルクスポットが認められなくなり,体表温も低下して翌日全例が死亡した.1000 mg/kg投与群の各1腹では,生後3日あるいは生後14日に母動物が死亡した際に,児に削痩が認められた.前者にはミルクスポットも認められなかった.また,1000 mg/kg投与群の他の1例では,生後4日にミルクスポットが認められなくなった.翌日にはこれが不明瞭な程度になり,その翌日には再びミルクスポットが認められるようになったが,生後12日に削痩が認められ,生後14日には自発運動の減少も観察されて翌日全例が死亡した.これらの所見の他に,100 mg/kg投与群の2腹ならびに300 mg/kg投与群の1腹において,一部の出生児の尾に外表奇形が疑われたが,300 mg/kg投与群の腹については,成長に伴って認められなくなった.その他の動物に異常は観察されなかった.

生存性については,出生日に発見された死亡児は,対照群では4例全例が死産であったのに対し,100 mg/kg投与群では17例中12例,300 mg/kg投与群では15例中13例,1000 mg/kg投与群では6例中3例が死産と判定された.これら死産児の頻度には対照群と被験物質各投与群との間で有意差は認められなかった.また,上記のように対照群を含む各群に全出生児死亡が認められたが,産児数,分娩率,出生日ならびに生後4および21日における生存児数,生児出産率,出生率,新生児の4日の生存率には,被験物質各投与群と対照群との間で有意差は認められなかったが,離乳率については,100 mg/kg投与群においてのみ有意(p<0.05)な低下が認められた.各時期の性比については被験物質各投与群と対照群との間で有意差は認められなかった.

2) 体重(Table 4)

いずれの時期も雌雄出生児の体重には対照群と被験物質各投与群との間に有意差は認められなかった.

3) 形態(Table 5)

生存産児の形態観察(表には示さず)では,100 mg/kg投与群の1腹に,短躯,痕跡尾,肛門小孔および内反足の外表奇形が1例に認められ,本例にもミルクスポットが認められなかった.本例の同腹には短尾も6例認められた.また,別の1腹では,1例の吻部に咬傷が認められた.300 mg/kg投与群では1腹の1例にチアノーゼが認められた.また,1000 mg/kg投与群では,1腹の1例に無尾および肛門小孔の外表奇形が,また,別の1腹の1例に外傷による尾端の欠損が観察された.これらの他に,対照群の1腹では,形態異常は認められなかったが,全産児にミルクスポットが認められず,体表温も低下していた.

死亡児,同腹生児数調整における余剰児,ならびに生後21日の剖検では,対照群を含む各群の1-4腹の出生児に変異および奇形を含む形態変化が認められた.これらのうち,外表奇形については,対照群の1腹の1例(生後4日余剰児)に曲尾が認められた.100 mg/kg投与群では,生存産児の形態観察において外表奇形が多発していた1腹の1例(死亡児)に短躯,内反足および短尾が,同腹の生後4日余剰児に曲尾および痕跡尾が各1例ならびに短曲尾が2例,生後21日剖検児に短曲尾が1例認められた.また,別の1腹の生後4日余剰児に曲尾が1例認められた.300 mg/kg投与群に外表奇形は認められなかった.1000 mg/kg投与群では,生存産児の形態観察において外表奇形の認められた1腹の生後4日余剰児に肛門小孔および無尾が1例,曲尾が1例認められ,別の1腹の生後4日余剰児に曲尾が2例観察された.内臓奇形については,100 mg/kg投与群で短躯などの外表奇形が認められた死亡児に左右腎臓の部分癒合および心尖の二分が,別の1腹において生後21日剖検児に水腎が1例観察された.これらの他に,内臓変異のひとつである腎盂の拡張が,対照群を含む各群に観察された.形態変化を認めた出生児の総数を求め,その割合を対照群と被験物質各投与群との間で比較すると,これらの変化を認めた出生児の割合は,外表に関しては100 mg/kg投与群が有意(p<0.05)に増加したが,内臓に関しては有意差は認められなかった.

考察

1. 親動物

1,1'-アゾビスホルムアミドは,プラスティックの発泡剤として,また,小麦粉の熟成を促進する食品添加物として,広汎に使用されているアゾ化炭化水素である8)

本被験物質の安全性に関しては,ラットに対するLD50値は,経口投与では6400 mg/kgであり1),腹腔内投与では440 mg/kgであること9)が報告されている.1,1'-アゾビスホルムアミドの粉砕に携わる労働者に喘息発作の発生が認められているが,ラットに対して13週間吸入曝露しても毒性は認められていない10).また,通常添加量の10倍の1,1'-アゾビスホルムアミドを含む小麦粉で製造したパンをラットに2年間,3世代に亘って混餌投与しても,毒性変化は認められていない11).パンの製造過程で小麦粉に水が加えられる,あるいは吸入曝露により生体に取り込まれると,1,1'-アゾビスホルムアミドは直ちに分解されてビウレアになること12)から,ビウレアについても,パンにおける通常の残留量の1000倍量を用いて同様の実験が行われたが,ラットでは毒性は認められていない11).また,これにより高濃度(10 vol%)にビウレアを含む餌を1年に亘ってイヌ,あるいはラットに与えても,イヌには腎病変が誘発されるが,ラットではそうした変化は認められていない11).一方,1,1'-アゾビスホルムアミドの化学構造は,抗甲状腺作用を有するアミノトリアゾールに類似していることから,これと類似した作用のあることが疑われた.しかし,1,1'-アゾビスホルムアミドを10 vol%含む餌でラットを4週間曝露して初めてヨード取り込み量がやや上昇する程度のきわめて弱い抗甲状腺活性しか示されていない13).今回,本試験では,雄に対して98日間にわたり毎日1,1'-アゾビスホルムアミドを経口投与したが,一般状態,体重増加,摂餌量,病理検査のいずれの項目にも用量に依存した変化は認められなかった.また,生殖能力に関しても投与の影響は認められなかった.

雌では,分娩するまでは,一般状態,体重増加,摂餌量に被験物質の投与による影響は認められなかった.性周期,交配成績および分娩状態にも投与の影響は認められず,分娩後の体重増加および摂餌量にも投与の影響は認められなかった.しかし,各用量の投与群において分娩後に全身状態の悪化を示す動物が認められ,300 mg/kgおよび1000 mg/kgの投与群では瀕死あるいは死亡例が認められた.これらの例では,腎臓に重篤な病変が認められたことから,腎不全により死亡したものと判断されたが,腎病変の組織像は両投与群の間で異なっていた.すなわち,300 mg/kg投与群では,近位尿細管上皮の変性および壊死を基調とする病変であったが,1000 mg/kg投与群では,腎盂の拡張および腎盂移行上皮の過形成,管腔および間質における好中球の顕著な浸潤が認められ,腎盂腎炎と類似した病変が観察された.これらのことから,腎病変の原因は両投与群間で異なる可能性があるものと考えられた.

1,1'-アゾビスホルムアミドの生体内分解産物であるビウレアを10 vol%含有する餌をイヌに1年間に亘って与えると,難溶性のビウレアが沈着して腎結石および膀胱結石を生じさせ,それによって腎盂腎炎を発症することが報告されている11).同実験では,ラットに対してビウレアを2500 ppm含有する餌を,妊娠および哺育期間を含む多世代に亘って与えた成績も報告しているが,腎病変は発生していない.しかし,本試験では,分娩および泌乳という腎機能に大きな負荷の生じる時期に,高濃度の1,1'-アゾビスホルムアミドを投与したこと,ならびに,1000 mg/kg投与群における死亡例の一部には結石を伴う腎盂の拡張も肉眼的に観察されたことから,1000 mg/kg投与群の雌動物における死亡は1,1'-アゾビスホルムアミドの投与による影響である可能性が考えられる.一方,300 mg/kg投与群における腎病変は近位尿細管を主体とするものであり,類似した病態は本例以外に全く認められず,用量に依存した変化ではなかった.従って,1,1'-アゾビスホルムアミドの影響である可能性は低いと考えられる.

体重kg当たり10 mLのコーン油を,繁殖用飼料で飼育している雌ラットに,妊娠前から妊娠期および周産期に至るまで経口投与すると,300 mg/kg投与群の瀕死例にみられたものと類似した腎病変が分娩後のラットに認められることが報告されている14).本試験では,体重kg当たり10 mLのコーン油を投与しても腎病変の認められなかった飼料を使用し,体重kg当たり5 mLのコーン油を投与した.しかし,妊娠中期以降の体重増加は著しく,投与液量も急激に増加した.こうした妊娠期の急激な投与液量の増加も,300 mg/kg投与群にみられた腎病変の発生に関与している可能性が考えられる.

1000 mg/kg投与群において雌の腎臓に間質のリンパ球浸潤が認められた.本所見が観察された例のうち,1例は,皮質および髄質の明らかな嚢胞形成,ならびに皮質の限局性線維化に付随した変化であった.これは1例のみに観察された病変であり,同系統のラットに自然発生するものであることから,投与による影響ではないと考えられる.その他の例については,いずれも100 mg/kg投与群にみられた変化と同様の軽度な変化であり,それに付随する病変も認められなかったことから,被験物質投与との関連性は乏しいものと考えられる.

2. 出生児

ミルクスポットが認められず,体表温が低下し,あるいは自発運動が減少して死亡した例が被験物質各投与群に散見された.これらの異常は,いずれも母動物の哺育行動の欠如に由来していることから,被験物質投与による影響ではないと考えられる.生存性についても,死亡児が多く認められた新生児期における生存性を示す各指標には投与の影響は認められなかった.離乳率についても,100 mg/kg投与群において若干低下したが,用量に依存した変化ではなく,1,1'-アゾビスホルムアミド投与は出生児の生存性に影響を及ぼさないものと考えられる.発育についても投与の影響は認められなかった.

変異および奇形を含む出生児の形態変化は,対照群を含む各群に観察された.観察された変化の出現頻度,およびこうした形態変化を有する出生児の頻度について,用量に依存した変化は認められなかったことから,1,1'-アゾビスホルムアミド投与は出生児の形態に影響を及ぼさないものと考えられる.

3. 無作用量

以上の試験成績から,本試験条件下では,1,1'-アゾビスホルムアミドの無作用量は,生殖に関しては影響が認められなかったことから,雄ならびに雌および出生児ともに1000 mg/kg/dayと推定される.生殖以外の一般項目については,雄では1000 mg/kg/dayであり,雌では腎盂腎炎様の病変を伴う死亡が認められたことから300 mg/kg/dayと推定される.

文献

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連絡先
試験責任者:代田眞理子
試験担当者:関  誠,佐藤昌子,田子和美
(財)食品薬品安全センター 秦野研究所
〒257-8523 神奈川県秦野市落合729-5
Tel 0463-82-4751Fax 0463-82-9627

Correspondence
Authors:Mariko Shirota(Study director)
Makoto Seki, Masako Sato, Kazumi Tago
Hatano Research Institute, Food and Drug Safety Center
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