トリメチル亜リン酸のラットを用いる28日間反復経口投与毒性試験

Twenty-eight-day Repeat Dose Oral Toxicity Test of Trimethoxyphosphine in Rats

要約

トリメチル亜リン酸を0(対照群),15,60,及び250 mg/kgの用量でCrj:CD(SD)系雌雄ラットに28日間強制経口投与し,その毒性を検討した.対照群,60及び250 mg/kg群については,別に14日間の回復群を設けた.

試験期間を通じて死亡はみられなかったが,一般状態で250 mg/kg群の雌雄で自発運動の減少,振戦,眼球混濁並びに流涎などがみられた.

体重では,250 mg/kg群の雌雄で体重増加抑制が認められ,これらの群では摂餌量の低値も観察された.

血液学検査では,250 mg/kg群の雌雄で赤血球数,ヘモグロビン量及びヘマトクリット値の増加,雄でプロトロンビン時間及び活性化部分トロンボプラスチン時間の延長,雌で平均赤血球容積,平均赤血球血色素量及び網赤血球率の減少がみられた.

250 mg/kg群の雌雄で総コレステロール,リン脂質及びカルシウムの増加,雄で尿素窒素及びカリウムの増加,雌でGPT活性,トリグリセライド及び総たん白質の増加と,クレアチニン及び塩素の減少がみられた.なお,カルシウムの増加は60 mg/kg群の雌にもみられた.

尿検査では,60 mg/kg群の雌と250 mg/kg群の雌雄で尿pHの低下と摂水量の減少がみられた.更に,250 mg/kg群の雄では,尿量の減少と尿浸透圧の増加がみられた.

病理学的検査では,橋(脳幹),脊髄,坐骨神経,肺,胃,甲状腺,胸腺,脾臓,骨及び骨髄(大腿骨)並びに眼球に変化がみられた.250 mg/kg群の雌雄で坐骨神経及び脊髄における神経線維の変性がみられ,橋(脳幹)及び脊髄の神経細胞では中心性色質融解も認められた.肺ではII型肺胞上皮の肥大が60 mg/kg群の雄と250 mg/kg群の雌雄に,肺胞/血管周囲の炎症細胞浸潤及び泡沫細胞の集簇が250 mg/kg群の雌雄に,肺胞上皮の過形成が250 mg/kg群の雌にみられた.胃では肉眼的な境界縁あるいは前胃の肥厚が60 mg/kg群の雌と250 mg/kg群の雌雄にみられ,病理組織学的には前胃/境界縁の過形成が60及び250 mg/kg群の雌雄に,前胃粘膜下の水腫が60及び250 mg/kg群の雌に,また,前胃/境界縁のびらんが15 mg/kg以上の群の雌にみられた.甲状腺では250 mg/kg群の雌雄で瀘胞上皮の肥大がみられた.胸腺では60 mg/kg群の雌と250 mg/kg群の雌雄で重量の減少が,病理組織学的には萎縮が250 mg/kg群の雄にみられた.脾臓では髄外造血の低下が250 mg/kg群の雄に,大腿骨骨髄では造血の低下が250 mg/kg群の雌にみられた.骨では大腿骨において骨端板の閉鎖が250 mg/kg群の雌雄にみられた.眼球では肉眼的な混濁が250 mg/kg群の雌雄にみられ,病理組織学的には白内障が認められた.

回復群では,上記の変化のうち,坐骨神経及び脊髄における神経線維の変性,一般状態における振戦,体重及び摂餌量の低値,摂水量及び尿量の減少,赤血球数の増加,クレアチニンの減少,大腿骨における骨端板の閉鎖及び骨髄での造血低下並びに眼球の肉眼的混濁及び白内障がみられ,休薬による明らかな回復は認められなかった.その他の変化については消失または軽減され,回復性が認められた.

以上の結果から,本試験条件下におけるトリメチル亜リン酸の無影響量は雄では15 mg/kg/day,雌では15 mg/kg/dayを下回ると考えられた.

方法

1. 被験物質及び被験液の調製

被験物質トリメチル亜リン酸(呉羽化学工業(株),東京,ロット番号7X001,純度99.58 %)は,融点-78℃,沸点111℃の無色の液体の化合物である.なお,投与終了後の残余被験物質について分析を行った結果,使用期間中は安定であったことが確認された.

容量が5 mL/kg体重となるよう,オリーブ油に溶解して3,12及び50 mg/mL液を調製した.3〜200 mg/mL液は,冷蔵(約4℃)8日後室温6時間,暗所(褐色ガラス瓶)・気密保存で安定であったことから,被験液は最大1週間分を一括して調製し,1日分ずつポリ製遮光瓶に分注して冷蔵庫(約4℃)に保存した.また,投与開始前及び投与終了週の2回,投与に使用する各濃度液について当施設で測定した結果,いずれも濃度は適正であった.

2. 使用動物及び飼育条件

5週齢のCrj:CD(SD)系SPF雌雄ラットを日本チャールス・リバー(株)から購入し,当所で約1週間検疫・馴化飼育した後,体重増加が順調で一般状態に異常を認めなかった雌雄各42匹を選び,6週齡で試験に供した.投与開始日の体重範囲は,雄で204〜226 g(平均値:214.1 g),雌で155〜177 g(平均値:168.7 g)であった.

動物は,群分け当日の体重に基づいて層別化し,各群平均体重がほぼ均等となるよう,コンピュータを用いて各群に割り付けた.

動物は,温度23±3℃,相対湿度50±20 %,換気回数1時間当たり10〜15回,照明1日12時間の飼育室で,金属製網ケージに1匹ずつ収容し,固型飼料(放射線滅菌CRF-1,オリエンタル酵母工業(株))及び飲料水(水道水)を自由に摂取させ飼育した.

3. 投与量,群構成及び動物数

2週間投与による予備試験(投与量:15,60,250及び1000 mg/kg)の結果,1000 mg/kgの雌雄では一般状態において自発運動の減少,異常歩行,粗毛,削痩,眼瞼下垂,呼吸数の減少,四肢の紅潮及び腫脹,後肢麻痺及び腹臥/横臥などを呈し,雄の1/5例と雌の3/5例が死亡した.生存例では,体重増加抑制,摂餌量の減少,白血球数,GOT活性及びGPT活性の増加,前胃の肥厚及び胸腺の小型化並びに重量減少,腎臓及び副腎の重量増加などがみられた.また,250 mg/kg群では体重増加抑制及び腎臓の重量増加が雌雄に,摂餌量の減少及び前胃の肥厚が雄に,GPT活性の増加が雌にみられた.これらの成績から,本試験では15,60及び250 mg/kgの3用量を設定し,これに対照群を加えて計4群を使用した.更に,対照群,60及び250 mg/kg群では回復群を設けた.動物数はいずれの群も雌雄各6匹とした.

被験液の投与容量は5 mL/kg体重とし,金属製胃ゾンデを用いて1日1回28日間強制経口投与した.対照群には溶媒(オリーブ油)を同様に投与した.投与容量は最新の体重を基準に算出した.回復期間は14日間とした.

4. 検査項目

1) 一般状態の観察

投与期間中は毎日2回以上,回復期間中は毎日1回観察した.

2) 体重

投与期間及び回復期間を通じ,週2回(投与第1週と回復第1週は3回)の頻度で体重を測定した.

3) 摂餌量測定

投与期間及び回復期間を通じ,週2回(投与第1週は3回)の頻度で摂餌量を測定した.

4) 血液学検査

投与期間及び回復期間終了の翌日の剖検時に検査を行った.前日から一夜(約16時間)絶食させた動物をエーテル麻酔下で開腹し,腹大動脈から抗凝固剤(EDTA-2K)を加えた採血ビンに血液を採取し,赤血球数(電気抵抗変化検出法),ヘモグロビン量(シアンメトヘモグロビン法),ヘマトクリット値(平均赤血球容積及び赤血球数から算出),平均赤血球容積(電気抵抗変化検出法),平均赤血球血色素量(ヘモグロビン量及び赤血球数から算出),平均赤血球血色素濃度(ヘモグロビン量及びヘマトクリット値から算出),血小板数(電気抵抗変化検出法),白血球数(電気抵抗変化検出法)(以上コールター全自動8項目血球アナライザーT890,コールター(株)),網赤血球率(Brecher法)及び白血球百分率(May-Giemsa鏡検法)を測定した.また,3.8 %クエン酸ナトリウムを加えた容器に採取した血液を遠心分離(3000 rpm,10分間)し,得られた血漿を用いてプロトロンビン時間及び活性化部分トロンボプラスチン時間(以上クロット法,血液凝固自動測定装置,ACL 100,Instrumentation Laboratory)を測定した.

5) 血液生化学検査

血液学検査のための採血と同時に腹大動脈から採血し,遠心分離(3000 rpm,10分間)により得られた血清を用いてAlP(Bessey-Lowry法),総コレステロール(CEH-COD-POD法),トリグリセライド(GK-GPO-POD法),リン脂質(PLD-ChOD-POD法),総ビリルビン(アゾビリルビン法),グルコース(Hexokinase-G6PD法),尿素窒素(Urease-GLDH法),クレアチニン(Jaff法),ナトリウム,カリウム及び塩素(イオン選択電極法),カルシウム(OCPC法),無機リン(モリブデン酸法),総たん白質(Biuret法),アルブミン(BCG法)及びA/G比(総たん白質及びアルブミンから算出)を測定した.また,ヘパリンを加えた容器に採血し,遠心分離(3000 rpm,10分間)により得られた血漿を用いてGOT,GPT,LDH(UV-rate法),γ-GTP(γ-グルタミル-3-カルボキシ-4-ニトロアニリド法)及び血漿ChE(DTNB法)を測定した.更に,遠心分離前のヘパリン加血液を用いて全血ChE(DTNB法)及び赤血球ChE(血漿ChE,全血ChE及びヘマトクリット値から算出) (以上いずれも全自動分析装置Monarch,Instrumentation Laboratory)を測定した.

6) 尿検査

投与第4週(検査当日の投与後)と回復第2週に検査を行った.検査動物(検査時点における全生存例)を代謝ケージに個別に収容し,絶食・自由摂水下で4時間尿を,次いで自由摂食・自由摂水下でその後の20時間尿を採取した.採取した最初の4時間尿を用いてpH,たん白質,ケトン体,グルコース,潜血,ビリルビン,ウロビリノーゲン(以上URIFLET7A試験紙,(株)京都第一科学),色調(肉眼観察)及び沈渣(鏡検)を検査した.また,その後に得られた20時間尿を用いて浸透圧(氷点降下法,全自動浸透圧測定装置オートアンドスタットOM-6030,(株)京都第一科学)を測定し,4時間尿量及び20時間尿量から1日の尿量を算出した.更に,代謝ケージに収容した状態で,前日からの1日の摂水量を給水瓶を用いて測定した.

7) 剖検及び器官重量

上記血液学検査及び血液生化学検査のための採血後に放血致死させ,外表異常の有無を観察した後,頭部,胸部及び腹部を含む全身の器官・組織について肉眼的に異常の有無を観察した.続いて,以下に示す器官を摘出後,器官重量(絶対重量)を測定した.また,絶食後の体重及び絶対重量から体重100 g当たりの相対重量を算出した.

脳,胸腺,心臓,肺(気管支を含む),肝臓,脾臓,腎臓,副腎,精巣,精巣上体,卵巣,子宮

8) 病理組織学検査

全動物について以下に示す全器官・組織を採取し,リン酸緩衝10 %ホルマリン液(但し,眼球は3 %グルタルアルデヒド・2.5 %ホルマリン液で,精巣及び精巣上体はブアン液で固定した後,いずれもリン酸緩衝10 %ホルマリン液で保存した)で固定した後パラフィンに包埋した.投与期間終了時剖検動物では,このうち対照群と高用量群は包埋した全ての器官・組織について,また,中及び低用量群は被験物質投与による変化が疑われた小脳(脳幹の橋),脊髄,坐骨神経,肺,胃,甲状腺,胸腺,脾臓,眼球,骨及び骨髄(大腿骨)並びに大腿部骨格筋についてそれぞれ切片とし,ヘマトキシリン・エオジン(H.E.)染色を施して鏡検した.回復群では,主群で被験物質投与による変化が疑われた器官・組織を各群について検索した.また,橋(脳幹),脊髄及び坐骨神経については,病変の部位を特定する目的でボディアン染色及びクリューバー・バレラ染色標本を作製して鏡検した.肉眼的異常部位については用量に関係なく鏡検した.

脳,脊髄,坐骨神経,心臓,気管,肺(気管支を含む),胃,十二指腸,空腸,回腸,盲腸,結腸,直腸,肝臓,甲状腺(上皮小体を含む),副腎,胸腺,脾臓,腸間膜リンパ節,顎下リンパ節,腎臓,膀胱,精巣,精巣上体,前立腺,卵巣,子宮,眼球,骨及び骨髄(胸骨・大腿骨),大腿部骨格筋,肉眼的異常部位

5. 統計解析

各検査項目のうち,数値化した成績についてまずBartlett法により各群の分散の均一性の検定を行った.その結果,分散が均一の場合には一元配置法による分散分析を行い,群間に有意差が認められたならば,Dunnett法を用いて対照群と各投与群との平均値の差の検定を行った.分散が均一でない場合には,Kruskal-Wallisの順位検定を行い,有意であればDunnett型の方法(Steel法)を用いて対照群と各投与群との平均順位の差の検定を行った.また,尿の定性的項目については累積χ^2検定法を行った.検定はいずれも両側で,有意水準は5及び1 %とした1).病理組織学検査の成績についてはMann-WhitenyのU検定を行った.検定は片側で,有意水準は5及び1 %とした.

結果

1. 一般状態

1) 投与期間

雌雄いずれの群にも死亡はみられなかった.

雄では,60 mg/kg以下の群では異常はみられなかった.250 mg/kg群では,投与第3週から自発運動の減少及び投与直後の流涎がみられはじめた.その後は,自発運動の減少はほぼ連日少数例に,流涎は投与回数とともに例数が増えて投与終了時ではほとんどの例で観察された.また,投与期間終了時には,自発運動の減少を呈した2例では振戦もみられ,うち1例では眼球混濁(両側性)も観察された.

雌では,60 mg/kg以下の群では異常はみられなかった.250 mg/kg群では,投与第3週から自発運動の減少及び投与直後の流涎がみられはじめた.その後は,いずれの症状も投与回数とともに例数が増え,投与期間終了時では自発運動の減少は半数例に,流涎はほぼ全例に観察された.また,投与第4週には,自発運動の減少を呈した個体では振戦もみられ,一部の動物では粗毛,削痩あるいは眼球混濁(両側性)も観察された.

2) 回復期間

雄では,250 mg/kg群の6例中1例で自発運動の減少,振戦及び眼球混濁(両側性)がみられ,自発運動の減少は回復13日に消失したが,振戦及び眼球混濁は回復期間を通じて観察された.

雌では,250 mg/kg群の6例中3例に自発運動の減少,粗毛,振戦並びに眼球混濁(両側性)がみられ,うち2例では削痩も観察された.このうち,自発運動の減少,粗毛及び削痩は回復7日から14日の間に消失したが,振戦及び眼球混濁は回復期間を通じて観察された.

2. 体重(Fig. 1)

1) 投与期間

雄では,60 mg/kg以下の群の体重は,対照群と同様に推移した.250 mg/kg群の体重は,投与14日以降対照群を有意に下回って推移し,投与期間を通じた体重増加量も対照群に比べて有意に低かった.

雌では,60 mg/kg以下の群の体重は,対照群と同様に推移した.250 mg/kg群の体重は,投与18日以降対照群を有意に下回って推移し,投与期間を通じた体重増加量も対照群に比べて有意に低かった.

2) 回復期間

250 mg/kg群の体重は,雌雄ともに回復期間を通じて対照群を有意に下回って推移し,雄では,回復期間を通じた体重増加量も対照群に比べて有意に低かった.

3. 摂餌量

1) 投与期間

雌雄ともに,60 mg/kg以下の群の摂餌量は対照群と同様であった.250 mg/kg群の摂餌量は,投与18日以降対照群に比べて有意な低値を示した.

2) 回復期間

雌雄ともに,250 mg/kg群の摂餌量は,回復期間を通じて対照群に比べて有意な低値を示した.

4. 血液学検査(Table 1)

1) 投与期間終了時検査

雄では,250 mg/kg群で赤血球数,ヘモグロビン量及びヘマトクリット値の有意な増加とプロトロンビン時間及び活性化部分トロンボプラスチン時間の有意な延長がみられた.なお,プロトロンビン時間の有意な延長は15 mg/kg群にもみられたが,用量に応じた変化ではなかった.

雌では,250 mg/kg群で赤血球数,ヘモグロビン量及びヘマトクリット値の有意な増加と平均赤血球容積,平均赤血球血色素量及び網赤血球率の有意な減少がみられた.

2) 回復期間終了時検査

雄では,250 mg/kg群で赤血球数の有意な増加並びに平均赤血球容積及び平均赤血球血色素量の有意な減少がみられた.

雌では,250 mg/kg群で赤血球数の増加傾向と平均赤血球容積及び平均赤血球血色素量の有意な減少がみられた.

5. 血液生化学検査(Table 2)

1) 投与期間終了時検査

雄では,250 mg/kg群で総コレステロール,リン脂質,尿素窒素,カリウム及びカルシウムの有意な増加がみられた.なお,A/G比の有意な増加が15 mg/kg群にみられたが,用量に応じた変化ではなかった.

雌では,15 mg/kg以上の群でカルシウムの有意な増加がみられた.250 mg/kg群ではこれに加えてGPT活性,総コレステロール,トリグリセライド,リン脂質及び総たん白質の有意な増加とAlP活性,クレアチニン及び塩素の有意な減少がみられた.なお,塩素の有意な減少は15 mg/kg群にもみられたが,用量に応じた変化ではなかった.

2) 回復期間終了時検査

雄では,250 mg/kg群で塩素の有意な増加とカルシウムの有意な減少がみられた.

雌では,250 mg/kg群でAlP活性とクレアチニンの有意な減少がみられた.

6. 尿検査(Table 3)

1) 投与第4週検査

雄では,定性的項目において,尿pHの有意な低下及び尿沈渣中のリン酸塩結晶の有意な減少が60及び250 mg/kg群にみられた.定量的項目では,250 mg/kg群で摂水量の有意な減少及び尿量の減少傾向と浸透圧の有意な増加がみられた.

雌では,定性的項目において,尿pHの有意な低下が250 mg/kg群にみられ,定量的項目では,摂水量の有意な減少が60及び250 mg/kg群にみられた.

2) 回復第2週検査

雄では,定性的項目において,尿沈渣中のリン酸塩結晶の有意な減少が250 mg/kg群にみられ,定量的項目では,250 mg/kg群で摂水量及び尿量の有意な減少がみられた.

雌では,定性的項目において,尿pHの有意な上昇が60 mg/kg群にみられたが,用量に応じた変化ではなかった.定量的項目では,250 mg/kg群で摂水量の減少傾向及び尿量の有意な減少がみられた.

7. 器官重量(Table 4)

1) 投与期間終了時剖検例

雄では,胸腺の絶対重量の有意な減少と相対重量の減少傾向が250 mg/kg群にみられた.

雌では,胸腺の絶対及び相対重量の有意な減少が60 mg/kg群に,相対重量の有意な減少が250 mg/kg群にみられ,肝臓の相対重量の有意な増加が250 mg/kg群にみられた.更に,卵巣の相対重量の有意な減少が15 mg/kg以上の群に,絶対重量の有意な減少が250 mg/kg群にみられた.

他に,15 mg/kg群の雄で脾臓の絶対重量の有意な減少が,雌で卵巣の絶対重量の有意な減少がみられたが,いずれも用量に関連した変化ではなかった.また,250 mg/kg群において雌雄の脳,心臓,肺,脾臓及び腎臓並びに精巣及び精巣上体で絶対重量の減少と相対重量の増加のいずれかあるいは両方がみられたが,いずれも剖検時の体重の低値に起因する変化と考えられた.

2) 回復期間終了時剖検例

雄では,250 mg/kgで肝臓の絶対及び相対重量の有意な減少がみられた.

雌では,被験物質投与による変化はみられなかった.

他に,60及び250 mg/kg群の雌の肺,脾臓及び副腎,250 mg/kg群の雌雄の脳及び腎臓,雄の肺,脾臓,精巣及び精巣上体並びに雌の胸腺,心臓,肝臓及び卵巣において絶対重量の減少と相対重量の増加のいずれかあるいは両方がみられたが,いずれも剖検時の体重の低値に起因する変化と考えられた.

8. 剖検所見(Table 5)

1) 投与期間終了時剖検例

雄では,胃の境界縁の肥厚が250 mg/kg群の全例に,前胃の肥厚が250 mg/kg群の6例中1例にみられた.

雌では,胃の境界縁の肥厚が250 mg/kg群の6例中5例に,前胃の肥厚が60 mg/kg群の6例中2例と250 mg/kg群の全例にみられた.また,250 mg/kg群の1例で粗毛,削痩及び眼球混濁(両側性)が,他の1例で眼球深部暗赤色(片側性)がみられた.

2) 回復期間終了時剖検例

雄では眼球混濁(両側性)が250 mg/kg群の6例中1例,腺胃の暗赤色点が250 mg/kg群の6例中1例にみられた.また,対照群の1例に精巣及び精巣上体の小型化(片側性)がみられた.

雌では,眼球混濁(両側性)が250 mg/kg群の6例中3例にみられた.また,腺胃の暗赤色点が対照群及び60 mg/kg群の各1例にみられた.

9. 病理組織学的検査(Table 6)

1) 投与期間終了時剖検例

被験物質投与に関連すると考えられる変化が,雌雄の橋(脳幹),脊髄,坐骨神経,肺,胃,甲状腺,眼球及び骨(大腿骨),雄の胸腺と脾臓及び雌の骨髄(大腿骨)にみられた.

[橋(脳幹)]

ごく軽度または軽度の中心性色質融解が250 mg/kg群の雄4例と雌6例全例にみられた.

[脊髄]

ごく軽度または軽度の中心性色質融解が250 mg/kg群の雄4例と雌5例に,ごく軽度から中等度の神経線維の変性が250 mg/kg群の雌雄全例にみられた.

[坐骨神経]

ごく軽度の神経線維の変性が250 mg/kg群の雌雄全例にみられた.

[肺]

ごく軽度または軽度のII型肺胞上皮細胞の肥大が60 mg/kg群の雄2例と250 mg/kg群の雌雄全例に,ごく軽度の肺胞/血管周囲の炎症細胞浸潤が250 mg/kg群の雄2例と雌1例にみられた.また,ごく軽度または軽度の泡沫細胞の集簇が15 mg/kg群の雄1例及び250 mg/kg群の雄全例と雌3例に,軽度の肺胞上皮の過形成が250 mg/kg群の雌1例にみられた.

[胃]

ごく軽度から中等度の前胃/境界縁の過形成が60 mg/kg群の雄3例と雌5例,250 mg/kg群の雌雄全例に,軽度の前胃粘膜下の水腫が60及び250 mg/kg群の雌各2例にみられた.また,ごく軽度あるいは軽度の前胃/境界縁のびらんが15 mg/kg群の雌1例と60及び250 mg/kg群の雌各2例にみられた.

[甲状腺]

ごく軽度の瀘胞上皮細胞の肥大が250 mg/kg群の雄全例と雌2例にみられた.

[胸腺]

ごく軽度の萎縮が250 mg/kg群の雄1例にみられた.

[脾臓]

雄では,髄外造血が対照群,15及び250 mg/kg群では軽度がそれぞれ4または5例でその他はごく軽度であったのに対し,250 mg/kg群では全例がごく軽度であり髄外造血の低下がみられ,統計学的にも有意な差であった.雌では,対照群と各投与群の間で髄外造血に差はみられなかった.

[眼球]

ごく軽度から中等度の白内障が250 mg/kg群の雄2例と雌5例にみられた.なお,軽度の硝子体の出血が,肉眼的に眼球深部の暗赤色が認められた250 mg/kg群の雌1例にみられたが,病理学的性状から偶発所見と判断した.

[大腿骨(骨髄を含む)]

軽度あるいは中等度の骨端板の閉鎖が250 mg/kg群の雌雄全例にみられた.また,ごく軽度の造血の低下が250 mg/kg群の雌4例にみられた.なお,ごく軽度の造血の低下は15 mg/kg群の雄1例にも認められたが,用量に応じた変化ではなかった.

上記以外の所見は出現状況とその病理学的性状からいずれも偶発所見と判断した.

2) 回復期間終了時剖検例

被験物質投与に関連すると考えられる変化が,雌雄の脊髄,坐骨神経,肺,胃,甲状腺,眼球及び骨(大腿骨)及び雌の橋(脳幹),骨髄(大腿骨)にみられた.

[橋(脳幹)]

ごく軽度の中心性色質融解が250 mg/kg群の雌1例にみられた.

[脊髄]

ごく軽度から中等度の神経線維の変性が250 mg/kg群の雄雌全例にみられた.

[坐骨神経]

ごく軽度あるいは軽度の神経線維の変性が250 mg/kg群の雄4例と雌全例にみられた.

[肺]

ごく軽度のII型肺胞上皮細胞の肥大が250 mg/kg群の雌雄各3例に,ごく軽度の肺胞/血管周囲の炎症細胞浸潤が250 mg/kg群の雄2例に,また,ごく軽度の泡沫細胞の集簇が250 mg/kg群の雄3例と雌5例に,ごく軽度の肺胞上皮の過形成が250 mg/kg群の雌1例にみられた.

[胃]

ごく軽度の前胃/境界縁の過形成が60 mg/kg群の雌1例及び250 mg/kg群の雄3例と雌2例にみられた.

[甲状腺]

ごく軽度の瀘胞上皮細胞の肥大が250 mg/kg群の雄2例と雌1例にみられた.

[眼球]

軽度あるいは中等度の白内障が250 mg/kg群の雄2例と雌全例にみられた.

[大腿骨(骨髄を含む)]

軽度あるいは中等度の骨端板の閉鎖が250 mg/kg群の雌雄全例にみられた.また,ごく軽度の造血の低下が250 mg/kg群の雌4例にみられた.

上記以外の所見は出現状況とその病理学的性状からいずれも偶発所見と判断した.

考察

投与期間中を通じて死亡動物はみられなかった.一般状態では,250 mg/kg群の雌雄において投与期間の後半に自発運動の減少,振戦,眼球混濁及び流涎などがみられた.自発運動の減少及び振戦は後述するように,被験物質の神経系に対する障害性を反映した変化であった.また,眼球混濁は白内障によるものであった.なお,多数例でみられた流涎は投与直後にのみみられたこと,また,本被験物質は眼,気道及び皮膚に対して刺激性を有すると考えられていることから,上述の神経系に対する影響を介したものとは思われなかった.

体重では,250 mg/kg群の雌雄で投与期間の後半に比較的強い増加抑制が認められ,摂餌量も低値を示した.

血液学検査では,250 mg/kg群の雌雄で赤血球数,ヘモグロビン量及びヘマトクリット値の増加,雌では更に平均赤血球容積及び平均赤血球血色素量の減少がみられたが,その機序は明らかでなかった.なお,250 mg/kg群の雌では網赤血球率が減少したが,赤血球数の増加に対する適応性の変化と考えられた.また,250 mg/kg群の雄ではプロトロンビン時間及び活性化部分トロンボプラスチン時間の延長がみられ,被験物質の凝固系に対する影響が示唆された.

血液生化学検査では,250 mg/kg群の雌雄で総コレステロール及びリン脂質の増加,雌ではこれに加えてトリグリセライド及びGPT活性の増加がみられ,被験物質が脂質代謝に影響する可能性が示唆された.250 mg/kg群の雄と各投与群の雌ではカルシウムの増加がみられ,250 mg/kg群の雌雄では大腿骨にも変化がみられていることから被験物質投与の影響が示唆された.しかし,15 mg/kg群の雌については変化の程度がわずかであり,他の項目においても毒性を示唆する変化がみられず,被験物質投与による影響とは考え難かった.その他に,250 mg/kg群の雄で尿素窒素及びカリウムの増加,雌で総たん白質の増加と,AlP活性,クレアチニン及び塩素の減少がみられたが,AlP活性の変化を除けばいずれも被験物質投与の影響を示唆するものと考えられた.

尿検査では,60 mg/kg群の雄と250 mg/kg群の雌雄でpHの低下がみられたがその機序は明らかではなかった.なお,60及び250 mg/kg群の雄では尿沈渣中のリン酸塩結晶の減少がみられたが,pHの低下に伴う変化であり,毒性を示唆するものではなかった.また,60 mg/kg群の雌と250 mg/kg群の雌雄で摂水量の減少,雄では更に尿量の減少と尿浸透圧の増加がみられたが,これらは摂餌量の減少に伴って摂水量が減少したための変化と考えられた.

病理学検査では,橋(脳幹),脊髄,坐骨神経,肺,胃,甲状腺,胸腺,脾臓,骨及び骨髄(大腿骨)並びに眼球に変化がみられた.坐骨神経及び脊髄では神経線維の変性が250 mg/kg群の雌雄にみられ,橋及び脊髄の神経細胞では中心性色質融解も認められた.神経線維の変化は,本被験物質の類似物であるリン酸トリメチルのラットを用いた反復投与毒性・生殖発生毒性併合試験2)においてもみられており,神経系が本被験物質の標的器官と考えられた.なお,橋(脳幹),脊髄及び坐骨神経についてボディアン染色及びクリューバー・バレラ染色標本で確認した結果,橋(脳幹)における中心性色質融解の好発部位は顔面神経と推定された.

肺ではII型肺胞上皮細胞の肥大が60 mg/kg群の雄と250 mg/kg群の雌雄に,肺胞/血管周囲の炎症細胞浸潤及び泡沫細胞の集簇が250 mg/kg群の雌雄に,肺胞上皮の過形成が250 mg/kg群の雌にみられた.なお,泡沫細胞の集簇が15 mg/kg群の雄にもみられたが1例のみであり,本変化は自然発生的にしばしば認められることから被験物質投与との関連性はないと判断した.

胃では肉眼的な境界縁あるいは前胃の肥厚が60 mg/kg群の雌と250 mg/kg群の雌雄にみられ,病理組織学的には前胃/境界縁の過形成が60及び250 mg/kg群の雌雄に,前胃粘膜下の水腫が60及び250 mg/kg群の雌に,また,前胃/境界縁のびらんが雌の各投与群にみられた.これらの変化は,いずれも本被験物質が有する粘膜に対する刺激性によるものと考えられた.

甲状腺では,肉眼的な異常は認められなかったものの250 mg/kg群の雌雄で瀘胞上皮の肥大がみられ,被験物質投与の影響が認められた.甲状腺ホルモンは,血中コレステロールを低下させることが知られている3).本試験では250 mg/kg群の雌雄で血中コレステロールが増加しているが,甲状腺ホルモンの低下を示唆する瀘胞上皮の肥大が認められていることから,血中コレステロールの増加は甲状腺ホルモンの低下による可能性が示唆された.

胸腺では60 mg/kg群の雌と250 mg/kg群の雌雄で重量の減少が,病理組織学的には萎縮が250 mg/kg群の雄にみられ,被験物質投与によりもたらされた低栄養状態を反映した変化と考えられた.

造血組織では,脾臓における髄外造血の低下が250 mg/kg群の雄に,大腿骨骨髄における造血の低下が250 mg/kg群の雌にみられた.なお,これらの変化は血液学検査における赤血球の変化と相反するものであるが,その機序は不明であった.

骨では大腿骨において骨端板の閉鎖が250 mg/kg群の雌雄にみられた.一方,胸骨には変化がみられないことから,本被験物質は長管骨の成長に何らかの影響を及ぼしていると考えられた.

眼球では肉眼的な混濁が250 mg/kg群の雌雄にみられ,病理組織学的には白内障が認められた.

その他として,肝臓の重量増加が250 mg/kg群の雌にみられたが組織学的には何ら変化が認められず,偶発的な変化と考えられた.また,卵巣重量の減少が各投与群にみられたが,各投与群の卵巣重量は回復終了時の対照群及び背景データと比較すると大差はなく,組織学的にも変化が認められないことから,被験物質投与との関連性はないと考えられた.

休薬により,上記の変化のうち,坐骨神経及び脊髄における神経線維の変性,一般状態における振戦,体重及び摂餌量の低値,尿検査における摂水量及び尿量の減少,赤血球数の増加,クレアチニンの減少,大腿骨における骨端板の閉鎖及び造血の低下並びに眼球の肉眼的混濁及び白内障については明らかな回復は認められなかった.その他の変化については消失または軽減され,回復性が認められた.なお,尿検査,血液学検査,血液生化学検査及び器官重量において回復期間に新たに変化を生じた項目がみられたが,いずれも毒性学的意義を有さない変化と考えられた.

以上の如く,トリメチル亜リン酸をラットに28日間反復投与した結果,主な変化が15 mg/kg以上の群の雌並びに60及び250 mg/kg群の雄の胃,60及び250 mg/kg群の雄の肺,さらには250 mg/kg群における雌雄の橋(脳幹),脊髄,坐骨神経,骨(大腿骨)及び眼球と雌の肺及び骨髄(大腿骨)にみられた.一方15 mg/kg群の雄では変化は認められなかった.

これらの結果から,本試験におけるトリメチル亜リン酸の無影響量は雄では15 mg/kg/day,雌では15 mg/kg/dayを下回ると推定された.

文献

1)S. C. Gad and C. S. Weil, "Principles and Methods of Toxicology," 2, ed. by A. Wallace Hayes, Raven Press Ltd., New York, 1989, pp. 435-483.
2)厚生省生活衛生局企画課生活化学安全対策室監修,"化学物質毒性試験報告,"Vol. 3,化学物質点検推進連絡協議会,東京,1994, p. 289.
3)松田幸次郎ら,"医科生理学展望,"原書15版,丸善,東京,1992, pp. 307-332.

連絡先
試験責任者:榎並倫宣
試験担当者:高須正生,畠山和久,田村一利,茂呂光男,勝亦倶慶
(株)ボゾリサーチセンター 御殿場研究所
〒412-0039 静岡県御殿場市かまど1284
Tel 0550-82-2000Fax 0550-82-2379

Correspondence
Authors:Tomonori Enami(Study director)
Masao Takasu, Kazuhisa Hatayama, Kazutoshi Tamura, Mitsuo Moro, Toyohisa Katsumata
Gotemba Laboratory, Bozo Research Center Inc.
1284 Kamado, Gotemba-shi, Shizuoka, 412-0039, Japan
Tel +81-550-82-2000Fax +81-550-82-2379