2-メチル-5-ニトロベンゼンスルホン酸のラットを用いる
反復経口投与毒性・生殖発生毒性併合試験
Combined Repeat Dose and Reproductive/Developmental Toxicity
Screening Test of 2-Methyl-5-nitrobenzenesulfonic acid by Oral Administration in Rats
要約
2-メチル-5-ニトロベンゼンスルホン酸は,蛍光染料中間体として広く使用されている.2-メチル-5-ニトロベンゼンスルホン酸の0(対照群),175,350および700 mg/kgの用量を雌雄ラット(SD系ラット;Crj:CD)に1日1回,雄には交配14日前から交配期間を通して剖検前日までの49あるいは50日間,雌には交配14日前から交配期間,妊娠期間中および分娩後の哺育3日までの41〜48日間経口投与し,反復投与による一般毒性学的な影響を検索するとともに,雌雄動物の性腺機能,交尾行動,受胎および分娩などの生殖発生に及ぼす影響について検索した.
1. 反復投与毒性
700 mg/kg群雄において,喘鳴,一部が黒色を呈する軟便,腹部膨満,肛門周囲の汚染および粗毛,体重増加の抑制,摂餌量の低値が認められた.また,平均赤血球容積および平均赤血球血色素量の低値,総蛋白質およびα1-グロブリン分画比率の低値が認められた.さらに肉眼的に胃の境界縁の肥厚,腺胃の暗赤色点と糜爛,組織学的に境界縁粘膜の過形成,噴門部粘膜の萎縮,腺胃の糜爛と表層性出血がみられた.骨髄像検査,器官重量および精細管のステージ分類には被験物質投与の影響は認められなかった.同群雌においては,雄と同様の症状に加え,耳介の蒼白化,削痩,立毛,自発運動の減少,体温低下,呼吸数の減少を呈した後,1例が死亡し,1例が切迫屠殺された.また,体重増加の抑制傾向,肉眼的に胃の境界縁の肥厚,腺胃の暗赤色点散在と一部陥凹,組織学的に境界縁粘膜の過形成,噴門部粘膜の萎縮,腺胃の糜爛と表層性出血がみられた.摂餌量には被験物質投与の影響は認められなかった.350 mg/kg群においては,雄で肉眼的に胃の境界縁の肥厚,雌雄で組織学的に境界縁粘膜の過形成,噴門部粘膜の萎縮がみられた.一般状態,体重,摂餌量,血液学検査,骨髄像検査および血液生化学検査には被験物質投与の影響は認められなかった.175 mg/kg群の雌雄においては,いずれの観察,測定および検査においても被験物質投与の影響は認められなかった.
2. 生殖発生毒性
親動物に関して,性周期,交尾率,受胎率,妊娠期間,分娩および哺育状態,さらには黄体数,着床痕数および着床率,出産率および分娩率のいずれにも被験物質投与の影響は認められなかった.
新生児に関して,700 mg/kg群の雌雄体重の低値傾向と哺育4日における生存率に低値傾向が認められた.しかし,哺育0日の生存児数,死産児数,出生率,性比に被験物質投与の影響は認められず,外表異常児もみられなかった.また,哺育4日における剖検においても異常は認められなかった.
以上の成績から,本試験条件下における一般毒性学的な無影響量は雌雄ともに175 mg/kg/dayと考えられた.また,生殖発生毒性的な無影響量は雌雄親動物ともに700 mg/kg/day,新生児で350 mg/kg/dayと考えられた.
方法
1. 被験物質
2-メチル-5-ニトロベンゼンスルホン酸[日本化薬製造,Lot No. 96001,純度79.6%,分子量217.20,融点133.5℃以下]は,淡黄色顆粒状であり,冷暗所条件下で保存した.なお,動物試験終了後に残余の被験物質を分析した結果,純度は80.2%であり,被験物質は安定であったことが確認された.
被験物質は,純度換算した量を採取し,注射用水(日本薬局方,大塚製薬工場)に溶解し,3.5,7および14%(w/v)濃度に調製した.調製は1週間に1回以上の頻度で行った.調製後の被験液は,1日分ずつ褐色ガラス瓶に分注し,冷蔵・暗所条件下で保存した.本被験物質の1〜20%(w/v)液は,室温24時間保存後および冷蔵(4℃)8日間保存後更に室温24時間保存後において安定であることが確認されている.
被験液の濃度確認は,雌雄の投与開始前および雄の投与最終週の2回,各濃度液について実施した.その結果,いずれの被験液も設定濃度の98〜101%の範囲であり,ほぼ設定濃度の2-メチル-5-ニトロベンゼンスルホン酸が含有されていたことを確認した.
2. 使用動物および飼育条件
試験には,日本チャールス・リバーより7週齢で購入したSprague-Dawley(Crj:CD)系SPF雌雄ラットを使用した.動物は,購入後7日間検疫・馴化飼育した後,一般状態に異常がなく,体重増加が良好な動物を8週齢で群分けして試験に使用した.群分け時の体重範囲は雄で309〜335 g,雌で202〜232 gであった.なお,雌については,検疫・馴化期間中に全動物の膣スメアを採取して,性周期に異常のない動物を試験に使用した.
動物は,温度20〜24.5℃,相対湿度40.5〜71.5%,換気回数1時間10〜15回,照明1日12時間(午前7時〜午後7時)の飼育室で飼育した.
動物は,交配期間および妊娠17日から哺育4日までの期間を除き,金属製網ケージ[リードエンジニアリング]を仕切り板で2つに区切りそれぞれ個別に収容し,飼育した.交配期間中の夕方から翌朝までの間は,金属製網ケージに仕切りをせずに雌雄各1匹の計2匹を収容した.妊娠17日の母動物は,哺育4日まで床敷として木製チップ[ホワイトフレーク:日本チャールスリバー]を入れたプラスチック製エコンケージ[日本クレア]に個別に収容し,飼育した.
飼料は,オリエンタル酵母工業のNMF固形飼料を使用し,飼料および飲料水は飼育期間中自由に摂取させた.
3. 群分け
群分けは,投与開始日に行った.動物は,雌雄とも群分け当日の体重,検疫・馴化期間中の一般状態,増体重あるいは性周期の観察結果により選択した後,群分け当日の体重で層別化し,コンピュータを用いたブロック配置法および無作為抽出法の組合せにより各群に振り分けた.1群の動物数は,雌雄各12匹とした.
4. 投与量,群構成,投与期間および投与方法
投与量は,1群雌雄各5匹のラットを用いた急性毒性試験(投与量:0,500,1000および2000 mg/kg)および2週間経口投与予備試験(投与量:0,175,350および700 mg/kg)の結果を参考にして決定した.すなわち,急性毒性試験では,500 mg/kg群の雌雄に死亡例はみられなかったが,1000 mg/kg群の雌雄各5例中1例と2000 mg/kg群の雄5例全例と雌5例中4例が死亡し,生存した1000 mg/kg群の雌雄各4例および2000 mg/kg群の雌1例には腺胃部の潰瘍と暗赤色点あるいは境界縁の肥厚がみられた.2週間の経口投与では,700 mg/kg群の雌雄で喘鳴および境界縁の肥厚,雄で腺胃部の暗赤色点,さらに雌で腎臓重量の高値がみられた.350 mg/kg以下の群では毒性徴候はみられなかった.これらの結果から,本試験の高用量は,毒性徴候は示すものの死亡や重篤な苦痛を示さないと推定される700 mg/kgとし,以下公比2で除し350 mg/kgを中用量に,175 mg/kgを低用量に設定した.
投与経路は,強制経口投与とした.投与期間は,雄については交配前14日間およびその後剖検前日までの49あるいは50日間,雌については交配前14日間,交配期間,妊娠期間および剖検前日の哺育3日までの41〜48日間とした.投与容量は,体重100 g当たり0.5 mLとし,個体毎の投与液量は,雄は各測定日の体重を,雌は交配前および交配期間中については各測定日の体重,妊娠期間中については妊娠0,7,14および21日の体重,哺育期間中については哺育0日の体重を基準に算出した.投与は,金属製胃ゾンデを用いて1日1回行った.対照群には溶媒として使用した注射用水を同様に投与した.
5. 反復投与毒性に関する観察,測定および検査
1) 一般状態
一般状態の観察は,雌雄とも試験期間を通じて毎日行った.
2) 体重
雄の体重は,投与1(投与開始日),4,8,11,15,22,29,36,43,49および50あるいは51日(剖検日)に測定した.雌の体重は,交配前については投与1,4,8,11および15日,交配期間中は投与22日,妊娠期間中については妊娠0,7,14および21日,哺育期間中については哺育0および4日(剖検日)に測定した.
3) 摂餌量
雄の摂餌量は,交配期間と剖検日を除く体重測定と同じ日に測定した.雌の摂餌量は,交配前については体重測定と同じ日に,妊娠期間中については妊娠1,7,14および21日に,哺育期間中については哺育1および4日に測定した.摂餌量は,前日からの摂餌残量を測定し,前日の給餌量との差から1日摂取量として算出した.
4) 雄の血液学検査
雄の全個体について,剖検日の前日より約16時間絶食させ,エーテル麻酔下で開腹し,腹大動脈より血液を採取した.この血液の一部にEDTA-2Kを加えた血液を用いて赤血球数,ヘモグロビン量,ヘマトクリット値,平均赤血球容積,平均赤血球血色素量,平均赤血球血色素濃度,血小板数および白血球数(電気抵抗変化検出法およびシアンメトヘモグロビン法)をコールター全自動8項目血球アナライザーT890[日科機]により,メトヘモグロビン量(Van Assendelft法)を分光光度計UVIDEC-66[日本分光メディカル]によりそれぞれ測定,算出した.また,採取した血液の一部に3.8%クエン酸ナトリウムを加え,遠心分離(3000 rpm,10分間)して得られた血漿を用いてプロトロンビン時間,活性化部分トロンボプラスチン時間およびフィブリノーゲン量(クロット法およびトロンボプラスチン法)を血液凝固自動測定装置ACL100[Instrumentation Laboratory]により測定した.さらに,採取した血液を用いてMay-Giemsa染色塗抹標本の観察により白血球百分率を,Brecher法による超生体染色標本の観察により網赤血球率を算出した.
5) 雄の血液生化学検査
雄の全個体について,血液学検査のための採血時に腹大動脈から採取したヘパリン処理血液を遠心分離(3000 rpm,10分間)して得られた血漿を用いてGOT,GPT,LDH(UV-rate法)を,また,血清を用いてAlP(Bessey-Lowry法),総コレステロール(CEH-COD-POD法),トリグリセライド(GK-GPO-POD法),リン脂質(PLD-ChOD-POD法),鉄および総鉄結合能(クロマズロールB法),不飽和鉄結合能(鉄および総鉄結合能から算出),総ビリルビン(アゾビリルビン法),血糖(Hexokinase-G6PD法),尿素窒素(Urease-GLDH法),クレアチニン(Jaff法),ナトリウム,カリウムおよび塩素(イオン選択電極法),カルシウム(OCPC法),無機リン(モリブデン酸法),総蛋白質(Biuret法)を全自動分析装置Monarch[Instrumentation Laboratory]により測定した.また,蛋白質分画(セルロースアセテート膜による電気泳動法)を電気泳動装置CLINISCAN SA-V[ヘレナ研究所]により測定し,蛋白質分画比率からA/G比を算出した.
6) 病理学検査
剖検は,雄については最終投与の翌日に,雌については哺育4日にエーテル麻酔下で放血致死させた後,内部器官および組織を肉眼的に観察した.さらに,心臓,胸腺,肝臓,腎臓,脾臓,精巣および精巣上体あるいは卵巣を摘出し,重量を測定し,最終体重から相対器官重量を算出した.両側性の器官については左右の合計値で評価した.これら器官に加えて,脳,下垂体,甲状腺(上皮小体を含む),肺(気管支を含む),副腎,胃,子宮および腟ならびに肉眼的異常部位を摘出し,リン酸緩衝液(1/15 M,pH 7.1〜7.4)で調製した10%ホルマリン液(精巣および精巣上体はブアン液)に固定した.また,雄については,大腿骨骨髄を採取し,May-Gimsa染色標本を作製し,対照群および各被験物質群について検査した.なお,不妊動物および700 mg/kg群雌の死亡動物と切迫屠殺動物についても同様に処置した.
病理組織学検査は,雌雄とも対照群および700 mg/kg群の脳,心臓,肝臓,腎臓,副腎,脾臓,胃,精巣および精巣上体あるいは卵巣ならびに剖検時の肉眼的異常部位について常法に従ってヘマトキシリン・エオジン染色を行い鏡検した.その結果,胃に被験物質投与の影響が疑われたため,350および175 mg/kg群についても同様に検査した.さらに,精巣および精巣上体については,ヘマトキシリン・エオジン染色とは別にPAS染色を行い対照群と700 mg/kg群を鏡検するとともに,精細管のステージをI-VI,VII-VIII,IX-XIおよびXII-XIVに分類した.
6. 生殖発生毒性に関する観察,測定および検査
1) 性周期観察および交配
性周期の観察は,投与開始翌日から交尾が確認されるまで毎日腟スメアを採取し鏡検し,発情期像発現回数および発情期から次の発情期までの日数を性周期として算出した.
交配は,交配前14日間性周期の観察を行った雌を同一群内の雄と1対1の組み合わせで終夜同居させた.同居期間は最長14日間とし,交尾が確認されるまでとした.交尾の確認は,毎朝腟栓形成あるいは腟垢中の精子の有無により行い,これらが確認された日を妊娠0日とした.交配結果から,交尾率[(交尾動物数/交配動物数)×100],受胎率[(受胎動物数/交尾確認動物数)×100]および交尾までに要した同居日数を求めた.なお,700 mg/kg群において雌1例が交配期間に死亡したため,交配すべき相手の雄は,無処置雌と交配した.
2) 分娩および哺育状態の観察
分娩観察は,交尾が確認された雌全例を自然分娩させて行った.分娩終了の確認は,妊娠21日から24日まで毎日午前,午後の2回,妊娠25日は午前1回行い,分娩が午前10時30分の時点で終了していた場合その日を哺育0日とし,午前10時30分以降に分娩が終了した場合はその翌日を哺育0日とした.妊娠25日においても分娩が確認されなかった動物は剖検し,妊娠の成否を確認した.
哺育状態の観察は,分娩終了が確認された母動物に生存児を哺育させ,哺育4日まで毎日行った.これらの観察結果から,妊娠期間[哺育0日(分娩確認日)-妊娠0日],出産率[(生児出産雌数/受胎動物数)×100],着床率[(着床痕数/黄体数)×100],分娩率[(総出産児数/着床痕数)×100]を算出した.
7. 新生児の観察,測定および検査
1) 新生児の観察
哺育0日に生存児数および死産児数を数え,性別および外表異常の有無を検査した.生存児は全例を母動物に哺育させ,生死の観察を毎日1回行った.これらの観察結果から,性比(雄/雌),出生率[(哺育0日の生存児数/総出産児数)×100],新生児の4日の生存率[(哺育4日の生存児数/哺育0日の生存児数)×100]を算出した.
2) 体重
体重は,哺育0および4日に測定し,1腹毎に雌雄の平均値を算出した.
3) 剖検
哺育4日に生存児全例をエーテル麻酔下で放血致死させ剖検し,内部器官の異常の有無を観察した.
8. 統計解析
体重,摂餌量,発情期像発現回数,性周期,同居日数,妊娠期間,血液学および血液生化学検査値,骨髄像検査値,器官重量(相対重量を含む),黄体数,着床痕数,生存児数,着床率,性比,分娩率,出生率および新生児の4日の生存率については,まずBartlett法により各群の分散の均一性の検定を行い,分散が均一の場合は一元配置法による分散分析を行い,群間に有意差が認められた場合,Dunnett法を用いて対照群と各被験物質群との一対比較検定を行った.分散が均一でない場合は,Kruskal-Wallisの順位検定を行い,有意であれば対照群と各被験物質群との平均順位の差について,Dunnett型の検定を行った.精細管のステージ分類の検査値についてはWilcoxonの順位和検定を行った.交尾率,受胎率および出産率についてはχ^2検定を行った.また,病理組織学検査の成績についてはMann-WhitenyのU検定を行った.有意水準は5および1%とした.なお,新生児に関するデータは1腹の平均を1標本とした.
結果
1. 反復投与毒性
1) 死亡動物および切迫屠殺動物
700 mg/kg群において交配期間中に雌1例が死亡し,妊娠期間中に雌1例を切迫屠殺した.死亡例は投与19日以降順次喘鳴,一部が黒色を呈する軟便,耳介の蒼白化,肛門周囲の汚染,削痩を呈して投与27日に死亡した.剖検では,削痩,肛門周囲の汚染,胸腺,脾臓および子宮の萎縮および肺の腫大がみられ,病理組織学検査では肺に軽度の細気管支周囲における炎症細胞浸潤,胸腺に高度の萎縮,脾臓に中等度の萎縮とごく軽度の赤脾髄における褐色色素沈着,子宮に軽度の萎縮が観察された.
切迫屠殺例は投与12日に喘鳴,妊娠3〜5日に喘鳴,腹部膨満,立毛,削痩,自発運動の減少,体温低下,呼吸数の減少を呈したため妊娠5日に切迫屠殺した.剖検では,脾臓の萎縮,副腎の腫大,胃および腸管のガス貯留と拡張,腺胃の一部肥厚,削痩,立毛,腹部膨満がみられ,病理組織学検査では胃に高度の腺胃粘膜の懐死,腺胃粘膜下組織の軽度の出血と中等度の浮腫,中等度の腺胃における炎症細胞浸潤およびごく軽度の境界縁の糜爛,十二指腸,空腸および回腸にごく軽度の粘膜萎縮,脾臓に中等度の萎縮とごく軽度の赤脾髄における褐色色素沈着が観察された.
2) 生存動物の一般状態
喘鳴が投与8日以降700 mg/kg群の雄4例と雌3例にみられた.さらに,一部の動物には一部が黒色を呈する軟便,腹部膨満,肛門周囲の汚染,粗毛あるいは乳頭の未発達がみられた.
3) 体重および摂餌量(Fig. 1〜4)
700 mg/kg群雄で体重増加の抑制が投与4日以降みられ,投与15日以降対照群と比べ有意な低値が認められた.同群の摂餌量は投与29および36日に低値傾向,投与43日に有意な低値を示した.700 mg/kg群雌の体重は交配前投与期間の投与8,11および15日に低値傾向がみられ,当該期間の体重増加量に有意な低値が認められた.同群の体重の低値傾向は妊娠および哺育期間中も継続したものの対照群との間に有意差は認められなかった.同群の摂餌量は対照群と同等の値を示した.
175および350 mg/kg群雌雄の体重および摂餌量は投与期間を通じて対照群と同様の推移を示し,被験物質投与の影響は認められなかった.
4) 雄の血液学検査,骨髄像検査および血液生化学検査(Table 1〜3)
血液学検査では,平均赤血球容積および平均赤血球血色素量の有意な低値が700 mg/kg群に認められた.
骨髄像検査では,赤血球系細胞比率,骨髄球系細胞比率およびM/E比には被験物質投与に関連した変化は認められなかった.
血液生化学検査では,血清鉄の有意な高値が700 mg/kg群に認められた.その他,総蛋白質および蛋白分画におけるα1-グロブリン分画比率の有意な低値が700 mg/kg群に認められたが,肝臓および腎臓に組織学的な異常または機能低下を示唆する変化は認められなかった.
5) 剖検所見
胃の境界縁の肥厚が350 mg/kg群の雄1例および700 mg/kg群の雄9例と雌2例,腺胃の暗赤色点または糜爛が700 mg/kg群の雄に各1例,腺胃の一部陥凹が700 mg/kg群の雌1例にみられた.その他,対照群雄で腎臓の一部陥凹(片側性),精巣上体の尾部結節(片側性),175 mg/kg群雌で肺の暗赤色点,350 mg/kg群雌で腺胃の白色点,700 mg/kg群雄で肺の一部褐色化,胸腺の萎縮,同群雌で乳頭および乳腺の未発達,肺の暗赤色が各1例みられたが,病変の性状および発現状況から被験物質投与との関連はないと考えられた.
6) 器官重量(Table 4,5)
700 mg/kg群雄で肝臓の絶対重量の有意な低値,腎臓,精巣および精巣上体の相対重量の有意な高値,同群雌で心臓および腎臓の相対重量の有意な高値が認められたが,絶対あるいは相対重量のみの変化であり,組織学的に異常がないことから,低体重に起因する変化と考えられた.
7) 病理組織学検査(Table 6,7)
被験物質投与に起因する変化は350および700 mg/kg群雌雄の胃に認められた.すなわち,ごく軽度または軽度の境界縁粘膜の過形成が350 mg/kg群の雄9例と雌3例および700 mg/kg群の雄11例と雌7例に,ごく軽度または軽度の噴門部粘膜の萎縮が350 mg/kg群の雄9例と雌3例および700 mg/kg群の雌雄全例に,ごく軽度から中等度の腺胃の糜爛(糜爛治癒像を含む)が700 mg/kg群の雄6例と雌5例に,ごく軽度または軽度の腺胃の表層性出血が700 mg/kg群の雄5例と雌1例にみられた.これら所見のうち,境界縁粘膜の過形成と噴門部粘膜の萎縮の発現頻度が350 mg/kg群雄と700 mg/kg群雌雄で有意に高く,かつその程度は350 mg/kg群と比べ700 mg/kg群で増強してみられた.また,腺胃の糜爛(糜爛治癒像を含む)の発現頻度も700 mg/kg群雄で有意に高かった.その他に軽度の前胃粘膜の限局性過形成が350 mg/kg群雌1例に心筋の変性/線維化,肝臓における髄外造血と小肉芽腫,脾臓における髄外造血と赤脾髄の褐色色素沈着,腎臓の皮質における限局性線維化,尿細管の好塩基性化,尿細管上皮における好酸性小体,精巣上体の精子肉芽腫が対照群あるいは700 mg/kg群にみられたが,病理組織学的特徴および投与量の増加に伴う発現頻度の増加と程度の増強が認められないことから,すべて被験物質投与との関連はないものと考えられた.また,肉眼的異常部位についても病理組織学検査を行ったが,被験物質投与との関連を示唆する変化は認められなかった.
8) 精細管のステージ分類
精細管のステージI〜VI,VII〜VIII,IX〜XIおよびXII〜XIVの相対的発現頻度は対照群と700 mg/kg群の間に有意差は認められなかった.
2. 生殖発生毒性
1) 生殖機能(Table 8)
被験物質投与群における性周期,すなわち観察期間中における発情期像発現回数および発情期から次の発情期までの日数は対照群とほぼ同等で有意差は認められなかった.交配成績については,被験物質投与群のほとんどの組み合わせが同居開始後5日以内に交尾し,交尾率は100%であった.また,交尾までに要した日数にも有意差は認められなかった.さらに,被験物質投与群の受胎率は90.9〜100%であり,対照群との間に有意差は認められなかった.
2) 分娩および哺育状態(Table 9)
不妊例を除くいずれの例も妊娠23日までに分娩終了が確認され,分娩異常はみられなかった.また,被験物質投与群における妊娠期間,黄体数,着床痕数,着床率,出産率,分娩率および出生率は対照群と同等で有意差は認められなかった.
哺育状態では,各群いずれの例においても巣作り,児集めおよび授乳などの哺育行動に異常は認められなかった.
3) 新生児の形態観察,生存性,体重および剖検所見(Table 10)
新生児の外表検査では各群のいずれにも異常はみられなかった.被験物質投与群における性比および生存児数は対照群とほぼ同等で有意差は認められなかった.しかし,哺育0および4日の雌雄体重,新生児の4日の生存率は700 mg/kg群で低値傾向であった.哺育4日の剖検では,被験物質投与に関連する変化はみられなかった.
考察
1. 反復投与毒性
雄では,700 mg/kg群で喘鳴が投与17日以降4例にみられた.ついで一部の動物に一部が黒色を呈する軟便,または腹部膨満,肛門周囲の汚染および粗毛がみられた.本剤はウサギの眼に高度,皮膚に中等度の刺激性を有することが知られている1).したがって,喘鳴は本剤の経口投与時の誤嚥により鼻腔や喉頭への刺激に関連した変化と考えられ,腹部膨満は刺激性の被験液を誤嚥したことによる鼻腔の一時的な閉塞によって過呼吸が生じ空気の嚥下により消化管が拡張したものと推測された.また,肛門周囲の汚染および粗毛は体重が減少していることから全身状態の悪化に起因した変化と考えられ,一部が黒色を呈する軟便は腺胃の糜爛と表層性出血を反映したものと推測された.同群では投与4日以降に体重増加の抑制がみられ,投与29〜43日の摂餌量に低値傾向または低値が認められた.また,平均赤血球容積および平均赤血球血色素量の低値が認められた.赤血球数が高値であった1例を除いた場合,前述の変化に加えヘモグロビン量およびヘクトクリット値にも低値(ヘモグロビン量:対照群の15.9 g/dLに対し700 mg/kg群で14.9 g/dL,ヘマトクリット値:対照群の46%に対し700 mg/kg群で44%)がみられ,血清鉄に高値が認められた.しかし,溶血を示唆する明らかな変化はみられず,メトヘモグロビンに異常がみられないことから,胃の障害に関連する変化というよりはむしろ骨髄などにおける血色素の合成に対する被験物質投与の影響が示唆された.なお,鉄欠乏性貧血の程度については,網状赤血球の増加,骨髄像検査における赤血球系細胞比率,M/E比の異常および骨髄に組織学的な異常がないことから,軽度な変化と考えられた.さらに,肉眼的に胃の境界縁の肥厚,腺胃の暗赤色点と糜爛,組織学的に境界縁粘膜の過形成,噴門部粘膜の萎縮,腺胃の糜爛と表層性出血がみられた.境界縁粘膜の過形成,腺胃の糜爛や潰瘍などは刺激性物質を経口投与した際にしばしばみられることから,胃の変化は本剤の刺激性によるものと考えられた.
350 mg/kg群においては,肉眼的に胃の境界縁の肥厚,組織学的に境界縁粘膜の過形成,噴門部粘膜の萎縮がみられた.
175 mg/kg群においては,いずれの観察,測定および検査においても被験物質投与の影響は認められなかった.
雌では,700 mg/kg群で1例が死亡し,1例を切迫屠殺した.切迫屠殺動物は体重の減少と摂餌量の低値,喘鳴,腹部膨満の他に全身状態の悪化症状がみられ,肉眼的に消化管のガス貯留と拡張,組織学的に腺胃の出血と浮腫,十二指腸,空腸および回腸の粘膜萎縮がみられた.ラットでは鼻腔を閉塞すると消化管の拡張が生じ,死に至ることが報告されている2, 3).本試験においても経口投与した刺激性を有する被験液の誤嚥により鼻腔を閉塞することによって過呼吸が生じ,空気の嚥下により消化管が拡張したと考えられた.これに伴う摂食不良と胃腸障害が加わり瀕死に至ったと考えられた.死亡動物については,体重が減少し,喘鳴,一部が黒色を呈する軟便,耳介の蒼白化,肛門周囲の汚染および削痩がみられ,病理学検査で(胃,小腸,大腸は死後変化のため不明)胸腺,脾臓および子宮の萎縮が認められた.切迫屠殺動物と同様に体重の減少,喘鳴および胃腸管からの出血を示唆する一部が黒色を呈する軟便,貧血状態を示唆する耳介の蒼白化がみられていることから,切迫屠殺動物と同様な経過で死に至った可能性が考えられた.その他に,雄と同様,被験液の刺激性に関連したと考えられる喘鳴が3例みられた.同群では投与8日以降に体重増加の抑制傾向がみられた.病理学検査では,雄と同様,肉眼的に胃の境界縁の肥厚,腺胃の暗赤色点散在と一部陥凹がみられ,組織学的に境界縁粘膜の過形成,噴門部粘膜の萎縮,腺胃の糜爛と表層性出血がみられた.
350 mg/kg群においては,組織学的に境界縁粘膜の過形成,噴門部粘膜の萎縮がみられた.
175 mg/kg群においては,いずれの観察,測定および検査においても被験物質投与の影響は認められなかった.
以上の如く,350 mg/kg群以上の雌雄で胃の境界縁粘膜の過形成,噴門部粘膜の萎縮,さらに700 mg/kg群雌雄で腺胃の糜爛と表層性出血,一部が黒色を呈する軟便などがみられた.また,雄において体重増加の抑制,摂餌量の低値,平均赤血球容積および平均赤血球血色素量の低値,総蛋白質およびα1-グロブリン分画比率の低値,雌については死亡が1例,切迫屠殺が1例みられ,体重増加の抑制が認められた.したがって,本試験条件下における2-メチル-5-ニトロベンゼンスルホン酸の一般毒性学的な無毒性量は,雌雄ともに175 mg/kg/dayであると判断された.
2. 生殖発生毒性
700 mg/kg群においても性周期,交尾までに要した日数,交尾率および受胎率に及ぼす被験物質投与の影響は認められなかった.また,精巣および精巣上体に組織学的な変化ならびに精細管のステージ分類に異常は認められず,精子の発生および発育に対する精巣毒性もないと考えられた.雌動物では,妊娠期間および分娩に異常は認められず,黄体数,着床痕数,着床率,総出産児数,出産率および分娩率にも被験物質投与の影響は認められなかった.さらに,分娩後の哺育行動にも異常は認められなかった.したがって,700 mg/kgの用量においても雌雄親動物の生殖能力に及ぼす影響はないと考えられた.
新生児に及ぼす影響に関して,700 mg/kg群においても新生児に外表異常は認められず,性比,生存児数,死産児数および出生率に被験物質投与の影響は認められなかった.しかし,700 mg/kg群で雌雄体重の低値傾向と哺育4日おける生存率の低値傾向が認められた.本変化は母体の妊娠および哺育期間中における毒性変化に起因する二次的な変化と推測された.
以上の如く,雌雄親動物の生殖能力に関しては,700 mg/kg群においても被験物質投与の影響は認められなかった.新生児の発生および生後の発育に関しては,700 mg/kg群の雌雄体重の低値傾向と哺育4日における生存率の低値傾向が認められた.したがって,本試験条件下における2-メチル-5-ニトロベンゼンスルホン酸の生殖発生毒性学的な無毒性量は雌雄親動物ともに700 mg/kg/day,新生児の無影響量は350 mg/kg/dayと判断された.
文献
1) | M.J. Prague, "Prehled Prumyslove Toxikologie; Organicke Latky," Czechoslovakia, Avicenum, 1986, p. 1055. |
2) | C. Madsen. Lab. Anim., 23 (1)(1989). |
3) | K. Nakajima, G. Ohi, Exp. Anim., 26(2), 149(1977). |
連絡先 |
| 試験責任者: | 石田茂 |
| 試験担当者: | 片平勝也,小川順子,畠山和久,田村一利, 津田敏治,勝亦倶慶 |
| ボゾリサーチセンター 御殿場研究所 |
| 〒412-0039 静岡県御殿場市かまど1284 |
| Tel 0550-82-9912 | Fax 0550-82-9913 | |
Correspondence |
| Authors: | Shigeru Ishida(Study director) Katsuya Katahira, Junko Ogawa, Kazuhisa Hatayama, Kazutosi Tamura, Toshiharu Tsuda, Tomoyoshi Katsumata |
| Bozo Research Center Inc. Gotemba Laboratory |
| 1284 Kamado, Gotemba-shi, Shizuoka-ken, 412-0039, Japan |
| Tel +81-550-82-9912 | Fax +81-550-82-9913 | |