ジトリデシルフタラートのラットを用いる
反復経口投与毒性・生殖発生毒性併合試験

Combined Repeat Dose and Reproductive/Developmental Toxicity Screening Test of
Ditridecyl phthalate by Oral Administration in Rats

要約

ジトリデシルフタラートは,軟質塩化ビニル(プラスチック)の可塑剤として使用されているフタル酸エステルの一種であり,血液バックや血液回路等の医療機器,食物の保存容器に広く使用されている化学物質である1).フタル酸エステルの毒性試験は数多く実施されており,フタル酸エステルの中には,ペルオキシゾームを増殖させる作用をもち,肝および腎毒性,さらに精巣毒性を示すものもある2-6).また,妊娠マウスあるいはラットにフタル酸エステルを投与すると,催奇形性を含む発生毒性を示すことが報告されている2,7-9).ジトリデシルフタラートについては,ラットでのLD50値が経口投与では64 mL/kg以上であることが知られている10)が,反復投与毒性および生殖発生毒性については,明らかにされていない.そこで今回,OECDによる既存化学物質の安全性点検に係わる毒性調査事業の一環として,ジトリデシルフタラートの0(溶媒対照),10,50および250 mg/kgをSprague-Dawley系(Crj:CD)ラットの雌雄(各13匹/群)に交配前2週間および交配期間2週間経口投与し,さらに雄では交配期間終了後2週間,雌では妊娠期間を通して分娩後哺育3日まで投与を継続して,親動物に対する反復投与毒性および生殖能力ならびに次世代児の発生・発育に及ぼす影響について検討した.

その結果,死亡動物は,対照群を含むいずれの投与群においても認められなかった.雄では,投与後一過性の流涎が,50 mg/kg以上のジトリデシルフタラート投与により投与16日以降,断続的ではあるが投与期間を通して観察された.摂餌量には,雌雄ともにジトリデシルフタラート投与による影響は認められなかったが,雌では体重の増加抑制が,50 mg/kg以上のジトリデシルフタラート投与により認められた.雌の一般状態および雄の体重推移には,ジトリデシルフタラート投与の影響は認められなかった.

肝臓重量の増加が,雄では250 mg/kgのジトリデシルフタラート投与により,雌では50 mg/kg以上のジトリデシルフタラート投与により認められた.病理組織学検査の結果,雌雄ともに,50 mg/kg以上のジトリデシルフタラート投与により小葉中心部の肝細胞が肥大し,雄では,250 mg/kgのジトリデシルフタラート投与により,カタラーゼ染色陽性顆粒が増加した.また,雄の腎臓重量の増加が,250 mg/kgのジトリデシルフタラート投与により認められた.病理組織学検査の結果,雄では,250 mg/kgのジトリデシルフタラート投与により,eosinophilicbodyの発現頻度が増加し,尿細管上皮が壊死した後の再生像と思われる好塩基性尿細管が観察された.雌の腎臓重量にはジトリデシルフタラート投与の影響は認められなかったが,250 mg/kgのジトリデシルフタラート投与により,腎盂上皮および膀胱移行上皮の過形成が認められた.しかし,尿検査の結果には,雌雄ともにジトリデシルフタラート投与の影響は認められなかった.雄について実施した血液生化学検査では,250 mg/kgのジトリデシルフタラート投与により,アルカリフォスファターゼの上昇が認められたが,血液学的検査にはジトリデシルフタラート投与の影響はなかった.

また,ジトリデシルフタラート投与による精巣毒性も認められなかった.

一方,生殖発生毒性に関しては,雌雄動物の交尾率,受胎率,雌の妊娠維持および分娩に関して,ジトリデシルフタラート投与の影響は認められなかった.250 mg/kg のジトリデシルフタラート投与により,哺育不良が示唆された.250 mg/kg のジトリデシルフタラート投与により認められた母動物の哺育不良に起因して,産児の生存性が低下した.しかし,産児の性比,体重および形態に,ジトリデシルフタラート投与の影響は認められなかった.

これらのことから,本試験条件下では,ジトリデシルフタラートの反復投与毒性に関する無影響量は,雌雄ともに,10 mg/kg/day,生殖発生毒性に関する無影響量は,雄に対しては,250 mg/kg/day,雌に対しては,50 mg/kg/day,産児に対しては,250 mg/kg/dayであると判断される.

方法

1. 被験物質

ジトリデシルフタラート〔ロット番号:2700(協和油化),純度:93.7-100.0 %(エステル価198-212より換算),分子式:C34H58O4,分子量:530.83,比重:0.950(20℃/20℃),融点(凝固点):-21℃,沸点:250℃(2 mmHg)〕は,無色透明の液体でフタル酸エステルの一種であり,使用時まで室温保管した.

被験物質は,コーン油〔ナカライテスク,Lot No.:V6N3521〕にて溶解し,いずれの用量においても1 回の投与液量が5 mL/kg体重になるように濃度を調整した.調製検体は,冷蔵,遮光,気密の条件下で保管し,調製後7日以内に投与した.なお,0.2および20 %(w/v)の濃度の調製液については,冷蔵,遮光条件下で少なくとも11日間安定であることが確認されており,試験期間中に調製した投与液には,所定のジトリデシルフタラートが均一に含有されていたことを確認した.

2. 使用動物および飼育条件

試験には,雌雄とも7 週齢にて購入した日本チャールス・リバー日野飼育センター生産のSprague-Dawley系ラット(Crj:CD,SPF)を使用した.動物は,入荷後1 週間,馴化と検疫を兼ねて予備飼育し,一般状態に異常が認められなかったものを試験に供した(群分け時体重範囲:雄312.0〜348.2 g,雌198.3〜221.7 g).

各動物は,温度23.8〜24.2℃および湿度53〜68 %,換気回数約15回/時,照明12時間(午前7時〜午後7時)の飼育室で,金属製ケージ(日本ケージ)に個別に収容して飼育し,固型飼料(CE-2,日本クレア)および飲料水を自由に摂取させた.妊娠14日(交尾確認日=妊娠0日)以後の雌動物については,ラット用繁殖ケージ(日本クレア)に収容し,床敷として紙パルプ製チップ(ALPHA-dri,加商)を適宜供給した.

3. 群分け法

雌雄とも初回投与日の体重をもとに,体重別層化無作為抽出法により群分けし,各群とも雌雄各13匹を配した.

4. 投与量,群構成,投与期間および投与方法

先に実施した14日間反復経口投与による予備試験において,1000 mg/kgのジトリデシルフタラート投与により,雌雄各1例で投与初日に軟便が観察された.摂餌量にジトリデシルフタラート投与の影響は認められなかったが,1000 mg/kgの投与により,雌雄とも,体重の増加抑制傾向が認められた.また,250 mg/kg以上の投与により,雌雄の肝臓重量が増加し,500 mg/kg以上の投与により,雄では腎臓重量が,雌では副腎重量が,それぞれ増加する傾向が認められた.さらに,雄では,尿検査の結果,500 mg/kg以上の投与により蛋白が,1000 mg/kgの投与によりビリルビンが,それぞれ軽度ではあったが増加した.雄の血液生化学検査の結果,250 mg/kg以上の投与により,アルブミンが上昇し,尿素窒素が減少する傾向が認められた.しかし,雌では,尿検査,血液生化学検査にジトリデシルフタラート投与の影響は認められなかった.血液学検査および剖検には雌雄とも,ジトリデシルフタラート投与による著しい変化は認められなかった.なお,500および1000 mg/kg投与群において実施した精巣の病理組織学検査の結果,1000 mg/kg投与群の1 例に,萎縮した精細管の点在が認められたのみであり,ジトリデシルフタラート投与の影響と考えられる変化は認められなかったことから,14回の反復投与により雌雄の肝臓重量に影響を及ぼしたが,その他の検査項目にはジトリデシルフタラート投与による著しい変化の認められなかった250 mg/kgを高用量に設定し,以下,公比5で減じて中用量には 50 mg/kgを,低用量には10 mg/kgを設定した.対照群のラットにはコーン油をジトリデシルフタラート投与群と同一条件にて投与した.

各用量の投与検体は,雄に対しては交配前2週間と交配期間(2週間)および交配期間終了後2週間(剖検日前日までの連続42日間),また,雌に対しては交配前2週間と最長2週間の交配期間中(交尾成立まで),ならびに交尾成立雌では妊娠期間を通して分娩後の哺育3日(分娩日=哺育0日)まで毎日1回,ラット用胃管を用いて経口投与した.毎日の投与は,午前9時から12時の間に行い,各動物の投与液量(5 mL/kg体重)は,雄ならびに交配前および交配期間中の雌については週1回測定した体重をもとに,また,交尾成立後の雌については妊娠0日の体重をもとにそれぞれ算出した.

5. 観察方法

1) 親動物

A. 一般状態

雌雄とも全例について,飼育期間中毎日1回以上観察した.

B. 体重

雄は全例について,投与1,8,15,22,29,36,42日および解剖日に,雌は全例について,投与1,8,15日に測定し,投与22日までに交尾しなかった雌は,投与22日にも体重を測定した.また,交尾雌では,妊娠0,7,14,20日に,分娩した雌では哺育0および4日(解剖日)に体重を測定した.

C. 摂餌量

雌雄とも全例について,体重測定日と同日に餌重量を測定し,測定日から次の測定日までの間の摂餌量を算出した.2 週間の交配期間中の餌重量は測定しなかった.交尾成立雌では,妊娠0〜7, 7〜14, 14〜20日に,分娩した雌では,哺育0〜4日の摂餌量を測定した.

D. 尿検査

雌雄とも全例について,雄は解剖日前日に,雌では妊娠14日にpH,潜血,蛋白質,糖,ケトン体,ウロビリノーゲン,ビリルビンについて試験紙法(マルティスティックス/クリニテック 200,マイルス三共)により尿検査を実施した.

E. 交配

交配は,投与15日の夕方から最長2週間,同群内の雌雄を1対1で同居させて行った.交尾の確認は,毎朝,腟栓および腟垢中の精子の存在を調べることにより行い,交尾が確認された雌は,その日を妊娠0日と起算して雄から分離し,個別に飼育した.交配の結果から,交尾率〔(交尾動物数/交配動物数)×100〕,受胎率〔(妊娠動物数/交尾動物数)×100〕,同居開始から交尾成立までに要した日数およびその間に回帰した発情期の回数を求めた.

F. 分娩・哺育状態

各群とも交尾した雌は,全例を自然分娩させた.分娩状態は,直接観察が可能なものについてのみ行い,それ以外の動物については分娩後の徴候から分娩困難や遅延などの分娩障害の有無を判断した.分娩後は哺育状態を観察した.

G. 分娩日の規定

分娩の確認は,午前9時〜11時に限定し,この時間帯に分娩が終了していることを確認した動物について,その日を分娩日と規定した.午前11時を過ぎてから分娩を終了した動物については,翌日を分娩日とした.分娩を確認した全例について,妊娠期間(妊娠0日から分娩日までの日数)を算定し,出産率〔(生児出産雌数/妊娠動物数)×100〕を各群について求めた.

H. 剖検

a) 雄動物

イ.剖検,器官重量および病理組織学検査

最終投与日の投与終了後から絶食を開始し,翌日にペントバルビタールナトリウム麻酔下で放血・致死させて剖検した.その際,全例について胸腺,肝臓,腎臓,副腎,精巣および精巣上体の重量を測定した.精巣および精巣上体はブアン液に固定して保存し,残りの重量測定済み器官および脳,心臓,脾臓,膀胱ならびに剖検時に異常が認められた器官(肺)は,10 %ホルマリン液に固定して保存した.これらの器官は,高用量群および対照群について常法に従ってパラフィン切片とし,ヘマトキシリン−エオジン染色を行って病理組織学検査を実施した.病理組織学検査の結果,高用量群で異常が認められた肝臓および腎臓については,他の投与群についても病理組織学検査を行った.

また,各群2例について,肝臓のペルオキシゾーム酵素活性を調べるために,肝臓の一部を0.1 Mカコジル酸緩衝2.5 %グルタールアルデヒド液に固定し,カタラーゼ染色を行って酵素組織化学検査を実施した.

ロ.血液学検査

全例について,剖検に先立ち,ペントバルビタールナトリウム麻酔下で後大静脈腹部より,抗凝固剤としてEDTA-2K処理した注射筒を用いて採血し,赤血球数(RBC),白血球数(WBC),血色素量(Hb),平均赤血球容積(MCV),血小板数,ヘマトクリット値(Ht),平均赤血球血色素量(MCH),平均赤血球血色素濃度(MCHC)を多項目自動血液測定器(Coulter Counter Model S-PLUS IV)により測定し,白血球分類は,Wright-Giemsa 染色を行い,光学顕微鏡下で観察し算出した.

ハ.血液生化学検査

全例について,血液学検査のための採血に引き続き,抗凝固剤としてヘパリン処理した注射筒を用いて採血し,血漿を分離して遠心方式生化学自動分析装置COBAS-FARA(ロシュ)および全自動電解質分析装置EA05(A&T)を用い,総蛋白(ビウレット法),アルブミン(BCG法),総コレステロール(COD・DAOS法),ブドウ糖(グルコキナーゼG6PDH法),尿素窒素(ウレアーゼGι.DH法),クレアチニン(Jaff法),アルカリフォスファターゼ(パラニトロフェニルリン酸基質法),GOT(SSCC法),GPT(SSCC法),γ-GTP(γ-グルタミル-3-カルボキシ-4-ニトロアニリド基質法),トリグリセライド(GPO・DAOS法),無機リン(モリブデン酸直接法),総ビリルビン(ビリルビン「ロシュ」キットSシリーズ),カルシウム(OCPC 法),A/G比(計算),ナトリウム(イオン電極法),カリウム(イオン電極法),塩素(イオン電極法)について分析した.

b) 雌動物

分娩した動物は哺育4日に,交尾は確認されたが分娩しなかった動物は妊娠25日相当日にそれぞれ,ペントバルビタール麻酔下で放血・致死させて剖検した.その際,卵巣および子宮を摘出し,卵巣は実体顕微鏡下で妊娠黄体数を数えた後,ブアン液に保存した.子宮については着床数を数え,着床率〔(着床数/妊娠黄体数)×100〕を算出した.また,肝臓,腎臓,副腎および胸腺の重量を測定した.重量測定済み器官および脳,心臓,脾臓,膀胱,子宮ならびに剖検時に異常が認められた器官は,10 %ホルマリン液に固定して保存した.これらの器官(卵巣および子宮を除く)は,高用量群および対照群について常法に従ってパラフィン切片とし,ヘマトキシリン−エオジン染色を行って病理組織学検査を行った.不妊例の卵巣についても病理組織学検査を実施した.病理組織学検査の結果,高用量群で異常が認められた肝臓,胸腺,腎臓,膀胱および副腎については,他の投与群についても病理組織学検査を行った.

2) 出生児

A. 産児数の算定

哺育0日に産児数(生存児+死亡児)を調べ,分娩率〔(産児数/着床痕数)×100〕および生児出産率〔(出産生児数/着床痕数)×100〕を求めた.産児については,外表奇形の有無および性別を調べ,生存児の性比〔(雄の生児数/出産生児数)×100〕を算出した.

B. 死亡児数の算定

死亡児数を毎日調べ,出生率〔(出産生児数/産児数)×100〕および新生児の4日の生存率〔(哺育4日の生児数/哺育0日の生児数)×100〕を求めた.死亡児は剖検した.

C. 体重測定

哺育0日および4日に一腹単位で雌雄別に体重(litter重量)を測定し,(litter重量/測定児数)を各腹について求めた.

D. 剖検

哺育4日に全例を剖検した.

6. 統計解析

交尾率および受胎率についてはYatesの補正を含むc 2 検定を行った.病理組織所見については,グレード分けしたデータはMann-WhitneyのU検定を,陽性グレードの合計値はFisher直接確率の片側検定を行った.その他のデータ(尿検査を除く)は,個体ごとに得られた値あるいは一腹ごとの平均値を1 標本として,先ずBartlett法により各群の分散の一様性について検定した.その結果,分散が一様とされた場合には,一元配置型の分散分析を行い,群間に有意性が認められた場合には,各群の匹数が同一であればDunnett法を用い,同一でない場合はScheff法を用いて対照群とジトリデシルフタラート各投与群との平均値の差の検定を行った.分散が一様でなかった場合,または分散が0となる群が存在した場合は,Kruskal-Wallis順位検定を行い,群間に有意性が認められた場合に,対照群とジトリデシルフタラート各投与群との差についてDunnett 法あるいはScheff法の検定を行った.なお,有意水準は,5 %および1 %とした.

結果

.反復投与毒性(親動物所見)

1) 一般状態

雌雄ともに,いずれの投与群においても死亡あるいは瀕死動物は認められなかった.雄では,投与後に一過性の流涎が,50 mg/kg以上の投与群に観察された.この流涎は,50 mg/kg投与群の2例に,投与38日以降1〜3回,250 mg/kg投与群の7例に,投与16日以降1〜7回観察された.雌では,両前肢,頸部あるいは腹部の脱毛が,投与34日以降,対照群を含む各投与群に1〜2例認められたが,各群の頻度および程度に差はなかった.

2) 体重(Tables 1,2)

雄では,250 mg/kg投与群において,投与期間後期の体重が対照群と比較してやや低値を示したが,有意差は認められなかった.

雌では,交配前の50 mg/kg以上の投与群において,体重の増加抑制が認められ,50 mg/kg投与群では,投与1〜8日および1 〜15日の増加量が,250 mg/kg投与群では,投与15日の体重および投与1〜15日の増加量が有意(p<0.05, 0.01)に減少した.

妊娠期間中の体重推移には,対照群と各投与群との間に有意差は認められなかった.哺育期では,50 mg/kg投与群の哺育4日の体重が対照群と比較して有意(p<0.05)に減少したが,哺育0〜4日の増加量には,対照群と各投与群との間に有意差は認められなかった.

3) 摂餌量(Tables 3,4)

雄では,投与期間中の摂餌量には,対照群と各投与群との間に有意差は認められなかった.雌では,交配前,妊娠期および哺育期のいずれの時期の摂餌量にも,対照群と各投与群との間に有意差は認められなかった.

4) 尿検査

雌雄動物ともに,いずれの検査項目についても,ジトリデシルフタラート投与に起因したと考えられる変化は認められなかった.

5) 解剖時検査所見

A. 雄

(1) 血液学検査所見(Table 5)

平均赤血球血色素量および平均赤血球血色素濃度が, 250 mg/kg投与群において対照群と比較して有意(p<0.05, 0.01)な低値を示した.

(2) 血液生化学検査所見(Table 6)

アルカリフォスファターゼが,250 mg/kg 投与群において,対照群と比較して統計学的に有意(p<0.05)に増加した.また,カリウムが10および250 mg/kg 投与群で,有意(p<0.05, 0.01)な低値を示したが,僅かな変化であり,用量依存的な変化ではなかった.

(3) 剖検所見

胸腺の小型化が,50 mg/kg 投与群の2 例にみられた.

肺では,暗色点が,対照群の2例および50 mg/kg投与群の1例に,暗色領域が,10 mg/kg投与群の1例にみられた.また,淡白色斑が,50 mg/kg投与群の1例にみられた.

腎臓では,腫大が,250 mg/kg投与群の3例に,腎盂の拡張が,対照群の1例に,腎臓表面に陥凹部が,50 mg/kg投与群の2例にみられた.

精巣上体では,結節が,250 mg/kg投与群の2例にみられた.

肝臓では,黄色化が,対照群の2例,10 mg/kg投与群の4例,50 mg/kg投与群の4例,250 mg/kg投与群の2例にみられた.また,退色が,対照群を含む各投与群に各1例みられた.

(4) 器官重量(Table 7)

肝臓の比体重値および腎臓の重量が,250 mg/kg投与群において,対照群と比較して統計学的に有意(p<0.05, 0.01)に増加した.胸腺,副腎,精巣および精巣上体の重量および比体重値には,対照群と各投与群との間に有意差は認められなかった.

(5) 病理組織学検査所見(Table 8)

各器官の観察所見を以下に示す.

(心臓)

心筋変性が,対照群の3例および250 mg/kg投与群の2例にみられた.

(肝臓)

小葉中心部の肝細胞の肥大が,50 mg/kg投与群の3例および250 mg/kg投与群の11例にみられ,250 mg/kg投与群における肝細胞肥大の発現頻度および程度は有意(p<0.01)に増強された.

カタラーゼを組織化学的に染色した各群2例のうち,250 mg/kg投与群の2例では,小葉中心部の肝細胞で陽性顆粒がごく軽度に増加しており,これらの2例では,棒状に伸長した少数の陽性顆粒も含まれていた.なお,同群における陽性顆粒の発現頻度に有意差(p<0.01)が認められた.

門脈周囲性の脂肪化が,対照群を含む各投与群にみられたが,発現頻度には,対照群と各投与群との間に有意差はなく,程度は,250 mg/kg投与群で有意(p<0.01)に軽度であった.

(脾臓)

褐色色素沈着および髄外造血が,対照群および250 mg/kg投与群の全例にみられたが,両群間に頻度および程度の差は認められなかった.

(腎臓)

Eosinophilic bodyが対照群を含む各投与群でみられ,250 mg/kg投与群でのeosinophilic bodyの発現頻度は有意(p<0.05)に増加した.

皮質に好塩基性の尿細管が,対照群を含む各投与群にみられたが,250 mg/kg投与群のうちeosinophilic bodyの発現の著しい例では,好塩基性尿細管の程度が他の例より強く,これらの好塩基性尿細管の多くは尿細管上皮が壊死した後の再生像と思われた.さらにこの例では,皮髄境界部の尿細管腔内に顆粒状の円柱が認められ,これらは脱落した尿細管上皮の変性物であると推測された.その他,髄質の鉱質沈着が,対照群および250 mg/kg 投与群の各1例,腎盂の拡張が対照群の1例,嚢胞が10および50 mg/kg 投与群の各1例にみられた.

(精巣上体)

精子肉芽腫が,対照群および250 mg/kg投与群の各1例にみられたが,両群間に程度の差はなかった.

(その他)

脳,胸腺,膀胱,副腎および精巣に異常はみられなかった.

B. 雌

(1) 剖検所見

胸腺の小型化が,対照群の2例,10 mg/kg投与群の5例,50 mg/kg投与群の5例,250 mg/kg投与群の8例にみられた.また,暗色領域が,10 mg/kg投与群の1例にみられた.

肝臓の腫大が,250 mg/kg投与群の2例にみられ,このうち1例は,暗色調を呈していた.また,横隔膜ヘルニアが,50 mg/kg 投与群の1例にみられた.

腎臓の退色が,50 mg/kg投与群の1例,肺の暗色点が,10 mg/kg投与群の2例,腺胃部粘膜に暗色点が,10 mg/kg投与群の1例にみられた.

その他,脱毛が,対照群の2 例,10 mg/kg投与群の2例,50 mg/kg投与群の1例にみられた.

(2) 器官重量(Table 7)

肝臓の比体重値が,50 mg/kg以上の投与群において,対照群と比較して統計学的に有意(p<0.01)に増加した.

腎臓,胸腺および副腎重量には,対照群と各投与群との間に有意差は認められなかった.

(3) 病理組織学所見(Table 8)

各器官の観察所見を以下に示す.

(肝臓)

小葉中心部の肝細胞の肥大が,50 mg/kg投与群の4例および250 mg/kg投与群の全例にみられ,発現頻度に有意差(p<0.05, 0.01)が認められた.また,250 mg/kg投与群での肝細胞肥大の程度は,有意(p<0.01)に増強された.

その他,巣状壊死が,10および250 mg/kg投与群の各1例にみられた.

(脾臓)

褐色色素沈着および髄外造血が,対照群および250 mg/kg投与群の全例にみられたが,両群間に発現頻度および程度の差はなかった.

(胸腺)

萎縮が,対照群を含む各投与群にみられた.50 mg/kg投与群の1例および250 mg/kg投与群の腎臓の近位尿細管に空胞変性がみられた1例では,他の例より萎縮の程度が強かったが,発現頻度および程度に統計学的有意差はなかった.

その他,出血が,10 mg/kg投与群の1例にみられた.

(腎臓)

近位尿細管の空胞変性が,10 mg/kg投与群に2例,50 mg/kg投与群の1例,250 mg/kg投与群に2例みられた.これらのうち250 mg/kg投与群の1例では,他の例より程度が強かった.

皮質に好塩基性の尿細管が,対照群を含む各投与群にみられたが,各群間の程度に明らかな差はなく,50 mg/kg投与群では発現頻度が低かった(p<0.05).

また,腎盂上皮の過形成が,250 mg/kg投与群の1例でみられ,蛋白円柱の形成および腎盂粘膜にリンパ球浸潤を伴っていた.

(膀胱)

腎盂上皮に過形成がみられた250 mg/kg投与群の1例および同群の他の1例に,移行上皮の過形成がみられた.

(副腎)

腎臓の近位尿細管に空胞変性がみられた250 mg/kg投与群の1例では,束状帯に脂肪滴の増加がみられた.その他,皮質の壊死が,10 mg/kg投与群の1例にみられた.

(その他)

脳,心臓および不妊例の卵巣には,異常はみられなかった.

.生殖発生毒性

1. 生殖関連所見

1) 交配成績(Table 9)

全ての動物が交尾をした.交尾はしたが不妊であった動物が,50 mg/kg投与群に1組,250 mg/kg投与群に1組認められた.しかし,受胎率,同居から交尾までに要した日数およびその間の発情回数には,対照群と各投与群との間に有意差は認められなかった.

2) 分娩および哺育状態

250 mg/kg投与群の1例が,分娩日に胎盤の処理をせず,産児を回集しなかった.この動物は,翌日以降,営巣し,産児を回集していたが,哺育2日までに約半数の産児が死亡した.同群の他の1例においても,母動物は営巣し,産児を回集していたが,哺育2日までに産児の約半数が死亡した.また,同群の他の1例は,妊娠24日に産児2例を出産したが,分娩確認時には,産児はすでに死亡していた.

その他の動物には,分娩状態および哺育状態の異常は観察されなった.

3) 出産率および妊娠期間(Table 10)

250 mg/kg投与群の1例が妊娠24日に出産したが,同群の他の動物は,妊娠22〜23日に出産した.出産率および妊娠期間には対照群と各投与群との間に有意差は認められなかった.

4) 妊娠黄体数,着床数および着床率(Table 10)

妊娠動物の黄体数,着床数および着床率に,対照群と各投与群との間に有意差は認められなかった.

2. 産児所見

1) 一般状態および生存性(Table 10)

いずれの群の産児にも一般状態の異常は観察されなかった.

分娩率,生児出産率および性比には,対照群と各投与群との間に有意差は認められなかった.死亡児は,対照群を含む各投与群に認められたが,250 mg/kg投与群の総死亡児数は,対照群と比較してやや増加した.250 mg/kg投与群の出生率は,対照群と比較して有意(p<0.05)な低値を示し,同群の新生児の4日の生存率も減少傾向を示した.

2) 体重(Table 10)

雌雄とも,哺育0および4日の体重には,対照群と各投与群との間に有意差は認められなかった.

3) 形態

哺育0日の生存産児に外表奇形は認められず,哺育4日の剖検においても異常は認められなかった.また,死亡児の剖検においても異常は観察されなかった.

考察

雄では 50 mg/kg以上のジトリデシルフタラート投与により,投与後,一過性の流涎が観察され,用量依存的に発現した動物数および回数が増加したことから,ジトリデシルフタラート投与の影響と考えられた.雌ではジトリデシルフタラート投与によると考えられる一般状態の変化は認められなかった.

雌雄ともに,摂餌量にはジトリデシルフタラート投与の影響は認められなかったが,雌では 50 mg/kg以上のジトリデシルフタラート投与により,投与期間初期に体重の増加抑制が認められた.

肝臓重量が,雄では250 mg/kgのジトリデシルフタラート投与により,雌では 50 mg/kg以上のジトリデシルフタラート投与により増加し,病理組織学検査では,雌雄とも,50 mg/kg以上のジトリデシルフタラート投与により,小葉中心部の肝細胞に肥大が認められた.雄で実施したカタラーゼ染色では,250 mg/kgのジトリデシルフタラート投与により,小葉中心部の肝細胞にカタラーゼ陽性顆粒が増加していたことから,小葉中心性の肝細胞の腫大は,ペルオキシゾームの増殖に起因した変化と考えられた.

腎臓重量が,雄の250 mg/kgのジトリデシルフタラート投与により増加した.病理組織学検査では,eosinophilic bodyの増加が認められ,増加が著しかった動物では,尿細管上皮の壊死および脱落を伴っていた.雌の腎臓重量には,ジトリデシルフタラート投与の影響はなく,病理組織学検査では,いずれのジトリデシルフタラート投与群においても近位尿細管の空胞変性が観察されたが,頻度および程度にジトリデシルフタラートの用量に依存した明らかな変化は認められなかった.しかし,250 mg/kg投与群の雌では,膀胱移行上皮の過形成あるいはリンパ球浸潤および蛋白円柱の形成を伴った腎盂上皮の過形成が認められた.フタル酸エステルの一種であるdi-(2-ethylhexyl)phthalateのラットを用いた毒性試験において,腎臓重量の増加,尿細管上皮の変性および細胞質の崩壊・壊死が認められている1)ことから,250 mg/kg投与群の雌雄に観察された腎臓の形態学的な変化は,ジトリデシルフタラート投与による影響と考えられた.しかし,尿検査の結果には,雌雄ともにジトリデシルフタラート投与による変化は認められず,腎機能障害を示唆する所見は認められなかった.また,尿細管上皮の空胞変性の程度が著しかった雌の250 mg/kg投与群の1例では,分娩状態および分娩日の哺育状態が不良であった.病理組織学検査では,副腎束状帯に脂肪滴の増加が認められ,糖質コルチコイドの分泌増加が示唆された.さらに,胸腺細胞の著しい萎縮も認められた.ストレス負荷時には,胸腺が萎縮し,糖質コルチコイドの分泌が増加することから11),この1 例に認められた副腎の変化は,分娩時のストレスが過大であったことによるものと考えられた.

血液生化学検査の結果,250 mg/kgのジトリデシルフタラート投与により,僅かではあるがアルカリフォスファターゼ活性の上昇が認められた.アルカリフォスファターゼは,腎臓,肝臓の細胞膜に多く存在するが,本試験では,これらの組織にジトリデシルフタラート投与による変化と考えられる所見が認められていることから,ジトリデシルフタラート投与の影響である可能性が高い.

血液学検査の結果,250 mg/kgのジトリデシルフタラート投与により,平均赤血球血色素量および平均赤血球血色素濃度が低値を示したが,赤血球数,血色素量,ヘマトクリット値にジトリデシルフタラート投与の影響が認められていないことから,これらの変化は偶発的な変化であり,毒性学的に意義のないものと考えられた.

一方,フタル酸エステル投与により,精巣の萎縮,精子数減少などの精巣毒性が報告されているが5, 6),本試験では,精巣および精巣上体の重量および病理組織像には,ジトリデシルフタラート投与の影響は認められず,ジトリデシルフタラートの 250 mg/kgまでの投与では,精巣毒性はないと考えられた.

雌雄動物の交尾率,受胎率には,ジトリデシルフタラート投与による影響は認められなかった.250 mg/kg 投与群の2例で,哺育4日までに産児の約半数が死亡したが,50 mg/kg以下の投与群では,同様の変化を示した動物は認められていないことから,250 mg/kgのジトリデシルフタラート投与による哺育不良が示唆された.これに起因して,同群の死亡児総数が対照群と比較して増加し,産児の生存性が低下した.また,250 mg/kg投与群の1例が,妊娠24日に産児2例を娩出し,その産児は分娩日に死亡した.しかし,同群の他の動物は妊娠22〜23日に正常に分娩していることから,分娩遅延は,この動物の胎児2例(着床数:2)に起因したものと考えられ,ジトリデシルフタラート投与の影響ではないと考えられた.これらのことから,本試験条件下では,ジトリデシルフタラートの反復投与毒性に関する無影響量は,雌雄ともに10 mg/kg/day,生殖発生毒性に関する無影響量は,雄に対しては250 mg/kg/day,雌に対しては50 mg/kg/day,産児に対しては250 mg/kg/dayと結論される.

文献

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11)P. Greaves, "Histopathology of preclinical toxicity studies," Elsevier, Amsterdam, New York, Oxford, 1990.

連絡先
試験責任者:長尾哲二
試験担当者:和田和義,桑形麻樹子,関 剛幸,宮原 敬
(財)食品薬品安全センター 秦野研究所
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Correspondence
Authors:Tetsuji Nagao(Study director)
Kazuyoshi Wada, Makiko Kuwagata,
Takayuki Seki, Takashi Miyahara
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729-5 Ochiai, Hadano, Kanagawa, 257-8523, Japan
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