器官重量では雌雄の1000 mg/kg群で肝臓および腎臓重量が高値を示し,雄の同群で胸腺重量が低値を示した.
剖検では雄の1000 mg/kg群で肝臓の肥大が観察され,病理組織学検査では肝細胞肥大の発生率が増加し,肝臓の脂肪化の発生率が減少した.また,雄の同群に腎乳頭壊死,尿細管拡張,リンパ球浸潤,尿細管の好塩基化および硝子円柱が認められた.
以上の結果から,本試験条件下では2,4,6-トリブロモフェノールの反復投与により投与後の一般状態の変化で雌雄の300 mg/kg以上の投与群で流涎が観察され,雌雄ともに1000 mg/kg群で体重の増加抑制および摂餌量の低値が認められた.さらに,雄の血液生化学検査で300 mg/kg以上の投与群でクレアチニンが高値を示し,1000 mg/kg群の病理学検査および血液生化学検査において,被験物質投与による主として肝臓および腎臓に及ぼす影響が示唆される変化が認められた.したがって,雌雄とも無影響量(NOEL)は100 mg/kg/dayと判断された.雌雄の生殖能に及ぼす影響は1000 mg/kg/day投与でも認められず,無影響量は1000 mg/kg/dayと判断された.児動物の発生・発育に及ぼす影響は1000 mg/kg/day投与で発育抑制が認められ,哺育4日生児数および生存率が低値を示したことから無影響量は300 mg/kg/dayと判断された.
被験物質は,トウモロコシ油(Lot No. V7P1509,V7R2400,ナカライテスク(株)製造)に溶解し,20,60 および200 mg/mLの濃度になるよう投与液を調製した.調製後は,使用時まで冷暗条件下で密閉保管した.投与液中の被験物質は,20および200 mg/mLについて,調製後遮光下冷蔵庫保存で8日目まで安定であることが予備試験において確認されているため,調製後8日以内に使用した.
投与液の濃度確認のため全試験群について,調製開始時に調製した投与液から無作為にサンプルを抽出し,投与液中の被験物質濃度の分析を実施した.その結果,投与液中の平均濃度は100.5〜100.7 %の濃度範囲で調製されていた.したがって,投与液はほぼ所定量の2,4,6-トリブロモフェノールが含有されていることを確認した.
動物は,温度24±2℃,湿度55±10 %,換気回数15回/時間,照度150〜300 lux,照明時間12時間(午前7時点灯,午後7時消灯)に設定されたバリアシステムの飼育室でアルミ製前面・床ステンレス網目飼育ケージに1匹ずつ収容し飼育した.妊娠18日以降の母動物は哺育4日までアルミ製前面・床ステンレス網目飼育ケージに哺育トレーおよび巣作り材料(Care FRESHTM, Absorption corporation製造)を入れて飼育した.
飼料は,オリエンタル酵母工業(株)製造のNMF固型飼料(放射線滅菌飼料)を使用し,飼育期間中自由に摂取させた.飲水は,水道水を自由に摂取させた.
雄の血液学検査では変化は認められなかったが,血液生化学検査では1000 mg/kg群でアルブミン,A/GおよびGPTが高値を示した.
剖検では,被験物質投与の影響と考えられる所見は認められなかった.
剖検時の器官重量では,1000 mg/kg群で雌雄ともに肝臓の絶対および相対重量が高値を示した.さらに,雄の1000 mg/kg群で肺および腎臓の相対重量が高値を示した.
以上の結果から,本試験の最高用量を明らかな毒性兆候が現れることが予想される1000 mg/kgに設定し,以下公比約3で除し,300および100 mg/kgを設定した.
投与容量は,体重100 g当り0.5 mLとし,交配前および交配期間中の雌雄では,個体別に測定した最新体重に基づいて算出を行った.また,妊娠期間および哺育期間中の雌は,妊娠0,7,14,21および哺育0日に測定した個体別体重に基づいて算出を行った.胃ゾンデを用いて毎日1回(7日/週)強制経口投与した.対照群にはトウモロコシ油のみを同様に投与した.雄の投与期間は,交配前14日間と交配期間14日間および交配期間終了後20日間の連続48日間とした.雌の投与期間は,交配前14日間と交配期間中(最長14日間)ならびに交尾成立雌の妊娠期間を通じて分娩後の哺育3日まで(41〜45日間)とした.なお,交尾不成立の雌は交配期間終了後20日間の連続48日間とした.
雌では,投与1(投与開始日),8および15日に測定し,投与1から15日までの体重増加量を算出した.また,交尾成立後の雌は,妊娠0,7,14および21日に,分娩した雌は哺育0および4日に測定し,それぞれ妊娠0から21日および哺育0から4日までの体重増加量を算出した.
雌では,投与1(投与開始日),8および15日に測定し,測定日から次の測定日までの摂餌量を求め,平均1日摂餌量を算出するとともに投与1から15日までの累積摂餌量を算出した.また,交尾成立の雌は妊娠0,7,14および21日に,分娩した雌は哺育0および4日に餌重量を測定し,測定日から次の測定日までの摂餌量を求め,平均1日摂餌量を算出するとともに妊娠0から21日までの累積摂餌量を算出した.なお,交配期間中の摂餌量は測定しなかった.
新生児は,哺育0日に出産児数(生存児+死亡児)を調べ,性別を判定するとともに外表異常の有無を調べた.また,哺育0および4日に雌雄個体別の重量を測定し,1腹の雌雄別平均体重を算出した.
哺育4日の新生児の同腹児重量を測定後に新生児全例をエーテル麻酔により安楽死させ,器官・組織の肉眼観察を行った.なお,哺育期間中の死亡児についても同様に器官・組織の肉眼観察を行った.また,新生児の4日の生存率[(哺育4日生児数/出産生児数)×100]を求めた.
出産率,交尾率および受胎率についてはχ^2検定4, 5)を用いた.病理学検査の所見の発生率については,Fisherの直接確率検定法5)を用いて検定し,グレードのある所見は,-を「1」,+1を「2」,+2を「3」および+3を「4」に割り当てた後,順位和検定であるMann-WhitneyのU検定5)を用いて検定した.なお,哺育期間中の新生児に関する成績は1母体当りの平均を1標本とした.有意水準は*:P<0.05および**:P<0.01の2段階とした.
一般状態の観察では,主な投与後の症状として流涎が雌雄の300および1000 mg/kg群で観察された.この症状は投与期間を通じて雄の300 mg/kg群で複数例に,1000 mg/kg群で全例にほぼ毎日継続して観察され,雌の300 mg/kg群で複数例に散発的に,1000 mg/kg群で全例にほぼ毎日継続して観察された.症状の発現は,投与後約5分から認められ,30分後には消失した.また,1000 mg/kg群で体表面の腫瘤(鼻部)および皮下部の腫瘤(口唇部)が各1例認められたが,それぞれ単発性の発現であり,体表面の腫瘤は剖検日までに消失した.皮下部の腫瘤は組織学的には膿瘍であった.これらのことから被験物質投与との関連はないものと考えられた.
その他,雄では脱毛が100 mg/kg群で1例,被毛の汚れが1000 mg/kg群で2例,痂皮が対照群で1例,投与前の流涎が対照群で1例,歯異常(上顎切歯折れ)が300 mg/kg群で1例にそれぞれ観察された.雌では交配前・交配期間中に脱毛が対照群および1000 mg/kg群で1および2例,痂皮が300 mg/kg群で1例,妊娠期間中に脱毛が対照群,100および1000 mg/kg群で1,1および3例,哺育期間中に脱毛が対照群,100および1000 mg/kg群で1,1および2例にそれぞれ観察された.これらの所見はしばしば対照群でも認められるものであり,被験物質投与の影響とは考えなかった.
雌では交配前の投与期間には対照群と被験物質投与群の間に有意な差は認められなかったが,妊娠期間において対照群に比べ1000 mg/kg群で妊娠7日以降有意な低値を示し,同群の妊娠0から21日の体重増加量も有意な低値を示した.また,哺育期間においても対照群に比べて1000 mg/kg群で哺育4日に有意な低値を示し,哺育0から4日の体重増加量も低値傾向を示した.
雌では交配前の投与期間に対照群に比べ1000 mg/kg群で投与1から8日の平均1日摂餌量が有意な低値を,また,哺育0から4日の平均1日摂餌量が低値傾向を示した.妊娠期間中は,対照群と被験物質投与群との間に差は認められなかった.
雄では,1000 mg/kg群で胸腺の萎縮が4例,肝臓の肥大が3例観察された.その他,1000 mg/kg群で腎臓の白色斑点および副腎の肥大が各2例に観察され,胸腺の赤色斑点,肝臓の白色斑点,皮下の塊,腹腔の塊,精巣上体の結節および被毛の菲薄化が300 mg/kg群を除く各群に単発性に観察された.
雌では,胸腺の赤色斑点,肺の褐色斑点,肝臓の肥大,瘢痕および白色斑点,卵巣の嚢胞,子宮の内腔拡張,副腎の肥大および被毛の菲薄化が対照群を含む各群に1ないし少数例に観察された.
交尾しなかった動物は対照群で雌雄各1例であった.雄では異常所見は認められず,雌では脾臓の表面粗および結節,肺の褐色斑点および子宮の内腔拡張が観察された.
雄では,1000 mg/kg群で胸腺の萎縮が3例,肝細胞肥大が12例,腎臓の硝子円柱が8例,尿細管拡張が7例,腎乳頭壊死が5例,リンパ球浸潤が6例に発生し,対照群と比べて統計学的に有意な発生率の増加が認められた.また,肝臓の脂肪化が対照群で6例の発生に対し,1000 mg/kg群では認められず有意な減少を示した.さらに腎尿細管の好塩基化が対照群,100,300および1000 mg/kg群でそれぞれ8(全例軽度),9(全例軽度),9(軽度8,中等度1)および12例(軽度8,中等度4)観察され,発生率に有意差は認められなかったが1000 mg/kg群で程度の増強が認められた.一方,100 mg/kg群で腎臓の好酸性小体の発生率に有意な高値が認められたが,用量に関連した発現の増加および程度の増強は認められなかった.脾臓の色素沈着,胸腺の出血,肝臓の小肉芽腫および副腎束状帯の空胞変性が対照群を含め比較的多く観察されたが発生率に有意な変化は認められなかった.なお,1000 mg/kgの雄の1例に認められた皮下の塊は,組織学的には膿瘍であった.その他,観察された所見は単発性あるいは少数例の発生であった.
雌で認められた所見はいずれも単発性の変化かあるいは群間の発生率に差がない変化であった.
交尾しなかった動物では,雌雄に共通して脾臓の色素沈着および腎臓のリンパ球浸潤が認められ,その他雄では肝臓のリンパ球浸潤,腎臓の尿細管の好塩基化および副腎の血管拡張ならびに束状帯の空胞変性,雌では脾臓の包膜炎,肺炎,肝臓の小肉芽腫,腎臓の腎盂炎,子宮の内腔拡張および細胞浸潤が観察された.
性周期観察では,いずれの群もほぼ4〜5日の性周期を示し平均性周期に群間差は認められなかった.
哺育期間中の体重では,哺育0および4日に対照群に比べ1000 mg/kg群で雌雄とも統計学的に有意な低値を示した.死亡児の剖検では,右鎖骨下動脈起始異常が100および1000 mg/kg群で1および3例観察された.その他,腎盂拡張が100 mg/kg群の1例,大脳低形成および食道位置異常が300 mg/kg群の同一個体の1例,小眼球が1000 mg/kg群の1例にそれぞれ観察された.哺育4日の剖検で,雄では胸腺頸部残留が対照群,100および300 mg/kg群でそれぞれ3,2および1例観察された.また,肝臓の白色斑点が対照群および1000 mg/kg群で各1例に観察された.その他,肝臓の赤色斑点,黒色斑点および淡色が300あるいは1000 mg/kg群で1から2例に観察された.雌では胸腺頸部残留が対照群,100および1000 mg/kg群でそれぞれ2,1および1例に観察された.また,肝臓の白色斑点が100および1000 mg/kg群で1および4例に観察され,対照群に比べて1000 mg/kg群で有意な発生率の高値を示した.その他,肝臓の赤色斑点,黒色斑点および緑色,鎖肛,眼球の赤色,尾の欠損,痕跡尾および痂皮が被験物質投与群で単発性に散見された.
一般状態の観察では,流涎が投与期間を通じ雌雄ともに300 mg/kg以上の被験物質投与群で認められた.この症状は用量に対応して発現頻度が増強し,被験物質投与に関連した変化と考えられた.
体重は,雌雄ともに1000 mg/kg群で増加抑制が認められ,摂餌量についても雌雄ともに同群で投与開始直後低値を示し,被験物質投与の影響が示唆された.
雄の血液学検査および血液凝固能検査には被験物質投与の影響は認められなかった.
雄において,1000 mg/kg群で肝臓重量が高値を示し,剖検でも肝臓の肥大が観察された.また,病理組織学検査においても肝細胞肥大の発生率は増加を示したのに対し,肝臓の脂肪化は発生率の減少が観察され,肝臓に対する被験物質投与の影響が認められた.また,同群で腎臓重量が高値を示し,病理組織学検査で腎乳頭壊死,尿細管拡張,リンパ球浸潤,尿細管の好塩基化および硝子円柱が認められた.腎乳頭壊死は鎮痛剤および非ステロイド系坑炎症剤の投与により実験的に誘発されることが知られており6, 7),本試験においても尿細管の好塩基化や硝子円柱の程度の強いものに腎乳頭壊死および尿細管拡張が観察されていることから,被験物質による尿細管の障害とともに尿濃縮による腎乳頭への障害が考えられた.また,血液生化学検査においても300および1000 mg/kg群でクレアチニンが,また,1000 mg/kg群でBUNの高値が認められ,腎障害が示唆された.その他,血液生化学検査で1000 mg/kg群に認められた総タンパク,アルブミン,A/G,ALP,塩素およびカリウムの変化も肝臓あるいは腎臓に対する被験物質の影響を反映するものと考えられた.同群で認められた総ビリルビンの減少は毒性学的意義が乏しいものと考えられるため被験物質投与の影響とは判断しなかった.1000 mg/kg群で観察された胸腺の萎縮は,組織学的には皮質および髄質領域の萎縮であり,器官重量にも低値が認められていることから被験物質投与の影響と考えられた.
雌においても1000 mg/kg群で肝臓および腎臓重量が高値を示し,剖検で肝臓の肥大が観察され,肝臓および腎臓に及ぼす被験物質投与の影響が示唆された.しかし,病理組織学検査では影響を示唆する変化は認められず,雄に比べ雌に対する被験物質投与の影響は軽度なものと考えられた.
その他,雌雄の1000 mg/kg群で脳,副腎および精巣重量の高値が認められたが,病理組織学検査では相当する所見は認められず,相対重量のみの変化であることから同群の低体重に起因する二次的な変化と考えられた.
以上のことから,2,4,6-トリブロモフェノールの反復投与により投与後の一般状態の変化で雌雄の300 mg/kg以上の投与群で流涎が観察された.また,雌雄とも1000 mg/kg群で体重の増加抑制および摂餌量の低値が認められた.さらに,雄の血液生化学検査で300 mg/kg以上の投与群でクレアチニンが高値を示し,1000 mg/kg群の病理学検査および血液生化学検査において,被験物質投与による主として肝臓および腎臓に及ぼす影響が示唆される変化が認められた.したがって,雌雄とも無影響量は100 mg/kg/dayと判断された.
以上のことから,2,4,6-トリブロモフェノールの雌雄の生殖に及ぼす影響は1000 mg/kg/day投与でも認められず,無影響量は1000 mg/kg/dayと判断された.
児動物の発生・発育に及ぼす影響は 1000 mg/kg/day投与で発育抑制が認められ,哺育4日生児数および生存率が低値を示したことから無影響量は 300 mg/kg/dayと判断された.
1) | S. Gad and C. S. Weil, "Statistics and Experimental Design For Toxicologists," Telford Press,New Jersey, 1986, pp. 43-45. |
2) | 佐野正樹,岡山佳弘,医薬安全性研究会会報,32, 21(1990). |
3) | M, Yoshida, J. Japanese Soc. Comp. Statist., 1, 111(1988). |
4) | 佐久間昭,"薬効評価-計画と解析-I,"東京大学出版会,東京,1977, pp. 109-117. |
5) | 石居進,"生物統計学入門,"培風館,東京,1975, pp. 78-107. |
6) | 高橋道人監訳,"毒性病理学の基礎,"ソフトサイエンス社,東京,1992, pp. 59-152. |
7) | C. Gopinath, D. E. Prentice and D. J. Lewis, "Atlas of Experimental Toxicological Pathology," MTP Press Lmited, Lancaster, 1987, pp. 77-90. |
8) | T. Nakatsuka et al., Cong. Anom., 37, 47-138(1997). |
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