1群雌雄各5匹のラットからなる4試験群を設定し,さらに対照群および高用量群には雌雄各5匹のラットを追加して回復群を設定した.
被験物質をコーンオイルに溶解して,0,50,100および200 mg/kgに相当する量を毎日1回,28日間(4週間)反復経口投与し,一般状態の観察,体重および摂餌量測定,機能観察総合検査(FOB),血液学検査,血液凝固能検査,血液生化学検査,尿検査,器官重量測定および病理学検査を行った.なお,回復期間は2週間とし,機能観察総合検査(FOB)を除いて投与終了時と同様の検査を実施した.
投与期間中に,200 mg/kg群の雄の1例が死亡し,投与期間終了時の投与後に1例を切迫解剖した.
一般状態では,流涎が各投与群で観察されたが,回復期間で消失した.これは被験物質投与による条件反射と考えられた.また,自発運動低下,削痩,立毛,被毛の汚れおよび異常呼吸音が200 mg/kg群の雄の死亡あるいは切迫解剖した動物に観察された.
機能観察総合検査の症状観察では,投与群で流涎が観察されたが被験物質の投与に伴う直接的な影響であり,神経毒性を示唆する変化とは考えられなかった.
体重,摂餌量,飼料効率,血液学検査,血液凝固能検査および尿検査の結果では被験物質の影響と考えられる変化は認められなかった.
血液生化学検査において200 mg/kg群の雄でALT活性およびカリウム濃度が高値,ナトリウム濃度が低値を示し,被験物質の影響と考えられた.
器官重量測定では,100および200 mg/kg群の雌の肝臓相対重量が高値を示し,被験物質の影響と考えられた.
病理組織学検査では,200 mg/kg群の雌雄の心臓に心筋細胞の変性・壊死ならびにこれに対する細胞反応が認められたが,回復傾向を有する変化であった.
以上のように,雄では200 mg/kg群で死亡例がみられ,心臓に心筋細胞の変性・壊死が観察された.雌では100 mg/kg群で肝臓相対重量の高値が認められた.したがって,本試験条件下における1,2-ビス(2-クロロエトキシ)エタンのラットに対する無影響量は,雄で100 mg/kg/day,雌で50 mg/kg/dayと判断された.
投与液は被験物質をコーンオイル(Lot No. V2P1660,ナカライテスク)に溶解して10,20および40 mg/mLの濃度となるように調製した.なお,コーンオイル中の1,2-ビス(2-クロロエトキシ)エタンは冷蔵保存条件下で7日間安定であることから,投与液の調製は毎週1回実施し,1日分ずつ小分けして投与まで冷蔵庫に保管した.全ての試験群の投与液について適切に調製されていることを確認するため,初回および最終調製時に各投与液の一部を分取し,被験物質濃度を測定した.その結果,初回調製時は設定濃度の103.1〜107.6 %および最終調製時は102.9〜109.7 %であり,適切に調製されていることが確認された.
動物は,温度21.9〜23.9℃,湿度52〜70 %,換気回数1時間20回,照明12時間(午前7時点灯,午後7時消灯)に設定されたバリアシステム飼育室で飼育した.アルミ製前面・床ステンレス網目飼育ケージに動物を1匹ずつ収容し,オリエンタル酵母工業製造の放射線滅菌したラット,マウス飼料CRF-1(Lot No. 020802,021105)および水道水を自由に摂取させた.飼育ケージは隔週1回,給餌器は週1回取り換えた.
採取した血液の一部にEDTA-2 Kを添加し,白血球数(WBC:フローサイトメトリー),赤血球数(RBC:暗視野板法),ヘモグロビン量(HGB:シアンメトヘモグロビン法),ヘマトクリット値(HCT:RBC,MCVより算出),平均赤血球容積(MCV:暗視野板法),平均赤血球血色素量(MCH:HGB,RBCより算出),平均赤血球血色素濃度(MCHC:HGB,HCTより算出),血小板数(PLT:暗視野板法),白血球百分率(フローサイトメトリー)および網赤血球率(Reticulocyte:RNA染色法)を総合血液学検査装置ADVIA120(バイエル社)を用いて測定した.さらに,3.13 %クエン酸ナトリウム水溶液添加血液の血漿を用いて,プロトロンビン時間(PT),活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)およびフィブリノーゲン量(Fibrinogen)を全自動血液凝固線溶測定装置STA Compact(ロシュ社)を用いて粘度変化検知方式により測定した.
器官重量は心臓,肝臓,脾臓,腎臓,副腎,精巣,卵巣,脳,胸腺,精巣上体および子宮について測定した.器官重量/体重比(相対重量)は解剖当日の測定体重および器官重量から算出した.また,リンパ節(腸間膜,下顎)骨髄(大腿骨),胸腺,気管,肺(気管支を含む),心臓,甲状腺,下顎腺,胃,十二指腸,空腸,回腸(パイエル氏板を含む),盲腸,結腸,直腸,膵臓,肝臓,脾臓,腎臓,副腎,膀胱,精嚢,前立腺,精巣,精巣上体,卵巣,子宮,腟,脳,眼球(視神経を含む),下垂体,脊髄(頸部,胸部,腰部),骨格筋(大腿部)および坐骨神経を10 %中性緩衝ホルマリン液で固定した.なお,精巣はホルマリン酢酸液(FA液)で前固定した後,10 %中性緩衝ホルマリン液で固定した.病理組織学検査は対照群および最高用量群の上記器官および組織について実施した.また,200 mg/kg群の心臓で被験物質の影響と考えられる変化が認められたため,他の用量群についても実施した.組織標本は,常法に従ってパラフィン包埋,薄切後,ヘマトキシリン・エオジン染色を施した.鏡検では,病変の種類および程度を含む各所見について記録した.
回復期間終了時の200 mg/kg群の雄でMCVおよび血小板数が高値を示した.雌で白血球数および好中球比率が低値を,リンパ球比率が高値を示した.しかし,いずれも軽微な変化であった.
回復期間終了時の200 mg/kg群の雄でALP活性が,雌で血糖がいずれも低値を示した.
回復期間終了時:観察された所見は,いずれも対照群のみの発生あるいは用量と関連のない発生であった.
腎臓の尿細管硝子滴が200 mg/kg群の雄のみに3例発生した.当病変は,同週齢の無処置ラット雄に発生するα2u-グロブリンの再吸収に起因したと考えられているいわゆる好酸性小体とその形態学的特徴(弱好酸性,不整形,周囲にハローを形成,細胞質内に占める割合が大きい)および程度に差はなかった.しかし,対照群には認められていないことから200 mg/kg群で好酸性小体が誘発された可能性も否定できない.
切迫解剖した200 mg/kg群の雄の1例では,他の計画解剖動物同様,心臓の中等度の心筋変性および細胞浸潤が観察されたのに加え,肝臓の肝細胞の微小空胞型脂肪化,有糸分裂および好酸性小体,肺の出血およびヘマトイジン結晶沈着,骨髄の赤血球系造血低下,脾臓の白脾髄の萎縮および赤血球系造血低下,下顎リンパ節,腸間膜リンパ節および胸腺のリンパ球の核崩壊,下顎リンパ節のリンパ洞マクロファージの単細胞壊死,十二指腸,空腸および回腸の上皮細胞の空胞変性,膵臓のチモーゲン顆粒減少,腎臓の尿細管硝子滴(好酸性小体)および片側性精巣精細管の単細胞壊死ならびに精巣上体の管内細胞残屑が認められた.
肺のヘマトイジン結晶沈着は限局性で軽度な病変であり,自然発生することが知られている.腎臓の尿細管硝子滴(好酸性小体)も同様に自然発生病変と特徴ならびに程度に差はなかった.精巣精細管の単細胞壊死ならびに精巣上体の管内細胞残屑については片側性の変化であることから偶発的な病変と考えられた.脾臓の白脾髄萎縮,リンパ節および胸腺におけるリンパ球の核崩壊や膵臓のチモーゲン顆粒減少は一般状態の悪化した動物にみられる非特異的変化であったが,十二指腸,空腸および回腸の上皮細胞の空胞変性は本症例のみの発生であり,発現意義は不明であった.
投与終了時の生存動物で肉眼所見の認められた200 mg/kg群の雄の1例では,前胃の水腫,出血,細胞浸潤および扁平上皮過形性,前立腺の単細胞壊死および精嚢の分泌減少が認められたが,体重増加抑制のある動物に認められることのある非特異的,かつ軽度な変化であり,被験物質投与の直接的な影響とは考えられなかった.その他,200 mg/kg群のみに観察された所見は,一部に限局した軽度な自然発生ないし偶発的と考えられる所見であった.
回復期間終了時:200 mg/kg群の雄の1例の心房に軽度な線維化部位が散見されたが,心筋細胞の変性・壊死は観察されず,同群の他の動物には雌雄とも被験物質投与の影響は認められなかった.200 mg/kg群のみに発生した肺のマクロファージ集簇,肝臓の髄外造血および膵臓の腺房細胞の局所萎縮は,いずれも一部に限局した極めて軽度な所見であり,発生個体における系統だった所見ではないことから自然発生ないし偶発的所見と考えられた.その他に観察された所見は,対照群のみの発生,または対照群を含めて200 mg/kg群に発生し対照群の病変と程度に差がない所見であった.
死亡動物:心臓の心筋変性および細胞浸潤,肺のうっ血,出血,水腫およびマクロファージの集簇,肝臓の肝細胞の肥大,好酸性小体,脂肪化および有糸分裂ならびにうっ血,脾臓の白脾髄萎縮,下顎および腸間膜リンパ節の濾胞萎縮,胸部および下顎リンパ節のうっ血,胸腺および膵臓の出血が観察された.
投与期間中に,200 mg/kg群の雄の1例が死亡し,投与期間終了時の投与後に1例を切迫解剖した.
一般状態では,流涎が各投与群で観察され,この所見は回復期間で消失した.
流涎は被験物質投与による条件反射と考えられた.また,自発運動低下,削痩,立毛,被毛の汚れおよび異常呼吸音が200 mg/kg群の雄の死亡あるいは切迫解剖した動物に観察された.
機能観察総合検査の症状観察では投与群で流涎が観察されたが被験物質の投与に伴う直接的な影響であり,神経毒性を示唆する変化とは考えられなかった.
血液生化学検査において200 mg/kg群の雄でALT活性およびカリウム濃度が高値,ナトリウム濃度が低値を示し,被験物質の影響と考えられた.
器官重量測定では100および200 mg/kg群の雌の肝臓相対重量が高値を示し,被験物質の影響と考えられた.なお,200 mg/kg群の雄で腎臓および精巣の相対重量が高値を示したが,この群の体重の低値傾向による二次的変化と考えられた.
病理学検査では,200 mg/kg群の雌雄の心臓に認められた病変は,心筋細胞の変性・壊死およびこれに引き続いて起こる修復反応であった.これらの投与終了時に観察された病変は投与を中止してから14日後には認められず回復傾向を有する変化と考えられた.心筋細胞の変性・壊死病変は散在性にみられたが,発生が1細胞単位であり巣状に起こることはなくマクロファージの食作用により処理可能な程度であった.修復範囲が狭かったために回復期間終了時には病変が認められなかったものと思われる.死亡動物では肺にうっ血,出血および水腫が観察されたが,これは急性心不全による続発性変化であり,死因は呼吸不全と考えられた.その他の臓器にみられた出血およびうっ血も直接的あるいは間接的に心臓の機能不全に起因するものと思われる.また,死亡動物および投与期間終了時の投与後に切迫解剖した動物では,肝臓に肝細胞肥大あるいは有糸分裂など肝細胞への直接的な影響への反応を示す所見が観察されたが,好酸性小体とともにこれらの所見の発現意義は不明である.
以上のように,雄では200 mg/kg群で死亡例がみられ,心臓に心筋細胞の変性・壊死が観察された.雌では100 mg/kg群で肝臓相対重量の高値が認められた.したがって,本試験条件下における1,2-ビス(2-クロロエトキシ)エタンのラットに対する無影響量は,雄で100 mg/kg/day,雌で50 mg/kg/dayと判断された.
1) | Snedecor GW, Cochran WG: Analysis of Variance: The Random Effects Model. In “Statistical Methods” 8th ed., Iowa State University Press (1989)pp.237-253. |
2) | Yoshida M: Exact probabilities associated with Tuky' and Dunnett's multiple comparisons procedures in imbalanced one-way anova. J Japanese Soc Comp Stat, 1: 111-122(1988). |
3) | Steel RGD: A multiple comparison rank sum test: Treatments versus control. Biometrics, 15: 560-572 (1959). |
4) | Hollander W: An exact test for the difference between two success probabilities(Fisher). In “Nonparametric statistical methods” Second(ed.), John Wiley & Sons(1999)pp.473-477. |
連絡先 | |||
試験責任者: | 渡 修明 | ||
試験担当者: | 各務 進,常木亜沙子,牧野江梨子, 志賀敦史,大川原一弘 | ||
(財)食品農医薬品安全性評価センター | |||
〒437-1213 静岡県磐田郡福田町塩新田字荒浜582-2 | |||
Tel 0538-58-1266 | Fax 0538-58-1393 |
Correspondence | ||||
Authors: | Nobuaki Watari(Study director), Susumu Kakamu, Asako Tuneki, Eriko Makino, Atusi Shiga, Kazuhiro Ookawara | |||
Biosafety Research Center, Foods, Drugs and Pesticides(An-pyo Center) | ||||
582-2 Shioshinden Arahama, Fukude-cho, Iwata-gun, Shizuoka, 437-1213, Japan | ||||
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