1-オクタンチオールのラットを用いる反復経口投与毒性・生殖発生毒性併合試験

Combined Repeat Dose and Reproductive/Developmental Toxicity Screening Test
of 1-Octanethiol by Oral Administration in Rats

要約

1-オクタンチオールは重合調節剤および有機合成における中間体として用いられている1).毒性情報としては,経口投与によるラットのLD50値は雄で2000 mg/kg付近,雌で1293 mg/kgと報告されている2).しかし,反復投与および生殖発生毒性についての知見はない.1-オクタンチオールを10,50および250 mg/kg/dayの用量でSD系ラット(1群雌雄各12匹)に交配前14日から交配を経て雄は計35日間,雌は妊娠,分娩を経て哺育4日まで経口投与し,反復投与毒性および生殖発生毒性について検討した.

1. 反復投与毒性

250 mg/kg群の雌雄で自発運動低下および流涎,体重増加の抑制が認められた.血液学検査では250 mg/kg群の雌雄で赤血球数および平均赤血球血色素濃度の低値,平均赤血球容積および網赤血球数の高値,さらに雄でヘモグロビン濃度の低値,雌で平均赤血球血色素量の高値が認められた.血液生化学検査では,250 mg/kg群の雄でアルブミン,A/G比,無機リンの高値およびクロールの低値,同群の雌でGPTおよび総ビリルビンの高値,トリグリセライドの低値が認められた.器官重量では250 mg/kg群の雌雄で脾臓,肝臓および腎臓重量の高値,胸腺重量の低値傾向が認められた.剖検では250 mg/kg群の雌雄に脾臓の暗赤色化および腫大,前胃の壁の肥厚が認められた.病理組織学検査では,250 mg/kg群の雌雄の脾臓および大腿骨骨髄で赤血球系の造血亢進とヘモジデリン沈着の増強,50 mg/kg以上の群の雌雄で前胃のびらんあるいは潰瘍,扁平上皮の過形成,角化亢進,粘膜下組織の水腫および炎症性細胞浸潤が認められた.なお,生殖器系には被験物質に起因すると考えられる変化は認められなかった.

2. 生殖発生毒性

親動物の生殖機能への影響として,平均性周期日数の延長および分娩率の低下が250 mg/kg群の雌で認められた.その他,交尾率,受胎率,黄体数,着床数,着床率,出産率,妊娠期間,分娩および哺育行動,雄動物の生殖機能のいずれにも被験物質の影響を示唆する変化は認められなかった.新生児の検査において出産児数,出産生児数,性比,出生率,新生児の4日生存率,外表,一般状態,体重および剖検のいずれにも被験物質に起因する変化は認められなかった.

以上の結果から,1-オクタンチオールの反復投与毒性に関する無影響量は雌雄とも10 mg/kg/day,生殖発生毒性に関する無影響量は雄親動物で250 mg/kg/day,雌親動物で50 mg/kg/day,児動物で250 mg/kg/dayと考えられる.

方法

1. 被験物質

1-オクタンチオール(花王(東京),ロット番号1815,純度99.3 %)は,水に難溶の無色透明の液体である.被験物質は室温,遮光で保存し,試験期間中安定であることを確認した.投与液の調製には,被験物質を各用量ごとに秤量し,媒体(局方オリブ油,オリエンタル薬品工業)に溶解した.投与液中の被験物質の安定性を投与開始前に調製後9日間安定であることを確認し,投与液は投与に供するまで冷蔵・遮光下で保存し,調製後9日以内に使用した.また,初回および最終調製時に投与液中の被験物質濃度が設定濃度±10 %以内にあることを確認した.

2. 試験動物

日本チャールス・リバー(厚木生産所)から入手した雌雄のSD系ラット(Crj:CD(SD)IGS,SPF)を6日間検疫・馴化した.その後も馴化を継続し雌雄の一般状態,さらに雌は性周期を7日間観察し,異常のない動物を試験に供した.投与開始前日に体重層別化無作為抽出法により,1群あたり雌雄各12匹に振り分けた.投与開始時の週齢は雌雄とも9週齢,体重範囲は雄331〜379 g,雌が202〜254 gであった.検疫・馴化期間を含む全飼育期間を通じて,温度22 ± 2℃,相対湿度55 ± 15 %,換気約12回/時,照明12時間/日(7:00-19:00)に自動調節した飼育室を使用した.動物飼育には,妊娠・哺育期間を除く期間はステンレス製つり下げ式金網製ケージを,妊娠・哺育期間は実験動物用床敷(ベータチップ,日本チャールス・リバー)を敷いたポリカーボネート製ケージを使用した.交配期間は雌雄各1匹,哺育期間は1腹,検疫・馴化期間を含むその他の期間は1匹ずつ収容した.動物には,オートクレーブ滅菌した実験動物用固型飼料(CRF-1,オリエンタル酵母工業)と,孔径5 μmのフィルター濾過後,紫外線照射した水道水を自由に摂取させた.

3. 投与量および投与方法

投与用量は用量設定試験の結果を参考に決定した.すなわち被験物質を0,50,125,250および500 mg/kgの用量で,1群雌雄各3匹のSD系ラットに14日間反復経口投与した結果,500 mg/kg群では雄3例中1例が死亡し,雌雄とも一般状態の変化,体重増加抑制,摂餌量の低値,ヘモグロビン濃度および平均赤血球血色素濃度の低値,網赤血球数の高値,胸腺重量の低値,肝臓および副腎重量の高値,前胃の潰瘍あるいは肥厚,腺胃のびらんあるいは出血,脾臓の暗赤色化が認められた.250 mg/kg群の雌雄でも,軽度ではあるが500 mg/kg群と同様の変化が認められた.125 mg/kg群では,器官重量および剖検所見に変化が認められた.50 mg/kg群では被験物質投与による影響は認められなかった.これらの結果および本試験の投与期間を考慮し,本試験の高用量は明らかな毒性発現の予想される250 mg/kgとし,以下公比5で中用量は50 mg/kg,低用量は10 mg/kgの3用量を設定した.また,媒体(局方オリブ油)のみを投与する対照群を設けた.

投与経路は経口とした.投与期間は,雄は交配前14日間および交配期間を経て剖検前日までの計35日間,雌は交配前14日間,交配期間,妊娠期間および分娩を経て哺育4日までとした.なお,交尾しなかった雌および分娩しなかった雌は剖検前日までとした.投与の際はテフロン製胃ゾンデを用いて1日1回,午前中に強制経口投与した.投与液量は2 mL/kgとし,至近日に測定した体重に基づいて算出した.

4. 反復投与毒性に関する観察・検査項目

1) 一般状態

全例について,生死,外観,行動等を投与前および投与後に毎日観察した.

2) 体重,摂餌量および雄の飲水量

体重は,雌雄とも投与開始日,投与開始後3,7,14日およびそれ以降の期間は週1回,交尾が成立した雌は妊娠0,7,14,20日および哺育0,4日に測定した.また,体重増加量の算出には,雄では投与開始日の体重を基準に,雌では交配前,妊娠および哺育期間のそれぞれについて投与開始日,妊娠0日および哺育0日の体重を基準とした.摂餌量は,交配期間を除き体重測定日に測定し,各測定日間の1匹あたりの1日平均摂餌量を算出した.雄については,蓄積尿採取時に約21時間の飲水量を測定した.

3) 血液学検査

雌雄の全例について,解剖日の前日午後4時頃より絶食させ,チオペンタールナトリウムの腹腔内投与による麻酔下で,後大静脈より採血した.採取した血液をEDTA-2 Kにより凝固処理し,赤血球数(球状化処理二次元レーザーFCM法),白血球数(酸性界面活性剤によるレーザーFCM法),血小板数(球状化処理二次元レーザーFCM法),ヘモグロビン濃度(シアンメトヘモグロビン法),ヘマトクリット値(球状化処理二次元レーザーFCM法),網赤血球数(RNA染色によるレーザーFCM法)を多項目自動血球分析装置(ADVIA120,バイエルメディカル),白血球百分率(Wright染色塗抹標本)を血液細胞自動分析装置(MICROX HEG-50,HEG-50VFオムロン)を用いて測定した.また,検査結果から平均赤血球容積(MCV),平均赤血球血色素量(MCH),平均赤血球血色素濃度(MCHC)を算出した.血液の一部を3.2 w/v%クエン酸三ナトリウム水溶液で凝固処理し,遠心分離して得られた血漿を用いてプロトロンビン時間(PT)および活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)(光散乱検出方式)を血液凝固自動分析装置(CA-510,シスメックス)を用いて測定した.

4) 血液生化学検査

雌雄の全例について,解剖日に採取した血液を室温で約30分間静置後遠心分離し,得られた血清を用いてGOTおよびGPT(UV-rate法(JSCC改良法)),γGT(γ-グルタミン-ρ-ニトロアニリド基質法(SSCC改良法)),ALP(ρ-ニトロフェニルリン酸基質法(JSCC改良法)),総ビリルビン(酵素法(BOD法)),尿素窒素(酵素-UV法(Urease-LEDH法)),クレアチニン(酵素法(Creatininase-POD法)),グルコース(酵素法-UV法(HK-G6PDH法)),総コレステロール(酵素法(CO-HDAOS法)),トリグリセライド(酵素法(GPO-HDAOS法,グリセリン消去法)),総蛋白(Biuret法),アルブミン(BCG法),A/G比(総蛋白およびアルブミンより算出),カルシウム(OCPC法),無機リン(酵素法(PNP-XOD-POD法)),ナトリウム,カリウムおよびクロール(イオン選択電極法)を自動分析装置(TBA-200FR,東芝)を用いて測定した.

5) 雄の尿検査

投与開始後33日の投与前に各用量群6匹の新鮮尿を採取し,pH,蛋白,グルコース,ケトン体,ビリルビン,潜血,ウロビリノーゲン(試験紙法,マルティスティックス:バイエルメディカル)を自動尿分析器(クリニテック100,バイエルメディカル)により測定し,尿沈渣(Sternheimer-Malbin染色標本)を検査した.また,約21時間蓄積尿を用いて,尿量を計量し,比重(屈折法)を尿比重計(ユリコン-JE,アタゴ),ナトリウム,カリウム(イオン選択電極法),クロール(電量滴定法)を測定した.

6) 病理学検査

雌雄の全例について最終投与日の翌日に,チオペンタールナトリウムの腹腔内投与による麻酔下で採血後,腹大動脈の切断・放血により安楽死させて解剖した.全生存動物の脳,心臓,肝臓,腎臓,副腎,胸腺,脾臓,精巣および精巣上体の重量を測定した.また,解剖日の体重を基に相対重量(対体重比)を算出した.さらに,これらの器官に加えて,下垂体,リンパ節(下顎・腸間膜),気管,肺,胃,腸管(十二指腸,空腸,回腸,盲腸,結腸,直腸),甲状腺・上皮小体,膀胱,精のう,前立腺腹葉,卵巣,子宮,膣,骨髄(大腿骨),坐骨神経,脊髄および肉眼的異常部位を採取し,10 %中性リン酸緩衝ホルマリン液で固定して保存した.ただし,精巣および精巣上体はブアン液で固定後,保存した.病理組織学検査は,対照群と250 mg/kg群の雌雄全例について上記の器官・組織および非妊娠雌動物の卵巣,ならびに全動物の肉眼的異常部位を常法に従ってヘマトキシリン・エオジン染色標本を作製し,鏡検した.この結果,いくつかの器官・組織に被験物質による影響が疑われたため,10および50 mg/kg群の雌雄の胸腺,脾臓,大腿骨骨髄,肺,胃,肝臓,雄の精巣,精巣上体,腎臓および雌の副腎についても検査した.また,脾臓の褐色色素の性質を確認するために,対照群の雄1例,雌2例,250 mg/kg群の雌雄各1例の脾臓についてベルリンブルー染色標本を作製し,鏡検した.

5. 生殖発生毒性に関する観察・検査

1) 生殖機能検査

投与開始日から交配開始日まで雌の膣垢を毎日午前中に採取,性周期を検査し,平均性周期日数および異常性周期動物の発現率を算出した.交配前の投与期間終了後,各群内で雄1雌1の交配対を設けて最長14日間昼夜同居させた.交尾確認は毎日午前中に行い,膣栓形成あるいは膣垢標本中に精子が認められた場合を交尾成立とし,その日を妊娠0日とした.交配した対は雌雄を分離し,以後の検査に供した.これらの結果から,交尾所要日数(交配開始後,交尾成立までに要した日数),交尾成立までに逸した発情期の回数,交尾率 [(交尾動物数/同居動物数)×100],受胎率[(受胎動物数/交尾動物数)×100]を算出した.

2) 分娩・哺育状態

交尾が確認された雌は全例を自然分娩させ,分娩状態を観察した.午前9時の時点で分娩が完了している動物を当該日分娩とし,その日を哺育0日とした.交尾確認後25日を経ても分娩しない場合は,非分娩雌とした.分娩した動物は新生児を生後4日(哺育4日)まで哺育させ,授乳,営巣,食殺の有無等の哺育状態を毎日観察した.母動物は剖検時に卵巣および子宮を摘出し,黄体数および着床数を検査した.これらの結果から,妊娠期間(妊娠0日から分娩完了日までの期間),出産率[(生児出産雌数/受胎雌数)×100],着床率[(着床数/黄体数)×100],分娩率[(総出産児数/着床数)×100]を算出した.

3) 新生児の観察・検査

(1) 新生児の観察

哺育0日に出産児数(出産生児数,死産児数),性別および外表異常の有無を検査した.その後は,一般状態,死亡の有無を哺育4日まで毎日観察した.哺育0および4日の生存児数から出生率[(出産生児数/総出産児数)×100],新生児の4日の生存率[(哺育4日生児数/出産生児数)×100]を算出した.

(2) 体重

生後0および4日に全生存児を個体ごとに測定した.また,生後0日の体重を基準に体重増加量を算出した.

(3) 剖検

生後4日に全生存児の口腔を含む外表を検査した後,親動物と同様に安楽死させ,剖検した.死亡動物については10 %中性リン酸緩衝ホルマリン液に浸漬,固定した後,実体顕微鏡下で剖検した.

6. 統計解析

計量データについては,パラメトリックデータはBartlett法による等分散性の検定を行い,分散が等しい場合は一元配置分散分析を行った.分散が等しくない場合およびノンパラメトリックデータはKruskal-Wallisの検定を行った.群間に有意差が認められた場合はDunnett法またはDunnett型の多重比較を行った.計数データのうち尿検査および病理組織所見はa×bのχ2検定を行い,有意差が認められた場合はArmitageのχ2検定により対照群と各被験物質投与群間の比較を行った.その他の計数データはFisherの直接確率法により検定した.各検定の有意水準は5 %とした.新生児に関するデータは各母動物ごとに算出した平均値を標本単位とした.

結果

1. 反復投与毒性

1) 一般状態

死亡例は雌雄ともいずれの投与群においても認められなかった.

雄では,250 mg/kg群で投与後の症状として投与開始後8日から34日(最終投与日)までの間に自発運動低下が9例,流涎が11例に認められた.また,同群では投与開始後21日以降には投与前にも一過性の流涎が2例に認められた.

雌では,250 mg/kg群で投与後の症状として投与開始後6日から哺育4日までの間に自発運動低下が11例,流涎が全例(12例)に認められた.また,同群では投与開始後9日に歩行異常が3例,妊娠期間の投与前に流涎が1例に認められた.

10および50 mg/kg群では,雌雄とも被験物質に起因する異常は認められなかった.

2) 体重(Fig.1, 2)

雄では,250 mg/kg群で投与開始後21日から低値で推移し,体重増加量が投与開始後34日に有意な低値を示した.

雌では,250 mg/kg群で統計学的有意性は認められなかったが,体重増加量が投与開始後14日および哺育4日に低値を示した.

10および50 mg/kg群に変化は認められなかった.

3) 摂餌量

雄では,全観察期間を通じて被験物質投与群に変化は認められなかった.

雌では,250 mg/kg群で妊娠7日の摂餌量が有意な低値を示した.10および50 mg/kg群では対照群と同様に推移した.

4) 雄の飲水量(Table 3:Continued)

蓄積尿採取時における約21時間の飲水量が,250 mg/kg群で対照群と比べ約2倍の高値を示した.

5) 血液学検査(Table 1)

雄では,250 mg/kg群で赤血球数,ヘモグロビン濃度および平均赤血球血色素濃度が有意な低値,平均赤血球容積および網赤血球数が有意な高値を示した.なお,10 mg/kg群で平均赤血球容積および平均赤血球血色素量が有意な高値を示したが,背景データ内の変動であったこと,関連する他のパラメータに変化がないこと,さらに50 mg/kg群で差がなかったことから被験物質と関連のない偶発変化と判断した.

雌では,250 mg/kg群で赤血球数および平均赤血球血色素濃度が有意な低値,平均赤血球容積,平均赤血球血色素量および網赤血球数が有意な高値を示した.10および50 mg/kg群に変化は認められなかった.

6) 血液生化学検査(Table 2)

雄では,250 mg/kg群でアルブミン,A/G比および無機リンが有意な高値,クロールが有意な低値を示した.

雌では,250 mg/kg群でGPTおよび総ビリルビンが有意な高値,トリグリセライドが有意な低値を示した.

10および50 mg/kg群では雌雄とも変化は認められなかった.

7) 雄の尿検査(Table 3)

250 mg/kg群の尿量が,統計学的有意性は認められなかったが,対照群と比べ約2倍の高値を示した.その他のパラメータに被験物質に起因する変化は認められなかった.なお,ナトリウムが10 mg/kg群で有意な高値を示したが,50および250 mg/kg群で変化がないことから,被験物質に起因するものではないと判断した.

8) 器官重量(Table 4)

雄では,250 mg/kg群で脾臓の絶対および相対重量,肝臓,腎臓および心臓の相対重量が有意な高値,50 mg/kg群で肝臓の相対重量が有意な高値を示した.また,250 mg/kg群で胸腺の絶対および相対重量の低値傾向が認められた.

雌では,250 mg/kg群で肝臓,脾臓および副腎の絶対および相対重量,腎臓の相対重量が有意な高値を示した.また,250 mg/kg群で胸腺の絶対および相対重量の低値傾向が認められた.なお,50 mg/kg群で脳の絶対重量が有意な高値を示したが,相対重量ならびに250 mg/kg群では有意差が認められなかったことから被験物質と関連のない変化と判断した.

10 mg/kg群では,雌雄ともいずれの器官にも変化は認められなかった.

9) 剖検所見

被験物質に起因すると思われる変化が雌雄の脾臓および胃で認められた.すなわち,脾臓では暗赤色化が250 mg/kg群で雄7例,雌3例,腫大が250 mg/kg群の雌2例に認められた.胃では前胃の壁の肥厚が250 mg/kg群の雌雄全例に認められた.

なお,精巣および精巣上体の小型化が250 mg/kg群の雄3例でみられたが,いずれも片側のみの発現であった.

交尾しなかった対照群の雌1例は,脾臓と腹膜の癒着,腸骨リンパ節の腫大,左後肢の腫脹が認められた.非妊娠雌の50 mg/kg群の1例には著変は認められなかった.

10) 病理組織所見(Table 5)

被験物質に起因すると思われる変化が雌雄の胃,脾臓,胸腺,雄の大腿骨骨髄,肝臓および雌の副腎,肺に認められた.

前胃において,びらんあるいは潰瘍,扁平上皮の過形成,角化亢進,主に粘膜下組織の水腫,炎症性細胞浸潤が50 mg/kg以上の群でみられ,250 mg/kg群では変化の有意な増強が認められた.

脾臓における赤血球系髄外造血が250 mg/kg群の雌雄で有意に増強し,同群ではうっ血も認められた.また,ヘモジデリン沈着が250 mg/kg群の雌雄全例に認められ,対照群と比較して有意に増加していた.ヘモジデリンは,ベルリンブルー染色にて青染することにより確認した.

胸腺の萎縮が250 mg/kg群の雌雄で認められた.同変化は対照群の雌でもみられたが250 mg/kg群で発現数が増加したことから,被験物質の影響と判断した.

大腿骨骨髄の赤血球系造血細胞の増加および肝臓の小葉中心性肝細胞肥大が250 mg/kg群の雄に,副腎の皮質束状帯細胞の肥大が250 mg/kg群の雌に認められた.

肺の泡沫細胞の集簇が,50 mg/kg群の雌1例および250 mg/kg群の雌3例に認められた.

精巣の中等度のび漫性精細管萎縮が,250 mg/kg群の雄3例の片側のみに認められ,そのうち2例では同側の精巣上体も萎縮を示し,残る1例は当該側精巣上体が欠損していた.しかし,対側の精巣は正常または軽度の限局性精細管萎縮がみられただけであった.

交尾しなかった対照群の雌1例では,脾臓の肉芽腫性炎,腹膜の炎症性細胞浸潤,脛骨の炎症性細胞浸潤が認められた.なお,非妊娠動物の50 mg/kg群1例の卵巣には病理組織変化は認められなかった.

2. 生殖発生毒性

1) 生殖機能(Table 6)

性周期検査では,250 mg/kg群で平均性周期日数の有意な延長が認められた.250 mg/kg群において,馴化期間中(投与前)の性周期と投与開始後の性周期を比較した結果,投与前は5日周期の動物が1例だけで,それ以外の動物は全て4日周期であった.しかし,投与開始後では4日以上の周期を示す動物が7例に認められた.また,背景データでもほとんどの動物が4日周期を示し,250 mg/kg群の性周期日数は背景データを超える値であった.なお,連続発情あるいは発情休止期の継続などの異常性周期を示す動物はみられなかったことから,その影響の程度は軽度なものと考えられる.

交尾は対照群の1対を除き各群の全例で成立し,交尾率,交尾所要日数,交尾成立までに逸した発情期の回数とも被験物質投与群に変化は認められなかった.なお,非妊娠の動物が50 mg/kg群で1例にみられただけで,受胎率にも変化は認められなかった.なお,交尾しなかった対照群の雌雄,非妊娠の雌動物ならびに相手の雄動物のいずれにも生殖機能に影響を及ぼすと考えられる生殖器の異常は認められなかった.

2) 分娩・哺育状態(Table 7)

250 mg/kg群では妊娠期間の延長および分娩率の有意な低値が認められた.その他,黄体数,着床数,着床率および出生率には被験物質投与群に変化は認められなかった.また,分娩状態および哺育行動に異常は認められなかった.

10および50 mg/kg群では,いずれの項目にも異常は認められなかった.

3) 新生児に及ぼす影響

(1) 新生児の観察(Table 7)

出産児数,出産生児数,性比,出生率および新生児の4日生存率ともに被験物質投与群に変化は認められなかった.一般状態および新生児の外表でも異常は認められなかった.

(2) 体重(Table 7)

雌雄の体重および体重増加量とも被験物質投与群に変化は認められなかった.

(3) 剖検

哺育4日の生存児の剖検および死亡児の剖検では,被験物質に起因する異常所見は認められなかった.

考察

1. 反復投与毒性

一般毒性学的影響として,250 mg/kg群の雌雄で自発運動低下,流涎,雌で一過性の歩行異常が認められた.また,同群の雌雄で体重増加の抑制,雌で摂餌量の低値が認められた.血液学検査では,250 mg/kg群の雌雄で赤血球数および平均赤血球血色素濃度の低値,平均赤血球容積および網赤血球数の高値,雄でヘモグロビン濃度の低値,雌で平均赤血球血色素量の高値が認められた.また,同群の雌に血清中の総ビリルビンの高値,雌雄に脾臓重量の高値,剖検では脾臓の暗赤色化および腫大,さらに病理組織検査では脾臓および大腿骨骨髄に赤血球系の造血亢進像,ヘモジデリン沈着の増強が認められた.赤血球系の造血亢進像は失血や溶血の際にみられ,特に溶血性貧血では脾臓のうっ血やヘモジデリン沈着を伴うことが報告されており3, 4),被験物質による溶血性貧血の発現が示唆された.また,被験物質が属する有機硫黄化合物のメルカプタンのうち,エチルメルカプタンにおいても上述の変化が同様に認められている1)

血液生化学検査では,250 mg/kg群の雄でアルブミン,A/G比および無機リンの高値,クロールの低値,雌でGPTの高値,トリグリセライドの低値が認められた.また,同群では肝臓重量の高値が雌雄に,肝臓の小葉中心性肝細胞肥大が雄で認められている.肝臓の小葉中心性肝細胞肥大は種々の化学物質の反復投与によって引き起こされるが,一般に薬物代謝酵素の誘導を伴う適応性変化と考えられており5),肝臓における酵素の合成能が亢進しているものと推察される.アルブミンの高値は上述の変化に由来するものと思われ,A/G比の高値はその二次的変化と考えられる.肝臓の小葉中心性肝細胞肥大は肝細胞を障害することなく,投与を中止すると速やかに回復することが知られていること5),この所見以外に被験物質に起因する組織変化がないことから,その影響の程度としては軽度なものと推察される.その他の変化については,同群で観察されている一般状態の悪化や貧血性の種々の変化に伴った影響と考えられる.

病理学検査の結果,被験物質に起因すると考えられる変化として,前述した脾臓,大腿骨骨髄および肝臓の変化の他に,剖検では前胃の壁の肥厚が250 mg/kg群の雌雄,病理組織学検査では前胃においてびらんあるいは潰瘍,扁平上皮の過形成,角化亢進,主に粘膜下組織の水腫,炎症性細胞浸潤が50 mg/kg以上の群の雌雄,胸腺の萎縮が250 mg/kg群の雌雄,副腎の皮質束状帯細胞の肥大が250 mg/kg群の雌,肺の泡沫細胞の集簇が50 mg/kg以上の群の雌で認められた.胃の変化については被験物質がウサギの眼粘膜や皮膚に対し刺激性を有していること1),また,被験物質の急性経口投与でも消化管への刺激性が報告されている2)ことから,被験物質の刺激性作用による影響と判断された.胸腺の萎縮および副腎皮質細胞の肥大は,一般状態の悪化,貧血性の変化および胃の変化が認められていることから,被験物質により全身状態の悪化に伴うストレス性6),および適応性変化7)と考えられる.また,胸腺および副腎は器官重量の低値および高値としても認められた.肺の泡沫細胞の集簇は肺胞内に吸入した異物に対する反応としてみられる場合がある8).250 mg/kg群の雌雄で流涎がみられており,動物が何らかの要因で口腔内に逆流した被験物質を誤燕した可能性が考えられることから,被験物質の二次的影響による変化と推察された.

器官重量では上述の変化の他に,250 mg/kgの雌雄で腎臓の相対重量の高値,雄で心臓の相対重量の高値が認められた.これらの器官に組織変化はなく,相対重量のみの高値であることから,体重増加の抑制に伴う二次的な変化と考えられる.

飲水量および尿量の高値が250 mg/kg群の雄でみられたが,尿検査の他の項目ならびに腎臓には組織変化がないことから,毒性学的意義に乏しい変化と考えられた.

その他,250 mg/kg群で精巣および精巣上体の小型化がみられ,病理組織学検査では精巣のび漫性精細管萎縮が3例,精巣上体の萎縮が2例,残る1例は片側精巣上体が欠損していた.しかし,それぞれ対側の精巣および精巣上体は正常あるいは対照群と同等の変化であり,片側のみ被験物質の影響を受けた可能性は低いと考えられる.さらに生殖機能検査で相手雌はすべて妊娠し,雄動物の生殖機能への影響は認められなかった.また,本系統では片側の精巣あるいは精巣上体が小型化を示す動物をしばしば認められる.これらのことから,偶発所見と考えられる本変化を有する個体が250 mg/kg群に偏った可能性が考えられ,被験物質に起因する変化ではないと判断した.

2. 生殖発生毒性

親動物の生殖機能への影響を示唆する変化として,250 mg/kg群の雌で平均性周期日数の軽度な延長および分娩率の軽度な低下が認められた.性周期の延長については,前述のように反復投与の影響により雌親動物は種々の変化が認められており,全身状態の悪化に伴う二次的な変化の可能性も考えられる.また,分娩率の低下については着床数に変化がみられていないことから,着床後胚死亡が増加した可能性が示唆された.しかし,250 mg/kg群の分娩率 85.85 %は,当研究所の背景データ[平均90.66 %(最小-最大,86.74-92.79 %),1998-2001年]の下限をわずかに下回る程度であり,雌親動物の生殖機能に対する影響としては軽度なものと推察される.なお,妊娠期間の延長が250 mg/kg群でみられたが,いずれの動物も正常な分娩日と判断される妊娠22日あるいは23日に分娩し,その分娩状態にも異常がないこと,さらに背景データ内[平均22.4日(最小-最大,22.2-22.9日),1998-2001年]の変化であることから,正常範囲内の妊娠期間と判断された.この他,交尾率,受胎率,黄体数,着床数,着床率,出産率および分娩状態,哺育行動には被験物質に起因する変化は認められなかった.雄親動物には被験物質に起因する生殖機能への影響は認められなかった.

新生児の検査において出産児数,出産生児数,性比,出生率,新生児の4日生存率,外表,一般状態,体重および剖検のいずれにも被験物質に起因する変化は認められなかった.したがって,雌親動物には性周期の延長,分娩率の低値が軽度に認められたものの,分娩・哺育機能および次世代の発育への影響はないと考えられる.

被験物質が属する有機硫黄化合物のメルカプタンのうち,n-ブチルメルカプタン,t-ブチルメルカプタンならびにn-ドデシルメルカプタンのラットにおける胚・胎児発生への影響に関する報告1)では,母体毒性を有するものの催奇形性作用は認められていない.本被験物質も同様に母体毒性に伴う変化がみられたが,児動物の発生に影響は認められず,催奇形性作用はないと推察される.

以上のように,1-オクタンチオールを反復経口投与した結果,一般毒性学的な主な変化として,250 mg/kg群の雌雄で自発運動低下,流涎,体重増加の抑制,さらに貧血性の変化として赤血球数および平均赤血球血色素濃度の低値,平均赤血球容積および網赤血球数の高値がみられ,それに対する生体の反応として脾臓および大腿骨骨髄の造血亢進,脾臓重量の高値が認められた.50 mg/kg以上の群の雌雄では,被験物質の刺激性に由来すると考えられる前胃の変化が認められた.一方,10 mg/kg群では被験物質に起因する変化は認められなかった.生殖発生毒性に及ぼす影響としては,250 mg/kg群で母体毒性に伴った変化として平均性周期日数の延長,分娩率の低下が認められたが,交尾および受胎能ならびに分娩・哺育機能,さらに次世代の発育への影響は認められなかった.50 mg/kg以下の群では被験物質に起因する変化は認められなかった.

したがって,本試験条件下における反復投与毒性に関する無影響量は雌雄とも10 mg/kg/day,生殖発生毒性に関する無影響量は雄親動物で250 mg/kg/day,雌親動物で50 mg/kg/day,児動物では250 mg/kg/dayと考えられる.

文献

1)Farr CH, Kirwin CJ.Jr. 加茂谷裕子(訳):有機硫黄化合物,メルカプタン.In「化学物質毒性ハンドブック」内藤裕史,横手規子(監修),丸善,東京(2000)pp.3-18.
2)山下弘太郎ら:1-オクタンチオールのラットを用いた経口投与による急性毒性試験.化学物質毒性試験報告,11:355-357(2004).
3)大滝サチ:造血器,非腫瘍性病変,造血の亢進,造血臓器の色素沈着,脾臓のうっ血.In「毒性病理組織学」前川昭彦(責任編集).日本毒性病理学会,名古屋(2000)pp.393-395.
4)Gopinath C, Prentice DE, Lewis DJ: The lymphoid system, Spleen. In "Atlas of experimental toxicological pathology" Gopinath C, Prentice DE, Lewis DJ (eds.), Lancaster, MTP press Limited (1987) pp.130-133.
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7)Gopinath C, Prentice DE, Lewis DJ: The Endocrine glands, Adrenals. In "Atlas of experimental toxicological pathology" Gopinath C, Prentice DE, Lewis DJ(eds.), Lancaster, MTP press Limited (1987) pp.104-108.
8)Gopinath C, Prentice DE, Lewis DJ: The Respiratory system, Bronchiolar-alveolar junction. In "Atlas of experimental toxicological pathology" Gopinath C, Prentice DE, Lewis DJ(eds.), Lancaster, MTP press Limited(1987)p.32.

連絡先
試験責任者:星野信人
試験担当者:佐藤ゆかり,芦名美智子,
友成由紀,豊田直人
(株)三菱化学安全科学研究所鹿島研究所
〒314-0255 茨城県鹿島郡波崎町砂山14
Tel 0479-46-2871Fax 0479-46-2874

Correspondence
Authors:Nobuhito Hoshino(Study director)
Yukari Sato, Michiko Ashina,
Yuki Tomonari, Naoto Toyota
Kashima Laboratory Mitsubishi Chemical Safety Institute Ltd.,
14 Sunayama, Hasaki-machi, Kashima-gun, Ibaraki, 314-0255, Japan
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