9-cis-オクタデセン酸(2,3-ジヒドロキシプロピル)エステルの細菌を用いる復帰変異試験

Reverse Mutation Test of 2,3-Dihydroxypropyl 9-cis-octadecenoate in Bacteria

要約

 9-cis-オクタデセン酸(2,3-ジヒドロキシプロピル)エステルについて,細菌を用いる復帰変異試験を実施した.

 試験菌株として,Salmonella typhimurium (TA100,TA98,TA1535,TA1537)およびEscherichia coli (WP2 uvrA)の5菌株を用いた.用量設定試験においてはS9 mix無添加群および添加群の各試験菌株において8.19〜5000 μg/plateの8用量で試験を実施した.

 S9 mix無添加群および添加群ともTA100,TA1537株において生育阻害が低用量群においても観察されたことから,同用量を用いて再試験を実施した.用量設定試験および同再試験において再現性はほぼ確認されたが,S9 mix無添加群のTA100,TA98およびTA1537ならびにS9 mix添加群のTA1537株では評価群群数が4用量を満たしていないことから追加試験を実施した.追加試験においてはS9 mix無添加群のTA100で6.25〜200 μg/plateの6用量,TA98で3.13〜100 μg/plateの6用量,TA1537で0.0977〜12.5 μg/plateの8用量,S9 mix添加群のTA1537で6.25〜200 μg/plateの6用量で試験を実施した.本試験ではS9 mix無添加群のTA100およびTA98で4.88〜156 μg/plateの6用量,TA1535およびWP2 uvrAで156〜5000 μg/plateの6用量,TA1537で0.153〜9.77 μg/plateの7用量,S9 mix添加群のTA100で9.77〜625 μg/plateの7用量,TA1535,WP2 uvrAおよびTA98で156〜5000 μg/plateの6用量,TA1537で9.77〜313 μg/plateの6用量で試験を実施した.

 その結果,S9 mix無添加群および添加群のいずれにおいても,溶媒対照に比べ復帰変異コロニー数の明確な増加は認められなかった.これらの試験結果は,用量設定試験,同再試験,同追加試験および本試験において再現性が確認された.

 以上の結果より,本試験条件下では9-cis-オクタデセン酸(2,3-ジヒドロキシプロピル)エステルは,変異原性を有しない(陰性)と結論した.

方法

1. 試験菌株

 細菌を用いる復帰変異試験に広く使用されていることから,試験菌株としてヒスチジン要求性のSalmonella typhimurium TA100,TA98,TA1535およびTA1537 1)ならびにトリプトファン要求性のEscherichia coli WP2 uvrA 2)の5種類の菌株を選択した.

 ネズミチフス菌は昭和58年9月9日にカリフォルニア大学のAmes BN教授から,また,大腸菌については昭和58年3月16日に国立衛生試験所(現:国立医薬品食品衛生研究所)から分与を受けた.平成15年9月16日〜9月19日に菌株の特性検査を実施し,当該試験に用いた菌株が規定の特性を保持していることを確認した.

 各菌株の菌懸濁液はジメチルスルホキシド(DMSO,Merck)を添加した後,凍結保存用チューブに0.2 mLずつ分注した.これを液体窒素を用いて凍結し,超低温フリーザーに-80℃で保存した.

2. 培地の調製

 1) 最少グルコース寒天平板培地(プレート)

 オリエンタル酵母工業製のテスメディアAN培地を購入し,試験に用いた.本プレートは,Vogel-Bonnerの最少培地Eを含む水溶液(0.02 %硫酸マグネシウム・7水塩,0.2 %クエン酸・1水塩,1 %リン酸二カリウム・無水塩,0.192 %リン酸一アンモニウム,0.066 %水酸化ナトリウム〔いずれも最終濃度〕)に2 %のグルコース(和光純薬工業)と1.2 %の寒天(伊那寒天BA-30A)を加え,径90 mmのシャーレに1枚当たり30 mLを分注したものである.

 2) トップアガー(軟寒天)

 塩化ナトリウム0.5 w/v%を含む0.6 w/v% Bacto- agar(Difco)水溶液10容量に対し,ネズミチフス菌を用いる試験の場合,0.5 mmol/L L-ヒスチジン(関東化学)-0.5 mmol/L D-ビオチン(関東化学)水溶液を1容量加え,大腸菌を用いる試験の場合,0.5 mmol/L L-トリプトファン(関東化学)水溶液を同じく1容量加え用いた.

3. 前培養条件

 内容量200 mLのバッフル付三角フラスコに2.5 w/v%ニュートリエントブロス(Nutrient Broth No.2,Oxoid)溶液を25 mL分注し,これに融解した菌懸濁液を50 μL接種した.ウォーターバスシェーカー(MM-10,タイテック)を用い,37℃の条件で8時間振盪(往復振盪:100回/分)培養し,菌濃度を確認した後試験に使用した.

4. S9 mix

 製造後6ヵ月以内のキッコーマン製S9 mixを試験に使用した.S9 mix中のS9は誘導剤としてフェノバルビタールおよび5,6-ベンゾフラボンを投与したSprague- Dawley系雄ラットの肝臓から調製されたものである.S9 mixの組成を以下に示す.

     成分 S9 mix 1 mL中の量
     S9 0.1 mL
MgCl2 8 μmol
KCl 33 μmol
G-6-P 5 μmol
NADPH 4 μmol
NADH 4 μmol
Na-リン酸緩衝液(pH 7.4) 100 μmol

5. 被験物質

 被験物質の9-cis-オクタデセン酸(2,3-ジヒドロキシプロピル)エステル(ロット番号:404230)は純度99.93 %(不純物として抽出トコフェロール:0.05 %,リン酸:0.02 %を含有する)の淡黄色のロウ状である.本剤は水に不溶であるが,DMSOに易溶である.太陽化学(三重)から提供された被験物質を使用した.被験物質は,密栓した容器に入れ直射日光を避け,使用時まで室温で保管した.試験終了後,被験物質提供元において残余被験物質を分析した結果,安定性に問題はなかった.

6. 被験物質液の調製

 試験の都度,被験物質をモレキュラーシーブを用いて脱水処理を行ったDMSOを用いて溶解し,調製原液とした.調製原液を使用溶媒を用いて順次所定濃度に希釈した後,速やかに処理を行った.

7. 試験用量の設定

 8.19〜5000 μg/plateの8用量(公比2.5)を用いて用量設定試験を実施した.その結果,S9 mix無添加群および添加群ともTA100,TA1537において生育阻害が低用量群においても観察された.他の3菌株では同作用がみられていないことから,確認のため同用量を用いて再試験を実施した.用量設定試験および同再試験において再現性はほぼ確認されたが,S9 mix無添加群のTA100,TA98,S9 mix無添加群および添加群のTA1537では評価群数が4用量を満たしていないことから同株について追加試験を実施した.用量はS9 mix無添加群のTA100で6.25〜200 μg/plateの6用量(公比2),TA98で3.13〜100 μg/plateの6用量(公比2),TA1537で0.0977〜12.5 μg/plateの8用量(公比2),S9 mix添加群のTA1537で6.25〜200 μg/plateの6用量(公比2)を用いた.その結果,すべての試験菌株の高用量群で生育阻害作用が観察された.なお,用量設定試験,同再試験,同追加試験において復帰変異コロニー数の増加は認められなかった.用量設定試験および同再試験において被験物質処理時,S9 mix無添加群の128 μg/plate以上の用量,S9 mix添加群の320 μg/plate以上の用量で白色粉末状(S9 mix無添加群では一部塊状)の析出物が認められた.コロニー計数時,S9 mix無添加群および添加群とも800 μg/plate以上の用量で白色粉末状(S9 mix無添加群では一部塊状)の析出物が認められた.析出物の影響により,S9 mix無添加群および添加群とも800 μg/plate以上の用量ではコロニーアナライザーの使用が不適切と判断し,目視でコロニーを計数した.追加試験においては処理開始およびコロニー数計測時において被験物質析出等の変化は観察されなかった.

 従って,本試験ではS9 mix無添加群のTA100およびTA98で156 μg/plateを最高用量とし,それぞれ6用量(公比2),TA1537で9.77 μg/plateを最高用量とし7用量(公比2),S9 mix無添加群および添加群のTA1535,WP2 uvrAならびにS9 mix添加群のTA98で5000 μg/plateを最高用量とし,それぞれ6用量(公比2),S9 mix添加群のTA100で625 μg/plateを最高用量とし7用量(公比2),TA1537で313 μg/plateを最高用量とし6用量(公比2)を設定した.

8. 陽性対照物質

 陽性対照物質として下記に示した調製済み陽性対照物質溶液(オリエンタル酵母工業)を使用した.

     2-(2-フリル)-3-(5-ニトロ-2-フリル)アクリルアミド (AF-2)
アジ化ナトリウム (NaN3)
9-アミノアクリジン塩酸塩 (9-AA)
2-アミノアントラセン (2-AA)

9. 試験方法 

 Amesらの原法 1)の改良法であるプレインキュベーション法に準じて,S9 mix無添加群および添加群それぞれについて試験を実施した.試験管に,使用溶媒,被験物質液あるいは陽性対照物質溶液を100 μL,次いでS9 mix無添加群の場合,0.1 mol/L ナトリウム・リン酸緩衝液(pH 7.4)を500 μL,S9 mix添加群の場合,S9 mixを500 μL添加し,さらに試験菌液100 μLを加え,37℃で20分間振盪培養(プレインキュベーション)した.培養終了後,あらかじめ45℃に保温したトップアガーを2 mL添加し,混合液をプレート上に重層した.37℃の条件で48時間各プレートを培養した後,被験物質の試験菌株に対する生育阻害作用を確認するため,実体顕微鏡(×40)を用いてプレート上の試験菌株の生育状態を観察した.次いで,復帰変異により生じたコロニーを計測した.計測に際してはコロニーアナライザー(CA-11,システムサイエンス)を用いた.なお,生育阻害により,コロニーアナライザーの使用が不適切な場合,目視で計数した.各濃度につき3枚のプレートを使用した.

10. 結果の解析

 復帰変異コロニー数が溶媒対照の2倍以上に増加し,かつ,再現性あるいは被験物質の用量に依存性が認められた場合に,陽性と判定した.
統計学的手法を用いた検定は実施しなかった.

結果および考察

 用量設定試験の結果をTable 1〜6に,本試験の結果をTable 7〜8に示した.S9 mix無添加群および添加群とも,いずれの試験菌株においても9-cis-オクタデセン酸(2,3-ジヒドロキシプロピル)エステル処理による復帰変異コロニー数の明確な増加傾向は認められなかった.また,試験菌株に対する生育阻害作用はS9 mix無添加群の場合,TA100の156 μg/plate,TA98の78.1 μg/plate以上の用量およびTA1537の4.88 μg/plate以上の用量で観察された.また,S9 mix添加群の場合は,TA100の156 μg/plate以上の用量,TA1537の313 μg/plateで観察された.一方,陽性対照物質はそれぞれの試験菌株において,溶媒対照群の2倍以上の復帰変異コロニーを誘発した.なお,被験物質処理時,S9 mix無添加群および添加群とも313 μg/plate以上の用量で白色粉末状(S9 mix無添加群では一部塊状)の析出物が認められた.コロニー計数時,S9 mix無添加群の1250 μg/plate以上の用量およびS9 mix添加群の625 μg/plate以上の用量で白色粉末状(S9 mix無添加群では一部塊状)の析出物が認められた.析出物の影響により,S9 mix無添加群および添加群とも1250 μg/plate以上の用量ではコロニーアナライザーの使用が不適切と判断し,目視でコロニーを計数した.

 以上の試験結果から,当該試験条件下において,9-cis-オクタデセン酸(2,3-ジヒドロキシプロピル)エステルの微生物に対する遺伝子突然変異に関し,陰性と判定した.

 なお,本被験物質〔9-cis-オクタデセン酸(2,3-ジヒドロキシプロピル)エステル〕に関する遺伝毒性ならびに発がん性の報告はない.

 類縁体であるグリセロール(Glycerol)については,細菌を用いる復帰突然変異試験,CHO細胞を用いた染色体異常試験,CHO細胞を用いた姉妹染色分体交換試験,CHO細胞を用いた遺伝子突然変異試験,ラット肝細胞を用いたUDS試験で陰性 3)と報告されている.Glyceryl trinitrate (nitroglycerin)は,復帰突然変異試験(TA1535のみ)で陽性 4)との報告があった.また,Glycerol formalは,マウス骨髄小核試験で陰性 5)との報告があった.

文献

1) Maron DM, Ames BN:Revised methods for the Salmonella mutagenicity test. Mutation Res, 113: 173-215(1983).
2) Green MH, Muriel WJ:Mutagen testing using TRP+ reversion in Escherichia coli. Mutation Res, 38: 3-32(1978).
3) Doolittle DJ, Lee DA and Lee CK:The genotoxic activity of glycerol in an in vitro test battery. Food Chem Toxicol, 26(7):631-635(1988).
4) Maragos CM, Andrews AW, Keefer LK and Elespuru RK:Mutagenicity of glyceryl trinitrate (nitroglycerin) in Salmonella typhimurium. Mutation Res, 298(3):187-195(1993).
5) Ashby J and Ratpan F:Inactivity of glycerol formal in a mouse micronucleus assay: relationship to its teratogenicity. Environ Mutagen, 8(6):873-877 (1986).

連絡先
試験責任者: 中嶋 圓
試験担当者: 上田摩弥,鈴木ゆみ子,古屋有佳子,木下裕加,永井美穂,嶋田佐和子,夏目匡克,田中 仁,赤星まゆみ
(財)食品農医薬品安全性評価センター
〒437-1213 静岡県磐田市塩新田582-2
Tel 0538-58-1266 Fax 0538-58-1393

Correspondence
Authors: Madoka Nakajima (Study Director)
Maya Ueda, Yumiko Suzuki,
Yukako Furuya, Yuka Kishita,
Miho Nagai, Sawako Shimada,
Masakatsu Natsume, Jin Tanaka,
Mayumi Akahoshi
Biosafety Research Center, Foods, Drugs and Pesticides (An-pyo Center)
582-2 Shioshinden, Iwata-shi, Shizuoka, 437- 1213, Japan
Tel +81-538-58-1266 Fax +81-538-58-1393