シクロヘキセンのチャイニーズ・ハムスター培養細胞を用いる染色体異常試験
In Vitro Chromosomal Aberration Test of Cyclohexene
in Cultured Chinese Hamster Cells
要約
シクロヘキセンの染色体異常誘発能の有無を検討するために,チャイニーズハムスター培養細胞(CHL/IU細胞)を用いて染色体異常試験を実施した.
細胞増殖抑制試験を行った結果,短時間処理法及び連続処理法とも50 %細胞増殖抑制濃度は250〜300 μg/mL程度であった.このことから染色体異常試験におけるシクロヘキセンの濃度は,短時間処理法及び連続処理法ともに公差50 μg/mLで100〜400 μg/mLを設定した.短時間処理法では代謝活性化及び非代謝活性化についてシクロヘキセンを6時間処理した18時間後,連続処理法ではシクロヘキセンを24時間及び48時間連続処理後,それぞれ染色体標本を作製して検鏡し,染色体異常誘発性を検討した.
試験の結果,短時間処理法及び連続処理法のいずれの処理方法によっても,染色体の構造異常及び倍数性細胞の誘発は認められなかった.
以上の結果から,シクロヘキセンは本試験条件下において染色体異常誘発能を有さない(陰性)と結論した.
材料及び方法
1. 使用細胞株
ヒューマンサイエンス研究資源バンクから入手(1997年10月22日)したチャイニーズハムスターの肺由来線維芽細胞株(CHL/IU細胞)を用いた.なお,試験には細胞増殖抑制試験で12継代目,染色体異常試験で14及び20継代目の細胞を使用した.
2. 培養液の調製
培養には,非働化(56 ℃,30分)した仔牛血清(GIBCO Life Technologies Inc.)を10 vol%添加したEagle's MEM(日水製薬(株))を用いた.調製後の培養液の保存は冷蔵とした.
3. 培養条件
細胞は,炭酸ガス培養装置を用い,CO2濃度5 %,温度37 ℃の高湿度条件下で培養した.継代培養は3〜4日ごとに行った.試験に際しては2 × 104個の細胞を,培養液5 mLを入れた直径6 cmのプラスチックプレートに播種し,3日目に被験物質を処理した.
4. S9
フェノバルビタール及び5,6-ベンゾフラボンを7週齢のSprague Dawley系雄ラットに腹腔内投与した肝臓から調製されたS9並びに補酵素をオリエンタル酵母工業(株)から購入し,S9 mixを調製した.S9 mixの組成は松岡らの方法1)に従い,S9の培地への添加量を5 vol%とした.
5. 被験物質
シクロヘキセン(ロット番号:HE-00-02-09,旭化成工業(株),岡山)は,純度98.63 wt%(不純物:ベンゼン0.799 %,シクロヘキサン0.526 %,水分0.003 %,酸化防止剤として2,6-di-tert-butyl-4-methylphenol 0.01 %を含む),融点-103.7 ℃,沸点83.3 ℃,蒸気圧9.93 kPa(25 ℃),比重0.811(20 ℃)の刺激臭を有する無色の液体で,密閉容器で冷暗所に保存した.
6. 被験液の調製
溶媒は,DMSOでは被験物質が分離し不適当であったため,エタノール(試薬特級,ナカライテスク(株))を用いた.被験物質を溶媒で希釈して原液(40.0 mg/mL)を調製し,ついで順次溶媒で希釈して各濃度の被験液を調製した.被験液は,培養液の1 vol%になるように添加した.
7. 細胞増殖抑制試験(予備試験)
染色体異常試験における被験物質の処理濃度を設定するため,被験物質の細胞増殖に及ぼす影響を調べた.被験物質の細胞増殖抑制作用は,単層培養細胞密度計(モノセレータ,オリンパス光学工業(株))を用いて細胞密度を測定し,被験物質処理群の溶媒対照群に対する細胞密度の比をもって指標とした.
その結果,S9 mixの有無にかかわらず短時間処理法及び連続処理法とも50 %細胞増殖抑制濃度は250〜300 μg/mL程度であった(Fig. 1, 2).
8. 実験群の設定
細胞増殖抑制試験で得られた50 %細胞増殖抑制濃度をもとに,染色体異常試験では短時間処理法及び連続処理法のいずれにおいても400 μg/mLを最高濃度とし,以下公差50 μg/mLで減じた計7濃度並びに非処理群及び溶媒対照群を設定した.なお,陽性対照として+S9 mix処理ではシクロフォスファミド(CP,和光純薬工業(株),15 μg/mL),-S9 mix処理ではマイトマイシンC(MMC,協和醗酵工業(株),0.05 μg/mL)を用いた.
濃度当たり4枚のプレートに処理し,2枚を染色体標本作製用,2枚を細胞増殖率測定用とした.
9. 染色体標本の作製
培養終了の2時間前に,最終濃度が0.2 μg/mLとなるようコルセミドを加えた.以下,染色体標本は空気乾燥法によって作製した.スライド標本は各プレートにつき2枚作製し,2 vol%ギムザ液で15分間染色した.
10. 染色体の観察
各用量当たり200個(プレート当たり100個)の分裂中期像についてギャップ(g),染色分体型切断(ctb),染色分体型交換(cte),染色体型切断(csb),染色体型交換(cse)及びその他の異常など構造異常の種類並びに異常を持つ細胞の数を記録した.同時に倍数性細胞の数も記録した.
客観的な観察を行うため,スライド標本をコード化した状態で分析した.
11. 結果の判定
染色体構造異常を有する細胞の出現率は,ギャップを含む場合と含まない場合について集計し,ギャップを含まない場合で判定した.
判定は石館らの基準2)に従い,染色体異常を有する細胞の出現頻度が5 %未満を陰性(-),5 %以上10 %未満を擬陽性(±),10 %以上を陽性(+)とした.最終的には異常細胞の出現に用量依存性又は再現性が認められた場合を陽性と判定した.
結果及び考察
短時間処理法の結果をTable 1及び2に,連続処理法の結果をTable 3及び4に示した.いずれの処理方法においても,被験物質処理群に5 %を越える染色体の構造異常を有する細胞の出現頻度に用量依存的な増加は認められなかった.また,倍数性細胞の出現頻度にも増加は認められなかった.一方,陽性対照物質を処理した群においては顕著な染色体の構造異常を有する細胞の出現頻度の増加が認められた.
以上の結果から,シクロヘキセンは本試験条件下において染色体異常誘発能を有さない(陰性)と判定した.
なお,本被験物質及び類縁物質であるcyclobuteneやcyclopenteneの変異原性に関する報告はなかった.
文献
1) | A. Matsuoka et al., Mutat. Res., 66, 277 (1979). |
2) | 石館基監修,"<改訂>染色体異常試験データ集,"エル・アイ・シー,東京,1987, pp.19-24. |
連絡先 |
| 試験責任者: | 尾崎正康* |
| 試験担当者: | 古田鮎美,三浦康義,伊藤加奈,鈴木暢子 |
| (株)ボゾリサーチセンター |
| 〒412-0039 静岡県御殿場市かまど1284 |
| Tel 0550-82-9922 | Fax 0550-82-9922 | |
Correspondence |
| Authors: | Masayasu Ozaki(Study Director) Ayumi Furuta, Yasuyoshi Miura, Kana Ito, Youko Suzuki |
| Bozo Research Center Inc. |
| 1284 Kamado, Gotemba-shi, Shizuoka, 412-0039, Japan |
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