1,4-ブタンジオールのラットを用いる反復経口投与毒性・生殖発生毒性併合試験
Combined Repeat Dose and Reproductive/Developmental Toxicity Screening
Test of 1,4-Butanediol in Rats
要約
1,4-ブタンジオールの反復投与毒性・生殖発生毒性併合試験(以下,併合試験)を行い,同化合物の雌雄動物に及ぼす反復投与毒性ならびに生殖発生毒性について検討した.すなわち,0(媒体対照),200,400および800 mg/kgの1,4-ブタンジオールを,Sprague-Dawley系(Crj:CD)ラットの雌雄(各13匹/群)に,交配前2週間および交配期間2週間経口投与した.さらに,雄では交配期間終了後2週間,雌では妊娠期間を通して分娩後哺育3日まで投与を継続して,剖検した.
1. 反復投与毒性
いずれの被験物質投与群においても,投与後一過性に症状が発現し,投与量に依存してその重篤度は増加した.200 mg/kg投与群においては活動性が亢進した.400 mg/kg投与群においては活動性の亢進もみられたが,主として活動性は抑制され,800 mg/kg投与群においては昏睡状態に陥る動物もみられたが,5時間後には回復していた.
体重は400および800 mg/kg投与群において投与初期にその増加が抑制され,その後の増加率に変化はみられなかったが,初期の体重増加量の差が試験終了時まで継続した.また,これに付随して摂餌量も減少していた.
雄動物の血液学検査においては,何ら有意な変化は認められなかったが,血液生化学検査において,軽度で正常範囲内の変化であり,被験物質投与との関係は疑問視されるが,血糖値の統計的に有意な減少が観察された.
肉眼的解剖所見としては特筆すべき変化はみられなかったが,400 mg/kg以上の投与量群の膀胱の病理組織学観察により,移行上皮のびまん性過形成および粘膜固有層に線維化が認められた.
2. 生殖発生毒性
産児の形態および生存率については異常はみられなかったが,800 mg/kg投与群において軽度ではあったが有意な体重減少がみられた.
3. 無影響量
以上の試験成績から,本試験条件下では,1,4-ブタンジオールの反復投与毒性に関する無影響量は,雌雄ともに200 mg/kg/dayを下回る量, 生殖発生毒性に関する無影響量は雌雄ともに800 mg/kg/day,産児に対しては400 mg/kg/dayであると判断される.
方法
1. 被験物質
本試験に使用した1,4-ブタンジオール(ロット番号:KCM2119,純度:98.0 %)は,和光純薬工業(株)(東京)より提供を受けたもので,入手後は室温,遮光条件下で保管した.
被験物質は,局方注射用水(三亜製薬(株),製造番号:DH004)に溶解し,いずれの用量においても1回の投与液量が5 mL/kg体重になるように含量を調整し,調製検体は,室温で密封保管して使用した.投与検体中に含まれる被験物質の含量については,当研究所において確認した.
2. 使用動物および飼育方法
試験には,雌雄ともに7週齢で購入した日本チャールス・リバー(株)厚木飼育センター生産のSprague-Dawley系ラット(Crj:CD, SPF)を使用した.購入した動物は,入荷後1週間,馴化と検疫を兼ねて予備飼育し,雌雄とも投与開始日(投与1日)の体重をもとに体重別層化無作為抽出法に準じて群分けした.
各動物は,基準温湿度各24±1℃,および50-60 %,換気回数約15回/時間,照明12時間(午前7時-午後7時)に制御された飼育室で,金属製ケージに個別に収容して飼育し,固型飼料(CA-1,日本クレア(株))および飲料水(水道水,秦野市水道局給水)を自由に摂取させた.妊娠18日(精子確認日=妊娠0日)以後の母動物は,飼育ケージの床にステンレス製床板を敷き,床敷として木製チップ(ホワイトフレーク,日本チャールス・リバー(株))を適宜供給した.
3. 投与量,群構成,投与期間および投与方法
本試験の投与量は,本試験と同系統のラット各群雌雄5匹に,1,4-ブタンジオールの200,400,600,800,1000 mg/kgを1週間強制的に連続経口投与した予備試験(以下予備試験と略記)の結果に基づき,体重増加の抑制傾向,活動性低下(投与4日まで),活動性亢進(投与5日から),血尿などの変化が認められた800 mg/kgを本試験の高用量に設定し,以下,公比2で減じて中用量には400 mg/kgを,低用量には200 mg/kgを設定した.
各用量の投与検体は,雌雄13匹から成る各群の動物に対して剖検日前日まで,毎日1回,ラット用胃管を用いて経口投与した.すなわち,雄に対しては交配期間14日間および交配期間終了後14日間までの連続42日間,また,雌に対しては,交配前14日間と最長14日間の交配期間中(交尾まで),ならびに交尾雌では妊娠期間を通して剖検前日までの哺育3日(分娩日=哺育0日)まで,交尾後,分娩の認められなかった動物に対しては妊娠24日相当日まで,それぞれ投与した.毎日の投与は,午前9時から12時の間に行い,各動物の投与液量(5 mL/kg)は,雄ならびに交配前および交配期間中の雌については週1回の測定体重を基に,また,交尾後の雌については妊娠0日(交尾確認日)の体重を基にそれぞれ算出した.
4. 観察方法
1) 親動物
A. 一般状態の観察
雌雄とも,全例について飼育期間中毎日1回以上観察した.
B. 体重測定
雌雄とも,全例について体重を試験期間中週1回(雄:投与1,8,15,22,29,36,42日,雌:投与1,8,15日)および剖検日に測定した.雄動物と同居中の雌は,投与22日にも体重を測定した.また,交尾した雌では,妊娠0,7,14,20日に,さらに,分娩した雌では,哺育0および4日の体重を測定した.
C. 摂餌量測定
雌雄とも,全例について体重測定日と同日に餌重量を測定し,測定日から次の測定日までの間の摂餌量を算出した.2週間の交配期間中は摂餌量を測定しなかった.交尾した雌では,妊娠0-7,7-14,14-20日の,さらに,分娩した雌では,哺育0-4日の摂餌量を測定した.
D. 尿検査
検査日は投与1,8,および15日とし,全例について投与後約4時間目の尿を強制排泄させて,尿中の血色素について試験紙法(マルティスティックス/クリニテック200,マイルス三共)により尿検査を実施した.採尿が困難な場合には,極度の刺激を避けるため採尿を中止した.
E. 交配
交配は,投与15日の夕方から最長14日間,同群内の雌雄を1対1で同居させて行った.交尾成立の確認は,毎朝,腟栓および腟垢標本中の精子の存在を調べることにより行い,交尾が確認された雌は,その日を妊娠0日と起算して雄から分離し,個別に飼育した.交配結果から,各群について交尾率[(交尾動物数/交配動物数)×100],受胎率[(受胎動物数/交尾動物数)×100],同居開始日から交尾確認日までの日数およびその間に回帰した発情期の回数を求めた.
F. 分娩・哺育状態の観察
各群とも交尾した雌は,全例を自然分娩させた.分娩状態の観察は分娩を直接観察できたものについてのみ行った.また,直接観察できなかった例においても分娩後の徴候から分娩状態の良否が判定できるものについては,それを記録した.分娩後は哺育状態を観察し,異常の有無を記録した.
G.分娩日の規定
分娩の確認は,午前9〜11時に限定し,この時間帯に分娩が完了していることを確認した動物について,その日を分娩日と規定した.午前11時を過ぎて分娩を終了した動物については,翌日を分娩日とした.
分娩を確認した全例について妊娠期間(妊娠0日から分娩日までの日数)を算定し,出産率[(生児出産雌数/受胎動物数)×100]を各群について求めた.
H. 最終検査
(1) 雄動物
全例について, 最終投与日に絶食を開始し,その翌日 (絶食開始18〜24時間後) に以下の検査を行った.
イ. 血液学検査
ペントバルビタール麻酔下で腹部後大静脈よりEDTAを抗凝固剤として採血し,Coulter Counter Model S-PLUS IV(コールターエレクトロニクス)を用いた電気抵抗法により,赤血球数(RBC),白血球数(WBC),平均赤血球容積(MCV),血小板数を自動測定し,また,吸光度法により血色素量(Hb)を自動測定してそれらの値から平均赤血球血色素量(MCH=Hb×1000/RBC),ヘマトクリット値(Ht=RBC×MCV×0.001),平均赤血球血色素濃度(MCHC=Hb×100/Ht)を算出した.白血球分類は,Wright-Giemsa染色した静脈血塗抹標本を光学顕微鏡下で観察することにより視算した.
ロ. 血液生化学検査
全例について,血液学検査のための採血に引き続き,ヘパリンを抗凝固剤として採血し,血漿を分離して,遠心方式生化学自動分析装置COBAS-FARA(ロシュ)を用いて総蛋白濃度(ビウレット法),アルブミン濃度(BCG法),総コレステロール濃度(COD・DAOS法),ブドウ糖濃度(グルコキナーゼG6PDH法),尿素窒素濃度(BUN;ウレアーゼGr.DH法),クレアチニン濃度(Jaff法),アルカリフォスファターゼ活性(パラニトロフェニルリン酸基質法),GOTおよびGPT活性(SSCC法),総ビリルビン濃度(ビリルビン「ロシュ」キットSシリーズ),カルシウム濃度(OCPC法),無機リン濃度(Inorg. phos. ;モリブデン酸直接法),γ-GTP活性(γ-グルタミル-3-カルボキシ-4-ニトロアニリド基質法)を測定し,全自動電解質分析装置EA05(A&T)を用いてイオン電極法により,塩素,ナトリウムおよびカリウムの各濃度を測定した.また,A/G比は上記の測定結果に基づいて算出した.
ハ. 病理学検査
全例について剖検し,器官・組織の肉眼的観察を実施した.その際,胸腺,肝臓,腎臓,精巣および精巣上体の重量を測定し,併せて比体重値(相対重量)を算出した.精巣および精巣上体を除くこれらの器官および脳,心臓,脾臓,副腎,膀胱ならびに右側ハーダー腺は10 w/v%ホルマリン液に,精巣および精巣上体はブアン液に固定して保存した.固定器官のうち,膀胱はすべての投与群について,また,その他の器官は対照群および高用量群について常法に従ってパラフィン切片とし,ヘマトキシリン-エオジン染色を行って病理組織学検査を行った.
(2) 雌動物
分娩した動物は哺育4日に,交尾は確認されたが分娩しなかった動物は妊娠25日相当日に,それぞれペントバルビタールナトリウム麻酔下で放血・致死させて剖検した.妊・不妊のいずれの例においても卵巣および子宮を摘出し,子宮については着床数を数え,着床の認められた動物を妊娠例とした.卵巣は実体顕微鏡下で妊娠黄体数を数え,ブアン液に固定して保存した.不妊動物の子宮についてはSalewski法1)により不妊を確認し,卵巣については病理組織学検査を行った.また,肝臓,腎臓および胸腺重量を測定した.これらの器官および脳,心臓,脾臓,副腎,膀胱および右側ハーダー腺は,10 w/v%ホルマリン液に固定して保存した.これらの固定器官は対照群および高用量群について雄と同様に病理組織学検査を行った.なお,膀胱,胸腺および脾臓に関しては,対照群と高用量群の所見の間に差異が認められたため,これらの器官に関しては,低および中用量群の雌動物についても病理組織学観察を行った.
2) 出生児
A. 産児数の算定
哺育0日に産児数(生存児+死亡児)を調べ,分娩率[(産児数/着床痕数)×100]および生児出産率[(出産生児数/着床痕数)×100]を求めた.また,産児の外表奇形の有無および性別を調べ,生存児の性比[(雄の生児数/雌の生児数)×100]を算出した.
B. 死亡児数の算定
死亡児数を毎日調べ,出生率[(出産生児数/産児数)×100]および新生児の4日の生存率[(哺育4日の生児数/哺育0日の生児数)×100]を求めた.死亡児は剖検し,異常の有無,外表および内部器官の肉眼的観察を行った.
C. 体重測定
哺育0日および4日に一腹単位で雌雄別に体重(litter重量)を測定し,(litter重量/測定児数)を各腹について求めた.
D. 剖検
哺育4日に全例をエーテル吸入により致死させて剖検し,外表および内部器官の肉眼的観察を実施した.
5. 統計解析
交尾率および受胎率についてはc2検定を行った.その他のすべてのデータは,個体毎に得られた値あるいは各腹児の平均値を1標本として,先ず,Bartlett法により各群の分散の均一性について検定した.その結果,分散が均一であると判定された場合には,一元配置型の分散分析を行い,群間に有意性が認められた場合には Dunnett法2)あるいはScheff法3)により対照群と各被験物質投与群との間で平均値の差の検定を行った.分散が均一でなかった場合は,Kruskal-Wallisの順位検定4)を行い,群間に有意性が認められた場合に対照群と各被験物質投与群との差についてDunnett型あるいはScheff法の検定を行った.病理組織学検査所見中,対照群および被験物質投与群の両方に共通してみられ,被験物質投与群で頻度および程度が増加している所見についてはWilcoxonの順位和検定法により対照群と被験物質投与群の差について有意差検定を行った.有意水準は,5 %および1 %とした.
結果
1. 反復投与毒性(親動物所見)
1) 一般状態
いずれの投与群の雌雄動物にも死亡は認められなかった.
200 mg/kg 投与群の雌雄動物において,3回目投与後より,活動性の増加を示す動物がみられた.こうした動物の数は投与1週頃まで次第に増加し,雌雄動物それぞれ10および11匹に認められたが,その後は次第に減少し,投与23日以後はみられなくなった.この症状は投与後約20分頃より始まり,その後約30分程で消失した.400 mg/kg投与群においては,全ての動物において,初回投与後より活動性の変化が観察され,投与回数の増加と共に症状の現われ方に変化が認められた.すなわち投与初期には,投与約20分後より活動性の減少が現われ,約30分後には回復したが,投与3日頃より先ず活動性の増加が現し,その後に減少する動物も観察されるようになった.また,活動性の増加あるいは減少の後,腹臥位を呈する動物も少数みられた.雄動物においては,この症状は投与期間を通して観察されたが,雌動物においては,妊娠期間中は軽度となる傾向が認められた.800 mg/kg投与群においても,投与20分後頃より全ての動物に毒性症状が認められたが,症状はさらに重篤で,活動性の減少から腹臥位を呈した.また,投与初期には昏睡に陥る動物も雌雄にそれぞれ数匹認められた.しかし,こうした症状も投与5時間後には消失していた.この投与群においても,投与開始後1週間を経過すると投与回数の増加と共に,特に雌動物においては妊娠期間中の症状の程度および発現動物数は減少した.しかし,この投与群においては,投与期間の後半期に,雌動物においては妊娠後半期に,軽度の眼球突出を示す動物が雌雄にそれぞれ7および6匹認められた.哺育期間中は,妊娠期間中に比較して,活動性の減少および昏睡状態を呈する動物数は増加し,またこうした症状を示す時間も延長する傾向にあった.
2) 体重
A. 雄動物(Table 1)
200 mg/kg投与群においては,投与期間中の平均体重は対照群と比較して有意差は認められなかったが,400 mg/kgおよび800 mg/kg投与群においては,投与初期の体重増加抑制による平均体重の差が,実験終了時まで用量依存的に継続して認められた.すなわち,400 mg/kg投与群では,投与期間中の平均体重は,対照群に比較して統計的に有意ではないが低値であった.また,800 mg/kg投与群においては,投与期間を通じて,平均体重は有意(p<0.01)に減少した.
B. 雌動物(Table 2)
(1) 交配前
200 mg/kg投与群の平均体重は,対照群と殆ど同等であった.400 mg/kg投与群では投与開始後の平均体重は,対照群と比較した場合,低値であったが,有意な変化ではなかった.800 mg/kg投与群においては,投与開始後1週間および2週間後の平均体重は有意(p<0.05またはp<0.01)に減少した.
(2) 妊娠期間
被験物質投与群の妊娠期間中の平均体重は,特に妊娠後半期において,投与量依存的な減少が認められた.200 mg/kg投与群においては,対照群に比較して統計的に有意な減少ではなかったが,400 mg/kg投与群においては,妊娠14日の平均体重は有意(p<0.05)に減少し,妊娠20日の平均体重も有意差は認められなかったが,低値のまま推移した.800 mg/kg投与群の平均体重は,妊娠期間を通じて有意(p<0.05またはp<0.01)に減少した.
(3) 哺育期間
哺育期間の体重は,妊娠末期の平均体重の差が継続的に示されていると考えられ,分娩日および哺育4日の平均体重は,400 mg/kg投与群および800 mg/kg投与群で,対照群に比較して有意(p<0.05またはp<0.01)に減少した.
3) 摂餌量
A. 雄動物(Table 3)
200 mg/kg投与群の摂餌量については,対照群に比較して殆ど差がみられなかった.400 mg/kg投与群においては,投与開始後2週間の摂餌量が軽度(7.6 %〜9.8 %)ではあったが有意(p<0.05またはp<0.01)に減少していた.800 mg/kg投与群においては,測定した全ての期間にわたって有意(p<0.05またはp<0.01)に減少しており,減少の程度は約7 %〜20 %であった.
B. 雌動物(Table 4)
(1) 交配前
200 mg/kg投与群の摂餌量は対照群と同等であった.400 mg/kg投与群の摂餌量はいずれの週においても,対照群に比較して減少(6.3 %〜7.5 %)しており,投与開始後の1週間においてはこの減少は統計的に有意(p<0.05)であった.800 mg/kg投与群においても統計的に有意(p<0.01)な減少が認められ,対照群に比較した減少の程度は約10 %〜15 %であった.
(2) 妊娠期間
200 mg/kg投与群の摂餌量は,いずれの測定時においても対照群より減少(2.3 %〜4.7 %)していたが,統計的に有意なものではなかった.400 mg/kg投与群においても摂餌量はすべての測定時に減少(5.6 %〜10.2 %)しており,妊娠前半期の減少は統計的に有意(p<0.05あるいはp<0.01)であった.800 mg/kg投与群の摂餌量は,いずれの測定時においても有意(p<0.05あるいはp<0.01)に減少しており,その減少は対照群に比較して約9 %〜11 % であった.
(3) 哺育期間
被験物質各投与群の摂餌量はいずれの投与量群においても対照群に比較して減少(8.8 %〜15.0 %)しており,減少の程度は投与量に依存していた.しかし,摂餌量の個体差が比較的大きかったため,統計的有意差はみられなかった.
4) 尿検査
いずれの被験物質各投与群およびいずれの検査日においても,尿中に血色素が認められた動物の頻度に有意差はみられなかった.しかし,800 mg/kg投与群の投与初日の検査において,著しい量の血色素を排泄した動物が雌雄にそれぞれ3および2匹認められた.
5) 解剖時検査
A. 雄
(1) 血液学検査(Table 5)
赤血球系の変化として400 mg/kg投与群のHb(15.0 g/dL)および800 mg/kg投与群のHb(14.9 g/dL)ならびにHt(42.7 %)が統計的に有意(p<0.05 あるいはp<0.01)に減少していたが,その程度は極めて軽度のものであった.当研究所の14週齢雄ラットにおける過去5試験のHbおよびHtは,それぞれ14.5〜15.6 g/dLおよび40.1〜44.3 %であり,上記変化はすべてこれらの範囲内に含まれることから,毒性学的に無意味なものと考えられる.
(2) 血液生化学検査(Table 6)
被験物質各投与群において,血糖値の軽度ではあるが有意(p<0.01)な減少が認められた.対照群における血糖値の変動幅は,129〜150 mg/dLであったが,200,400および800 mg/kg投与群ではそれぞれ105〜138,115〜141および98〜131 mg/dLであった.また,200および800 mg/kg投与群においてカリウムの軽度ではあるが統計的に有意(p<0.01)な減少,および,これら投与群におけるリンの軽度ではあるが統計的に有意(p<0.05あるいはp<0.01)な増加が認められた.これらカリウムおよびリンの変化はいずれも正常範囲内の変化であり,毒性学的には無意味なものと考えられる.
(3) 器官重量(Table 7)
400および800 mg/kg投与群の肝臓実重量が有意(p<0.05あるいはp<0.01)に減少していたが,体重比重量には有意差は認められなかった.この変化は体重減少を反映したものと考えられる.また,800 mg/kg投与群においては,腎臓実重量の有意(p<0.05)な減少および精巣の比重量の有意(p<0.05)な増加が認められたが,いずれも体重減少に関連して生じた変化であり,毒性学的に意味のある変化ではなかった.
(4) 剖検
被験物質投与に起因したと考えられる異常所見は認められなかった.
(5) 病理組織学検査(Table 8)
膀胱,肝臓,腎臓,心臓,脾臓,精巣,精巣上体およびハーダー腺に以下の所見が認められた.その他の組織に異常は観察されなかった.
(膀胱)
400 mg/kg投与群の5匹および800 mg/kg投与群の7匹に粘膜上皮のびまん性過形成がみられ,400 mg/kg投与群の4匹および800 mg/kg投与群の12匹の粘膜固有層に線維化が認められた.その他,対照群の3匹,400 mg/kg投与群の2匹および800 mg/kg投与群の1匹の粘膜固有層にリンパ球の浸潤が認められた.
(肝臓)
対照群および800 mg/kg投与群に小葉周辺性の肝細胞の脂肪化,小肉芽腫,髄外造血,巣状壊死および壊死巣への好中球の浸潤がみられたが,両群間に頻度および程度の差はなかった.
(腎臓)
対照群および800 mg/kg投与群に,萎縮あるいは再生尿細管,eosinophilic body,尿細管の限局性拡張,腎盂の拡張がみられたが,両群間に頻度および程度の差はみられなかった.その他,対照群の1匹にリンパ球の浸潤が認められた.
(心臓)
対照群の1匹に心筋の線維化がみられ,対照群および800 mg/kg投与群の各1匹に巣状壊死が認められた.
(脾臓)
対照群および800 mg/kg投与群に,髄外造血巣および色素沈着がみられたが,両群間に頻度および程度の差はみられなかった.その他,対照群の1匹および800 mg/kg投与群の3匹に,極めて軽度の鬱血が認められた.
(精巣)
800 mg/kg投与群の1匹の精細管内に,多核巨細胞が認められた.
(精巣上体)
対照群および800 mg/kg投与群に,リンパ球の浸潤,精子肉芽腫がみられたが,両群間に頻度および程度の差は認められなかった.
(ハーダー腺)
対照群の4匹および800 mg/kg投与群の1匹にリンパ球の浸潤がみられた以外に変化は認められなかった.
B. 雌動物
(1) 器官重量(Table 7)
400 mg/kg投与群においては,肝臓の実重量が有意(p<0.05)に減少し,腎臓の比重量が有意(p<0.05)に増加していた.800 mg/kg投与群においては,肝臓の実重量および比重量が有意(p<0.01)に減少し,また,腎臓の実重量も有意(p<0.05)に減少していた.これらの変化はいずれも体重減少に伴って生じた変化であり,毒性学的に意味のある変化ではなかった.
(2) 剖検
被験物質投与に起因すると思われる異常所見はなかった.
(3) 病理組織学検査(Table 8)
膀胱,胸腺,肝臓,腎臓,心臓, 脾臓およびハーダー腺に以下の所見が認められた.その他の組織に異常は観察されなかった.
各器官における観察所見の概要は以下の通りである.
(膀胱)
400 mg/kg投与群の1匹および800 mg/kg投与群の3匹に上皮のびまん性過形成がみられ,400 mg/kg投与群の2匹および800 mg/kg投与群の12匹の粘膜固有層に線維化が認められた.その他,200 mg/kg投与群の1匹の粘膜固有層にリンパ球の浸潤が認められた.
(胸腺)
対照群を含む各投与群に萎縮がみられたが,400および800 mg/kg投与群では,その頻度は対照群よりも高かった.その他,400および800 mg/kg投与群の各1匹に,出血が認められた.
(肝臓)
対照群および800 mg/kg投与群に,小葉周辺性の脂肪化,小肉芽腫および髄外造血がみられたが,両群間に頻度および程度の差はなかった.
(腎臓)
対照群および800 mg/kg投与群に,萎縮あるいは再生尿細管がみられたが,両群間に頻度および程度の差はなかった.その他,800 mg/kg投与群の1匹に,皮髄境界部の石灰沈着が認められた.
(心臓)
対照群の1匹に巣状壊死がみられた.
(脾臓)
対照群を含む各群に髄外造血巣がみられたが,800 mg/kg投与群では造血細胞の減少が認められる例が多かった.その他,対照群を含む各群に色素沈着がみられたが,各群間に頻度および程度の差はなかった.その他,400 mg/kg投与群の2匹および800 mg/kg投与群の3匹に鬱血が見られ,対照群の1匹に線維化が認められた.
(ハーダー腺)
対照群および800 mg/kg投与群の各1匹に色素沈着の亢進がみられた.
2. 生殖発生毒性
1) 生殖関連所見
A. 交配成績(Table 9)
交尾率はいずれの投与群においても100 %であった.不妊動物が,対照群,200および800 mg/kg投与群にそれぞれ1,1および2匹認められたが,被験物質投与と関連する有意な変化ではなかった.
B. 分娩および哺育状態
分娩および哺育状態に関しても異常所見はなかった.
C. 妊娠黄体数,着床数および着床率(Table 10)
これら観察項目に関しても異常所見はなかった.
D. 出産率および妊娠期間(Table 10)
対照群を含むいずれの投与群においても,全ての妊娠動物が分娩し,妊娠期間に関しても異常はみられなかった.
2) 出生児所見
A. 一般状態および生存性(Table 10)
生存性に関しては,対照群を含むいずれの投与群においても異常所見はなかった.
B. 体重(Table 10)
対照群に比較した雌雄産児の生後4日の体重が,800 mg/kg投与群において僅か(10.2 %および8.8 %)ではあるが有意(p<0.05)に減少した.
C. 形態
産児の形態に関しては,対照群を含むいずれの投与群においても異常所見はなかった.
考察
主要な変化として,行動あるいは一般状態に対する影響,血糖値の軽度の低下および膀胱における病理組織学変化が認められた.
1,4-ブタンジオール投与による毒性試験はいくつか報告されており5-8),その中で共通して観察されている一般状態の変化としては,表現上の差異はあるものの,活動性の減少および睡眠であった.本試験においても,こうした変化は400 mg/kg以上の投与量において観察された.200 mg/kg投与群においては活動性はむしろ亢進したが,これは1,4-ブタンジオールの生物学的活性9), 10)に起因する変化と考え,毒性変化とはみなさなかった.400 mg/kg投与群においては,投与の進行に伴って活動性の現われ方はやや変化し,亢進を示す動物も発現した.また,こうした投与の進行に伴う変化は,1,4-ブタンジオールの代謝速度の変化を示唆していると思われる.妊娠期間中に症状が軽減する傾向がみられた理由としては,この期間中動物の体重が急速に増加し,妊娠末期までに約50 %〜60 %増加していたのに対し,1,4-ブタンジオールの妊娠期間中の投与量が妊娠0日の体重に基づいていたことによるものと思われる.
雄動物の血液生化学検査において,軽度ではあるが,統計的に有意な減少が観察された.Jedrychowskiら7)は1,4-ブタンジオールの最高500 mg/kgまでの投与量を,Wistar系ラットに28日間経口投与したが,血糖値に関しては,統計的に有意差は認めていないがその平均値は投与量の増加とともにむしろ上昇していた.したがって本試験でみられた血糖値の軽度の減少は,被験物質投与によるものか否か,疑問視される.
膀胱の病理組織学観察において,移行上皮のびまん性過形成および粘膜固有層の線維化が400 mg/kg以上の投与量群において観察されたが,これらの所見は過去の報告には見当たらなかった.しかし1,4-ブタンジオールは各種器官に充血をもたらすことが報告されており11),充血による透過性の亢進が被験物質あるいはその代謝物の組織中への移行を助長し,その結果これら物質が膀胱粘膜を刺激したと考えることができよう.
生殖発生毒性に関しては,親世代の生殖能に関連した観察項目において,被験物質投与との関連を示す変化は認められなかった.産児に関しては,雌雄産児の生後4日の体重が,800 mg/kg投与群において減少した.この減少は母動物の哺育4日の平均体重が低値であったことに起因しているのかもしれないが,毒性学的意義は不明である.
以上の試験成績から,本試験条件下では,1,4-ブタンジオールの反復投与毒性に関する無影響量は,雌雄ともに200 mg/kg/dayを下回る量, 生殖発生毒性に関する無影響量は雌雄ともに800 mg/kg/day,産児に対しては400 mg/kg/dayであると判断される.
文献
1) | E. Salewski, Naunyn-schmiedebergs arch. Exp. Pathol. Pharmakol., 247, 367(1964). |
2) | C. W. Dunnett, Biometrics., 20, 482(1964). |
3) | H. Scheff, Biometrika., 40, 87(1953). |
4) | W. H. Kruskal and W. A. Wallis, J. Amer. Statist. Assoc., 47, 583(1952). |
5) | P. V. Taberner, J. T. Rick and G. A. Kerkut, Life Sciences, 11, 335(1972). |
6) | P. V. Taberner and M. J. Pearce, J. Pharm. Pharmac., 26, 597(1974). |
7) | R. A. Jedrychowski, R. Grny, J. Stetkiewicz and I. Stetkiewicz, Polish J. Occu. Med., 3, 421(1990). |
8) | National Toxicology Program, Final Study Report. (1994). |
9) | F. Poidrugo and O. C. Snead III, Neuropharmacol., 23, 109(1984). |
10) | H. Sprince, J. A. Josephs Jr. and C. R. Wilpizeski, Life Sciences, 5, 2041(1966). |
11) | S. P. Knyshova, Hyg. Sanit., 33, 41(1968). |
連絡先 |
| 試験責任者: | 藤井孝朗 |
| 試験担当者: | 橋本 豊,佐藤昌子,宮原 敬,田子和美,関 剛幸,小島幸一,吉村愼介,畔上二郎,三枝克彦,稲田浩子,松木容彦,中込まどか |
| (財)食品薬品安全センター |
| 〒257-8523 神奈川県秦野市落合725-3 |
| Tel 0463-82-4751 | Fax 0463-82-9627 | |
Correspondence |
| Authors: | Takaaki Fujii (Study director)
Yutaka Hashimoto, Masako Sato, Takashi Miyahara, Kazumi Tago, Takayuki Seki, Kohichi Kojima, Shinsuke Yoshimura, Jiro Azegami, Katsuhiko Saegusa, Hiroko Inada, Yasuhiko Matsuki, Madoka Nakagomi |
| Hatano Research Institute, Food and Drug Safety Center in Reproductive Toxicology |
| 729-5 Ochiai, Hadano city, Kanagawa, 257-8523, Japan |
| Tel +81-463-82-4751 | Fax +81-463-82-9627 | |