その結果,500 mg/kg投与群の雄で投与期間中に10例中9例が死亡または切迫屠殺した.
一般状態の変化として,500 mg/kg投与群の雌雄では投与第1週から3週に,活動性の低下,閉眼あるいは半眼が散見されたが,これらの症状はいずれも投与した翌日には消失した.投与第3週以降,雌雄とも前肢の引っ掻き様常同行動がみられるようになり,雄では投与第20日以降に間代性あるいは強直性痙攣がみられ,投与第21日から25日の間に10例中4例が死亡し,5例が瀕死状態となったため切迫屠殺した.体重の変化としては,500 mg/kg投与群の雄で投与第15日以降に有意な低値となり,摂餌量も減少した.血液学検査では,100 mg/kg投与群の雄でヘマトクリット値の減少と平均赤血球血色素濃度の上昇が認められた.また,雌では投与期間終了時に著しい変化は認められなかったが,回復期間終了時の検査で赤血球数,血色素量およびヘマトクリット値の減少が認められた.血液生化学検査では,500 mg/kg投与群の雌でアルブミン濃度およびγ-GTP活性の上昇が認められた.器官重量では,肝臓の絶対あるいは相対重量の増加が100 mg/kg以上の投与群に,また,腎臓の絶対あるいは相対重量の増加が100 mg/kg投与群の雄および500 mg/kg投与群の雌に認められた.剖検所見としては,死亡例,切迫屠殺例および投与期間終了時の500 mg/kg投与群の一部の例に,前胃あるいは腺胃粘膜の肥厚,腺胃の暗色点が認められた.また,死亡および切迫屠殺例では,脾臓の小型化および淡色化,腎臓の大型化あるいは肺の暗色部が観察される例があった.病理組織学検査では,死亡および切迫屠殺例を含め,肝臓の小葉中心性の肝細胞肥大が100 mg/kg以上の投与群の雌雄に認められた.脳では,視床下部,視床の空胞変性が500 mg/kg投与群に観察された.脾臓では,ヘモジデリン沈着の増強が500 mg/kg投与群に認められ,死亡あるいは切迫屠殺例では,髄外造血がほとんどみられず,萎縮が観察される例があった.精巣では,精細管の萎縮が100 mg/kg以上の投与群にみられ,500 mg/kg投与群では,精巣上体管腔内の細胞残屑と精子数の減少が認められる例があった.胃では,軽微から軽度な前胃粘膜の過形成が100 mg/kg以上の投与群の雄および500 mg/kg投与群の雌にみられたほか,剖検所見で病変がみられた胃では,前胃あるいは腺胃粘膜のびらん,腺胃粘膜の出血,前胃あるいは腺胃粘膜固有層の好中球の浸潤が認められた.一方,雌の回復期間終了時の検査では,脾臓のヘモジデリン沈着がさらに増強したが,死亡例,切迫屠殺例および投与期間終了時の被験物質投与群でみられた肝臓の小葉中心性の肝細胞肥大および脳の空胞変性はいずれも観察されなかった.
以上のことから,本試験条件下におけるl-ブロモ-3- クロロプロパンの無影響量は,雌雄とも20 mg/kg/dayであると判断された.
投与検体は,用量ごとに被験物質を秤量し,所定濃度となるようにコーン油(ロット番号:V8P7069,ナカライテスク(株)を加えて溶解して調製した.
初回に調製した各濃度の投与検体の含量測定を実施した結果,溶液中の被験物質の平均含量は,所定濃度の99.9〜102 %であった.また,動物試験に先立って,被験物質の0.4および20 w/v%溶液の安定性を調べたところ,室温,遮光条件下で10日間は安定であることが確認されたため,投与検体の調製は1週間に1回の頻度で調製し,室温,遮光下で保管した.
群分けは,検疫期間中に異常がなかった動物を用い,投与開始前日の体重に基づいて体重別層化無作為抽出法により行った.動物数は,雌雄とも対照群および高用量群を各10匹とし,低および中用量群を各5匹とした.
動物は,温度24 ± 1 ℃,湿度50〜65 %,換気回数約15回/時,照明12時間(7〜19時点灯)に設定した飼育室内で,金属製金網床ケージに1匹ずつ収容し,固型飼料(CE-2,日本クレア(株)および水道水(秦野市水道局給水)を自由摂取させて飼育した.
投与経路は強制経口投与とし,1日1回,28日間,ラット用胃管を用いて投与した.投与容量は5 mL/kgとし,投与液量は雌雄とも最近時の体重をもとに個体別に算出した.なお,雌の回復期間は14日間とした.
法),アルカリフォスファターゼ活性(GSCC法),GOT活性(IFCC法),GPT活性(IFCC法),γ-GTP活性(γ-グルタミル-3-カルボキシ-4-ニトロアニリド基質法),トリグリセライド濃度(GPO・DAOS法),無機リン濃度(モリブデン酸直接法),カルシウム濃度(OCPC法)を測定し,A/G比を算出した.また,全自動電解質分析装置(EA05,(株)A&T)により,ナトリウム濃度,カリウム濃度および塩素濃度(イオン電極法)を測定した.
一方,雌では投与期間終了時のいずれの検査項目においても,対照群と被験物質投与群の間に有意な差は認められなかったが,回復期間終了時の被験物質投与群では,赤血球数,血色素量およびヘマトクリット値の有意な減少が認められた.
投与期間中の切迫屠殺例では,血液学検査所見に一定の傾向の変化は認められなかった.
回復期間終了時の被験物質投与群の雌では塩素濃度の有意な上昇がみられたほか,クレアチニン濃度の有意な上昇とGPT活性の有意な低下が認められた.
投与期間中の雄の切迫屠殺例では,投与期間終了時の検査と同様に塩素濃度の著しい上昇がみられたほか,他の電解質濃度も高い傾向にあった.
回復期間終了時では,卵巣の暗色点が500 mg/kg投与群の1例に認められた.
一方,投与第21日から25日の間に死亡あるいは切迫屠殺した9例のうち,4例では前胃および腺胃粘膜の肥厚が,また,他の4例では腺胃粘膜の暗色点が認められた.また,脾臓の小型化が8例,淡色化が4例に観察された.その他,腎臓の大型化と肺の暗色部がそれぞれ2例に認められた.
回復期間終了時の被験物質投与群の雌では,脳の絶対重量に有意な減少がみられ,心臓および肝臓の相対重量に有意な増加が認められた.
投与期間中の雄の切迫屠殺例における器官重量では,肝臓および腎臓重量が増加し,脾臓重量が低値の傾向にあった以外に著しい変化は認められなかった.
その結果,主として脳,肝臓,精巣および造血系で被験物質投与に起因したと考えられる毒性変化が生じ,500 mg/kg投与群の雄には死亡例がみられた.すなわち,500 mg/kg投与群の雌雄では,投与期間の前半に,活動性の低下,閉眼あるいは半眼が散見され,その後,前肢の引っ掻き様常同行動がみられるようになり,雄では投与第20日以降,間代性あるいは強直性痙攣がみられ,痙攣の発症した例では死亡あるいは瀕死状態となった.この他,投与期間中に,100 mg/kg以上の投与群では流涎が,また,500 mg/kg投与群では流涙が観察され,特に500mg/kg投与群の流涎は,投与後1時間以上継続してみられる例が多かった.これらの所見に関連した変化として,500 mg/kg投与群では,死亡あるいは切迫屠殺例を含め,雌雄とも視床下部あるいは視床に空胞変性が認められた.また,雌の回復試験では,投与を中止した後,前述の症状は消失し,回復期間終了時解剖例の脳の絶対重量が減少したが,組織学検査では異常所見がなかったことから,雌では脳の所見は可逆的変化であることが確認された.後述するように,l-ブロモ-3-クロロプロパン投与により,血漿中の臭素イオン濃度が上昇していると考えられ,いわゆるブロム中毒の可能性があるが,一般に臭化物は大脳皮質の機能を鎮静化するとされており,今回みられた痙攣を伴う症状の報告はみあたらない.また,大西ら1)は,l-ブロモ-3-クロロプロパンと同様なハロゲン化プロパンの一種である1-ブロモプロパンの吸入曝露により失調性歩行と小脳プルキンエ細胞の変性を生じることを明らかにしているが,その症状と組織学変化は,今回の試験結果と一致しなかった.
肝臓に関する所見としては,100 mg/kg以上の投与群で雌雄とも肝臓重量が増加し,小葉中心性の肝細胞肥大が観察された.血液生化学検査所見としては,500 mg/kg投与群の雌でアルブミン濃度が増加し,γ-GTP活性の上昇がみられたが,いずれも変化としては,軽度なものであった.また,雌の回復試験では,肝臓の相対重量の増加はみられたが,投与期間終了時にみられた他の変化は認められなかった.これらの所見の成因および関連性については,本試験では明らかにすることはできなかったが,l-ブロモ-3-クロロプロパン投与により肝臓への影響があるものと考えられる.
精巣に関する所見としては,100 mg/kg以上の投与群で精細管の萎縮があり,500 mg/kg投与群では,精巣上体管腔内の細胞残屑と精子数の減少が認められる例があった.l-ブロモ-3-クロロプロパンのサルモネラ菌にS9 Mixを加えた代謝活性化法の変異原性試験は陽性であり2),また,ハロゲン化プロパンは,ラットの精巣にDNA障害に起因する変化を起こすことが知られている3)ことから,本試験でみられた精巣および精巣上体の所見も,被験物質投与に起因する変化と考えられる.
血液学検査所見としては,投与期間終了時では,100 mg/kg投与群の雄にヘマトクリット値の減少と平均赤血球血色素濃度の上昇が認められた.また,雌では投与期間終了時には血液学検査所見に変化はなかったが,回復期間終了時の検査では,赤血球数,血色素量およびヘマトクリット値の減少が認められた.これらの変化に関連して,500 mg/kg投与群の脾臓ではヘモジデリン沈着の増強がみられたが,骨髄には変化は認められなかった.ハロゲン化プロパンの一種である1,2-ジクロロプロパン投与により,血中グルタチオンが低下し,溶血が生じることが報告されており4),今回投与期間終了時の100 mg/kg投与群の雄および回復期間終了時の雌でみられた貧血所見もl-ブロモ-3-クロロプロパン投与による溶血が主な成因と考えられる.
この他,血漿中の塩素濃度測定値が用量に依存して上昇し,雄では20 mg/kg以上,雌では100 mg/kg以上の用量で有意差が認められ,500 mg/kg投与群では,150 mEq/Lを超える個体もあった.関連する所見としては,500 mg/kg投与群の雌では,カリウム濃度の上昇がみられ,また,同群では,雌雄とも投与第4週に検査した尿のpHは低い傾向にあった.塩素濃度の測定には,イオン電極法を用いたが,この方法は臭素イオン等により影響を受けることが知られている5)ことから,塩素濃度の高い値を示した例の血漿について,イオンクロマトグラフ法により各陰イオン濃度の確認をした.その結果,多量の臭素イオンが検出され,本試験で認められた血漿中塩素濃度測定値の上昇には臭素イオンが影響したものと判断した.したがって,l-ブロモ-3-クロロプロパン投与により血中の臭素イオンが増加し,高用量群では臭素イオンの排泄にともなって水素イオンの排泄が増して尿のpHが低い値を示したものと考えられる.
死亡例および切迫屠殺例を主に,前胃粘膜の過形成,前胃あるいは腺胃粘膜のびらん,胃粘膜固有層の好中球の浸潤などの所見が認められた.これらは高用量群を中心に投与後の流涎が顕著であったことから,投与検体の刺激性に起因した変化と考えられる.
その他,500 mg/kg投与群では,雄において投与第15日以降の体重に減少あるいは増加抑制がみられ,雌雄とも投与第1日から2日の摂餌量が低値であった.これらの変化は,前述の一般状態の症状に関連した変化と考えられる.なお,500 mg/kg投与群の雌において,投与第3週の摂餌量が高値を示したが,体重に増加傾向もみられないことから餌こぼし量の増加による可能性がある.また,500 mg/kg投与群の雌では腎臓および心臓重量に,100 mg/kg投与群の雄では腎臓重量に,それぞれ増加がみられたが,いずれも組織学検査では関連する変化が認められず,これらの器官の重量増加の成因は,本試験では明らかにすることはできなかった.
以上のように,l-ブロモ-3-クロロプロパンの反復投与により,500 mg/kgの用量では,脳の視床下部,視床に空胞変性がみられ,雄では痙攣等の神経症状を示した後に死亡した.また,100 mg/kg以上の用量では,雌雄とも肝臓の小葉中心性の肝細胞肥大がみられ,雄では精細管の萎縮が認められた.この他貧血所見がみられ,脾臓のヘモジデリン沈着が増強した.これらのことから,本試験条件下におけるl-ブロモ-3-クロロプロパンの無影響量は,雌雄とも20 mg/kg/dayであると考えられる.
| 1) | 大西晃生,石田尾徹,笠井孝彦,嵐谷奎一,保利 一,産業医科大学雑誌,21, 23(1999). |
| 2) | 労働省労働基準局安全衛生部化学物質調査課監修,” 既存化学物質変異原性試験データ集,”日本化学物質安全・情報センター,1996, p.167. |
| 3) | M. Lag, E. J. Soderlund, J. G. Omichinski, G. Brunborg, J. A. Holme, J. E. Dahl, S. D. Nelson, E. Dybing, Chem. Res. Toxicol., 4, 528(1991). |
| 4) | R. Imberti, A. Mapelli, P. Colombo, P. Richelmi, F. Bert`e, G. Bellomo, Archives of Toxicology, 64, 459(1990). |
| 5) | 平塚秀明,大保真由美,塚本友美,土谷稔,涌生ゆみ,豊田直人,高野克代,鈴木美江,化学物質毒性試験報告,4, 81(1996). |
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