2-(1-メチルエトキシ)エタノールのラットを用いる単回経口投与毒性試験

Single Dose Oral Toxicity Test of 2-(1-Methylethoxy)ethanol in Rats

要約

2-(1-メチルエトキシ)エタノールはグリコールエーテル類の1種で(別名:エチレングリコールイソプロピルエーテル),水にも有機溶媒にも溶けやすい物性から,インクやペンキ,レジン等の媒体や工業用の洗剤あるいは乳化剤等として広く用いられている.

エチレングリコールエーテル類は,実験動物において血液毒性や生殖発生毒性を示す事が報告されており,エチレングリコールモノブチルエーテル等においては,一過性の溶血性貧血が起こり1, 2),その溶血作用の主体は酸化代謝物であることが知られている3-6)

一方,本被験物質の構造類似物であるエチレングリコールモノメチルエーテルやエチレングリコールモノエチルエーテルにおいては,精巣重量の低下やパキテン期精母細胞を中心とした精子形成障害の起こることが報告されている7)

今回,2-(1-メチルエトキシ)エタノールの2000 mg/kgを1群5匹からなる5週齢の雌雄ラットに単回経口投与した.

その結果,2000 mg/kg投与群では,投与後3あるいは4時間から投与翌日にかけて赤色尿の排泄が雌雄全例で観察され,投与翌日に排便量の減少が散見された.また,投与翌日に対照群に比較して有意な体重減少が2000 mg/kg投与群の雌で認められ,同群の雄では投与翌日から観察第15日までの体重が対照群に比較して低い傾向を示した.剖検所見では,雌雄全例で肉眼的異常は認められなかった.

以上のことから,本試験条件下における2-(1-メチルエトキシ)エタノールのLD50値は,雌雄ともに2000 mg/kgを上回ると判断された.

方法

1. 被験物質

本試験には,三井化学(株)(東京)より提供された2-(1-メチルエトキシ)エタノール(ロット番号:30321,純度:99.5 %以上,不純物:水分0.1 %以下)を用いた.受領した被験物質は,入手後,室温で保管した.被験物質の安定性は,残余被験物質を提供元で再分析することにより確認した.

投与検体は,必要量の2-(1-メチルエトキシ)エタノールを秤量し,媒体である日局注射用水(製造番号:9912ST,光製薬(株))で40.0 w/v%溶液を調製した.調製した投与検体は翌日の投与時まで冷暗所に保存した.動物試験に先立ち,被験物質の0.05および40.0 w/v%溶液について,冷暗所下での調製後8日間の安定性を確認した.また,投与検体には,所定濃度の2-(1-メチルエトキシ)エタノールが含有されていることを確認した.

2. 使用動物および飼育方法

試験には,雌雄とも4週齢で購入し,検疫と馴化を兼ねて9日間予備飼育した,日本チャールス・リバー(株)厚木飼育センター生産のSprague-Dawley系ラット[Crj:CD(SD)IGS,SPF]雌雄各10匹を使用した.群分けは,検疫期間中に異常がなかった動物を用い,検疫終了時の体重に基づいて体重別層化無作為抽出法により1群5匹からなる2群に分けた.投与時の週齢は,雌雄ともに5週齢であった.

動物は,照明12時間(7時〜19時点灯),換気回数約15回/時,許容温度21.0〜25.0 ℃,許容湿度40.0〜75.0 %に制御された飼育室で,金属製金網床ケージに1匹ずつ収容し,固型飼料(CE-2,日本クレア(株))および水道水(秦野市水道局給水)を自由に摂取させて飼育した.

3. 投与量の設定および投与方法

投与量は,予備試験の結果に基づいて決定した.すなわち,被験物質の1000および2000 mg/kgの用量を単回投与した結果,両投与群で投与日に赤色尿が認められたが,翌日には回復し,体重は全例で順調な増加を示したことから,毒性の発現は一過性で,且つ比較的軽微なものと考えられた.従って,雌雄とも2000 mg/kg投与群および同群と同容量の媒体のみを投与する対照群の2群を設定した.

投与容量は体重1 kg当たり5 mLとし,動物を投与前約18時間絶食させた後,投与直前に測定した体重を基に投与液量を算出し,ラット用胃管を用いて強制的に単回経口投与した.給餌は投与約3時間後に開始した.

4. 観察および検査

観察第1日(投与日)から14日間にわたって死亡の有無を確認し,各動物の一般状態を観察した.観察は,投与日においては投与直後から1時間まで連続して行い,その後は投与後6時間まで約1時間間隔で実施した.観察第2日から15日までは毎日1回行った.

体重は全例について,投与直前,観察第2,4,8,11および15日に測定した.

剖検は,観察第15日に全例をペントバルビタール・ナトリウム麻酔下で放血屠殺して実施した.なお,剖検所見に特記すべき変化が認められなかったため,組織学検査は実施しなかった.

5. データ解析法

体重について,群ごとに平均値と標準偏差を求め,Studentのt検定法あるいはAspin-Welchのt検定法を用いて検定した(有意水準:5 %).

結果および考察

雌雄ともに,死亡例は認められなかった.投与後3あるいは4時間から投与翌日にかけて赤色尿の排泄が2000 mg/kg投与群の雌雄全例で観察され,投与翌日に排便量の減少が同群の雌雄で散見された.観察第3日以降は,全例で一般状態の変化は認められなかった.被験物質のラットにおける吸入毒性では,血尿および溶血性貧血が報告8-10)されていることから,本試験でみられた赤色尿は被験物質投与による影響であると考えられた.

体重は,投与翌日に対照群に比較して有意な減少が2000 mg/kg投与群の雌で認められたが,その後,同群の体重は順調に増加した.また,2000 mg/kg投与群の雄においても,投与翌日から観察第15日までの体重が対照群に比較して低い傾向がみられた.

剖検では,雌雄全例の器官・組織に肉眼的異常は認められなかった.

以上の結果より,本試験条件下では被験物質投与との関連を示唆する変化として,一過性の赤色尿と軽度の体重増加抑制が認められた.2-(1-メチルエトキシ)エタノールのLD50値は,雌雄ともに2000 mg/kgを上回ると判断された.

文献

1)C. P. Carpenter, U. C. Pozzani, C. S. Weil, et al, Arch. Ind. Health, 14, 114(1956).
2)B. I. Ghanayem, S. M. Ward, P. C .Blair, et al, Toxicol. Appl. Pharmacol., 106, 341(1990).
3)F. G. Bartnik, A. K. Reddy, G. Klecak, et al, Fundam. Appl. Toxicol., 8, 59(1987).
4)B. I. Ghanayem, Biochem. Pharmacol., 38, 1679(1989).
5)B. I. Ghanayem, L. T. Burka, H. B. Matthews, J. Pharmacol. Exp. Ther., 242, 222(1987).
6)B. I. Ghanayem, L. T. Burka, H. B. Matthews, Chem-Biol. Interact., 70, 339(1989).
7)P. M. D. Foster, D. M. Creasy, J. R. Foster, et al, Toxicol. Appl. Pharmacol., 69, 385(1983).
8)J. H. E. Arts, P. G. J. Reuzel, R. A. Woutersen, et al, Inhal. Toxicol., 4, 43(1992).
9)J. E. Doe, Environ. Health Perspect., 57, 199(1984).
10)H. W. Werner, C. Z. Nawrocki, J. L. Mitchell, et al, J. Ind. Hyg. Toxicol., 25, 374(1943).

連絡先
試験責任者:高島宏昌
試験担当者:立花滋博,佐藤昌子,丸茂秀樹,堀内伸二,稲田浩子,三枝克彦,安生孝子
(財)食品薬品安全センター秦野研究所
〒257-8523 神奈川県秦野市落合729-5
Tel 0463-82-4751Fax 0463-82-9627

Correspondence
Authors:Hiromasa Takashima(Study director)
Shigehiro Tachibana, Masako Sato, Hideki Marumo, Shinji Horiuchi, Hiroko Inada, Katsuhiko Saegusa, Takako Anjo
Hatano Research Institute, Food and Drug Safety Center
729-5 Ochiai, Hadano-shi, Kanagawa, 257-8523, Japan
Tel +81-463-82-4751Fax +81-463-82-9627