m -トルイジンの
チャイニーズ・ハムスター培養細胞を用いる染色体異常試験

In Vitro Chromosomal Aberration Test of
m-Toluidine on Cultured Chinese Hamster Cells

要約

OECD既存化学物質安全性点検に係る毒性調査事業の一環として,m-トルイジンの培養細胞に及ぼす細胞遺伝学的影響を評価するため,チャイニーズ・ハムスター培養細胞(CHL/IU,以下CHLと略す)を用いて試験管内染色体異常試験を実施した.

染色体異常試験に用いる濃度を決定するため,細胞増殖抑制試験を行ったところ,直接法における約50%の増殖抑制を示す濃度は0.52mg/mlであった.一方,代謝活性化法では,試験した濃度範囲(0.03〜1.1mg/ml)で50%を越える増殖抑制作用は認められなかった.従って,染色体異常試験において,直接法では 0.52mg/ml,代謝活性化法では1.1mg/ml(10mM)の処理濃度をそれぞれ高濃度とし,その1/2の濃度を中濃度,1/4の濃度を低濃度として用いた.

直接法により,CHL細胞を24時間および48時間処理した結果,すべての処理群において,染色体の構造異常の誘発作用は認められなかった.一方,48時間処理した高濃度群(0.52mg/ml)では倍数性細胞の有意な増加がみられたが,その頻度は5%未満であり,判定は陰性であった.代謝活性化法におけるS9mix存在下および非存在下のいずれの濃度群においても,染色体の構造異常の誘発作用は認められなかった.一方,S9mix存在下および非存在下の高濃度群(1.1mg/ml)では倍数性細胞の有意な増加がみられたが,その頻度は5%未満であり,判定は陰性であった.

以上の結果より,m-トルイジンは,上記の試験条件下で試験管内のCHL細胞に染色体異常を誘発しないと結論した.

方法

1.使用した細胞

リサーチ・リソースバンク(JCRB)から入手(1988年2月,入手時:継代4代)したチャイニーズ・ハムスター由来のCHL細胞を,解凍後継代10代以内で試験に用いた.

2.培養液の調製

培養には,牛胎児血清(FCS:JRH BIOSCIENCES,ロット番号:1C2073)を10%添加したイーグルMEM培養液を用いた.

3.培養条件

2×10^4個のCHL細胞を,培養液5mlを入れたディッシュ(径6cm,Corning)に播き,37℃のCO2インキュベーター(5% CO2)内で培養した.

直接法では,細胞播種3日目に被験物質を加え,24時間および48時間処理した.また,代謝活性化法では,細胞播種3日目にS9mixの存在下および非存在下で6時間処理し,処理終了後新鮮な培養液でさらに18時間培養した.

4.被験物質

m-トルイジン(CAS No.:108-44-1,ロット番号:102011,日本化薬(株)製造,(社)日本化学工業協会提供)は褐色の液体で,水に微溶,ジメチルスルホキシド(DMSO)およびアセトンに可溶,分子量107.17,分子式C7H9N,純度99.0%,融点−31.5℃,沸点203℃,分配係数1.41(オクタノール/水)の物質である.工業的には各種有機化合物や色素の原料として用いられている.原体の安定性に関する情報は得られなかったが,溶媒中(DMSO)での安定性試験では,26.0〜220mg/mlの濃度範囲で4時間は安定であった.

5.被験物質の調製

被験物質の調製は,使用のつど行った.溶媒はDMSO(Sigma Chemical Co.,ロット番号:30H0608)を用いた.原体を溶媒に溶解して原液を調製し,ついで原液を溶媒で順次希釈して所定の濃度の被験物質調製液を作製した.被験物質調製液は,すべての試験において培養液の0.5%(v/v)になるように加えた.染色体異常試験の直接法および代謝活性化法の高濃度群と低濃度群の調製液の濃度は,すべて許容範囲内(平均含量は調製指示値の90〜110%)の値であった.

6.細胞増殖抑制試験による処理濃度の決定

染色体異常試験に用いる被験物質の処理濃度を決定するため,被験物質の細胞増殖に及ぼす影響を調べた.被験物質のCHL細胞に対する増殖抑制作用は,単層培養細胞密度計(Monocellater,オリンパス光学工業(株))を用いて各群の増殖度を計測し,被験物質処理群の溶媒対照群に対する細胞増殖の比をもって指標とした.

その結果,m-トルイジンの約50%の増殖抑制を示す濃度を,50%をはさむ2濃度の値より算出したところ,直接法では0.52mg/mlとなった.一方,代謝活性化法では1.1mg/ml(10mM)の濃度においても50%を越える増殖抑制作用は認められなかった(Fig. 1).

7.実験群の設定

細胞増殖抑制試験の結果より,染色体異常試験で用いる被験物質の高濃度群を,直接法では0.52mg/ml,代謝活性化法では1.1mg/mlとし,それぞれ高濃度群の1/2の濃度を中濃度,1/4の濃度を低濃度とした.

8.染色体標本作製法

培養終了の2時間前に,コルセミドを最終濃度が約0.1μg/mlになるように培養液に加えた.染色体標本の作製は常法に従って行った.スライド標本は各シャーレにつき6枚作製した.作製した標本を3%ギムザ溶液で約10分間染色した.

9.染色体分析

作製したスライド標本のうち,1つのディッシュから得られた異なるスライドを,複数の観察者がそれぞれ処理条件が分からないようにコード化した状態で分析した.染色体の分析は,日本環境変異原学会,哺乳動物試験(MMS)分科会1)による分類法に基づいて行い,染色体型あるいは染色分体型のギャップ,切断,交換などの構造異常の有無と倍数性細胞(polyploid)の有無について観察した.また構造異常については1群200個,倍数性細胞については1群800個の分裂中期細胞を分析した.

10.記録と判定

無処理対照,溶媒および陽性対照群と被験物質処理群についての分析結果は,観察した細胞数,構造異常の種類と数,倍数性細胞の数について集計し,各群の値を記録用紙に記入した.染色体異常を有する細胞の出現頻度について,フィッシャーのexact probability test法により,溶媒対照群と被験物質処理群間および溶媒対照群と陽性対照群の有意差検定を行った.被験物質の染色体異常誘発性についての判定は,石館ら2)の判定基準に従い,染色体異常を有する細胞の頻度が5%未満を陰性,5%以上10%未満を疑陽性,10%以上を陽性とした.

結果および考察

直接法による染色体分析の結果をTable 1に示した.m-トルイジンを加えて24時間および48時間処理した各濃度群で,染色体の構造異常の出現頻度に有意な増加は認められなかった.一方,48時間処理した高濃度群(0.52mg/ml)では倍数性細胞の有意な増加(p=0.0189)がみられたが,その頻度は5%未満であり,背景データとの比較および石館らの判定基準では陰性となった.

代謝活性化法による染色体分析の結果をTable 2に示した.m-トルイジンを加えてS9mix存在下および非存在下で6時間処理した各濃度群では,いずれも染色体の構造異常の出現頻度に有意な増加は認められなかった.一方,S9mix存在下および非存在下の高濃度群(1.1mg/ml)では倍数性細胞の有意な増加(ともにp=0.0192)がみられたが,その頻度は5%未満であり,背景データとの比較および石館らの判定基準では陰性となった.

文献

1)日本環境変異原学会・哺乳動物試験分科会編,“化学物質による染色体異常アトラス,”朝倉書店,1988.
2)石館 基 監修,“〈改訂〉染色体異常試験データ集,”エル・アイ・シー社,1987.

連絡先
試験責任者:田中憲穂
試験担当者:山影康次,佐々木澄志,若栗 忍,日下部博一,
橋本恵子
(財)食品薬品安全センター秦野研究所
〒257 神奈川県秦野市落合729-5
Tel 0463-82-4751Fax 0463-82-9627

Correspondence
Authors:Noriho Tanaka ( Study director ),
Kohji Yamakage,Kiyoshi Sasaki,Shinobu Wakuri,
Hirokazu Kusakabe,Keiko Hashimoto
Hatano Research Institute, Food and Drug Safety Center
729-5 Ochiai, Hadano-shi, Kanagawa, 257, Japan
Tel +81-463-82-4751Fax +81-463-82-9627