3-メチルフェノールのラットを用いる単回経口投与毒性試験
Single Dose Oral Toxicity Test of 3-Methylphenol in Rats
要約
3-メチルフェノールは,合成樹脂,消毒剤,薬品原料として使用されている1).3-メチルフェノールを0(オリブ油),1430,1640,1890,2170および2500 mg/kgの投与量で,1群当たり雌雄各5匹のCrj:CD(SD)IGSラットに単回経口投与してその急性毒性を検討した.
死亡は,全ての被験物質投与群の雌雄で投与後2時間以降1日までの間に認められた.一般状態では,投与日に振戦が,全ての被験物質投与群の雌雄で投与後数分から6時間の間に発現し,これに伴って腹臥または横臥が観察された.投与後1日以降は,2500 mg/kg群の雌1例に投与後4日まで外尿道口周囲に被毛の汚れが観察された.生存動物の体重は,雌雄とも投与翌日に全ての被験物質投与群で増加抑制または減少が認められ,観察期間中対照群より低く推移した.剖検では,各投与群の雌雄の死亡例において腺胃粘膜の剥離,腺胃粘膜の菲薄化,ならびに腺胃粘膜の暗赤色または褐色斑が高頻度で認められた.投与後14日の剖検日まで生存した動物には異常は認められなかった.
LD50値(95 %信頼限界)は,雄で2241(1726〜2910)mg/kg,雌で2007(1645〜2449)mg/kgであった.
方法
1. 被験物質および投与液の調製
3-メチルフェノール(純度:99.13 %,Lot No. 981006,本州化学工業(株),和歌山)は,常温において無色ないし淡黄色液体で,融点が11〜12 ℃,沸点が202.7 ℃,水に難溶,アセトンおよびアルコールに易溶である.入手後の被験物質は遮光気密容器に入れ,冷所で保存した.残余被験物質を製造業者が分析し,投与期間中の被験物質の安定性を確認した.投与液の調製は,投与当日に行った.投与量ごとに被験物質を精秤し,所定の濃度となるように溶媒である日本薬局方オリブ油(ヤクハン製薬(株))を加えて溶解した.調製液は遮光気密容器に入れ,調製後2時間以内に使用した.これらの調製液について濃度を分析した結果,含有率は設定値の97.6〜103 %であった.
2. 試験動物および飼育条件
日本チャールス・リバー(株)よりSprague-Dawley系ラット(Crj:CD(SD)IGS)の雌雄を4週齢で購入して8日間の検疫および馴化を行った後,健康な動物を雌雄各30匹選択して5週齢で試験に供した.投与日の体重は雄が129〜146 g,雌が95〜110 gであった.動物は,温度21〜23℃,湿度54〜62 %,換気回数10〜15回/時間および照明時間12時間(8:00から20:00まで点灯)に制御されたバリアシステムの飼育室で,ブラケット式金属製金網床ケージに雌雄別に,群分け前は1ケージ当たり4あるいは5匹,群分け後は1匹収容して飼育した.飼料はg線照射固型飼料(CRF-1,オリエンタル酵母工業(株))を金属製給餌器を用いて,飲料水は札幌市水道水を自動給水装置を用いてそれぞれ自由に摂取させた.
3. 投与量および投与方法
投与量設定試験では,1000,1500,2000,2500および3000 mg/kgの投与量で1群雌雄各3匹のSD系ラットに1回経口投与した結果,一般状態の変化として振戦が全ての用量群の雌雄に投与後数分から30分の間に発現し,これに伴って腹臥または横臥がみられた.2500 mg/kg以上の投与群の雄全例および2000 mg/kg以上の投与群の雌全例が投与後24時間までに死亡した.他の投与群では投与後約2時間までに症状は回復し,その後は観察期間終了日の投与後7日まで異常な症状または死亡は認められなかった.以上のことから,本試験においては,雌雄ともに最高用量を2500 mg/kgとして以下公比約1.15で除して2170,1890,1640および1430 mg/kgとし,これにオリブ油のみを投与する対照群を含めた6群を設定した.1群の動物数は雌雄とも5匹とし,投与前日の体重に基づいて層化無作為抽出法により群分けを行った.一晩(約17時間)の絶食後,投与日の体重に基づいて10 mL/kgの容量で,胃ゾンデを用いて1回強制的に胃内に経口投与した.投与後約4時間経過した時点で給餌を再開した.
4. 検査項目
1) 一般状態観察
投与日(0日)の投与直後から投与後1時間までは連続して観察し,投与後2時間から6時間までは約1時間間隔で観察した.投与後1日から14日の剖検日までは,1日1回観察した.
2) 体重測定
投与日の投与前,投与後1,3,5,7,10および14日に測定した.得られた体重から,体重増加量[(投与後14日体重)-(投与日体重)]および体重増加率[(体重増加量)/(投与日体重)×100]を算出した.
3) 剖検
死亡例は発見後速やかに,生存例は投与後14日に体外表を観察した後,エーテル麻酔下で放血致死させ,全身の器官・組織を肉眼的に観察した.
5. 統計解析
雌雄の動物数および死亡動物数を用いてLitchfield-Wilcoxonの方法2)によりLD50値およびその95 %信頼限界を算出した.
体重,体重増加量および体重増加率についてBartlettの検定法によって等分散性を解析し,等分散の場合は,一元配置分散分析法で解析し,有意差がみられた場合は,Dunnettの検定法により解析した.不等分散の場合は,Kruskal-Wallis法で解析し,有意差がみられた場合は,Mann-WhitneyのU-検定法を用いて解析した.これら対照群と被験物質投与群との間の検定においては,いずれも有意水準を5 %とした.
結果
1. 死亡状況およびLD50値(Table 1)
死亡は,1430,1640,1890,2170および2500 mg/kg群において,雄でそれぞれ1,1,1,3および5例に,雌でそれぞれ1,2,1,3および4例に,投与後2時間以降1日までの間に認められた.
LD50値(95 %信頼限界)は雄で2241(1726〜2910)mg/kg,雌で2007(1645〜2449)mg/kgであった.
2. 一般状態
投与日には,1430,1640,1890,2170および2500 mg/kgの各投与群において,振戦が,雄で3,3,5,5および5例に,雌で4,3,4,5および5例に投与後数分から6時間の間に発現した.これに伴う腹臥または横臥が各投与群の雄で1,3,1,4および5例に,雌で3,2,3,4および5例に,振戦の発現とほぼ同時にみられた.これらのうち,雄で0,1,0,1および3例,雌で1,2,1,2および2例が投与後2〜6時間の間に死亡した.その他に,流涎が1890および2170 mg/kg群の雄各1例に,口周囲の被毛の汚れが1430および2500 mg/kg群の雄各1例および2170 mg/kg群の雌1例に,ならびに呼吸促迫が2500 mg/kg群の雌1例に観察された.投与後1日には,投与日に振戦がみられた動物のうち各投与群の雄で1,0,1,2および2例,雌で0,0,0,1および2例が死亡した.
投与後1日以降は,生存した1430,1640,1890および2170 mg/kg群の雌雄の動物に,剖検日の投与後14日まで異常な症状または死亡はみられなかった.2500 mg/kg群の雌1例に,投与後1日から4日まで外尿道口周囲の被毛の汚れが観察された.
3. 体重
各投与群の投与後1日における雌の体重は,2500 mg/kg群を除きいずれも対照群と比較して有意な低値であった.1890および2170 mg/kg群では,投与後3日において雌雄とも,投与後5日には雌に有意な低値がみられた.投与日から投与後14日までの雌雄の体重増加量および体重増加率も全ての投与群で低く,2170 mg/kg群における雄の体重増加率は対照群と比較して有意な低値であった.
4. 剖検
投与日死亡例の全例に,腺胃粘膜の剥離がみられた.投与後1日死亡例では,2170および2500 mg/kg群において腺胃粘膜の菲薄化が全例に,また腺胃粘膜の暗赤色または褐色斑が2500 mg/kg群の雌1例を除く全例にみられた.
投与後14日の剖検日まで生存した例では,いずれの投与群の雌雄にも異常は認められなかった.
考察
3-メチルフェノールの投与による中毒症状として振戦が,全ての被験物質投与群の雌雄で投与後数分から6時間の間に発現し,これに伴って腹臥または横臥が観察された.それらのうち,1430,1640,1890,2170および2500 mg/kg群において,雄でそれぞれ1,1,1,3および5例,雌でそれぞれ1,2,1,3および4例が投与後2時間以降1日までの間に症状の回復がみられないまま死亡した.これらの症状の発現は,被験物質の直接的な作用によるものと考えられた.死亡動物の剖検の結果,全ての投与群の雌雄に腺胃粘膜の剥離,腺胃粘膜の菲薄化,ならびに腺胃粘膜の暗赤色または褐色斑が高頻度でみられ,これらの変化は,胃粘膜に対する本被験物質の腐食作用3)によるものと考えられた.一方,投与日に中毒症状がみられたが投与後1日までに症状が回復した動物,あるいは中毒症状のみられなかった動物では,2500 mg/kg群の雌1例に投与後4日まで外尿道口周囲の被毛の汚れが観察された以外,観察期間終了日の投与後14日まで異常な症状または死亡は認められなかった.しかし,生存動物の体重は,雌雄とも全ての投与群で投与後の増加が抑制され,観察期間中低く推移した.体重の低値は,投与後1から5日までの期間において高用量群で顕著であった.
以上のことから,3-メチルフェノールのラットにおける単回経口投与では,急性の中毒症状として振戦を発現し,続いて腹臥または横臥を呈した後死亡に至り,本試験条件下でのLD50値(95 %信頼限界)は雄で2241(1726〜2910)mg/kg,雌で2007(1645〜2449)mg/kgであった.
文献
1) | “13398の化学商品,”化学工業日報社,東京,1998, pp.628-629. |
2) | J. T. Litchfield and F. Wilcoxon, J. Pharmacol. Exp. Ther., 96, 99(1949). |
3) | S. Budavari, M. J. O'Neil, A. Smith, P. E. Heckelman, J. F. Kinneary eds., “The Merck Index,” 12, MERCK & CO., Inc., Whitehouse Station NJ, 1996, pp. 436-437. |
連絡先 |
| 試験責任者: | 藤井咲子 |
| 試験担当者: | 堀川裕尚,咲間正志,古川正敏,山本美代子 |
| (株)化合物安全性研究所 |
| 〒004-0839 札幌市清田区真栄363番24 |
| Tel 011-885-5031 | Fax 011-885-5313 | |
Correspondence |
| Authors: | Sakiko Fujii(Study director)
Hironao Horikawa, Masashi Sakuma, Masatoshi Furukawa, Miyoko Yamamoto |
| Safety Research Institute for Chemical Compounds Co., Ltd. |
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