メタクリル酸2,3-エポキシプロピルエステルのマウスを用いる小核試験

Micronucleus Test of 2,3-Epoxypropyl methacrylate on Mice

要約

メタクリル酸2,3-エポキシプロピルエステルについて,Crj:BDF1雄および雌マウスを用い,強制経口投与による小核試験を実施した.

メタクリル酸2,3-エポキシプロピルエステルの雄および雌マウスにおける最大耐量は,それぞれ750 mg/kg および1000 mg/kgであった.雄および雌マウスにそれぞれメタクリル酸2,3-エポキシプロピルエステルの最大耐量を投与し,投与後24,48および72時間に骨髄の塗抹標本を作製した.小核出現頻度(小核を有する幼若赤血球の比率)は,24時間群と比較し他の時間群では明らかな増加が認められた.また,赤血球中に占める幼若赤血球の比率を指標とした骨髄細胞の増殖抑制も認められた.これらの結果から,小核本試験での最高用量を雄雌それぞれ750および1000 mg/kgとし,標本作製時期をいずれも投与後48時間に決定した.

その結果,小核出現頻度は,雄雌いずれにおいても,メタクリル酸2,3-エポキシプロピルエステルの高用量群で,溶媒対照群と比較して統計学的に有意な増加が認められ,用量依存性も認められた.また,全赤血球中に占める幼若赤血球の比率は,雄雌ともにメタクリル酸2,3-エポキシプロピルエステルの高用量群において,溶媒対照群との間に有意な低下が認められた.

以上の結果より,本試験条件下では,メタクリル酸2,3-エポキシプロピルエステルは,Crj:BDF1雄および雌マウスの骨髄細胞において,染色体異常誘発作用あるいは紡錘体形成阻害作用を示し,さらに高用量において,骨髄細胞の増殖抑制作用も有するものと判定された.

方法

1. 実験動物および飼育条件

実験には,日本チャールス・リバー(株)(CRJ)から購入した8週齢のCrj:BDF1(C57BL/6とDBA/2の近交系間 F1)雄および雌マウスを,1週間以上予備飼育したのち,異常の認められなかった動物を9週齢で試験に供した.

動物は,床敷としてホワイト・フレーク(R)(CRJ)を入れたTPX樹脂製ケージ,CRJ)に1匹ずつ収容し,バリアーシステムの飼育室(設定温度:23±1℃,設定湿度:50〜65%,換気回数:約15回/時間,明暗サイクル:午前7時点灯,午後7時消灯)で,マウス繁殖用固型飼料(NMF)と水道水を自由に摂取させて飼育した.動物の群分けは自由群分け(無作為抽出)により行った.

2. 被験物質

メタクリル酸2,3-エポキシプロピルエステル(CAS No. 106-91-2,ロット番号:50905Y,日本油脂(株)製造)は,無色透明液体で,融点(凝固点)-50℃,沸点189℃,分子式C7H10O3,分子量142.17,比重1.073,純度 99.93%(不純物として,2-メチル-3-メトキシプロパン酸2,3-エポキシプロピルエステル0.07%およびハイドロキノンモノメチルエーテル46 ppmを含む)の物質であり,日本油脂(株)より供与された.被験物質は冷蔵遮光して保存した.なお,試験終了後に日本油脂(株)において,被験物質の化学分析を行ったところ,純度は99.4%であった.

被験物質の安定性は,試験終了後に日本油脂(株)において確認された.

3. 検体の調製および投与方法

検体の投与容量はマウスの体重kg当たり10 mlとした.投与検体はメタクリル酸2,3-エポキシプロピルエステルの所要量を正確に採取し,局方オリブ油に溶解して最高用量の原液を調製した.それ以下の用量の投与検体については,最高用量の調製液を上記の溶媒で希釈して所定の濃度に調製した.また,投与検体はすべて用時調製とし,単回強制経口投与した.また,陽性対照物質,サイクロフォスファミド(CPA,Sigma Chemical Co.,)は,局方生理食塩液に溶解して所定の濃度に調製し,50 mg/kgを単回強制経口投与した.

4. 標本の作製

小核の観察のための骨髄標本は,Schmidの方法1,2)に従って作製した.すなわち,投与後所定の時間に頚椎脱臼法によりマウスを致死させて左右の大腿骨を摘出した.その両骨端を切断して,骨髄細胞を0.6 mlのウシ胎児血清(GIBCO)で洗い出し,遠沈管に集め,1000 rpm で5分間遠心分離して,上清を除いた.沈渣をピペッティング後,細胞浮遊液の一部をスライドグラス上に塗抹(各個体につき3枚の標本)し,それぞれの骨髄標本に試験系識別番号およびコード番号を記し,室温で一晩自然乾燥させた.乾燥した骨髄標本は5分間メタノールで固定し,標本観察時まで室温保存した.

5. 骨髄標本のアクリジンオレンジ(A.O.)螢光染色および小核の観察

骨髄標本のアクリジンオレンジ(A.O.)螢光染色および小核の観察は,林らの方法3,4)に従って行った.0.04 mg/mlのA.O.溶液を上記のメタノールで固定済の骨髄標本上に数滴滴下し,カバーグラスをかけ,カバーグラス上から濾紙で余分な溶液を十分吸い取り,螢光顕微鏡下で観察した.

骨髄標本はそれぞれの個体について,コード化した後,2名の観察者により観察した.1個体あたり2000個の幼若赤血球(polychromatic erythrocytes)を観察し,その中の小核を有するものの数を記録した.また赤血球を1個体あたり1000個観察し,そのなかの幼若赤血球の比率を調べて,骨髄細胞の増殖抑制の指標とした.

6. 有意差検定

それぞれの小核出現頻度について,Fisherの正確確率検定法5)により,溶媒対照群と,各検体投与群および陽性対照群との間で有意差検定を行った.検定にあたっては,多重性を考慮して,Bonferroniの補正6)を行った.更に,小核出現頻度の用量(対数値)依存性について,Cochran-Armitage の傾向検定7)を行った.有意差検定の結果,小核出現頻度が溶媒対照群と比較して5%水準で有意に高い被験物質投与群が認められ,さらに5%水準で有意な用量依存性が認められた場合は,陽性(被験物質が染色体異常誘発作用または紡錘体形成阻害作用をもつ)と判定することとした.また,赤血球中に占める幼若赤血球の比率について,それぞれ溶媒対照群と,各検体投与群および陽性対照群との間で,t検定を行った.検定にあたっては,多重性を考慮して,Bonferroniの補正を行った.

7. 毒性予備試験(投与量の決定)

小核試験に用いるメタクリル酸2,3-エポキシプロピルエステルの投与量を決定するため,雄雌ともに各群5匹ずつからなる5群を設け,物性調査資料のマウス経口投与のLD50値から,最高用量を500 mg/kgとし,以下公差を100 mg/kgとして400,300,200および100 mg/kgの用量で投与した.その結果,雄雌ともに500 mg/kgの投与量においても3日間の観察期間中に死亡例が認められなかった.そのため,投与量を上げて追加試験を実施した.雄雌ともに各群5匹ずつからなる4群を設け,公差を250 mg/kgとすることにより,投与量をそれぞれ,750,1000,1250および1500 mg/kgとした.その結果,投与6時間後から,すべての投与群において自発運動の低下が認められ,時間の経過とともに,振戦,よろめき歩行,立毛,呼吸促迫などの毒性徴候が現れた.雄では 1000 mg/kg以上の投与群で,全例の死亡が確認され,雌では1500 mg/kg投与群で5匹全例,1250 mg/kg投与群で1匹の死亡が確認された.したがって,本実験条件下で,メタクリル酸2,3-エポキシプロピルエステルの強制経口投与によるCrj:BDF1雄および雌マウスの最大耐量は,雄では750 mg/kg,雌では1000 mg/kgであると判断し,それぞれを小核予備試験に用いるメタクリル酸2,3-エポキシプロピルエステルの投与量とした.

8. 小核予備試験(標本作製時期の決定)

小核本試験における適切な標本作製時期を決定するために雄および雌マウスに,それぞれメタクリル酸2,3-エポキシプロピルエステルの750および 1000 mg/kg を投与し,各5匹ずつからなる3群(24時間群,48時間群,72時間群)を設けることとした.

小核出現頻度に関しては,24時間群と比較し,48および72時間群では明らかな増加が認められた.また,雄の72時間群において,骨髄細胞の増殖抑制が強く認められたこと,および多くの化学物質で小核が投与後48時間以内に誘発されていることから,雄雌ともに小核本試験における標本作製時期を投与後48時間(陽性対照群においては24時間)に決定した.また,メタクリル酸2,3-エポキシプロピルエステルの750あるいは1000 mg/kg投与により,いずれの時間群においても,骨髄細胞の増殖抑制が認められたが,幼若赤血球の比率が10%まで低下しておらず,観察は可能であったことにより,小核本試験に用いるメタクリル酸2,3-エポキシプロピルエステルの最高用量を雄および雌について,それぞれ750,1000mg/kgと決定した.

9. 小核本試験

毒性予備試験および小核予備試験の結果に基づき,小核本試験に用いる実験群を設定した.雄は高用量を750 mg/kgとし,これをもとに公比2で減じ,中用量を375 mg/kg,低用量を 188 mg/kgとし,雌は高用量を1000 mg/kgとし,中用量を 500 mg/kg,低用量を250 mg/kg とし,溶媒対照群および陽性対照群を含めて,雄雌それぞれ5群を設定し,各群5匹の動物を無作為に割り当てた.なお,標本作製時期は雄雌ともに投与後48時間に設定した.

結果および考察

雄および雌の小核本試験の結果をそれぞれTable 1および2に示す.雄雌ともに溶媒対照群および陽性対照群の小核出現頻度は,それぞれの過去2年間の背景データのばらつきの範囲内(平均値±3×標準偏差)であった.

雄雌ともに小核出現頻度は,Fisherの正確確率検定法(Bonferroni の補正)による有意差検定の結果,メタクリル酸2,3-エポキシプロピルエステルの高用量群において,溶媒対照群と比較して統計学的に有意な増加が認められた.さらに,Cochran-Armitageの傾向検定の結果においても,小核出現頻度はメタクリル酸2,3-エポキシプロピルエステルの用量に依存した有意な増加傾向が認められた.一方,CPAを50 mg/kg投与した陽性対照群での小核出現頻度も,雄雌ともに有意な増加がみられた.

赤血球中に占める幼若赤血球の比率は,メタクリル酸2,3-エポキシプロピルエステルの高用量群および雄マウスの陽性対照群において溶媒対照群との間で有意に低下した.

メタクリル酸2,3-エポキシプロピルエステルの変異原性について,Canterら8)は Ames 試験を行い,S9 mix無添加の条件下でTA100およびTA1535において,強い陽性の結果を得ている.また,von der Hudeら9)は,大腸菌を用いたSOS修復誘発試験でも用量依存性のある陽性の結果を得ている.さらに,本毒性調査事業で実施された培養細胞を用いる染色体異常試験において,メタクリル酸2,3-エポキシプロピルエステルはS9 mix無添加の連続処理において,用量依存的に構造異常を誘発することが認められている10).

今回の小核試験および他の変異原性試験の結果から,メタクリル酸2,3-エポキシプロピルエステルはマウス骨髄細胞DNAに作用して,染色体異常を誘発し,小核形成を用量依存的に誘発した可能性が考えられる.

文献

1)W. Schmid, Mutat. Res., 31, 9(1975).
2)W. Schmid, "Chemical Mutagens," Vol. 4, ed. by A. Hollaender, Plenum Press, N.Y., London, 1976, pp.76-78.
3)M. Hayashi, T. Sofuni, M. Ishidate, Jr., Mutat. Res., 120, 241(1983).
4)林 真,"小核試験," サイエンティスト社,東京,1991, pp.44-55.
5)吉村 功 編, "毒性・薬効データの統計解析," サイエンティスト社,東京,1987,pp.76-78.
6)吉村 功,大橋靖雄 責任編集:"毒性試験講座14,毒性試験データの統計解析," 地人書館,東京, 1992,p.108.
7)吉村 功 編, "毒性・薬効データの統計解析," サイエンティスト社,東京,1987,pp.67-69.
8)D.A. Canter, E. Zeiger, S. Haworth, T. Lawlor, K. Mortelmans, W. Speck, Mutat. Res., 172, 105(1986).
9)W. von der Hude, A. Seelbach, A. Basler, Mutat. Res., 231, 205(1990).
10)秦野研究所,食薬セ研第8-188号(G-95-014), (1996).

連絡先
試験責任者:澁谷 徹
試験担当者:堀谷尚古,原  巧,関野早苗

Correspondence
Authors:Tohru Shibuya(Study Director)
Naoko Horiya, Takumi Hara,
Sanae Sekino
Hatano Research Institute, Food and Drug Safety Center
729-5 Ochiai, Hadano-shi, Kanagawa 257 Japan
Tel:+81-463-82-4751 FAX:+81-463-82-9627