4-クロロフェノールの細菌を用いる復帰変異試験

Reverse Mutation Test of 4-Chlorophenol on Bacteria

要約

4-クロロフェノールの遺伝子突然変異誘発性の有無を検討するため,細菌を用いる復帰変異試験を実施した.

試験は,指標菌株としてSalmonella typhimurium TA100,TA1535,TA98,TA1537およびEscherichia coli WP2 uvrAを用い,S9 mix非存在(直接法)および存在(代謝活性化法)下でプレインキュベーション法により行った.

用量は,用量設定試験の結果から菌の生育阻害が認められる用量を最高用量とし,直接法および代謝活性化法ともに,いずれの菌株とも62.5〜2000 μg/plateの範囲(公比2)で設定した.

試験を2回行った結果,代謝活性化の有無にかかわらず,全ての菌株において復帰変異コロニー数の増加は認められなかった.菌の生育阻害については,直接法の場合,S. typhimuriumでは1000 μg/plate以上で,また,WP2 uvrAでは2000 μg/plateで認められ,代謝活性化法の場合は,TA100およびTA1535では1000 μg/plate 以上で,また,TA98,TA1537およびWP2 uvrAでは2000 μg/plateで認められた.

以上の成績から,4-クロロフェノールの細菌に対する遺伝子突然変異誘発性は陰性と判定した.

方法

1. 指標菌株

国立公衆衛生院地域環境衛生学部から1994年12月19日に分与を受けたS. typhimurium TA98,TA100,TA1535,TA1537 1)およびE. coli WP2 uvrA 2)の5菌株を用いた.各菌株は,超低温槽で-80 ℃以下に凍結保存した.

試験に際して,各凍結菌株を解凍後,その25 μLをニュートリエントブロス(Bacto nutrient broth dehydrated, Difco Laboratories)液体培地15 mLに接種し,37 ℃で12時間振盪培養した.培養後の懸濁菌液は濁度を測定し,濁度と生菌数の換算式より1 mLあたり1 × 109以上の生菌数が得られていることを確認し,試験菌液とした.

各菌株の遺伝的特性検査は,凍結保存菌の調製時並びに各実験ごとに行い,本試験に用いた菌株が規定の特性を保持していることを確認した.

2. 被験物質

4-クロロフェノール(ロット番号PJFM-3,イヌイ(株)(大阪)提供)は,白色ないし淡褐色結晶で,水に2.7 %可溶,ジメチルスルホキシド(DMSO)およびアセトンに易溶であり,純度99.29 %(不純物として,2,6-ジクロロフェノール0.37 %,2,4-ジクロロフェノール0.34 %を含む)の物質である.被験物質は,室温・暗所で密栓保管した.

実験終了後,残余被験物質を分析した結果,安定性に問題はなかった.

3. 被験物質供試液の調製

溶媒にDMSO(和光純薬工業(株))を用い,被験物質を溶解して最高用量の供試液(原液)を調製した.この原液の一部を溶媒で順次希釈して所定用量の供試液を調製した.供試液は,用時調製した.

4. 陽性対照物質

陽性対照物質として下記のものを用いた.
AF-2:2-(2-フリル)-3-(5-ニトロ-2-フリル)アクリルアミド(和光純薬工業(株))
2-AA:2-アミノアントラセン(和光純薬工業(株))
NaN3:アジ化ナトリウム(和光純薬工業(株))
ENNG:N-エチル-N'-ニトロ-N-ニトロソグアニジン(Sigma Chemical Co.)
9-AA:9-アミノアクリジン(Sigma Chemical Co.)
AF-2および2-AAはDMSO(和光純薬工業(株))に,NaN3および9-AAは蒸留水((株)大塚製薬工場)に溶解した.

6. 培地

1) 最少グルコース寒天平板培地(プレート)

テスメディアAN培地(オリエンタル酵母工業(株))を購入し,使用した.培地1 Lあたりの組成は下記のとおりであり,径90 mmのシャーレ1枚あたりに30 mLを分注したものである.
硫酸マグネシウム・七水塩0.2 g
クエン酸・一水塩2 g
リン酸水素二カリウム10 g
リン酸一アンモニウム1.92 g
水酸化ナトリウム0.66 g
グルコース20 g
寒天(OXOID Agar No. 1)15 g

2) アミノ酸添加軟寒天培地(トップアガー)

0.6 w/v%寒天粉末(Difco Laboratories)および0.5 w/v%塩化ナトリウムの組成の軟寒天を調製し,これに,S. typhimurium用には0.5 mM D-ビオチンおよび0.5,mM L-ヒスチジン水溶液,E. coli用には0.5 mM L-トリプトファン水溶液を1/10容加え,トップアガーとした.

6. S9 mix

エームステスト用凍結S9 mix(キッコーマン(株))を購入し,製造後6ヶ月以内に使用した.S9は,誘導剤としてフェノバルビタールおよび5,6-ベンゾフラボンを投与した Sprague-Dawley 系雄ラットの肝臓から調製されたものである.

7. 試験方法

試験は,プレインキュベーション法で行った.

試験管に使用溶媒,被験物質供試液あるいは陽性対照物質溶液を0.1 mL入れ,次いで直接法では0.1 Mリン酸ナトリウム緩衝液(pH 7.4)を0.5 mL,代謝活性化法ではS9 mixを0.5 mL 加え,続いて試験菌液0.1 mLを分注し,37 ℃で20分間振盪培養した.培養終了後,45 ℃に保温したトップアガー2 mLを加えた混合液をプレート上に重層した.37 ℃で48時間培養後,復帰変異コロニーを計数し,同時に指標菌株の生育阻害の有無を実体顕微鏡を用いて観察した.プレートは,用量設定試験では各用量とも1枚,本試験では3枚を使用した.本試験は,同一用量を用いて2回行った.

8. 結果の判定

被験物質処理プレートにおける復帰変異コロニー数(平均値)の2倍以上を示し,用量依存性および結果の再現性が認められる場合を陽性とした.

但し,明確な用量依存性が認められない場合においても,陽性値を示す試験結果に再現性が認められれば陽性と判定することとした.

結果および考察

100〜5000 μg/plateの範囲で行った用量設定試験においては,直接法の場合,S. typhimuriumでは1000 μg/plate以上,WP2 uvrAでは2000 μg/plate以上で菌の生育阻害が認められた.代謝活性化法の場合は全ての菌株において2000 μg/plate以上で菌の生育阻害が認められ,TA1535では1000 μg/plateでも軽度な生育阻害が認められた.したがって,本試験における被験物質の用量は,直接法および代謝活性化法ともに最高用量を2000 μg/plateとし,以下公比2で,1000,500,250,125および62.5 μg/plateとした.

試験を2回行った結果(Tables 1〜4),直接法および代謝活性化法のいずれの場合も,供試した全ての菌株において復帰変異コロニー数は,溶媒対照値の2倍を越えることはなかった.菌の生育阻害については,直接法の場合,S. typhimuriumでは1000 μg/plate以上で,また,WP2 uvrAでは2000 μg/plateで認められ,代謝活性化法の場合はTA100およびTA1535では1000 μg/plate以上で,また,TA98,TA1537およびWP2 uvrAでは2000 μg/plateで認められた.

以上の成績から,本実験条件下では,4-クロロフェノールの遺伝子突然変異誘発性は陰性と判定した.

4-クロロフェノールの変異原性については,S. typhimuriumを用いた復帰変異試験で陰性3)および陽性4)の異なる結果が報告されているが,E. coliを加えた5菌株で実施した今回の試験においても,陰性結果が確認された.

4-クロロフェノールの異性体である2-クロロフェノールについては,S. typhimuriumを用いた復帰変異試験で陰性3),3-クロロフェノールは,同じく復帰変異試験で陰性3)および陽性4)の報告がある.

その他の類縁化合物については,2,3-ジクロロフェノール3),2,5-ジクロロフェノール3),2,6-ジクロロフェノール3),3,4-ジクロロフェノール3),4-クロロ-3-メチルフェノール4)および 4-クロロ-2-メチルフェノール4)は,S. typhimuriumを用いた復帰変異試験でいずれも陰性と報告され,2,4,5-トリクロロフェノールおよび2,4,6-トリクロロフェノールは同様の試験で陰性3)と陽性4)の報告がある.また,2,6-ジクロロフェノールおよび2,4,5-トリクロロフェノールは,酵母を用いた遺伝子突然変異試験でともに陰性5)と報告されている.2,4-ジクロロフェノール6),2,6-ジクロロフェノール6),2,4,5-トリクロロフェノール5)および2,4,6-トリクロロフェノール6, 7)についてはV79細胞を用いた6-チオグアニン抵抗性突然変異試験8)でいずれもに陰性と報告され,2,4-ジクロロフェノールにおいてはマウスリンフォーマL5187Y細胞を用いた突然変異試験で陰性8),発ガン性に関してマウスおよびラットで陰性8)と報告されている.

文献

1)D. M. Maron and B. N. Ames, Mutation Research, 113, 173(1983).
2)M. H. L. Green, “Handbook of Mutagenicity Test Procedures,” 1, Vol. 3, eds. by B. J. Kilbey, M. Legator, W. Nichols, C. Ramel, Elsevier, Amsterdam, New York, Oxford, 1984, pp.161-187.
3)S. Haworth, T. Lawlor, K. Mortelmans, W. Speck, E. Zeiger, Environ. Mutagen., 5(suppl.1), 3(1983).
4)K. Strobel, T. Grummt, Toxicol. Environ. chem., 14, 143(1987).
5)E. R. Nestman, E. G. H. Lee, Mutat. Res., 119, 273(1983).
6)K. Jansson, V. Jansson, Mutat. Res., 171, 165(1986).
7)K. Jansson, V. Jansson, Mutat. Res., 280, 175(1992).
8)E. Zeiger, J. K. Haseman, M.D.Shelby, B. H. Margolin, R. W. Tennant, Environ. Mol. Mutagen., 16(suppl.18), 1(1990).

連絡先
試験責任者:野田 篤
試験担当者:野田 篤,昆 尚美
(財)畜産生物科学安全研究所
〒229-1132 神奈川県相模原市橋本台3-7-11
Tel 042-762-2775Fax 042-762-7979

Correspondence
Authors:Atsushi Noda(Study director)
Naomi Kon
Research Institute for Animal Science in Biochemistry and Toxicology
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