アジピン酸ジブチルの細菌を用いる
復帰突然変異試験

Reverse Mutation Test of Dibutyl adipate on Bacteria

要 約

 OECD既存物質安全性点検に係る毒性調査事業の一環として,アジピン酸ジブチルについて,細菌を用いる復帰突然変異試験をプレート法により実施した.

 検定菌として,Salmonella typhimurium TA100, TA1535, TA98, TA15371) および Escherichia coli WP2 uvrA2) を用い,S9 Mix 無添加および添加試験のいずれも,用量設定試験は,50〜5000 μg/プレートの用量で行ったところ,抗菌性が認められなかったことから,本試験は 312.5〜5000 μg/プレートの用量で実施した.

 その結果,2回の本試験とも,用いた5種類の検定菌について,いずれの用量でも溶媒対照値の2倍以上となる変異コロニー数の増加が認められなかったことから,アジピン酸ジブチルは,用いた試験系において変異原性を有しない(陰性)と判定された.

方法

〔検定菌〕

Salmonella typhimurium TA100
Salmonella typhimurium TA1535
Escherichia coli WP2 uvrA
Salmonella typhimurium TA98
Salmonella typhimurium TA1537
 S. typhimuriumの4菌株は1975年10月31日にアメリカ合衆国,カリフォルニア大学のB.N. Ames 博士から分与を受けた.E. coli WP2 uvrA 株は1979年5月9日に国立遺伝学研究所の賀田恒夫博士から分与を受けた.検定菌は,-80℃以下で凍結保存した.各検定菌は,凍結保存菌の調製時に,アミノ酸要求性,UV感受性,および膜変異(rfa)とアンピシリン耐性因子(pKM101)の有無についての特性確認を行った.試験に際して,ニュートリエントブロスNo. 2(Oxoid)を入れたL字型試験管に種菌を接種し,37℃,約10時間往復振とう培養したものを検定菌液とした.

〔被験物質〕

 アジピン酸ジブチル(CAS No 105-99-7)は,分子量 258.40 の液体である.純度 99.8 %のもの(ロット番号:N-41001,不純物不明,大八化学工業(株)製造)を(社)日本化学工業協会から供与された.被験物質は,使用時まで室温で保管した.

 アジピン酸ジブチルは,ジメチルスルホキシド(以下 DMSO と略)に 50 mg/ml になるように調製した後,同溶媒で更に公比2ないし約3で希釈したものを,速やかに試験に用いた.

 被験物質のDMSO 中での安定性試験を 2.30 mg/ml および 520 mg/mlの2濃度について,室温遮光条件下で実施した.その結果,調製後4時間における各3サンプルの平均含量は,それぞれ初期値(0時間) の平均に対して,101および 97.2%であった.また,本試験IIに用いた調製検体について,含量測定試験を行った結果,3.125 mg/ml溶液は,105〜107%,50 mg/ml 溶液の含量は既定濃度に対し,99.8〜105%であった.以上の結果から,アジピン酸ジブチルは DMSO 溶液中では安定であり,また調製液中の被験物質の含量は所定の値の範囲内にあることが確認された.

〔陽性対照物質〕

 用いた陽性対照物質およびその溶媒は以下のとおりである.

AF2:フリルフラマイド(上野製薬(株))
SA:アジ化ナトリウム アジ化ナトリウム(和光純薬工業(株))
9AA :9-アミノアクリジン(Sigma Chem. Co.)
2AA : 2-アミノアントラセン(和光純薬工業(株))
 AF2, 2AA は DMSO(和光純薬工業(株))に溶解したものを-20℃で凍結保存し,用時解凍した.9AA は DMSO に,SA は蒸留水に溶解し,速やかに試験に用いた.

〔培地および S9 Mix の組成〕

 1)トップアガー(TA菌株用)

 下記の水溶液 (A) および (B) を容量比 10:1 の割合で混合した.
(A)バクトアガー (Difco)0.6%
塩化ナトリウム0.5%
(B)* L-ヒスチジン0.5 mM
ビオチン 0.5 mM

*:WP2 用には,0.5 mM L-トリプトファン水溶液を用いた.

 2)合成培地

 培地は,日清製粉(株)製の最少寒天培地を用いた.なお,培地1リットルあたりの組成は下記のとおりである.
硫酸マグネシウム・7水和物0.2g
水酸化ナトリウム 0.66g
クエン酸・1水和物2g
グルコース20g
リン酸水素二カリウム10g
リン酸一アンモニウム1.92g
バクトアガー (Difco)15g
 径 90 mm のシャーレ1枚あたり 30 ml を流して固めてある.

3) S9 Mix (1 ml中下記の成分を含む)

**S90.1 ml
NADH 4 μmol
NADPH 4 μmol
グルコース-6-リン酸 5 μmol
塩化マグネシウム 8 μmol
塩化カリウム 33 μmol
ナトリウム-リン酸緩衝液 (pH 7.4)100 μmol

**:7週齢の Sprague-Dawley 系雄ラットをフェノバルビタール(PB)および 5,6-ベンゾフラボン(BF)の併用投与で酵素誘導して作製した S9 (キッコーマン(株))を用いた.

〔試験方法〕

 プレート法を用いて,S9 Mix 無添加および添加条件下で試験を行った.

 小試験管中に,被験物質調製液 0.1 ml,リン酸緩衝液 0.5 ml(S9 Mix 添加試験ではS9 Mix 0.5 ml),検定菌液 0.1 ml およびトップアガー2 mlを,混和したのち合成培地平板上に流して固めた.また,対照群として被験物質調製液の代わりに DMSO または数種の陽性対照物質溶液を用いた.各検定菌ごとの陽性対照物質の名称および用量は Table1〜2に示した.培養は37 ℃で48時間行い,生じた変異コロニー数を算定した.抗菌性の有無については,肉眼的あるいは実体顕微鏡下で,寒天表面の菌膜の状態から判断した.

〔判定基準〕

 用いた5種の検定菌のうち,1種以上の検定菌の S9 Mix 無添加あるいは添加試験よって,被験物質を含有する平板上における変異コロニー数の平均値が,溶媒対照のそれに比べて2倍以上に増加し,かつ,その増加に再現性あるいは用量依存性が認められた場合に,当該被験物質は本試験系において変異原性を有する(陽性)と判定することとした.

結果および考察

〔用量設定試験〕

 アジピン酸ジブチルについて,50〜5000 μg/プレートの範囲で公比を約3とし,試験を実施したところ,いずれの検定菌においても,すべての用量で抗菌性は認められなかった.

 したがって,本試験における最高用量を,すべての検定菌において,直接法,代謝活性化法ともに 5000 μg/プレートとすることとした.

〔本試験〕

 結果をTable 1,2に示した.S9 Mix 無添加および添加試験について,すべての検定菌について,312.5〜5000 μg/プレートの範囲で,公比を2とし,試験を実施した.2回の試験を通して,用いた5種類の検定菌の S9 Mix 無添加および添加試験のいずれにおいても,用量依存性のある変異コロニー数の増加は認められなかった.また,TA100 の S9 Mix 無添加試験の 5000 μg/プレートにおいてのみ抗菌性が認められた.

 以上の結果に基づき,アジピン酸ジブチルは,用いた試験系において変異原性を有しないもの(陰性)と判定した.

文 献

1)D.M. Maron, B.N. Ames, Mutation Research, 113, 173-215 (1983).
2)M.H.L. Green, in "Handbook of Mutagenicity Test Procedures." B.J. Kilbey, M. Legator, W. Nichols, C. Ramel, (eds.) Elsevier, Amsterdam, New York, Oxford, 1984, pp. 161-187.

連絡先:
試験責任者:澁谷 徹
試験担当者:堀谷尚古,坂本京子,川上久美子,松木容彦,飯田さやか,中込まどか
(財)食品薬品安全センター秦野研究所
〒257 神奈川県秦野市落合 729-5
Tel 0463-82-4751Fax 0463-82-9627

Correspondence:
Authors:Tohru Shibuya (Study Director)
Naoko Horiya, Kyoko Sakamoto,
Kumiko Kawakami,Yasuhiko Matsuki,
Sayaka Iida and Madoka Nakagomi
Hatano Research Institute, Food and Drug Safety Center
729-5 Ochiai, Hadano-shi, Kanagawa, 257, Japan
Tel 81-463-82-4751Fax 81-463-82-9627